May 04, 2012

辺境・近境

辺境・近境 (新潮文庫)
辺境・近境 (新潮文庫)

キーワード:
 村上春樹、旅行記、ノモンハン、うどん、疲弊
小説家、村上春樹の旅行記。カバーの裏には以下のように示されている。
久しぶりにリュックを肩にかけた。「うん、これだよ、この感じなんだ」めざすはモンゴル草原、北米横断、砂埃舞うメキシコの町…。NY郊外の超豪華コッ テージに圧倒され、無人の島・からす島では虫の大群の大襲撃!旅の最後は震災に見舞われた故郷・神戸。ご存じ、写真のエイゾー君と、讃岐のディープなうど ん紀行には、安西水丸画伯も飛び入り、ムラカミの旅は続きます。
(カバーの裏から抜粋)
目次としては以下のような章立てとなっている。
  • イースト・ハンプトン―作家たちの静かな聖地
  • 無人島・からす島の秘密
  • メキシコ大旅行
  • 讃岐・超ディープうどん紀行
  • ノモンハンの鉄の墓場
  • アメリカ大陸を横断しよう
  • 神戸まで歩く
本書は、西新宿のブックファーストで、『ビジネス書出版社社員が選ぶ、新入社員のときに読んでおきたかった本』というフェアで手に入れた。そして、ニューカレドニア旅行時に持って行き、少しずつ読んで、帰国後、昨日読み終えた。

やぁ、君、これはすごく良い本だったよ。今年読んだ本の中でダントツで一番だよ!!(本書で今年の10冊目なのだけどね(笑))

内容的には著者とカメラマンの松村君という人や、イラストレーターの安西水丸先生などと一緒に旅に出る。たいていは松村君と二人なのだけど。

場所はアメリカのイースト・ハンプトンから瀬戸内海の無人島、3日間うどんづくしの香川県とか『ねじまき鳥クロニクル』の一部舞台となったノモンハン、そしてアメリカ大陸を北経由で車で横断したり、震災後2年たった著者の地元である神戸を歩いたりと幅広い内容となっている。ページ分量がそれぞれバラバラなのだけど、どれもそこに行った気になれるし、村上春樹独自の視点、体験を通して世界が見えてくる。著者の旅行記はあんまり読んだことはなかったけど、これはとても面白く、新たな視点、考え方が得られた。

本書を読み始める直前というのは、初めての海外旅行ということで、不安と期待が入り混じったような状況だった。一人旅だったので、どちらかというと不安のほうが大きかったのだと思う。しかし、飛行機のチェックインまでかなり時間があり、成田空港のタリーズでこれを読んでいたら、なるほど、旅の本質はそういうことなのかとわかって、不安が薄らいでいった。

著者はメキシコでリュックを担いで旅行中、メガネケースとかジーンズとかトラベラーズチェックなどさまざまなものを知らないうちに紛失していった。そしてそれを自然の摂理の宿命として受け入れ、メキシコという国そのものも受け入れていく過程で、以下のような悟りの境地に至ったようだ。
僕をしてそういう諦観にいたらしめるプロセスこそが、僕という人間を疲弊させるさまざまなものごとを、自然なるものとして黙々と受容していくようになる段階こそが、僕にとっての旅行の本質なのであるまいか、と。
(pp.86)
旅とはめんどくさいことや予期せぬことの連続なのだなと、出発前になんとなくわかった。そして、以下のように続く。
何故わざわざ僕はメキシコにまで疲弊を求めてやってこなくてはならないのか?「何故かといえば」と僕は答えるだろう、「そのような疲弊はメキシコでしか手に入らない種類の疲弊だからです。ここに来ないことには、ここに来てここの空気を吸って、ここの土地を足で踏まないことには手に入れることのできない種類の疲弊だからです。そしてそのような疲弊を重ねるごとに、僕は少しずつメキシコという国に近づいていくような気がするのです」と。
(pp.87)
ここを読んで、不安が大幅に減少した。著者のメキシコ旅行を見ていると、まぁ、貧乏旅行の分類に入るもので、でこぼこ道を車で走るのはしんどいし、なぜかメキシコのバスは異常なほどの音量の音楽が鳴っていていたりして、うんざりするようなものらしい。さらには、武装強盗に襲われる危険性もあったようだ。それでもこのような疲弊に旅の本質があるのだと。

僕が旅に対して抱いていた不安は、ちゃんと目的地にたどり着けるか?とか、レストランで自分が望んだものを食べられるか?とか、危険な目に合わないかしら?とかそういうものだった。けれど、ツアーで申し込んで割と治安のよいとされる国に行くのだから、著者のようなうんざりしたり危険な状況に遭遇することはないだろうと楽観的になれた気がした。実際行ってみると、妄想していたような不安は特に何も起こらなかった。

とはいえ、ニューカレドニア旅行中に、著者の体験したほどではないけれど、しんどさとか疲弊は確かに少なからず感じた。エコノミークラスの狭くて異常に硬く感じるシートに8時間半以上座りながら、太ももの裏が痛くなって夜な夜な微妙に眠れなかったり、紫外線が日本の4, 5倍高いのに、ヌメア市内を一日中歩き回ってみたり、離島に行くためにそれなりに早起きしなくてはならなかったり、カジノでスロットをするときに意思疎通で微妙にしくじったり、おいしいと感じていたフレンチが、量が多すぎて次第に拷問のように感じたり・・・。

でもその程度の疲弊感ではあったけど、実際に初めての南の島の透き通る青い海を目前にして、あぁ、ここに来て本当によかったなぁと思った。ネットや写真、本、テレビなどを通していては得られない、そういう疲弊のプロセスを経ないと感じられない、圧倒的なリアルがそこにあるんだと実感した。これが旅なんだなと、実体験と本書を通してよく分かった。本書の内容についていろいろと紹介したいのだけど、それは読んでからのお楽しみ。いろいろと思いがけず、なるほど!!とたくさん線を引いたのだけど、最後に1ヶ所引用しておく。
でも僕にはうまく表現できないのだけれど、どんなに遠くまで行っても、いや遠くに行けば行くほど、僕らがそこで発見するものはただの僕ら自身でしかないんじゃないかという気がする。狼も、臼砲弾も、停電の薄暗闇の中の戦争博物館も、結局はみんな僕自身の一部でしかなかったのではないか、それらは僕によって発見されるのを、そこでじっと待っていただけなのではないだろうかと。
(pp.230)
初めての海外旅行から帰ってきて感じたことは、著者も本書で示すように、旅で自分の内面などが劇的に変わることはないのだなということだった。自分探しの旅で世界を回る、という人もいるだろうけど、自分を新発見するというのはないのだなと。もともとすでにあった自分を違う側面から『再発見する』、という表現がしっくりくるような気がした。

著者の長編小説は『風の歌を聴け』から『1Q84』まですべて読了済みで、それらの作品に深みと不思議なリアリティを持たせている要因というのは、若いころからの世界を巡る旅行経験によるものだろうと本書を読んで実感した。世界の捉え方、感じ方、空気、そこでの疲弊を伴った実体験。それらの原体験が作品の根底にあるような気がする。

本書は海外旅行中にお守りのように持ち歩いていた。ホテルで寝る前にもちょっと読んだりもした。

DSC09289

黄金週間中にどこにも行けなくても、この本片手にバドワイザーなどのビール瓶(ビール以外の酒はたぶん本書に合わない)を片手に読むのがいいかもしれない。たとえ近境でも、旅に出たような気分にさせてくれることは間違いない。



辺境・近境 (新潮文庫)
辺境・近境 (新潮文庫)
著者:村上 春樹
販売元:新潮社
(2000-05)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 黄金週間中に遠出しない人
  • 海外旅行に行こうと思っている人
  • 旅の本質について考えてみたい人
Amazon.co.jpで『村上春樹』の他の作品を見る

bana1 健全な疲弊クリック☆  にほんブログ村 本ブログへ



トラックバックURL

コメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価:  顔   星