February 21, 2016

越境

キーワード:
 コーマック・マッカーシー、メキシコ、旅、世界、運命
メキシコを舞台とした青春小説。以下のようなあらすじとなっている。
十六歳のビリーは、家畜を襲っていた牝狼を罠で捕らえた。いまや近隣で狼は珍しく、メキシコから越境してきたに違いない。父の指示には反するものの、彼は傷つきながらも気高い狼を故郷の山に帰してやりたいとの強い衝動を感じた。そして彼は、家族には何も告げずに、牝狼を連れて不法に国境を越えてしまう。長い旅路の果てに底なしの哀しみが待ち受けているとも知らず―孤高の巨匠が描き上げる、美しく残酷な青春小説。
(カバーの裏から抜粋)
この作品は『国境三部作』と呼ばれるものの2作目で、前作はちょうど2年ほど前に読了していた。前作もとても美しく素晴らしい作品であったが、本作品も前作に劣らず、むしろ超えるような作品である。

舞台は1940年初めのアメリカニューメキシコ州で、牧場で父と母、弟と暮らす16歳のビリーが主人公である。牧場近くにメキシコからやってきた狼を捕らえるために近所の狩の名人のところに罠を借りて、身ごもった牝狼を格闘の末捕獲する。本来ならば狼は処分してしまう予定だったが、ふとその狼をメキシコに戻そうと思い、一人で馬に乗り、山を越えてメキシコに不法侵入する。

メキシコでは狼は商売の道具になるらしく、狼を狙うやつらがいたりするので、道行く人には犬だと言ってごまかしていくが、結局メキシコの警察署長たちといざこざがあって、狼が奪われて見世物にされてしまう。それまでの旅路で狼に対する愛着のようなものもあったので、それを阻止しようと奮闘するが、望んだ結果が得られず、結局アメリカの家に戻ることになる。

そして家に戻ってみると、いろんなことが変わってしまっており、14歳の弟のボイドと盗まれてしまった馬たちを探しに2度目の越境を経て、またメキシコに渡る。いろいろな街や村を二人で馬に乗りながら渡り歩き、野宿をしたり、村人の施しを受けたりし、馬を探し当てるが、馬の所有権を主張するやつらとの対峙を迫られる。

3度目の越境は、ビリーが20歳になったころで、今度は弟を探す旅になる。道中に立ち寄った村で、ビリーの待ち受ける運命について不吉な予感を告げる女と出会う・・・。

個人的な現状は相当暇で、時間が有り余っているのだけど、読了には2ヶ月以上かかった。それだけ長かった。1回に読める量は多くて数十ページ。コーマック・マッカーシー独特の1文の句読点が少ない文章とあまり抑揚のない短い会話が間に挟まり、道中の描写が淡々と続き、物語の起伏もあまりない。この文体に慣れずに表面的な物語のあらすじだけを追っていると、退屈さに挫折するかもしれない。

しかし、ある程度読み進められると、この作品のスゴさがだんだんと分かってくる。まずは圧倒的な美しい情景描写である。これは前作の『すべての美しい馬』も同様であった。どちらかというと、前作のほうがロマンス要素が含まれているので、その要素に対しての優美で印象的なシーンがある。『越境』はロマンス要素がなく、とても残酷な物語であるのできらびやかな美しさはないが、描写の美しさが一級品であることは間違いない。

なんというか、印象派の風景絵画が並ぶ美術館に足を踏み入れたような感覚だった。どの風景画にもビリーや躍動する馬、捕らえた狼、砂埃がまう干煉瓦で作られたメキシコの街並み、星空が降り注ぐ静寂な平原などが、ただただ美しく感嘆するようなものが一貫して描かれている。そしてその風景画にあたかも自分が取り込まれてそこに立っているような感覚に陥っていた。いろんな小説を読んできたが、ここまでの一級の芸術品のような描写は他にないのではないかというほどだった。

旅の道中でいろんな人と出会い、村の人から食べ物を分けてもらったりもするし、ビリーの運命を占いのように予感する人物もいたり、対立するやつらとも遭遇し、ジプシーとの対話もあり、また主人公のビリーが10代という少年期ということもあって、様々な体験を通して内面的に成長していく過程が描かれているビルドゥングスロマンのようでもある。ただ、ビリーの待ち受ける苦難が美しい描写とは対照的にあまりにも残酷である。

ビリーは16歳くらいにしては前作の主人公同様に大人びており、感情の起伏も抑えているようで、達観してさえいる。対照的に弟のボイドは無鉄砲というか、自分の子供っぽさを脱却してビリーに認められたくて少し無茶をしたりするが、兄のビリーから見れば馬の扱い方もうまく、頭もよいとある。兄の弟想いの様子が短い会話の連続でよく描かれている。

また、ビリーの達観した様子が示されており、特に共感した部分を引用しておこう。
人の一生が初めからどこかの本に書き込まれているのだろうと毎日毎日かたちづくられていくのだろうと同じことだ、なぜなら現実はただひとつ、それを生きていくだけのことだからだ。人が自分の人生をかたちづくっていくというのは本当だが人がたったひとつの形しか持てないというのも本当だ、ほかの形もあり得たといってもどうやってそれが分かるのか?
(pp.593)
ここはビリーの言葉であり、すでに起こってしまったことに対しては何も変えられないのだから、すべて受け入れるという境地のように受け取れる。そしてその対話の相手であるジプシーの男、キハーダは、ビリーの「人の行く末がどうなるかなんて分からないもんですね。」に対して以下のように答えている。
行く末がどうなるか分かるとしたら、それでも生きていこうとする人間などいるだろうか?よく人はこの先何が待ち構えているのかなどという。しかし待ち構えているものなど何もありはしない。今日という日は今日までに起こったことで出来あがっている。毎日新しく現れるものを見て世界それ自身が驚いているはずだ。たぶん神様だって驚いているだろう。
(pp.607)
ビリーの行動が直接的な要因ではないのだが、4年間の旅路の果てに大切なものが損なわれていき、10代の少年が受ける苦難にしてはあまりにも残酷な結末を迎える。しかし、コーマック・マッカーシーはそれでも苦難を乗り越えて生きろ、と暗に示しているような気がした。

魔の山』のようなビルドゥングスロマン的な小説は、読者の年齢が主人公の年齢と同じくらいの時に読むのが一番よい。『越境』であれば、16歳から20歳くらいが適当な年齢だ。ただ、高校生でこの作品に出会う人は少ないだろうし、かなり長いし、抽象的な論議も多く、最後まで読むのは難しいかもしれない。また、時間的にも精神的にも余裕がないと、緻密で豊饒な描写をゆっくり脳内で想像はできないかもしれない。よって、この作品の理想的な読書期間は、大学1,2年生の旅行に行くほどの金はあまりないかもしれないが、時間だけはたくさんある暇な夏休みが一番だ。

その時期に読んでおけば、これから自分自身のリアル人生で待ち受ける苦難に対しての精神的な防波堤の役割を果たしてくれるだろう。そしてまた何年かして大人になってから読み返すと、また違った感じ方、自身の成長を実感できるのではないかと思う。かといって、ある程度の年齢を重ねてから初めて読むことになったとしても、この作品のスゴさが損なわれるということは決してない。そして、焦らずにゆっくりと、1文1文を絵画を鑑賞するように読んでほしい。

この2ヶ月は、時間に余裕があったがどこにも旅行にも行かず(単に金欠で行けないというのもあるけれど)、この本を紐解くたびに、ずっとメキシコを馬とともに旅をしていたようだった。その長い旅がようやく終わり、3月から新たな転機を迎え、これから待ち受ける様々な出来事に対してもすべて受け入れる準備ができたような気がした。

この作品を最後まで読了できるということは、ある意味僥倖に巡り合うようなもので、それほどの傑作であり、スゴ本だった。

運命に翻弄される10代の主人公というテーマ性もあり、豊穣で美しい世界に取り込まれ、長い旅路の果てにあなたはビリーとなって、世界と対峙して涙を流すだろう。



越境 (ハヤカワepi文庫)
コーマック・マッカーシー
早川書房
2009-09-10

読むべき人:
  • 美しく長い旅を体験したい人
  • 弟がいる兄である人
  • 困難に立ち向かいたい人
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