April 09, 2015

甘美なる作戦

キーワード:
 イアン・マキューアン、スパイ、冷戦、小説家、ラブレター
英国スパイ小説。以下のようなあらすじとなっている。
英国国教会主教の娘として生まれたセリーナは、ケンブリッジ大学の数学科に進むが、成績はいまひとつ。大好きな小説を読みふける学生時代を過ごし、やがて恋仲になった教授に導かれるように、諜報機関に入所する。当初は地味な事務仕事を担当していた彼女に、ある日意外な指令が下る。スウィート・トゥース作戦―文化工作のために作家を支援するというのが彼女の任務だった。素姓を偽って作家に接近した彼女は、いつしか彼と愛し合うようになる。だが、ついに彼女の正体が露見する日が訪れた―。諜報機関をめぐる実在の出来事や、著者自身の過去の作品をも織り込みながら展開する、ユニークで野心的な恋愛小説。
(本書のそでから抜粋)
007を筆頭としたスパイもの映画が好きで、小説もいろいろと開拓していこうと思っていた。この前読んだ『BRUTUSの読書入門』で角田光代が本書を読んでいるとあって、気になるので買ってみた。買う前はイアン・マキューアンの作品は未読だったわけで、たまたま図書館に同著者のスパイ小説を発見し、そちらを先に読んでいた。こちらはエログロな感じだったが、本書は幸いにもグロい描写はまったくなかった。

本書の主人公のセリーナは金髪の美しい女性でMI5所属であるが、オフィスで書類整理や調べものをする給料も少ない下級事務職員であり、特にスパイとしての才能や経験があるわけでもない。たまたま文学好きであったことから、反共産党的な作品を書いている作家の文化工作のためのSweet Tooth作戦に抜擢され、創作資金の援助対象の同世代の作家、トムと出会い、恋におちるが、自身がMI5所属のスパイである身分は隠さなくてはいけないという状況になるというお話。

スパイ小説というと、ジェームズ・ボンドのようにMI6所属で海外を飛び回り、格闘、銃撃戦、カーチェイスなどのアクションや敵との相手を皮肉った駆け引きの会話、裏切り、黒幕の正体がわかるまでのサスペンス要素などが盛り込まれたエンタメ作品のようなものをイメージしがちである。しかし、本作の主人公はMI5所属(MI6は外務省管轄で主に海外で作戦を実行する組織だが、MI5は英国国内の治安維持を目的とした情報機関)であるが、大企業の一般職のような仕事についており、Sweet Toothの作戦も地味な文化支援なので、一般的にイメージしがちなスパイ活動とは程遠い。

イアン・マキューアンの文体は、一文一文は気取った比喩表現もないが、同じシーンの描写が若干冗長に感じられる。そしてスパイものにありがちなサスペンスやアクションもほぼ皆無で、美しいセリーナとトムの情事も繰り返し描写されて、少し辟易しているところに、トムの習作ともいえる短編がメタフィクションとしていくつか提示され、それに対して品評を行うセリーナがあり、一向に物語の山場が見えてこない。二人に対しての感情移入もあまりできず、そのため1日1章以上夢中に読み進めることもできなかったので、後半に入るにつれて気の抜けた炭酸飲料のような退屈なスパイ小説ではずれ作品だと思っていた。最終章を読むまでは。

22章構成からなる本書であるが、最終章、その最後の数ページを読み終えたとき、Sweet Tooth(直訳すると「甘党」で原題にもなっている)作戦の意味が分かり、そしてこの作品の書き出しをもう一度読み返してみた後、上質なスイーツを食べたときのように口元が緩み、心地よい余韻がしばらく残った。また、Sweet Toothを『甘美なる作戦』(「甘美」の意味はここを参照)と訳されているのも秀逸だと思った。

また、本書に出てくるメタフィクションとしての短編作品はイアン・マキューアン自身の未発表作品や既刊作品が取り込まれているらしい。そしてセリーナと恋仲になる作家であるトムの視点での小説の作成過程、思考状態、小説論などもとても興味深く読めるし、70年代の東西冷戦下の世界情勢、イギリスの置かれた状況などもスパイ作品らしく読めてよい。

最後の最後がとても印象的で、読んでよかったと思った。男性作家による主人公、セリーナとトムの関係(スパイと小説家という立場を除いたとしても)の描写はなんだか現実味がない気もする。女性がこの作品を読んで、僕と同じように心地よい読後感が得られるのだろうか?と思ったので、誰かためしに読んでみてほしい。

一気に読み進められるような作品ではないのだけど、がんばって最後まで読み切ってほしい。読み切った暁には、甘美で心地よい余韻を得られるはずだから。そして、また今度暇なときに読み返してみようと思う作品だった。



甘美なる作戦 (新潮クレスト・ブックス)
イアン マキューアン
新潮社
2014-09-30

読むべき人:
  • 恋愛小説が好きな人
  • 小説家志望の人
  • 心地よい余韻に浸りたい人
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