June 2013

June 23, 2013

月と六ペンス

月と六ペンス (新潮文庫)
月と六ペンス (新潮文庫) [文庫]

キーワード:
 サマセット・モーム、ゴーギャン、情熱、芸術家、故郷
サマセット・モームの画家ポール・ゴーギャンをモデルとした小説。以下のような目次となっている。
平凡な中年の株屋ストリックランドは、妻子を捨ててパリへ出、芸術的創造欲のために友人の愛妻を奪ったあげく、女を自殺させ、タヒチに逃れる。ここで彼は土地の女と同棲し、宿病と戦いながら人間の魂を根底からゆすぶる壮麗な大壁画を完成したのち、火を放つ。ゴーギャンの伝記に暗示を得て、芸術にとりつかれた天才の苦悩を描き、人間の通俗性の奥にある不可解性を追究した力作。
(カバーの裏から抜粋)
どういうわけか、割と絵が好きで美術館に行ったりする。単に東京で生活していると、有名な画家の作品展が開催されていたりするので、たびたび東京で生活し始めた当初から絵を見に行った。ポール・ゴーギャン展も2009年に開催されて、それにも行った。なので、ポール・ゴーギャンをモデルとしたこの作品は気になっていた。あとモームという作家でもあったので。

あらすじはwikipediaを参照したほうがはやいかもしれない。ポール・ゴーギャンをモデルとはしているけど、完全にゴーギャンの一生をそのままトレースしているわけでもないようだ。物語は作家である28歳くらいの『僕』によって語られる。イギリスで証券会社に勤めていたストリックランドという男が、絵が無性に描きたいのだと言って、妻子を捨てて絵を描き始める。ストリックランドは常に貧乏で食うものも困っており、仕事も長続きせず、周りには無関心で『僕』に対しても皮肉ったりしているが、絵だけを描ければ他には何もいらないというようである。そして3流画家のストルーヴの妻を結果的に自殺させることになり、タヒチに行って絵を描き続けて最後に大作を完成させて病死するいうお話。

すごく面白い!!というような作品でもないのだけど、それでも芸術に取りつかれた男の人生を通して、芸術とは?、芸術に一生を費やすということがどういうことなのか?が少しは分かったような気がする。そしてまた、人というものは予想外の行動に出たり、人間の本質的なものを理解するのはなかなか難しいのだなという『僕』の視点を通しても何となくわかった。

普通は小説の文中に線を引いたりはしないのだけど、これはと思うところがいくつかあったので、そこを紹介しておこう。一つは3流画家で自身の描く絵は全然よくはなく、人物像をとっても周りから嘲笑の的になりつつあるが、本物の作品を見ぬく目はだけは確かなストルーヴの芸術観。
「いいがい、美という、およそ世にも貴いものがだよ、まるで砂浜の石塊みたいに、ほんの通りすがりの誰彼にでも無造作に拾えるように、ころころ転がっているとでも思うのかい?美というものは、すばらしい、不思議なものなんだ。芸術家が、己の魂の苦しみを通して、世界の混沌の中から創り出すものんだな。だが、それで美が創り出されたからといって、それを知るということは、人間、誰にでもできるもんじゃない。美を認識するためには、芸術家の経験を、めいめい自分で繰返さなければならない。いわば芸術家が、一つのメロディーを歌って聞かせてくれる。それをもう一度僕らの心で聞こうというには、僕らに知識と感受性と想像力とが必要なんだ」
(pp.140-141)
特に最後の一文が腑に落ちたというか、なるほどなぁと思った。知識だけだと感覚的に感じることはできないし、その他の画家からどういう影響を受けてきたのかという経緯が分かったほうがより深く鑑賞できるし、さらに現物の絵を見ながら画家が何を思ってこの作品を描いていたのか?と想像するのも大事だということかなと。東京ライフを始めてたぶん4,000点ほどは絵を見てきたけど、最近やっと絵の見方が何となく分かってきたかなと思う。それでも、まだ自分の知識も感受性も想像力も完成されてはいないと思う。

あと一つは、ストリックランドがなぜ絵を描き続けてきたのかという根源的な部分となるところ。
「ちょうど僕がね、甲板洗いをやっているときだった。誰だか突然、ほうら、あれだと言ったやつがある。ふと顔を上げて見ると、この島影さ。僕は即座に思ったねえ、これだ、ここだ、僕が一生訪ね歩いていた場所は、とね。そのうちに近づいてみると、なんだか僕にははじめての場所だという気がどうしてもしない。僕はね、今でもこの島を歩いていると、故郷のような親しみを感じてくることがある。そうだ、たしかに僕は前にもこの島にいたことがあると、そう言いたくなるのだ」
(pp.354-355)
そういう原風景のような場所を求めてずっとストリックランドは描いていたのかもしれない。自分の生まれた場所とは違う、そういう魂の故郷みたいなものを感じたことはまだないのだけど、世界を旅するうちにそういう風景に出会うのかもしれない。でもなんとなく自分にとってのそういう場所はヨーロッパの中世的な街並みのような場所かもしれないなぁとテレビとかネット画像を見ているとそう感じる。実際には行ったことがないのだけどね。

あとは余談ではあるけど、ゴーギャン展で見た絵で感じたのは、単純な絵の技巧的なものよりも、赤や黄色、橙色などの独特の色使いによるエネルギーだなと思った。特にタヒチを舞台とした絵からは『情熱』という言葉がぴったりのものを感じた。単純に綺麗だなと感じるものとは別のものだなと思った。それは本書の最後に出てくるストリックランドの家の壁一面に描かれた絵のモデルになったと思われる『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』にも強く感じた。とても大きな絵で、畏怖とともに圧倒されるようなものだったね。

『月と六ペンス』というタイトルは作中には何も出てこないので、何のことか分からなかったけど、解説の最後にちゃんと以下のように説明があった。
 最後に、『月と六ペンス』という題名は、スタンダールの『赤と黒』のごとき象徴的意味を持つもので、「月」は、人間をある意味での狂気に導く芸術的創造情熱を指すものであり、「六ペンス」は、ストリックランドが弊履のごとくかなぐり捨てた、くだらない世俗的因襲、絆等を指したものであるらしい。
(pp.439-440)
これは勉強になった。月はいろいろと昔から人を魅了するらしいからね(あと今日はたまたまスーパームーンの日だね。雨で見れないけど・・・)。

読んでいるとタヒチに行きたくなってくる。そんで、こんなクルーズ船プランがあるっぽい。いつかこれに乗って『月と六ペンス』を読みつつタヒチ行きたいなぁ〜。たぶん50万円くらいかかると思うけど・・・。

この作品は、あまりゴーギャンの絵の先入観に縛られずに読んだほうがいいかもしれない。それでも、読み終わったら、機会があればタヒチには行けなくとも、ゴーギャンの絵は見たほうがいいかなと思った。

芸術家を突き動かす情念や、人は何をやっているときが一番幸せなのか?ということを考えさせられる作品だった。そしてなぜ人は絵を描くのか?という一つの側面を垣間見れた気がする。

g



月と六ペンス (新潮文庫)
月と六ペンス (新潮文庫) [文庫]
著者:サマセット・モーム
出版:新潮社
(1959-09-29)

読むべき人:
  • タヒチに旅行に行く人
  • 原風景を求めて旅をしている人
  • 昔、絵を描きたかった人
Amazon.co.jpで『サマセット・モーム』の他の作品を見る

bana1 情熱クリック☆  にほんブログ村 本ブログへ



June 22, 2013

仕事漂流 就職氷河期世代の「働き方」

仕事漂流 就職氷河期世代の「働き方」 (文春文庫)
仕事漂流 就職氷河期世代の「働き方」 (文春文庫) [文庫]

キーワード:
 稲泉連、転職、ロスジェネ、仕事、物語
ロスジェネ世代の転職事情をインタビューしてまとめられた本。以下のような目次となっている。
  1. 第1章 長い長いトンネルの中にいるような気がした
    第2章 私の「できること」って、いったい何だろう
    第3章 「理想の上司」に会って会社を辞めました
    第4章 現状維持では時代と一緒に「右肩下がり」になる
    第5章 その仕事が自分に合ってるかなんてどうでもいい
    第6章 「結婚して、子供が産まれ、マンション買って、終わり」は嫌だ
    第7章 選択肢がどんどん消えていくのが怖かった
    第8章 常に不安だからこそ、走り続けるしかない
(目次から抜粋)
著者は1979年生まれのいわゆるロストジェネレーション世代であり、その著者と同年代で一般的に勝ち組と言われるような企業に就職しているような8人の仕事観、転職事情がインタビューされたものがまとめられた本となる。

同著者の他の本に引きこもりやニートなど一般的な就職をしないで仕事をしている人たちに焦点を当てた以下の本がある。この本は世間一般的なレールを外れた人たちが出てくるが、そのレールをたどった人たちのことが気になって、本書が生まれたようだ。
 そしてこの本を書いて以来、僕にはずっと心の中に引っかかっていたことがあった。―では、当時の自分が描こうとしなかった同世代、あの就職氷河期の時代に「良い大学から良い就職」を勝ち取り、いま企業組織の中で二十代を終えようとしている同世代は、その後どのような世界を見ることになったのだろうか―。
 その風景を知ろうとするとき、いま目の前にある職場に何らかの違和感を抱き、次の職場でその違和感を相対化することになるに違いない「転職」は、確かに働く彼らの姿や思いを取材するうえで相応しいテーマになるように思えた。
(pp.343-344)
8人の内訳は以下のようになる(番号は目次の各章に対応)。
  1. 都市銀行→証券会社 大橋寛隆(33)
  2. 菓子メーカー→中堅食品会社 中村友香子(30)
  3. 中堅IT企業→人材紹介会社 山根洋一(30)
  4. 大手電機会社→大手電機会社 大野健介(32)
  5. 中堅広告代理店→大手広告代理店 藤川由紀子(29)
  6. 大手総合商社→ITベンチャー 今井大祐(29)
  7. 経済産業省→ITベンチャー役員→タイルメーカー役員 原口博光(32)
  8. 外資系コンサルティング会社→外資系コンサルティング会社→MBA留学 長山和史(33)
出版されたのが2010年で、本書は文庫化になったもの。8人の年齢は当時の年齢である。ちょうど今の僕と同じような年代となるので、とても興味深く読むことができた。

全員が最初に希望通りの就職をしているわけではないし、大学進学も必ずしも希望の大学に行けているわけではない人が多い。そして入社後の配属先や仕事なども同様となる。それから職場の雰囲気、評価制度、仕事の内容、人間関係などなど、それぞれが違和感を覚えるきっかけは様々。そんな8人が自分なりに試行錯誤しながら次の道に行くには何が必要で、どう考えていき、実際に何が決め手で転職を決意したのかがよく分かる。

一番共感できたのは2章の中村友香子さんの志向性かな。早稲田大学文学部でマスコミ、出版社志望で就職活動をするもうまくいかず、2年留年し、再挑戦するもうまくいかず。その間にアルバイトで培った惣菜屋の在庫管理経験をもとに洋菓子メーカーに就職するも、今までの経験が活かせず『使えない』と言われて体調も崩し、結局辞めてしまう。その後、大学のキャリアセンター経由で氷菓子を作る食品メーカーに就職し、総務部の経理部門にその当時会社では少ない4大卒の女性事務職として新たなキャリアを積み重ねていくというもの。

経緯などは全然僕とは違うけど、最後の著者を通した中村さんの姿勢が特に共感できた。
「自分のやりたい仕事ができるか」に固執するかつての姿は、そこにはもう見られない。
 社会に対して自分は何を加えることができ、そして何を期待されているのか―意識するにしろしないにしろ、「働くこと」の中にあるもう一つの意味を彼女は確かにつかみつつあるのかもしれないと、そのとき僕は思った。
(pp.95)
僕は一応第一志望と言える会社に入れた。しかし、順調に物事がうまく行ったことはなく、例え第一志望の会社に入れても、必ずしもやりたい仕事ができるということはほとんどなかった。経験も成果も出せていない下っ端はまず、仕事は選べない。そしてさらに根本的なこととして、そもそも何が本当にやりたかったのだろう?と思い悩むことも多かった。大体3,4年目くらいまでは特に。

大学で学んだことをそのまま役立てたいという志向性で今のSEという職種を選んだのだけど、そこには本当にやりたいとか好きという基準はあまりなかった。ただできそうなこと、という観点ととりあえずその道なら就職にはそれほど困らないというのもあったから。しかし、予想外の持病というハンデもあったりで結局思い描いた通りのキャリアは全く進めなくて、そろそろ8年目、ちょうど本書のような登場人物と同じ年齢に差し掛かっている。

しかし、今はそれほどやりたいことに固執はしていない。個人的にはやりたいことではなくても仕事はできるし、面白みもやりがい、充実感もそれなりに感じられるようにはなってきたなと思う。そこまでに至るにはそれなりの経験と思考過程が絶対に必要なのだけどね。求められること、自分のできることを少しずつ増やしていく過程で、自分のやりたいことをより明確化して、それが確定できたらそこに向かって努力すればいいのかなと。少なくとも20代ですべてを決められなかったし、決めなくてもよかったと思う。仕事の期間はそれなりに長い、マラソンみたいなものなのだし。

30歳前後というのは、学部卒で8年、院卒や浪人、留年だと5,6年の仕事経験を経ることになるのだけど、その過程で誰でも8人の登場人物と同じように迷ったり、うまくいかなかったり、思い悩んだり、なんか違うという違和感を覚えることは程度の差こそあれ、それなりにあるだろう。そういうときに、他の人は何がきっかけで、どういう志向で別の道に行ったのか?ということを知るのはとても参考になった。8人の転職の物語を読みながら、自分のこれまでを振り返って、そしてこれからどうしよう?ということを少なからず考えることになるだろう。

そして別に僕はまだ転職する必要性も意思も持ち合わせないことを再確認した。単に転職活動がめんどくさいというのもあるし、プロジェクト単位の仕事だから、プロジェクトごとに一緒に働く人、職場環境、仕事内容もガラッと変わるので、社内で転職しているようなものだし。何よりも一番の決定的な理由は、会社組織、仕事内容を変えるべき決定的な要因が何もないから。まだ外に出る前に自分のできることを地道に増やしていかなくてはいけない時期だなと。

本書は文庫本で350ページもある。そして、一応ジャンルはノンフィクションではあるが、なんだか小説を読んでいるような感覚になってくる。それは著者の筆力によるところが大きい。単純なインタビュー会話をそのまま文字にされているわけでもないので、筆者のフィルターを通して描かれている部分もある。それでも、8人の生い立ちからこれまでの働き方、仕事観はどのようなものだったのかがよく描写されていた。

著者を含めて8人の生きた時代はちょっと違うかもしれないけど、時代に影響されない根本的な仕事に対する感じ方などは、何年たってもそんなに変わらないので、転職しようかなと思っている人はぜひ読んでみたらよいね。



仕事漂流 就職氷河期世代の「働き方」 (文春文庫)
仕事漂流 就職氷河期世代の「働き方」 (文春文庫) [文庫]
著者:稲泉 連
出版:文藝春秋
(2013-04-10)

読むべき人:
  • 転職しようかと思っている人
  • 最近仕事がうまくいってないと思う人
  • 仕事って何だろう?と考えたい人
Amazon.co.jpで『稲泉連』の他の本を見る

bana1 漂流クリック☆  にほんブログ村 本ブログへ



June 09, 2013

みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?

みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?
みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの? [単行本(ソフトカバー)]

キーワード:
 西村佳哲、仕事、働く、生き方、物語
2010年に奈良県立図書情報館で開催された「自分の仕事を考える3日間」という名前のフォーラムの内容が書籍になったもの。以下のような目次となっている。
  1. 地域をつなぐ人・友廣裕一さんの旅の報告を聞く―旅を通じて次の仕事をつくる、という気持ちで
  2. 出版人/ミシマ社代表・三島邦弘さんを自由が丘の一軒家のオフィスに訪ねる―「こんなもんで」と思ったら、「こんなもん」でもいられないと思います
  3. 建築家/Open A代表・馬場正尊さんの出し惜しみのない働きぶりについて―無駄に走ることを厭わない
  4. フェアトレード団体ネパリ・バザーロ代表・土屋春代さんはなんのために国際協力の仕事をしているのか―ともに生きてゆく方法を探して
  5. ソーシャルワーカー/浦河べてるの家理事・向谷地生良さんはなにを大切にして働いてきた?―生きるエネルギーを仕事からもらわない
  6. CAFE MILLETオーナー・隅岡樹里さんを京都・静原の自宅カフェに訪ねる―じぶんの色や形をみつける
  7. 編集者/編集集団140B総監督・江弘毅さんが地域情報紙や祭りを通じて考えてきたことは?―人格的な接触が大切だと思うんです
  8. ファシリテーター/マザーアース・エデュケーション代表・松木正さんのお話をフォーラムでみんなと聴いて―誰かとともにちゃんと「いる」ことで、自己肯定感もあがると思う
  9. 料理人/くずし割烹枝魯枝魯店主・枝國栄一さんにとって料理の仕事とは―生きることは、死なないようにすることです
(目次から抜粋)
前作が2009年に実施された内容で、今作は2作目。イベントページは以下。前作の本は以下。基本的なスタンスは前作と変わらず、「どんなふうに働いて、生きてゆくの?」と著者が各業界で活躍する人に尋ね、インタビューをしている内容となる。
 でも、同じ時代を生きている他の人たちが、どんなことを感じたり考えながら、働いて、生きているのかは聞いてみたい。どんなしんどさや、どんな嬉しさととともにいるのか。そしてその言葉に触れた時、自分の中から浮かび上がってくるものを識りたい。またそれによって照らし出されるものを、よく見てみたい。
(pp.32)
インタビューされる人たちの業種、業界は様々。普通の会社員という人はおらず、独立していたり、自分で起業していたり、お店を持っていたりする人がほとんど。そういう人たちの、そこまでに至る経緯、そして仕事で何を大切にしているのだろうか?ということが著者のインタビューを通して分かるのがよい。

インタビューされるそれぞれの人たちは、きっとその業界では有名な人なんだろうなと思う。しかし、僕はそんなに他の業界のことをそんなに知っているわけではないので、ほとんど知らない人ばかり。ただ、その分どこかの大企業の社長というような誰でも知っている有名人ではない代わりに、それぞれの人の仕事観などを先入観なく自然な形で受け入れられたと思う。

僕と同じように成り行きでその仕事をしている人、どうしてもやりたいと思ってその仕事を始めた人など様々。どの人たちも最初からすんなり仕事がうまくいっているわけではない。うまくいかない部分やしんどい時期もそれなりにあるようだ。

たまたま僕は大学で学んだことを活かすというただそれだけの理由でSEを仕事として今までやってきたのだけど、他の人は何を動機として別の職種、仕事をやっているのだろうか?ということにわりと関心があったりする。世の中に星の数ほどの職種があるなか、なぜそこに至ったのか?何がきっかけだったのだろうか?ということを知るには、著者のようにインタビューする以外にこのような本を読むしかなく、そしてそれが分かって興味深く読めた。

一ヶ所なるほどと思う内容があった。ファシリテーターでカウンセラーの仕事もしているマザーアース・エデュケーション代表・松木正氏の以下の言葉。
 カウンセラーとして人の話を聴いている時、「ああ。人って、物語を生きてんねんな」って感じるんです。他人が示した条件に応えようとして生きてきた物語って、これ主役誰でしょうね?母親の顔を見ながらそれに応えようとしてきたとしたら、主体は母親で、子どもは客体化されている。自分の人生やから、ほんまは自分が主人公のはずやのに、母親の物語の中に取り込まれてる感じです。自己肯定というのは、「自分は自分の物語の主人公でいいんや」って、ちゃんと主体になれることかもしれん。そのことを認められる感じかもしれない。
 だけどこれって、人との関わり合いがないと出来ひんわけです。存在そのものを大事にしてもらえる感覚の中で、自己肯定感は育ってゆくんだと思う。
(pp.207)
昔は自己肯定感があまりにも低くて自分の存在義を自問自答してしまうときもあった。今はそれほどではないのだけど、それでもまだ低いことは自覚している。そして松木氏の示すような自分の物語の主人公でいいんだという感覚を以前から意識していた。それでも自分の物語がどういう方向に転じるのかは、自分でもよく分からない。バッドエンドにだけならないようにはしたいけどね。

何のために働くのだろう?と考えるときに、自分自身のことを考えつつも、他の人がどういう経緯で働いて生きてきたのだろうか?ということを知るのはとても参考になる。基本的に同時並行でできる仕事はそんなに多くはないし、一生のうちに従事できる職種も限られている。そしてこれからどうやって働いていくべきか?ということを考えるのにはとてもよいね。もちろん、それぞれの読者に対する答えなどどこにも書いてないけどね。

同著者の以下の本も参考に。

みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?
みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの? [単行本(ソフトカバー)]
著者:西村佳哲
出版:弘文堂
(2010-12-01)

読むべき人:
  • 転職しようかと思っている人
  • 就職活動中の人
  • 働き方、生き方を考えたい人
Amazon.co.jpで『西村佳哲』の他の本を見る

bana1 働生き方クリック☆  にほんブログ村 本ブログへ


June 01, 2013

アンドロイドの夢の羊

アンドロイドの夢の羊 (ハヤカワ文庫SF)
アンドロイドの夢の羊 (ハヤカワ文庫SF) [新書]

キーワード:
 ジョン・スコルジー、SF、羊、宗教、ユーモア
SF小説。以下のようなあらすじとなっている。
地球‐ニドゥ族の貿易交渉の席上で事件がおきた。戦争につながりかねないこの問題の解決のため、ニドゥ族は代償として特別なある「羊」の調達を要求してくる。期限は一週間。凄腕ハッカーの元兵士クリークがこの羊探しを命じられるが、謎の宗教団体に追われ、反ニドゥ勢力の暗殺者に狙われるはめに。そして、ようやく見つけ出した羊の正体とは……。〈老人と宇宙〉シリーズ著者がP・K・ディックに捧げた冒険活劇SF。
(目次から抜粋)
本屋さんの小説の新刊コーナーで以前みつけたとき、このタイトルは!?とまず思った。そのときにはすぐに買わなくて、しばらくどうしようかと思案していた。しかし、やはりこのタイトルとあらすじが気になって、買って読んでみた。

あらすじを簡単に補足しよう。

トカゲのような異星人の二ドゥ族の大使が交渉の場で屁で暗殺されたところから物語が始まる。『屁』はタイピングミスではない。あの匂いのあるガスだ!!wそこからそのニドゥ族の補填の要求として、「アンドロイドの夢」という品種の羊を探してくることを地球政府に要求する。その羊がニドゥ族の覇権争いの儀式を完遂するために必要であるからだ。羊を受け渡せない場合は、圧倒的な軍事力を持つニドゥ族との戦争になり、地球の危機となる!!

主人公、ハリー・クリークは高校卒業時にはMITなどからスカウトが来るほどの凄腕ハッカーだが、ある犯罪の司法取引で軍隊に入隊する。そして除隊後、地球の各異星人の大使館に赴き、悪い知らせを運ぶ仕事に就いている。国務長官の友人から1週間で絶滅しかけているこの品種の羊を探し出してくれと頼まれて、その羊を追い求め、地球、ニドゥ族の惑星をまたいだ主人公の冒険活劇が始まる!!というお話。

この作品の元ネタのタイトルは、SF好きなら大体は知っているあの作品。しかし、本作ではオマージュとしてタイトルが付けられてはいるが、内容にはほとんど関係がない。羊の品種の説明で、「その昔、文学的な意味があった」というだけだ。本作の世界観は、地球以外にもさまざま種族の惑星が存在し、それらが大銀河連邦に所属している。そしてトカゲのようなニドゥ族や大型で人を捕食できる種族などいろいろとエイリアンが出てくる。そして、主人公が凄腕のハッカーということもあり、電脳空間の描写もそれなりに出てくる。

バトル要素もたくさん出てきて、あまり深い作品ではないのだけど、ハリウッド映画的なエンタメ要素としてはとても面白く思えた。また、登場人物たちのアメリカンなウィットに富んだ会話、屁で暗殺するというユーモアなどがいかにもな感じだった。きっと映画化すれば面白い作品だなと思った。

サイバーパンク的なSF作品にありがちな描写が脳内再生できないようなことはなく、割と読みやすくページがすんなりと進んでいく。560ページ近くの長編なのだけど(主人公は70ページ近くまで全く出てこない)、それほど長さを感じさせずにさくっと読了できると思う。それぞれの登場人物の思惑はちょっとだけ複雑かもしれないけど。

自分の好きな要素がたくさん出てきて、なんとなく買って当たりだったので満足。同著者の「老人と宇宙(そら)」シリーズも評価が割と高いらしいので、気になるので読んでみたい。

本作はハリウッド映画的なSF冒険活劇が好きな人にはお勧めだね。



アンドロイドの夢の羊 (ハヤカワ文庫SF)
アンドロイドの夢の羊 (ハヤカワ文庫SF) [新書]
著者:ジョン・スコルジー
出版:早川書房
(2012-10-04)

読むべき人:
  • SF冒険活劇が好きな人
  • 凄腕ハッカーに憧れている人
  • アンドロイドと羊に反応した人
Amazon.co.jpで『ジョン・スコルジー』の他の作品を見る

bana1 アンドロイドと羊クリック☆  にほんブログ村 本ブログへ