October 03, 2009

ねじまき鳥クロニクル

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編 (新潮文庫)ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編 (新潮文庫)
ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)
ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編 (新潮文庫)
ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編 (新潮文庫)

キーワード:
 村上春樹、戦争、喪失、穢れ、復活物語
村上春樹の長編作品。過去発表された作品の中で、一番長い作品。いつもなら、カバーの裏からあらすじを抜粋するが、新潮文庫のカバーの裏は、本文の抜粋となっているので、今回は割愛する。自分であらすじをまとめようと思うが、どうがんばってうまくまとまらないので、やはり省略する。

かわりに、普段は本の読了後に絶対描かないマインドマップを以下に示す。

ねじまき鳥クロニクルマインドマップ

自分のマインドマップがあまりよろしくないというのもあるが、このマインドマップだけで物語の世界観をすべて網羅したことにはならない。いろんな登場人物が現れて、それぞれのしがらみ、生き方、暴力的な喪失、葛藤がこれでもかというくらいに表現されていて、とても1枚では描画しきれない。

この作品は、3部作で合計1,182ページの長編作品となる。著者の作品で、過去最高の長さの物語。シルバーウィークを挟んで、約1週間程度でこの物語を一気に読んだ。

はっきり断言すると、この物語を楽しめない人は人生損しているね、といってもいい。それくらいこの物語は強烈で、おもしろく、そして読了後に自分の中の何かが変えられるような作品である。

物語の中のエピソードが多すぎて、もうどこから書いていけばいいか分からない。それほど、30歳で無職の主人公、岡田亨(おかだとおる)を取り巻く幻想的で曖昧な世界観が繰り広げられていく。

最初は、何気ない現実的な夫婦生活から始まる。妻クミコと2人で暮らしていたが、ある日を境に飼い猫のワタヤ・ノボルが失踪してしまう。クミコからクミコの兄に似ているという理由でつけられた名前の、ワタヤを探し回る岡田亨。そこから、赤い帽子をかぶった占い師が現れ、路地裏の井戸をきっかけに16歳の高校生、笠原メイと出会い、クミコの兄との確執があり、ノモンハン事件の生き残りである本田さんと出会ったりする。

そして突然、ついにはクミコまで失踪して主人公のもとを離れてしまう。岡田亨は、笠原メイ、占い師の妹の加納クレタや軍人である間宮中尉、西新宿の広場で出会ったファッションデザイナー、赤坂ナツメグ、そしてその子供シナモンに助けられながら、妻の失踪の原因を探ろうとする。その過程で、夢と現実の狭間を行ったりきたりし、井戸の中で数日間考えごとをしたり、西新宿の広場のベンチでぼーっと人を眺めたりする。

一方、姿が見えないが、ギイイイイっと鳴きながら、世界のねじを巻くねじまき鳥が、満州帝国時代のノモンハンで確認されたり、モンゴルと満州国の国境で残酷な拷問の回想があったり、間宮中尉の戦争時の捕虜体験が語られたり、ナツメグの父の戦時中の動物園での虐殺などがエピソードとして挿入されている。もう簡単には書き示せないくらいだ。

1ページにわりと文字がぎっしり詰まり、千ページを超える作品で1週間前後で読了できる作品はまず多くない。そこまで文学作品を多く読んできたわけではないが、今まで読んだものでは、この作品と、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』くらいだ。そう、この作品は、きっと『カラマーゾフの兄弟』を意識して書かれているのだろう。

まず物語の構造が似ている。主人公の回りに多数の登場人物が出てきて、それぞれがそれぞれの生き方を語ったり、何か事件があったりする。そういうエピソードの組み合わせで物語が展開していくさまは、よく似ていると思った。実際、以下のような描写がある。
僕は前に一度そこに行ったことがある。それはものすごく大きなコーヒールームだった。もっと何か人目を引くような特別な特徴が必要だろう。しかし僕にはそんな特徴をなにひとつとして思いつくことができなかった。もちろん僕に特徴がないというわけではない。失業していて、『カラマーゾフの兄弟』の兄弟の名前を全部覚えている。でもそんなことはもちろん外見からはわからない。
(pp.69)
また、著者が他のエッセイなどで、今まで読んだ中で最高傑作は『カラマーゾフの兄弟』と示していたので、『カラマーゾフの兄弟』を意識していたのはたぶん間違いないだろう。しかし、物語の分析は、文芸評論家や村上春樹研究者の範疇なので、そちらは専門家にまかせて、自分はあくまで読了後の感想を示しておきたい。著者の長編作品は、最新作の『1Q84』以外すべて読了している。これが最新作以外で唯一残っていた。やはり3部作ということもあり、長編なのでどこかで敬遠していたのだと思う。読むのにどうしても覚悟がいると。

でも、実際に読了してみると、この物語は自分に必要な物語で、きっとこのタイミングで読了したことに意味があるのかなと思った。なぜなら、この物語は、復活の物語であるからだ。

村上春樹作品の多くは、主人公が不条理な目にあったり、暴力的な何かによって喪失を体験する。大抵の作品は、喪失したところで物語が完結し、その後も依然として喪失したままであるようだが、この作品は、喪失してから、その喪失を取り戻す過程や諦観に陥っていない主人公の確固たる意志が示されている。つまり、喪失しっぱなしで終わっていないところが重要なポイントとなる。

主人公の岡田亨は、妻クミコが他の男と浮気して出て行った本当の理由を探りながら、試行錯誤し、最後には夢と現実の狭間でクミコを取り戻そうとバットで戦ったりする。そのプロセスが、とても勇気付けられた。自分もまた、いろいろと現実に喪失を経験しているので、主人公を通して、自分自身の内面が浄化されたような気がした。だから、この物語が自分には必要だったと思う。

著者の他の作品もそうだが、特にこの物語の読了前と、読了後では、自分の内面が変化しているのが分かる。なんというか、人口透析治療のように、自分の血液がすべて一旦外に出されて機械でろ過され、そのきれいになった血が体に戻り、全身を流れているようなイメージに近い。なんとなく世界の見方が変わるというか、自分自身の感覚が研ぎ澄まされるようなものにも近い。

逆に、それほど力のある作品なので、あまりにも感受性が強すぎる人がこれを読むと、物語に共感しすぎて、若干日常生活に支障が出るのではないかなとも思う。どうなるかはうまく言えないけど、なんとなくそんな気がする。だから、ある意味危険な作品でもある。綺麗なことばかりが示されているわけでもないし。本当にどうしようもない暴力が示されている。

村上作品には、主人公に助言する役割の登場人物が出てくることが多い。今回は、主人公の叔父で、レストランを経営している人物だ。その人物の助言が、自分のために書かれているような気がした。以下その部分を抜粋。
 僕はうなずいた。「ずいぶん考えてはいるんですよ。でもいろんなことがものすごく複雑にしっかりと絡み合っていて、ひとつひとつほどいて独立させることができないんです。どうやってほどけばいいのか僕にはわからない」
(pp.312)
自分もこんなような状況に陥っていた。何から手をつけていけばいいか分からないが、それでも何とかしなくてはいけなくて、途方に暮れているという状態。そんな状態に対して、叔父は以下のように助言している。
 叔父は微笑んだ。「それをうまくやるためのコツみたいなのはちゃんとあるんだ。そのコツを知らないから、世の中の大抵の人間は間違った決断をすることになる。そして失敗したあとであれこれ愚痴を言ったり、あるいは他人のせいにしたりする。俺はそんな例を嫌というくらい見てきたし、正直に言ってそういうのを見るのはあまり好きじゃない。だからあえてこういう偉そうな話をするわけだけど、コツというのはね、まずあまり重要じゃないところから片づけていくことなんだよ。つまりAからZまで順番をつけようと思ったら、Aから始めるんじゃなくて、XYZのあたりから始めていくんだよ。お前はものごとがあまりにも複雑に絡み合っていて手がつけられないと言う。でもそれはね、いちばん上からものごとを解決していこうとしているからじゃないかな。何か大事なことを決めようと思ったときはね、まず最初はどうでもいいようなところから始めた方がいい。誰が見てもわかる、誰が考えてもわかる本当に馬鹿みたいなところから始めるんだ。そしてその馬鹿みたいなところにたっぶりと時間をかけるんだ。」
(pp.312)
叔父のセリフは、なんだか著者が自分に助言をしてくれているような気にさせてくれる。誰でもわかる馬鹿みたいな簡単なこと。例えば家の掃除をするとか靴を磨くとか、洗濯物を片付けるとかだろうか。きっとそういうのが重要なんだと思う。

村上作品の多くは、村上ワールドというべき夢と現実の境界線が曖昧な世界観が示されている。本作品では、主人公の夢のシーンであったり、それぞれの登場人物の過去のエピソードであったりする。その曖昧で幻想的な世界観は、現実味があまりない。しかし、現実世界の僕はしっかりそこにいて、パスタを作ったり、ビールを飲んだり、部屋を掃除したり、服をクリーニングに出したり、ベッドで眠ったりという、日常生活を送っている。幻想世界をより際立たせると同時に、主人公のリアルさを損なわないように、そのような現実的な日常生活が細かく描写されているのだと思う。

そういうシーンを読んでいると、ビールを飲んだり、部屋を片付けたり、料理を作ったりといった些細な日常生活がとても重要なことのように思えてくるから不思議だ。どの村上作品を読んでもそういう気にさせられる。そして、それらが受け入れられる人は、パスタやビールが好きになる。

暴力的に損なわれていった場合、きっとそういう普段何気なくやっている日常生活がとても大事で、それによってバランスをとるのだろうねと思った。だから、自分もそういう日常生活をもっと大切にしていくべきなのだと思った。

この物語は、読者を夢と現実の曖昧な世界観に強烈に引き込んでいく。結末もやはり曖昧で、勧善懲悪でものごとをはっきり白黒つけたい人には受け入れがたいものかもしれない。重要な謎解きも、どこか煙に巻かれる印象がある。しかし、この作品はそういうミステリー的なものとして読むのではなく、暴力的に損なわれていった主人公が、それらを取り戻すために奮闘する物語として読むのがいい。主人公の中に自分を見出せば、きっとこの世界観に没入できる。

さて、村上春樹の長編も残すところ、『1Q84』だけとなった。『ねじまき鳥クロニクル』も、1984年の4月から物語が始まっている。ちょうどよいタイミングで読了できたなと思う。また、『1Q84』の続編、つまりBOOK3が出版されることが決まったようだし、そろそろ着手しようかね。また、この読書ブログで過去に取り上げた村上春樹関連の著作は以下となる。ねじまき鳥クロニクル』は、今まで読んだ村上作品のベスト3に入るかな。今のところ。巷では、この作品でノーベル文学賞を受賞するのではないかと噂されている。

この物語を読む場合は、覚悟してお読みください。夜眠れなくなるし、読了前と読了後では、自分が変わってしまう可能性があるので。

久しぶりに熱く書いてしまった。やれやれ、これで自分も完全にハルキストになってしまったな、と思った。



ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)
ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)
著者:村上 春樹
販売元:新潮社
発売日:1997-09
おすすめ度:4.5

ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編 (新潮文庫)
ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編 (新潮文庫)
著者:村上 春樹
販売元:新潮社
発売日:1997-09
おすすめ度:5.0

ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編 (新潮文庫)
ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編 (新潮文庫)
著者:村上 春樹
販売元:新潮社
発売日:1997-09
おすすめ度:4.5

読むべき人:
  • 幻想的で曖昧な物語に没入したい人
  • 長編作品を一気に読む体験をしたい人
  • 暴力的に何かを喪失してしまっている人
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コメント一覧

1. Posted by 磯崎 航平   October 05, 2009 20:03

5 おひさしぶりです。

村上作品に限らず、文学作品系は、私、これまで敢えて避けてきました。
というのも、中学生時代に晩年の夏目漱石や太宰治を読むと、後を引いてしまい、なぜか熱が出てしまっていたので。

この作品、確かに相当"危険"な匂いがしますね。(笑)

しかし、書評を拝見し、多いに興味をそそられてしまいました。

敢えて避けてきた文学作品。感受性の強すぎた少年から、大人になった今の自分だと、どんな反応を示すのか。
ある意味、怖いもの見たさも手伝って、手を出してみるのも面白そうです。

いつもながら、読書欲を掻き立てられる書評。流石です。

2. Posted by Master@ブログの中の人   October 05, 2009 20:19

>>磯崎さん

コメントありがとうございます!!
熱く記事を書いたのに、誰もコメントしてくれなかったらどうしようかと思ってました(笑)

感受性が強すぎたのを御自覚されているのなら、無理なさらずに

まぁ、純粋におもしろい作品なので、お薦めします!!

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