August 2013

August 24, 2013

夜のピクニック

キーワード:
 恩田陸、夜、歩行、青春、今
恩田陸の小説。以下のようなあらすじとなっている。
高校生活最後を飾るイベント「歩行祭」。それは全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通すという、北高の伝統行事だった。甲田貴子は密かな誓いを胸に抱いて、歩行祭にのぞんだ。三年間、誰にも言えなかった秘密を清算するために――。学校生活の思い出や卒業後の夢など語らいつつ、親友たちと歩きながらも、貴子だけは、小さな賭けに胸を焦がしていた。本屋大賞を受賞した永遠の青春小説。
(カバーの裏から抜粋)
夏休みはやっぱり青春小説を読むに限る。ということで、新潮社のワタシの一行フェアで買ったこの本。以前から参加していたスゴ本オフでも何度か取り上げられていたので、読んでみることにした。

とてもよい読後感だった。と同時に、こんな青春は自分の人生には一度もなかったし、これからもまず起こらないだろうという絶望にも似た気持ちになった。

本作品でワタシの一行を寄せているのは女優の北川景子さん。いいね!を押したくなる部分を挙げられている。

舞台は高校3年生の主人公融(とおる)と貴子の二人を視点とした、歩行祭という秋に全校生徒が夜通し80kmも歩くというお話。夜歩くことで、普段あまり言えないことや、あまり話したことのない人同士でも距離が近くなり、それぞれの人間関係がそこで変化していく。

読了後は、あぁ、青春だなと思った。表面上はこれはただのデスマーチではないか!?wと思うのだけど、こういう不条理な伝統行事によって人間関係の結束ができて、思い出になるのかもしれない。作中の登場人物たちもそのように語っている。

歩行祭は「歩く会」として実際に著者の母校で行われている行事らしい。実際は70kmらしいが、作品の描写になかなかリアリティがあるなと思った。

登場人物たちがみなそれぞれ個性があって、こういう高校生活を送れたらなぁと思った。僕にはそんな青春なんかなかった。こんなのはフィクションだ!!畜生!!と憤慨してみるのだけど、残念ながら!?とてもよい青春小説だと思った。そして、夏に青春小説を読みたくなるのは、やはり体験できなかった空白を埋めるような代償行為なんだなと思った。

高校生の時、特に3年生となると、自分の進路とか人間関係でいろいろと思い悩むときだなと思う。自分のことを振り返ってみると、やっぱり人生のなかである程度方向性を決めるべき時で、かなり思い悩んでいたなと。受験勉強が手につかなくなるほどに・・・。と同時に、僕は主人公の融のように、早く卒業したいとばかり思っていた。そしたら、融の友人の忍の融への説教の部分にガツンとやられた。
あえて雑音をシャットアウトして、さっさと階段を上がりきりたい気持ちは痛いほど分かるけどさ。もちろん、おまえのそういうところ、俺は尊敬してる。だけどさ、雑音だって、おまえを作ってるんだよ。雑音はうるさいけど、やっぱ聞いておかなきゃなんない時だってあるんだよ。おまえにはノイズにしか聞こえないだろうけど、このノイズが聞こえるのって、今だけだから、あとからテープを巻き戻して聞こうと思った時にはもう聞こえない。おまえ、いつか絶対、あの時聞いておけばよかったって後悔する日が来ると思う。」
(pp.189)
そして後悔している自分がここにいる・・・。

高校生のときはいろいろと挫折と失敗が多くて、何もかもどうでもよくなったときがあった。もともと高校なんか通過点でしかないとか思っていて、その大切なノイズを完全にシャットアウトして今に至ってしまった。もし、この作品を高校3年生のときにリアルタイムに読んでいたのなら、多少は自分の人生が変わっていたのではないかと思った。それだけに、なぜこの作品に高校生の時に出会っていなかったのか!?と悔やまれるのだけど、自分が高校3年生のとき、2001年にはまだこの作品は存在しなかったのだし。

なので、高校生特有の悩みとかそういうのがある人は、絶対リアルタイムで読んでおくべきだなと思う。高校生のときに読まないと後悔するぞ!!と断言してもいい。もう、高校生はみんな読め!!ww




読むべき人:
  • 高校3年生の人
  • 歩くのが好きな人
  • 青春が何もなかった人
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August 17, 2013

密会

キーワード:
 安部公房、病院、交接、疎外、患者
安部公房の小説。以下のようなあらすじとなっている。
ある夏の未明、突然やって来た救急車が妻を連れ去った。男は妻を捜して病院に辿りつくが、彼の行動は逐一盗聴マイクによって監視されている……。二本のペニスを持つ馬人間、女秘書、溶骨症の少女、<仮面女>など奇怪な人物とのかかわりに困惑する男の姿を通じて、巨大な病院の迷路に息づく絶望的な愛と快楽の光景を描き、野心的構成で出口のない現代人の地獄を浮き彫りにする。
(カバーの裏から抜粋)
今は短い夏休みで(なんとか5日間は取得はできたが)、実家に帰省中である。大学生のころから、夏休みは無性に青春小説を読みたくなる。それと同時に、大学生のころに安部公房の作品をよく読んでいたことから、夏になると思い出したように読みたくなってくる。そして、未読のこの長編小説を読んだ。青春小説のような爽快さと読了後の心地よさは、残念ながら微塵もない。しかし、これはスゴ本だった。
弱者への愛には、いつも殺意がこめられている―
(pp.4)
こんな警句のような一文から物語は始まる。閉鎖した空間での、異様で、欲望にまみれて猥雑な、そして間接的なエロスがふんだんに盛り込まれた物語が。

32歳で身長176cm、体重59kgで(大体僕と似たような体型だ)、ジャンプシューズという、靴底がばねになっていて跳躍力が増すスポーツ用品の営業の仕事をしている。ある日の午前4時過ぎに、呼んだ覚えのない救急車がやって来て、妻を連れ去ってしまう。そして、男は妻を捜し出すと同時に、体が馬のような馬人間に男が盗聴によって監視されている状況を自分でノートに記録させる仕事を依頼する。

そして妻が連れ去られたと思われる病院にたどり着き、そこで妻を捜しつつ、盗聴されている病院全体の警備主任に就かされることになる。同時にその病院全体が色情にまみれた閉鎖空間である状況を徐々に理解していく・・・。

読んでいる途中から何ともいえない不気味さと異様さを感じてきて、なんだか見てはいけないものを見ているような気になってくる。しかし、さまざまな欲望を持つ多彩な登場人物の思惑があり、主人公はそれらに翻弄されるだけなのだけど、その先にいったい何が待ち受けているのか!?と続きがどんどん気になっていく(特に半分を過ぎたあたりから)。そして、ページをめくるスピードが徐々に加速し、迷路のような病院のシステム(建物の物理的なものと色情を管理、事業化するような仕組み)に読者もはまり込んでいくような感じだった。

馬人間というのは、あまり言及できないのだけど、人間だけど馬のような男で、インポテンツに悩まされている。そして、その秘書は試験管育ちで人間同士の関係感覚が完全に欠落しているが、主人公に好意を寄せている。そして、溶骨症という骨がとけて体が縮んでいく病気の13歳の少女は馬人間の慰みもので、その父親は警備主任で馬並みであり、さらに主人公の妻は・・・。このようないろいろな異様さをはらんだ登場人物たちが物語のアクセントになっている。

この作品のスゴさは、この異様さを形容する圧倒的な文体だなと思った。描写が詳細すぎると読むのが面倒になってきてスピードをつけられないのだけど、安部公房の文体は無駄がなく、あまりなじみのないような比喩表現でも不思議と脳内でその状況をイメージできてしまう。そしてだんだんとこの病院の全体像が少しずつ主人公の記録によって明かされていく物語構成もスゴいとしか言いようがない。

そして、直接的な交接行為の描写がないのだけど、のぞき穴とか少女と主人公の関係、馬人間の実験、病院での盗聴、そして最後の妻の描写がとてもエロスに満ちていて、読んでいてこれは18禁じゃないか!?とまで思ったw別に程度としてはそこまでエロいものでもないのだけど、たぶん一般的なものよりも幾分ベクトルが違うような気がして、これを10代で読んでしまうと、その人の人格形成に幾分影響を与えるような気がしないでもないww

安部公房の作品は、不気味で異様な、そして主人公が翻弄されていくような物語としては一級品だなと思う。そういう非日常で不安を誘う物語は、やはり時間と精神に余裕のある夏休み中にどっぷり浸かるに限る。他にもこのブログで取り上げた作品は以下となる。
『密会』は著者の医学部卒という経歴が存分に活かされていて、エロく、そして面白いスゴ本だった。



密会 (新潮文庫)
安部 公房
新潮社
1983-05

読むべき人:
  • 異様でエロスに満ちた作品を読みたい人
  • 夏休み中の人
  • 病院通いをしている人
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August 11, 2013

レインツリーの国

キーワード:
 有川浩、障害、関係、歓喜、言葉
恋愛もの小説。以下のようなあらすじとなっている。
きっかけは「忘れられない本」。そこから始まったメールの交換。共通の趣味を持つ二人が接近するのに、それほど時間はかからなかった。まして、ネット内時間は流れが速い。僕は、あっという間に、どうしても彼女に会いたいと思うようになっていた。だが、彼女はどうしても会えないと言う。かたくなに会うのを拒む彼女には、そう主張せざるを得ない、ある理由があった――。
(カバーの裏から抜粋)
毎年恒例の夏の文庫フェアが各社によっていろいろと展開されている。その中で、新潮社は『ワタシの一行』というものをやっている。西新宿のブックファーストでは、フェアの本をテーマごとにジャンル分けしていて、確か『恋愛』ジャンルにあったこの本を買った。ちなみに脚本家の岡田惠和氏による『ワタシの一行』は以下となる。岡田惠和氏の選んだ一行に魅かれて、この本を読むことに決めた。

主人公は社会人3年目くらいの20代半ばの男性、伸行。ある日自分が昔読んだライトノベルのラストの終り方に納得がいってなくて、他の人はそれをどう思っているのだろう?と気になってネットで検索する。そしたら20代半ばのひとみという名の女性が運営する『レインツリーの国』という読んだ本の感想が書かれているブログにたどり着く。伸行からメールを送り、そして、だんだん仲良くなっていくうちに、実際に会うことになる。しかし、ひとみには聴覚障害があることを伸行は知ることになって・・・。

あまり内容について言及するのはよろしくはないが、健聴者と聴覚障害者の関係が描かれている。正直はたから見ていると、めんどくさい関係だなと思う。いろいろと気を使ったり、気を使わせたり、障害者特有の『どうせ健常者には自分のことはわからないでしょ!!』といったコンプレックスのような心情描写が多くあった。僕も健康体ではないのでそういう部分に共感しつつも、伸行視点からのひとみへのツッコミもなるほど、そういう観点もあるのだなと思った。

あとがきには著者は別に障害そのものをテーマとして描きたかったわけではなく、以下のように示されている。
 私が書きたかったのは『障害者の話』ではなく、『恋の話』です。ただヒロインが聴覚のハンデを持っているだけの。
(pp.226)
なので、あまり斜めに考えずにメールのやり取りから始まる二人の恋愛模様を堪能するのがいいね。もちろん、聴覚障害者の描写も自分の知らないことだらけで勉強になる部分も多いし。

ひとみと同じような本の感想をブログに書いている身としては、こういうネットワーク越しから始まる関係がとてもいいなぁと思った。このブログを8年やっているけど、そういうのは残念ながらなかった(笑)。でも、間接的にブログ経由でリアルで知り合いになった人は、結構多かったりするね。

『ワタシの一行』フェアは、自分で投稿もできる。僕が選んだ部分は以下(投稿には100字制限があるのだけど、その前後もいいね!と思ったので、そこも含めて引用)。
 どうしてひとみの言葉がこれほど好きなのか分かった。
 彼女は――彼女たちは、耳が不自由な分だけ、言葉をとても大事にしているのだ。第一言語として自分たちに遺された言葉を。その言葉を大事に使って、真摯に理屈を組み立てる。
 だから伸行はひとみの言葉に魅かれるのだ。あれほど真摯に使われる言葉はまたとないからだ。自分と似ていて少し違う心地よさ――それは、ひとみが言葉の限りある愛おしさを知っているからだ。
 その言葉で大切な思い出の本を語られたら、魅かれない奴はいないだろう。
(pp.184)
ここが一番魅かれる部分だった。これはやはり、僕もひとみと同じように、本の感想を綴っているから。僕は別に聴覚障害があるわけでもないけど、それでも話すのは得意ではないし、書く方がどう考えても自分の伝えたいことが伝えられるような気がしている。だから、書き言葉はそれなりに意図的に選んでいる。

それでも、自分が書いている言葉にネットワーク越しのどこかの誰かを魅了するような言葉づかい、真摯さなどが果たしてあるのだろうか?とも考えた。もともと読者を意識していないし、自分だけの記録として始めたブログなのだけど、それでも、自分がよかったと思える本をもっと共有できたらいいなとも思った。

とても読みやすく、どろどろもしていないので、割と読後感はよかった。なんだかこういう小説を久しぶりに読んだ気がする。それまでは変な、というか、読みにくかったりやたらと人が死んだりするものが多かったので・・・。夏の文庫フェアにぴったりのテーマと爽快感のように思えた。そして、いつか素敵な女性からメールが来ないものかと淡い期待を抱かせてくれるのであった(笑)




読むべき人:
  • 夏っぽい本を読みたい人
  • 読書ブログを運営している人
  • 障害のある人
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August 10, 2013

緑の家

緑の家(上) (岩波文庫)緑の家(下) (岩波文庫)
緑の家(上) (岩波文庫) [文庫]
緑の家(下) (岩波文庫) [文庫]

キーワード:
 バルガス=リョサ、ペルー、アマゾン、構造、ジャングル
ペルー・アマゾンを舞台とした小説。今回はあえて、目次もあらすじも示さないことにする。岩波文庫で、あまりあらすじが載っていないということや、目次も単に1章とそっけないものでしか示されていないし、なによりも、この作品をあらすじで要約することはとても困難なことであるから。内容についても、どこまで示せるかわからない。

代わりにこの物語の出会いの話から示そう。

いつだったか、2,3年前に新宿の紀伊国屋本店の文庫本フェアのようなものがやっていた時があった。そのとき、この作品が目に留まった。岩波文庫にしては珍しい写真付きの表紙で、書店員さんのポップ書きがカバーに貼られていた。曰く、『さまざまなばらばらなエピソードが最後に収束していき、さながら漫画のワンピースのような作品』というようなことが書いてあったと思う。ほう、ワンピースかとその時は思ったのだけど、結局買わなかった。

そしてしばらく経ってから、たまたま別の書店(確か今はもうなくなってしまった松丸本舗)で本作品の著者であるバルガス=リョサの本を買った。バルガス=リョサの本を過去に読んだことがあるわけでもないし、そもそもどこの誰かもよく分かっていなかった。ノーベル文学賞を受賞しているんだねとWikipediaを見て知ったくらいであった。

その別の本を読む前に、1作品は小説を読んでおいた方がいいなと思ったし、何よりもワンピース的な物語というところに惹かれて買って読んでみた。

結論。読了までに1ヶ月半もかかったが、全容をはっきりと理解できなかった。

最初の20ページでこの物語の洗礼を受ける。1ページに改行が全くなく、誰が何を言っているのかも分かりにくい描写が続く。1文1文は別に難解ではない。ちゃんと読めばわかる。しかし、それがずっと続くと、読み手を拒むようでもある。

その20ページを超えると、すでに読者はジャングルに誘われている。確かにこの物語はアマゾンの奥地のジャングルを舞台としている部分があるが、舞台としてのジャングルではなく、この特殊な物語構造のジャングルにはまり込んでいる。どういうことかというと、あるシーンで2人が会話をしている部分があるが、次第に誰が何を言っているのかが分からなくなる。つまり、そこのシーンには2人しかいないはずが、もう2人ほど脈絡がなく出現する。注意深く読んでいくと、どうやら最初の2人の会話の直後に、回想シーンが盛り込まれているのに気づく。

普通は回想シーンなどは、回想部分が分かりやすく視覚的に示されているが、括弧で区切られている会話の次の行の会話が、引用のように段落を下げるでも空行があって区切りを示すでもなく、全く同じ記述で書かれている。そこに気付かないとまったく意味が分からなくなる。そしてアンセルモ、ボニファシア、ラリータ、フシーア、アキリーノ、リトゥーマなど大量に出てくる南米特有のなじみのない名前の登場人物たちのせいもあって、ますます訳が分からなくなる。さらにどうやら時系列も前後して錯綜しているらしいということが分かる。もっと言うと、ダメ押しの岩波文庫特有の読みづらいフォント!!

解説に以下のように示されている。
 数多くの人物が登場し、しかも四十年におよび年月の間に起こった出来事を語ったこの小説は、上に述べたような五つのストーリーが組み合わされて展開してゆくが、その際作者はそれぞれの物語を小さな断章に分割し、時系列を無視して並べ、さらに人物の内的独白まで織り込んでいるので、読みはじめた読者はおそらく戸惑いを覚えるだろう。しかし、読み進むうちに個々の断章がジグソー・パズルのピースのように徐々に組み上がって行き、少しずつ全体像が浮かび上がってくる。そして、読者はその中から広大なペルー・アマゾンを舞台に繰り広げられるさまざまな人間たちの姿と現実が浮かび上がってくるのを目のあたりにすることになると同時に、物語小説としての面白さも満喫するはずである。
(下巻 pp.480-481)
解説には五つの物語の概要が示されていて、最後にそれを読んで初めてそういう話だったのか〜と分かる感じで、読了後は完全にポルナレフの『あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!』状態であったww

今まで読んだ小説の中でもかなり読了まで苦労した作品で(他には『ニューロマンサー』、『魔の山』)、読み進めるのは楽ではない作品なのだけど、不思議と物語の行方に引き付けられて、挫折するほどではなかった。訳が分からない状態、物語の構造の中に遭難している状況を楽しめるような、そんな不思議な感覚。

僕は全く事前知識もないままに読み始めてしまったので、戸惑いと分けのわからなさで、ジグソー・パズルのように組み上がっていく感覚はあまり得られなかった。なので、この本はスゴ本の部類なのだろうけど、そのスゴさがいまいちピンと来ていないもどかしさのようなものが残る。だからまた最初から勢いをつけて読み返したほうがよいような気がする。さすがにすぐには読み返さないだろうけど・・・。

もし、この作品を事前知識なしの初見で全体像を把握できたのなら、きっと大規模なシステム関連図とかE-R図とかクラス図とか各種UML図などなど、いろいろなモデリング能力、全体把握能力がかなり優れていることの証明になるのではないかとも思った。そういう自分の全体像の把握能力を試すという観点から読んでみても面白いかもしれない。

上巻351ページ、下巻492ページの物語で、1ヵ月はジャングルにいる感覚を楽しめる、そんな特殊な作品。時間と気持ちに余裕がある人はぜひどうぞ。



緑の家(上) (岩波文庫)
M.バルガス=リョサ
岩波書店
2010-08-20

緑の家(下) (岩波文庫)
M.バルガス=リョサ
岩波書店
2010-08-20

読むべき人:
  • ラテン文学が好きな人
  • アマゾンに行ったことがある人
  • 物語のジャングルに迷い込みたい人
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August 04, 2013

シゴトとヒトの間を考える

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シゴトとヒトの間を考える シゴトフォーラム2012

キーワード:
 中村健太・友廣裕一、奈良県立図書情報館、仕事、人
奈良県立図書情報館で2012年に開催されたフォーラムが元になって本となったもの。以下のような目次となっている。
  1. 第1章 海を越えるヒト
  2. 第2章 場をつくるヒト
  3. 第3章 編集するヒト
(目次から抜粋)
書影は自分で撮った。なぜなら、この本は3,000部限定の販売で、Amazonなどのネット書店や一般大型書店には販売していないらしいので。そしてシリアルナンバー入り。自分のシリアルナンバーはどうやら1130らしい。

初めからこの本が限定販売であることを知って買ったわけではない。以前ふらっと訪れた下北沢にあるビールも飲めるイベント開催型の本屋、B&Bでなんとなく仕事に関連する本書が目について買ってみた。しばらく買って放置していて、読み終わるとそう書いてあった。そんな出会い。

本書のイベントの詳細は以下のページを参照。また、本書に関しては以下のページを参照。本書も奈良県立図書情報館のイベントとなる。最近読んでいた、西村佳哲氏のイベントフォーラム本と似ているし、本書のきっかけも西村佳哲氏が関連しているらしい。その関連も知らずに買って、またイベントの順番通りに読了した。なんかそういう縁みたいなのあるよね。アンテナにひっかかるというか。

著者がいろいろな職場、人、働き方に出会い、仕事と人の関係について考えるきっかけにということでフォーラムが開催されて、目次のようなテーマで人を集めたらしい。

海を越えるヒトでは、コンゴ共和国で環境保全に取り組む人やカンボジアで遺跡修復チームの広報をしている人、会社をリストラされて金、コネ、経験なしの状態でベトナムに渡った人が紹介されている。

場をつくるヒトでは、六本木のアカデミーヒルズを作り、現在まち塾@ライブラリーという本と人の出会いを作っている人や、まち全体を旅館に見立てる仕事をしている人、富山の里山で農を営む人がいる。

編集するヒトは、ウェブマガジンを制作されている人、大阪・中之島エリアに特化した「月刊 島民」というフリーマガジンの編集者の人、独自のこだわりで食材の仕入れをするスーパーマーケットを経営している人がいる。

それぞれの人が10ページ前後でインタビュー形式のように示されている。いろんな仕事や働き方の多様性、考え方、こだわりがあるのだなと思った。ただ、ちょっとそれぞれのページ数が少ないので、もう少し深堀してその人の生い立ちからそこに至るまでの経緯を詳しく示してもらえたらなと思った。

富山の里山で「土遊野」をされている橋本順子さんという方がいる。その方は茨城出身なのだけど、結婚を機に富山に移り住み、集落としては1件しかないような一般的には限界集落と言われるところで『私たちは、自分たちが食べるものは自分たちでつくれる人間でありたい、いろいろな人たちと一緒に農を営んでいける「場」をつくりたい』という心持で農業をされている。表面上は限界集落と言われるような状況ではあるけど、若い人が多いし、年間を通していろんな人が来てくれるらしい。また東日本大震災後の移住者を受け入れたりもしているらしい。だから決して限界ではなく、むしろ東京での暮らしのほうが限界だった、と語られている。

そしてなぜ富山を選択されたのかが示されているので、そこを抜粋。
 なぜ富山だったのか、今でも不思議に思うんですけど、一つには出会いがありました。草刈り十字軍をはじめた足立原貫先生が、「農家は世襲制じゃない、やるものがやる、やろうと思うものがやっていいんだ」と語ってらして。「やろうと思えばできるんだ!」と思って飛び込んだ。
 もう一つには、富山の四季や自然に惹かれたということもありますね。冬には雪が2メートルくらい積もるけど、必ず早春を迎えて、春がくるんですね。夏はフェーン現象があるからとても暑い。それでも秋が来て、晩秋を迎えて、また冬がめぐってくる。日本の季節、いや八季を体感できるんですね。立山連邦の地下水脈からわき出る水はおいしいし、お酒もうまい。富山湾の魚もすごかった。ほんとうに豊かなところだと思ったんです。
(pp.96-97)
なるほどと思った。ここを取り上げたのは、僕は富山県出身だから。といっても別に農村部ではなく、市内の住宅街だけどね。

地元にいるときは、遊ぶ場所も仕事も人も何もない閉塞した場所だと思っていた。けれど、地元を離れて東京で暮らすようになったり、このような記述を見ると、別にそんなこともないのではないかと思ったり。離れてみることで地元の良いところも分かるというようなそんな感じ。

また、地元には自分の職業に関連するようなIT企業のような会社はあんまりない。けれど、仕事は会社員だけが仕事の範疇ではないし、いろんな仕事があるし、何とかなるのではないかなと思ったり。そう考えるのは、ずっと東京で暮らしていいものか?と思うところがあるから。何を求めて東京進出したのだろう?と迷ったり、立ち止まって考える必要がありそうで。

いろんなところでいろんな仕事をしている人がいるのだということが分かって面白かった。こういう本を大学生の就職活動中に読めたらいいなとも思った。そしたら今、会社員をやっていなかったかもしれない。

ということで、まだしばらく仕事についていろいろと思索予定。合間に小説なども読むけど。

本書を買いたいと思う人は、先ほどリンクを示した「シゴトヒト文庫 ≪ 生きるように働く人の仕事探し「日本仕事百貨」」に販売書店が示されているので、そこで購入されるとよいかも。在庫があるか分からないけど。



読むべき人:
  • 仕事について考えたい人
  • 就職活動中の大学生の人
  • 仕事を通して人について考えたい人

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