November 2007

November 30, 2007

やけっぱちのマリア


やけっぱちのマリア

キーワード:
 手塚治虫、性教育、ラブコメ、オカルト、ダッチワイフ
手塚治虫による性教育漫画。ストーリーは、やけっぱちという荒くれの中学生の男子が妊娠したと思い込むことから始まる。やけっぱちは母親を幼いときになくしており、そのため愛情に飢えていたので、やけっぱちの内面で女性を作っていたようだ。それがエクトプラズムとなってやけっぱちの体から出てきて、やけっぱちの父親が作ったダッチワイフに乗り移って生き人形、やけっぱちのマリアとなる。

全編が性教育ベースになっている。精子と卵子の描写であったり、男女の体つきの特徴などなど。例えば、手塚治虫によれば結婚とは以下のようなことを示すようだ。
男の人と女の人が 愛しあって結婚する
それは 男の人が自分のからだの中の
セイシを 女の人のからだの中のランシに
くっつけてもいい ということなんです

心から信じあっている
男の人と女の人が
結婚したあと
愛しあい
セイシと
ランシとを
くっつけます

そうすると
子どもができます
・・・・・これを結婚というのです
だから 結婚とは
ただの儀式じゃなくて
重大な 神聖ないとなみです
(pp.265-266)
これによると、婚前交渉はきっと神聖ではないようだ。。。

物語としてもそれなりに面白い。自分の中から生まれたマリアをやけっぱちは好きになるが、学園の女王様がやけっぱちのことを好きで、下僕どもをけしかけてマリアをさらったりしたりする。けれど、女王様はやけっぱちにはまったく相手にされず、マリアを貶めたりする。最後には、やけっぱちは普通の女の子に恋をして、マリアはいなくなる。

笑ったのが、『ゼッタイに彼女にきらわれるタイプ』というのが図説で1ページも使っているところ。『ズボンのポケットになんでもかんでも入れてふくらませるとイナカモノにみられるよ』とか『彼女と話すときビンボウユスリはよそう』とか。手塚自身の実体験なのかなとか思ったwww

それにしてもダッチワイフとは・・・。40年前の小学生くらいの読者がダッチワイフが何なのか分かるのかなぁと思った。漸進的だ。

読むべき人:
  • ラブコメが好きな人
  • オカルトものが好きな人
  • 性教育漫画を読みたい人
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November 25, 2007

会社が放り出したい人 1億積んでもほしい人

会社が放り出したい人 1億積んでもほしい人 (PHP文庫)
会社が放り出したい人 1億積んでもほしい人 (PHP文庫)

キーワード:
 堀紘一、一億円プレーヤー、経営、会社、日本史
一億円プレーヤーになるにはどうすればよいかが示されている本。以下のような内容となっている。
  1. 人生の計算が狂ったエリートたち
  2. いままで出世した人・しなかった人
  3. 会社がほしい人・いらない人
  4. これから出生する人・しない人
  5. 一億円プレーヤーになるための訓練
  6. リーダーシップを鍛える方法
現在では、右肩上がりの高度経済成長時のように年功序列でそれなりの役職に付けば、年収が千万円を超えるということは確実ではなく、むしろ役職に付いたとしても年収が500万円くらいになったりする時代である。そのときに、会社に寄りかかって生きていくと、こんなはずではなかったという状況に陥ってしまう。そうならないためにも、また一流のビジネスパーソンとして経験とワザを蓄積していけば、すばらしい人生が待ち受けており、早ければ30代で年収が一億円に達することも可能であると示されている。

『いままで出世した人・しなかった人』はこれまでの日本企業の歴史や特徴が示されていて、とても参考になった。なんだか現代史のようにも思えて、面白かった。仕事ができる社員は和を乱すので嫌われ、役員人事選考などは、嫌われたらまず選出されず、また役員クラスは無能な人が多く、会社で一番優秀なのは課長や課長補佐であるという課長補佐社会であったと。そしてそのような仕事以外の評価で出世が決まるような風土の企業は、行き詰まりを呈してきているようだ。

経営者が欲しい人材は、一言で言えばアントプルニアルな人材と示されている。その3条件が以下のように示されている。
  1. 仮説が構築できる人
  2. 実行力がある人
  3. みんなと力を合わせて仕事ができる人
また、放り出したい有害な社員は以下のような特徴を持つようだ。
  1. マイナス思考の人
  2. デマを飛ばす人
  3. ヤル気のない人
さらに経営者が側に置いておきたい、どうしてもほしい社員は、けっして嘘をつかず、真実を隠さず話せる人らしい。経営者はあまりよろしくない情報もしっかり把握しておきたいからのようだ。これはプロジェクトで上司に報告するときにも当てはまるのではないかと思った。

そしてこれから出世して、一億円プレーヤーになるための基本条件が以下のように示されている
  • ≪大前提≫ 何か一芸に秀でている
  • ≪基本条件1≫ 強烈な目的意識を持っている
  • ≪基本条件2≫ 常に原因自分論で生きている
  • ≪基本条件3≫ 絶対に諦めない
  • ≪基本条件4≫ 表現力が身についている
  • ≪基本条件5≫ 信用がある
  • ≪基本条件6≫ 真の仲間がいる
また、これからのビジネスパーソンに絶対必要な条件は強い学習意欲を持って学びを積み重ねていくことらしい。それらは読書によって鍛えられるようだ。以下その部分に関して示されている部分を長めに抜粋。
 たとえば、いま本書を読んでいるあなた。あなたは、まず書店に立ち寄った。そして、この本を買った。それはなぜか。「一億円払ってもほしい人」になりたいと思ったからではないか。その気持ちを持ったこと自体が一歩リードだととらえたい。あなたは、書店に行かず、この本を買わなかった人よりも、はるかに立派なエンジンがついていると思う。
 (中略)
 だから少なくともあなたは、テレビばかりを観ている人よりも、よほどやる気のある人なのだ。けっして会社が放り出したい人ではない。一億円の価値がある人かどうかは、まだこの段階ではわからないけれども、会社がほしい人の部類に入っていることは間違いない。
 とりあえず、このことを大いに喜んでいただきたい。
(pp.146-147)
他にも、基本条件4の『表現力が身についている』という部分で、国語力の重要性が示されており、それは読書によって培われるとある。以下その部分を抜粋。
国語力をつけるいちばんたしかな方法は、やはり読書だ。読書を続けると、いろいろなボキャブラリーが自然と身についてくる。対してテレビばかり観ている人が一流のビジネスパーソンになるのは難しい。
 洋の東西を問わず、一流といわれる人の共通点は、本をよく読んでいることだ。
 いま日本は出版不況で、本があまり売れないといわれている。ということは、多くの人が本を読んでいないわけで、これは逆に考えるとチャンスなのである。
(pp.178-179)
ということで、読書を続ける意義をここで再認識した。読んだものが仕事に直接役立つわけではないが、いずれ何かの役に立つだろうという感覚で、そしてジャンルは問わないで乱読でよいと示されていた。なので、今の自分のスタイルで別にいいかなと。

著者はBCGの社長を経てドリームインキュベータの社長になり、経営者の視点から優秀な社員や経営者とはどのような人物か?が示されている。全編を通して線を引く部分が多く、とても勉強になった。結局最終的には、理念や意欲、明確な夢を持っているかどうかが重要なのだということがわかった。また、著者のBCG社長時代の年収は二億円だったので、この本に示されていることの信頼性は高いのではないかと思った。

一億円プレーヤーの道は遠いけど、地道に頑張れば夢ではないと思った。また、二千万プレーヤーを最終目標にしたら、けっして五千万プレーヤーになれないとあったので、自分はもちろん、一億円プレーヤーを目指す。

読むべき人:
  • 一億円プレーヤーになりたい人
  • 経営者になりたい人
  • リーダーになりたい人
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バカにならない読書術

バカにならない読書術 (朝日新書 72)
バカにならない読書術 (朝日新書 72)

キーワード:
 養老孟司/池田清彦/吉岡忍、書評、鼎談、博覧強記
解剖学者、生物学者、作家の3人による古今東西の書物についていろいろ語っている本。2部構成で、1部は、養老孟司氏による、『「養老流」本の読み方』で、2部は『バカにならないための本選び』となっている。

1部は、養老氏の本に対する考え方が書いてある。以下恣意的に抜粋。
  • だから本というのは非常に大事で、つまり、ふだんは見えていない普通の人の考え方が、本の中で発見できるわけです。(pp.65)
  • 本を読むって、結構余裕がいります。人生から一歩引いていないと読めない。(pp.68)
  • 人間は一人ひとり違うという前提から入ると、本を一生懸命読むんです。(pp.69)
  • だって、引っかからないところは自分がわかっているところだから。だから飛ばしていいわけです。(pp.88)
  • 本は、それぞれに読むテンポがあって、そのテンポを崩したらだめなのです。(pp.90)
  • 私は自分で考えるということを書物から教わろうとしたら、デカルトが一番教師として優れていると思います。(pp.96)
たぶん、1部は養老氏自身は書いていない。『バカの壁』と同じように口述筆記だと思われる。環境や虫、脳、文学賞、村上春樹の人気のヒミツなども語られていて面白い。

2部は、雑誌AERAで連載されているものを書籍にまとめた部分になる。たまに面白そうな記事のときは読んでいた。それぞれのテーマごとに好きなことを語り、3人がお勧めの3冊を示している。それらはどれも自分が読んだことのないものばかりで、自分の世界を広げてくれた気がした。

面白かったテーマは以下のものになる。
  • 科学を楽しむ本
  • 鴎外VS.漱石
  • 勝手にノーベル文学賞
  • 京都でマンガ三昧
  • 太宰と安吾
  • 居酒屋で哲学を
  • 唸る写真集
例えば、マンガのテーマのとき、3人はそれぞれ以下を取り上げている。

池田清彦
  1. 海辺の叙景(つげ義春全集)
  2. ジョジョの奇妙な冒険
  3. 寄生獣
吉岡忍
  1. カムイ伝
  2. じゃりん子チエ
  3. グーグーだって猫である
養老孟司
  1. ナニワ金融道
  2. 伊賀の影丸
  3. らんま1/2
どのテーマでも、政治、主義、社会情勢、思想の話に広がっていく。3氏による鼎談から、博覧強記とはどういうことか?ということがわかる気がする。なんというか、自分の読んでいるものの幅はまだ狭いなぁと再認識させられる。3人とも年配で教授、作家なので、それなりの蓄積はあるのだから当然といえば当然だけど。

本質的な内容はそれなりに難しいものが多いけど、(笑)とか結構出てくるので、割と読みやすい。

こういう本について語られた本は好きでよく読んだりする。自分の世界を広げられるから。

読むべき人:
  • 本が好きな人
  • 読みたい本がいまいちない人
  • 博覧強記を目指す人
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November 16, 2007

偶然のチカラ


偶然のチカラ

キーワード:
 植島啓司、偶然、必然、確率、無為自然
目の前に立ちはだかる偶然にどう対処すればよいのかをさまざまな引用などから論じた本。集英社新書。なぜか画像がない・・・。

以下のような内容となっている。
  1. 自分で選択するべからず
  2. 世の中にはどうにもならないこともある
  3. 自分の身に起こったことはすべて必然と考える
  4. たかが確率、されど確率
  5. 思いは全部どこかでつながっている
  6. いい流れには黙って従う
  7. すべてはなるようになる
含蓄のある内容だと思った。目次だけでこの本の主張が示されているような気もする。考え方が変わるような主張が多かった。

最初に「未来が見えないとき、いったいどうしたらいいのか」という問題提起をしている。この本の最後のほうに内容が要約されている部分があるので、それを抜粋。
 そんなときに、しゃにむに自分の意志を貫こうとしないことが肝心だということ、「自分で選択するべからず」ということである。困難なことにぶちあたったとき、必要以上に自分の力に頼るのがもっとも具合の悪いことで、見えてきた状況に従って動けばいいのである。そして、すぐに物事の是非を判断せず、「世の中にはどうにもならないこともある」と一歩引いて考えたい。世の中には思うようにいくことのほうが少ないのだから。

 さらに、われわれはつねに偶然に翻弄されているように思いがちだが、まず、「自分の身に起こったことをすべて必然と考える」習慣をつけたい。たとえよくないことが起こっても、くよくよしたりせず、すべてありのままに受け止める。ああすればよかった、こうすればよかった、と考えるのは、はっきり言ってムダだ。われわれの社会では、起こることは起こるし、起こらないことは決して起こらない。
(pp.212-213)
ここが自分にとって一番重要だと思った。なんというか、原因不明の腎臓病をわずらい、腎機能が常人の半分以下で食事制限をしなければならない身になったとき、なぜ自分だけがと嘆いていた。この本に示されているように考えれば、それも必然であり受け止めるしかなく、またそのような不幸とも思えることでも、考え方を変えてみれば後になって好転できる出来事だったのかもしれないと考えられるのではないかと。

ほかにも、人生の座標軸を以下の三極で考えるべきではないかと示されている。
  1. 幸運・・・5%
  2. 普通(つつながく)・・・90%
  3. 不運・・・5%
普通であることを感謝すべきなのに、何も特筆することがない普通を不幸なことと考えてしまいがちである。そうではなくて、普通であることが好ましい生き方の一つではないかと示されている。これは普通の食事ができなくなって痛感する。普通に食べられることがどれだけ幸せなことかと。普通という立場から逸脱してしまった身としてはこれはその通りだよとつくづく思う。

『幸せとは何か?』という章がある。そこで、人間の真の幸せは、複数の生を楽しむところにあるのではないかと示されている。以下その詳細を抜粋。
 あるときは仕事して、あるときは遊ぶ。あるときは信仰に生きて、あるときにはアーティストになる。必死になって知りたいことを学んだり、さらに異性との交流(やさしい男性や愛くるしい女性など)を深めたりする。それらを同時にすべて実現することにこそ人間の本当の幸せがあるのではなかろうか。
(pp.193)
そんなものなのかね。単一で偏った生では破綻するということか。

古今東西のさまざまな引用、例えば、ギリシャ神話やパスカルの確率論や占い、ルーレットにおけるギャンブルについて、スティーブン・キングの小説、仏教などがあり、読み物としても面白い。それ以上に、この本をもっと早く読むことができていればなぁと思った。毎日嘆いていた自分に送ってあげたかった。現在ではある程度精神的にも落ち着いてきているので、この本に書いてることを素直に受け入れられそうだ。

この本は、人によっては何か開眼するかもしれない、何度も読み返すに値するものだと思った。

読むべき人:
  • 偶然に翻弄されていると思う人
  • 確率の話が好きな人
  • 楽に生きたい人
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November 14, 2007

本棚増設

HDDを増設するように、本棚を増設。


YAMAZEN 突っ張りフリーラック(幅63cm) STR-608(SG)

Amazonで購入した。突っ張り棒つきのやつ。7千円ちょいとお買い得。組み立てるのに90分ほどかかった。各棚の高さを自由に設定でき、手元にある本の大きさを参考に試行錯誤しながら組み立てたので。また、左右をつなぎ合わせるときが若干危険だった。倒れそうになって・・・。

497566a3.jpg下から2,3,4段目はみな未読本・・・・。積読本を本棚に納めることで、何を読んでないかが一目瞭然となった。本棚を見て、書店で衝動買いするように、本を手にとって速読できるという効果を狙っている。本の並びは適当。

そして読んだ本で価値のあるものだけを、右のボックス型の本棚に残していくことにした。再読しないようなものは捨てることにする。溜め込んでも再読することはほとんどないことに気づいた。あと必要のない本も今週中に捨てる予定。

あまり本を抱え込みすぎてもいけない。本当に必要な本は、それほど多くはないはず。重要なのは、本という物質ではなく、中身。もちろん、たくさん溜め込んで保存しておきたいという欲求はあるが・・・。

参考:あなたの本棚のある部屋を見せて Part3

この関連スレで、さらした本棚からプロファイリングするというのも面白かったが、最近は立ってないようだ。

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November 13, 2007

遊びも付き合いもやめない勉強法


遊びも付き合いもやめない勉強法―仕事の成果を出す70の方法

キーワード:
 古川裕倫、勉強法、遊び、細切れ時間、読書
昨今は就職してから定年まで安住していられないのだから、しっかり勉強して自己を高めましょうということが示されている本。結構ほかの自己啓発本に書いてあることがほとんどだった。だからといって、この本を読む価値がないわけではない。以下、気になった節を列挙。
  • なぜ、本を読むのかを知れ
  • 何のために勉強するかえをはっきりさせよ
  • 忙しいと言っている人ほど本当はヒマ
  • 飲み屋で勉強する?
  • 一人温泉合宿で知識を体系化する
本を読む理由が示されている部分を抜粋。
 私は、少しでも時間ができると本を開きます。本を読むことが勉強になるからです。ではなぜ、勉強イコール読書なのでしょうか。
 人間はいくら努力を重ねても何から何まで、自らの力で学ぶことなどできません。しかし、かつての人が体験したこと、そこから見つけた法則やノウハウ、あるいは真理などが、効率よく残されているのが本なのです。
 とすれば、これを利用しない手はありません。
(pp.27)
そして本を読んでエッセンスを効率よく吸収することで時間を買うこともできると示されている。これもよくいろんな本で示されていることだ。

この本の一番の主張ともいえることが、本の表紙に示されている。つまり、バリバリ働いている日常でさらに勉強をするとなると、息抜きもしたくなるので難しい。そこで酒を飲んで息抜きしながら楽しく勉強すればいいじゃないかという主張。そのためには、飲み屋ではカウンターに座り、多少値段の高い料理を注文して店に気を使うとよいらしい。この勉強法はお金もかかるが、それは投資と捉えよとあった。飲み屋で勉強するというのは結構新鮮な気がした。ただ、飲みすぎると思考力が落ちてしまうからそこは適量を楽しむべきなのだろう。

あと自分もやろうと思ったのが、一人温泉合宿。これは読む本を持っていって、そこで読書して知識を体系化するというもの。そして飽きてきたら温泉に入って楽しみながら勉強するという贅沢もいいだろうとあった。今は有給休暇中で、これをやろうと思っていたけど、実際に温泉に行くと、いろいろ街を回ったりして結局多く読めなさそうな気がしたので保留にした。今度是非実践してみよう。

さらっと読める。けれど、内容が薄いわけではない。特に勉強するときに目的をはっきりさせるべきというのが参考になった。

読むべき人:
  • 勉強方法を知りたい人
  • 人付き合いを悪くしたくない人
  • 遊びが好きな人
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知的な距離感


知的な距離感

キーワード:
 前田知洋、マジシャン、プライベートエリア、距離、ガイドライン
マジシャンによって人との適切な距離の関係が示されている本。以下のような内容となっている。
  1. 距離を縮める
  2. 距離を探る
  3. 空間を測る
  4. 「空気」を読む
  5. 見えない相手
  6. プライベートエリアとは何か
著者はクローズアップ・マジックという観客のすぐそばでマジックを披露するマジシャンのようだ。そしてマジシャンには観客との距離が重要になるようだ。以下抜粋。
 マジシャンにとって、観客とどれくらいの距離感で接するかは、とても大切です。もし距離感を間違ってしまえば、マジックの秘密が知られてしまうだけでなく、観客に嫌われたりすることもあります。私自身、そんな失敗を数多く経験しました。
 最初は、マジシャンと観客の心地のよい距離をみつけることからはじめました。正しい距離を見つけることができれば、秘密が悟られないだけでなく、同じマジックでも、数倍の評価をもらえることに気がつきました。たった一五センチの距離を調整するだけでもです。
(pp.2)
そして人にとって心地のよい距離や空間をプライベートエリアとして示されている。プライベートエリアは心理学ではパーソナルスペースとも呼ばれ、「他人に侵入されると不快に思う空間」のようだ。

このような本は心理学者が学術的に解説するようなものが多いが、これはマジシャンの実体験がもとになっている。それが結構面白かったりする。例えば、脳科学者の茂木健一郎氏にマジックを披露したときに、わざとトランプのパッケージがうまく開封できないふりをされたのだとか。これは相手に「不思議さ」、「不完全さ」、「人間らしさ」を触媒として、トリックの解析をしてもらうのではなく、ショーを楽しんでもらいたいからとあった。

マジックをするときは、観客席は本が読めない暗さが理想らしい。これは舞台などのエンターテイメント産業では一般的なものらしく、暗い場所だとプライベートエリアは縮小し、人は程よく暗い場所でリラックスし、ものを見るために目を近づける必要があるかららしい。そして舞台などでは、観客席を暗くし、舞台の照明を明るくしてまさに目の前で行われているかのように印象付けられるようだ。また、バーなどでスツールには背もたれがなく、あっても座面が回転し式になっているのは、プライベートエリアは正面よりも横のほうが狭い特性があるので、すぐ隣にコミュニケーションを遮断したい相手が座っていても体の向きを回転させるだけですむからのようだ。そのため、バーなどで横に座った人と親密さが増したりするようだ。

ほかにも上司が部下をしかるときの距離、プレゼンは右か左のどちらでやるべきか、プレゼントの効果的な渡し方などが示されていて、どれも実践したくなるようなものが多く示されている。

著者の実体験などから語られており、難しい表現はないので気軽に読めると思う。マジシャンが普段気をつけていることなどもわかって面白い。

人との距離感がいまいちつかめない人にはよいかもしれない。この本を読んで、自分はプライベートエリアが極端に広いのだと認識した・・・。

読むべき人:
  • 心地よい距離感を保ちたい人
  • 人間関係を円滑にしたい人
  • マジックが好きな人
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November 11, 2007

アマチュア論。

キーワード:
 勢古浩爾、アマチュア精神、プロ、誠実、生き方
プロ論ではなく、プロ以前の持つべき精神態度、アマチュア論が示されている本。以下のような内容となっている。
  1. みんな「プロ」になりたい?
  2. 生きる方法としてのアマチュア
  3. こんな「プロ」はいらない
  4. こんな素人もいらない
  5. こんなアマチュアになりたい
  6. これが負けないアマチュア的思考
  7. アマチュアは人間のゼネラリストである
アマチュアとは何かが示されている部分を抜粋。
けれど「プロ」と呼ばれなくても、仕事や人間関係や人生にたいしてつねにまっとうであろうとする人はいる。そのようなひとをわたしは人間としての「アマチュア」と呼ぶ。
(pp.3)
このアマチュア精神は、プロの下に位置し、対立したりする概念ではなく、自分の生き方が美しいか美しくないか、正当か不正かなど自分はどのように生きるのかを決定する個人的思考と示されている。そこには倫理観や責任感や誠実さを身に着けており、これらはプロのように一過性ではなく生涯にわたって通用する。そしてアマチュアであることは、まともなプロフェッショナルになるためにも必須の資質であると示されている。

このアマチュア論を示すきっかけになったのが、自称プロによるプロフェッショナルの低落に対する危惧らしい。要は、世間では金が全ての拝金主義が跋扈しており、そのためには消費者を騙したりするような悪徳企業が出現しており、そのようなエセプロになるよりは、まっとうな生き方を目指すアマチュアになったほうがよいと示されている。

プロフェッショナルとは何かと考えていたので、この考えはとても参考になった。また、アマチュア論の格言が26個示されている。いくつか共感したものを抜粋。
  • 自称プロにろくなプロなし。安易な他称のプロにもろくなプロはなし。
  • お題目ばかり立派で実体の不明な「プロ」を目指すより、人間としてのより良き「アマチュア」を目指すほうがいい。
  • 一流のプロフェッショナルはかならず見事なアマチュア精神を持っている。
  • 「プロ」に偽者の「プロ」はゴマンといる。だが、アマチュアに偽者はいない。アマチュアは本物ばかりである。
  • プロは人から評価されてはじめてプロである。
  • ホンモノの思考などない。自らの生き方をかけた覚悟の思考があるだけである。
  • より良きアマチュアになることができるなら、一個の人間としては申し分ない。
  • 自分の価値観を持つということは、自分だけの「意味」を持つことである。
  • ひとは金には感動しない。人間にしか感動しない。
  • 世間の言葉に従って安心を手に入れるよりも、自分で考えて間違うほうがいい。
3,4,5章は著者独自の毒舌が多いので適当に読み流してもいいと思う。後半はアマチュアを体得している人の具体例が示されており、参考になる。現代の人では、サッカーのキング・カズとか登山家の山野井氏など。とても参考になった。

プロを自称する前に、一度自分の行動規範としてのアマチュアを考える必要があるのではないかと思った。

読むべき人:
  • プロ論が好きな人
  • プロフェッショナルとは何かを考えた人
  • 誠実に生きたいと思う人
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November 10, 2007

ひとり日和


ひとり日和

キーワード:
 青山七恵、ひとり、フリーター、日常生活、モラトリアム
芥川賞作家の小説。自分と同世代の作家というのはやはり気になるもので。

簡単にあらすじを。

主人公知寿は、高校卒業後東京でフリーターをすることになる。そのとき母から71歳になる親戚、吟子の家に居候を進められる。知寿の恋愛、吟子との生活、そしてフリーターから正社員となるまでを1年の季節を通して綴られている。

読了後、なんともいえない感覚が残った。あまりにも普通の日常だなと。何か大きな出来事があるわけではない。知寿が駅のキオスクで出会った男との恋愛、そして別れ、また吟子のダンス仲間であるホースケさんと吟子の中を淡々と描いている。

知寿と吟子の何気ない会話の描写が特に巧いと思った。

自分と同じ世代の感覚というものがあるとしたら、それは以下のようなものだろうなと思った。
 できればこのまま若く、世間の荒波にもまれず、静かに生活していきたいが、そういう訳にもいかないだろう。それなりの苦労は覚悟しているつもりだ。わたしは、いっぱいの人間として、いっぱしの人生を生きてみたい。できるだけ皮膚を厚くして、何があっても耐えていける人間になりたい。
 将来の夢、というのや、人生をかける恋、など、何も思い描けなくても、そういう望みのようなものだけはうっすらとあるのだった。
(pp.49)
このような感覚を、日常生活を淡々と描写することで表現しているのが評価されたのではないかと思った。一見凡庸で自分にも書けそうだと思える内容だが、知寿と吟子の関係や知寿の微妙な葛藤や、正社員になるまでのモラトリアムはそう簡単には書けるものではないのかもしれない。

とりわけ面白いものではない。けれど、知寿が社会人としての覚悟を少しずつ決めていく過程で共感できる部分もあったと思う。

読むべき人:
  • フリーターの人
  • 何気ない日常を大切にしたい人
  • 猫が好きな人
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November 07, 2007

勝手に絶望する若者たち


勝手に絶望する若者たち

キーワード:
 荒井千暁、世代論、ロストジェネレーション、仕事、就職氷河期
産業医という立場から25歳から30代半ばの世代を仕事という側面から論じている本。いわゆる就職氷河期世代とか無気力世代、バブル入社世代とか超売り手市場世代などいろいろあるが、それらが気になったので読んでみた。以下のような内容となっている。
  1. 若い人たちの離職理由と「世代」
  2. バブルに翻弄された世代
  3. 働くことと人材育成教育
  4. 未来を夢想するより、現在の直視を
  5. 産業医からのメッセージ
正直、全体的にぴんとこなかった。完全に読解できていないという側面もないではないが、結局この本の主張は何?ということがいまいちわからなかった。

まずぴんとこなかった理由は、この記事を書いている現在、自分は23歳である。そのため25歳から上の世代の境遇を実感するということができないので、ここで示されていることの深刻さがわからない。それに関連する部分を抜粋。
現代の新入社員、つまり2006年と2007年に入社した人たちは、それより上の世代と明らかに異なっているという印象があります。ひとことでいえば、数年前に見られたシラーっとした感じがなく、総合的に〔デキる〕のです。バランスがよいのでしょうし、気になる歪みがほとんど感じられません。年相応のオトナらしさを伴っているのだろうと、わたしは理解しています。
(pp.143)
これはなんというか、上の世代が悲惨だと散々いろいろなところで報道されてきた反動ではないかと思う。だから自分は大学時代に必死になって勉強して、就職時にあぶれないようにした。そういう危機感が自分の世代に共通して持っていたのではないかと思う。

あと、このような世代論はどうしても集合の一部をサンプリングしてあたかもそれが全体の共通認識であるように論じられがちである。本当に世代全体がある共通の特性を共有しているのだろうか?部分集合を全体化して論じているだけではないか?という部分に気をつけなければならない。だから、一言に自分の世代をひとくくりされてしまうことにいつも違和感を覚える。

少なくとも、若者と称される自分は、勝手に絶望してはいない。誰が絶望しているのか、勝手にとはどうゆうことか、それらがいまいち示されていない気がする。もし若者が絶望しているというのなら、それは若者が勝手にではなく、遠く離れた上の世代から意図的に絶望させられているというのが本質ではないかと。若者という世代は結局上からの負の遺産を押し付けられる世代なんだから。

実際にカウンセリングした少数のサンプルだけで世代間を論じて傍観しているだけのこの本は、ではそこからどう対処するかという本質が完全に抜け落ちている。
 働いていようといまいが、わたしも、わたしたちの世代も、それより上の世代も下の世代も、若い人たちをを救うことはできません。生きてきた環境から派生するはずの価値観が大きく異なっている以上、救うなどとい概念を持つこと自体が誤っているのでしょうし、不遜なことです。自らの力で歩け、という他はないのです。
(pp.151)
こんなことを言われたら、就職氷河期世代はかなり反発するだろうなぁと思う。大局的に日本をだめにした元凶はどこにあるんだろうか?そんなことも考えてしまう。

この手の本は世代論を考えるにはよいかもしれない。けれど、ではその問題をどう対処するかということはいつも抜け落ちている気がする。

あと、自分と同じ世代の人はどう考えているのか?ということが気になった。

読むべき人:
  • 就職氷河期世代の人
  • 世代論を考えてみたい人
  • 自分の望んだ未来が手に入っていない人
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上達の法則


上達の法則―効率のよい努力を科学する

キーワード:
 岡本浩一、心理学、上級者、初級者、スキーマ
スポーツや習いごとなどにおける上達のプロセスを各種心理学によって知的理解と方法論を提供する本。以下のような内容となっている。
  1. 能力主義と上達の法則
  2. 上達と記憶のしくみ
  3. 上達した人はどこが違うのか
  4. 上達の方法論――中級者から上級者になるステップ
  5. スランプの構造と対策
  6. 上級者になる特訓法
最近ボウリングを始めたこともあり、どうやったら上達できるのかということが知りたかったので読んでみた。

上級者は中級者、初級者と記憶の構造が違うようで、上達という現象が以下のように示されている。
  • 宣言型知識と手続き型知識の長期記憶を豊富に効率よく形成すること。
  • 長期記憶に貯蔵された知識が効率よく検索できる状態を形成すること。
    すなわち、(a)必要な知識を早く検索し、(b)関係ない知識を誤って検索しない状態に長期記憶が形成されること。そのためには、検索に用いられるインデックスが確実に形成され、そのインデックスがシステマティックにできている状態が維持されること。
  • 長期記憶から検索された知識が、ワーキングメモリに出力されても、ワーキングメモリに余裕がある状態を維持できること。そのためには、多くの知識が少ないチャンク数で表象される状態ができること。
    (pp.66-67)
これはなんというかコンピュータの内部構造に共通する部分がありそうだ。まず入力値やデータからなる情報をHDDに確実に記録すること。そしてそのHDDをDBと捉えるなら、DB内のテーブルが正規化され、DBのインデックスが張られており、さらにSQL文が最適化されていること。そしてDBからの情報をメインメモリに読み出すときに、ページフォルトを極力発生させないような容量を持つこと。これらを満たすPCは一般的にスペックが高く、速いと感じるものだろう。人間の脳内もこんな感じなのではないかなぁと思った。ただ一つ違う点は、パソコンは最初に作られたスペック以上のものはできないけど、人間は上達のプロセスを経て、スペックが上がっていくということ。

また、知覚、認知、思考が行われる枠組みをスキーマというらしく、上達者はこのスキーマが優れているようだ。そしてスキーマを支えている大きなものとしてコーディング能力が示されている。これは知識が貯蔵されるためには、知識が言語に準じた形式に、その人の思考のなかで表される必要があり、それをこの本ではコード化と呼んでいる。ここもスキーマ、コード化といかにもIT技術者が反応しそうなモデル化だなと思った。

そして上級者はどこが違うかというと、以下のように違うようだ。
  • 持続力、集中力が高まる
  • 特異な才能が光る
  • イメージやこだわりが鮮明になる
  • 他者を見る眼が変わる
  • 自分を性格に認識できる
上達するにはノートをとったり、入門書を読んだり、さらに入門書より深く説明されている論理書を読んだり、模倣したりといろいろ示されている。ボウリングをやっている今の自分にできそうなのは、ストライクボールが投げられたときのフォームや体の流れをノートに書き留めるといったことや、ボウリング入門書を読むことになる。これは実践しようと思った。

あとがきで特に印象的だった部分を抜粋。
上達の結果、「見え方」の変わる瞬間があると、何度も強調した。それを多くの方に経験していただきたい。見え方の変わるとき、偶然接した風景や、偶然耳にした言葉が機縁となることが多い。そういう時期は、内的な緊張がつのり、スキーマがわずかな刺激で大転換するところまで来ている。ほとんどなにを見ても大転換のきっかけになり得るところまで問題意識が熟しているのである。
 したがって冷静に見れば、そういう瞬簡に、ある刺激に接して「見え方」が一度に変わるのには必然性がある。偶然ではない。けれども、本人にとっては、それはあくまで奇縁であり、奇跡である。あのときに、あの風景、あの人、あの言葉に接したこそ、「見え方」が大転換したという記憶が、自分の生涯におけるささやかなひとつの奇跡として記憶されることになる。そういう奇跡の訪れは、生きるロマンの最高のものである。
(pp.233-234)
ロマンを感じられるようになるためにも、ボウリングを続けよう。

上達のプロセスがよくわかって面白かった。また、上級者の例として名人クラスの棋士が多く出てくる。将棋好きな人にはたまらないと思う。

また、この上達のプロセスは、スポーツや外国語習得、習い事だけでなく仕事にも共通するのではないかと思う。

読むべき人:
  • 何かに上達したい人
  • 上級者になりたい人
  • ロマンを感じたい人
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November 04, 2007

齋藤孝の速読塾―これで頭がグングンよくなる!


齋藤孝の速読塾―これで頭がグングンよくなる!

キーワード:
 斎藤孝、速読、多読、理解力、視点移動
速読、多読推奨本。速読を意識して、45分で読了。以下のような内容となっている。
  1. 何をどこまでめざせばいいのか――速読・多読の目標
  2. 勇気をもって飛ばし読み――二割読書法とは何か
  3. 誰でも今すぐできる速読術
  4. 速読上級者用プログラム
  5. 速読を生活にうまく組み込んでいく方法
多読する意味は、物事の価値判断をバランスよくするためとある。なので、あるジャンルに偏っているものは知性としてはそこまでレベルが高くないとある。そして多く速く読むことができる人は例外なく理解力が高まると示されている。それは今まで読んで理解してきたことのストックの効用によるものだとある。

本を読んだときの理解力について3段階があると示されている。
  • レベルC:本を読んでもすぐ忘れてしまい、知識として使えないというレベル
  • レベルB:内容をきちんと要約できるレベル
  • レベルA:新たな価値を付与して、オリジナルのアイデアや提案、見方が出せる力
著者によれば、この本で目標としているのはレベルAの付加価値を提案できる理解力を身につけることであると示されている。また、Bの要約レベルに一言感想が付いている書評はつまらない書評の典型であるとあった。これは耳が痛い・・・・。自分の書評はどう見てもレベルBまででしかない。また、完全に要約し切れていない部分もある・・・。これは書評を続けていく上で、意識しなければならないと思った。

知性について示されている部分が興味深かった。本を多く読んでいる人は、読まない人よりも柔軟な考え方ができ、理解力があると示されており、さらに物事を多角的に見ることができることを視点移動と呼び、その視点移動によって先入観や凝り固まった自分の考え方に固執しないことが知性であるとある。それが多読によって鍛えられるようだ。これは自分も意識をしている。自分の読みたい本だけを読んでいくと、どうしてもジャンルが固定化してしまう。だから意図的にビジネス書や自己啓発書以外にも、思想書や文学作品なども読むようにしている。単にそれらも読みたいという欲求もあるが。

また、本は最初から最後まで全部読む必要はなく、2割だけ読んで8割理解するだけでよいというのは、他の読書論にも多く書かれていることである。これは他の本と同じことを書いているから価値がないと捉えるのではなく、読書論を書くような人はみなそのような読み方をしているのだという共通概念を得たのだと考えるべき。

理解力を高めて多く読むには、2割しか読まない、書評したり人に話したりするつもりで読む、いい引用文を見つけるという観点で読むなど、他の速読本にあるような本当に速く読むことだけに注力した内容とは違っている。以下に引用についての引用を示す。
 自分のために本1冊につき、引用文を必ず一文選ぶくせをつけたほうがいいでしょう。一文だけでも引用できれば、もう勝ったも同然。あとの内容はみな忘れてしまっても、その本を読んだという意味が残ります。
(pp.100)
これは多読をするときに勇気付けられる。この書評ブログで引用をするのも、その本で自分が一番重要だと思ったことを抽出し、後でブログを見るだけで復習することができるからという理由になる。

また、速読、多読をするには本に囲まれて暮らす環境を作れといったことや、最初に大きな本棚を買い、1000冊レベルなどで部屋が狭くなることを厭うべきではないとか、本の出費は自分への投資で最低月1万円は出費するべきだとある。これらも何とか実践していこう。自分には本棚が足りないので、そのうち増設予定。

あともう一箇所一番重要な部分を引用。
「速読・多読」のもっとも基本にある精神は「およそ人の言うことで、わからいないことはない」ということです。
 (中略)
 情報の完璧さより大切なのは考える力です。何かと何かを関連づけ、自分の経験とすりあわせてオリジナルの何かを考える、あるいはアイデアを出せることが重要だと思っています。
(pp.190-191)
ただ読むだけでなく、しっかり考えて付加価値を提案できるようになろうと思った。

読むべき人:
  • 理解力をつけたい人
  • 知性を身につけたい人
  • 成功したい人
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積読

読んでいない本がどれだけあるのかを数えてみると、いつの間にか100冊近くあった・・・。

うーん、そんなに読んでいないのか・・・・。そういえばこんなの買ったなぁという本もあるし、なんでこんなの買ったんだろうと思うのもなくはない。けれどそのときはきっと読みたかったんだろう。


積読できるようになって一人前みたいな部分もあるしなぁ。
積読していることに罪悪感はまったくない。

2chの一般書籍板に積ん読(つんどく) part7っていうスレがある。ここの住人に比べれば、自分はまだまだだなぁと思うけど。

ちなみに自分は

  • いつか読む日が来るまで積んで置くんだよ派(未来志向派)
  • 読む量よりも買う量が多いんだよ派(過剰供給派)
  • 読みたくても読む暇がないんだよ派(余暇欠乏派)
の3つかなぁ・・・。


一気に消化します。
その反面、書評が雑になるかも。。

ご了承ください。



November 03, 2007

相武紗季写真集surf trip

surf trip―相武紗季写真集
surf trip―相武紗季写真集

キーワード:
 相武紗季、細野晋司、サーフィン、海、笑顔
CM女王と評されるほど多くのCMに出演されている相武紗季さんの写真集。正直、写真集を書評の範疇に含めるべきかどうかは迷うところだが、せっかく買ったので、記録という意味を込めて取り上げる。

surf tripとタイトルにあるだけに、サーフィンのショットが多い。そして、前作と大きく違うのは、笑顔が前面に出されていること。前作はどちらかといえば笑わないすました表情が多かった。それはそれで透明感のある魅力であったが、相武紗季さんの一番の魅力は圧倒的な笑顔なので、それが前面に出ているのはよかった。サーフィンをとても楽しんでいるようなショットが多い。逆にどこか遠くを見つめているようなすました表情のショットはほとんどない。

残念がなら水着ショットはない。残念ながら。サーフィン用のスウェットのバリエーションが少なく、また陸上ショットもそこまで多くないので衣装的な側面を楽しむ余地があまりない。なんというか、街中でのオフショットのような写真集が欲しいと思う。それは次回作に期待しよう。

週間少年ジャンプを読んでいるショットがある。テーブルの上には月間少年ジャンプが置いてある。出版社が集英社でヤングジャンプ編集部が関わっているからだろう。そのショットではこち亀を楽しんでいる様子。

写真集はサイドバーの既存カテゴリにどれも当てはまらないので、『その他』カテゴリを新設。あまり『その他』という分類は好きではないが、たまにどうしても分類できないものも適当に分類していたので、今後はこれで対応しよう。

相武紗季さんの笑顔は、すごく元気にさせてくれる。何度も何度も見返そう。

読むべき人:
  • 相武紗季が好きな人
  • サーフィンが好きな人
  • 笑顔に癒されたい人
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ブログ状況

Googleのページランクが更新されて、3になった。
1年半ほどかかったなぁ。

最近では、ページランク算出方法が変わってきているとうわさがあるらしいが、それはないらしい。しかし、ページランクを吊り上げる業者対策が施されていることは確からしい。


少なくとも自分のブログレベルでは、そこまでページランクを気にしすぎる必要はないだろう。近い将来自然とランク4までになってくれればいい。

ブログでランク4までは可能だが、5までとなると、有名ブログ以外はありえない。

ランク更新で、サイドバーにあるサイト価格も更新されたようだ。


それはそうと、11月は有給休暇も取得予定でかなり暇になる。なので今月は先月がぜんぜん読めなかったこともあり、一日一冊を目標とする。

なるべく普段読まないようなものを読んでいくつもり。


ウェブ社会の思想


ウェブ社会の思想―〈遍在する私〉をどう生きるか

キーワード:
 鈴木謙介、社会学、サブカルチャー、ネット、宿命論
社会学者によって「情報化社会で社会はどのように変化するか」「情報化の中を人はどのように生きていけばいいか」の2つの論点が示されている本。以下のような章になっている。
  1. ユビキタス――個人情報管理の社会
  2. バーチャル――越境する電子マネー
  3. 記憶と記録――データ化される「わたし」
  4. 宿命と成長(1)――島宇宙の外を生きられるか
  5. 共同性とマスメディア――「偏向報道」批判の背景
  6. 民主主義――グーグルが描く未来像
  7. 宿命と成長(2)――関係へと開かれる生
読了するまでにかなり長い期間を要したので、この書評はかなり断片的で恣意的なものとなることを了承いただきたい。

ウェブ社会が発達した現代では、Amazonを筆頭とするネットショッピングサイトおいて顧客情報や売上げなどがDBに管理され、そこからレコメンドシステムが作られている。それらは次にするべきこと、選ぶべき未来の選択肢を多く提示してくる。それらは今までに気づかなかった選択肢を提示してくれる半面、それ以外の未来(選択肢)がありえていたものが抜け落ちていくことに等しい。そしてその状況で、あたかも自分が意識的に選択してきたことと、前もってあらかじめ決められていたものであると受け取れることという矛盾が同時に起こることにもなる。そのような社会において私たちは宿命を求めるようになったのではないかと本書は示している。

宿命とは何かが示されている部分を抜粋。
 序章でも述べたように本書の主題のひとつは、この「システムによって自分に与えられた可能性以外の未来を選択できなくなること」という問題だ。左のドアを通ることさえできれば拓けたかもしれない未来が、システムによって閉ざされているために、はじめからなかったことにされる。そのようなことが、情報化と、それを前提に作られた制度・システムの中で、今後広がっていくのではないか。
 「ある可能性が開かれると同時に、別の可能性が選び得ないものになる」という現象に対して、私たちが、「この選択肢でよかったんだ」と思えてしまうような根拠付けのことを、本書では「宿命」と呼ぶことにしたい。
(pp.53)
自分の人生においても、一見選んできたように思えて、何も選択してこなかったのではないか?という側面が露呈してくる。今までの人生で自分が本当に選択をしたといいえる出来事は、就職先だろうと思う。けれどそれは確かに自分が選択したという意識があるが、就職先に影響を受けるのは出身大学、学んだ内容であり、それら自体は高校時代の成績、入試、偏差値でシステム的に峻別されており、結局、今の就職先も自分で選んだように思えて、選択しておらず、宿命論的にこの選択肢でよかったんだと納得させている状況なのではないかと思った。この本を読む前も、これでよかったんだよと何度も思い込もうとしていた。なので、この本に示されている宿命論は大変興味深かった。

さらに言えば、高校時代も中学時代の成績によって自動的に峻別され、中学は小学校に影響され、極論すれば貧富の格差が成績に影響を受け、格差はさらに親から継承しているという状況なのではないか。格差論も結局この宿命論にたどりつくのではないかと思える。

また落ち着いた頃にさらっと読み返してみる価値はあると思う。

読むべき人:
  • ウェブ社会についての問題に興味がある人
  • 宿命論が好きな人
  • 思想が好きな人
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