October 20, 2008

検索バカ

検索バカ (朝日新書 140)
検索バカ

キーワード:
 藤原智美、検索、ショートカット思考、クウキ、考える
芥川賞作家によって、検索などによるショートカット思考が批判されている本。以下のような目次となっている。
  1. 1章 検索バカは、何を失くしたか
  2. 2章 クウキに支配される日常
  3. 3章 「やさしさ」と「暴走」の時代
  4. 4章 不安定な「場」としての家庭、教室
  5. 5章 「予定調和」はいつ誕生したか
  6. 6章 同調圧力が独自の「思考」と「行動」を奪う
  7. 7章 世間から露骨へ
  8. 8章 失われゆく「対話」と「議論」
  9. 9章 身体性なき言葉は、貧弱になる
  10. 10章 沈黙の力
  11. 終章 生きることは考えること
(目次から抜粋)
なんとなく本屋でふらふらと新書コーナーを見ていたら、この『検索バカ』というタイトルが目に飛び込んできた。あぁ、これは自分のことが書いてあるのかなと思って買って読んでみた。Google、Wikipediaがないとネットサーフィンのクオリティが著しく低下してしまうと思うほど、検索依存体質なので。

昨今では、Web2.0のような技術革新でGoogleなどの検索エンジンがなくてはならないものになっている。そして、その検索エンジンを使いこなすことで、自分で考えることをせずに答えにたどり着いたりするような傾向になっている。また、答えの安易なコピペなどから「クウキ読みの日常」という、日々の生活で「クウキを読め」という圧力が増えてきているようだ。それが、あらゆる分野のランキング、人気度を気にさせるようにし、人々は、売れている本、人気の店を検索で手に入れようとしている。そのような状況で、同調を求める「クウキ読みの日常」を打破するには、自分で「考えること」しかない、ということが示されているのがこの本である。

小説家による安易なショートカット思考批判であるので、Web2.0や検索エンジンの内側、技術批判などが示されているのではなく、あくまで人間系の内面に焦点を当てている。なので、取り上げられている話題は、技術的なことではなく、世の中で起こった殺人事件のニュースやCM、著者のテレビ出演でもらったクレーム、著者の若い頃の実体験といったことが示されている。

タイトルにつられて読んでみた。最初はいいことが書いてあると思って読み進めていくと、自分の読解力不足もあるが、いまいち論旨が分かりにくくなっていき、自分の求めていたものが何もないので、はずれ本かなと思っていたが、最後に重要なことが書いてあった。なので、この本ははずれ本ではなく、当たり本だった。

最後の重要な部分の前に、1章の『「この本には結論がない」という感想が増えている』というタイトルのものがなるほどと思った。それによると、ショートカット思考による本の読み方では、「この本には結論がない」というものが増えてきているようだ。それは、解決策を求めていることに他ならず、1冊の本で自分の問題が解決すると思い込んでいる人が多いとある。それが全体的な幻想として蔓延しているようだ。その現象に対して、著者は以下のように示している。
 自力で考えようとせず、解決方法を他者にたより、しかもいかに早く到達するかということに目がいって、その過程をないがしろにする。本からヒントを得て、あるいはそれが出発点になって、自分で考えるという過程をショートカットする。一種の思考放棄です。 
 自分で考えるのではなく、解決策を探す、これをパソコン用語的に翻訳すると「検索する」になります。
 思考をスルーして検索するか、答えをだれかに求めるということばかりに気をくばる。そんな「考えない人」「自分をサボっている人」が増えました。サボっている人は、答えを与えてくれると信じた人には、きわめて厳しい要求をつきつけます。それが満たされないと、怒りを感じたりします。
(pp.23-24)
これは自戒の意味を込めて、思考放棄にならないようにしようと思った。このような読書は、ショウペンハウエル(読書について 他二篇 (岩波文庫))に言わせれば、『読書は他人にものを考えてもらうことである。』ということだろう(参考:ショウペンハウエル 『読書について』)。Amazonのレビューを見ていても、思考放棄をしている人が中にはいるなぁと思うこともある。さすがに、技術本とか正確な情報、間違いのない情報が書かれていないとダメなもので、解決策や正しいことが書いてないと、厳しい要求を突きつけたくなるが。

この本で一番重要なのは、一番最後にあって、そこから一部抜粋。まずは『人は、窮すれば窮するほど考える』という部分から。
 悩み、苦しみ「考えること」はいわばひとつの治療行為といっていいかもしれません。苦しんだり、悩んだりしているとき、人がひたすら考えるのは、そのことを私たちが無意識に知っているからでしょう。
 ではなぜ私たちは「考える」ことで「悩み」「苦しみ」から逃れられる、と思うのでしょう。私は「考える」ということが、自分の言葉を探りあてる営みだからだ、と思います。
 人によっては、自己の閉じられた思考のなかに、悩み、苦しみを解消するということもあるかもしれません。
(pp.218)
この部分が自分にとって、一番重要だと思った。この書評ブログは、苦悩の変遷を綴っているようなもので、自分は本から得た知見を基に「考える」ということを積み重ねてきたのだと思った。自分の書評ブログのコンセプト、核になる考えだと思った。これは書評500冊を達成する前に、一度振り返ってこの書評ブログのガイドラインとして示しておこうと思う。

もう一箇所重要な部分があったので、そこも抜粋。『自分の言葉、考えをつかみとる』という部分。
 私はこの本の中で、人々が自分の思考をショートカットして、他者に解決策や結論をゆだねる傾向を批判的に指摘しました。
 理由は自分の思考、考えをスルーして簡単に手に入れた言葉は、けっきょくその人を救うことも、助けることもない、と思うからです。
 「どうしたら、自分で考えられるか?」
 そう問われたとき、私には満足させられるだけのノウハウはありません。
 ただいえることは、
 「どうしたら考えられるかを、考えることから始めるしかない」
 ということです。
(pp.219-220)
だから、「考える」ということを放棄しない限り、自分はこの書評ブログを続けていくだろう。

書店で何気なく買った本ほど、意外なものがある。これもその本だった。著者の考えから、『良い本ほど答えや解決策が直接載っていなくて、自分で考えさせるような内容になっている』と言えるのではないかなと思った。この本もそれに当たると思った。保存決定本。

検索依存体質の人は一度読んだほうがいいと思う。特に本を読んでダメだしばかりしている人にはいいと思う。

読むべき人:
  • 『ググる』ということに依存している人
  • 本を読んでダメだしばかりしている人
  • 「考える」ということを考えてみたい人
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