February 23, 2014

タタール人の砂漠

キーワード:
 ディーノ・ブッツァーティ、砂漠、待つ、時間、人生
20世紀イタリアを代表する作家による小説。以下のようなあらすじとなっている。
辺境の砦でいつ来襲するともわからない敵を待ちながら、緊張と不安の中で青春を浪費する将校ジョヴァンニ・ドローゴ――。神秘的、幻想的な作風で、カフカの再来と称され、二十世紀の現代イタリア文学に独自の位置を占める作家ディーノ・ブッツァーティ(1906―72)の代表作にして、二十世紀幻想文学の世界的古典。
(カバーのそでから抜粋)
Dainさんのスゴ本経由でこの本の存在を知り、売り切れてしまう前に急いで書店で買った。若い人こそ読んで欲しいが、分からないかも。』と評されており、最近30歳になった自分にはどう感じるのだろうか?という部分を確認してみたいというのもあって読んだ。もう、30歳なのか?それともまだ30歳なのか?のどちらか。

読中、読了後に率直に感じたことは、やはりまだそこまで自分のこととしてリアルな絶望感のようなものはそんなにないなと思った。つまり、まだ30歳ではないか!?と安堵の気持ちもある。

しかし、自分の人生が失敗と敗北に終わり、何も起こらなかった、という失望とともにただ病んだまま、そして孤独にバッドエンドを迎える未来像を想像して恐ろしくなった。単調な日常の繰り返しに慣れてしまい、何かが起こることを期待しているままに人生の大切な時期をやり過ごしてしまい、主人公、ドローゴのように後悔とともに臨終を迎えてしまうような人生だけは全力で回避しなくては!!、という危機感のようなものが芽生えた。

物語の初めのほうの主人公は若く、タタール人が攻めてくるかもしれないという砂漠を監視する砦に勤務することになる。そこでは単調な何もない砂漠の監視、非番時のカードゲーム、たまに村に行って村娘に会いに行ったりなどの毎日の繰り返しだけの生活を続けるが、砦の兵士全員が期待している敵の襲来は待っていてもいっこうに起こらない。主人公は敵の襲来という幻想にとりつかれて、出られたはずの砦にずっと残り続けてじっと何年も待っているという状況。

物語の中で特に大きな事件があるわけではないのだけど、読みながら、もしかしたら本当に主人公の境遇のような、将来起こり得る自分の未来像を想像していくうちに、澄んだ水に落ちる一滴の墨汁が徐々に広がって灰色に滲んでいくように、自分の内面に少しずつ不安が侵食していく。

この物語の教訓的なものは、一言でいえば、『待つな、自ら動け』としか言いようがない。ただ毎日の単調な繰り返しを過ごし、何か自分から違う行動を働きかけたりしない限り、ある日突然仕事で成功したとか、どこかで運命的な出会いがあったとか、言葉で言い表せない絶景を見たとか、何かに心を強く動かされるような感動を味わったというようなことなどは、過去の自分の経験から鑑みても、まずない、ということだ。

だから受動的ではいけない、自分から能動的に行動していかなくては、本質的には自分の人生をよりよく生きたことにはならない、さもなくば、主人公と同じように失望とともに人生を無為に過ごすだけだ、ということになる。

20歳前後で読んだ場合は何も感じなかったかもしれない。30歳で読めたことを幸運ととらえて、40歳以上になって再読した時に絶望しないようにしたい。そして、また10年後に自分を試すんだ。能動的に生きたかどうかを。



タタール人の砂漠 (岩波文庫)
ブッツァーティ
岩波書店
2013-04-17

読むべき人:
  • 受動的な人
  • RPGが好きな人
  • 意義のある人生を送りたい人
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