August 2012

August 11, 2012

日の名残り

日の名残り (ハヤカワepi文庫)
日の名残り (ハヤカワepi文庫)

キーワード:
 カズオ・イシグロ、執事、品格、夕方、人生
カズオ・イシグロの小説。以下のようなあらすじとなっている。
品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。
(カバーの裏から抜粋)
カズオ・イシグロのこの作品を読み始めるとき、私の中には若干の躊躇がありました。というのも、今の時期と同じようなちょうど数年前の夏ごろに『わたしを離さないで』を読んでみて、あまり良さが分からなかったからでした。『わたしを離さないで』は、特殊な環境下に置かれた少年少女の暮らしが静謐に描かれており、よく言えば静かに心に残る作品、わるく言えば起伏もなく退屈な作品という印象がありました。実際、世界観と心情描写に没入することができず、1年近くかかって読み終えました。そういったこともあり、カズオ・イシグロの作品、というだけで退屈な作品なのではないかと少し気構えていたことを告白せねばなりません。しかし、読了後、それは全くの杞憂に終わりました。

物語について言及する前に、本書を入手した経緯について示しておいた方がよいでしょう。本書は5月ごろに開催されたハヤカワ縛りのスゴ本オフで獲得しました。評者の方曰く、『ゆったりと物語が進むので、時間があるときに読んで人生を振り返るにはよい』というようなことを言われていたと思います。そのとき、物語そのものにはあまり惹かれなかったのですが、『人生を振り返る』という部分に引っかかり、最後のじゃんけんによる争奪戦で見事勝利し、本書を手に入れました。しかし、実際に読み始めたのは5つ目のプロジェクトに参画してしばらくたってからのことでした。7月くらいから読み始めましたが、ちょうど基本設計フェーズ時で、割と残業も多かったと思います。時間があるときに読んだほがよい、というアドバイスにまったく従えませんでしたが、どこかで忙しい日常からの逃避、気休めを目的として読み始めたのだと思います。

さて、徐々に物語について私が感じたことなどに触れていきたいと思います。

主人公、ミスター・スティーブンスはイギリスの貴族、ダーリントン卿に仕えていた執事であります。広いお屋敷で複数人いる執事たちを統括する立場にあり、正確で仕事に抜かりはなく、執事の仕事の理想も持ち合わせている一流の仕事人であることは間違いありません。同世代の執事仲間たちと「偉大な執事」は誰かと議論したりし、一流の執事には『品格』が重要であるというような持論もあります。一ヶ所だけスティーブンスの執事という仕事への高いプロ意識が読み取れる部分を引用しておきましょう。
しかし、私が申し上げたいのは、時間がたつにつれ、その種の事例がある動かしがたい事実を象徴するようになるということです。その事実とは、私が国家の大事のまっただなかで執事を務めることができた、いえ、努める特権を与えられたということです。私には、凡庸な雇主に仕え、それでよしとしている執事には決して知りえない、特別の満足を味わう権利がありましょう。それは、私の努力が歴史の流れにわずかながら貢献をしたと、そう胸を張って言える満足です。
(pp.198)
1930年代は世界大戦の真っただ中であり、スティーブンスが仕事をしているダーリントン・ホールでは世界情勢の行く末を左右する重要な会議などが行われておりました。そこでの仕事ぶりから自分の仕事への自負や勝利も感じているようでした。

中盤は特にスティーブンスの職業観、プロ意識に対して見習うことが多いと思いました。今年一年、仕事に対する自分の意識を一つ高めるという目標を設定していただけに、思いがけずこのような高い職業観に触れられることはとても勉強になりました。例えば、自分自身のSEという仕事の理想像を考えてみたり、一流のSEであるためには日々何を意識しているべきか、はてはSEとしての仕事が世の中にどれほどの影響を与えるのかを考えるよいきっかけになりました。

物語の後半に進むにつれて、この作品に抱く印象は大きく変わりました。それは決して面白くない、納得がいかない展開になったということではなく、私個人が深く省察すべき部分がスティーブンスの職業人的な部分ではなく、その生き方のほうではないかと。

つまり、こういえるのではないでしょうか。プロ執事の職業人としてのスティーブンスは見習うべきところが多いが、一人の男の人生としてはいかがなものかと。もちろんスティーブンスは『品格』を語るような高い倫理観も持つ人格的に優れた人物だとは思われます。しかし、同僚であったミス・ケントン氏への鈍感さと一人の人間として決断しないまま流れに身を任せて雇主に仕えてきた、人生そのものにはあまり共感はできませんでした。

それは同時に私個人の生き方そのものを考えるようにと、それとなく静かに訴えてくるようでもありました。この終盤の話はあまり言及しすぎるとこれから読む楽しみがそがれるので、深く追求しませんが、一ヶ所だけ心に強く訴えかけてくるような部分があったので、そこを引用しておきましょう。
あのときああすれば人生の方向が変わっていたかもしれない―そう思うことはありましょう。しかし、それをいつまで思い悩んでいても意味のないことです。私どものような人間は何か真に価値あるもののために微力を尽くそうと願い、それを試みるだけで十分であるような気がいたします。そのような試みに人生の多くを犠牲にする覚悟があり、その覚悟を実践したとすれば、結果はどうあれ、そのこと自体がみずからに誇りと満足を覚えてよい十分な理由となりましょう。
(pp.351-352)
ついつい過去を振り返って、自分が選ばなかった道に思いをはせて、こっちを選ばなかったら今よりももっとよかったのではなかろうか?とときどき思ったりもします。それはきっと現状で何か満たされないものがあるからでしょう。しかし、スティーブンスの言う通りなのかもしれません。いつまでも思い悩んでいてもしょうがなく、これからを後悔しないように生きるべきなのでしょう。

終盤では、スティーブンスと60歳くらいの男との会話で、1日で一番いいのはゆっくりできる夕方だと示されておりました。この1日を人生の暗喩なのではないかと捉えると、人生を楽しむのはゆっくりできる晩年なのかもしれません。しかし、私にはまだ夕暮れを楽しむには若すぎるといってよいでしょう。私の時間はまだ午前中くらいのはずで、夕方になってそれまでの時間を後悔とともに回顧しなくてもよいように生きていきたいと思いました。

本書の読了後は、静かに感動した気持ちと自分の人生を顧みての後悔の念と、さらには前向きに生きて行きたいというような様々な感情が入り混じった状態でした。このような読後感をもたらせしてくれる作品はあまり多くはありません。そして、凡庸な作品にはまず線を引いたりしませんが、随所に思わず線を引いてしまうほどに訴えかけてくる部分がありました。

自分の嗜好だけではまず読まなかったであろう作品であり、スゴ本オフを通してこのような感動と人生の気づきを得られたことに感謝せざるを得ません。本書は表紙の通り、夏の夕暮れ時に読み終われるのがいいでしょう。

結局この作品への印象、評価はこのようにまとめてもよいのではないでしょうか。きっと10年、20年後にまた読み返したくなるような静かに心に残る作品、すなわち、紛うこと無きスゴ本であったと。



日の名残り (ハヤカワepi文庫)
日の名残り (ハヤカワepi文庫)
著者:カズオ イシグロ
販売元:早川書房
(2001-05)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 夏休み中の人
  • 高い職業意識を獲得したい人
  • 自分の人生を振り返りたい人
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August 05, 2012

自分をいかして生きる

自分をいかして生きる (ちくま文庫)
自分をいかして生きる (ちくま文庫)

キーワード:
 西村佳哲、自分、存在、仕事、手紙
働き方研究家による仕事や働き方について考える3部作の第2弾。目次は省略して、本書が書かれた動機について示されている部分を引用。
 どんなに成功しているように見える人でも、人生に「上がり」はない。植木さんのように多くの人から、その仕事を愛された人でも。あたり前の話だけれど、定年まで勤め上げたところでそこが上がりでもない。死ぬ瞬間まで「自分をどういかして生きていくか」という課題から、誰も降りることはできない。
 こうしてみると、人間の仕事とは「死ぬまで自分をいかして生きる」ことのように思える。文字にすると限りなくあたり前の話だけど、いま僕が試みたいのは、そのあたり前のことの再確認である。
(pp.12-13)
著者が20代のころ、勤めていた会社で働きづつける自分の将来像が思い描けず、自分はいったい何がしたいんだろう?ということに日々悶々としていた時に、コメディアンの植木等のセリフを聞いて、愕然と気づいたのが上記のようなことのようだ。

そして前著の『自分の仕事をつくる』の補稿として、<自分の仕事>とはなにかということ、またそれはどのように可能なのかという考えや逡巡を手紙のように書かれたものが本書となる。本書は、前著と同じように西新宿のブックファーストのフェアで手に入れた。さすがにお勧めされるだけあって、前著に続き内容がとてもよかった(それはそうと、西新宿のブックファーストは良いフェアを開催してくれる)。

仕事論などは、自己啓発書のようになんとかしたらよいというタイプのものや、社会学者が各統計データを基に世の中の傾向を一般化したり解説したりしたものが多いが、本書は手紙のようなとある通り、著者の個人的な考えがダイレクトに示されている。それが僕にはとてもよかった気がする。

本書の内容は割と話題が飛び飛びになるので、気になった部分を紹介しつつ、自分の考えも合わせて簡単に示しておきたい。

まずは「いい仕事」について。著者は初めてヨーロッパへ行き、大聖堂の圧倒的な仕事量に感服したり、日本の古い木造建築の細部に感じ入るようになるにつれて、自分は「いい仕事」を求めているんだ、そしてできればそれに関わっていきたいと少しずつ思うようになったらしい。
 でもその「いい仕事」とは、いったいどんなことを指すのか。これはなかなか言葉に出来ずにいた。今はこう思う。僕が魅力を感じ、満足を覚えるのは、「いる」感じがする仕事である。
(pp.039)
この「いる」という感覚が本書ではとても重要なキーワードとなる。そして次のように続いている。
 人間は基本的に、「いい仕事」をしたい生き物だと思う。給料や条件とかステイタスの話ではなく、他の人々に対して「いい影響を持ちたい」、という欲求があると思う。
「いい影響」とは、その仕事に接した人間が「よりハッキリ存在するようになる」ことを示すんじゃないか。「より生きている感じになる」と言い換えてもいい。
(pp.041)
自分の仕事でも少なからず「いい仕事」をしたいと思うけど、ここまで考えたことはなかった。自分の仕事に接したお客様が「よりハッキリ存在するようになる」とはどういうことなのだろうか?自分が構築に関わったシステムによって、よりお客様の業務の本質が改善されること、かなと思った。

他には『好きなことを仕事に』という言葉について、好きなことがないとダメなのか?という疑問から、以下の問いが示されている。
 あるいは「自分がお客さんでいられないことは?」、という問はどうだろう。
(中略)
 でも「好き」だけではすまない。
 今はお客さんの立場でも、ずっとそのままでいられるかというとそんなことはない。というか、そうありたくない。
 気持ちがザワザワする。落ち着かない。見たくない。悔しい。時にはその場から走りだしたくさえなるような、本人にもわけのわからない持て余す感覚を感じている人は、そのことについて、ただお客さんではいられない人なんじゃないかと思う。
(pp.073-074)
これをもうちょっと具体的な例として補足すると、例えば映画が好きで映画を見ているけど、もっとこういう映画のほうがいいんじゃないか?と思ったりして実際に作り始めたり、それが料理であったり、カフェや書店などのお店でもあり得る。そういうサービスや商品を提供する側に回りたいという気持ちが、自分の仕事につながっていくようだ。

これはB to Cのビジネスやサービスは分かりやすいと思う。普段の日常生活で接する機会がとても多いからね。逆にB to Bビジネスではその仕事、職種の存在すら知らなかったりする。そういう場合は、このお客さんではいられない状態になるというのはとても難しい気もする。そう考えると、自分の職業、仕事の決定要因は様々なのだなぁと思う。必ずしも好きとか、このお客さんではいられないという思いに囚われなくてもいい気もする。

自分の意にそぐわなかったり、好きな仕事をしていたとしても、最後に著者が示す以下のような気持ちでいたい。
 やらされてやるような労働はしたくないし、してほしくもない。どんな難しさがあろうと、一人ひとりが自分を突き動かしている力、この世界に生まれてきた力を働きに変えて、つまり<自分の仕事>をすることで、社会が豊かさを得る。
 そんな風景を本当に見たいし、自分もその一端で働き、生きてゆきたい。
(pp.190-191)
その通りだなと思った。

今年1年は自分なりに働くこと、仕事について考えていこうと決めたので、このような本を読むのはとてもよかった。いろんなことを考えさせられるタイプの本で、ゆっくり読むのがよいかな。

もちろん、本書は著者の個人的な考えがメインに示されているだけで、万人受けするような仕事に対する答えなどは示されていない。本書を読んで自分なりの働き方、自分の今の仕事を振り返りつつ、そしてこれからの自分の生き方までを考えるよいきっかけになる。

最近は仕事が徐々に楽しめるようになってきて、これが自分の仕事なんじゃないかと思えるようになってきた。しかし、それと同時に、今の仕事の延長線上に自分の仕事の未来があるのかどうかも分からなくて、若干の不安と迷いもあったりする。それはら常に自分に付きまとうような気もするので、深く考え込まなくてもいい気もするが。

30歳までを一区切りとして、自分をいかした仕事をして生きていたいなぁと思う。



自分をいかして生きる (ちくま文庫)
自分をいかして生きる (ちくま文庫)
著者:西村 佳哲
販売元:筑摩書房
(2011-06-10)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 仕事について考えたい人
  • 何がしたいか分からない人
  • 自分をいかしたい人
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