August 06, 2008

凡人として生きるということ


凡人として生きるということ

キーワード:
 押井守、哲学、人生論、凡人、スカイ・クロラ
アニメ、実写映画監督、押井守(Wikipedia)氏のろくでもない世界を理解するためのヒントが示されている本。以下のような目次となっている。
  1. 第1章 オヤジ論―オヤジになることは愉しい
  2. 第2章 自由論―不自由は愉しい
  3. 第3章 勝敗論―「勝負」は諦めたときに負けが決まる
  4. 第4章 セックスと文明論―性欲が強い人は子育てがうまい
  5. 第5章 コミュニケーション論―引きこもってもいいじゃないか
  6. 第6章 オタク論―アキハバラが経済を動かす
  7. 第7章 格差論―いい加減に生きよう
(目次から抜粋)
この本は、最近読んだ新書の中で抜群に面白かった。単に勉強になるというだけでなく、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』、『機動警察パトレイバー the Movie』、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』、『イノセンス』などを手がけてきた、押井守の考え方がとてもよく示されている。このエントリでは、その押井語録を損なわないように、引用ベースで内容を紹介しておく。

まず総括的なまとめが、本の裏のカバーに示されているので、それを抜粋。
世の中は95%の凡人と5%の支配層で構成されている。が、5%のために世の中はあるわけではない。平凡な人々の日々の営みが社会であり経済なのだ。しかし、その社会には支配層が流す「若さこそ価値がある」「友情は無欲なものだ」といったさまざまな“嘘”が“常識”としてまかり通っている。嘘を見抜けるかどうかで僕たちは自由な凡人にも不自由な凡人にもなる。自由な凡人人生が最も幸福で刺激的だと知る、押井哲学の真髄。
(カバーの裏から抜粋)
結構まっとうなことが示されている。世の中を理想だけで語るのではなく、現実を直視しながら、この世界を理解し、どのように生きるべきかということを特に若者に示している気がした。では、自分が特になるほどと思った部分をいくつか引用しておく。『世間にはびこるデマゴギー!』という節タイトルから。
 だから、僕が若者に言えるのは、「今の自分は何者でもないし、平凡な人間なのだ」とまずは気がつくことが重要だということだ。本来の意味の可能性はむしろ、そう気づいたところから始まる。映画専門学校を出れば映画監督になれるかもしれないといった漠然とした幻想ではなく、本当に自分がやりたいことを見据え、そのために今自分がやるべきことは何かを見定めることから、やり直すべきなのだ。
(pp.26)
これは、第一章のオヤジ論の若さそのものに価値があると世間はデマゴギーを流すが、若さそのものに価値はないという価値観からこれが示されている。これはなるほどなと思った。自分が今やるべきことを考えるべきだなと。

第二章の自由論の『他者を選び取り、受け入れることが人生』から。
 つまり、人生とは常に何かを選択し続けることであり、そうすることで初めて豊かさを増していくものであって、選択から逃げているうちは、何も始まらないのだ。このことは後の章でも見方を変えて論じることになると思うが、要は選択する、つまり外部のモノを自分の内部に取り込むことを拒絶してはダメだということだ。
 他者をいつまでも排除し、自分の殻の中だけに閉じこもっていては、本当の自由を得られないことはすでに述べた。結果的に結婚していようがしていまいが、そんなことはどうでもいいことだ。ただ、「いつだって結婚くらいはしてやる」「他人の人生を背負い込むことぐらいはできる」という気概を持って生きていかなければならないということなのだ。
(pp.63)
ここは自分の内面に深く残る部分だなと思った。自分自身の生き方に、どうしても選択を保留し、逃げている部分があるなと思った。そして、外部のものをかなり拒絶いているなと。それでは結局、不自由するということなので、もっと受け入れて他人の人生を背負い込む覚悟を持つ必要があるなと思った。

第三章の勝敗論の『失敗も挫折もない人生は面白くない』から。
だとしたら、失敗を恐れるのはばかげているし、失敗を恐れて手数を出さず、みすみす成功の確率を下げてしまうのは本当に愚かだとしか言いようがない。
 いつかきっと素敵な恋愛が向こうからやってくる。初めて出会った相手と、お互い見た瞬間にガビーンと電気が走って、結ばれるかもしれない。そう信じて、指をくわえて待っているだけの人間は、生きることを保留しているだけの人間だ。その人生には失敗も挫折もない。その代わり、生きているともいえない。
 人生は映画みたいなものだ。もちろん失敗も挫折もある。それを避けては通れない。それどころか、失敗や挫折そのものが人生の醍醐味とも言えるのだ。
 何も波乱の起きない退屈な映画を見たいだろうか。エンディングは分からない。ハッピーエンドに終わるとも限らない。でも、どんな結末を迎えるにしても、何もせず、すべて保留した生き方より、はるかにそれは豊かな人生といえるだろう。
(pp.86-87)
ここがこの本で一番印象に残った。自分の生き方は、本質的に生きていないのと同じかなと思った。常にリスク回避のために保留し続けていた気がする。失敗は恐ろしいと思う。でも失敗慣れしていけばいいのかなと思った。人生は映画みたいなもの、とは映画監督らしい考え方だなと思った。

第五章のコミュニケーション論の最後から。
 逆に、話す必要もない相手とは話さない。僕は別にお友達が欲しいわけじゃないからだ。友人なんてそんなもの、と思ってみれば、人間関係であれやこれやと悩むこともバカらしくなってくるはずだ。
 だから、若者は早く外の世界へ出て、仕事でも見つけ、必要に応じて仲間を作ればいいと、僕は思っている。ただ、そばにいてダラダラと一緒に過ごすだけではない仲間がきっと見つかるはずだ。 
 損得勘定で動く自分を責めてはいけない。しょせん人間は、損得でしか動けないものだ。無償の友情とか、そんな幻想に振り回されてはいけない。
 そうすれば、この世界はもう少し生きやすくなる。
(pp.134)
人脈本には損得勘定はダメだとあるが、押井氏の考え方は違うようだ。まぁ、表面的には露骨な損得勘定を出さなければいいのだと思う。また、無償の友情は幻想であるというのは、監督作品に多く描写していると示されていた。

他にも引用したい部分はたくさんあるが、この辺で。

本当に全うな考え方だなと思った。そして自分自身の失敗経験などから今の世界を生きる若者にアドバイスをしているような内容となっている。それらはなるほどなと思うことが多かった。

最近公開された『スカイ・クロラ(押井守監督最新作 映画「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」公式サイト)』についても、少し言及されている。簡単に言えば、若さそのものに価値はないのだから、若いまま大人になれないまま生き続けなければならない苦悩などを表現しているとあった。この本を読んでいると、どうしても『スカイ・クロラ』を見なければいけない気がしてきた。だから、読了した昨日見てきた。この本に示されているようなことが描写されていた。ハッピーエンドではなく、考えさせられる映画だと思った。音楽と戦闘シーンがよかった。ちなみに、エンドロール後もシーンが続くので、それを見逃さないように。あと、原作小説、『スカイ・クロラ』も読みたくなった。

この世界をよりよく生きるための押井哲学が満載なので、特に若い人は読んだほうがよいと思う。

読むべき人:
  • 押井守監督作品が好きな人
  • 失敗を恐れて何も行動できない人
  • スカイ・クロラを見た人、見に行く人
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1. 凡人として生きるということ (幻冬舎新書 (お-5-1))  [ 書評リンク ]   August 06, 2008 08:39

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