August 15, 2009

行人

行人 (新潮文庫)
行人 (新潮文庫)

キーワード:
 夏目漱石、苦悩、寂寞、心、雲
『こころ』が書かれる直前の作品。以下のようなあらすじとなっている。
学問だけを生きがいとしている一郎は、妻に理解されないばかりでなく、両親や親族からも敬遠されている。孤独に苦しみながらも、我を棄てることができない彼は、妻を愛しながらも、妻を信じることができず、弟・二郎に対する妻の愛情を疑い、弟に自分の妻とひと晩よそで泊まってくれとまで頼む……。「他の心」をつかめなくなった人間の寂寞とした姿を追求して『こころ』につながる作品
(カバーの裏から抜粋)
文豪夏目漱石の作品。夏っぽい選択だとは思うが、『こころ』ほど読みやすいものではない。

僕は、この作品を感覚的にかつ完全に理解できなかった。理解できなかったのは、漱石特有の静寂な文体を把握するのに慣れていない部分も多いが、それ以上にこの物語の主人公、一郎の苦悩を感覚的に理解できなかったからだと思う。

夏目漱石の作品をはじめて読んだのは、高校2年生のときの国語の授業の『こころ』だった。それから、いくつかの作品を読んでみたが、漱石の作品はどれも最初の50ページを読み込むまで、独特の文体に慣れなかった。しっかり読まないと、その情景がまったく思い浮かばないことが多い。読めそうにない漢字はルビがふってあるから、読めないことはない。しかし、淡々と冷静に人間関係が描写されているので、ちょっとでもボーっと他のことを考えていると、たちまちシーンが進んでいってよくわからなくなってしまう。

この作品は、特に一郎とその妻、直、そして弟の二郎を取り巻く人間関係が複雑に描写されている。そのため、25歳という若さで、あまり人間関係を築くのが得意ではない自分、結婚もしていない自分、人生経験の浅い自分が読んでも感覚的に理解できない部分が多かった。

一郎は、学者で、大学で教えているような聡明な男である。しかし、自分の信じるもの以外に対しては、懐疑的で狭量な側面も併せ持つ。そんな一郎は、以下のように人の心がわからなくなっている。
「己は自分の子供を綾成(あや)す事が出来ないばかりじゃない。自分の父や母でさえ綾成す技巧を持っていない。それどころか肝心のわが妻(さい)さえどうしたら綾成せるか未(いま)だに分別が付かないんだ。この年になるまで学問をした御蔭(おかげ)で、そんな技巧を覚える余暇(ひま)がなかった。二郎、ある技巧は、人生を幸福にする為に、どうしても必要と見えるね」
「でも立派な講義さえ出来りゃ、それで凡(すべ)てを償って余(あまり)あるから好(い)いでさあ」
 自分はこう云って、様子次第、退却しようとした。ところが兄は中止する気色を見せなかった。
「己は講義を作るためばかりに生まれた人間じゃない。然し講義を作ったり書物を読んだりする必要があるために肝心の人間らしい心持を人間らしく満足させる事が出来なくなってしまったのだ。でなければ先方(さき)で満足させて呉(く)れる事が出来なくなったのだ」
 自分は兄の言葉の裏に、彼の周囲を呪うように苦々しい或(ある)物を発見した。
(pp.192)
ここが端的に兄の苦悩が表れていると思った。こういう側面が自分にもまったくないとは言い切れないので、この部分を読みながら若干の不安を覚えた。

また、兄一郎が、弟二郎に初めて妻のことについて相談したときに、二郎が以下のように他者の心について示している。
「兄さんに対して僕がこんな事をいうと甚(はなは)だ失礼かもしれませんがね。他(ひと)の心なんて、いくら学問をしたって、研究したって、解りっこないだろうと僕は思うんです。兄さんは僕よりも偉い学者だから固(もと)より其処に気が付いていらっしゃるでしょうけれども、いくら親しい親子だって兄弟だって、心と心は只(ただ)通じているような気持ちがするだけで、実際向かうと此処とは身体が離れている通り心も離れているんだから仕様がないじゃありませんか」
「他(ひと)の心は外から研究は出来る。けれどもその心に為(な)って見る事は出来ない。その位の事なら己だって心得ている積だ」
 兄は吐き出すように、又懶(ものう)そうにこう云った。自分はすぐその後に踉(つ)いた。
「それを超越するのが宗教なんじゃありますまいか。僕なんぞは馬鹿だから仕方がないが、兄さんは何でも能く考える性質(たち)だから……」
「考えるだけで誰が宗教心に近づける。宗教は考えるものじゃない、信じるものだ」
 兄はさも忌々(いまいま)しそうにこう云放った。そうして置いて、「ああ己はどうしても信じられない。どうしても信じられない。ただ考えて、考えて、考えるだけだ。二郎、どうか己を信じられる様にして呉れ」と云った。
(pp.125)
解説を読むと、一郎は漱石自身の苦悩を描写したものだというようなことが示されていた。きっと、この部分がそれにあたると思われる。

そして、最終的には、兄と親しく、旅行に同行したHさんに以下のように云っている。
「死ぬか、気が違うか、それでなければ宗教に入(い)るか。僕の前途にはこの三つのものしかない」
 兄さんは果たしてこう云(い)い出しました。その時兄さんの顔は、寧(むし)ろ絶望の谷に赴く人の様に見えました。
「然し宗教にはどうにも這入(はい)れそうもない。死ぬのも未練に食い留められそうだ。なればまあ気違だな。然し未来の僕はさて置いて、現在の僕は君正気なんだろうかな。もう既にどうかなっているんじゃないかしら。僕は怖くて堪らない」
(pp.357)
この後、兄の独特の宗教観が、Hさんの手紙を通して示されている。そして、兄が救われるには、兄の頭を取り巻いている雲を散らしてやることしかない、とHさんが示している。

400ページ近くもある作品で、読みにくい部分が多いので、読了にかなり時間がかかった。通勤電車の中だけで読んでいたので、1ヶ月くらいもかかった。物語に大きな山場があるわけではないので、淡々と読み進めるしかない。しかし、本当は一気に読み進めるのがいいと思う。少なくとも1週間くらいで読んだほうがいい。それだけの時間をとるのが難しいが。

僕はまだこの作品を感覚的に理解できなくてよかったのかもしれない。特に一郎に共感できすぎると、この先の人生があまりにも生きづらいものになってしまう。けれども、もし結婚して、一郎のような苦悩に陥ったらと思うと、不安でしょうがない。

この本は10年後に読み返す必要がある。10年後は、結婚している可能性が高いので。そのときに、やはり感覚的に理解できないままでいるか、それとも、一郎のようになっているか・・・。

10年後にこの作品を再読して、確かめる必要がありそうだ。

夏目漱石の作品は、人間関係の微妙な距離感を描写しているものが多いので、10代20代じゃ感覚的にわからないなぁ。けれども、他の作品も読んでいきたい。また、もう一度『こころ』を読み返しておこうかな。



行人 (新潮文庫)
行人 (新潮文庫)

読むべき人:
  • 妻が何を考えているかわからない人
  • 学者肌で人間関係を築くのが得意じゃない人
  • 何か苦悩に覆われて生きている人
bana1 夏の文豪作品クリック☆  にほんブログ村 本ブログへ



トラックバックURL

コメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価:  顔   星