January 27, 2014

【雑感】Age++、そして30歳へ

1月27日、今日は僕の誕生日である。30歳になった。

30歳。十の位が一つ上がった。年齢一桁から10代になるのは、よく覚えていないし、20歳になるときは、酒が飲めるのだという認識でしかなかった。しかし、30歳はやはり意識が異なってくる。

30歳という年齢に関して、かつて以下の本を取り上げた。作家の保坂和志のエッセイで、「三十歳までなんか生きるな」というのは、著者が大学進学をする前あたりに、年齢とともに自分の考えることが、十代の自分から軽蔑されるような人間になっていくことを恐れて、「三十歳までなんか生きるな」という言葉を紙に書いて壁に貼り付けようとしていたらしい。そして、最後には自分が30歳になるなんて思ってもなかったよと示している。

このブログが始まった22歳、社会人になったばかりのころは、いろいろとどん底状態だったので、自分が30歳まで生きられないのではないかと不安と絶望を感じて、未来がないのだと勝手に思い込んでいた。当時発覚した腎臓病の持病がどんどん悪化して30歳ころには人工透析になっていて、最悪死んでいるんじゃないかと思っていたときもあった。でもそれは幸い杞憂に終わった。今でも治るわけではない持病ではあり、当時よりちょっと血液検査の結果がよろしくないけど、それでも人工透析になるほどではなく、ましては死ぬような重症でもない。

しかし、それでも30歳までに死にかけるというか、死を意識することはよくあった。それは別に自殺衝動というものではなく、単に2008年の3月ごろに食中毒になり、吐き下しで意識が朦朧とし(しかも持病の薬の副作用で感染症で重症化するから特に気をつけろと医者に言われていたのもあり)、初めてリアルな自分の死を体感した。また、2011年3月11日の東日本大震災はやはり多くの人の死を間接的に目の当たりをするに当たり、人は何がきっかけで死ぬかは分からないのだと思った。つまり、平均寿命が80歳くらいの国に生きていても、平均など何の意味もない、30歳を迎える前に死ぬ可能性も少なからずあったということだ。

高校生とか大学生のころに昔思い描いていた自分の30歳のイメージ像とリアルな現状の30歳を比べてみると、なんだかパッとしないなという感じだな。もっと仕事がバリバリできているのだと思っていたし、20代後半で結婚している想定だった。言うまでもなく、そんな結婚などとてもハードルが高いイベントだと思いつつ今婚活中でw仕事も持病の影響もあったりで、思うようにアクセル全開で働けなかったりもして、もどかしい思いもした。

特に30歳になるまでの20代を振り返ってみると、ずっと病んでいたなと思う。大学3年生くらいのときから持病の兆候があったり、社会人になるときに発覚した時にはついでに肺も病んでいたと知らされた(肺は特に重病でもなく、すぐに完治した)。腎臓病を患うと腎臓での窒素化合物などの不純物を完全に消化しきれなくなり、それが老廃物として血液中に残って、尿毒症となってしまう。なので、その不純物がたくさん出ないようにたんぱく質が高い肉、魚、卵、また塩分を抑えるという食事療法が必要になる。

社会人になった22歳の時から食生活や生活リズムを強制的に変えられてしまった。食事というのは毎日のエネルギー摂取だけではなく、会食、旅行、飲み会などいろいろとお楽しみイベントにも付随するもので、持病発覚当初は、そういうものが今後全くできないのだと思い込んでいた。どこにも旅行に行けず、誰とも満足に食事も楽しめないのだと。

しかし、それもなんとかなった。できないというのは思い込みに過ぎなかった。なんとかリスクを越えて海外旅行にも行ったし、いろんな人と出会って飲み会なども参加できた(もちろんある程度は気を使ってその場でも食べすぎないようにはしているけど、完全には食事制限は難しく、若干体に負担を強いているのは間違いないが・・・)。

どうしても30歳という年齢を迎えると、不安と焦りのようなものが多いのは確か。自分の仕事で会社でもそこまで評価が高くないし、この仕事をずっと続けて良いものかとか、持病があったりして、いつまで健全に働けるのだろうかとか、結婚できないんじゃないか?とか、母親が実家で1人住んでいる状況で(兄は東京で1人暮らし、父は22歳後に死別)、自分は東京で生活していていいものか?などなど、不安や課題の種は尽きることはない。また、思い描いていた未来像と現実は全然違って、できなかったことばかりに目が行ってしまう。

それでも、まずは純粋に30歳まで生きられたことに喜びを感じて、感謝の意を表したいと思う。ここまで一人ではまず生きられなかった。いろんな人に支えられてきたと思う。リアルで自分を知っている人、そうでない人も含めて、改めて、ありがとうございます。

できなかったこともたくさんあるけど、自分が意識していないだけで、思った以上にできていることもあるはず。まずはこのブログがこんなに続くとは思ってもいなかったし。8年で700冊以上読んで書きながらどう生きるか?を考えたし、映画もたくさん見たし、英語の勉強もしたし、システム開発業のイロハもそれなりに習得したし、コーチングを通して徹底的に自問自答したし、またいろんな人と出会って、友達もたくさんできた。何もしてこなかったわけではない。30歳を迎える準備もちゃんと少なからずやっていた。

孔子曰く、『三十にして立ち』と示している。また、個人的には村上春樹がどこかで書いていたように、30歳成人説を支持したい。一部のプロスポーツ選手などは、20代でトップランクにいる人もいたりする。しかし、大多数の人は何がやりたいかもわからず、例え分かっていても、できているわけではないかもしれない。いろんなことにチャレンジしながら試行錯誤して自分を見出していく期間が20代なんじゃないかと。そして、本当にやりたいこと分かってきて、それを実行するための経験値や知識などが備わってくるのが30歳くらいからなんじゃないかと思っている。

自分の人生で言えば、10代は自分がよく分からず、気づいたら何となく終わっていた。20代はいろいろと翻弄されてしまったけど、30歳以降をよりよく生きるための土台作りだった。今まではなんとなく生きてきて、序章のようなもので、これからが本編の始まりなんじゃないかと思っている。もちろん、30歳からの人生のためにこれまでを犠牲にしてきたというわけではない。結果的にそうなってしまった部分もあるけど、これから本当に自分の人生を生きられるような、そんな境地。年齢を重ねる不安もあるけど、どこかで30歳になることを待ち望んでいたという側面もある。

そして30代でやりたいこともたくさんやって、一番楽しめて充実した10年、つまり、人生の黄金期としたい。



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