August 23, 2009

プリズムの夏

プリズムの夏 (集英社文庫)
プリズムの夏 (集英社文庫)

キーワード:
 関口尚、青春小説、高校3年生、うつ病、救い
著者のデビュー作品となった、青春小説。以下のようなあらすじとなっている。
「わたしはわたしをやめたい。もう消えてしまいたい。」ネットで見つけた、うつ病女性の日記。高3のぼくは、書いているのが片思いの相手・松下さんではないかと疑い始める。映画館で働く美しい彼女にそんな気配はないけど、証拠は積み重なる。死へ向かう、日記の女性が松下さんなら、ぼくは助けたい。どんなに苦しいことがあっても――。ひたむきな想いを描く青春小説。第15回小説すばる新人賞受賞作。
(カバーの裏から抜粋)
夏になると決まって青春小説が読みたくなる。去年、著者の作品をはじめて読んでみたら、すごく心地よい気持ちになれた。そういうこともあって、集英社文庫のナツイチから、本作品を見つけて買って読んだ。あらすじを補足。

主人公、植野は、水戸市に住む割と平凡な、大学受験を控えた高校3年生である。そして、隣のクラスの美男子だが、割りとめんどくさい友人今井と映画館で映画を見る仲にある。ある日、映画館の受付で20代後半に見える、鼻梁が幾分りっぱで美しいが、他人を拒絶している印象を与える松下菜那と出会う。2人は松下さんに好意を抱きつつ映画館に通うが、同時期に見つけたネット上の日記『やめていく日記』に、うつ病で苦しむ女性の存在を知る。松下さんと共通する部分が少しずつ更新されていき、2人は松下さんがその日記の主であるかどうかを確かめながら救おうとするが・・・。6月から始まり、そして夏休みを挟み、9月はじめまでの夏の青春物語。

すぐに物語りに引き込まれて、一気に読んだ。高校生2人と美人だがどこか謎めいている年上の女性の関係がよく描写されていたと思う。2人は松下さんに憧れを抱くが、松下さんと親しくなるのが難しく、さらにはうつ病で苦しんでいるかもしれないと疑念を抱きつつも接するしかない。高校生2人の松下さんを救うことが出来ないもどかしさ、焦燥がよく表されていた。そういう部分に共感できたし、引き込まれていった。

松下さんは、表面的には病んでいるようには見えないが、ネット上の映画の感想と同時に更新されている『やめていく日記』に、自分自身と回りの関係性をどんどんやめていく病的な過程を更新し続けている。以下、最初の日記の一部を抜粋。
 六月十一日
 はじめまして。アンアンといいます。これから日記を書いていこうと思います。わたしたちは毎日何かを得るために生きていると信じ込んで、そしてなにかを得たかのような顔をして生きています。しかしそんなことはないはずです。それどころか毎日なにかを失いながら生きていると思うんです。わたしは気づかないうちに大切なものをなくしているなんて耐えられません。わたしがわたしを失う前に、わたしからやめていこうと思います。この日記はその報告です。すべてをやめたときがこの日記の最後になります。
(pp.45)
すべてをやめたとき、というのは死を想起させる。不定期で更新される松下さんの人間関係のもつれ具合が、痛いほど共感できる部分があった。

ただ、うつ病の描写が少し浅い気がした。本当にうつ病で苦しんでいる人がこの作品を読んだら、どう思うだろうか?こんなのはうつ病じゃないと思うかもしれない。何というか、本当はもっと大変なんじゃないかと思った。僕はうつ病だと診断されたことはないから、細かいところは何とも言えないけど。ただ、そこが唯一この作品で引っかかるところだ。

また、印象に残った箇所を以下に抜粋。
「愛されないという理由だけでここまで精神的に病んでしまうものなのかな」
 ぼくは麻紀のことを心に隠しながら、いきり立った今井を落ち着けるためにやわらかい口調で言った。実際いまの心情はアンアンに同情的だった。「愛されない側の論理」はぼくの胸に深く突き刺さったままだった。愛されたいと望む人を遠ざけた自分が心苦しかった。
(pp.64)
もう一箇所。
救いとはなんだ。救いという言葉は人が人に使えないものなのかもしれない。それならば神様はどこにいるというのか。神様もいないのに、ぼくらがこんなにも松下さんの命を願う祈りに意味があるのか。
(pp.173)
上記は、特に共感できた部分となる。
 
医者による本作品の解説に以下のようなことが示されていた。
 若さとは先を考えて今をセーブしないものなのだ。若さを失なうと人は、エネルギーをためておこうとするようになる。それが一概に悪いとはいえない。セーブしたり計算しないと玉砕してしまうこともあるからだ。しかし、玉砕しても大丈夫な十分な若さがある時期、きちんとエネルギーを出し切らないと素敵な大人にはなれない、と私は思う。エネルギーを出し切ることは、素敵な大人になるための
「通過儀礼」
 ではないだろうか。
 玉砕するのはカッコ悪いし、傷つくものだ。しかしその季節を経て、人ははじめて大人になっていく。
(pp.193)
夏になると決まって青春小説を読みたくなるのは、上記によるところが大きいと思った。もっと若いときに、エネルギーを出し切れなかったんだなぁと思った。いつもどこかで必要以上にセーブしすぎていたんだと思う。だから、『玉砕』できなかった代償行為として、夏になると高校生活を振り返りながら、青春小説を読んでしまうのかもしれない。そして、解説によれば、僕は素敵な大人になれないのかもしれない。

著者の他の作品は、以下がお薦め。『プリズムの夏』よりもおもしろく、引き込まれていき、読了後の爽快感はすばらしかった。かといって、『プリズムの夏』がダメなわけじゃない。『プリズムの夏』もよかったが、『君に舞い降りる白』がすばらしいだけだ。

最後は若干駆け足で終わった感じがした。もう少しエピローグ部分を示してくれたら、高校生2人と年上の松下さんの関係性がより印象深いものとなっていたかもしれない。

恋愛的要素は少なめの作品で、高校生特有の大人になりきれていない部分や、年上の女性に憧れる部分、自分の進路に思い悩む部分、水戸市に近い海沿い、自分を含めた家族や友人、恋人といった人間関係に思い悩む部分などが多く描写されている。

自分の中で、著者は青春小説家のような位置づけとなった。もっと他の作品も読みたい。

高校生だったら、今頃夏休みがあと1週間しかないと寂しい気持ちになっていることだろう。しかし、社会人になると、そもそも青春できる夏休みという概念がほとんどないのが寂しい。



プリズムの夏 (集英社文庫)
プリズムの夏 (集英社文庫)

読むべき人:
  • 夏に高校生活を振り返ってみたい人
  • 年上の女性に憧れた経験を持つ人
  • 救いとは何かを考えてみたい人
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1. すばる  [ たかしの日記 ]   August 24, 2009 05:28

小説すばる新人賞に「未来もの」は好まれないのでしょうか? ノンジャンルの「小説す...

2. プリズムの夏 関口尚  [ 粋な提案 ]   August 10, 2010 00:41

海辺の町。高校生のぼく・植野と親友の話題は、 寂れた映画館の美しく無愛想な受付嬢・松下菜那のことだった。 憧れと現実、情熱と挫折、そ??.

コメント一覧

1. Posted by 磯崎 航平   August 25, 2009 02:17

驚きました。
こんな本があるんですね。しかも「小説すばる新人賞」とはッ!

青春小説は、自分の青春時代が思い出されて、なんとな〜く青臭くて こっ恥ずかしいのと、、どうにも胸がキリキリと痛んで切なくてイケナイので手が出ませんでしたが。。。。。。。これは、躁うつ病者の私にとって大いに興味をそそられる本ですね。

いつも他の書評とは、一味も二味も違った本の選定と書評の確かさに感心しております。
心から応援しておりますので、また面白い本のご紹介、よろしくお願いします。

2. Posted by Master@ブログの中の人   August 25, 2009 07:15

>>磯崎さん

コメントありがとうございます!!

確かに青春小説を読んでいると、自分のことと比較して読み進めるのが辛いときがあります。しかし、それを乗り越えて読み終えたときの心地よさが格別なので、ついつい青春小説を読んでしまいます。(よい作品に限りますが(笑))

>>いつも他の書評とは、一味も二味も違った本の選定と書評の確かさに感心しております。

とおっしゃっていただき、ありがとうございます本当に励みになります

こちらこそ今後ともよろしくお願いいたします!!

3. Posted by 通りすがり   August 27, 2009 09:11

これ読みました
面白かったです

4. Posted by 藍色   August 10, 2010 01:00

こんにちは。同じ本の感想記事を
トラックバックさせていただきました。
この記事にトラックバックいただけたらうれしいです。
お気軽にどうぞ。

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