March 02, 2008

学校がアホらしいキミへ


学校がアホらしいキミへ

キーワード:
 日垣隆、人生論、学校、社会、追悼
作家、ジャーナリストである著者による、中学、高校生のための人生論。目次が多いので、自分が参考になったものを列挙する。
  • あきらめない生き方
  • 「自立」は正しい目標か
  • 才能の磨き方
  • たった二つの道
  • いい時代だよな
  • 一流の人になる
  • サラリーマンは安泰か
  • これでお別れ?
どの節も4,5ページで著者が中高生を相手に語りかけている内容となっている。

最初のほうは、学校がつまらない理由、先生もつまらない理由が示されている。学校は答えが決まっていることを学び、謎解きなどの解決に挑戦意欲を喚起させる構造的な面白さがないからだとある。先生がつまらないのは、先生はただのレッスンプロであり、未知の世界に挑戦する習慣がないので本質的につまらないとある。

自分自身を振り返ってみると、学校が面白かったことはなかった。特に勉強が嫌いだった。面白くなかったから。

いくつかためになった部分を抜粋。『「自立」は正しい目標か』という節に関して。
 老後に、詐欺のような年金と僅かな貯金と猫の額のような土地をもっていても誰も訪ねてこない「自立した人」と、短期間ならいつでも泊まりにいける知人や友人たちをもって「依存している人」と、どちらが楽しそうか。
 どれだけたくさんの人に気持ちよく依存して生きていけるようになるか。それが教育の目的とさえ言ってもいのではないか、と俺は思う。
(pp.20)
これは妙に納得したというか、頭をガツンとたたかれたような気になった。どちらかというと、人間関係を深く築かず孤独癖なのほうで、あまり人に頼らず、自立、独立がよいのだと思い込んでいた。けれど、最近それではだめなのかなと思い始めていたときに、この文章を読んだ。また、この部分を読んだ後、大学時代の友人たちと飲みに行ったとき、お互いの家を訪ねあえるのがいいというような話をしていたので、それはその通りなのかなと思った。

『才能の磨き方』という部分について。
 才能というのは、自惚れのことではない。個人がもつ「何かを作り上げる力」を、お金で買ってくれる人がたくさんいるかどうか。親や先生が褒めてくれたとか、地区大会で優勝したとか、そんなレベルで即座にプロとして食えるわけがない。
(pp.28)
そういうことらしい。だから平凡な人は大学にいったほうがよいらしい。しかし、負を転じて正にできるパワーの持ち主(とんでもない負けず嫌い)は、どのような選択肢でも構わないらしい。

『いい時代だよなあ』という部分について。
 本を通して、無数の先達が知恵をさずけてくれる。要するに、「自分の小ささ」を思い知らせてくれる。自分がいかにチッポケな人間か。それを自覚せざるをえない(ただし向上の仕方が学べる)のが読書という行為である。
(pp.49)
そして、最近の若者が本を読まなくなっているのが事実だとしたら、簡単な努力で人より抜きんでることができる、ということになるらしい。自分は本当に抜きん出ているのだろうか?と考えることもあるけど、抜きん出たいがために読むわけではない。

最後に一番納得した部分。『これでお別れ?』という部分について。
 勉強での落ち込みは、勉強で克服するしかない。大人たちも、仕事での落ち込みは、仕事で取り返すしかない。最愛の人がいなくなったら、最愛の人をつくるしかないのである。
 それ以外の選択は、すべて逃げである。逃げる(感傷旅行に出るとか、引きこもるとか、転職するとか)も確かに人間的な行為ではあるから、時々やってみるといい。だが、所詮「逃避」では問題の解決は図れない。
(pp.91-92)
これを読んで、自分はずっと逃避していたんだなぁ、ということがよく分かった。もう、逃げられないのだなと思った。

ページ数的には100ページもなく薄い。けれど、内容は濃い。たくさん線を引いた。そんな本。

本の最後の付録に、この本が書かれるきっかけとなった追悼文がある。これは著者の息子の同級生に向けて書かれた物である。これがこの本の全てを包括しているような気がする。

よい本だった。中高生はもちろん、これから就職を控えている大学生や、社会人になった人も日常を振り返って得るものが多いと思う。

読むべき人:
  • 学校はつまらないと思っている人
  • 仕事や趣味について考えたい人
  • 自分の生き方に悩む人
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