May 04, 2014

暁の寺

キーワード:
 三島由紀夫、タイ、インド、阿頼耶識、思想
豊饒の海シリーズ第三巻。以下のようなあらすじとなっている。
<悲恋>と<自刃>に立ち会ってきた本多には、もはや若き力も無垢の情念も残されてはいなかった。彼はタイで、自分は日本人の生れ変りだ、自分の本当の故郷は日本だと訴える幼い姫に出会った……。認識の不毛に疲れた男と、純粋な肉体としての女との間に架けられた壮麗な猥雑の世界への橋――神秘思想とエロティシズムの迷宮で生の源泉を大胆に探る『豊饒の海』第三巻。
(カバーの裏から抜粋)
第三巻は第一部と二部に分かれている。一部は1941年から1945年という戦争まっただ中で、本多がタイで8歳になる月光姫、ジン・ジャンと出会う。ジン・ジャンは、勲の生まれ変わりであることを自覚しており、本多にお礼も言わずに自刃してしまったことに謝罪の気持ちも持ち合わせている。その幼いジン・ジャンの謁見の間に、インドのベレナスに旅行に行き、輪廻思想の見識を深める。

第二部は1947年で、本多は明治期に成立した法律に則り、土地所有権の弁護により30億円ほどの成功報酬を手に入れ、別荘を建てるまでの富裕層になる。18歳になったジン・ジャンと再開するが、ジン・ジャンは転生の記憶はすっかり失っており、本多はジン・ジャンに転生のあかしである清顕、勲の左の脇腹にあった三つのほくろがあるかどうかを確かめるために、別荘にプールを作り、さらには自分の書斎から隣室を覗けるようにのぞき穴まで準備している・・・。

第三巻の主人公は、間違いなく本多である。それまでは、清顕、勲の友人、助力する弁護人であったりし、転生する主人公を傍観するしかなかった存在だった。しかし、第三巻では、本多には妻もいるが、タイで見た神話の女神の彫像のような容貌になったジン・ジャンに魅了されていき、次第に恋慕の情がわき始める。純粋な恋愛感情とは異なった、耽溺するような感情。そういう初老の男の少女に対する思惑がエロティシズムとして描かれている反面、どこか理解できない部分があった。

また、第一部で本多の輪廻転生をめぐる思索が、仏教思想からギリシャ神話までにわたり、途中でよく分からなくなっていった。特に阿頼耶識などの唯識思想が数ページにわたって展開されている。詳細は、本作品についても触れられているので、以下を参照。『春の雪』、『奔馬』は若い主人公の純粋さと行動、それを取り巻く登場人物の思惑に魅了されたのだが、第三巻はそれらがあまりなく、よさがいまいち分からないまま読了した。前二巻は魅力的で鍵になる登場人物が多く出てきたが、本作品ではどこか軽薄な人物が多く、本多とジン・ジャン以外の人物が特に際立っているようなこともなかった。

また、初老の男にでもなると、少女に特別な(もちろん本多はジン・ジャンが清顕、勲の転生の結果であることを知っているから、特別視するのだけど)、純粋な恋愛感情とも異なるものを抱くのだろうか?と思った。

カバーの裏にある『エロティシズム』とあるが、そこまでのものは描かれていなかったようではあるが、以下の部分に出くわしたとき、思わず蛍光ペンで線を引いた。
知らないということが、そもそもエロティシズムの第一条件であるならば、エロティシズムの極致は、永遠の不可知にしかない筈だ。すなわち「死」に。
(pp.264)
僕は、この部分に三島由紀夫の思想の収斂を見た。

第三巻は、もう少し年齢を重ねてから読むと本質がわかるのかも知れないなと思った。




読むべき人:
  • タイ、インドに行ったことがある人
  • 仏教思想に関心がある人
  • 60歳くらいの初老の男
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