September 23, 2007

ひとを愛することができない


ひとを愛することができない―マイナスのナルシスの告白

キーワード:
 中島義道、愛、自己愛、歪、哲学ホラー
カントが専門である哲学者による愛の考察、独白記。一般的に恋愛ができていると思っている普通の人が読んでも何も得ることがないどころか、嫌悪感さえいだくようなグロテスクな内容。では自分にとってはどうか?それはこの記事の最後で示すことにする。

内容は以下のようになっている。
  1. ひとを愛することは難しい
  2. 「ほんとうの愛」とは
  3. 愛に不可欠の条件
  4. 愛という暴力
  5. 愛という支配
  6. 愛という掟
  7. 自己愛という牢獄
  8. 私は私でしかない
副題にあるマイナスのナルシスが示されている部分がある。以下抜粋。
 病的な自己愛に身体のすみずみまで手のほどこしようのないほど侵され、そのあげく他人を自然に愛することができない男あるいは女を「マイナスのナルシス」と呼ぼう。
(pp.13)
このマイナスのナルシスの属性を持つ人間は、自然に他人と恋愛関係を築くことができず、愛されても応じすることができず、誰かを愛しそうになると不安を覚え、自分が愛されそうになると退却してしまうという苦しみを抱くことになる。そして著者は病的にこのナルシスが強く、結婚して妻子もいるが、愛することも愛されることもできないにいたる過程が著者の家族構成から紐解かれている。

なんでも著者の両親の関係が著者のナルシスを形成させていったようだ。父は大正生まれの知的エリートに部類するが、著者の母である妻を好きではいるが愛してはおらず、母の気持ちを機敏に感じ取ることができない淡々とした人間であり、母はその父に40年間も愛してほしいと訴えながら結局は愛されなかったがゆえに父に罵倒を繰り返す激情的な人間として幾度となく描写されている。そして著者はこのような環境から、ひとを愛することの能力の欠如の恐ろしさを学んだようだ。

第一章の最後に強烈な文が載っている。
 青い鳥のように、ただ一つの「ほんとうの愛」を追い求めることはやめよう。唯一の「ほんとうの愛」などない。ただ、さまざまな愛があるだけである。醜悪な愛、欺瞞的な愛、暴力的な愛、功利的な愛、愚かな愛、肉欲に支配される愛、相手に奴隷のように仕える愛・・・・・これらもみな風貌の異なった正真正銘の愛なのだ。
 「愛の讃歌」にひとまず背を向けよう。そして、愛の気圧が低くても生きていけるなら、いや希薄な大気のほうがずっと生きやすいのなら、そう生きよう。愛の幻想から解き放たれよう。そう思い込みたい。
 だが、そう自分を慰めようとしたとたんに、一つの声が響いてくる。
 なるほど、さまざまな愛がある。だが、自己愛だけは別だ。それは、断じて愛ではない。自分を相手よりはるかに愛するおまえは、ひとを愛せない人間なのだ!
(pp.43)
思わず激しく線を引いてしまった。

3章以降は徹底的に愛のマイナス面を実体験から考察している。著者の母のように愛されなかった人間は復讐心から自分を愛すべき人間を告発し、断罪することに執着するようだ。それは、愛することにより、理性を失い、相手を暴力的に苦しめるようだ。そしてその暴力がその矛先である相手を支配し、さらに厳しい掟が存在する。それらは、4,5章と続く。

6章で自己愛の苦しみについて著者が示している部分がある。以下長めに抜粋。
 私は、自己愛が崩壊しないかぎりでしか、他人を愛することはできない。このことに私は苦しむ。劣等感を抱いている。しかし、どうしても変えることができない。
 よって、私は他人から真剣に愛されたくない。私は誰も真剣に愛することはできないのだから、それにもかかわらず愛されてしまう(愛されていると感ずる)と、とても居心地が悪いのだ。突如四方を高い堀で取り囲まれたかのように、圧迫感がするのである。
 親の愛も姉妹の愛も、私をくだびれさせるものであった。妻から愛されていると感ずることも苦しいし、息子から愛されていると感じても鬱陶しい。
 まして、(男であろうと女であろうと)あかの他人から愛されているというわずかな証拠でも発見すると、私は窒息するのではないかと思うほど息苦しくなる。相手に相応のお返しをすることはできず、それができないことを自覚しているうちに、じわじわ相手の一方的な愛が私の身体に侵食してきて、私の身体のバランスを崩す。
 といって、逃げることもできない場合、きまって私は相手を激しく憎むようになる。
(pp.174-175)
これは当事者でないときっと他人に理解されない感覚であると思う。なぜこの部分に惹かれたのか?それは自分もまた、少なからず著者と似た性質を持つからに他ならない。かといって、他人を憎むほどではないが。

6章の最後のほうに載っている、「愛さず、愛されたくないが、愛されてしまうゲーム」の実体験が興味をそそった。なんでも著者のウィーン留学時代に何人もの日本人女性に求婚されたようだ。著者の本をよく読むが、意外な一面を見た気がする。ある意味うらやましいと思った反面、自分がその恋愛ゲームを楽しむことはできそうになく、そのゲームの結末に途方にくれるだろうと思った。

愛とは何かということに真摯に向き合っている本だと思う。内容はかなり濃い。そこらへんのくだらない私小説よりはるかに濃い。単純にグロテスクな愛憎劇を読むより面白いと思う。少なくとも自分にとっては必要な本だ。一般的に良書とはいえないかもしれないが。なぜならば、著者の考え方、人間性に少しも共感できない人にとってこの本は有害ですらある。しかし、少しでも著者に共感できるなら、この本はある意味救いになるだろうと思う。

読むべき人:
  • 他人を愛せないと思う人
  • 他人の好意を受け止められなくて苦しく思う人
  • 私小説のような濃いエッセイが読みたい人
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