May 2012

May 27, 2012

入社1年目の教科書

入社1年目の教科書
入社1年目の教科書

キーワード:
 岩瀬大輔、ビジネス、仕事論、教養、人間力
ライフネット生命副社長による新入社員のための仕事論。目次は50個の項目が示されているが、長いので割愛。その代り、著者が考える仕事における3つの原則を以下に示しておく。
  1. 頼まれたことは、必ずやりきる
  2. 50点で構わないから早く出せ
  3. つまらない仕事はない
新入社員の仕事の原則であるが、これは経験年数が多い人でも全く異論なく当てはまるものとなる。3年目まではこれが感覚的に分からないかもしれないけど、上司の立場になれば、これがいかに重要かを実感する。僕も今でもこれが完璧にできているかは微妙だけどねぇ。特に2の早く出すということとか。

本書は西新宿のブックファーストで、『ビジネス書出版社社員が選ぶ、新入社員のときに読んでおきたかった本』というフェアで手に入れた。そのフェアでは、本書を挙げている方が2,3名いたし、1年前に発売した当初から気になっていて買ってみた。

本書をこのタイミングで読んだのは主に3つの理由から。一つは単純にスーパーエリートともいえる経歴である著者自身がどういう考えを持っているかに関心があったから。2つ目は7年目、そして5つ目のプロジェクトに突入し、改めて自分の仕事ぶりを確認するために。最後は、上司として部下育成のヒントが得られないかと思ったから。

東大在学中に司法試験に合格し、BCGやハーバード卒、そしてライフネット生命の副社長という経歴から、すごく仕事ができるのだろうなと思って読んでいた。しかし、何か特別なすごいテクニックのようなことが書いてあるのかと思ったが、案外そうでもなかった。

以下特になるほどと思った部分を恣意的に引用しておく。

最初は『20 本を速読するな』から。
 現代は多くの人が速読を推奨していますが、僕はその立場に与することはできません。本を読むこと自体が目的ではないので、5冊速読するくらいなら1冊の本をじっくり読むべきだと思っています。
 じっくり読む価値のない本は、読まなければいいのです。
(pp.95)
僕も昔は必死で速読トレーニングをしていたり、1日1冊ペースで読んでいたので、速読が善だと思っていた時がありましたよと(笑)。でもやはり最近思うのは、『速読する必要は実はあんまりないんじゃない!?』ということ。もちろん仕事で切羽詰まっていて、必要な分野の知識レベルを底上げするという場合は、同じようなジャンルの本を何冊も速攻で読み解いていく必要はあるけど、普通に読書する分にはそんなにたくさん読む必要もないし、何よりも時間をかけた思考プロセスを経ないと、何の意味もないということが経験的に分かってきたというのもある。

また、同じような主張で『26 脳に負荷をかけよ』では以下のように示されている。
 脳に対する負荷も、強ければ強いほど効果的です。
 たとえば、難解な論理書と格闘してみるのも一つの方法でしょう。社会人になると、よほど意識をしない限り、頭が擦りきれるほど物事を考えるという場面がなくなっていくものです。
 さらに言えば、読むだけでは脳に負荷はかかりません。読んで理解して、それを自分のビジネスにどのように生かせるかを徹底的に考えてください。
 やっかいなのは、ビジネス書を読んだだけで勉強したと勘違いすることです。まったく脳には負荷はかかっていないと思って間違いないでしょう。
 仮に1日1冊のハイペースで読みきったとしても、もはやテレビを見ることと同義の「遊び」だと思ってください。
(pp.121)
僕は入社3年目くらいまで、これが全く分かってなかった。1年目はヤル気に満ち溢れているから、本書を含めて本屋の新刊コーナーで売っている自己啓発書をたくさん読むと思われるが、それが実は陥りがちな罠だったりする。それらに関連することは以下の本でいろいろと示しておいた。そもそも速読できる程度の本は、得るものがほとんどないと思って間違いない。しかし、本書のように速読できる部類の本でも、徹底的に時間をかけて考えるというプロセスを経れば、得られるものはちゃんとある。重要なのは、ちゃんと考えたものだけしか自分の中で積みあがっていかないということだね。

最後にコラム3の『キャリアアップは人磨き』から。
歳を重ねるにつれ、成長するうえで大事なものの優先順位が変わってきています。こんなことを言うと皆さんの上司に怒られるかもしれませんが、趣味を伸ばすこと、本を読むこと、体のコンディショニングなどは、仕事が終わってからの空き時間で済ますような重要度の低いものではありません。
(中略)
 最新のビジネススキルを勉強することも、もちろん良いことです。でも、その前に人間としての印象を良くすることや、魅力的な人間であることも大切ではないでしょうか。
(pp.191)
入社1年目に限って言えば、1年目がビジネスライフのその後を決定付ける超重要期間であるから、趣味とか余暇を考えずに心身が病まない程度に仕事に全力で取り組むべきだよ。それに関しては以下にしめしておいた。でも、ビジネスライフを長い目で見ると、仕事だけしていてもダメだし、趣味とか余暇もとても重要になってくるなぁと実感するよ。まぁ、僕はまだ20代だから仕事に没頭しなくてはいけない時期なのだけどね。単純な頭の良さとか技術力があるということも大事なのだけど、それだけではダメで、最後にものを言うのは、著者も示すように教養とか人格とか人間力なのだなと思う。そこが本書を読む前に自分が抱いていたエリートである著者への先入観とのギャップで、なるほどなぁと思った。

本書は本気で速読しようと思えば1時間もかからずに読めると思う。けれど、やはり速読するのはもったいない本だなと思う。1年目の人がこれを1年目の時に読めるのはとても運がいいなぁと思う。1年目の人はこれ一つに絞って、1年目が終わるころまで定期的に繰り返して読んで、書かれていることがちゃんとある程度実践できているかどうかを確認していくのがいいね。

中堅以上の人も速読せずに、今までの自分の経験を照らし合わせてみて、そういえばあのときはこうやればよかったのだなとか、著者の示す例から自分の仕事ではどう当てはまるか?といったことを考えてみるとよいと思う。そうすると案外読むのに時間がかかる。とにかく考えて読もうということに尽きる。



入社1年目の教科書
入社1年目の教科書
著者:岩瀬 大輔
販売元:ダイヤモンド社
(2011-05-20)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 新入社員の人
  • 速読しすぎている人
  • 仕事で長く成長していきたい人
Amazon.co.jpで『岩瀬大輔』の他の本を見る

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May 20, 2012

【レポート】第39回ハタモク@柏

昨日は第39回のハタモクに参加してきました。今回で4回目です。
ハタモク(学生と社会人が同じ目線で働く目的を考える会)に関しては以下のリンク先を参照ください。

今年1年は自分の仕事の意義を再確認し、もっと仕事に対して意識を高めたいということもあり、1月から継続参加しております。過去のレポート記事は以下となります。今回の会場は千葉県柏駅の近く、放課後サポート/学習塾のネクスファ・ジュニアというところでした。いつもと違って少人数かつアットホームな会場で良かったです。

さて、今回のハタモクセッションは以下の3つのテーマでした。
  1. ジブンガタリ・・・「自分の人生」を語ってみる
  2. シゴトガタリ・・・「仕事の大変さ・仕事の楽しさ」
  3. ハタモクガタリ・・・「私はなぜ、なんのために働くのだろう?」
シゴトガタリについては、前回とあまり変わっておりませんので、今回はジブンガタリとシゴトガタリをメインに語ったことを捕捉しつつ示しておきます。(この記事がどこの誰に役に立つのかは分かりませんが、自分の考えをまとめるという意義も含めつつ。)

ジブンガタリ:どうして今の仕事(会社)に?

これは自分の大学選びから振り返っておいたほうが分かりやすいですね。大学を選ぶ基準は、成績とか偏差値とか場所などいろいろとあると思いますが、僕は割と明確に『将来の仕事に活かすこと』が基準としてありました。一応進学校でしたが、何のために勉強するのだろう?と自分なりに思い悩んでいたこともあり、全く興味のない分野のことや、将来に役に立つかわからないことを学ぶよりは、学んだことが直接活かせるものがいいと思って、ITの勉強ができるところがよいのだろうと思っていました。もともとゲームデザイナーになろうと思って専門学校に行こうと思っていたくらいでしので。

他の要素としては、単にセンター試験をしくじったり、浪人したくなかったとか、私立に行くお金がないと親に言われて、実際に滑り止めとなるような私立を1校も受験せず、担任がおススメしてくれた地方の公立大学に何とか受かって、そこに進学することになりました。学ぶ内容自体、ももともと自分の興味関心があったコンピュータ関連全般が学べるので、結果的にそれでよかったと思いました。

入学当初から、卒業後は学んだことが直接活かせる仕事に就くべきだと思っていたので(そうでなければ大学に行く意味がないと思っていたこともあり)、なんとなくIT系の仕事だろうなとは思っていました。逆に全く別の分野に仕事に選ぶと、間違いなく勝負できないだろうという危機感みたいなものもありました。しかし、それでいいのか?と思い悩むところもありました。その部分に関しては以下の記事に示しました。自分の選ぶ仕事がやりたいかどうか、好きかどうかは分からないけど、学んだことを活かすためにとりあえずSEと絞って就職活動をやりました。

そしてなぜ今の会社か?というと、会社説明会で当時のカリスマ社長の話を聞くことがあり、そこで直感的にここだ!!!!と思ったから今の会社を第1志望としました。他のIT企業と違うものを直感的に感じ、最終面接の志望動機として以下の3つを挙げました。
  • グローバルな企業であること
  • キャリアパスがしっかりしていること
  • クライアントが大企業ばかりなので大規模なプロジェクト、システム開発に関われること
これは今でもそんなにずれておりません。入社3年目まではしんどくて常に辞めたい、と思っていたりしましたが、それでもこの志望動機を完全に満たしていないから辞めるわけにはいかないという意識もありました。これに関しては、以下の日記ブログにいろいろと書きました。幸運にも内定を頂き、そのまま今の会社に入社してなんとか辞めずに7年目に突入という経緯となります。

ハタモクガタリ:自分にとって、私が働く意味や目的

これは今までのハタモクでは以下のようなことを語っておりました。
  • 生活、お金のため
  • 社会貢献のため
  • 自分の能力がどこまで通用するか試してみたいから
昨日も特に真新しいことを語るつもりはなく、同じようなことを語るつもりでしたが、自分でも想定外のことを口が滑るように語りました。

システム開発業で、社会に貢献していきたいから

もちろん社会貢献という大枠として語っていましたが、より具体的になった部分が自分でも意外でした。このことを今日、ハタモク副代表を務められておられるマイコーチにコーチング時に語ったところ、コーチ視点でもよい意味で驚きだと言われました。なるほど、確かにそうだなと。

これにはやはり経緯があって、1つは今年3月までの仕事で、よりお客様に対してよいシステムを提供できたなという実体験があったからと、4月からGW明けまで有給休暇で仕事もせずにふらふらしていたことから、仕事をすることで得られる承認欲求がとても大切なことではないかと気づいたからというのがあります。

ずっと仕事をせずにいると、自分は世の中に対して何も役立っていないと思い、何となく不安になってくるということがありました。自分が望んで休んだのですが、これは以前入院していたときと同じような感覚かなとも思いました。要は社会に参画していないという部分が自分を不安に駆りたてるのだと分かりました。そしてそれは、誰かに自分を認められたいとい欲求があるのだと思います。マズローの承認欲求ですね。

なので、社会に対して価値を提供していると実感すること、社会貢献が必要なのだなと感覚的に分かりました。しかし、何となく社会貢献というと、対象範囲が幅広すぎるなぁと感じていたこともあり、自分が社会に提供できる価値はなんだろう?とハタモクに参加し始めてから考えるようになりました。そこから、実際の仕事経験を通して、自分が役に立てるのはITという大きなくくりの中の、さらにシステム開発業なのだな、とどこかで考えていたものがセッション中に自然と出てきたのだなぁと思いました。

まさにハタモクに継続参加して得られた知見でした。

最後に今回のハタモクに参加して、他の方が言われていた印象に残った言葉を列挙しておきます。
  • 働く目的を考えることは、人生の目的を考えること
  • 対面コミュニケーションで語ることがよかった
  • ハタモクは粘土でこねて積み上げていくもの
なるほどなぁと思いました。

僕はハタモクに継続参加していく予定で、まさに粘土のように自分の働く目的をねっていきたいなと思います。次回は6月9日(土)に参加予定です一緒に働く目的を考えたい人、語り合いたい人はぜひ参加を

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May 17, 2012

僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由

僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由 (文春文庫)
僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由 (文春文庫)

キーワード:
 稲泉連、働く、社会、不安、青春
不安な社会を生きる若者たちのインタビューがまとめられた本。以下のような目次となっている。
  1. 第1章 納得のいく説教をされたいんだ―無気力な大学生の曖昧な未来
  2. 第2章 あんな人間になりたくない―「営業」職への苛立ち
  3. 第3章 すべてを音楽に捧げて―エリート・コースからミュージシャンへ
  4. 第4章 友達の輪を求めて―楽しきフリーター生活
  5. 第5章 引きこもりからの脱出―彼が苦悩の年月を受け入れるまで
  6. 第6章 働くことは続けること―ヘルパーとして生きる
  7. 第7章 俺はなんのために生きているんだろう―若き学習塾経営者の葛藤
  8. 第8章 石垣島で見つけた居場所―サーファー、海人になる
(目次から抜粋)
本書は、2001年、著者が大学3年生のころに書かれた本となる。著者は高校を中退し、大検を経て早稲田大学第二文学部に入学し、しだいに「社会に出ていくことへの不安」を感じていたようだ。そして、その違和感を基に、自分の身近にいる若者たちはどんな子供時代、青春時代を送ってきて、これから社会へ飛び立とうとしているのかが気になり、7人の男たちにインタビューをしてまとめられたのが本書となる。

以下あとがき部分に本書の経緯を引用しておく。
 社会に出るための心の準備ができていないから不安なのか?それとも「働く」ことが嫌なのか?だいたい、その「社会」って場所に行くために人は心の準備などをするのものなのか?……そもそも社会ってなんだ?働くってなんだ?

 本書はそんな気持ちで取材を続けた結果生まれた。
 僕は、周りにいた友人や親戚や、偶然出会うことになった二十代〜三十代前半の人たちに、「あなたはどうしてそこにいるのか?どうして働いているのか?あるいは、なぜ働いていないのか?」といった問いを投げかけた。その答えを聞けば、「社会」に出るということがどういうことなのか、という曖昧な疑問を解くヒントが見つかるかもしれないと思ったからだ。
(pp.290)
7人の男たちの生い立ちは実にさまざま。大学5年生で、卒業後は就職せずにフリーターになる人、専門学校卒業後に自動車販売の営業職に就いているが、辞めたいと思っている人、名門中学に入学してバンド活動に目覚めた人。

さらには、ゲームが好きで専門学校に行くも、ゲームだけがすべてではないと悟り、そのままフリーターになった人、高校生から引きこもりになってしまったが、アメリカで空手に自分の道を探った人、高卒後、スキー用品店から老人介護のヘルパーになって活躍する人、ミュージシャンを目指していたが、塾講師として月収100万円を得るまでに成功したが、何のために生きているのだろうと悩む人、大検取得後、沖縄で漁師になった人などなど。

それぞれがいわゆる世間一般で言う、普通に小学校、中学校、高校も問題なく過ごし、そして大学生になって就職するというレールからは大きく逸脱している。みなどこか社会への不安や自分自身の中にあるうまく言語化できないもどかしさのようなものを抱えて、思い悩みつつも、それでもそれぞれの道で活路を見出されている。

客観的に本書を読むと『So What?』という部分もある。それぞれの生い立ちから現状までが淡々と著者の読ませる文章で書かれているが、特に彼らの生き方が劇的に好転したり、何か答えを見出せているわけでもないから。でも、その『So What?』の部分に対する純粋に共感できる部分、自分はどうなのだろう?と自然と考える部分を大切に読んだほうがよい気がした。

プロローグに以下のような部分が示されている。
 なぜこうまで自分が不安になるのかわからない。なぜ自分にとって社会がこうまで大きな壁となって立ちはだかっているのか。それは、社会に対して感じる圧倒的な違和感と言い換えることができるのだが、そうした違和感は僕だけが抱いているものなのだろうか。
(pp.15)
これは僕も大学生のころに常に感じていた。

大学1年生のころ、ちょうど季節的には今頃で、学生生活も少し慣れたころ、なんとなくこのままぼーっと大学生活を送っていくことに対するどうしようもない不安を感じていた。第1志望ではなかったし、入試科目も少なかったり、講義の教養科目もほとんどないので、専門バカになって社会に出てから全く通用しなくなるのではないか?と感じ、このまま社会人になっていくことに対して不安があった。そこから読書を始めるようになった。

それから大学3年生になって就職活動が始まり、より社会へ出るということへの意識が強まっていく中で、その当時講義をフルコマでこなしつつも19時から深夜までシステム開発のバイトをやっていて忙殺されており、将来はあんまり働きたくないなぁとも感じていた。ずっと好きな本を読んだり、映画を見たりしてゆっくり過ごせたらなぁと思っていた。それは今も変わらないのだけど。

常に不安で押しつぶされそうだった。何とか就職活動がうまくいって、卒業して社会人になったのはいいけど、そこからまた苦難が待ち受けていて、学生時代に感じていたものとは全く異質で、さらに強烈な不安に苛まれることになった。だから本書を読んでいると、昔の自分を思い出しつつも、現状の抱えている自分の不安がオーバーラップして共感できた。とはいえ、本書を読んでも社会への不安の対処法、働くことの意義などの答えなど何も得られない。

もともと何か答えを探そうと期待して読んだわけではなかったので、それでいいのだと思う。何かしら感じた部分、自分なりの働く意義やこれからの将来へ向けてどうするべきか?ということを考えるきっかけになると思う。

本書が描かれたのはもう10年前ほどの社会状況なのだけど、10代後半から20代を通して生きる若者たちの普遍的な社会への不安、体制への不満、ぼやけたアイデンティティ、空回りする情熱、思い通りにならない苛立ち、家族関係や友人関係などの葛藤、将来の見えない空虚感などはいつの時代にも共通認識としてあるのだと思う。そういうよい部分も悪い部分もひっくるめた、著者の読ませる文体よって描かれる『青春』が本書にはある。

同じようないろんな人にインタビューしてまとめられた本として、以下がある。これもレールから外れた様々な職業の人たちが出てくる。あわせて読んでおくとよいかも。

働く意義が見出せなかったり、自分自身が将来どうなっていくのかわからない不安というのは常に付きまとうもので、簡単に対処できるものではないなぁと実感している。しかし、活路を見出すというように、考えなくてはいけないし、かといって考えているだけでは何も始まらないので、行動しなくてはならない。考えながら行動していったら、あるとき、自然と不安が軽減されていたり、自分なりの働く意義が見出されているのだと思う。もしそうでなかったら、人生なんて不安と苦悩だらけでまったく残酷だよ。

社会へ出ることへの不安を感じている大学生や、すでに働いているけど何のために働いているのかよく分からない社会人の人は、読んでみたらいろいろと考えるヒントになると思う。



僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由 (文春文庫)
僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由 (文春文庫)
著者:稲泉 連
販売元:文藝春秋
(2007-03)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 就職活動中の大学生の人
  • 入社3年目くらいの人
  • 不安の中で生きている人
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May 13, 2012

人を助けるとはどういうことか

人を助けるとはどういうことか 本当の「協力関係」をつくる7つの原則
人を助けるとはどういうことか 本当の「協力関係」をつくる7つの原則

キーワード:
 エドガー・H・シャイン、支援、協力、プロセス、関係
MIT名誉教授による「支援学」の入門書。以下のような目次となっている。
  1. 1 人を助けるとはどういうことか
  2. 2 経済と演劇―人間関係における究極のルール
  3. 3 成功する支援関係とは?
  4. 4 支援の種類
  5. 5 控えめな問いかけ―支援関係を築き、維持するための鍵
  6. 6 「問いかけ」を活用する
  7. 7 チームワークの本質とは?
  8. 8 支援するリーダーと組織というクライアント
  9. 9 支援関係における7つの原則とコツ
(目次から抜粋)
日常生活や仕事でも助ける、助けられるという関係はいたるところでみられる。しかし、その支援の関係は本当に有用なものとなっているだろうか?役に立つ支援と役に立たない支援があり、本書はそれを明らかにし、両者の違いを明らかにすることを目的として書かれているようだ。また、以下のように目標が設定されている。
 本書での私の目標は、支援が求められたり必要とされたりするときに真の支援ができ、支援が必要だったり提供されたりしたときに受け入れられるだけの充分な洞察力を読者に与えることだ。
(pp.022)
気になった部分をメモ程度に引用しておく。

支援者には仕事に関わらず、「1、情報やサービスを提供する専門家」、「2、診断して、処方箋を出す医師」、「3、公平な関係を築き、どんな支援が必要か明らかにするプロセス・コンサルタント」というものがあるらしい。特に自分の仕事に関連する役割は1の専門家タイプ。

この1のタイプは、仕事に関してはいわゆる経営コンサルタントみたいな専門的なサービスを提供する支援者で、この役割が本当に助けとなる可能性は、以下の条件が満たされるかどうかによるらしい。
  1. クライアントが問題を正しく診断しているかどうか
  2. クライアントがこの問題を支援者ときちんと話しているかどうか
  3. 支援者には情報やサービスを提供する能力があると、クライアントが的確に評価しているかどうか
  4. 支援者にそうした情報を集めさせることや、支援者が勧める改革を実行するという結果を、クライアントが考慮するかどうか
  5. 客観的に情報を研究して、それをクライアントが利用できるようにする外的現実があるかどうか
    (pp.101)
自分の仕事に大きく関係する部分はここだね。自分が対象とする範囲はシステム開発業なのだけど、コンサルっぽいこともまったくやるわけでもないしね。

1番など要件定義フェーズで一番問題になる部分だね。そもそもお客様が何が本質的な問題か認識できていないというのがあったりする。そこの認識があいまいなままプロジェクトが進行すると危険だね。

2番は、お客様の組織規模が大きくなってくると、さまざまなステークホルダーがいて、さらに縦割り組織だとさぁ誰に何を聞いて、ちゃんとそれぞれが協力的にコンサルタントなどにお話ししてくれるだろうか?という問題がある。さらには、面倒なことはごめんだというお客様も多いでしょう。何で現状でうまくいっているものを変える必要があるの?とかねぇ。

3は競争入札の場合、ちゃんと提案内容から点数化されるのだけどね。でも某動かないコンピューターシリーズの失敗プロジェクトとか見ていると、調達者がちゃんと業者を評価できなかったりすると失敗確率が高くなるのがよく分かる。

4もお客様がちゃんと協力してくれるかどうかだね。5はちょっとよく分からないのでスルー。

他にもいろいろと書こうと思ったのだけど、どうも全体的な理解が微妙でもうあんまり書くことがない(笑)。読んでいても全然頭に入ってこなくて、自分の読解力不足なのかなと思ってアマゾンレビューを見ると、どうも翻訳がよろしくないらしい。読みづらくて理解不足なのは翻訳のせいだということにしておこうww

テーマと内容がよいだけに、ちょっと残念な気がした。原書で読んだほうがいいみたいだから、英語が問題ない人はそっちを読んだらいいかもしれない。

普段の生活や仕事でも誰かを助けるとき、そして自分が助けを求める場合に、どういう態度がよいかが分かる。そして、実際の仕事でも自分の業務のあり方を改善するきっかけになるかもしれない。ちゃんと読解できれば。



人を助けるとはどういうことか 本当の「協力関係」をつくる7つの原則
人を助けるとはどういうことか 本当の「協力関係」をつくる7つの原則
著者:エドガー・H・シャイン
販売元:英治出版
(2009-08-08)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 誰かを支援したい人
  • コンサルタントやコーチを仕事としている人
  • 健全な助けが必要な人
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May 10, 2012

2022―これから10年、活躍できる人の条件

2022―これから10年、活躍できる人の条件 (PHPビジネス新書)
2022―これから10年、活躍できる人の条件 (PHPビジネス新書)

キーワード:
 神田昌典、ビジネス、キャリア論、未来予測、10年後
多数の著作がある経営コンサルタントによる、大体な未来予測を含めたキャリア論。以下のような目次となっている。
  1. 第1章 先が見えない世の中って言うけれど、それは天気予報があるのに知らないようなもんだ
    第2章 平成「ええじゃないか」が、なぜ必要か?
    第3章 踊る中国沈む日本
    第4章 二〇二四年、会社はなくなる!?
    第5章 イン・フォメーションから、エクス・フォメーションへ
    第6章 四〇代が、時代のはざまに架ける橋
    第7章 二〇二二年―再びページを開くとき
(目次から抜粋)
ビジネス書を多く読む人は一度は神田氏の本を読んだことがあるのではないかと思われる。しかし、僕は本書が神田氏の最初の本となった。別に意図的にスルーしていたわけではないけど、なんだか怪しい雰囲気満載だったから手つかずだった。元同期のお薦めもあって、読んでみることにした。

『はじめに』で以下のように示されていた。
 繰り返し言っておくけど、私の意見に同調する必要はない。そんなの、まったく望んでない。
 要は、神田を踏み台にして、あなたがどう考え、行動するか。それが大事だよ。
 だから「こいつの言うことに反論してやろう」と思いながらも、ダーッと一気に読んでほしい。すると翌朝起きたときには、私が本書で共有しているアイデアを超える、あなた自身のプロジェクトが生まれているはず。
(pp.9)
特に反論はないというか、大体な10年後の未来予測に対して、現時点で自分がどうこう言えるほどの知見もないので、本書を読んで自分なりに感じたこと、考えたことを示しておきたい。なので、網羅的な内容紹介はないので了承を。

読んでいて、何となく神田氏に対する先入観が相当あったのだなぁと。まぁ、読む前は良くも悪くも怪しい感じの人だなぁと思ってた。一度3年前ほどに神田氏が公演しているのを遠目から見たことがある。そのときに何を語られていたのかは覚えていないのだけど、話し方となどから相当なカリスマ性を感じたのは確か。エネルギーがみなぎっていてそれがオーラのように発露しているような、そんな印象。なんとなく、神田氏を教祖とするような信者がたくさんいるのも何となくわかった気がした。

そういう印象から、本書の内容もぶっ飛んでいるのかと思ったら、意外にもそこまで突飛なことを主張されているわけでもない気がした。もちろん、要所要所は大胆な未来予測だなぁと思う部分が多いのだけどね。なんとなく、東日本大震災後の現状の日本が置かれた状況から、未来を真摯に考えておられるのだなぁと。

さて、感想は以上にして、自分なりに本書を読んで考えたことを示しておこう。主に自分のキャリア的な部分に関して。

一番興味をひかれたのは4章の『二〇二四年、会社はなくなる!?』かな。ここは、製品の成長カーブと企業の寿命の推移から2024年ごろに「会社」のコンセプトが寿命を終えるらしい。一斉になくなるといよりも、長い衰退に向かうようだ。これはなるほどと思った。

参入障壁があって、かつ人員を多く抱え込まなくてはならない大企業や公社、インフラ企業みたいなところは、衰退しつつもなくなりはしないのかなとは思った。でもまぁ、いろろと他の本やネットで示されているように、フリーランスの人がプロジェクト単位で集まって何か仕事をして、そしてそれが終わって解散し、また別のプロジェクトへという働き方も増えてくるのだろうなと。

そういう時に重要なが、プロジェクトのメンバーの募集、アサイン、収益の分配とかプロジェクトルールの策定とか、いわゆる大企業のバックオフィス系の人たちの仕事なんだろうなと。そしてそういうフリーランスの人材派遣、管理、バックオフィス業務を一括で請け負うのが会社として残りそうなのかなと思った。

他にも法人として徒党を組んだほうがメリットも多いし、その陰でデメリットも多いのだろうねと。本書では企業の寿命が10年以内、そして3年を切ったと示されているが、このことから、職業人、一人一人が個人事業主のような働き方を一度は考えてみるとよいのではないかと思った。一部の企業は残るだろうけど、大多数はなくなっていくとしたら、自分で自分のビジネスを考えておけば、スムーズに変化に対応できるような気がする。

個人的にはフリーランスも視野に入れつつも、でもまだ会社にしがみついて自分の能力開発の時期かなと。それに関して、著者は人生には7年ごとに節目があって、それぞれの年代に必要な経験を積むべき、異なる12人のキャラクターを文献を参考にしつつ独自に設定している。それによると、自分が属する22歳から28歳までは以下のように示されている。
表を見ると、二二歳から二八歳までの七年間は「世話役」にスポットライトが当たる期間になるから、彼の人生の課題は、いまは「世話役」だ。ようやく社会人になった頃の、修行の時期である。同僚や上司に言われたことを、アシスタントとして丁寧にこなすことが、自分の実力に大きくつながっていく。
 組織が大きくなればなるほど、そこでは理不尽なことが多くなる。そりが合わない人もいれば、まったく役に立たない仕事もある。しかしあとから振り返ってみると、こうした理不尽な経験を乗り越えてきたことが、極めて大きな力になる。
(pp.250)
なるほど、というかまぁそうだよねと。今日のはてブで上記のような記事がホットエントリ入りしてたけど、自分に合った仕事などどこにもなくて、仕事にある程度自分を合わせる必要があるよねと。ある程度長く、1万時間ほど働いてみないと何もわからないし、まともに仕事ができないなと実感している。

そして29歳から「探究者」という役割になるらしい。以下抜粋。
 次に二九歳から三五歳の時期は、あなたの中の「探究者」が表舞台に登場し、スポットライトを浴びる。「探究者」とは、自分自身の強みを見出していくタイミングである。「世話役」のときに、仕事を通して自分は何が得意で、何が不得手なのか、わかってくるだろう。そこで「探究者」の時期には、自分の専門分野を深めていくようにする。
(pp.251)
今直近で考えなくてはいけないのはここだなぁと思った。7年目に突入で、そろそろ自分の専門分野を意識的に選んで、それを深堀していかなくてはいけない時期かなと。もちろん方向性としては視野を広く持ちつつも、30歳くらいまでにはこれができます!!、と言えるようになっていたい。自分の志向性として、.NET系を極めるとかになるかな。一口にシステム開発業と言っても切り口は幅広いので、より具体的に考えていく必要がありそうだ。

本書は日本の未来の10年後の大胆予測でもあり、キャリア論でもある。本書を読んで、10年後の日本と、その想定の状況からの自分の将来像を考えるよいきっかけになった。10年後は何をやっているか全くわからない。そもそも健全に生きているのかどうかも怪しい気がするしww

それでも10年後、2022年の5月であれば、38歳になっているはず。希望としては結婚していたいし、それなりにビジネスか何かで成功していたいとも思う。そして、自分のやりたいことをやっていたい。今の会社には間違いなくいなくて、もしかしたら独立しているかもしれない。個人事業主としてかフリーランスかどちらか。もともと会社で働くのは好きではないし、向いてないし、健康的な部分もあるし。かといって、最初から独立とか起業は、本書で著者も示しているように、若すぎる時では微妙だしね。

今はまだ、現状で自分のできることを増やしていこうという状況。10年後よりも先に、30歳の時の自分像をまず考えるべき時。そしてその延長に10年後の自分の未来を想像することが重要かな。

本書で示されていることは、10年後になってみないと本当のことは誰にもわからない。それでも、10年後の日本と自分の未来を考えたい人には良い本かもしれない。10年後にまた読んでみようかな。



2022―これから10年、活躍できる人の条件 (PHPビジネス新書)
2022―これから10年、活躍できる人の条件 (PHPビジネス新書)
著者:神田 昌典
販売元:PHP研究所
(2012-01-19)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 自分のキャリアについて考えたい人
  • 独立志向の人
  • 将来の日本について真剣に考えたい人
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May 06, 2012

今夜、すベてのバーで

今夜、すベてのバーで (講談社文庫)
今夜、すベてのバーで (講談社文庫)

キーワード:
 中島らも、アル中、肝硬変、バー、欠落
中島らも氏の小説。以下のようなあらすじとなっている。
薄紫の香腺液の結晶を、澄んだ水に落とす。甘酸っぱく、すがすがしい香りがひろがり、それを一口ふくむと、口の中で冷たい玉がはじけるような…。アルコールにとりつかれた男・小島容が往き来する、幻覚の世界と妙に覚めた日常そして周囲の個性的な人々を描いた傑作長篇小説。吉川英治文学新人賞受賞作。
(カバーの裏から抜粋)
中島らも氏のことはあんまりよく知らなかった。自分が大学生のころ、階段から転げ落ちて、そのまま亡くなられた人、という認識しかなかった。そもそも本業がなんなのか知らなかったし。Wikipediaを見てみると、パンクな感じで激しい一生を送られたようだ。本書は、どこかでタイトルに惹かれて買って積読状態だった。確かその当時、Bar巡りをしようと思っていたから。今も新宿三丁目を開拓しているけどね。

実際に読んでみたら、タイトルから想像していたものとは全然違った。いろんなお酒が出てきて、Barのうんちくとか粋な飲み方?とかそういうのが出てくるのかと思っていたら、アル中の話だった。

あらすじは簡単。酒飲みの35歳の男、小島が、アルコール中毒を自覚しつつもなかなか断酒できず、ほぼ肝硬変の状態のところで病院に担ぎ込まれてそのまま入院する。そこで医者の赤川、小島の友人の妹であり、小島の事務所の社員である天童子さやか、そして病院の入院患者たちとの関係が描かれている。

病院で入院している話で、妙にリアルな描写が多い。同じ病室で高齢のおじいさんが頭をぶつけて血だらけになったり、17歳くらいの演劇に関心がある少年がいたり、さらに病院食の描写とかトイレの蓄尿の描写とか。やはりというか、巻末に載っている山田風太郎氏との対談で、35歳の時に病院担ぎ込まれた経験があり、ほとんど実話だと語っている。なるどなぁと。実体験じゃないとここまでリアリティのあるものは描けないだろうね。

僕も入院したことがあるから、病院での入院生活というのがよく分かる。主人公、著者のように酒を飲みすぎて肝硬変になったわけではなく、腎臓が悪くなってだけど。相部屋だとまぁ、いろんな人がいて、テレビがうるさかったり、やたら話しかけてくる人とかね。著者はその周りの患者が面白くて、日記をつけていたらしい。僕は精神的にストレスになるから途中で個室にしてもらったけど。

主人公は肝生検という針のようなものを刺し、肝臓の細胞を採取するというものをやることになる。自分は腎生検をやったことがある。手術というほどではないけど、局部麻酔をしつつも、長い針で刺されるときは結構な痛みがあって、はぅあ!!って感じww一瞬だけど痛い。そうやって採取した細胞をいろいろ細かく検査する。そういう描写も、臓器は違うけれど、やったやったって感じで共感できた。

ただ、主人公の肝硬変の原因はアルコール中毒によって、毎日ろくに食べ物を食べずに、ウイスキーなどの強い酒ばかり飲んでいる生活を送っていたのが原因とはっきりわかっているが、僕の場合は医者に原因不明と言われて、ふむ、それは仕方ないなという感じでもある。

本書を読んでいると、やたらとアルコール中毒の人の生活とかアルコール中毒になる原因などに詳しくなれる。巻末に各種参考文献が示されているように、かなり専門書を基に描かれているようだ。そして久里浜式アルコール症スクリーニングテストというアルコール依存症をチェックできるテストがそのまま載っていたりする。主人公の小島は12.5点と重症。
自分もやってみたら、−6.1と全く正常の部類に入った。お酒は好きなほうだけど、かといってもともと強くもないし、腎臓が悪いのにそんなにたくさん飲めるわけもないので。最近は2杯で十分楽しく酔える。

アル中的な話ばかりに焦点を当ててしまったけど、主人公を取り巻く人間関係模様もちゃんと描かれていて、読み終わった後にある種の心地よさみたいなものを得られたと思う。読んでいる途中は、酒の飲みすぎは危険だなぁと思わされるのだけど。

一ヶ所何となく線を引いてしまった部分を引用。担当医の赤川と小島のやり取りで、小島の会話から始まるところ。
「だから、アル中ってのは、内臓とかそういうことももちろんネックなんだろうけど、もっとこう、何ていうか、内的な問題だと思うんですよ。なぜ、飲む人間と飲まずにすませられる人間がいるのかっていう。それがわかれば、ずいぶんとちがうと思うんですが」
「あんたはどう思うんだね」
「飲む人間は、どっちかが欠けてるんですよ。自分か、自分が向かい合っている世界か。そのどちらかか両方かに欠落してるものがあるんだ。それを埋めるパテを選びまちがったのがアル中なんですよ」
「そんなものは甘ったれた寝言だ」
「甘ったれてるのはわかってるんですが、だからあまり人に言うことじゃないとも思いますが、事実にはちがいないんです」
「欠けていない人間がこの世のどこにいる」
「それはそうです」
「痛みや苦しみのない人間がいたら、ここへ連れてこい。脳を手術してやる」
(pp.228-229)
ここが特に印象に残った。自分の中の欠落部分に思いめぐらしつつも、別にそれを埋めるものは酒ではなかったのだなと。

酒好きな人は一度は読んでみたほうがいいかもしれない。自分がアルコール中毒じゃないかと確認するのにもよいし、純粋にこれを読みながら酔うのにもね。

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タイトルのように、Barで読んでみたりもした。写真はザクロビールと。
お酒はほどほどに楽しむのがいいよ。



今夜、すベてのバーで (講談社文庫)
今夜、すベてのバーで (講談社文庫)
著者:中島 らも
販売元:講談社
(1994-03-04)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • お酒が好きな人
  • お酒の失敗が多い人
  • 自分の中に欠落したものがある人
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May 04, 2012

辺境・近境

辺境・近境 (新潮文庫)
辺境・近境 (新潮文庫)

キーワード:
 村上春樹、旅行記、ノモンハン、うどん、疲弊
小説家、村上春樹の旅行記。カバーの裏には以下のように示されている。
久しぶりにリュックを肩にかけた。「うん、これだよ、この感じなんだ」めざすはモンゴル草原、北米横断、砂埃舞うメキシコの町…。NY郊外の超豪華コッ テージに圧倒され、無人の島・からす島では虫の大群の大襲撃!旅の最後は震災に見舞われた故郷・神戸。ご存じ、写真のエイゾー君と、讃岐のディープなうど ん紀行には、安西水丸画伯も飛び入り、ムラカミの旅は続きます。
(カバーの裏から抜粋)
目次としては以下のような章立てとなっている。
  • イースト・ハンプトン―作家たちの静かな聖地
  • 無人島・からす島の秘密
  • メキシコ大旅行
  • 讃岐・超ディープうどん紀行
  • ノモンハンの鉄の墓場
  • アメリカ大陸を横断しよう
  • 神戸まで歩く
本書は、西新宿のブックファーストで、『ビジネス書出版社社員が選ぶ、新入社員のときに読んでおきたかった本』というフェアで手に入れた。そして、ニューカレドニア旅行時に持って行き、少しずつ読んで、帰国後、昨日読み終えた。

やぁ、君、これはすごく良い本だったよ。今年読んだ本の中でダントツで一番だよ!!(本書で今年の10冊目なのだけどね(笑))

内容的には著者とカメラマンの松村君という人や、イラストレーターの安西水丸先生などと一緒に旅に出る。たいていは松村君と二人なのだけど。

場所はアメリカのイースト・ハンプトンから瀬戸内海の無人島、3日間うどんづくしの香川県とか『ねじまき鳥クロニクル』の一部舞台となったノモンハン、そしてアメリカ大陸を北経由で車で横断したり、震災後2年たった著者の地元である神戸を歩いたりと幅広い内容となっている。ページ分量がそれぞれバラバラなのだけど、どれもそこに行った気になれるし、村上春樹独自の視点、体験を通して世界が見えてくる。著者の旅行記はあんまり読んだことはなかったけど、これはとても面白く、新たな視点、考え方が得られた。

本書を読み始める直前というのは、初めての海外旅行ということで、不安と期待が入り混じったような状況だった。一人旅だったので、どちらかというと不安のほうが大きかったのだと思う。しかし、飛行機のチェックインまでかなり時間があり、成田空港のタリーズでこれを読んでいたら、なるほど、旅の本質はそういうことなのかとわかって、不安が薄らいでいった。

著者はメキシコでリュックを担いで旅行中、メガネケースとかジーンズとかトラベラーズチェックなどさまざまなものを知らないうちに紛失していった。そしてそれを自然の摂理の宿命として受け入れ、メキシコという国そのものも受け入れていく過程で、以下のような悟りの境地に至ったようだ。
僕をしてそういう諦観にいたらしめるプロセスこそが、僕という人間を疲弊させるさまざまなものごとを、自然なるものとして黙々と受容していくようになる段階こそが、僕にとっての旅行の本質なのであるまいか、と。
(pp.86)
旅とはめんどくさいことや予期せぬことの連続なのだなと、出発前になんとなくわかった。そして、以下のように続く。
何故わざわざ僕はメキシコにまで疲弊を求めてやってこなくてはならないのか?「何故かといえば」と僕は答えるだろう、「そのような疲弊はメキシコでしか手に入らない種類の疲弊だからです。ここに来ないことには、ここに来てここの空気を吸って、ここの土地を足で踏まないことには手に入れることのできない種類の疲弊だからです。そしてそのような疲弊を重ねるごとに、僕は少しずつメキシコという国に近づいていくような気がするのです」と。
(pp.87)
ここを読んで、不安が大幅に減少した。著者のメキシコ旅行を見ていると、まぁ、貧乏旅行の分類に入るもので、でこぼこ道を車で走るのはしんどいし、なぜかメキシコのバスは異常なほどの音量の音楽が鳴っていていたりして、うんざりするようなものらしい。さらには、武装強盗に襲われる危険性もあったようだ。それでもこのような疲弊に旅の本質があるのだと。

僕が旅に対して抱いていた不安は、ちゃんと目的地にたどり着けるか?とか、レストランで自分が望んだものを食べられるか?とか、危険な目に合わないかしら?とかそういうものだった。けれど、ツアーで申し込んで割と治安のよいとされる国に行くのだから、著者のようなうんざりしたり危険な状況に遭遇することはないだろうと楽観的になれた気がした。実際行ってみると、妄想していたような不安は特に何も起こらなかった。

とはいえ、ニューカレドニア旅行中に、著者の体験したほどではないけれど、しんどさとか疲弊は確かに少なからず感じた。エコノミークラスの狭くて異常に硬く感じるシートに8時間半以上座りながら、太ももの裏が痛くなって夜な夜な微妙に眠れなかったり、紫外線が日本の4, 5倍高いのに、ヌメア市内を一日中歩き回ってみたり、離島に行くためにそれなりに早起きしなくてはならなかったり、カジノでスロットをするときに意思疎通で微妙にしくじったり、おいしいと感じていたフレンチが、量が多すぎて次第に拷問のように感じたり・・・。

でもその程度の疲弊感ではあったけど、実際に初めての南の島の透き通る青い海を目前にして、あぁ、ここに来て本当によかったなぁと思った。ネットや写真、本、テレビなどを通していては得られない、そういう疲弊のプロセスを経ないと感じられない、圧倒的なリアルがそこにあるんだと実感した。これが旅なんだなと、実体験と本書を通してよく分かった。本書の内容についていろいろと紹介したいのだけど、それは読んでからのお楽しみ。いろいろと思いがけず、なるほど!!とたくさん線を引いたのだけど、最後に1ヶ所引用しておく。
でも僕にはうまく表現できないのだけれど、どんなに遠くまで行っても、いや遠くに行けば行くほど、僕らがそこで発見するものはただの僕ら自身でしかないんじゃないかという気がする。狼も、臼砲弾も、停電の薄暗闇の中の戦争博物館も、結局はみんな僕自身の一部でしかなかったのではないか、それらは僕によって発見されるのを、そこでじっと待っていただけなのではないだろうかと。
(pp.230)
初めての海外旅行から帰ってきて感じたことは、著者も本書で示すように、旅で自分の内面などが劇的に変わることはないのだなということだった。自分探しの旅で世界を回る、という人もいるだろうけど、自分を新発見するというのはないのだなと。もともとすでにあった自分を違う側面から『再発見する』、という表現がしっくりくるような気がした。

著者の長編小説は『風の歌を聴け』から『1Q84』まですべて読了済みで、それらの作品に深みと不思議なリアリティを持たせている要因というのは、若いころからの世界を巡る旅行経験によるものだろうと本書を読んで実感した。世界の捉え方、感じ方、空気、そこでの疲弊を伴った実体験。それらの原体験が作品の根底にあるような気がする。

本書は海外旅行中にお守りのように持ち歩いていた。ホテルで寝る前にもちょっと読んだりもした。

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黄金週間中にどこにも行けなくても、この本片手にバドワイザーなどのビール瓶(ビール以外の酒はたぶん本書に合わない)を片手に読むのがいいかもしれない。たとえ近境でも、旅に出たような気分にさせてくれることは間違いない。



辺境・近境 (新潮文庫)
辺境・近境 (新潮文庫)
著者:村上 春樹
販売元:新潮社
(2000-05)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 黄金週間中に遠出しない人
  • 海外旅行に行こうと思っている人
  • 旅の本質について考えてみたい人
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May 03, 2012

老人と海

老人と海 (新潮文庫)
老人と海 (新潮文庫)

キーワード:
 ヘミングウェイ、漁、カジキマグロ、サメ、死闘
ヘミングウェイの作品。以下のようなあらすじとなっている。
キューバの老漁夫サンチャゴは、長い不漁にもめげず、小舟に乗り、たった一人で出漁する。残りわずかな餌に想像を絶する巨大なカジキマグロがかかった。4日にわたる死闘ののち老人は勝ったが、帰途サメに襲われ、舟にくくりつけた獲物はみるみる食いちぎられてゆく…。徹底した外面描写を用い、大魚を相手に雄々しく闘う老人の姿を通して自然の厳粛さと人間の勇気を謳う名作。
(カバーの裏から抜粋)
ヘミングウェイの作品は読んだことがなかった。ずっと積読にしていたのだけど、最近になって読んでみた。あらすじは、引用した部分でもう十分なほど。85歳のサンチャゴは孫の少年と漁に何度か行ったりしていた。しかし、不漁が85日ほど続いて、老人は一人小舟を出して、大物を狙いに行く。大きなカジキマグロを引っ掛けられるが、そこからカジキマグロとの死闘、そしてそれを仕留めて船の横に括り付けた後に、サメとの死闘が始まる。

老人は海の上で一人孤独に漁をしている。孫と漁に出なくなってから、大声で何でも思ったことを言うようになった。鳥にはなしかけたり、シイラが近くにいることを発見したり、死闘を繰り広げるカジキマグロに話しかけたり。釣り上げた小ぶりのマグロやシイラ、トビウオを食べて体力の回復しなくては、とか。

4日間の死闘を繰り広げるのだけど、その描写が鮮明にイメージできるような感じだった。文章も読みやすく、難しいことは書いていない。カジキマグロとの死闘で手を痛めたり、カジキマグロが飛び跳ねたり、なんとかカジキマグロをモリで仕留めたり。今度は、それを狙うサメたちとの死闘で、モリで顔面を刺したり、オールでたたきつけたりと臨場感あふれる描写だった。

本編もよいのだけど、訳者によるアメリカ文学の解説もまた勉強になった。アメリカ文学がなぜヨーロッパ文学に比べて浅いのかということから、この作品がその底の浅さを打破するような作品である理由などが解説されている。それは文学論のようでもあり、なるほどと思った。あんまりアメリカ文学を読んだことがなかったのでなおさら。

ページ数も150ページなので、勢いで読める。ただ、この作品は読む場所が重要な気がする。舞台はキューバで、メキシコ湾に向かって漁に行くので、なるべく海の近く、漁港がいいかもしれない。そんなに大きな漁港ではなく、ちょっとさびれているのがいいかもしれない。かといって、日本海のように暗雲が立ち込めて陰鬱な気分になるようなところはダメだな。できれば太陽が熱く照っているような海がいい。

ということで、僕は先週初めての海外旅行としてニューカレドニアに行ったときに、青い海辺のアメデ島のビーチで海を眺めながら読んでいた。

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ここまで青い南の島の海だとちょっと雰囲気は違うと思うけど。しかも実際に読了したのは帰りの飛行機の中で。

ちなみに、ニューカレドニア旅行記を日記ブログに書いているので、暇の人はどうぞ。この物語に出てくるシイラという魚をどうやら旅行中(3日目の夕食)に食べていたようだ。現地ではマヒマヒというらしい。

海の見えるカフェバーみたいなところで、ビールでも飲みつつシーフードをつまみながら読むのが、贅沢なこの作品の楽しみ方かもしれないね。



老人と海 (新潮文庫)
老人と海 (新潮文庫)
著者:ヘミングウェイ
販売元:新潮社
(2003-05)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 魚介類が好きな人
  • 海が見えるところに旅行しようと思っている人
  • 死闘を繰り広げている人
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