February 08, 2015

タイガーズ・ワイフ

キーワード:
 テア・オブレヒト、トラ、祖父、戦争、死
幻想的な小説。以下のようなあらすじとなっている。
紛争の繰り返される土地で苦闘する若き女医のもとに、祖父が亡くなったという知らせが届く。やはり医師だった祖父は、病を隠して家を離れ、辺境の小さな町で人生を終えたのだという。祖父は何を求めて旅をしていたのか?答えを探す彼女の前に現れた二つの物語―自分は死なないと嘯き、祖父に賭けを挑んだ“不死身の男”の話、そして爆撃された動物園から抜け出したトラと心を通わせ、“トラの嫁”と呼ばれたろうあの少女の話。事実とも幻想ともつかない二つの物語は、語られることのなかった祖父の人生を浮き彫りにしていく―。史上最年少でオレンジ賞を受賞した若きセルビア系女性作家による、驚異のデビュー長篇。全米図書賞最終候補作。
(そでから抜粋。)
今年は図書館で世界文学を主に借りて読もうと思っていた。なので、また近所の徒歩15分ほどの一見しょぼい図書館に行って、ふらふらとアメリカ文学コーナーを眺めていた。そしたら本書のタイトルが目に付いた。直訳すると『トラの嫁』。ほう、と興味をまずそそられた。次に表紙のイラストに惹かれ、著者が1985年生まれで僕より年下の女性であり、最後にあらすじを読んで幻想的な感じがしたので、何の前提知識もなく借りて読んでみた。

舞台はバルカン半島のある国(著者の出自から今はもうすでにない旧ユーゴスラビア国と推測される)で、主人公は22歳ほどの女医、ナタリアである。同じく友人である女医のゾラとともに隣国のある村の孤児院での予防接種のボランディアに出かけた途中に、祖母から祖父の死を知らされる。かつて祖父から聞かされていた幻想的な話、死にたくても死ねない『不死身の男』と祖父との長い関係、祖父の生まれ故郷のガリーナ村で遠くの動物園から脱走してきたトラが村の少女に懐き、その少女『トラの嫁』と9歳ほどの祖父との関係、また祖父が死んだ地でのナタリアの聞き込みにより、祖父の人生、そしてバルカン半島の紛争状況が多層的に判明していく。

最初のほうに感じたのは、描写が繊細、緻密でスゴいなと。慣れるまでは冗長な気もするが、次第にそれが著者独特の文体、リズムとなってなじんでくる。そしたら幻想的なお話もリアリティを伴って、まるで自分もそこにいてその光景を見ているような感覚にもなる。どうしても著者が25歳で本書を書いた(しかも400項近くの長編デビュー作!!)というバイアスがかかって、高評価になりがちだが、それでも読了後には年齢の先入観をとっぱらってもこれはスゴいと思った。そしてその静謐な文体を損なうこともなく、違和感なく読める翻訳もまたスゴい。

次は物語構成もよい。『不死身の男』と『トラの嫁』の話は直交していない。それでも祖父と祖父を取り巻く当時の人間たち、例えばガリーナ村での『トラの嫁』のかつての夫で弦楽器演奏家だったが肉屋となったルカ、ルカを懐疑的に見ていた不細工だが村民から信頼を得ている薬屋、またトラを狩るためにやってきたクマ狩りのプロフェッショナルであるダリーシャなどなどが、それぞれの生い立ちやそこに至るまでのエピソードが人物像に肉付けされ、祖父の生きてきた世界が間接的につながっていき、次第に明らかになっていく。物語の視点もそれに伴って、現代のナタリアの視点から幼い祖父の視点(祖父の回顧)であったり、各主要人物の視点に章ごとに移り変わっていく。

やはり文体も構成力も25歳のデビュー作でここまで書けるものか!?と感嘆させられるのは間違いない。謝辞に2年ほど執筆していたとあるから、23歳くらいから書き始めているようだ。ものすごい才能としか言いようがない。著者自身、セルビアからカイロ、そしてアメリカに移住してきた経緯があって、このような作品が書けたのだろうと思うが、それにしてもスゴい。16歳でUCLAに入学、20歳でコーネル大学大学院創作科に入学しているから才女であることは間違いない。なんというか、世界は広い!!と実感した。

テーマとしては、死者と向き合うこと、というようなものがあったと思う。それが『不死身の男』の死神のような、そして死者をあちら側に弔うような義務、儀式、宗教的で超自然的な形で描写されていた。死は突然に訪れて、残されたこちら側の人たちは、遺品やかつての当事者のエピソードからその人が語らなかった物語を人づてで追って別の側面を知る、と言う部分があるのだと思う。もちろん、今生きている人だってすべて人に語りたいことばかりではないという側面もあるけどね。語りたくないこと、語れないことはたくさんある。

また、トラやクマやトキ、オオカミ、キツネなどいろいろな動物も出てきて、それが幻想性をより増している。

伝承や口承によるエピソードが重層的に示されており、訳者あとがきには『マジックリアリズムの系譜に連なる現代の作家であることは間違いない』と示されている。読了後に言われて改めて、なるほど、そうだなと思った。読んでいるときはそこまで意識がなかったけど。一つ前に読んだ『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』は典型的なマジックリアリズム作品だったけど。現代アメリカ文学は依然としてマジックリアリズムが流行なのかな。

読んでいる途中はめちゃくちゃ面白いという作品ではない。ただ静謐で繊細、緻密で不思議で幻想的な読後感が残り、もう1回最初から読んで正確に物語構成を把握したいと思わされるような、そんなタイプのスゴ本だったと思う。それにしても図書館で適当に選んだ本がスゴ本であるというのは、ハンター×ハンターのヨークシンシティで『凝』によって掘り出し物を探し当てるような感覚だなと思ったwこれまでの経験値によって、タイトルやあらすじから直観的にスゴ本の匂いがわかるのかもしれない。

ちなみに、読了までに結構時間がかかるので、買って読むのをお勧めする。新潮クレストブックはページの手触りもよいし、フォントもとても読みやすく、上質な小説を読んでいると実感できるし。表紙のイラストもよいのが多い。本書は幻想的で動物がたくさん出てきて、戦争や死について考えたい人にはお勧めの作品。




読むべき人:
  • 幻想的な作品が読みたい人
  • 動物が好きな人
  • 死について考えてみたい人
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