June 21, 2006

華氏451度

華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)
華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)

キーワード:
 レイ・ブラッドベリ、SF作品、焚書、書物、古典、社会風刺、シェパード
古典SF作品。『教養のためのブックガイド』や『BRUTUS (ブルータス) 2006年 6/15号 [雑誌]』でこの作品が紹介されていたので、気になって読んでみた。

あらすじをカバーの後ろから抜粋。
その世紀の、その世界が禁じた本を焼き捨てるのが、焚書官モンターグの任務だった。その世界の人びとは、《海の貝》と名づけられた超小型ラジオを耳にはめこみ、部屋の巨大なテレビ画面に没頭して、書物がなくとも幸福に暮らしていた。だがモンターグは、ふとしたことから恐るべき秘密を持ってしまった・・・・! 独特の文明批評で知られるSFの抒情詩人が、持てる感受性と才能のすべてをうちこんで結晶させた不朽の名作。
(カバーより抜粋)
焚書は「ふんしょ」と読むようだ。つまり、書物を焼き捨てること。そして、タイトルの華氏451度とは、本が燃える温度のことらしい。摂氏換算で約220度。主人公は、かつての消防士と対極の存在の焚書官であり、徹底的に人家の中の書物を火炎放射機で焼いていく。しかし、あるときにそれに疑問を持ち始めた。そこから焚書官である立場が揺らいでいく。

古典的SF作品であるが、今読んでも色あせていない。まったく今でも通用する。細かい評論や書評は他のところに任せるとして、自分なりの感想を述べる。

この作品でまず思うことは、なぜ我々は本を読まなければいけないか?ということがわかる気がする。なぜ書物は重要であるかという答えに、主人公を手助けする老教授が3つ理由を挙げている。
  • 知識がものの本質をつかむ
  • 物の本質をつかむことを消化するだけの閑暇をもつ
  • 最初の両者の相互作用から学びとったものに基礎をおいて、正しい行動にでること
思わず、小説にもかかわらず、この部分に線を引きそうになった。それほど的を射ている。

この作品の世界は、民衆はテレビばかりを見ていて思考停止状態にあり、自分たちの生活は幸福だと錯覚していて、バカになっている。しかし、本質的には主人公のように不幸であり、そうならないために、自分で考えるために読書が必要だということが描写されている。

また、古典SF作品によくある書かれた時代背景に対する風刺、批判的な構造が描かれている。さらにこの作品は、今から約50年前に書かれたもので、解説によると、著者が街中で小型のラジオを聞きながら犬の散歩をしている婦人を見て衝撃を受けたことが契機となってこの作品が生まれたようだ。

今でもこの作品のようなことは現代にも通用する。むしろ書かれた当時は未来の出来事であったはずが、今ではそのとおりになっているんじゃないかとも思えてくる。今では、みなiPodをもって音楽を携帯し、超巨大液晶テレビも普通に市販されているし、ワンセグ携帯でどこでもテレビが見れ、さらに巨大なインターネット網によってボーダレスな世界になった。その当時の著者がこの現状を見たら腰を抜かすだろうなと思う。

アクションサスペンス的な要素もあるので、スピード感を持ってすらすら読める。結末で大きな謎解きが行われるわけではないけど、読了後はいろいろ考えさせられる。

純粋におもしろかった。傑作かもしれない。ところどころで、うんうんと唸ってしまった。また、映画化もされているようで、そっちも見たくなった。

それにしても、なぜ画像がないんだ?Amazonで著者の作品で2番目に売れているのに・・・。結構いい表紙だと思うのに・・・。

読むべき人:
  • 読書が好きでたまらない人
  • 古典SF作品が好きな人
  • テレビばかり見ていて思考停止気味の人
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