June 06, 2006

途方に暮れて、人生論


途方に暮れて、人生論

キーワード:
 保坂和志、エッセイ、生きにくさ、身辺雑記、哲学的
小説家、保坂和志氏のエッセイ。『風の旅人』という雑誌と「Web草思」というWebマガジンで連載されていたものが書籍になったもの。まだ連載は続いているようだ。

どういう内容なのかが分かりやすく書かれた部分があるので、若干長いがその部分を抜粋。
 生きるということは本当のところ、多数派のままではいられないということを痛感することで、要領のいい人たちから「ぐず」と言われるような遅さで考えつづけることでしか自分としての何かは実現させられない。拠り所となるのは、明るさや速さや確かさではなはなく、戸惑い途方に暮れている状態から逃げないことなのだ。
 だから、この本には生きるために便利な結論はひとつも書いていない。しかし安易に結論だけを求める気持ちがつまずきの因(もと)になるということは繰り返し書いている。生きることは考えることであり、考えることには結論なんかなくて、プロセスしかない。
 とにかく、今はおかしな時代なんだから生きにくいと感じない方がおかしい。生きにくいと感じている人の方が本当は人間として幸福なはずで、その人たちがへこんでいしまわないように、私は自分に似たその人たちのために書いた。
(pp.251-252)
人生論とタイトルにあるが、いかに生きるべきかということは書いていない。むしろ、著者の生活のなかで感じたことを基に話を膨らませて人生論に絡めていったような内容となっている。自分が感銘を受けたもののエッセイのタイトルを挙げてみる。
  • 「生きにくさ」という幸福
  • あの「不安」がいまを支えてくれる
  • 外の猫たちを見て「愛」について思う
  • 「死」を語るということ
  • 教養の力
  • カネのサイクルの外へ!!
といったもの。どれも、最初は身の回りの出来事を具体例として示して、さらにそこから抽象的な表現でその主題を語っている。そのため、なんだか現代文の入試問題に出てきそうな文体だった。また、著者の特徴として、相変わらず主題を導くために主張が右往左往しているような気がして、分かったような分からないような気になる。分かるときはなるほど!!とすぐに分かるんだけど・・・。

著者がどういう人かよく分かる。特に学生時代にどう過ごしていたのかというものでは、何もしないということを貫いてきたとある。それが著者の独特の小説につながっているようだ。まだ、小説は読んだことないので、気になってきた。読んでみようと思った。

小説家なのにとても哲学的なことを主張している。どうして小説家になって哲学者にならなかったのか?という疑問もわいてきてしまった。それでも、著者が小説家にならざるをえなかった理由がこの本を読むと分かるような気がする。

特に不安に関する主張や生きにくさはの部分でなるほどと思って、気が楽になった。読んでよかった。

良質なエッセイは、やはり面白い。それでいて、自分にしっかり染み込んでくるような気がする。

読むべき人:
 保坂和志のファン、生きにくさを感じている人、身辺雑記が好きな人、世の中のあらゆる現象からさまざまなことを考えたい人



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