December 31, 2013

悪い娘の悪戯

キーワード:
 バルガス=リョサ、悪い娘、よい子、友情、愛
ペルー出身のノーベル文学賞作家による恋愛小説。あらすじの代わりに目次を示しておく。
  1. 第一章 チリからやってきた少女たち
  2. 第二章 孤高のゲリラ兵
  3. 第三章 スインギング・ロンドン、馬の肖像画家
  4. 第四章 シャトー・メグルのタルジュマン
  5. 第五章 声をなくした男の子
  6. 第六章 防波堤造りの名人、アルキメデス
  7. 第七章 ラバピエスのマルチェラ
(目次から抜粋)
先に結論を示しておこう。本当に面白くてかつ読後の心地よさは最高だった。稀有な作品で、今年読んだ中で断然No.1で、そして今まで読んだ小説の中でもベスト5には確実に入るだろう圧倒的なスゴ本だ!!

バルガス=リョサはペルー出身のノーベル文学賞作家で、今年『緑の家』を読んだ。『緑の家』は特殊な物語構造もあって、正直いまいち没頭できなかったし、わけが分からず消化不良に終わった。しかし、本作品は恋愛小説で、割と読みやすく、あらすじもそんなに難しくない。大雑把に単純化するなら、一人の男が15歳のときに出会った女に惚れて、一生その女を愛しながら裏切られ、苦しめられ、翻弄されていくというお話。ただそれだけの話なのだけど、圧倒的な物語の深さ、そして愛が描かれていた。

7章構成となっており、それぞれの時代と舞台が異なっている。1章は1950年代のペルー、主人公リカルドは15歳で、のちにニーニャ・マラ(スペイン語で『悪い娘』の意)の愛称を持つようになる少女、リリーと出会う。

2章は1960年代前半のパリで、カストロによるキューバ革命に触発されてペルーにも社会主義的な革命を起こそうとする友人が出てくる。そこで、かつて惚れた少女リリーが同志アルレッテと名前を変えた状態で主人公(30歳くらい)の前に現れる。

3章は1960年代の後半のロンドンで、主人公は35歳くらいとなっている。かつての同郷の友人がロンドンの競馬界で競走馬の画家として活躍するいっぽう、自分の元を離れ去ったあの女が上流階級の婦人の座に納まっている。また名前を変えて。

4章は1970年代の東京が舞台。またしても主人公リカルド(38歳)から去った女を追いかけて、通訳の仕事仲間を通して東京に向かう。4章のタイトルとなっているのは『シャトー・メグル』と呼ばれる名のラブホテルのことで、『タルジュマン』は古代アラブ語で”仲介者”という意味。かつての女は日本人になりすまし、ヤクザの愛人になっている。

5章は再びフランスはパリ。4章から約2年後。タイトルは、自分の家のアパートの隣人である、夫婦の養子がしゃべれない男の子を示す。もうかつての女を愛するのは辞めたと決意し、かかってくる電話も無視していたはずなのにまた出会ってしまう。偽造パスポートを持ち、身分が安定しない状態で。

6章は80年代初めのペルー。主人公は40代後半で、そこで魔術的な力で防波堤の設定場所を探り当てる老人と出会う。

7章は80年代半ばのスペインのラバピエスという都市で、主人公は54歳くらい。かつて愛した女は・・・・。

各章で何がどうなったかは、もちろん詳しくは書けない。各章で共通しているのは、主人公リカルドが一人の女に病気のように惚れているのだけど、『ニーニャ・マラ(スペイン語で「悪い女」の意)』という愛称で呼ばれるその女は決して主人公の愛の言葉にも本気で受け止めず、一度も主人公のことを『愛している』は言わず(しかし肉体関係は終始ある)、ある日突然主人公の目の前から姿を消して金のある上流階級の男に鞍替えしている。そのたびに主人公は深く傷つき、苦しみ、もう二度とあんな女など相手にするものか!!この対処法には通訳の仕事に没頭するしかないと忙しい日々を過ごす。そして忘れたころにまたふとそのニーニャ・マラに出会ってしまう。トラブルを引き連れて。

主人公はニーニャ・マラとは間逆で、夢はパリで平穏に暮らすことという、これといった野望もない平凡な男である。しかし、ニーニャ・マラへの愛は一生変わらず、一途で時折ニーニャ・マラに対してくさい愛の言葉をささやいてもいる。その言葉にまんざらでもないでもないニーニャ・マラは、主人公のことを『ニーニョ・ブエノ(スペイン語で「よい子ちゃん」)』の愛称で呼ぶ。何度もだまされて、裏切られるたびに、もう目を覚ませと自問自答し、愛情よりも憎しみが増していくが、それでも悪戯っぽい笑顔を持ち、濃いハチミツ色をしたからかうような瞳を持ち、東洋人の血が少し混じった、そして美しいニーニャ・マラを想い続ける主人公に胸を打たれる。

この作品のすごさはもちろんその主人公の一途な恋愛的な部分なのだけど、やはり各章の舞台と時代の描写がスゴいに尽きる。大体の都市は著者が実際に暮らしたことのある都市らしく、その時代の背景がリアルに描き出されている。特に著者の出身地のペルーに対する憂いのようなものは終始主人公のおじさんの視点を通して描かれているような気がした。この時代背景の描写の部分だけでも本当に秀逸で、勉強になる。実在の文化人、著名人、政治家の名前、文学作品や哲学書も随所にリアリティを伴って出てくる。

また、本作品のテーマは『愛』であることは間違いなく、同時に『友情』も描かれている。各章が独立した短編小説のような構成で、主人公とニーニャ・マラは変わらず出てくるが、それ以外の登場人物は主人公の友人として章ごとに異なって出現する。その友人たちは主人公を翻弄するニーニャ・マラとは違い、主人公の助けになってくれたりする。そういう視点を通して、各章が上質な短編小説のようにも読める。

政治不安定で軍部が政治を掌握しつつあるペルーから脱出するようにパリに移り住み、通訳、翻訳家として近隣諸国を飛びまわりつつ仕事をするが、どこかで自分はよそ者に過ぎないと思っており、友人とニーニャ・マラと出会いと別れを繰り返しながら15歳から60歳くらいまで年をとっていく。どこか孤独な根無し草のようで、狂った愛に走る主人公は果たして愚か者だろうか?それでも、一人の女を心底惚れぬいた男の一生は、ある意味幸せだったのではなかろうか?と思った。この作品には一人の男の愛の一生が描かれていた。

本書は誰かにお勧めされたものではなかった。たまたま今年の秋ごろに西新宿のブックファーストでラテンアメリカ文学フェアをやっているところで発見した。そのときに『緑の家』は読了済みで、バルガス=リョサの作品が他にも何冊か置いてあった。カバーの絵は『ユリシーズに杯を差し出すキルケ』という作品らしく、ハードカバーで400ページ超の分厚い作品だ。値段をみると2,800円で、買うのはかなり躊躇した。『緑の家』が分かりにくかったというのもあったので。

Amazonでの評価を確認し、タイトルと帯にあった『壮大なラブストーリー』の文句に惹かれて、背伸びし、自分を鼓舞するように買って積んでおいた。そして、年末年始の読書として世界観が広がるもの、人生を考えられるものを読みたいと思って、なんとなくこの作品を読み始めたら、当たりだった。いや、『当たり』という表現は的を射ていない。『僕は、本屋で光り輝く黄金を掘り当てたのだ』と。

Amazonの在庫は現在では残り2冊らしい。大型書店に行ってもこの作品は置いてある可能性は低い。初版は2012年と去年なのだけど、よほど海外文学、とりわけラテン文学に注力を入れている本棚を持つ書店に行かないと手に入らないかもしれない。もし見つけたら(もちろんAmazon経由でもいいのだけど)、すぐに買って積読することなく以下の一文から始まる物語を読んでほしい。
 今振り返っても、あんなにいかした極上の夏はなかったな。
(pp.6)
読み始めたらページがとまらなくなるだろう。そして徹夜するかもしれない。ラストシーンで感動のあまり涙を流す人もいるかもしれない(カフェで読んでいてからこらえたけど)。主人公ニーニョ・ブエノに自分を投射するもよし、ニーニャ・マラの悪女っぷりに翻弄されるもよし、とにかくこの本を読んでくれ!!と声高に勧めたい圧倒的なスゴ本だった。



悪い娘の悪戯
マリオ・バルガス=リョサ
作品社
2011-12-23

読むべき人:
  • 壮大な恋愛小説を読みたい人
  • 悪女の自覚のある人
  • 一人の女を思い続けている人
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