June 30, 2012

遠い太鼓

遠い太鼓 (講談社文庫)
遠い太鼓 (講談社文庫)

キーワード:
 村上春樹、旅行記、ギリシャ、イタリア、出会い
村上春樹が親しい人々に手紙を書き送るような気持ちで書いた旅行記。目次は長いので省略して、本書の概要を示しておこう。

本書は村上春樹が長い旅に出たいと思い、1986年から1989年までの3年間、37歳から40歳になるまでにギリシャ、イタリアなどの各地に移り住みながら小説を書き、その仕事の合間に書かれた旅行スケッチをベースに加筆したりしてまとめられた本となる。それはそのときの気分であったり、個人的な楽しみのためでもあったり、文章的エクササイズを目的としたものもあるし、断片的に雑誌に掲載されたものもある。

やぁ、君、この本は今年読んだ中で一番かもしれないよ!!前にも同じようなことを書いたけど(笑)、それと甲乙つけたがいね。村上春樹は、日本にいたままでは何かが失われてしまうのではないかと思い、長い旅に出たいという気持ちになったようだ。
 そう、ある日突然、僕はどうしても長い旅に出たくなったのだ。
 それは旅に出る理由としては理想的であるように僕には思える。シンプルで、説得力を持っている。そして何事をもジェネライズしてはいない。
 ある朝目が覚めて、ふと耳を澄ませると、何処か遠くから太鼓の音が聞こえてきた。ずっと遠くの場所から、ずっと遠くの時間から、その太鼓の音は響いてきた。とても微かに。そしてその音を聞いているうちに、僕はどうしても長い旅に出たくなったのだ。
 それでいいではないか。遠い太鼓が聞こえたのだ。今となっては、それが僕を旅行に駆り立てた唯一のまっとうな理由であるように思える。
(pp.18-19)
そうして、奥さんと二人でローマ、アテネ、スペッツェス島、ミコノス、クレタ島、ヘルシンキ、ロンドン、ハルキ島、オーストリアなど各地を転々としていった。その間に長編である『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』の2作、短編である『TVピープル』1作を書き上げられたようだ。

本書を語る切り口は様々に挙げられる。一つは純粋にヨーロッパの旅行記として。もう一つの側面は、作家がどのように小説を書いているかといった部分に関して。

旅行記としてみると、これは間違いなくギリシャやイタリアなどヨーロッパの各地に旅に出たくなる。奥さんと二人でいろいろなところに移り住みながら出会った人たち、おいしい食事やワインなどのお酒の話、そこの街の特徴、人種の話、出会ったトラブルなどなど実にさまざま。自分も一緒に旅をしているような感覚になってくる。

例えば村上春樹によると、イタリアというのはとてもいろんなことがいい加減に物事が進むようで、イタリアの国の特徴を40字以内で定義せよと言われたら、『首相が毎年替わり、人々が大声で喋りながら食事をし、郵便制度が極端に遅れた国』と答えるらしい。どうも送った郵便が届く保証がないらしい。だから大切な小説原稿をイタリアから送るということはせずに、ロンドンで送ったという話があった。

あとはイタリアでは盗難が多くて、自動車内のカーステレオを取り外して持ち歩かなくてはいけないとか、実際奥さんがバックをひったくられたとか、レストランの食事中にバックを狙われたとか。物乞いも多くて、虚弱な少年が物乞いをしていたと思ったら、実はそれが演技だと分かってびっくりしたとか。でも田舎のワインはとてもおいしかったりとか、イタリアと一口に言っても都市ごとに歴史的背景が違っていて、特徴が実に違っているらしい。

逆にギリシャは割と人種的には勤勉な人が多く、子供も家の仕事の手伝いをしっかりしているとか。また、なんとかもうまく物事をこなそうという意思はあるけど、すこし事態が込み入ってくると収拾がつかなくなって、ある場合には怒り始めたり、またある場合には落ち込んだりして、イタリア人とは正反対とか。

また、しょっちゅう何かが故障している印象があるらしく、ホテルのクローゼットの鍵とか乗ったバスとか。クレタ島の田舎のホテルに泊まった時はお湯が出なかったりといろいろなトラブルが起こっている。それでもバスで移動中にいったん停車して、バスの運転手が小さな村の家で作られた自家製ワインとチーズを持ってきて、それを飲んでみたら信じられないくらい美味しかったとか。

それぞれの国、地域で村上春樹が出会った人々や出来事がたくさん綴られていて、なんだか長い小説を読んでいるようになってくる。これはとても面白かった。イタリアにはちょっと行きたくなくなるなぁと思いつつも、怖いもの見たさで行ってみたいという気にもなるし、夏のギリシャはとても魅力的に書かれていて、ざひ行ってみたいなと思う。そういうこともあって、最近職場近くのギリシャ料理店で食事してみたりもした。今はギリシャは経済危機に陥っているけど、そこのギリシャ料理はそれとは関係なく美味しかった(あたりまえだけど)。

他には、個人的に思い入れがあり、10年前、本格的に読書にはまるきっかけとなった『ノルウェイの森』が書かれた経緯が分かってよかった。ここは村上春樹の作家論みたいな部分で、とても興味深く読めた。『ノルウェイの森』はギリシャのミコノス島で書かれ始め、大学ノートに万年筆でぎっしりと手書きで書いたらしい。
その頃にはその小説が書きたくて、僕のからだはどうしようもなくむずむずしていた。からだが言葉を求めてからからに乾いていた。そこまで自分のからだを「持っていく」こといちばん大事なのだ。長い小説というのはそれくらいぎりぎりに持っていかないと書けない。マラソン・レースと同じで、ここに来るまでの調整に失敗すると長丁場で息がつづかなくなる。
 この小説はのちに『ノルウェイの森』になるわけだが、このときにはまだタイトルもついていない。四百字詰めで三百枚か三百五十枚くらいのさらっとした小説にしようというくらいの軽い気持ちで書き始めたのだが、百枚くらい書いたところで「こりゃ駄目だ、とても三百、四百じゃ終わらない」とわかった。以来翌年(一九八七年)の四月まで、シシリー、ローマと移動しながらの小説漬けの生活にのめり込んでいくことになる。結局出来上がった小説は九百枚だった。
(pp.161-162)
そして1987年の3月7日のローマで『ノルウェイの森』は完成したようだ。そのときの日記に「すごく良い」と書いていたらしい。その翌日から第二稿として、ノートやらレターペーパーに書いた原稿を頭からボールペンで書き直していく作業が始まったようだ。これはずっと激しい肉体労働であると書いてあって、そんなものなのかと思った。結果的にこの作品は現在まで日本における発行部数1000万部を突破することになる。しかし、1988年に日本に一時帰国したときに、知らない間に有名人になっており、どこにも自分の場所がみつけられなくて、どうしようもなく切なく感じていたようだ。そして、ひどく孤独になったような感じがして、さらに自分が多くの人々に憎まれ嫌われているようにも感じられたようだ。そんなものなのかなと。作家もいろいろと大変だねと思った。

この本を読んでいると、いろんな国に行って料理を食べて見たくなるし、ワインとかお酒も飲みたくなってくる。そんなこともあって、ちょっとBarでこの本を読んでいたらちょっとした出会いがあった。Barカウンターで隣に座っていた女性に『遠い太鼓おもしろいですか?』と話しかけられ、それから漫画とか『ノルウェイの森』の高級官僚を目指す永沢さんの話とか、映画の話とかいろいろと会話が弾んだ。

帰り際にこれはチャンスと思って自然と連絡先を交換することができた。しかし、2通目のメールの返信が来なかったので、その場限りの出会いだったのだろう。本書で村上春樹がいろんな人に出会って別れていくように、この出会いも一期一会のような不思議な体験として自分の人生の中での印象的な記憶として残っていくのかなと思った。人生そのものが旅みたいなもので、その過程でまたいろんな出会いがあるだろうし。

文庫で570ページもの分量があるのだけど、すごく面白くて読み進めるのが若干惜しいくらい。これ1冊で1ヵ月は余裕で楽しめる。通勤時間に読んだりカフェで読んだり、家でまったり読んだりしてもどこでも旅に出た気分になれる。Barで読んだりすると不思議な出会いがあるかもしれないしね。

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いろんな意味でとても印象的な本だった。この本との出会いもまた必然みたいな感じだったように思える。



遠い太鼓 (講談社文庫)
遠い太鼓 (講談社文庫)
著者:村上 春樹
販売元:講談社
(1993-04-05)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 旅行が好きな人
  • 小説家を目指している人
  • 不思議な出会いを体験したい人
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