October 2015

October 29, 2015

多読術

キーワード:
 松岡正剛、読書、多読、編集、フラジャイル
博覧強記の著者による読書本。以下のような目次となっている。
  1. 第一章 多読・少読・広読・狭読
  2. 第二章 多様性を育てていく
  3. 第三章 読書の方法を探る
  4. 第四章 読書することは編集すること
  5. 第五章 自分に合った読書スタイル
  6. 第六章 キーブックを選ぶ
  7. 第七章 読書の未来
  8. あとがき
(目次から抜粋)
本書は2009年に出版で、買ってから5年くらいは積んでおり、積読消化ということもあるし、また今何をどのように読むべきか?とふと思ったので、読んでみたわけだ。

松岡正剛氏は千夜千冊の本のラインナップを見ていると、博覧強記でもはや雲の上のような本読みな人であり、どこか近寄りがたく高尚なイメージがあった。しかし、本書を読んでみると松岡正剛氏の生い立ちや家庭環境からどのように読書にはまっていたのか、どうやって本を選んで読んでいくかなどがインタビュー形式ということもあり、わかりやすく、良い意味でもっと自由に読書してよいのだ一押ししてくれたような本だった。 ちなみに、千夜千冊は書評や批評ではなく、批判したりケチをつけたりしないというポリシーらしい。ほかにも土日は更新せずに一人の著者から一冊、同じジャンルのものを続けないなどの縛りがあるようだ。ほとんどはかつて読んだ本を読み直してから書かれているらしく、そこから「本は二度以上読まないと読書じゃない」と思われるようになったらしい。再読せず、二度以上読むことはあまりないので、これはちょっと反省というか、考え直そうか。

再読しないのは、ほとんどの本は特に記憶に定着しておきたいと思うことはないし、理解できないところがあってもいいかと思ったりするからかな。小説なども読み直す時間がおしくてその分ほかの本を読みたいと思ったりもする。特にこんな読書ブログをやっていると次の本を読んで更新しなくては!!と思ったりもするので。とはいっても、資格勉強本とか技術本などは最低3回繰り返さないとものにならないと経験的にわかっているから、なるべくそうしている。

読み方として、理解できるかどうかわからなくてもどんどん読む、読むペースはどんどん変えていく、マーキングしながら読むなど割とほかの読書本にあるようなことも示されている。他にも多読術としては、ジャンルにこだわらずに好きにいろいろ読んで本に浸かるとよいとあった。また、特に本書で一番良かった部分は以下。
 だから、人にはそれぞれの本の読み方があり、好きに読めばいいんです。ベストセラーは読む、経済小説は欠かさない、新書は月に一冊は買う、SFは極める、推理小説はベストテン上位三冊を追う、古典に親しみたい、子供のために良書をさがす。いろいろあってオーケーです。
(pp.131)
やはり著者への先入観から高尚で難解な本を読まなくてはいけないのではないかと思っていたけど、著者も示すように読書は神聖なものとか有意義とか特別なものとか思わずにもっとカジュアルなものでいいと示されて、意外に思うと同時に、今の読み方でよいのだなと後押しされたような気がしてよかった。

千夜千冊と同じように、このブログは書評ではなく、個人的な読書記録、備忘録、感想みたいなものなので、よほどのことがない限りケチをつけたりはしない。何をいつどのようなタイミングで読んで、そこから何を考えたか?を書ける範囲で綴っている感じ。まともに本の内容で評価できるのは自分の専門技術書や資格試験本などで、それらが使えるか使えないかくらいかな。それらが一番このブログで売れるジャンルなのだけど、そればかりだと飽きるし勉強だけの読書はつまらないし、もっと小説とか他の本も楽しんで読みたいので。ということで、今まで通り、好きな本を読んで好きに書き続けよう。

どうすれば自分の「好み」の本に出合えるか?という問いに著者は誰かのおススメに従ってみる、特に自分よりも深くて大きそうな人の推薦に従ってみるとたくさんのものに出会えると答えている。これはそうだよねと最近実感している。昔はおススメされていても自分の好みとちょっと違っていると、合わないと思ったりして読まなかったのだけど、最近は素直に従って読んでみると良かった確率が高いとわかってきたので、従うようにしている。あとは、自分と似た嗜好(志向)性の人の読書ブログをチェックする、スゴ本オフに行って自分が全く読まなかっただろう本、もしくは知らなかった本と出合うのも面白いし、幅がどんどん広がるのを実感している。

それなりにたくさん読んでも本の読み方、選び方はいつだって現状でいいのか?と迷ったりするので、定期的に読書本について読んで、適宜読み方を微調整していきたい。本書はかなり読みやすい本なので、気軽に読んで多読、読書について考えられるのでとてもよい。



多読術 (ちくまプリマー新書)
松岡 正剛
筑摩書房
2009-04-08

読むべき人:
  • 本の読み方を見直したい人
  • 役に立つ読書ばかり求めている人
  • 読書を楽しみたい人
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October 27, 2015

フリーエージェント社会の到来

キーワード:
 ダニエル・ピンク、働き方、FA、仕事、多様性
フリーエージェントについて書かれた本。以下のような目次となっている。
  1. 第1部 フリーエージェント時代の幕開け
    第2部 働き方の新たな常識
    第3部 組織に縛られない生き方
    第4部 フリーエージェントを妨げるもの
    第5部 未来の社会はこう変わる
(目次から抜粋)
ずっと前に買って放置(7年くらい?)していた本で、暇だし、今後の展開をどうしようか?と考える必要があるので読んでみた。出版されたのは2002年とひと昔前である。新装版が出ているが、旧版で読んだので、こちらを取り上げる。

かつてのアメリカの大多数の労働者は大組織のために個性や個人目標を押し殺して、組織から定収入と雇用の安定、社会における居場所を提供されるような「オーガニゼーション・マン(組織人間)」であった。しかし、次第に本書で示されているようなインターネットを使って、自宅でひとりで働き、組織の庇護を受けることなく自分の知恵だけを頼りに、独立していると同時に社会とつながっているビジネスを築き上げた「フリーエージェント」として働く人が徐々に増えているということが示されている。

アメリカに限らず、本書の出版当時よりフリーで働く人のためのサービスは日本でも徐々に充実していると思われる。貸しオフィスや電源付きカフェ、PC機器の軽量化やwifi設備の充実、PayPalなどの支払いシステムも整備されて、ノマドワーキングといって数年前にバズワードにもなっていた。そしてこの当時よりもfacebookなどのSNSが発展しているので、人ともつながりやすくなっている。さらに資金調達のために個人で株式を発行するというものが本書に載っていたけど、今ではクラウドファンディングが出てきている。なので、この出版当時よりもフリーエージェントとして働きやすいインフラは整っていると思われる。しかし、どれだけフリーエージェントが日本で増えて、そして順風満帆に満足に仕事ができているかは別の調査資料などを当たらないと本当のところはわからないけど。

著者によってフリーエージェントの労働倫理が以下のようにまとめられている。
 遠い将来のご褒美のために一生懸命働くのは、基本的には立派なことである。けれど、仕事そのものもご褒美であっていいはずだ。いまやどの仕事も永遠に続くものではないし、大恐慌が訪れる可能性も大きくない。それなら、仕事を楽しんだほうがいい。自分らしくて、質の高い仕事をする。自分の仕事に責任をもつ。なにをもって成功と考えるかは自分で決める。そして、仕事が楽しくないと感じることがあれば、いまの仕事が間違っていると考えるのだ。
(pp.95)
まぁ、理想はこうだけどね。自分の今後の方向性の一つとしてはフリーエージェントもありかなと思うけど、いきなりすぐにこのようにはいかないだろう。

自分で稼げる仕事のネタを持っていないといけないし、本書で示されていたように、フリーエージェント同士の人的ネットワークがかなり重要と示されていた。従来のような会社組織の縦の強い関係ではなく、横のつながりで、それはちょっとした知り合い程度の弱い絆のネットワークである。弱い絆であるからこそ、自分とは縁遠い考え方や情報、チャンスに触れる機会を与えてくれるらしい。そういう人的ネットワークがセフティーネットにもなっているとあった。

会社組織で働くことが向いていないなと思っていきなり独立してしまって、コミュ障だったらフリーエージェントとして詰んでしまうなとも思ったw

facebook上の友達の中にはフリーでやっている人が結構いたりする。なので、その人たちに直接どうやってフリーになったのか、どうやって仕事をしているのか、気を付けることなどを気軽に聞けるかもしれないなと思った。まずは身近なフリーの人に話を聞くのがいいかもしれない。そして自分の仕事のネタや方向性をよく吟味して、よし、フリーでいけるぞ!!とある程度確信できたらフリーになればいいかなと。そうでない場合は、準備を粛々と整えるしかない。

ダニエル・ピンクの本は以下もおすすめ。まぁ、個人的には持病も抱えており、会社組織での働き方が合わないのではないかと思うのだけど、かといって今すぐフリーになれるような状況でもないので、今後の展開の可能性の一つの参考として読んでみた。まずはもっと情報収集をして、仕事のネタをしっかり仕込むこと、人的ネットワークを増やすことだろうなと思った。あとは、その仕事1本だけに収入を依存せずに、株式投資などで副収入を確保しておけばいいと思ったり。

フリーエージェントとしての働き方、自分の今後の働き方を見直したいと考えている人には参考になると思われる。




読むべき人:
  • フリーで働こうかと思っている人
  • 転職しようと思っている人
  • 自分の働き方を見直したい人
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October 15, 2015

案外、買い物好き

キーワード:
 村上龍、買い物、海外、シャツ、ライフスタイル
村上龍の買い物エッセイ。2003年から2007年に雑誌連載されていたものが書籍になったもの。海外でいろいろなもの、例えばイタリアでシャツ、自転車バイク、マウイ島でゴムぞうりや新宿のホテルのセレクトショップでジャケット、ソウルのデパ地下のお菓子などなどいろんなものを買った経験について3ページごとに語られている。

村上龍の本は『新装版 コインロッカー・ベイビーズ (講談社文庫)』くらいしかまともに読んだことがなかった。他にもいろいろエッセイがあるけど、それらはなんだか時代錯誤というか、いろいろ物議をかもしそうな内容のものが多いらしく、そういう過激!?なものは置いておいて、もっとわかりやすくて読みやすくて関心がもてそうなものを図書館で発見して借りた。ということで、また図書館で借りたエッセイ。

村上龍はサッカーの中田英寿選手と親交があったことから、たびたびサッカー観戦のためにイタリアを訪れていたようだ。そしてイタリアの街にいる男たちを見ていると、みんな長袖のシャツを着ており、どうやらイタリアの男のファッションの基本はシャツにあるということに気づき、ファッションにまったく興味がなかったところからシャツに目覚めたらしい。あるときなどはミラノのシャツ屋に行き、25分間で13枚も買いこんだとか。ちなみにイタリアの男の基本はブルーのシャツらしい。やはりブルーがいいね。

ネクタイとシャツのシミュレーション」というタイトルのものでは、24歳で群像新人賞をとるまでネクタイなんかしたことがなくて、ネクタイなんかしている人間は全員頭がおかしいと思っていたらしいが、好きなシャツのためにネクタイを締めるようになったようだ。そして、イタリアシャツはほとんどがブルー系のストライプかチェックなので、ネクタイ選びが楽しいらしい。朝起きて寝室の衣装ケースからシャツとネクタイを組み合わせて、さらにスーツと合わせるのが日課らしい。しかし、スーツを着る機会は基本的にテレビ出演時のみで、小説執筆時は普通にTシャツなど楽な格好なので、シャツを着る機会が少なくて残念とか。

ネクタイとシャツのシミュレーションは割と楽しいので共感できる。シャツに目覚めるのも分かる。自分のシャツのサイズは首回り36cm、袖丈84cm、肩幅45cmなので、既製品ではまずサイズがない。なので、まともにしっくりくるシャツはオーダーしかない。ということで、以下の本を参考に伊勢丹でオーダーしたらすごくよかった。今まで着ていた既製品のシャツは一体なんだったんだ!?というくらい着心地がよかった。シャツがよいものになると、それに合わせるネクタイ選びもいろいろあれこれ考えて買いたくなるね。基本はドットと無地しか買わず、レジメンタルは避ける。締め方はディンプルが一番優美な形になるダブルノットのみ。

一生の間続くいい気分」というものでは、小説家らしい内容である。長編小説を何年も書いてきて、それが脱稿した後は感慨もなく、高揚感も喜びの興奮も一切ないらしい。しかし、非表に静かでしっかりとした充実感や達成感が1ヵ月は続くらしい。執筆前には箱根の別荘の付近の成城石井でチーズやコーヒー、ヨーグルトや蜂蜜、肉まん、クッキーをよく買いこんでいたので、脱稿後にそれらを見ると不思議な実感がわいてくるらしい。執筆中は別荘で缶詰め状態なので、ひげが伸びっぱなしで、浮浪者みたいに見えるらしく、近所のスーパーに行くと周りから不審人物のように見られるらしいのだけどw

初めての大きな買い物は、『新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)』がベストセラーになった印税で得た100万円をおろして買ったステレオセットらしい。ちなみに、「限りなく透明に近いブルー」は寝食を忘れて1週間で書き上げたとか。なんだ、天才か、と思った。

買い物ネタの他に、ミラノ、ローマ、パルマ、フィレンツェなどのイタリアの各都市、パリ、上海、ソウル、ハバナ、マウイ、フランクフルトなどに訪れた時の雑感などが書き下ろしで追加されている。各都市いろいろな特徴があるようだ。例えば、フランクフルトのブランド店はどこも控えめで「マルティン・ルターの宗教改革を生み、実質剛健が自慢のドイツでこんなに贅沢で高価なものを売ってごめんなさいね」という雰囲気が店内に満ちているらしい。行って確かめたくなる。

村上龍はなんというか、個人的な先入観では武勇伝を語ったり、もっと突飛な感じがする印象があった。しかし、この買い物エッセイを読んでみると、あまり肩肘を張らずに自然体で、男性作家のエッセイにありがちな虚栄心のようなものは全くなかった。ありのままの買い物感をさらけ出しているようで好感が持てた。

海外に行って、買い物を楽しみたくなる感じだった。特にイタリアでシャツを買いたくなる。




読むべき人:
  • 買い物が好きな人
  • 小説家のライフスタイルを知りたい人
  • 海外旅行が好きな人
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October 14, 2015

馳星周の喰人魂

キーワード:
 馳星周、エッセイ、美食家、狂乱、旅
小説家による食エッセイ。目次は多いので省略。著者はハードボイルド系の小説を多く書いているらしいけど、まったく読んだこともなく、なんとなく図書館で食エッセイが読みたいと思ってこれを借りてみた。日本の地方や東南アジア、サッカー観戦のついでに寄ったヨーロッパ各地で食べたおいしそうな料理について、著者の様々なエピソードとともに1項目3,4ページで示されている。

とても興味深く読んでみたわけだが、なんだかとても羨ましいというか、ズルい!!みたいな感想を抱いた。食べているものが割と高級なものが多く、普段生活していたら食べられないようなものがほとんどだったから。

例えば『奇跡の料理人』というタイトルでは、編集者にとんでもなくうまいレストランに行こうと誘われて訪れたお店でオムレツリゾットというものが出てくる。これは元アメリカ大統領のクリントンが来日した時に、そこのシェフが提供して「信じられない。こんなに美味しい料理を食べたのは生まれて初めてだ」といわしめたらしい。このオムレツリゾットにはフォアグラとトリュフが含まれており、著者もクリントンと同様の感想を抱いたようだ。本書の冒頭に一部の料理のカラー写真が載っているが、このオムレツリゾットがとてもおいしそうである。一応お店の名前が載っており、どうやら以下のお店らしい。いつか食べてみたい。食べログを読んでみると、客単価3万円くらいで、一見客はコースのみしか食べられない高級店のようだ。

香港では広東料理のレストランで食べたマンゴープリンによって新しい世界が広がったが、1年後また訪ねてみたらシェフが変わっていて、味も変わってしまい、楽しみにしていたのに食べられなくなった話もある。また、フランスW杯の日本代表の応援のためにマルセイユに7月ごろ滞在した時は、生牡蠣を食べようと思ってお店に行ったら、シーズンではないので、ないと言われるが、生で食えるものとしてムール貝を食べたら爽やかな風味が口の中に広がり、「うまっ!」と感嘆したとか。

いつも高級店ばかりかというとそうでもなく、タイ・バンコクでは伝説の牛すじ麺を探し求めてスラム街のようなところのハエがたかっている狭いお店に行ったりもしている。そのお店の夫人が提供する牛すじ麺に著者はうまい!と感嘆するが、それは本来の味ではなく、真の味は店主の夫が出せるが、いろいろあってもう作らないと言っているらしく、結局真の味にはたどり着けずにがっかりしているエピソードもある。

また、いつも美味しいものばかり食べているわけでもなく、イングランドにスポーツ雑誌の企画でカメラマンなどと仕事で行ったときは、著者はイングランドは美味しいものがないと分かっていてホテルのレストランでチキンを頼み、カメラマンはペンネ・ゴルゴンゾーラを頼む。チキンはまぁ食えないほどではないが、ペンネは煮すぎてすいとんのようになっていて、味がしなくて食えたものではなかったとか。著者曰く、パスタは基本的にイタリアと日本以外は美味しくないらしい。覚えておこう。

軽井沢のレストランの話では、冒頭のオムライスリゾットを作るシェフの弟子が作った最高級の仙台牛のみすじ肉のステーキが出てくる。これは若きシェフが思いつきで揚げてみたら美味しいのではないかと試してみたらびっくりするくらい旨かったとか。いったいどんな味がするのだろうか?これは想像できない。

著者はハードボイルド系作家だけになんだか傲慢な物言いも示されている。とにかくうまいものに対しては妥協せずに貪欲でどこまでも行くというようなタイプ。そんでまずいものを食わされたら激怒するような、手におえないような美食家。読んでいて本当に美味しそうなものばかり(たまには外れも)出てきて、本当に羨ましい限り。食事制限しなくてはいけなくて、好きなものを自由に食べられない身としては特に。

小説家らしく、いろいろなエピソードもあったり、料理にたどり着くまでの話も面白いし、何よりも無性に食べたくなるような描写となっている。写真が載ってないものがほとんどだけど、食べたときの味まで想像できそうな気がする(フォアグラとかトリュフとか最高級の肉とか天然で上質の松茸や鰻なんか食べたことなんかないけどね)。

著者はさんざんたらふくおいしいものを食べてきて、最後に行きつくところはマクロビオティックだった。そこかよ!!と思ったりw そこはハードボイルド系作家としては食いたいものを好きなだけ食べて、痛風になったり糖尿病になったり、健康診断でいつも数値がやばいけど美食ためには後悔はない!!というくらいに突き抜けてほしかったが、まぁ健康のほうが大事だよねと。

著者曰く、肉、魚を食べる量を減らし、野菜、玄米を食べて、調味料に砂糖を使わないという食事を続けたら半年で7キロも自然と痩せて体調も良く、たまに外食で肉や魚を食べるととてつもなくおいしく感じられるとか。これは食事制限をしているからなんとなくわかる。減塩生活をしていると味覚が鋭くなって、何食べてもおいしく感じられるよ。

普段満足に食べられないから、このような食エッセイを読みながら脳内補完して精神的に食べているみたいな感じだった。著者が終始うまい!と感嘆しているのが続いて、無性に美味しいものが食べたくなるので、特に空腹時に読むのは危険な1冊。

そして、世界中に存在するまだ見ぬ未知のおしいものを食べる旅に出たくなる。



馳星周の喰人魂
馳 星周
中央公論新社
2013-05-24

読むべき人:
  • 美味しいものに目がない人
  • 色気より食い気な人
  • 世界中を食べ歩きしたい人
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October 03, 2015

職業としての小説家


キーワード:
 村上春樹、自伝、小説論、意志、開拓
村上春樹の自伝的な小説を書くことについてのエッセイ。以下のような目次となっている。
  1. 第一回 小説家は寛容な人種なのか
  2. 第二回 小説家になった頃
  3. 第三回 文学賞について
  4. 第四回 オリジナリティーについて
  5. 第五回 さて、何を書けばいいのか?
  6. 第六回 時間を味方につける──長編小説を書くこと
  7. 第七回 どこまでも個人的でフィジカルな営み
  8. 第八回 学校について
  9. 第九回 どんな人物を登場させようか?
  10. 第十回 誰のために書くのか?
  11. 第十一回 海外へ出て行く。新しいフロンティア
  12. 第十二回 物語があるところ・河合隼雄先生の思い出
    あとがき
(目次から抜粋)
村上春樹の作品の最初の出会いは高校卒業直後の18歳のころだった。何とも言えないもやもやしたいろんな気持ちを抱えて、何でか忘れたけどどこかのお勧めとして『ノルウェイの森』を近所の書店で読んだ。イスと机があるような大型書店だったので、ほとんど座り読みでタダ読みしてしまったのだけど。それまで上下巻のような長編小説をまともに読んだことがなかったのだけど、むさぼるように読んだ。読み終わって何とも言えない達成感とカタルシスのようなものを内に抱いていたと思う。それから読書、特に小説を読むきっかけになって、こんな読書ブログを書くまでになった。

ということで、村上春樹というのは僕にとっては別格というか、特別な作家に間違いない。長編作品をすべて読んだ作家は、安倍公房と村上春樹しかいない。それくらい村上春樹の作品というのは、自分の中での小説の一つの基準のようなものになっている。そして、大抵の主人公たちは、よく分からない出来事に翻弄され、超現実的な存在や悪と対峙せざるを得なくて、喪失感とどこか失望を抱いてハッピーエンドに結末を迎えない。そういう不思議でよく分からないものが出てくる物語がとても好きというか、自分にとてもあっていたのだと思う。

さて、本書は、著者が小説を書くことに関するこれまでの作家生活35年に渡る集大成みたいなのものが示されている。確かにそうだと思った。ところどころ他の本に示されているようなこと、例えばよく出てくるのは、ヤクルトスワローズの試合を神宮球場の外野席で見ていた時に、天啓のようにそうだ、小説を書こうと思って小説を書いて、夜な夜なキッチンで書いていたとか、ジャズバーを経営してた時に大変だったとか、お金がなくてちょうど3万円必要なときに道端で拾って借金を返せたとか、7年くらいかけて早稲田大学を卒業したといった小ネタなどが出てくる。

しかし、小説の書き方、これまでどのようにして小説を書いてきたのか?、そして自作について何を意識して書いてきたのか?、さらには小説家になるために何が必要か?といった、他の本にはほとんど書かれていなかったことが書かれている。これは一ファンとしてはとても興奮するというか、ずっと読みたかったような内容が書かれている!!!と思った。ついつい蛍光ペンで線を引きまくった。

例えば、まずデビュー作はとなった『完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望というようなものが存在しないようにね。』と始まる『風の歌を聴け (講談社文庫) [文庫]』は、小説の書き方も分からない状態だったので、感じたこと、頭に浮かんだことを好きなように書いていたらしい。その時に「普通じゃないこと」を意識して、最初は英語で書いていて、そこから何も難しい言葉を並べなくてもいいんだと気付いたというエピソードがあった。これは知らなかった。

また、小説家に必要な資質は、小説を書かずにはいられない内的なドライブ、長期間にわたる孤独な作業を支える強靭な忍耐力が必要とある。小説家になるためには、とりあえずたくさん本を読むことで、次は書くよりもまず自分が目にする事物や事象をとにかく子細に観察する習慣をつけること、素早く結論を取り出すことではなく、マテリアルをできるだけありのままに受け入れ、蓄積すること、さらには長期間書くためには心は強靭にしておき、そのためには入れ物である体力を増強し、管理維持することが不可欠とあるようだ。ここら辺はそうやってこれまでの作品を書かれてきたのだなと分かってよかった。

個人的には村上春樹の生活スタイルにあこがれを抱いてしまう。早朝の日の出くらいから起床し、コーヒーを飲みながらそこから執筆を開始し、5,6時間かけて10枚書く。それ以上書けてもきっかり10枚でやめて、午後からは泳いだりランニングしたり、読書をし、夜は早目に就寝し、それを毎日淡々と続ける。締め切りに追われるのではなく、自分に合ったスケジュールで自分の好きなように書きたかった、とあった。とても自由な感じで羨ましいなと思った。僕もそんな生活をしたいなと思った。まぁ、休職という期間限定で半分実現してはいるけど、ずっとは無理だな。

本書で特に参考になったのは、「第十回 誰のために書くのか?」で、いろんな人が読んで好き勝手評価するのだから、それらを全部納得させる作品など書けっこないので、自分の書きたいものを書きたいように書いていこうと考えられたようだ。そこに続く以下の部分が特になるほどと思った。
 もちろん自分が楽しめれば、結果的にそれが芸術作品として優れているということにはなりません、言うまでもなく、そこには峻烈な自己相対化作業が必要とされます。最低限の支持者を獲得することも、プロとしての必須条件になります。しかしそのへんさえある程度クリアできれば、あとは「自分が楽しめる」「自分が納得できる」というのが何よりも大事な目安になってくるのではないかと僕は考えます。だって楽しくないことをやりながら生きる人生というのは、生きていてあまり楽しくないからです。そうですよね?
(pp.254)
暇で今後の自分の仕事を含めての生き方をどうしようかな〜?と模索している身としては、これはやはりそうだよね、と納得した。もう好きなことして生きていってもいいじゃないか!?と。そういう小説に限らない仕事の考え方、生き方もとても参考になる。

小説家になりたい人はぜひ読んでみるといいのではないかと思った。ただ、著者も示すように、自分のやり方を書いただけで一般化できないかもしれないとあった。まぁ、そうだよねと思う。このやり方を踏襲してどれだけの人が小説家になれるんだろうか?とも思った。

小説家は身近な職業ではないし、知り合いにもほとんどいないし、なんだか不思議な職業だったりする。作品を発表しても酷評されたりもするけど、著者はそれでも常に全力投球していて、プロ意識が高く、常に作品を書くときに新しいことに挑戦されていたりする。日本だけにとどまらずにアメリカをはじめとして、再度新人のような状態で海外展開を独自に考えてやっていったということも書いてあった。そういう部分もとても勉強になった。

何というか、本書は映画DVDなどの特典映像に監督の作品解説とかメイキングシーンが含まれているような本だと思った。好きな映画だったら、そういう監督や脚本家が何を意識して映画を作っていたのかが分かったりするととても面白くかつ興味深く見れるし。そのような内容を読者に語りかけて講演をするように、そしてわかりやすくかつ面白く示されていた。

読んでよかった。大満足だ。



職業としての小説家 (Switch library)
村上春樹
スイッチパブリッシング
2015-09-10

読むべき人:
  • 村上春樹の作品が好きな人
  • 小説家になりたい人
  • 仕事や生き方を模索している人
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October 01, 2015

困ってるひと

キーワード:
 大野更紗、難病、エッセイ、ビルマ、生きる
難病を患った著者による闘病エッセイ。以下のような目次となっている。
  1. 第一章 わたし、何の難病?──難民研究女子、医療難民となる
  2. 第二章 わたし、ビルマ女子──ムーミン少女、激戦地のムーミン谷へ
  3. 第三章 わたし、入院する──医療難民、オアシスへ辿り着く
  4. 第四章 わたし、壊れる──難病女子、生き検査地獄へ落ちる
  5. 第五章 わたし、絶叫する──難病女子、この世の、最果てへ
  6. 第六章 わたし、瀕死です──うら若き女子、ご危篤となる
  7. 第七章 わたし、シバかれる──難病ビギナー、大難病リーグ養成ギプス学校入学
  8. 第八章 わたし、死にたい──「難」の「当事者」となる
  9. 第九章 わたし、流出する──おしり大逆事件
  10. 第十章 わたし、溺れる──「制度」のマリアナ海溝へ
  11. 第十一章 わたし、マジ難民──難民研究女子、「援助」のワナにはまる
  12. 第十二章 わたし、生きたい(かも)──難病のソナタ
  13. 第十三章 わたし、引っ越す──難病史上最大の作戦
  14. 第十四章 わたし、書類です──難病難民女子、ペーパー移住する
  15. 第十五章 わたし、家出する──難民、シャバに出る
  16. 最終章 わたし、はじまる──難病女子の、バースデイ
(目次から抜粋)
以前から気になっていた本で、図書館にあったので借りて読んだ。なんかいろいろスゴイと思った。

著者は上智大学に通いながらビルマの難民支援活動を積極的にやっていたところ、原因不明の病気になってしまう。常に38度以上の発熱があり、節々が痛く、杖をついて歩かなくてはいけないという状態にまでなり、いろいろな病院に行って検査をするも、原因が分からず。たらいまわしにされてある病院で診察してもらったところ、自己免疫疾患の一種である皮膚筋炎および筋膜炎脂肪織炎症候群と診断されて、通称オアシスと呼ぶ患者を大リーグ養成ギブスで鍛えるような病棟で9か月の入院、退院までがエッセイ調に示されている。

何というか、読んでいてとても辛い感じだし痛々しいなと思った。痛々しいというのは著者が受けた検査や病状の話で、麻酔があまり効かない状態で筋肉を切り取られたり、骨髄の髄液を取る検査では釘のようなものを刺されるし、おしりが腫れてそこから膿とかが1リットルくらい流れ出て激痛だったとか…。

他にも病状としては24時間365日インフルエンザに羅漢しているようなしんどさで、筋力も体力も免疫力もなく、ステロイドの影響で感染症や怪我に気をつけなくてはいけないし、紫外線も浴びれないし、皮膚や体の組織が弱っているので洗剤などにも触れられないらしい。

著者は入院中に最初のほうはステロイド(商品名はプレドニゾロン - Wikipedia)を1日60mgも服用していたらしい。そして全身痙攣、体が動かせず、話せずな危篤状態に陥ったらしい。さすがに1日60mgはきついだろうなと思った。なぜなら僕も現在進行形で同じものを服用しているからよく分かる。とはいえ、今は少し量が増えて2日に1回20mg(1錠5mgを4錠)で、過去最高でも1日30mgしか飲んだことはないけど、ただでさえ少量でもうんざりするような副作用があるのだから、60mgは発狂しそうなほどだろうなと思った。(これを書いている今も微妙に副作用で気持ち悪くて(^q^)な感じw)

後はいろいろと難病認定を得て公的な援助を得るためには山ほど書類を書いたりしなくてはいけないし、役所にいろいろと手続きがあって大変そうだなと思った。難病といってもいろいろと認定されたりされなかったりで、公的制度としても完全ではないのだなと思った。僕もいつかお世話になる可能性があるので、今からどうしようか?割と真剣に考えておく必要がありそうだ。あとはどうしてもお金がたくさんかかるのも大変そうだなと思った。

読んでいてとても大変そうだなと思う反面、どこか面白いと思って読んでいた。別に著者の境遇が面白いというのではなく、著者を取り巻くいろんな先生がいたり、出来事があったり、ノリツッコミがあったり軽快で悲壮さをあまり感じさせない文体で一気に読めた。

著者ほどではないけど、完治しない病気を患っていると、何でこうなったんだと?思う。でもなってしまったのだから、これからどうしようかとサバイバルするしかないなと。たまたま『難』のくじを引いてしまっただけで、生きるのがしんどくなって、希望もなく絶望してしまうのもよく分かる。でもほんの少しのきっかけで生きていけると決意する部分も共感できた。

著者にとっての生きていける希望は、同じ病棟で難病を患っていた電車の乗り方も分からなかったけどDIYが得意な人との出会いだったらしい。デートしたいという純粋な気持ちで退院して生きていきたいと。そういうのはいいなと思った。恋愛は生きる希望になるなと。見習おうと真面目に思った。

あと個人的には病んだ時にお勧めの本は以下だね。病気は何らかのメッセージというのがなんだか救いがあった。

余談だけどちょっと自分の病状が若干悪化しているので今日から実質休職になる。なので本書を読んでみたわけだ。著者は84年生まれと同世代だし、自分よりももっとしんどい難病を患っている人の話は何か生きていく上でヒントがあるかなと思って読んだ。読んで面白かったし、いろんな人の助けがあって生きていけるのだなと思った。僕も誰かの助けが必要になるときが来るかもしれないので、それまでは「情けは人の為ならず」を実践しておけば、きっと誰かが助けてくれるだろうと期待している。

あとは本書を読んで自分もがんばろう!!と思う反面、いやいや、がんばるのはもうよそうと思った。がんばらなくてはいけない局面はあるけど、常時がんばる生活に疲れたというか、がんばらなくても楽に生きられる道を模索したいと思うこのごろ。

本書を読めば共感できる部分も参考になる部分も、反発を覚える部分もあるかもしれないが、何かしら生きること死ぬこと、そういうものをいつもよりも深く考えられると思う。いきなり難病を宣告された人が本書を読める境地になれるかはわからないけど、病んでしまったら、もしくは病む前にいろいろな意味で保険として読んでおくのもありな本だった。



困ってるひと (ポプラ文庫)
大野更紗
ポプラ社
2012-06-21

読むべき人:
  • 難病を患ってしまった人
  • ビルマなどの難民支援に関心がある人
  • 生きるのがしんどいと思っている人
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