September 16, 2009

じぶん・この不思議な存在

じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書「ジュネス」)
じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書「ジュネス」)

キーワード:
 鷲田清一、哲学、存在、自分学、相互関係
哲学が専門の教授によって、自分を問うということはどういうことか?が示されている本。以下のような目次となっている。
  1. 爆弾のような問い
  2. じぶんの内とじぶんの外
  3. じぶんに揺さぶりをかける
  4. 他者の他者であるということ
  5. 「顔」を差しだすということ
  6. 死にものとしての「わたし」
(目次から抜粋)
時代背景の変遷によって、「わたしはだれ?」という問いの内容も変わってきている。しかし、その問いそのものは、多くの人がより深く考えるようになったのか、また、その問いはそもそもどういうものなのか、そして、どのように問うべきなのか、さらにこの問いには答えというものがあるのか…。このような「わたしはだれ?」という問いそのものを問い直す内容となっている。

全体像を示すのは若干困難な内容なので、気になった部分を取り上げていくことにする。

いきなり結論。「わたしはだれ?」という問いの答えはないらしい。
 さて、わたしがこの本のなかで伝えたかったことはただ一つ、<わたしはだれ?>という問いに答えはないということだ。とりわけ、その問いをじぶんの内部に向け、そこになにかじぶんだけに固有なものをもとめる場合には。そんなものはどこにもない。じぶんが所有しているものとしてのじぶんの属性のうちにではなくて、だれかある他者にとっての他者のひとりでありえているという、そうしたありかたのなかに、ひとはかろうじてじぶんの存在を見いだすことができるだけだ。問題なのはつねに具体的な「だれか」としての他者、つまりわたしの他者であり、したがって<わたしはだれ?>という問いには一般的な解は存在しないということである。ひとはそれぞれ、じぶんの道で特定の他者に出会うしかない。
(pp.176)
ここを読んだときに、自分を問うということの幅がぐっと広がった気がした。

今年の4月からジョブウェブ主催の自分未来塾(ジョブウェブ 自分未来塾 激動の時代に流されないリーダーの育成のために)で自分学というものを受講していた。ちょうど昨日、全6回の最終講義を終えたわけだが、自分学では自分を哲学するということ、つまり自分を知るということを実践してきた。

自分学を通して考えてきたことは、自分の過去の事象に意味づけをし、そこから自分を深堀していくというものであった。そのプロセスでは、単一の自分のみしか考慮に入れていなかった。講義を終えてそれなりに自分の問いに満足していた矢先に本書を読了してみると、自分学とは違うプロセスが示されていて、新鮮だった。自分自身というものは、他者との関係性の中で規定されるという考えは、今までの自分にはないものであった。

わたしってだれ?や自分自身のことを考えるときに、たいていはその人の属性、たとえば、顔、身長などの身体的特徴、優しさ、気配りなどの性格、はては所属組織といったものに注目しがちである。しかし、それらは誰もが多かれ少なかれ持つ特性であるので、それらの組み合わせによって自分が唯一無二の個性があるという主張は、貧弱な論理であると誰もが気づいている。
 そうだとすると、結局わたしたちにとって、じぶんだけに固有のものとはいったいなんだのだろう。とてもおぼつかなくなってくる。じぶんにはじぶんが特別な存在であるということを確認できるようなものがなにもないと、つい否定的な気分になってくる。
 そのおぼつかなさを感じるからこそ、ひとは「じぶんらしさ」などというあいまいなことばでじぶんを探求しているふりをするのではないだろうか。すくなくとも「じぶん」を探求しつつあるそのじぶんはいるという、デカルトの「われ思う、ゆえにわれ在り」の論理に似たような理屈をこねるのではないだろうか。
 じぶんはだれと問うて、じぶんのなかを探しまわる。そこに困難の理由があるということはないだろうか。
(pp.32)
自分の中に答えはないんだ、ということになる。そこで、他者の他者という視点が重要になってくるようだ。

他者の他者というのは、自分の行為を他者を通して見るということになり、自分と他者との相互関係によって、自分を知るということらしい。そして、最初に示した結論へとたどり着くようだ。

この本は、大学入試などの現代文の問題に出てきそうな内容だと思った。高校生のときにこれを読んでも、きっとさっぱり分からなかった思う。たぶん、問題として出てきても点数を取れなかったと思う。今では、それなりに理解できるようになった。それだけ読解力がついたのだと思う。さすがに何百冊も読んでいて、論理を追えなかったらどうかと思うけどね。

とはいえ、まだ完全に理解していないので、後でもう一回読み返す必要がありそうだ。少なくとも、自分の中には解はないようなので。

自分と他者の関係についてあまり考えたことがなかったので、これからは他者との相互関係を考慮に入れて自分を哲学する必要がありそうだ。

自分未来塾の自分学を通して、自分を知る方法を学んできたが、他にも方法があるのだと分かってよかった。自分を哲学する、というのが今年のテーマであるので、もっと自分を深堀しておきたい。



じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書「ジュネス」)
じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書「ジュネス」)

読むべき人:
  • わたしってだれ?と考えたことがある人
  • 読解力を身につけたい人
  • 自分を哲学したい人
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