May 03, 2009

書きたがる脳 言語と創造性の科学

書きたがる脳 言語と創造性の科学
書きたがる脳 言語と創造性の科学

キーワード:
 アリス・W・フラハティ、脳科学、書く、ハイパーグラフィア、文学論
脳科学者によって、書くことの本質が示されている本。以下のような目次となっている。
  1. 第1章 ハイパーグラフィア―書きたいという病
  2. 第2章 文学的創造力と衝動
  3. 第3章 精神状態としてのライターズ・ブロック
  4. 第4章 脳の状態としてのライターズ・ブロック
  5. 第5章 どうやって書くのか―皮質
  6. 第6章 なぜ書くのか―辺縁系
  7. 第7章 暗喩、内なる声、詩神
(目次から抜粋)
この本は2年前くらいに新宿の紀伊国屋で発見し、それからずっと積読状態だった。そろそろ500冊書評到達ということもあり、なぜ自分がここまで書き続けられたのか?ということを探ってみたくて、このようなタイミングで読んでみた。そしてこの本が、497冊目となる。

黄金週間中なので、いつもよりも書く時間は豊富にある。よって、かなり長文傾向になる。

簡単にこの本の概要を示しておこう。プロの作家に限らず、学生やブロガーなども同じように書きたい、書かねばならないという欲求に取り付かれたりする。そういう書きたいという衝動と、書きたいのに書けないという状態について、脳科学者の視点から示されている。以下に本書の概要が示されている部分を抜粋。
 だが、それは研究不可能なほど複雑ではない。神経学者はハイパーグラフィア(書かずにはいられない病)を生み出す脳の特定領域の変化を発見している。何が文学的創造を促し停滞させるのかを、直感的に頼らない神経学的方法で調べると、ハイパーグラフィアよりもっとありふれた、だがつらい対極である書きたくても書けない状態、つまりライターズ・ブロックの新しい治療法がわかるかもしれない。どちらの状態も、コミュニケーションをしたいという基本的な生物学的欲求に複雑な異常が生じることによって起こる。言語学者と科学者の大半は主として作家の認知の側面に注目してきたが、本書では書くことと感情とのもっと入り組んだ関係を探ろうと思う。例となるのは文学作品やわたしの患者、そしてわたし自身の体験である。
(pp.10-11)
著者は、医者でもあり、神経科学者でもあり、そしてまたハイパーグラフィア、産後の鬱状態に陥った患者でもある。そのため、ハイパーグラフィアなどについては厳密な脳の構造からも解説されるが、著者の叙情的な体験、文学作品、哲学書の引用も多く見受けられる。そういう部分が、若干冗長なような気がするが、ハイパーグラフィアの実体験者の示す内容として面白いと思った。

まず、この本のキーワードとなる『ハイパーグラフィア』の傾向を示しておこう。
  1. ハイパーグラフィアの人は大量の文章を書く
  2. ハイパーグラフィアは外部の影響よりも強い意識的、内的衝動(喜びと言ってもいい)から生まれる
  3. 書かれたものが当人にとって非常に高い哲学的、宗教的、あるいは自伝的意味をもっている
  4. 少なくとも当人にとっては意味があるという緩やかな基準はべつとして、文章が優れている必要はない(感傷的な日記を書き綴る人はハイパーグラフィアの可能性がある)
    (pp.41)
そして、ハイパーグラフィアに陥る原因として、以下が示されている。
  • 側頭葉てんかん
  • 躁うつ病
  • 統合失調症
  • 上記の病状はなく、正常な人で、愛する者との死別、病気、亡命、異郷の暮らし、自己愛的な自尊心の傷み、青春などの苦しみを感じている人
このように、ハイパーグラフィアという症状を分類するときには、脳の機能障害を引き起こしているような、てんかん、躁うつ病、統合失調症の患者たちと、正常だが内面で苦しみを抱えている人と分けることができる。

そして、どうやらというか、やはりというか、自分もハイパーグラフィアの傾向にぴったり当てはまる。まず、相当大量の文章を書く傾向がある。この書評ブログに関して言えば、普通の書評ブログよりも長文傾向だと思う。最近は大体平均文字数が4,000字であり、原稿用紙換算だと10枚くらいになっている(初期の頃はその半分も書いていないが)。他にも、もう一つのぐだぐだ日記ブログに書きたい衝動をひたすら満たし続けるように書いている。

そして、第2の傾向のように、誰かに依頼されて書いているわけでもないし、報酬を受け取っているわけでもない(Amazonのアフィリエイトは、ほとんど売れなくて微々たるものだし、アフィリエイトが書くことの動機にはまったくなっていない)。本当に内面から湧き出てくる書きたい衝動によって書いている。うまく書けたら自画自賛して何度もその記事を読み返したりもする。

第3の傾向、これは本当にその通りだと思う。この書評ブログの内容は、客観的に見て高い哲学的、宗教的、自伝的意味を持っているかは微妙だが、主観的にみると、自分自身のために書いてきたことから、深い自伝的意味を内包していると思う。そういう意図もあって、この書評を媒体とした記事を書き続けてきたという側面もかなりある。

第4の傾向もぴったり当てはまる。固定読者が少なからず存在するこの書評ブログでも、自分にとっては大きな価値があるが、他の人には無価値な文章だと思う部分がかなりある。さらに括弧内の記述のごとく、別ブログで感傷的な日記もぐだぐだと書き綴っている。それは本当に散漫で、文章として体をなしていない言葉の羅列で、他の人が読んでもまったく価値がないと断言できるような代物。しかし、やはりそれも自分自身にとっては意味がある。
ほかの面では正常でも、上記の四つの基準に該当する人々は、ハイパーグラフィアとしてまとめてよさそうだ。そもそもハイパーグラフィアを取り上げる主な理由は、こうした人々の存在にある。
(pp.41)
ということで、自分もハイパーグラフィアなんだろう。幸いにも、過去にてんかんや躁うつ病、統合失調症と診断されたことはないから、正常な部類のハイパーグラフィアに入るのだろうけど。

では、なぜ書くのか?という原因を紐解いてみよう。

まずは以下の部分が参考になる。
 囚人は何をするか?もちろん、書く。たとえばサド侯爵のように血をインク代わりにしなければならなくても、彼らが書く理由は極端な自由の制約であり、誰も叫びを聞いてくれないという事実であり、同じことが精神を病んだ人たちや多くの正常な人々にとっても書く理由になる。わたしたちは自分の監獄から逃げるために書く。
(pp.56)
著者は、産後に躁うつ病を発症したことから、精神病院に入院したようだ。そのときの精神病院に閉じ込められていると感じた経験から、上記のように導かれている。そしてこの『叫び』は、芸術にも同じことが言えるんだなと思った。芸術も文章も、『叫び』と『コミュニケーション』がキーワードになるようだ。

さらに第6章の『なぜ書くのか―辺縁系』を紐解いていくと、以下のような理由が示されている。
  • コミュニケーションしたいという衝動から
  • 本心から(ときには勘違いでも)自分の幸福を分かち与えたいから
  • 悲しみや怒りに叫ぶのと同じ生物学的な衝動から
  • 自己表現によって、書くことで喜びや解放感を得られるから
  • 社会的な人とのつながりが得られるから
  • 作家、ジョージ・オーウェルよれば、美的な情熱(美を広めたいという欲求)、歴史的衝動(真実を見分けて、それを後世に残したいという衝動)、政治的衝動(世界を特定の方向に動かしたいという欲求)から
  • 著者の死産の経験から、罪の意識を告白したいという衝動から
  • 自分あるいは自分以外の世界が本物だと証明するため、つまり、孤独を満たすため
上記は、文学的な側面から、著者の叙情的な側面から、そして脳科学的な側面から示されている。それぞれのレベル間が合っていないが、それぞれの事象が書く理由として、どれも納得がいった。また、普通の人が書きたくてたまらなくなる原因が以下のように示されている。
 病気以外に、ふつうの人が書きたくてたまらなくなる原因は何だろう?大きな原因は病気ではないが、それに近いもの、愛、それも不幸な愛だ。社会的な変動や、(ある意味ではすべての人々が経験する)青春を過ごした土地との別れ、戦争など、ほかのかたちの苦しみも執筆の引き金になるだろう。しかし、少なくともアメリカでは愛ほどではない。たぶん、こういう外部的な脅威には行動が要求され、行動すれば書いている時間がなくなるためだろう。だが誰かへの愛、とりわけ報われない愛は自尊心への脅威だ―わたしたちは自尊心を言葉で癒せると考えている。とくに愛する者の不在に苦しんでいると、耳を傾けてくれている人なら誰にでもかまわず書いたり語ったりしたくなる。愛する女性についてわたしたちが書く言葉、自分に語る物語は、ピグマリオンが作ったガラテアのように、恋人が戻るまでの慰めになってくれる。その不在が死別ならば、この語りたい思いは耐えがたいほどになるかもしれない。
(pp.66)
なぜ自分がここまで書評を辞めたいとも思わずに書き続けてきたのか?その原因は、上記に示したどれも部分的に当てはまるが、一番の要因は『苦しみ』なのだな、ということがよくわかった。

この本は、脳科学的な側面からだけでなく、文学的側面、著者の実体験の叙情的な側面からも示されており、一味変わった本だと思う。そのため、多くの作家、哲学者、例えば、ドストエフスキー、ミラン・クンデラ、ジョージ・オーウェル、アイザック・アシモフ、プルースト、カフカ、スティーブン・キング、ニーチェ、プラトン、ソクラテス、マーク・トウェインなどなどが引き合いに出されている。なので、文学好きな人にはとても面白く読めると思う。

本書の解説が、脳科学者で文学や芸術にも造詣が深い茂木健一郎氏であるのも、得心が行く。茂木氏は、本書を『ロマンティック・サイエンス』と評している。

小説や物語、エッセイ、ビジネス文書、手紙、日記的なブログ、書評、果てはプログラム、絵画までいろいろと書く(描く)ことを職業や趣味にしている人はぜひ読んだほうがいい。なぜ書くのか?という根源的な理由が分かると思う。

今回の記事では書きたい衝動のハイパーグラフィアを焦点に当てた。書くことがあるのに書けない状態の、ライターズ・ブロックのほうは、読んで確かめて欲しい。書くことを仕事(趣味)としている人なら一度は味わったことのある状態だと思われるので。

自分がここまで書き続けてきた理由がよくわかった。書かなくてはいけない理由がたくさんあったんだなぁと。また、この本を読んでいると、何だかプログラマやIT技術者ではなく、作家になったほうがよいような気がしてきた。家に帰ってきてもハイパーグラフィアのごとくプログラミングをしたいとはあんまり思わなかったし、逆に、ハイパーグラフィアに陥りながら、書評を媒体として自分の思索をここまで書き続けてきてしまったし。どうなるかは分からないけど、選択肢の一つとしてありえる。



書きたがる脳 言語と創造性の科学
書きたがる脳 言語と創造性の科学

読むべき人:
  • ブログ、小説など書くことを生業としている人
  • 常に書きたい衝動が途切れない人
  • 作家になりたいと思っている人
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コメント一覧

1. Posted by 大河内延明   May 03, 2009 12:58

5 大河内延明です!

さすが!
相変わらずマニアな1冊の紹介ですね!

自分じゃ触手が伸びない本!!
表紙からして難しそうな内容。
でもブログを読めば
読もうかな?と思ってしまいます!!
いつも脳を刺激していただき
ありがとうございます!

2. Posted by Master@ブログの中の人   May 03, 2009 13:33

>>大河内さん

コメントありがとうございます!!

やはりマニアックですかね(笑)

この本は、確かに大脳とか辺縁系とか脳幹とか脳の専門用語がたくさんで出てきますが、著者の心情的な部分も示されているので、(一気には読めませんが)、無理なく読める本です。

面白い本ですし、連休中にぜひ書くことの意義を問うてみるとよいかと思われます

3. Posted by 磯崎 航平   July 16, 2009 08:55

5 とても感心致しました。

私、躁うつ病者ですが、ご紹介の本の内容とまさしくピッタリと症状(?)が符合します。
薄気味悪い程です。

会社でも企画書・ビジネス文書・メール送信文を自分で納得いくまで練り上げ、満足できると何度も読み返しては一人 悦に入っておりました。(変でしょう?)

これで、自分が「何者なのか」また一つ理解できたように思います。

ありがとうございました。

P.S.
また面白い書籍の紹介・書評、大変楽しみにしております。

4. Posted by Master@ブログの中の人   July 16, 2009 09:12

>>磯崎さん

コメントありがとうございます!!

自分の書評がお役に立てて何よりです。
自分も『なぜ書くのか?』が気になっていたので、この本によって自分を知ることができました。

今後ともよろしくお願いいたします

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