文学作品

September 22, 2016

遺失物管理所

キーワード:
 ジークフリート・レンツ、遺失物、鉄道、暴走族、仕事
ドイツの小説。以下のようなあらすじとなっている。
婚約指輪を列車のなかに忘れた若い女性があれば、大道芸に使うナイフを忘れた旅芸人がいる。入れ歯が、僧服が、そして現金を縫い込まれた不審な人形が見つかる。舞台は北ドイツの大きな駅の遺失物管理所。巨匠レンツが、温かく繊細な筆致で数々の人間ドラマを描き出す、待望の新作長篇。
(カバーのそでから抜粋)
主人公は24歳の青年で、ドイツの鉄道会社の末端の部署、遺失物管理所に新たに配属になった。そこでは列車内で忘れられた遺失物が届けられ、管理されている。遺失物管理所の棚には無数の傘やスーツケース、人形、僧服、入歯まで様々なものが管理されている。主人公ヘンリーはどこか空気が読めない言動をしがちだったりで、同僚の既婚女性に好意を抱きつつも、訪れる遺失物管理所の人たちとのやり取りで少し普通とは違う対応をしてしまう。

例えば、大道芸人が小道具を忘れてそれを引き取りに来たときは、持ち主であることを証明してもらうために自分を的にして投げナイフをやらせてみたり、スーツケースの落とし主の荷物の中身をチェックし、そこにあった履歴書からその人物が若くして博士を取得していることに関心を持ち、持ち主のところに届けに行ったりする。その博士はロシアの地方の村からやってきたパシキュール人で、その人物との交流が始まったりする。

特に際立った物語の起伏があるわけでもなく、事件らしい事件もない。取得物から大きなドラマが始まるでもなく、どちらかというとあまり出世欲がなく、ここで定年を迎えられたらいいなと考えている主人公とその姉バーバラや交流のある博士、同僚とのやり取りがほとんどである。主人公があまり空気を読まないような感じで若干違和感があり、最初は変な奴だと思うけど、正義感や友情を大切にする人物として描写されていて後半は好人物のように思えた。

物を落としたりどこかに忘れてきたということはほとんどないので、実際の遺失物管理所がどういうところなのかはわからない。しかし、社会の末端のような職場のお話しなのだけど、そこに集められる遺失物が読む人にとっての何か暗喩のようなものを感じられるかもしれない。

割と時間的にも精神的にも余裕がないとあまり読めないかもしれない。読んでいて若干眠気を誘うし、お話としてはとりわけ面白いわけでもないし。それでも不思議と最後まで読めた。



遺失物管理所 (新潮クレスト・ブックス)
ジークフリート・レンツ
新潮社
2005-01-26

読むべき人:
  • 遺失物管理所に行ったことがある人
  • 出世欲がない若い人
  • 忘れ物がある人
Amazon.co.jpで『ジークフリート・レンツ』の他の作品を見る

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September 03, 2016

逃亡のSAS特務員

キーワード:
 クリス・ライアン、SAS、特殊部隊、アルカイダ、停電
特殊部隊ものの冒険アクション小説。以下のようなあらすじとなっている。
SAS隊員ジョシュ・ハーディングは、アリゾナの砂漠で銃弾を受け、意識を失って倒れていた。そばには射殺された少年が横たわっていた。ジョシュは美しい女性ケイトに助けられる。が、彼の記憶はすべて失われていた。しかも追跡者が次々と迫ってくる。折りしも世界の大都市で大規模な停電が続発していた。追っ手と闘いながら徐々に記憶を取り戻していく彼は、やがて驚くべき真相を知る!謎に満ちた会心の冒険アクション。
(カバーの裏から抜粋)
主人公はイギリスのSAS所属の兵士で、アルカイダの重要指名手配犯暗殺の任務を負っていた。しかし、上司の命令によりアルカイダの指名手配犯の狙撃に失敗してしまう。そのあと舞台は変わり、アリゾナの砂漠で首と足を撃たれたて記憶が飛んでいる状態で目が覚めて、世界ではテロ犯によると思われる停電が起きていた!!という状況。

ハリウッドアクション的で割と疾走感のある内容。アリゾナ砂漠を激走するバイクとマスタングのカーチェイスあり、ヘリで追撃されるシーンもあり、荒野のカウボーイのように撃ち合うシーンもあり、手製の釘入り火炎瓶の爆発もありでページがすらすらと進む。

拷問シーンがあって、結構えぐいというか、残虐ではないけど、リアルだなと思った。殴る蹴るは序の口で電気攻め、毒蛇にかませる、ナイフで刺すなど痛々しい。主人公はSASの兵士ということもあり、拷問に耐えるための講義を事前に受けていて、その説明があった。一部抜粋。
五つの数えを、頭に叩き込んでおく。まず、”精神的な根城”を持たなければならない。絶望し、暗い気持ちになるのを避けることはできない。そういうときに逃げ込む心のなかの隠れ家だ。つぎに、”集中できる言葉”を持つ。お祈りでも詩でもいい。一日を切り抜けるためにすがりつくものが必要だ。痛みに耐えるには、見えないものを心のなかで映像化する”視覚化”を用いる。たとえば、痛みをどこかに蹴とばしてしまえるサッカーのボールに見立てる。ありとあらゆる妄想や想像力を駆使し、逃避できるような幻想の世界を創りあげる。また”魔法の箱”も作らないといけない。自分の心以外の場所に、恐怖、不安、苦痛をしまいこんでしまうのだ。
(pp.281)
まるで著者がこの講義を受けたような感じでもある。このリアルさは著者自身がSAS隊員だったことによる。冒険小説の主人公並みの経歴だなと思う。

あと、拷問講義の講師のよって最後に重要な言葉が示されている。それも引用。
「自分が生きる目的や理由を持たなければならない。それがなかったら、痛みに耐え抜くことはできない。」
(pp.282)
拷問ではなくとも、普通の生活でもしんどい状況に陥ることがある。その時はこの言葉を思い出そう。

特殊部隊ものが割と好きで映画とかもよく見ている。小説はあまり読んでなかったので、読んでみると楽しめた。また、特殊部隊ものを読むと、自分も強くなったような妄想とともにモチベーションが少しだけ上がる気がする。



逃亡のSAS特務員 (ハヤカワ文庫NV)
クリス ライアン
早川書房
2006-12

読むべき人:
  • 特殊部隊ものが好きな人
  • ハッキングものが好きな人
  • 拷問に耐え抜く知恵が必要な人
Amazon.co.jpで『クリス・ライアン』の他の作品を見る

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August 20, 2016

WORLD WAR Z

WORLD WAR Z〈上〉 (文春文庫)WORLD WAR Z〈下〉 (文春文庫)

キーワード:
 マックス・ブルックス、ゾンビ、戦争、政治、群像劇
映画にもなった原作小説。以下のようなあらすじとなっている。
中国で発生した謎の疫病―それが発端だった。急死したのちに凶暴化して甦る患者たち。中央アジア、ブラジル、南ア…疫病は急速に拡がり、ついにアウトブレイクする。アメリカ、ロシア、日本…世界を覆いつくす死者の軍勢に、人類はいかに立ち向かうのか。未曾有のスケールのパニック・スペクタクル。大作映画化。
(上巻のカバーの裏から抜粋)
死者の大軍を前にアメリカ軍は大敗北を喫し、インド=パキスタン国境は炎上、日本は狭い国土からの脱出を決めた。兵士、政治家、主婦、オタク、潜水艦乗り、スパイ…戦場と化した陸で、海で、人々はそれぞれに勇気を振り絞り、この危機に立ち向かう。「世界Z大戦」と呼ばれる人類史上最大の戦い。本書はその記録である。
(下巻のカバーの裏から抜粋)
ときどき、1か月周期ごとにゾンビに追われるような夢を見る。ゾンビそのものはそこまでリアルではないのだけど、ゾンビらしき人間ではない何かに追われて不安になってうなされる夢。何かにとりつかれているように。そんな体質?なのだから、ゾンビ物にはどこか惹かれるものがある。

最初のゾンビの出会いは何だったろうか?小学校低学年ごろに見た『バタリアン』だったろうか?それからいろいろとゾンビ物映画を見たり、ゲーム(といっても『バイオハザード』は初期1,2だけだったり、最近だと『The Last Of Us Remasterd』)し、最近の漫画なら『アイ・アム・ヒーロー』を読んだり、アメリカドラマの『ウォーキングデッド』シリーズにドはまりしているという状況。しかし、ふと振り返ってみると、ゾンビ物の小説は読んだことがなかった。

以前2chのまとめスレか何かで映画化されたこの原作本がよいという情報を得ていたし、たまたま図書館で発見したので、借りて読んだ。

Amazonのレビューで『問題は、「麦茶だと思って飲んだらウイスキーだった」という違和感にある。』と評されているが、まさにそんな感じだった。特定の主人公はおらず、ゾンビパニックものの定番である、ホームセンターでの籠城もなく、なめた行動をとったヤンキー的な奴が速攻で食われるという感じでもなくw、お色気担当的な女性キャラも出てこない。

ネタバレではないけれど、これは人類が遭遇した『世界ゾンビ大戦』で生き残った人たちのインタビュー集という形をとっている。様々な国の様々な立場の人たちが、ゾンビパニックの終結間近で過去の惨状を振り返り、自分たちがその時どういう状況にあって、どのように行動し、生き残ってきて、大戦を振り返って何を思っているか?という内容である。

様々な登場人物として、最初に中国の地図にも載ってないような山奥でおそらく最初のゾンビ感染者を診た医者であったり、ブラジルの心臓移植手術の外科医が感染の瞬間を目撃したり(中国からの合法、違法な臓器移植で世界中に感染が広がる!!)、アメリカの女性空軍パイロットが掃討作戦時に飛行機墜落後に無事にパラシュートで脱出後のサバイバルであったり、京都の引きこもりコンピュータオタク少年が命からがらマンションのベランダ伝いに脱出したり、全面戦争時の軍隊所属の兵士だったり、CIAの長官的な立場の人だったり、ゾンビ大戦に人々を勇気づけるために映画を撮っていたアメリカの青年などなどが出てくる。また、北朝鮮が独裁国家で常に管理体制があったのでゾンビパニックに意外に対応できてたとかいろいろな各国の特性を活かした逸話がさも本当にあったかのように語られている。

やはり本作品は単純なゾンビパニックものという感じではない。国家が崩壊していく様子があったり、パニック下の国同士の利害関係が描かれていたり、各国がゾンビパニックにどう対処していくか、そしてゾンビと相対していった各個人たちはどうなっていくのか?(精神的に壊れて肉体的には感染していないが突如ゾンビのようにふるまう人や、軍人たちが突如自殺に走ったり)などがそれぞれの個人を通して軍事、政治的、群像劇的、有機的に描かれている。本質的なテーマはゾンビよりもタイトル通り『戦争』がぴったりな気がする。ただし、敵は不眠不休で痛みも疲労も知らず、ただ捕食しようと跋扈している不死の奴らというのが大きな違いだが。

そしてよくここまで有機的、網羅的にかつリアルに感じさせる世界情勢を描いているなと思う。京都が舞台の日本のインタビュー者の様子などもよく日本の特性を調べているなと思わされる(ダウンタウンの二人の名前が出てくる)し、他の国の人たちもリアルな感じがする。いろんな人に本当にインタビューしたのではないかと思わせられる。そしてそれぞれの個人が割とどこにでもいるような人でもあったりして、身近に感じる。

いろんな切り口から語れる本だと思う。インタビュー的な口語体なので、スピード感をつけて没頭して読める。そして、解説も秀逸で、本編のインタビューの形を踏襲しており、過去のゾンビ作品、ゾンビの由来、著者についてなどがわかってゾンビマスター?になるための読み物としても興味深く読める。また、まさにその通りと思うようなところがあったので、その部分を引用しておこう。
さまざまな地域のいろいろな階層・職業・年齢・性別の人間の証言をコレクトして時系列順に配すると、あら不思議、断片の集積から大きな物語が見えてくるという手法。実に、ネット情報収集時代にふさわしい形式だ。ただし、普通の小説を読みなれている人には、話を統一する役割の感情移入できる主要キャラがいなくて、もちろん心理描写などもなくて、魅力や深みにかけるなんて思うかも知れない。でも、リアリティは抜群だよ。数世紀後に人類の死滅した地球にやってきた異星人が本書を解読したら、ぜったいに歴史的事実を記録した文書だと思うにちがいない(笑)。
(下巻 pp.331-332)
ほんこれ‼!w

ブラッド・ピット主演の映画のほうはまだ見てない(劇場で見ようかなと思ったけど、ビビるかもしれないから結局スルーしたw)。借りてきてあるので、これからじっくり堪能する。

ゾンビ物が好きな人は読めば一味違ったものを鑑賞できるし、軍事的小説、政治的小説、世界崩壊的なSF作品が好きな人、ある事件のインタビュー集ようなものが好きな人は間違いなく楽しめる作品だと思う。

それにしてもなぜこうゾンビに惹かれるのだろうか?といろいろと考えたりもした。個人的にはどこかに再生、復活願望があるのかもしれないと思った。



WORLD WAR Z〈上〉 (文春文庫)
マックス ブルックス
文藝春秋
2013-03-08

WORLD WAR Z〈下〉 (文春文庫)
マックス ブルックス
文藝春秋
2013-03-08

読むべき人:
  • 世界崩壊的なSF作品が好きな人
  • 群像劇的な作品が読みたい人
  • ゾンビマスター?になりたい人
Amazon.co.jpで『マックス・ブルックス』の他の本を見る

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August 11, 2016

微睡みのセフィロト

キーワード:
 冲方丁、SF、ハードボイルド、コースター、天使
SFサイバーパンク的なハードボイルド小説。以下のようなあらすじとなっている。
従来の人類である感覚者と超次元能力を持つ感応者との破滅的な戦乱から17年、両者が確執を残しながらも共存している世界。世界政府準備委員会の要人である経済数学者が、300億個の微細な立方体へと超次元的に“混断”される事件が起こる。先の戦乱で妻子を失った世界連邦保安機構の捜査官パットは、敵対する立場にあるはずの感応者の少女ラファエルとともに捜査を開始するが…著者の原点たる傑作SFハードボイルド。
(カバーの裏から抜粋)
夏休みは慣習的に青春小説やSF小説を読みたくなる。そこで久しぶりに図書館に行ったら、冲方作品である本書が目に止まって借りた。本書は『マルドゥック・スクランブル』以前に書かれた作品で、どこか共通点があるというか、漫画家にとっての連載デビュー作の前の読み切り作品のような感じでもある。

主人公であるバットは『マルドゥック・スクランブル』、『マルドゥック・ベロシティ』のボイルド的な位置づけで、重厚なキャラで寡黙だが、半不死で肉体を再生する特殊能力を持つ。また、17歳の少女ラファエルは警察犬よりも訓練されたヘミングウェイという犬を相棒とし、あらゆる特殊能力を備える超人的な存在であり、やはりバロットの原形のようでもある。つまり、バロットとボイルドが組んで、超次元的に標的を殺さずに虫の息にバラバラにした犯人を追うという物語になる。ストーリの重厚感はあまりなく、キャラのバックグラウンドも少し薄い印象があって、全体的な完成度は『マルドゥック・スクランブル』、『マルドゥック・ベロシティ』には及ばない感じか。また、サイバーパンク的な要素もわかりにくい感じがする。もっともらしい用語で雰囲気を出しているようでもあり、いまいち描写がイメージできないところもあるし、設定の説明不足感はある。しかし、解説に示されているような「ローラーコースター・アクション」は著者独特の緩急のつけ方が光っている。

嵐の前の静けさというか、アクションが始まる前の敵の出現の前の予兆があって、何かがきっかけに急激に銃弾が炸裂する音や肉が焦げ付く匂い、血みどろの肉弾戦が繰り広げられる。そして一気にコースターが急下降したと思ったら右往左往していろんな方向に疾走し、SFアクション映画を見ているような感覚になる。これがやはりすごいと思う。

冲方氏のサイバーパンク的な作品を未読の人はこれから読むのがいいのかもしれない。その次にマルドゥックシリーズに行くと、すんなりと世界観や登場人物に感情移入して、さらに完成度の高いローラコースター・アクションを楽しめるのではないかと思う。

また、最近『マルドゥック・アノニマス 1』が発売されたので買わなくてはだなと。その前に短編集である『マルドゥック・フラグメンツ』も読まなくてはだけど。

本作品は200ページくらいなので、スピード感をつければ1日で読了できて、割と楽しめると思う。




読むべき人:
  • 疾走感のある作品が読みたい人
  • 特殊能力を駆使するバトルが好きな人
  • 戦う少女の物語が読みたい人
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August 07, 2016

マシアス・ギリの失脚

キーワード:
 池澤夏樹、政治、日本、魔術、運命
幻想的な長編小説。以下のようなあらすじとなっている。
南洋の島国ナビダード民主共和国。日本とのパイプを背景に大統領に上りつめ、政敵もないマシアス・ギリはすべてを掌中に収めたかにみえた。日本からの慰霊団47人を乗せたバスが忽然と消えるまでは…。善良な島民たちの間でとびかう噂、おしゃべりな亡霊、妖しい高級娼館、巫女の霊力。それらを超える大きな何かが大統領を呑み込む。豊かな物語空間を紡ぎだす傑作長編。谷崎潤一郎賞受賞作。
(カバーの裏から抜粋)
去年の9月に休職しているときに池澤夏樹の作品である『バビロンに行きて歌え』を読了したときに、『マシアス・ギリの失脚』もスゴ本だからとおすすめされたので、買っておいて、積んでおいた本。また、絶版になる可能性があるから見つけたら買っておいたほうがいいという助言もいただいた。Amazonで買ったけど。現時点で3冊在庫アリっぽい。

長い小説をなんとなく読みたかった。そろそろ読み時かなと思って読んだ。読了には2ヵ月も要した。2ヵ月もかかったらあんまり没頭できていないような感じもするが、そうではない。やはり文庫で600ページ超と長いからというのも大きな理由だけど、熱中して読みすぎると疲れるというのがあった。不思議な魔力が込められているような感じで、精神力を要する、そんな作品。決して読みづらいという感じではないのだけど。

主人公のマシアス・ギリは60歳過ぎの小柄なナビダード共和国の大統領であり、その国はかつて太平洋戦争時に日本軍が占領したとされている。日本から47人の慰霊団がやってきて、その慰霊団を乗せたバスがどこかに消え去り、島の民家そばや海の上を走る姿など不思議なところで目撃される。マシアス・ギリは日本からやってきた政府系企業の使者と会い、またほれ込んでいるアンジェリーナという女が経営する娼館に入りびたり、そこでエメリアナという少女と出会い、マシアスの運命は失脚に向けて動き出す…。

あらすじを示そうにもあまりにも重厚でいろんな要素が盛り込まれている作品なので、なんとも形容しづらい。この作品はマジックリアリズム的で、読んでいる途中でも日本人でもこのようなものを書けるのか!!と感嘆していた。間違いなく『百年の孤独』を意識しているというか、それをベースとした著者なりのマジックリアリズムを紡ぎだしている。『世界文学を読みほどく (新潮選書) [単行本]』で確か『百年の孤独』を傑作と称賛していたので(10年くらい前に読んだのでうろ覚え)。

200年前にこの国にいた幽霊がマシアスの意見役でいろいろと議論していたり、その島の神話的な話が挿入されたり、消えたバスの動向が示されているリポートも独立して存在したり、島の祭事をつかさどる巫女の存在、魔術的な力を持つ人物なども出てきて、現実的な政治の話と超現実的な見えない力に翻弄される話が入り混じっている。また、マシアスも含めた人物の背景描写も延々と長く続いていくので、物語を奥行きを演出し、そして超現実的な事象もさえもそこに当然のようにあるように仕立てられ、ナビダード共和国が構築されている。

1点読み始める前に注意が必要なのは、物語の終盤の盛り上がっているところに唐突に『薔薇の名前』と思われる作品のネタバレ的な内容があるキャラの会話によって示されていること。リアルでファッ‼!!?って声を出しそうになったwいくら著者が世界文学に精通されていても、ネタバレ的な要素で盛り上がりを演出するのはいかがなものかと思った。それは積読してて未読なんだけど…。もうしばらく塩漬けにしておく必要がありそうだ。しかし、未読なのだから本当にその作品のネタバレなのかは確信がないのだけど、十中八九そうだろう。

暑い南の島の話だから、夏休みに一気に読むのがいいかもしれない。はまれば徹夜本らしいので。速く読んでもゆっくり読んでも、どちらにしろ読むのには時間がかかるが、神話的で幻想的でもある物語の世界にしばらくダイブしたままになれる。




読むべき人:
  • 長い物語を読みたい人
  • 幻想的な物語が好きな人
  • 夏休みに運命を感じたい人
Amazon.co.jpで『池澤夏樹』の他の作品を見る

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May 21, 2016

ニッチを探して

キーワード:
 島田雅彦。ニッチ、ホームレス、サバイバル、正義
大都会サバイバル小説。以下のようなあらすじとなっている。
背任の疑いをかけられた大手銀行員・藤原道長は、妻と娘を置いて失踪した。人目を避けた所持金ゼロの逃亡は、ネットカフェから段ボールハウス、路上を巡り、道長は空腹と孤独を抱え、格差の底へと堕ちてゆく。一方、横領の真の首謀者たる銀行幹部たちは、事件の露見を怖れ、冷酷な刺客を放つ―。逆転の時は訪れるのか。東京の裏地図を舞台に巨額資金を巡る攻防戦の幕が開く!
(カバーの裏から抜粋)
書店でなんとなく手に取って、読んだことのない作家だったので読んでみたらなかなか面白かった。

主人公は妻子持ちで大手銀行のそれなりの地位にあるが、支店長の不正融資を告発し、自身にかけられている横領の疑惑から逃れるために妻子には告げずにひっそりと都会に身を隠していく。逃走資金を用意し、サバイバルグッズをそろえてから、都会でサバイバルする前に銀座の高級寿司店で腹ごしらえし、マンダリン・オリエンタル・ホテルに泊まり、添い寝嬢を手配し、日常からの決別の前夜祭のように楽しむ。

そして、次の日からは安いネットカフェに泊まったり、食費を削減するために試食コーナーを回ったり、ホームレスの炊き出しに並んだりする。公園のホームレスの長老的な存在に諭されてここを出たほうがいいと言われ、単身別のところに行き、野宿する生活までに落ちていく。大都会東京の中で警察や追手から逃れ、正義を執行する日が来るまで、自分のよりどころとなる『ニッチ』を探して。

なんだかこれを読んでいると、明日から安心して東京でホームレスになれるような気がしてくる。食事に困ったらどこの炊き出しに並ぶべきかや、図書館に行って食べられる野草を確認し、また料理本を眺めてフルコースを食べた気になる『空食』を実施し、スーパーで試食コーナーをスーツ姿で回り、ショッピングのカゴの中に残っていたキャベツの葉や畑にある大根を失敬したり、はては金に困ったときは中野のゲーセンにあるフィギュアをUFOキャッチャーで取ってまんだらけに売れば2000円になるとか(これは真偽不明だけど)、寝床の探し方(特に川の中州がニッチらしい)などなどがとても参考になる。

ある意味大都会でのサバイバル本のような、そんな感じでも読める。そしておやじ狩りとの闘い、追手との攻防もあったりで、読んでいてハラハラする展開もある(そこらへんは後半少しだけ)。ほとんどは主人公、藤原道長視点でのいかに大都会で他人にあまり頼らずに1人サバイバルしていくかに焦点があてられていて、自堕落に転落していったのではなく、自分の正義の意思で一時的にサバイバル生活をしているので、不思議と主人公に肩入れして読んでしまう。

そして文章がすんなりと頭に入ってきて、違和感もなくリズムがよく、大都会東京のところどころに変わる舞台の歴史的背景などの薀蓄もありで、読んでいて勉強になる。さすがにベテラン作家、そして小説指南書を書くだけはあるなぁと思って読んでいた。読みやすく面白く、割とさくっと読めると思う。

明日からいきなり路頭に迷ってしまったらどうしよう?という最悪のパターンを想像することはよくある。そうなったときも、まぁ、何とかなるんじゃないかというよく分からない安心感も得られた気がする。大都会でのホームレスサバイバル生活をシミュレーションできた。

あと本作品のテーマである『ニッチ』に関して、自分の『ニッチ』はどこだろう?と考えた。物理的な部分はあまりないかもしれない。ある意味このブログが電脳空間上の自分の『ニッチ』のような気がする、と思ったのであった。



ニッチを探して (新潮文庫)
島田 雅彦
新潮社
2015-12-23

読むべき人:
  • ホームレス生活を疑似体験したい人
  • 妻子ありで自分の正義を貫きたい人
  • 自分のニッチを探している人
Amazon.co.jpで『島田雅彦』で他の作品を読む

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April 29, 2016

ブラッド・ミュージック

キーワード:
 グレッグ・ベア、パニック、パンデミック、細胞、救済
パニックSF小説。以下のようなあらすじとなっている。
伝子工学の天才ウラムは、自分の白血球をもとにコンピュータ業界が切望する生体素子を完成させた。だが、会社から実験中止を命じられたウラムは、みずから創造した“知能をもつ細胞"を捨てきれずに、体内に注射して研究所からもちだしてしまった……この新細胞ヌーサイトが人類の存在そのものを脅かすことになるとも知らずに! 奇才が新たなる進化のヴィジョンを壮大に描き、新時代の『幼年期の終り』と評された傑作
(カバーの裏から抜粋)
久しぶりにSF小説を読みたいと思っていたところ、年初に読んだ『戦略読書』にお勧めされていた本書を買って読んでみた。

あらすじは↑に示した通りで、研究者が偶然作成してしまった知能を持つ細胞、ヌーサイトがパンデミックのように世界中に蔓延していくというお話。前半戦は徐々に感染が広がっていくパンデミックものパニック映画的。主人公は特に限定されておらず、いろいろな登場人物に視点が変わる。その一人がスージーという若い少女で、家族全員が感染して別の存在に成り替わったのだが、スージーだけは元の生身の状態で誰もいない都市部を歩き回り、崩壊前のワールドトレードセンターのビルにまで行く。

この誰もいない街を闊歩していく描写は、ウォーキングデッドや28日後などのゾンビパニック映画的でもある。とはいっても感染者は別に襲ってくるわけではなく、ヌーサイトと同化して別次元の存在になりつつも元の人格を保持し、同化するように対話してくる。

結末は『幼年期の終り』的と評されているが、幼年期はオーバーロードによる世界の変革に巻き込まれる人類を描いており、あまり救いがない結末だけど、こちらはミクロの世界で人類そのものの救済のような結末になる。それが抽象的で精神的な描写が多く、情景を脳内再生するのが若干難しいのだけど。

テーマ的にも情景的にもデジャブ感いっぱいな感じがしたのは、これを元にしたと思われるアニメ、映画などが多いからのような気がする。なので、あまり驚きや新鮮味がなかった。描写はそこまで難しくはないのだけど、登場人物の視点がころころ変わるので、一気に読まないと全体像がぼやけてしまうなと。

面白くないわけでもなく、テーマ性もよいのだけど、ところどころの抽象的な描写、ヌーサイトとの対話の部分が若干かったるい感じがした。しかし、『幼年期の終わり』とともに傑作と評されるSF作品なので、読んでおいて損はないかなと思う。




読むべき人:
  • パニック映画が好きな人
  • 生物的なSFが好きな人
  • 人類の救済について考えたい人
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February 21, 2016

越境

キーワード:
 コーマック・マッカーシー、メキシコ、旅、世界、運命
メキシコを舞台とした青春小説。以下のようなあらすじとなっている。
十六歳のビリーは、家畜を襲っていた牝狼を罠で捕らえた。いまや近隣で狼は珍しく、メキシコから越境してきたに違いない。父の指示には反するものの、彼は傷つきながらも気高い狼を故郷の山に帰してやりたいとの強い衝動を感じた。そして彼は、家族には何も告げずに、牝狼を連れて不法に国境を越えてしまう。長い旅路の果てに底なしの哀しみが待ち受けているとも知らず―孤高の巨匠が描き上げる、美しく残酷な青春小説。
(カバーの裏から抜粋)
この作品は『国境三部作』と呼ばれるものの2作目で、前作はちょうど2年ほど前に読了していた。前作もとても美しく素晴らしい作品であったが、本作品も前作に劣らず、むしろ超えるような作品である。

舞台は1940年初めのアメリカニューメキシコ州で、牧場で父と母、弟と暮らす16歳のビリーが主人公である。牧場近くにメキシコからやってきた狼を捕らえるために近所の狩の名人のところに罠を借りて、身ごもった牝狼を格闘の末捕獲する。本来ならば狼は処分してしまう予定だったが、ふとその狼をメキシコに戻そうと思い、一人で馬に乗り、山を越えてメキシコに不法侵入する。

メキシコでは狼は商売の道具になるらしく、狼を狙うやつらがいたりするので、道行く人には犬だと言ってごまかしていくが、結局メキシコの警察署長たちといざこざがあって、狼が奪われて見世物にされてしまう。それまでの旅路で狼に対する愛着のようなものもあったので、それを阻止しようと奮闘するが、望んだ結果が得られず、結局アメリカの家に戻ることになる。

そして家に戻ってみると、いろんなことが変わってしまっており、14歳の弟のボイドと盗まれてしまった馬たちを探しに2度目の越境を経て、またメキシコに渡る。いろいろな街や村を二人で馬に乗りながら渡り歩き、野宿をしたり、村人の施しを受けたりし、馬を探し当てるが、馬の所有権を主張するやつらとの対峙を迫られる。

3度目の越境は、ビリーが20歳になったころで、今度は弟を探す旅になる。道中に立ち寄った村で、ビリーの待ち受ける運命について不吉な予感を告げる女と出会う・・・。

個人的な現状は相当暇で、時間が有り余っているのだけど、読了には2ヶ月以上かかった。それだけ長かった。1回に読める量は多くて数十ページ。コーマック・マッカーシー独特の1文の句読点が少ない文章とあまり抑揚のない短い会話が間に挟まり、道中の描写が淡々と続き、物語の起伏もあまりない。この文体に慣れずに表面的な物語のあらすじだけを追っていると、退屈さに挫折するかもしれない。

しかし、ある程度読み進められると、この作品のスゴさがだんだんと分かってくる。まずは圧倒的な美しい情景描写である。これは前作の『すべての美しい馬』も同様であった。どちらかというと、前作のほうがロマンス要素が含まれているので、その要素に対しての優美で印象的なシーンがある。『越境』はロマンス要素がなく、とても残酷な物語であるのできらびやかな美しさはないが、描写の美しさが一級品であることは間違いない。

なんというか、印象派の風景絵画が並ぶ美術館に足を踏み入れたような感覚だった。どの風景画にもビリーや躍動する馬、捕らえた狼、砂埃がまう干煉瓦で作られたメキシコの街並み、星空が降り注ぐ静寂な平原などが、ただただ美しく感嘆するようなものが一貫して描かれている。そしてその風景画にあたかも自分が取り込まれてそこに立っているような感覚に陥っていた。いろんな小説を読んできたが、ここまでの一級の芸術品のような描写は他にないのではないかというほどだった。

旅の道中でいろんな人と出会い、村の人から食べ物を分けてもらったりもするし、ビリーの運命を占いのように予感する人物もいたり、対立するやつらとも遭遇し、ジプシーとの対話もあり、また主人公のビリーが10代という少年期ということもあって、様々な体験を通して内面的に成長していく過程が描かれているビルドゥングスロマンのようでもある。ただ、ビリーの待ち受ける苦難が美しい描写とは対照的にあまりにも残酷である。

ビリーは16歳くらいにしては前作の主人公同様に大人びており、感情の起伏も抑えているようで、達観してさえいる。対照的に弟のボイドは無鉄砲というか、自分の子供っぽさを脱却してビリーに認められたくて少し無茶をしたりするが、兄のビリーから見れば馬の扱い方もうまく、頭もよいとある。兄の弟想いの様子が短い会話の連続でよく描かれている。

また、ビリーの達観した様子が示されており、特に共感した部分を引用しておこう。
人の一生が初めからどこかの本に書き込まれているのだろうと毎日毎日かたちづくられていくのだろうと同じことだ、なぜなら現実はただひとつ、それを生きていくだけのことだからだ。人が自分の人生をかたちづくっていくというのは本当だが人がたったひとつの形しか持てないというのも本当だ、ほかの形もあり得たといってもどうやってそれが分かるのか?
(pp.593)
ここはビリーの言葉であり、すでに起こってしまったことに対しては何も変えられないのだから、すべて受け入れるという境地のように受け取れる。そしてその対話の相手であるジプシーの男、キハーダは、ビリーの「人の行く末がどうなるかなんて分からないもんですね。」に対して以下のように答えている。
行く末がどうなるか分かるとしたら、それでも生きていこうとする人間などいるだろうか?よく人はこの先何が待ち構えているのかなどという。しかし待ち構えているものなど何もありはしない。今日という日は今日までに起こったことで出来あがっている。毎日新しく現れるものを見て世界それ自身が驚いているはずだ。たぶん神様だって驚いているだろう。
(pp.607)
ビリーの行動が直接的な要因ではないのだが、4年間の旅路の果てに大切なものが損なわれていき、10代の少年が受ける苦難にしてはあまりにも残酷な結末を迎える。しかし、コーマック・マッカーシーはそれでも苦難を乗り越えて生きろ、と暗に示しているような気がした。

魔の山』のようなビルドゥングスロマン的な小説は、読者の年齢が主人公の年齢と同じくらいの時に読むのが一番よい。『越境』であれば、16歳から20歳くらいが適当な年齢だ。ただ、高校生でこの作品に出会う人は少ないだろうし、かなり長いし、抽象的な論議も多く、最後まで読むのは難しいかもしれない。また、時間的にも精神的にも余裕がないと、緻密で豊饒な描写をゆっくり脳内で想像はできないかもしれない。よって、この作品の理想的な読書期間は、大学1,2年生の旅行に行くほどの金はあまりないかもしれないが、時間だけはたくさんある暇な夏休みが一番だ。

その時期に読んでおけば、これから自分自身のリアル人生で待ち受ける苦難に対しての精神的な防波堤の役割を果たしてくれるだろう。そしてまた何年かして大人になってから読み返すと、また違った感じ方、自身の成長を実感できるのではないかと思う。かといって、ある程度の年齢を重ねてから初めて読むことになったとしても、この作品のスゴさが損なわれるということは決してない。そして、焦らずにゆっくりと、1文1文を絵画を鑑賞するように読んでほしい。

この2ヶ月は、時間に余裕があったがどこにも旅行にも行かず(単に金欠で行けないというのもあるけれど)、この本を紐解くたびに、ずっとメキシコを馬とともに旅をしていたようだった。その長い旅がようやく終わり、3月から新たな転機を迎え、これから待ち受ける様々な出来事に対してもすべて受け入れる準備ができたような気がした。

この作品を最後まで読了できるということは、ある意味僥倖に巡り合うようなもので、それほどの傑作であり、スゴ本だった。

運命に翻弄される10代の主人公というテーマ性もあり、豊穣で美しい世界に取り込まれ、長い旅路の果てにあなたはビリーとなって、世界と対峙して涙を流すだろう。



越境 (ハヤカワepi文庫)
コーマック・マッカーシー
早川書房
2009-09-10

読むべき人:
  • 美しく長い旅を体験したい人
  • 弟がいる兄である人
  • 困難に立ち向かいたい人
Amazon.co.jpで『コーマック・マッカーシー』の他の本を見る

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January 26, 2016

クリムゾンの迷宮

キーワード:
 貴志祐介、ゼロサム、ゲーム、サバイバル、深紅色
サバイバルゲーム小説。
藤木芳彦は、この世のものとは思えない異様な光景のなかで目が覚めた。視界一面を、深紅色に濡れ光る奇岩の連なりが覆っている。ここはどこなんだ?傍らに置かれた携帯用ゲーム機が、メッセージを映し出す。「火星の迷宮へようこそ。ゲームは開始された……」それは、血で血を洗う凄惨なゼロサム・ゲームの始まりだった。綿密な取材と斬新な着想で、日本ホラー界の新たな地平を切り拓く傑作長編。
(カバーの裏から抜粋)
貴志祐介の作品はこれが初めてだった。本書は先日行われたスゴ本オフ『ゲーム』に参加し、じゃんけん争奪戦をすることなく不戦勝でゲットした本だった。ゲームブック的で凄惨なお話とプレゼンされて、またよく2chの面白い本まとめスレに挙がっていたので気になっていた作品であった。

主人公が目覚めると、奇岩が連なるクリムゾン色の景色が目に飛び込んできて、脈絡もなくなぜそこにいるのかがわかっていない。隣にはわずかな水と食料と携帯ゲーム機があるだけだ。なるほど、目覚めから始まって突然サバイバルゲームに参加させられるよくある設定だなと思って読み始めた。

これ系の設定の映画や漫画はよく鑑賞した。Amazonのレビューにあるように「バトルロワイアル」、「CUBE」、「ソウ」に似ているなと。さらに追加するなら、『パンドラム』要素もあるし、ゲーム的な要素なら『BTOOOM!』がより近い。ここまで示すと大体どんな内容なのかは容易に想像できるでしょう。強制的にゲームに参加させられて殺し合うという、よくある設定だ。

しかし、スタートはよくある設定で展開も結末もなんとなく想像がつくのだけど、ものすごく引き込まれていく。ゲーム機の指示に従って目的のチェックポイントに向かい、ゲーム的にアイテムを獲得し、主人公たちはいろいろと選択を迫られ、他プレイヤーとの駆け引きがあり、火星という設定の地球のどこかでのサバイバルの方法も勉強になりつつ、さらにゲームが進むにつれて主人公がゲームの目的に勘付きはじめたあたりから主人公がどんどん追いつめられていき、続きが激しく気になってページが一気に進む!!

難しい描写も説明もなく、割と短い文章と引き込まれる展開なので、読書スピードがそれなりに速い人なら集中して3,4時間で読めると思う。僕は寝不足で集中力が続かなかったので、2日に分けて読了したが、それでも約400ページの小説をここまで速く読めたのは本当に久しぶりで、かなり熱中できて面白かった。

お勧めされた通りのスゴ本だった。



クリムゾンの迷宮 (角川ホラー文庫)
貴志 祐介
角川書店(角川グループパブリッシング)
1999-04-09

読むべき人:
  • ゲームが好きな人
  • 小説を一気読みする経験をしたい人
  • サバイバルを疑似体験したい人
Amazon.co.jpで『貴志祐介』の他の作品を見る

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December 06, 2015

Rのつく月には気をつけよう

キーワード:
 石持浅海、グルメ、酒、ミステリー、宅飲み
短編グルメ・ミステリー小説。以下のようなあらすじとなっている。
湯浅夏美と長江高明、熊井渚の三人は、大学時代からの飲み仲間。毎回うまい酒においしい肴は当たり前。そこに誰かが連れてくるゲストは、定番の飲み会にアクセントをつける格好のネタ元だ。今晩もほら、気持ちよく酔いもまわり口が軽くなった頃、盛り上がるのはなんといっても恋愛話で…。ミステリーファン注目の著者が贈る傑作グルメ・ミステリー。
(カバーの裏から抜粋)
著者の作品は一度も読んだことはなかったが、実家の近所の郊外型大型書店で読んだら食べたくなる本、としてお勧めされていた。そしてこのタイトル。牡蠣好きならおやっと思わせられるタイトル。食に対する執着が人より強いこともあり、牡蠣以外のグルメ系のエッセイなども好んで読むので、買わないわけにはいかなかった。なんとなく最近は短編小説な気分でもあったし。

主な登場人物たちは大学時代からの飲み仲間で、長江高明のマンションの部屋で宅飲みが開催される。そのときに必ず3人のうちの誰か知人や友人などのゲストが招かれ、そこで飲みながらいろいろと語るうちに、そのゲストがその時に食べる料理にまつわる小事件が起こったことや問題を抱えているという状況にある。それを頭脳明晰な長江高明が話の内容から推理して、事の真相を解明する、というグルメ・ミステリー調の短編小説集である。

話の内容は以下の7編となる。
  1. Rのつく月には気をつけよう
  2. 夢のかけら 麺のかけら
  3. 火傷をしないように
  4. のんびりと時間をかけて
  5. 身体によくても、ほどほどに
  6. 悪魔のキス
  7. 煙は美人の方へ
それぞれのタイトルに出てくる料理と酒は以下となる。
  • シングルモルト・ウィスキーと生ガキ
  • ビールとお湯なしチキンラーメン
  • 白ワインとチーズフォンデュ
  • 泡盛と豚の角煮
  • 日本酒とぎんなん
  • ブランデーとそば粉のパンケーキ
  • シャンパーニュとスモークサーモン
各章のイラスト、表紙にそれぞれのお酒の絵が描かれているのもポイント。

肝心の内容なのだけど、読んだ後に食べたくなったかと言うと若干微妙な気がした。料理と酒はミステリーの導出のためにあるので、そこまで詳しい描写でもなく、薀蓄が載っているわけでもない。どちらかというとそれぞれの登場人物の人間関係の説明がほとんどで、ミステリーの解明を楽しむような内容かな。また、長江高明は話し手の会話だけで真相解明をするのだから頭よすぎでしょ!?とか突っ込みたくはなるけど。

それぞれの話が独立しているので割と気軽に読める。一応主要メンバー3人は毎回出てくるけど。そういう人間関係もいいなと思う。お勧めは最後の『煙は美人の方へ』かな。「煙も眉目よい方へならでは靡かぬ」ということわざがあるらしく(今ググって初めて知った。意味はここ参照。)、それをなぞったお話。爆発しろ案件なので最後に読むのがよろしいw

食べたくなるかは微妙だけど、なんだか友人たちと宅飲みしたくなる短編小説だった。



おまけ
今日は日比谷公園のこれに行ってきた。

全22種類が大集結「ご当地鍋フェス@日比谷公園」が3日間限定で開催されてるぞーーー! 外で食べる鍋ウンメェェェエエエエッ!! | ロケットニュース24

そこで食べた牡蠣の土手鍋が(゚д゚)ウマーだった。

nabe

やはり冬場の宅飲みは鍋に限る。17時くらいからダラダラ飲みつつ、鍋を食べて、眠くなったらちょっと寝るみたいなのが特によろしい。さらにこたつがあれば最強!!w




読むべき人:
  • 牡蠣が好きな人
  • お酒が好きな人
  • 友人同士で語りながら飲みたい人
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November 14, 2015

ペンギンの憂鬱

キーワード:
 アンドレイ・クルコフ、皇帝ペンギン、追悼、疑似家族、不条理
ウクライナの作家によるロシア語小説。以下のようなあらすじとなっている。
恋人に去られた孤独なヴィクトルは、憂鬱症のペンギンと暮らす売れない小説家。生活のために新聞の死亡記事を書く仕事を始めたが、そのうちまだ生きている大物政治家や財界人や軍人たちの「追悼記事」をあらかじめ書いておく仕事を頼まれ、やがてその大物たちが次々に死んでいく。舞台はソ連崩壊後の新生国家ウクライナの首都キエフ。ヴィクトルの身辺にも不穏な影がちらつく。そしてペンギンの運命は…。欧米各国で翻訳され絶大な賞賛と人気を得た、不条理で物語にみちた長編小説。
(そでから抜粋)
新潮クレストブックは好きなレーベルであるが、大型書店でもまとまって置いてあるところは少ない。本書は地元の紀伊國屋書店で面陳されていた。タイトルとイラストを見て、もうこれは直観的に面白いに違いない!!と思ってジャケ買いした。

主人公は40歳くらいで、売れない小説家で、短編小説ならいくつか書いたことがあるが、長編は書いたことがなかった。一人暮らしで、動物園で規模縮小のために引き取った皇帝ペンギンを飼っている。しかし、その皇帝ペンギンは後になって憂鬱症を患っていると知る。また、主人公は新聞社に短編小説を売り込みに行ったら、文才を認められるが、生きているわけありの大物の人物たちの追悼記事を書く仕事を依頼され、淡々と書いて、新聞社に届けていたところ、あるときその人物たちが次々と実際に死に始める。

また、新聞社の編集長の知り合いの男が友人の追悼記事を書いてくれとやってきて、その男の4歳くらいの娘、ソーニャを預かってくれと言い、主人公は引き取ることになる。後でソーニャのペビーシッターとして20歳くらいのニーナという娘も加わり、皇帝ペンギンと幼女と若い女性との共同暮らしが始まって淡々と日常が進んでいくが、次第に主人公の周りで事件が起きていく。

不思議な雰囲気の生活が描かれている小説だなと思った。ウクライナの首都キエフ - Wikipediaというところはなんとなくロシア的な陰鬱な街並みなのだと勝手に想像するけど、そこで主人公は派手な暮らしでもなく、かといって貧乏というほどでもなく淡々と追悼記事を書いている。朝目覚めてコーヒーを飲み、ハムとかの食事を作り、皇帝ペンギンのミーシャには冷凍のタラとかサケを皿に入れてやると勝手に食べる。時折風呂場に水を貼ってやると水浴びしたりする。ソーニャがやって来てからはペンギンと出かけて散歩したり遊んだり、ソーニャはミーシャの意思が分かるようでもある。

皇帝ペンギン(コウテイペンギン - Wikipedia)のミーシャは1メートルくらいの背丈であるが、物言わずペタペタと部屋の中を歩き回っている。犬のように特に主人公に対して愛情表現とか従順な態度を見せるわけでもないが、たまに主人公の膝当たりを抱きついたりする。本来南極で群れで生活するらしいが、1匹だけ南極より暖かいところにいるので憂鬱症を患っているらしい。そういうのも含めて、この物語はミーシャがとても重要な役割を担っている。また、ペンギンを飼うのもいいな、と思うけど、ペンペンではあるまいし現実的ではない。

何気ない生活を送っている主人公なのだけど、やはりこの作品は不条理作品であるので、人が死んだり、主人公が自分のあずかり知らぬところでいろんなことが勝手に進んで巻き込まれていく。そういうのが僕の好みの展開とテーマ性であった。そして訳者のあとがきに以下のように示されている。
 最近、村上春樹の作品が数多くロシア語に訳され、ロシア語読者の間ではたいへんな人気なのだが、クルコフも『羊をめぐる冒険』が気に入っているとのこと。じつは、本書を訳している最中、どことなく村上春樹の雰囲気に似ているような気がしてならなかった。読者の皆さんはいかが感じられたであろうか。
(pp.315)
これは中盤あたりから感じていた。会話とか日常生活の描き方とかコーヒーを飲んだり、「やれやれ」と言う部分とか。ここら辺は読んでみればわかると思う。また、この雰囲気がやはり僕の好きな感じでもあった。

今年に入ってから新潮クレストブックを多く読んでいる。ほとんど当たり。以下読んだものを列挙。表紙と紙質がとてもよく、もちろん中身もよいので上質な小説を読んでいるっていう体験ができる。これは電子書籍では味わえない感覚である(もちろん電子は電子の良さはあるけどね)。

僕の直観は正しかった。面白かったし、不条理作品で何とも言えない読後感が残った。



読んでいるときについついペンギンが見たくなって、上野動物園に行って見てきた。いるのはケープペンギン - Wikipediaで一回り小さい。

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本物の皇帝ペンギンを見ようと思ったら南極に行くのがよいのだけど、旅費で最低100万円はかかるらしいので無理そうなので、現実的にはアドベンチャーワールド名古屋港水族館で見れるらしいのでそこに行くべきかな。いつか行こう。




読むべき人:
  • 不条理系作品が好きな人
  • ウクライナでの不思議な生活を体験したい人
  • ペンギンが好きな人
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September 27, 2015

バビロンに行きて歌え

キーワード:
 池澤夏樹、兵士、都会、ロック、歌
オムニバス的な小説。以下のようなあらすじとなっている。
一人の若き兵士が、夜の港からひっそりと東京にやって来た。名もなく、武器もなく、パスポートもなく…。突然、この海のような大都会に放り込まれ、さまよい歩く異邦人。その人生の一場面で彼とすれ違い、あるいはつかの間ふれあい、そして通り過ぎていく男や女たち。彼を中心に、この不可思議な大都会と、そこに生きる様々な人間像を鮮やかに、感動的に描いて新境地を拓いた長編小説。
(カバーの裏から抜粋)
図書館で借りた本。なんとなく著者のエッセイを借りようかと思っていたのだけど、文庫コーナーに行くとこの小説を発見した。あらすじを読んでみると面白そうだと思って借りて読んだら、当たりだった。さすが自分の直観だな!!と思った。

主人公はターリクというベイルートから東京に密入国した20歳くらいの兵士である。故郷での作戦行動によってまずい立場となり、亡命してきた形で船で東京にたどり着くが、頼れる先もパスポートもなく、日本語も分からない状態である。そのため、まずは寝床を探し、捨て犬を使って散歩しているように歩くことでアラブ系外国人が1人いることの不自然さを中和し、警察に捕まって強制送還されないように隠れるように生きていくしかない。そんな状態でいろんな人に助けられながら、次第に歌うことで大都会東京での自分自身の生き方を確定していく。

主人公は変わらないのだけど、12編の短編小説が連なって長編作品になっているような作品となっている。各章ごとに人物の視点は変わり、主人公ターリクそのものが登場しない章もあるが、必ず間接的にターリクとつながった話になっている。

最初はターリクが東京に来る章(「夜の犬」)、次にターリクが拾った捨て犬が交通事故にあったことから世話になる獣医との関係の話(「老獣医」)、ターリクが受け取るはずだったパスポートの発行先の某国大使館員の話(「ブループレート」)、ターリクが出会った女性プログラマー兼経営者との恋愛模様(「恋の日々」)とどんどんつながっていく。

ターリクはもともと声質がよかったということもあり、居候している先のロックバンドをやっているメンバーからヴォーカルをやらないかと言われて歌い始める。その歌は、アラブ的で、戦争をしている故郷についての郷愁とか大都会での行き場のない自分自身の気持ちなどを乗せて、次第に人を惹きつけていく。そういうロック的な描写もよく、感情移入できた。

基本的には主人公ターリクの物語であるのだけど、その中心の外にターリクを取り巻く人々の物語も同時に描写されているのがよかった。それぞれが生き方の方向性を模索しているようで、ターリクに直接的にしろ間接的に出会ったことでよい方向に変わっていく。また、ターリク自身は故郷と違って狙撃されたりする心配はないが、大都会で生き延びていく必要があり、いろんな人に助けられて物語が進んでいくのが温かい感じがしてよかった。

なんというか、とても読みやすい小説だと思った。描写がすんなり頭に入ってきて、それぞれの章で視点や登場人物が変わってもターリクが主人公であるという横串のようなものは変わらず、自分の感覚と波長が合っていて、違和感もなく素直に受け入れられるような、そんな作品。大抵の小説はそうはならないのだけどね。

著者の作品、本は他に以下を読んだことがある。他にも小説とか旅行記があるらしいのでいろいろ読んでみたい。あとエッセイも。

本作品の読了後は、暖かい気持ちになれて、とても心地よいものだった。




読むべき人:
  • 心地よい作品を読みたい人
  • ロックバンドをやっている人
  • 大都会東京でサバイブしている人
Amazon.co.jpで『池澤夏樹』の他の作品を見る

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September 23, 2015

お菓子とビール

キーワード:
 サマセット・モーム、伝記、小説家、奔放、愉悦
サマセット・モームの小説。以下のようなあらすじとなっている。
亡くなった文豪の伝記執筆を託された友人から、文豪の無名時代の情報提供を依頼された語り手の頭に蘇る、文豪と、そしてその最初の妻と過ごした日々の楽しい思い出…。『人間の絆』『月と六ペンス』と並ぶモーム(一八七四‐一九六五)円熟期の代表作。一九三〇年刊。
(カバーのそでから抜粋)
丸善の文庫コーナーでビールが飲みたくなる本として置かれていて、気になったので買って読んだ。ちなみに原題は『CAKES AND ALE』。ALEは簡単に言えばイギリスの伝統的なビール醸造方法だね。あらすじを簡単に補足すると、主人公のアシェンデンは冒頭ではもう50歳を過ぎていて、小説家として一定の評価を得ているらしい。そこで友人で作家のアルロイ・キアから電話をもらい、ドリッフィールドという作家の伝記を書くことになったので、アシェンデンに情報提供に協力してくれという依頼だった。

というのも、主人公アシェンデンはイギリスの地方、ブラックスタブルで15歳のときにその文豪ドリッフィールドに出会っており、そのときからドリッフィールドの妻、ロウジーとも親しかったといういきさつがある。そして、ドリッフィールド夫妻との何気ない生活の回想が始まる。

一言で言うと、大人な作品だなと思った。別に官能的な情事が赤裸々に描写されているというものではなく、登場人物が最後にはみなよい歳になって、人間関係について、人生について改めて晩年に振り返っているような感じだった。

文豪の妻であるロウジーは、主人公が15歳くらいのときは何とも思わなかったのだけど、主人公が20歳を超えたあたりから美しく感じたらしい。そのときロウジーは40歳くらいだろうけど、そこから主人公との関係があったり、結局文豪と離婚して金持ちの別の男と結婚してアメリカに行ったりと奔放な感じがした。奔放だがどこか憎めない描写となっているが、それでも個人的にはそういうのは若干受け入れられないタイプだなと思った。

解説によれば、ロウジーはスー・ジョーンズという駆け出しの舞台女優がモデルらしく、モームが本気で結婚しようとしていた相手らしい。そのため、モーム自身本書が一番好きな作品と言っていたらしい。また、タイトルになっている『お菓子とビール』はシェイクスピアの『十二夜』などにある句で、「人生を楽しくするもの」、「人生の愉悦」を意味しているらしい。作品中には別にお菓子とビールそのものはあまり出てこなかったので、丸善のもくろみは若干外れたわけだ。

モームの作品は以下2つは読んだ。両方とも感情を揺さぶられて衝撃を受けるようなスゴ本であったのだけど、「お菓子とビール」はそういうものがあまりなく、ゆったりと田舎の田園風景を列車の車窓から眺めているような、そんな落ち着いた作品だった。ある程度もっと歳を重ねてみると本書のよさがわかるのかもしれないので、そのときにまた読み返したい。



おまけ

たまたま今日は以下の日本全国の地ビールが飲めるイベントに行ってきた。

けやきひろば ビール祭り さいたま新都心

原題に沿ってエールビールを選択した。ブルーマスターという福岡の地ビール。

THE BREWMASTER 公式サイト

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ラガービールと一味違った、透き通るようなのど越しで上品な味でおいしかった。ちなみにこれは小カップ210mlで300円と安い。来春もイベントがあるらしいので、また行きたい。



お菓子とビール (岩波文庫)
モーム
岩波書店
2011-07-16

読むべき人:
  • 落ち着いた小説を読みたい人
  • エールビールが好きな人
  • 人間関係を振り返りたい人
Amazon.co.jpで『サマセット・モーム』の他の作品を見る

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September 18, 2015

モナリザ・オーヴァドライヴ

キーワード:
 ウイリアム・ギブスン、スプロール、モナ、マトリックス、爆走
サイバーパンクSF小説、スプロール3部作の最終章。以下のようなあらすじとなっている。
13歳の久美子は単身、成田発ロンドン直行便に乗り込んだ。だが、《ヤクザ》の大物の娘である彼女は知るよしもなかった――やがて自分が、ミラーシェードを埋めこんだ女ボディガードや大スターのアンジイ、そして伝説的ハッカーのボビイらとともに、電脳空間の神秘をかいま見る冒険に旅立つことになろうとは!全世界注目の作者が、疾走感あふれるシャープな展開でマンを持して放つ、ファン待望の《電脳空間》三部作完結編
(カバーの裏から抜粋)
SF映画とかアニメが好きなので、ニューロマンサーをはじめとするこのスプロール3部作はぜひ読んでおきたかった。しかし、ニューロマンサーは新装版が出ているけど、2作目のカウント・ゼロと3作目の本書、モナリザ・オーヴァドライブは絶版になっている。Amazonのマーケットプレイスだと送料込で1500円近くもする。だが近所の図書館に幸運にも3作とも置いてあったので、借りた。借りたのは2回目で初回は読む余裕がなく返したけど。

ニューロマンサーを最初に読んだときは面食らった。まったく内容が頭に入ってこなくて。大抵の小説は一読すれば頭に映像が浮かぶ。たとえそれがSF小説で未知のものであったとしても。しかし、ニューロマンサーは例外だった。独特の世界観とそれを損ねることなく現した優れた翻訳にもかかわらず、ストーリーを体系的に追うことができなかった。次は続編のカウント・ゼロだ。こちらは4人の登場人物の視点から物語は進む。さすがにニューロマンサーに慣れていたこともあり、読みにくさはあるが、なんとなくはストーリー展開を追うことができ、面白いと感じることができた。そして、最終章の本書、モナリザ・オーヴァドライブ。一番タイトルが躍動感があってカッコいい。カウント・ゼロ同様に4人の視点から物語は進む。舞台はカウント・ゼロのおよそ7年後の世界で不忍池(シノバズ・ポンド)や秋葉原、新宿といった日本的なものも前作同様に出てくる。さすがに前2作で文体と世界観は慣れたはずだ、きっと楽しめるだろうと思っていたが、予想外にさっぱりよく分からなかったぜ!!w

前作の主人公、ボビイも出てくるし、ニューロマンサーのモリイも出てくる(最初はサリイと名乗っている)し、続編というワクワクする要素がちりばめられているが、やはり前作に比べてかなり難解に感じた。相変わらず余計な説明はなく、世界観やガジェットやサイバーパンク的な要素は既知なこととして進み、それぞれの人物がパズルのピースのように最後に収束してはまっていくような、そんな物語構造のはずだ。結局マトリックスは自律的なAIだったのか!?みたいなよく分からなさの余韻は残る・・・。

まぁ、いいんだ。SF、サイバーパンクものが好きな人でもこのスプロール3部作を全部読んでいる人は少数派だろうし、完全に理解している人はもっと少ないだろう。事実、ニューロマンサーのAmazonレビューは最近の日付まで更新されて、レビュー数も多いが、カウント・ゼロ、モナリザ・オーヴァドライブとなると、書店で手に入らないというのもあって、レビュー数も少ない。

また、モナリザ・オーヴァドライブに関してググってみても、作品について言及しているブログなどはやはり少なく、また内容の詳細に触れているところはあまりない。その気持ちはよく分かる。難解すぎて何も深く書きようがないのだから!!wとはいえ、会話のテンポと描写はなんだか詩的な印象を受けた。

本書は、SF小説が好きというある種の虚栄心を見たし、話のネタとしてギブスンのスプロール3部作を最後まで一応読み通したことがあるんだぜ!!っていう自慢ができる作品か。まぁ、残り「クローム襲撃 (ハヤカワ文庫SF)」の短編集が残っているが。こちらはニューロマンサーの前のお話で一応書店でも買えるはず。

もしスプロール3部作を読み通すなら、3部作をとりあえずすべて手に入れて、勢いで一気読みがいいかも。分からなくてもとりあえず進む。そしてまた読み返せばいいはずだ。

想像力の限界に挑戦して、マトリックスの世界に没入(ジャック・イン)だ!!



モナリザ・オーヴァドライヴ (ハヤカワ文庫SF)
ウィリアム・ギブスン
早川書房
1989-02

読むべき人:
  • サイバーパンクSF作品が好きな人
  • 自分の想像力と理解力を試してみたい人
  • 収束していく物語が好きな人
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September 13, 2015

賭博者

キーワード:
 ドストエフスキー、ルーレット、破綻、賭博狂、女狂い
ドストエフスキーの実体験が元になっている小説。以下のようなあらすじとなっている。
ドイツのある観光地に滞在する将軍家の家庭教師をしながら、ルーレットの魅力にとりつかれ身を滅ぼしてゆく青年を通して、ロシア人に特有な病的性格を浮彫りにする。ドストエフスキーは、本書に描かれたのとほぼ同一の体験をしており、己れ自身の体験に裏打ちされた叙述は、人間の深層心理を鋭く照射し、ドストエフスキーの全著作の中でも特異な位置を占める作品である。
(カバーの裏から抜粋)
この作品で777冊目の更新となる。なので、その数字にふさわしいのがなんかないかと積読本を探してみたら、半年前ほどに買って半分ほど読んで、時間的に余裕がなくて読むのが面倒になって放置していた本作品があったので、改めて読み返してみた。一気に読んでみるとなかなか面白かった。

解説を読むと、ドストエフスキーの実体験が元ネタになっているらしい。1860年代に最初の妻マリヤが結核で死にかけているところに、ドストエフスキーよりも20歳も若い学生のアポリナーリヤに出会って急速に仲が良くなる。二人はパリに旅行をするのを夢見ていたが、いろいろあってアポリナーリヤだけがパリに行っているときに、アポリナーリヤがスペイン人の医学生を好きになったが、棄てられて心に深い傷を負っていたらしい。ドストエフスキーはショックを受けて、結局アポリナーリヤを慰め「兄と妹」という関係でパリからイタリア旅行に行ったらしい。

その旅行中にアポリナーリヤの態度がよそよそしく冷やかになっていくので、ドストエフスキーにとって心苦しいものであったらしく、訪れる各地でルーレットの勝負をし続けたらしい。そしてたまたま会ったツルゲーネフから借金をしたり、時計やアポリナーリヤの指輪を質にいれたりしてまでルーレット狂いになっていたらしい。この体験が元になって本作品、「賭博者」が書かれたようだ。主人公アレクセイは25歳の家庭教師で、ある将軍につかえている。その将軍を義父とするポリーナに惚れているが、ポリーナから全然相手にされていない。あるところにポリーナからもらった金でカジノで儲けてきてと依頼され、そこからアレクセイはルーレット狂いになり、しまいには破綻していく…。

主人公アレクセイのルーレットによるギャンブル狂いの顛末がメインで示されていると思ったら案外そうでもなく、主人公を取り巻く人間と金の主従関係が濃密に描かれていた。将軍は借金を抱えており、伯母の遺産を目当てにしているが、伯母は将軍に相続する気はまったくなく、見せつけるように持っている金をルーレットで散在する。ポリーナはデ・グリューというフランス人侯爵に債権を握られており、金が要る。主人公アレクセイは金よりもポリーナが振り向いてくれることを切望している。それぞれの欲がカジノのルーレットのように回っているような、そんなイメージ。

カジノのルーレットで勝ちまくるシーンの描写は臨場感あふれ、なんだかこっちも勝っているような気にさせてくれるが、賭博狂いの行きつく先は負けと破滅なんだなと教訓が得られる。しかし、実態はルーレットによる金儲けのための賭博狂いになったというよりも、惚れた女のために狂っていったということだろう。勝ち続けて得た大金で更に勝負をするときにふと我に返って、自分の全生命がかかっている!!と気づくほどに。

そして決してその女は振り向いてはくれず、主人公に冷淡な態度をとったり、他の男に気があることをほのめかしたりして終始翻弄する。本作品は賭博狂いが表面上のテーマなのだけど、本質は主人公の一途な恋心を描いた恋愛小説だなと思った。

ドストエフスキーの作品は最初の50ページくらいまで読むのは面倒だけど、慣れれば会話ベースの物語なので、すらすらとページが進んでいく。勢いをつけて読むのがいいね。そのためには時間的にも精神的にも余裕がないと無理そうだけど。一応以前にこのブログで取り上げたドストエフスキーの作品は以下。他にも読んでない作品が多いので、地道に読んでいきたい。

777冊目として幸運の要素を含むようなギャンブル的な作品を意図的に選んで、今後の自分の人生を好転させるようにあやかりたいと思ったのだけど、内容は賭博狂いで破滅していく男の作品で、自分の人生のこの先が思いやられる気がしたw それでも惚れた女のために命さえも賭けられる男の気概を間接的に得たのだということにしておこう。あとは賭博、ギャンブルをやるなら余剰資金でやりましょうということだね。引き際も大事。

一応結末は希望のある終わり方だったし、面白かったのでよかった。



賭博者 (新潮文庫)
ドストエフスキー
新潮社
1969-02-22

読むべき人:
  • ギャンブルが好きな人
  • 借金がある人
  • かなわない恋をしている人
Amazon.co.jpで『ドストエフスキー』の他の作品を見る

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September 08, 2015

掏摸

キーワード:
 中村文則、スリ、支配、塔、運命
スリをテーマにした小説。以下のようなあらすじとなっている。
東京を仕事場にする天才スリ師。ある日、彼は「最悪」の男と再会する。男の名は木崎―かつて仕事をともにした闇社会に生きる男。木崎は彼に、こう囁いた。「これから三つの仕事をこなせ。失敗すれば、お前を殺す。逃げれば、あの女と子供を殺す」運命とはなにか、他人の人生を支配するとはどういうことなのか。そして、社会から外れた人々の切なる祈りとは…。大江健三郎賞を受賞し、各国で翻訳されたベストセラーが文庫化。
(カバーの裏から抜粋)
最近は時間的に余裕があるというか、暇なので図書館に行った。借りたい本はあらかじめ決めていたが、文庫コーナーの本棚の中に少し隙間があるところに本書が置いてあって、なんとなく惹かれるように手に取って裏のあらすじを読むと、なかなか面白そうなテーマなので借りて読んでみた。

タイトルの読みは「スリ」で、主人公は東京で金持ちばかりをカモに狙う天才スリ師である。電車の中やデパートで身なりの良いカモに目をつけ、財布のありかを把握し、そっとカモに近づき、時には相手に軽く接触したり自分の身にまとっているコートで周囲の視界を遮り、親指は使わずに人差し指と中指でカモの財布を気付かれないように素早く抜き取る。財布から現金だけを抜き取り、財布をポストに入れておけば持ち主のところに自動的に届けられる。主人公は、スリは生計を立てるためというよりも、その瞬間にスリルと生きがいをどこかに感じているようでもある。

ある日、主人公はかつてのスリ仲間に会い、その男から別の仕事、強盗をやるように依頼される。正確にはスリ仲間を使っている別の男、木崎という男がある政治家の家から現金と重要な書類を手に入れる計画を立てており、主人公は木崎に魅入られ断ることもできずにその仕事を引き受けてしまう。そして主人公の生殺与奪、今後の人生が木崎に握られてしまう・・・。

スリの描写がとても生々しく感じて、本当に著者が経験してきたかのようだった。主人公曰く、スリは本当は1人でやるものではなく、3人が基本で、ぶつかる役、周囲からその瞬間を隠す役、取る役と分担するのがいいらしい。そういうテクニックとか他にもスーパーでの万引きのやり方などもなんだか説得力があるので参考になった(もちろん実際にやるわけないし、やってもそんな簡単にうまくいくはずないし、ばれてタイーホされるでしょw)。一応最後に参考文献が載ってた。『スリのテクノロジー』とか。しっかり研究されているようだ。

あとはスリよりも重罪で凶悪な、強盗、殺人などを裏社会で仕切っている木崎という主人公よりも絶対的な悪、支配者が出てくるのが不気味だが、物語に重要な人物として出てきてよかった。この男が主人公に3つの仕事を強制させるが、主人公は断ることができない。断れば主人公が死ぬからだ。木崎は他人の人生を意のままに操ることをほかのどんなものよりも快感としている。そして木崎は主人公にこう言う。『お前は、運命を信じるか?お前の運命は、俺が握っていたのか、それとも、俺に握られることが、お前の運命だったのか。

裏社会の様相やそこに出てくる人物たち、そして自分のテリトリーではないやばい世界に足を突っ込んでしまった主人公の緊張感が何ともハラハラさせられ、ページも一気に進んだ。こういうのは『闇金ウシジマくん』みたいな感じで、怖い世界だなと思った。

この作品の兄妹編として『王国』というものがあるらしい。気になるのでこっちもチェックしてみよう。

著者の作品は他に読んだこともなかったので、本書はあまり期待してなかったけど、最近読んだ中で一番熱中して読めた作品かな。187ページと多くないのでさくっと読めるし、後半戦からスリルが増していって、なかなか面白かった。



掏摸(スリ) (河出文庫)
中村 文則
河出書房新社
2013-04-06

読むべき人:
  • スリ師の手口を知りたい人
  • 闇金ウシジマくんが好きな人
  • 運命に翻弄されている人
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September 05, 2015

カンガルー・ノート

キーワード:
 安倍公房、かいわれ大根、夢、死、黄泉
安倍公房の遺作。以下のようなあらすじとなっている。
ある朝突然、“かいわれ大根”が脛に自生していた男。訪れた医院で、麻酔を打たれ意識を失くした彼は、目覚めるとベッドに活り付けられていた。硫黄温泉行きを医者から宣告された彼を載せ、生命維持装置付きのベッドは、滑らかに動き出した…。坑道から運河へ、賽の河原から共同病室へ―果てなき冥府巡りの末に彼が辿り着いた先とは?急逝が惜しまれる国際的作家の最後の長編!
(カバーの裏から抜粋)
そもそもの始まりは文具会社に勤める男が朝起きて、朝食を食べているときに脛にかいわれ大根が生えてくるところから始まる。そして病院に行くが、看護婦にぞんざいに扱われ、診断結果がよく分からないので硫黄の温泉療法がいいんじゃないかと医者に見放されるようにベッドに乗せられ病院を放りだされる。

そして、そのベッドが主人公の意識とシンクロして走りだし、三途の川のようなところにたどり着き、小鬼のような人物と出会ったり、死んだはずの母親と再開したり、交通事故を記録しているアメリカ人整体師、キラーと出会ったり、ミス採血娘に3年連続で選ばれたこともあるドラキュラ娘に遭遇したり、変なキャラや舞台がよく出てくる。

腹が減って他に食べるものがない時には、自分の脛から生えているかいわれ大根をむしって食べたりもするが、次第にかいわれ大根の精気も失われていき・・・。

この作品を前衛的と言ってしまえばその通りなのだけど、これは特にぶっ飛んでいる感じがする。三途の川のような幻想的なところにいたと思ったら、突然普通の街の道路であったり、踏切であったりするところにシーンが変わる。安倍公房の長編作品は他のものは一応すべて読了しているが、この作品は、その中で一番よく分からないというか、気持ち悪いカオスな夢をみているような感覚に陥る。よく酒を飲んだ後に追われたり不安を掻き立てられるような、不快な夢を見るのだけど、自分の夢が作品化されているような気がして変な感じがした。

三途の川であったり、病院のシーンが出てきたり、安楽死や尊厳死といったものも作中で語られていることから、確実に『死』が根底にあるテーマであるのは間違いない。この作品を面白いと感じるかどうかは別として、ブラックユーモアと幻想的な世界で不条理にも翻弄される主人公を通して『死』について考えさせられる。

安倍公房作品で一番衝撃を受けたのは、何度か示しているように『砂の女 (新潮文庫) [文庫]』だね。また、断然面白いと思うのはSF的な『第四間氷期』、あとはエロく気味の悪さが混在している『密会』とか、自身を都市で見失っていく『燃えつきた地図 (新潮文庫) [文庫]』なんかが好きだったな。あと、このブログで取り上げた安倍公房作品は以下。安倍公房の作品に初めて触れたのは高校の国語の教科書に載っていた『赤い繭』だった。そこから『砂の女』をどういう経緯で選んだのか忘れたけど、読んではまった。

一人の作家の長編をすべて読むということはあまりないのだけど、安倍公房の前衛的なよく分からなさと不安を掻き立てられる不条理さにどこか惹かれるのだと思う。




読むべき人:
  • 前衛的な作品が好きな人
  • よくカオスな夢を見る人
  • 死について考えてみたい人
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September 02, 2015

鍵のかかった部屋

キーワード:
 ポール・オースター、ニューヨーク、失踪、作家、自己喪失
ニューヨーク3部作3作目。以下のようなあらすじとなっている。
美しい妻と傑作小説の原稿を残して失踪した友を追う「僕」の中で何かが壊れていく……。
緊張感あふれるストーリー展開と深い人間洞察が開く新しい小説世界。高橋源一郎氏が激賞する、現代アメリカで最もエキサイティングな作家オースターの<ニューヨーク三部作>をしめくくる傑作。
(カバーの裏から抜粋)
3連続でニューヨーク3部作を読んだ。

あらすじを補足すると、主人公の「僕」と友人のファンショーは子供のころから家が隣同士で友人関係であった。ファンショーはハーバード大学に進学するも中退し、その後タンカー船員などになって各地を放浪しながら作家になり、「僕」とも次第に疎遠になっていた。「僕」は新進気鋭の批評家になっていたところ、ファンショーの妻、ソフィーからファンショーが失踪したという手紙が届く。

表面上はやはり他のニューヨーク3部作の1作目『ガラスの街』,2作目『幽霊たち』のように探偵小説風になっている。ファンショーの生い立ちを振り返りながら、ファンショーの行方を追っていく過程が。しかし、主人公はファンショーの捨てたもの、妻子、作家としての名声などを引き継ぐように得ていくが、ファンショーについて追えば追うほどファンショーとは自分が考え出した幻影にすぎないのではないかと疑念さえ抱き始める。そして、自分自身が揺らいでいく。

そしてこの物語も主人公の視点は誰なんだ?と引っかかるところが出てくる。例えば以下の部分を読むと。
 しかし、その結末だけは僕にとってもはっきりしている。それは忘れていない。これは幸いなことだと思っている。なぜなら、この物語全体が、結末において起こったことに収斂しているからだ。その結末がもしも僕の内側に残っていなかったら、僕はこの本を書きはじめることもできなかっただろう。この本の前に出た二冊の本についても同じことが言える。『ガラスの街』、『幽霊たち』、そしてこの本、三つの物語は究極的にはみな同じ物語なのだ。
(pp.182)
ここはあとがきでもなく、作中の内面描写部分で、文脈上ここでの「僕」は主人公になる。しかし、どう考えてもここは神の視点でのポール・オースターのように突如口出ししているようにも思える。表面上通りに受け取れば、この作品の主人公が前作の『ガラスの街』、『幽霊たち』を書いたことになる。

また、ファンショーの妻が失踪した夫を捜索するために雇った私立探偵のクインという男が出てくるが、これは『ガラスの街』の主人公と同じ名前である。そして、『ガラスの街』でクインが依頼を受けた男、ピーター・スティルマンも出てきて、本作の主人公の「僕」がフランスで出会う。そんな何気ない演出もあって、ニューヨーク3部作のそれぞれの関係性にいろいろな想像の余地が与えられる。それぞれの作品の世界観が入れ子構造になっているのか?などなど。

3部作に一貫しているのは、表面の探偵小説風であることと、主人公が翻弄されて自身のアイデンティティーが揺らいでいくところだ。そして、時折著者の独白のように作家として物語を書くということはどういうことか?という描写もところどころにちりばめられている。さらに、結末直前まではどうなるんだ!?と盛り上がるのだけど、結末が分かったような分からないような、微妙な感じで置いていかれる側面も・・・。

ポール・オースターの作品を継続して読んでみたが、好きな作家というか、自分に合う作家であることを認識できた。ポール・オースターの作品は暇を見つけて全部読みたいと思った。また、アメリカ文学は多様性に満ちて奥が深いとも思った。




読むべき人:
  • 探偵小説が好きな人
  • アイデンティティーについて考えたい人
  • 物語を書くとはどういうことか考えたい人
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August 09, 2015

幽霊たち

キーワード:
 ポール・オースター、ニューヨーク、探偵、作家、前衛
ニューヨーク3部作の2作目。以下のようなあらすじとなっている。
私立探偵ブルーは奇妙な依頼を受けた。変装した男ホワイトから、ブラックを見張るように、と。真向いの部屋から、ブルーは見張り続ける。だが、ブラックの日常に何の変化もない。彼は、ただ毎日何かを書き、読んでいるだけなのだ。ブルーは空想の世界に彷徨う。ブラックの正体やホワイトの目的を推理して。次第に、不安と焦燥と疑惑に駆られるブルー…。’80年代アメリカ文学の代表的作品!
(カバーの裏から抜粋)
ニューヨーク3部作の1作目が、以下の作品であった。別に1作目の完全続編というわけでもない。舞台がニューヨークであることと、主人公のアイデンティティーが次第に揺らいでいく部分以外は、まったく別物であると言っていい。

主人公はブルーという私立探偵で、かつてブラウンに師事して探偵のイロハを覚えた。ある日ホワイトという男に、ブラックという男を監視して週1回報告書を書いてくれと依頼される。実に簡単な仕事だと引き受け、ブラックのアパートの道路の反対側の部屋からブラックを逐一監視する。しかし、ブラックがやっていることは何かを書き物して、読書をして、ときどき街に出かけるだけで、事件らしいことが何も起こらず、次第に疑心に駆られていく・・・。

象徴的にこの物語を示すなら、DB管理システムにおけるデッドロック状態みたいなものだ(勘の良い人ならなかばネタバレしてしまうような例えだが・・・)。しかし、主人公のブルーだけが自分が何をやっているのかがはっきりと分かっていない。確かにブラックを監視しているが、ブラックは何者かもわかっていない。ブルーを紐づけるブラックを監視すること、という仕事の意義も見失われていき、自分が「誰でもない人間」になっていく過程が不安を掻き立てられた。

訳者あとがきには、『オースターは、カフカ、ベケット、安倍公房といった作家たちと比較されてきた』とある。あぁ、なるほどと思った。安倍公房的だなと思った。前作の『ガラスの街』は『燃えつきた地図 (新潮文庫) [文庫]』のようだし、『幽霊たち』は若干『他人の顔 (新潮文庫) [文庫]』に近い。共通するのは、自身の存在が揺らいでいき、不安にさせられる点。安倍公房が好きな作家なので、ポール・オースターもこの系統なのかと分かって満足した。

そういえば、以前TOEIC対策のために英語リーディングを強化しようと、以下の洋書で本作を読もうと試みたのだった。結局ブルーがブラックを監視し始めたところで止まって、本棚に置いておいたのにどこかに消えてしまった。幽霊みたいに(本作の「幽霊」は全く別の象徴なのだけどね)。


新潮文庫のほうは130ページと少ないし、訳も読みやすいのですぐに読めると思う。特に最後のほうはペースが速まる。しかし、分かったような、分からなかったようなもやもやしたものが読後に残る。よって、またいつか再読だ。



幽霊たち (新潮文庫)
ポール・オースター
新潮社
1995-03-01

読むべき人:
  • 探偵小説が好きな人
  • 安倍公房が好きな人
  • 不安になる小説が読みたい人
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August 01, 2015

ガラスの街

キーワード:
 ポール・オースター、探偵、ニューヨーク、作家、迷子
ニューヨークを舞台とした小説。以下のようなあらすじとなっている。
「そもそものはじまりは間違い電話だった」。深夜の電話をきっかけに主人公は私立探偵になり、ニューヨークの街の迷路へ入りこんでゆく。探偵小説を思わせる構成と透明感あふれる音楽的な文章、そして意表をつく鮮やかな物語展開―。この作品で一躍脚光を浴びた現代アメリカ文学の旗手の記念すべき小説第一作。オースター翻訳の第一人者・柴田元幸氏による新訳、待望の文庫化!
(カバーの裏から抜粋)
まとめスレのおすすめ小説として、ポール・オースターのニューヨーク3部作が示されていたので、試に買って読んでみた。本作品が3部作の第1作目。

主人公は元ミステリー作家のクインという男。ある日夜中にかかってきた間違い電話に出ると、「ポール・オースター探偵事務所ですか?」という内容だった。何度かその間違い電話に出るうちに、クインはその探偵に成りすまして、電話の主の元を訪れる。電話の主はピーター・スティルマンで、幼少のころに父親に監禁されていたという話を聞く。そしてその父親がニューヨークに帰ってくるらしいので、父親を監視してほしいという依頼を興味本位から受けて、主人公はニューヨークの街を闊歩する依頼主の父親を尾行しはじめる。

主人公は依頼主の父親に気づかれないように尾行して、後筋をメモしていくとアルファベットのように見て取れることを発見したり、いつどこで何をしているかを逐一観察し、父親の素性を知ろうとしていく過程が探偵小説っぽい内容である。しかし、終盤に向けて探偵小説ではなくなっていく。次第に主人公が翻弄されていき、ニューヨークの都市に埋没していく。自分がやっていた探偵真似事が何の成果も見いだせないままに。

"ポール・オースター"という登場人物が出てくる。間違い電話の話題の人物であるが、実際には作家として妻も子供もいる。クインが実際に会ってその境遇に羨望のまなざしを抱くほどクインと対照的である。物語の視点は、クインの1人称でもなく、作中の"ポール・オースター"でもなく、別の誰かであることが最後に分かる。また、訳者あとがきには作者のポール・オースターは妻と出会えていなかったらどうなっていたかを思い描こうとして書いたとある。結局、"ポール・オースター"は現在の自分、クインはバッドエンドに向かう自分を描写したのだろうと想像できる。もちろん、他にもいろんな読み方はできるが。

この作品は特に文章に惹きつけられる。
 ニューヨークは尽きることのない空間、無限の歩みから成る一個の迷路だった。どれだけ遠くまで歩いても、どれだけ街並みや通りを詳しく知るようになっても、彼はつねに迷子になったような思いに囚われた。街のなかで迷子になったというだけでなく、自分のなかでも迷子になったような思いがしたのである。
(pp.6)
訳者の柴田元幸氏もこの部分を引用して、『圧倒的に惹きつけられたのは、その透明感あふれる文章である』と示している。海外文学は、文章が自分に合う、合わないがはっきりわかるが、ポール・オースターの文章は違和感もなくすんなり入り込んでいけた。もちろん、そうなるような秀逸な翻訳によるところも大きい。

ポール・オースターの作品は以下の青春小説を読んだことがある。これも読みやすく、なかなかよかった。

『ガラスの街』は、主人公が不条理に翻弄されて都市に埋没していくのが割と好きな内容だなと思った。



ガラスの街 (新潮文庫)
ポール オースター
新潮社
2013-08-28

読むべき人:
  • ミステリー小説が好きな人
  • ニューヨークに行ったことがある人
  • 埋没した感覚を味わいたい人
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July 05, 2015

ファイト・クラブ

キーワード:
 チャック・パラニューク、ルール、スープ、男、人生
映画原作の小説。以下のようなあらすじとなっている。
おれを力いっぱい殴ってくれ、とタイラーは言った。事の始まりはぼくの慢性不眠症だ。ちっぽけな仕事と欲しくもない家具の収集に人生を奪われかけていたからだ。ぼくらはファイト・クラブで体を殴り合い、命の痛みを確かめる。タイラーは社会に倦んだ男たちを集め、全米に広がる組織はやがて巨大な騒乱計画へと驀進する―人が生きることの病いを高らかに哄笑し、アメリカ中を熱狂させた二十世紀最強のカルト・ロマンス。
(カバーの裏から抜粋)
この作品はしばらく絶版だったらしい。最近になって本書の新版が出版されたようだ。

毎週レンタルDVDの配送が届き、追われるように映画を見ている身としては、エドワード・ノートン、ブラッド・ピット主演の映画はもちろん見ている。確か大学生のころ、例によって2chの映画スレとかでお勧め作品をあさっていて、この作品がよいということで見てみると、結末で軽い衝撃を受けた。その当時は結末の意外性に驚嘆したが、本書は結末を知っているだけに、そのような衝撃はもちろんない。

しかし、である。読み進めるうちにボディーブローを受けた後でじわじわとそれが効いてくるような、そんな読後感が残った(もちろん、本書みたいに実際に殴り合いのファイトでボディーブローを受けたことなんかないのだけど)。

毎朝決まった時間に目覚ましで起こされ、ホームからいつか落ちるのではないかと思うような激混みのラッシュ時の新宿駅から山手線に乗り、オフィスでスペックの低いPCでよく分からない客先ルールに従いつつ仕事をこなし、もっと速く仕事をしろ、そしてミスはするなと鞭で打たれながら残業生活が長く続いて疲弊し、これは自分の望んだ生活だろうか?と悶々と考えていた日々の僕にぴったりの作品であった。

本書を読んで突きつけられるのは、自分の人生をちゃんと生きているのか!?ということ。他人の作ったルールに従属して生きていないで、自分の作ったルールで生きろ!!と。しかし、自分の作ったルールに囚われてもいけないと。

ファイト・クラブ規則
  1. ファイト・クラブについて口にしてはならない。
  2. ファイト・クラブについて口にしてはならない。
  3. ファイトは一対一。
  4. 一度に一ファイト。
  5. シャツと靴は脱いで闘う。
  6. ファイトに時間制限はなし。
  7. 今夜初めてファイト・クラブに参加した者は、かならずファイトしなければならない。
 ぼくは自分のちっぽけな人生に脱出口を探していた。使い切りバターと窮屈な飛行機の座席の役割からなんとか脱出したかった。
(pp.249)
そういうことだ。

映画を見ていないなら、絶対この小説から入るのがよい。映像はおまけ。もちろんエドワード・ノートンの演技が神がかっていて(個人的にはエドワード・ノートンが出演する映画はどれも良作が多い気がする)、映像としては衝撃を受けるのだけど、小説の方がより本質を突きつけられる気がする。自分の人生についての。

そして、読了後は何か変わるのかもしれない。あと、高級レストランのスープに気をつけろ!!!w



ファイト・クラブ〔新版〕 (ハヤカワ文庫NV)
チャック・パラニューク
早川書房
2015-04-08

読むべき人:
  • 不眠症の人
  • 男性
  • 自分の人生を生きたい人
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May 16, 2015

重力が衰えるとき

キーワード:
 ジョージ・アレック・エフィンジャー、サイバーパンク、イスラム、ボンド、重力
サイバーパンクSFハードボイルド作品。以下のようなあらすじとなっている。
アラブの犯罪都市ブーダイーンで探偵仕事を営むマリードは、ある日ロシア人の男から行方不明の息子の捜索を依頼される。だがその矢先、依頼人が目の前で殺されてしまった! しかもなじみの性転換娼婦の失踪をきっかけに、周囲では続々と不穏な事件が。街の顔役の圧力、脳を改造した正体不明の敵……マリードは今日もクスリ片手に街を疾走する。近未来イスラム世界で展開するサイバーパンクSF×ハードボイルドミステリ。
(カバーの裏から抜粋)
年齢30歳くらいのマリードは、街を支配するパパと呼ばれるマフィアのボスの配下に入ることを避け、独立した探偵業を営んでいた。ブーダイーンという街は性転換者があふれ、脳を改造し、モディ:人格モジュールを差し込むことによって過去に実在した偉人の人格、架空の物語の主人公の人格を身に付け、さらにダディ:能力アドオンモジュールによって外国語を瞬時に話したりすることができる未来。

そこで次々と主人公マリードを取り巻く人物が残虐に殺されていく。どうやら敵はジェームズ・ボンドのモディを使った冷徹な殺し屋らしい!!マリードとジェームズ・ボンドの攻防が始まる!!というお話。

敵の通称ジェームズ・ボンド、というのは説明するまでもなくイアン・フレミング原作の007の主人公で、この時代ではもう紙の本はあまり流通しておらず、ジェームズ・ボンドの作品も過去の遺物として扱われている。敵はこれを使ってウォッカ・マティーニを飲み、イギリスのために戦う存在ではなく、完全に殺しの能力を獲得するためだけにボンドになりきっている。しかも心臓をえぐって死体のそばに置くなど、残虐で異常性も持ち合わせている。いつも正義のジェームズ・ボンド視点の作品ばかり見ているから、敵役なのはなんだか新鮮な感じがした。

敵はジェームズ・ボンドのモディを使う殺人者、ということしか分かっていない状況から、誰が何のために殺していくのか?という過程が分かっていくのが警察ミステリっぽく面白かった。そこにサイバーパンク的な要素、脳内麻薬を仕込んだり、ニードルガンという武器やモディ売り場、モディ、アドオンをつけることでマトリックスのように能力拡張ができる仕組みなどがアクセントになっている。ただネットワーク空間の描写などコンピュータ的なのはほとんどない。主人公は電話を腰に付けているけど、今のようなスマフォのような感じでもなさそうだった。

あとはブーダイーンというイスラム世界がさらに独特の雰囲気を醸し出していた。マフィアのボス的なやつと会うときは常に本題に入る前に儀式的にコーヒーを何杯も飲み、「あなたにアッラーのご加護がありますように」と相手を祝福する言葉を掲げたりする。暑く砂埃が舞う、そして退廃的な街をイメージしていた。

ニューロマンサーのような分かりにくさはほとんどなく、さくさくとページが進んで読みやすい。サイバーパンク的な要素は控えめで、どちらかと言うと、フィリップ・マーロウのようにタフでどこかユーモアを忘れない主人公によるハードボイルドミステリ作品だった。割と熱中して読めた。でも、結末はどこか切ない。

言ってみれば、アラブの近未来が舞台で、ジェームズ・ボンドとフィリップ・マーロウが対決するような物語にどっぷりつかりたい人にはお勧めだ。



重力が衰えるとき (ハヤカワ文庫SF)
ジョージ・アレック・エフィンジャー
早川書房
1989-09-15

読むべき人:
  • サイバーパンク作品が好きな人
  • 007作品が好きな人
  • フィリップ・マーロウ作品が好きな人
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April 09, 2015

甘美なる作戦

キーワード:
 イアン・マキューアン、スパイ、冷戦、小説家、ラブレター
英国スパイ小説。以下のようなあらすじとなっている。
英国国教会主教の娘として生まれたセリーナは、ケンブリッジ大学の数学科に進むが、成績はいまひとつ。大好きな小説を読みふける学生時代を過ごし、やがて恋仲になった教授に導かれるように、諜報機関に入所する。当初は地味な事務仕事を担当していた彼女に、ある日意外な指令が下る。スウィート・トゥース作戦―文化工作のために作家を支援するというのが彼女の任務だった。素姓を偽って作家に接近した彼女は、いつしか彼と愛し合うようになる。だが、ついに彼女の正体が露見する日が訪れた―。諜報機関をめぐる実在の出来事や、著者自身の過去の作品をも織り込みながら展開する、ユニークで野心的な恋愛小説。
(本書のそでから抜粋)
007を筆頭としたスパイもの映画が好きで、小説もいろいろと開拓していこうと思っていた。この前読んだ『BRUTUSの読書入門』で角田光代が本書を読んでいるとあって、気になるので買ってみた。買う前はイアン・マキューアンの作品は未読だったわけで、たまたま図書館に同著者のスパイ小説を発見し、そちらを先に読んでいた。こちらはエログロな感じだったが、本書は幸いにもグロい描写はまったくなかった。

本書の主人公のセリーナは金髪の美しい女性でMI5所属であるが、オフィスで書類整理や調べものをする給料も少ない下級事務職員であり、特にスパイとしての才能や経験があるわけでもない。たまたま文学好きであったことから、反共産党的な作品を書いている作家の文化工作のためのSweet Tooth作戦に抜擢され、創作資金の援助対象の同世代の作家、トムと出会い、恋におちるが、自身がMI5所属のスパイである身分は隠さなくてはいけないという状況になるというお話。

スパイ小説というと、ジェームズ・ボンドのようにMI6所属で海外を飛び回り、格闘、銃撃戦、カーチェイスなどのアクションや敵との相手を皮肉った駆け引きの会話、裏切り、黒幕の正体がわかるまでのサスペンス要素などが盛り込まれたエンタメ作品のようなものをイメージしがちである。しかし、本作の主人公はMI5所属(MI6は外務省管轄で主に海外で作戦を実行する組織だが、MI5は英国国内の治安維持を目的とした情報機関)であるが、大企業の一般職のような仕事についており、Sweet Toothの作戦も地味な文化支援なので、一般的にイメージしがちなスパイ活動とは程遠い。

イアン・マキューアンの文体は、一文一文は気取った比喩表現もないが、同じシーンの描写が若干冗長に感じられる。そしてスパイものにありがちなサスペンスやアクションもほぼ皆無で、美しいセリーナとトムの情事も繰り返し描写されて、少し辟易しているところに、トムの習作ともいえる短編がメタフィクションとしていくつか提示され、それに対して品評を行うセリーナがあり、一向に物語の山場が見えてこない。二人に対しての感情移入もあまりできず、そのため1日1章以上夢中に読み進めることもできなかったので、後半に入るにつれて気の抜けた炭酸飲料のような退屈なスパイ小説ではずれ作品だと思っていた。最終章を読むまでは。

22章構成からなる本書であるが、最終章、その最後の数ページを読み終えたとき、Sweet Tooth(直訳すると「甘党」で原題にもなっている)作戦の意味が分かり、そしてこの作品の書き出しをもう一度読み返してみた後、上質なスイーツを食べたときのように口元が緩み、心地よい余韻がしばらく残った。また、Sweet Toothを『甘美なる作戦』(「甘美」の意味はここを参照)と訳されているのも秀逸だと思った。

また、本書に出てくるメタフィクションとしての短編作品はイアン・マキューアン自身の未発表作品や既刊作品が取り込まれているらしい。そしてセリーナと恋仲になる作家であるトムの視点での小説の作成過程、思考状態、小説論などもとても興味深く読めるし、70年代の東西冷戦下の世界情勢、イギリスの置かれた状況などもスパイ作品らしく読めてよい。

最後の最後がとても印象的で、読んでよかったと思った。男性作家による主人公、セリーナとトムの関係(スパイと小説家という立場を除いたとしても)の描写はなんだか現実味がない気もする。女性がこの作品を読んで、僕と同じように心地よい読後感が得られるのだろうか?と思ったので、誰かためしに読んでみてほしい。

一気に読み進められるような作品ではないのだけど、がんばって最後まで読み切ってほしい。読み切った暁には、甘美で心地よい余韻を得られるはずだから。そして、また今度暇なときに読み返してみようと思う作品だった。



甘美なる作戦 (新潮クレスト・ブックス)
イアン マキューアン
新潮社
2014-09-30

読むべき人:
  • 恋愛小説が好きな人
  • 小説家志望の人
  • 心地よい余韻に浸りたい人
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March 01, 2015

イノセント

キーワード:
 イアン・マキューアン、スパイ、トンネル、ドイツ、黄金作戦
イギリスの小説家によるスパイ恋愛小説。以下のようなあらすじとなっている。
終戦後のベルリン。世間知らずの英国人青年技師レナードは、戦争の傷跡がまだなまなましいこの街に足を踏み入れた時、自分の人生が大きく変わろうとしているのを感じた。だが、行く手に待ち受ける恐怖までは予測できなかった。レナードが来たのは、英米情報部の対ソ連共同作戦、トンネルを掘って東側基地の通信を盗聴する〈黄金作戦〉に参加するためだったが、美しいドイツ人女性マリアと出会い、うぶなレナードは激しい恋におちる―運命を知らずに。注目の作家の、エスピオナージュ仕立ての話題作。
(Amazonの商品説明から抜粋)
例によって近所の図書館で借りた。最初になんでこれを借りたのかは忘れた。確か著者のことも知らずに適当に取って本のそで部分に書いてあった各新聞の講評にスパイものと示してあったからだったはず。1回目に借りた時は、他の本を優先して読了したので最初の1行だけ読んで結局読めなかった。2回目に借りたのは、去年あたりに同著者のスパイ小説が発売されて、気になっていたので先にこちらの本を読了しておきたかった。ちなみに本書は絶版らしいので、書店ではたぶん手に入らないはず。舞台は1955年のアメリカ占領地区の西ドイツ。主人公はイギリスから派遣された通信省に勤めていたメガネをかけた25歳の青年である。実際にあった黄金作戦に参画するために、アメリカ陸軍のグラスという男の下、トンネル内のソ連の通信を傍受する仕事に就く。ある日、グラスたちとある酒場に行ったときに、30歳になる美しいドイツ人女性、マリアに見初められて、女を知らなかったレナードは次第に愛欲におぼれていき、やがてマリアの元夫とのトラブルに巻き込まれていく・・・。上質な小説だなと思った。描写がすっと頭に入ってくる。難しい表現はあまりない。主人公の目を通した情景や風景、心情が映像を見ているように脳内再生される。

地下のトンネルに入る前の最初は150台のテープレコーダーを箱から取り出してそれらを点検する仕事をする。淡々とこなし、終わったらマリアの部屋に行って情事にふける。時々二人で出かけてサイクリングに行ったり、踊ったり、流行りの曲に耳を傾けたりする。そしてトンネルに入るようになり、次第にソ連の通信を傍受する任務に就く。あるとき年上のマリアに対して乱暴な態度を取ったことから二人の関係に隙間ができ、関係が次第にすれ違っていくのが何とも言えない感じがした。

英国スパイ小説といっても、007のように派手な感じではない。銃撃戦などは皆無である。またMI6は少しだけ話題に上がるけど、特別そこの所属の登場人物が出てくるわけではない。CIAに関しても偉い人物が話の中で出てくるだけ。主人公に至っては別に軍所属でもない。それでも、最後は東西分裂しているドイツを交えた戦争なんだと思わせる展開で、だんだんとハラハラとさせられる。

そして想定外にエログロだった。その描写も脳内で自然と映像が思い浮かぶから困る。割とグロ中尉な作品。訳者あとがきによると、この著者の作品の傾向は割とグロテスクなのが多いようで、他の作品を読むのをどうしようかと若干躊躇する。一部の章だけなのだけどね。

しかし、読み終わってから、レナードとマリアの関係にどこか何とも言えない同情の気持ちと爽やかにも似た心地よさが残って、割と読んでよかった作品だと思った。ちなみにタイトルの英単語の意味は以下で、訳者によればそれぞれを包含しているらしい。映画化して脚本がよかったらきっと面白いだろうなと思って読んでいたら、実際に著者が脚本担当で以下のタイトルで映画化されているようだ。気になるので見てみよう。



イノセント (Hayakawa Novels)
イアン マキューアン
早川書房
1992-09

読むべき人:
  • スパイ小説が好きな人
  • 官能的な作品が好きな人
  • 忘れられない人がいる人
Amazon.co.jpで『イアン・マキューアン』の他の作品を見る

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February 15, 2015

こうしてお前は彼女にフラれる

キーワード:
 ジュノ・ディアス、ドミニカ、浮気、愛、半減期
ドミニカ系作家の短編集。9作品が載っている。著者は『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』のジュノ・ディアス。9編の作品の主な主人公は、『オスカー・ワオ』の親友で物語の多くの語り手であったモテ男、ユニオールとなる。そのユニオールが高校生くらいから常に誰かしら恋人がいるのに、他の女と浮気をして、最大同時に50人まで数をこなし、各タイトルごとに彼女が変わり、そして結局うまくいかずに彼女にフラれるというお話(正確には1タイトルは主人公がユニオールではないけれど)。

ユニオールは割と頭脳明晰で、14歳にして『ダールグレン』(この前本屋でSF作品特集でこの作品を見かけたが、この本単体でMASTERキートンに出てきたネクタイで本を縛って投擲武器にできるような分厚く威圧感のある、漆黒のハードカバー作品)を読んでおり兄のラファは常に女を部屋に連れ込んでユニオールの隣でやっている。そんで父親も愛人を連れ込む癖があり、母親は兄のラファを溺愛しているが、弟のユニオールはついでに世話をしなくてはいけないという程度の存在でしかない。兄や父親のようにはならないと思いながらも、半ば崩壊した家庭で育ったことにより、自身も頭でわかっていてもどこかでばれることを期待しているように浮気を繰り返してしまう。家系の呪いのように。

兄がガンで死亡したり、父親が失踪し、ユニオールはハーバード大学で教鞭をとるようになるなどいろいろと著者のこれまでの人生がネタになっている部分もある。実際は著者の兄は白血病で亡くなっており、父親は失踪、マサチューセッツ工科大学で教えている。著者の自伝的な内容なのかと思うが、前著の主人公『オスカー・ワオ』の要素もあるので、ほんの一部の設定だけなのだろうと思う。モテまくって浮気をしてばれるという経験を経てみないことには本当のところはわからないのだけどね。

一番切なくも感情移入できるのは『ミス・ロラ』というタイトルのもの。これは前著『オスカー・ワオ』の姉であるロラとの関係のことと思われる(オスカーについては全編を通して一度も出てこないが)。兄の死後、16歳の高校生の時に別の女と付き合っている状況でロラと出会い、どこかでロラのことが気になっているが、恋人の存在がそれを邪魔している。結局会えなくなって、どこかでロラのことを思い出している。起伏もあまりなく、淡々と一人称で語られているが、少し切ない読後感が残る。別に浮気の部分には全編を通してあまり共感はできないのだけど。

訳者は著者が来日した時にどうして浮気について書くのか、下北沢のB&Bで開催された東京国際文芸フェスティバルの場で直接訪ねてみたようだ。その答えが以下となる。
 きちんと親密さを感じて育むことができない、という男性たちについて語る、これ以上の方法はないからですよ。浮気とは親密さを避けるためのものなんです。ちゃんと感じたがらない、人とつながりたがらない、相手のことを想像したがらない男たちを示すための、話にして面白い、ものすごくあからさまな方法なんですね。
(pp.231-232)
なるほど、と実体験から共感できるものが何もないが、おそらくそうだろう。個人的には浮気というのは、自分がいかにモテる存在であるかというのを誇示するための結果ではなく、満たされないものを埋めようとした結果のどこか精神疾患に近いものだと理解している。

本書は『オスカー・ワオ』のようにオタク的要素がちりばめられたようなマジックリアリズムではない。物語中に出てくる小説作品などは、『ダールグレン』の他に『ニューロマンサー』くらいだった。内容としてもリアリズム的な作品で、ぶっ飛んだ神のような存在は出てこない。短編なので、タイトルごとに読み進められる。そして共感できる部分もあれば、できない部分にふと遭遇する。

本書も新潮クレストブックで、図書館で借りた。今日が返却期限なので今から返してくる。




読むべき人:
  • 浮気ばかりしている男性
  • 浮気男に翻弄されている女性
  • 愛について考えたい人
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February 08, 2015

タイガーズ・ワイフ

キーワード:
 テア・オブレヒト、トラ、祖父、戦争、死
幻想的な小説。以下のようなあらすじとなっている。
紛争の繰り返される土地で苦闘する若き女医のもとに、祖父が亡くなったという知らせが届く。やはり医師だった祖父は、病を隠して家を離れ、辺境の小さな町で人生を終えたのだという。祖父は何を求めて旅をしていたのか?答えを探す彼女の前に現れた二つの物語―自分は死なないと嘯き、祖父に賭けを挑んだ“不死身の男”の話、そして爆撃された動物園から抜け出したトラと心を通わせ、“トラの嫁”と呼ばれたろうあの少女の話。事実とも幻想ともつかない二つの物語は、語られることのなかった祖父の人生を浮き彫りにしていく―。史上最年少でオレンジ賞を受賞した若きセルビア系女性作家による、驚異のデビュー長篇。全米図書賞最終候補作。
(そでから抜粋。)
今年は図書館で世界文学を主に借りて読もうと思っていた。なので、また近所の徒歩15分ほどの一見しょぼい図書館に行って、ふらふらとアメリカ文学コーナーを眺めていた。そしたら本書のタイトルが目に付いた。直訳すると『トラの嫁』。ほう、と興味をまずそそられた。次に表紙のイラストに惹かれ、著者が1985年生まれで僕より年下の女性であり、最後にあらすじを読んで幻想的な感じがしたので、何の前提知識もなく借りて読んでみた。

舞台はバルカン半島のある国(著者の出自から今はもうすでにない旧ユーゴスラビア国と推測される)で、主人公は22歳ほどの女医、ナタリアである。同じく友人である女医のゾラとともに隣国のある村の孤児院での予防接種のボランディアに出かけた途中に、祖母から祖父の死を知らされる。かつて祖父から聞かされていた幻想的な話、死にたくても死ねない『不死身の男』と祖父との長い関係、祖父の生まれ故郷のガリーナ村で遠くの動物園から脱走してきたトラが村の少女に懐き、その少女『トラの嫁』と9歳ほどの祖父との関係、また祖父が死んだ地でのナタリアの聞き込みにより、祖父の人生、そしてバルカン半島の紛争状況が多層的に判明していく。

最初のほうに感じたのは、描写が繊細、緻密でスゴいなと。慣れるまでは冗長な気もするが、次第にそれが著者独特の文体、リズムとなってなじんでくる。そしたら幻想的なお話もリアリティを伴って、まるで自分もそこにいてその光景を見ているような感覚にもなる。どうしても著者が25歳で本書を書いた(しかも400項近くの長編デビュー作!!)というバイアスがかかって、高評価になりがちだが、それでも読了後には年齢の先入観をとっぱらってもこれはスゴいと思った。そしてその静謐な文体を損なうこともなく、違和感なく読める翻訳もまたスゴい。

次は物語構成もよい。『不死身の男』と『トラの嫁』の話は直交していない。それでも祖父と祖父を取り巻く当時の人間たち、例えばガリーナ村での『トラの嫁』のかつての夫で弦楽器演奏家だったが肉屋となったルカ、ルカを懐疑的に見ていた不細工だが村民から信頼を得ている薬屋、またトラを狩るためにやってきたクマ狩りのプロフェッショナルであるダリーシャなどなどが、それぞれの生い立ちやそこに至るまでのエピソードが人物像に肉付けされ、祖父の生きてきた世界が間接的につながっていき、次第に明らかになっていく。物語の視点もそれに伴って、現代のナタリアの視点から幼い祖父の視点(祖父の回顧)であったり、各主要人物の視点に章ごとに移り変わっていく。

やはり文体も構成力も25歳のデビュー作でここまで書けるものか!?と感嘆させられるのは間違いない。謝辞に2年ほど執筆していたとあるから、23歳くらいから書き始めているようだ。ものすごい才能としか言いようがない。著者自身、セルビアからカイロ、そしてアメリカに移住してきた経緯があって、このような作品が書けたのだろうと思うが、それにしてもスゴい。16歳でUCLAに入学、20歳でコーネル大学大学院創作科に入学しているから才女であることは間違いない。なんというか、世界は広い!!と実感した。

テーマとしては、死者と向き合うこと、というようなものがあったと思う。それが『不死身の男』の死神のような、そして死者をあちら側に弔うような義務、儀式、宗教的で超自然的な形で描写されていた。死は突然に訪れて、残されたこちら側の人たちは、遺品やかつての当事者のエピソードからその人が語らなかった物語を人づてで追って別の側面を知る、と言う部分があるのだと思う。もちろん、今生きている人だってすべて人に語りたいことばかりではないという側面もあるけどね。語りたくないこと、語れないことはたくさんある。

また、トラやクマやトキ、オオカミ、キツネなどいろいろな動物も出てきて、それが幻想性をより増している。

伝承や口承によるエピソードが重層的に示されており、訳者あとがきには『マジックリアリズムの系譜に連なる現代の作家であることは間違いない』と示されている。読了後に言われて改めて、なるほど、そうだなと思った。読んでいるときはそこまで意識がなかったけど。一つ前に読んだ『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』は典型的なマジックリアリズム作品だったけど。現代アメリカ文学は依然としてマジックリアリズムが流行なのかな。

読んでいる途中はめちゃくちゃ面白いという作品ではない。ただ静謐で繊細、緻密で不思議で幻想的な読後感が残り、もう1回最初から読んで正確に物語構成を把握したいと思わされるような、そんなタイプのスゴ本だったと思う。それにしても図書館で適当に選んだ本がスゴ本であるというのは、ハンター×ハンターのヨークシンシティで『凝』によって掘り出し物を探し当てるような感覚だなと思ったwこれまでの経験値によって、タイトルやあらすじから直観的にスゴ本の匂いがわかるのかもしれない。

ちなみに、読了までに結構時間がかかるので、買って読むのをお勧めする。新潮クレストブックはページの手触りもよいし、フォントもとても読みやすく、上質な小説を読んでいると実感できるし。表紙のイラストもよいのが多い。本書は幻想的で動物がたくさん出てきて、戦争や死について考えたい人にはお勧めの作品。




読むべき人:
  • 幻想的な作品が読みたい人
  • 動物が好きな人
  • 死について考えてみたい人
Amazon.co.jpで『テア・オブレヒト』の他の作品を見る

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January 24, 2015

オスカー・ワオの短く凄まじい人生

キーワード:
 ジュノ・ディアス、呪い、ドミニカ、オタク、サファ
ドミニカ系アメリカ人による小説。以下のようなあらすじとなっている。
オスカーはファンタジー小説やロールプレイング・ゲームに夢中のオタク青年。心優しいロマンチストだが、女の子にはまったくモテない。不甲斐ない息子の行く末を心配した母親は彼を祖国ドミニカへ送り込み、彼は自分の一族が「フク」と呼ばれるカリブの呪いに囚われていることを知る。独裁者トルヒーヨの政権下で虐殺された祖父、禁じられた恋によって国を追われた母、母との確執から家をとびだした姉。それぞれにフクをめぐる物語があった―。英語とスペイン語、マジックリアリズムとオタク文化が激突する、全く新しいアメリカ文学の声。ピュリツァー賞、全米批評家協会賞をダブル受賞、英米で100万部のベストセラーとなった傑作長篇。
(そでから抜粋)
今年最初の本はこの作品。いつもは遅くとも10日以内に更新していたが、今年はだいぶ遅くなった。

本書はBRUTUSの読書入門で訳者によって世界文学のページで紹介されていた。そこで『ドミニカ共和国生まれで日本のポップカルチャー好きなアメリカ在住の作家が書いたドミニカ共和国とアメリカが舞台の本(pp.036)』と示されていた。さっそく行きつけの大型書店で探したらなかった。そこで訳者の21世紀の世界文学30冊を読むをちょっと立ち読みしたら本書が紹介されていて、『読まずに死ぬと後悔するほどの傑作』というようなことが書いてあったので、ぜひ読まなくては!!と思った。近所の図書館で検索してみたら、置いてあったので借りて2週間の貸し出し期限で読了した。

主人公はドミニカ生まれで、太っていて不細工で、ファンタジー小説やSF映画、テーブルトークRPG、アメコミなどが大好きなナードよりなオタクである。さっぱりモテなくて、暴走気味に女性に近づくときに好きなSF作品などを話題として相手のことをまったく考えずに話し、そしてキモがられて拒絶されている。また、SFやファンタジー小説を書くのがライフワークとなっている。名前の由来はオスカー・ワイルドのもじりとなっている。

オスカーの家系はアフリカを発祥としたとされる凶運の『フク』と呼ばれる呪いに翻弄される。物語は最初は1974-1984年のオスカーの幼少期に唯一モテた話から始まり、1982-1985年のオスカーの姉、ロラの視点に変わり、思春期のボーイフレンドとの関係、母親との確執が示されている。また1955-1962年にはオスカー、ロラの母親の思春期時代にモテまくった話、そしてギャングと恋におち次第に暴力的に虐げられる話が続く。さらには1944-1946年にはオスカー、ロラの祖父であり、医者で裕福なアベラードが当時ドミニカを支配していた独裁者、ラファエル・トルヒーヨから自分の妻と娘をいかに守るか奮闘しながら、最後には転落する様子が描かれている。

ところどこにオスカー視点(といいつつ語り手はたまに神の視点での著者であったり、大体はオスカーの大学時代に知り合った友人、ユニオールの語り)に移り、オスカーの一生が友人関係やオスカーのうまくいかなかった恋路から自殺未遂をしたり他者の暴力によって負傷したりするエピソードが独特の語り口調で示される。

この作品の何がスゴいのかというと、物語を脚色したり比喩のアクセントとしてSF、ファンタジー小説(特に『指輪物語』が頻出)やアメコミ作品(『ウォッチメン』、『ファンタスティック・フォー』などマーベル系)や映画(『猿の惑星、『マトリックス』、『ゴースト/ニューヨークの幻』など)、カードゲーム(該当箇所を探すのが面倒だから省略w)、アメリカのテレビドラマ(これも多すぎるしマイナーなのばかりなので省略)、日本のアニメ(『宇宙戦艦ヤマト』、『キャプテンハーロック』、『超時空要塞マクロス』、『AKIRA』)やゲーム(オスカーがプレイする『スト2』やドミニカの辺境で不毛な地域を例えるために『聖剣伝説』シリーズに出てくる「ガラスの砂漠」まで!!)などの固有名詞が頻出し、そのすべてに訳者注が示されている!!これはよくここまで調べたなぁと思った。きっと自分の好きな作品が必ず2,3個は出てくることは間違いない。また、作者のジュノ・ディアズはどれだけオタクなんだ!!と感嘆させられる。

オタク的なポップカルチャーが特徴的であるが、ドミニカで1940〜1960年ごろにトルヒーヨによる独裁、恐怖政治の状況が示されており、勉強になったというか、こんな悲惨な世界があるのかと思った。秘密警察によって住民たちは監視されており、トルヒーヨを嘲笑しただけで数時間後には広場で死体となっていたり、国の女はすべて自分のものだと言わんばかりにやりたい放題で、気に入らないやつを投獄してそいつの土地や家や経営する店などを徴収したりする。ドミニカはそんな悲惨で暗黒な歴史があったのだなと、自分の知らなかった世界を垣間見た。

いわゆるマジックリアリズム的な手法の代表作であるラテンアメリカ文学の『百年の孤独』のような感じでもあるが、そこまでぶっ飛んだ感じでもない。とはいえ、呪いやその対照的な祈り、『サファ(冒頭でマコンドで大事な言葉だったと出てくる)』という概念も出てきたり、神のような存在である黄金のマングースが出てきたり、不吉な予感の象徴のようなサルバドール・ダリの絵に出てくるような顔のない男が出てきたりもする。また『百年の孤独』のようにページがまったく進まないということはない。むしろ著者独自の語り口調でスピードをつけて一気読みできる部類(でも激しく続きが気になる!!、という展開でもない)。

訳者があとがきで『ここまで新しくて面白い、というのは尋常なことではない。その点で、本書の登場は二十一世紀のアメリカ文学における一つの事件である。 (pp.407)』と示されている。読了後の率直な感想を示せば、めちゃくちゃ面白い!!!絶対読まなくては損だ!!とまでは思わなかった。それでも、一家3代に渡る物語の構造が重厚だがマジックリアリズムのポップバージョンのようでもあり、主にドミニカという舞台、物語の進行を半ば無視して別の話を展開する著者によるかなり多い原注などもあって今まで読んだことのないタイプの作品だと思った。

また、なによりもまったくモテなくても2次元に逃避せずに3次元の女性に向かってがんばるオスカーに共感できたし、僕も頑張ろうと不思議と勇気づけられた気がした。結末はちょっぴり切ないけれど。

以前からアメリカ(大陸)文学は面白い作品が多く、スゴい!!と思っていたが、この作品によってまたそれを裏付けられた。そういった意味では、この作品は十分スゴ本の部類に入ると言ってもよいだろう。




読むべき人:
  • ドミニカを舞台とした作品を読みたい人
  • アニメやゲーム、映画などが好きなオタクな人
  • まったくモテない人
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December 25, 2014

ニュークリア・エイジ

キーワード:
 ティム・オブライエン、核、戦争、不安、総合小説
アメリカ文学作品。以下のようなあらすじとなっている。
元チアリーダーの過激派で「筋肉のあるモナリザ」のサラ、ナイスガイのラファティー、200ポンドのティナに爆弾狂のオリー、そしてシェルターを掘り続ける「僕」…’60年代の夢と挫折を背負いつつ、核の時代をサヴァイヴする、激しく哀しい青春群像。かれらはどこへいくのか?フルパワーで描き尽くされた「魂の総合小説」。
(カバーの裏から抜粋)
舞台は1958年から1995年までのアメリカ。主人公ウィリアムは1995年時点で49歳。詩で自分を表現する元フライトアテンダントの妻、ボビと12歳になる娘、メリンダがいる。ウィリアムは核弾頭によってもたらせられる終末を恐れており、妻と娘を守り、自分自身の信じるもののために家の庭に穴を掘り続けている。しかし、妻と娘にはまったく理解されず、気が狂っていると思われている。

1958年の章は、ウィリアムが12歳のところからスタートする。その当時から最後の審判がやってくることを確信し、家の地下室に手製のシェルターを作成している。そして高校生あたりになっても、その傾向は変わらず、結果的に両親に精神科通いを進められるが、自分はいたって正常であり、友達も意図してあまり作らず、常に終末に備えていると担当医に告げる。そして、大学では『爆弾は存在する』と一人で紙をもって活動し始めたところから、元チアリーダーで魅力的なサラ、肉体派のナイスガイ、ラフティー、爆弾狂のオリー、その友達の200ポンドのティナが仲間に加わる。

物語としては、とりわけ面白いわけではない。主人公のパラノイア的な言動が多く、妄想のような心情描写も長く、読み続けていると疲弊するというか、どこか辟易としてくる。また、主人公を愛している、追いかけられたいのと言っている割には、どこか満たされないものを抱えて主人公を翻弄するような典型的な女、サラにもあまり感情移入できない。さらに、60年代アメリカを代表するような政治家、軍事関係者、ロックバンドなどの訳注を参照しなくては分からない固有名詞が頻出している。

しかし、東西冷戦、キューバ危機、泥沼化していくベトナム戦争、核弾頭をいくつも全米の基地に抱え込んでいて、いつそれらが発射されるかわからない60年代から70年代のアメリカの置かれた不安な情勢が主人公を通して描かれていた。パラノイア的に自分が掘っている『穴』に掘れよと催促され続ける主人公。狂っているのは、主人公なのか、それともその主人公を取り巻く世界なのか!?そういうこともいろいろと考えさせられる。

著者はベトナム戦争に歩兵として参戦しているらしい。また、『世界のすべての七月』にもベトナム戦争に従軍して人生がよくない方向に変えられた人物が出てくる。本作の主人公はベトナム戦争への徴兵を忌避し、国外逃亡している。そういう部分もあって、著者自身の全編ベトナム戦争など戦争や紛争に対する恨みつらみが込められているようでもあった。翻訳は村上春樹で、村上春樹自身の文体と著者の物語が相互作用しているような気がする。おなじみの「やれやれ」も多く出てくる。村上春樹の作品を読んでいるような気にさえする。また、村上春樹は訳者あとがきで『それぞれの読者に対して異なった捉えかたを要求する小説である』と示している。そして以下のようにも示している。
僕はこの小説を読み終えたあとで、誰かとすごく話しあいたかった。そしてもし誰とも話あえないのなら、(中略)何かすがるべき言葉が、空白を埋めてくれるべき言葉がほしかった。
(pp.650)
よって、読了後に空白をもたらす作品であると。そのため、この作品を『現代の総合小説』と呼びたいとあった。

語り合いたいとまではいかないけど(語る場も特にないし、だからここに書くしかない)、主人公のようにずっと自分や家族を脅かす存在に対する不安に決定打を打ち出せないまま生きながら、自分自身のよりどころとなるものを獲得しようと奮闘し続きながらもがいている部分に共感できたし、他の作品に比べてここに何か書き落としておきたいという気にさせられた。

60〜70年代のアメリカの情勢、空気感が村上春樹のコメント付きの詳しい訳注もあって、よくわかった。と同時に、普段の生活で覆い隠されている自分自身に内在する不安とか飢餓感、恐れているものを掘り起こされるような、そんな作品でもあった。



ニュークリア・エイジ (文春文庫)
ティム オブライエン
文藝春秋
1994-05-10

読むべき人:
  • 戦争小説を読みたい人
  • 60年代以降のアメリカの情勢を知りたい人
  • 何かに恐れを抱きながら生きている人
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December 24, 2014

百年の孤独

キーワード:
 ガルシア=マルケス、幻想、歴史、孤独、陶酔
ノーベル賞作家による幻想小説。

本書について書こうとすると、一筋縄とはいかない。本書の解説担当者も、一体どういう「解説」が可能なのか、途方に暮れると示している。なので、まずは同名の焼酎から語ることにする。

焼酎の「百年の孤独」は、宮崎県の酒造メーカー、黒木本店によって生産されており、店主が本作品に惚れ込んで名前を付けたらしい。いわゆるプレミアム焼酎の分類で、定価2,900円ほどのものが定価で購入することは難しく、ネット上の販売価格を見ると大体8,000円前後となっている。居酒屋などで飲もうとすると、1杯800〜1,000円ほどになる。

アルコール度数が40度でウイスキーのような洋酒に近いといろいろと書かれている。実際に居酒屋で2回ほど飲んだことがある(直近だとこれを読んでいる途中に1回)が、個人的にはズブロッカの癖のある草っぽさを緩和したような味で焼酎っぽくはなく、ウォッカが好きなので個人的には好きな味だった。

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ちなみに、この焼酎を定価で購入する方法がある。以下にまとめられたページがあるので参考に。飲みの席などで『百年の孤独』がメニューにあった時に、これはノーベル賞作家であるガルシア=マルケス(今年2014年に逝去)が書いた同名の小説が元ネタなんだよと、薀蓄を語るときが来るかもしれない。そんな時のために、備忘録もかねて書いておこう。この作品を一言で説明すると、コロンビアに架空の都市『マコンド』が作られて、そこでブエンティア家が100年にわたって世代を重ねながら、様々な事件やイベントが発生し、最後にはマコンドが消滅するまでのお話。

もちろん、改行がほとんどなく、びっしりと書き込まれた480ページ近くの重厚な作品を一言で示すのは無理がある。100年の間に、マコンドができた当初の様子、そこで幽霊が出てきたり、雨が3年間やまなかったり、物体を動かす超能力を持つ人間がいたり、大食い競争をやったり、鉄道が近くで敷かれたり、革命のようは戦争が起こったり、美しい少女に見とれて足を滑らせて死んだ人間がいたり、いろいろと情事もたくさん発生している。それらのエピソードを挙げていくときりがない。

しかも、ホセ・アルカディオ・ブエンディアをはじめとして、アルカディオ、アウレリャノなど世代間で名前を継承しているので、誰が誰だかわからなくなってくる。心情描写もあまりなく、途中の数々のエピソードや長い文章で、改行がない状況が続くと、自分自身がこの物語に埋没していくような、そんな不思議な体験をする。読んでいてもよくも悪くもまったく内容が頭に入ってこないこともときどきあるが、振り返ってみると、確かに自分もそこにいてぼんやりと神の視点でマコンドの様子を俯瞰的にずっと見ていた、そんな感覚が確かに残る。

この作品を最初に読んだのは今から10年ほど前の大学生のころだった。大学の図書館に置いてあって、確か2chの文学スレか何かを見てから、この作品の存在を知り、試に読んでみることにした。そのときは、大学の図書館で少しずつ読んでいたのだけど、その本は2段組みでフォントが小さく、今ほど読書経験が多くなかったので、まったく頭に入ってこず、強烈な睡眠薬のようでもあった。それでも精神修行だと思って、表面の字面だけを追って、最後数十ページと言うところで、結局挫折した。

それから社会人になって、改訳版が出版されているのを書店で見かけて買って、5年近く積んでいた。そしてようやく今年の夏ごろから少しずつ読んでみた。やはり読みやすいとは言い難い小説で、1日で物語の区切りとなる20ページぐらいずつしか読めなかった。読んでいても、途中で自分が物語に置いてかれ、10年前と同じように睡魔に襲われることもしばしば。それでもなんとか最後まで読了できた。内容の詳細についてはあまり頭に残っていないのだけど。

それでも、この作品を読むというのはとても贅沢な行為なんだと思った。ネットが発達し、読みやすくて短いネット、スマフォ的な文章がインスタントに好んで消費され、人々が読書をしなくなったと特集番組が放送されるような時代に、こんなに読了するまでに時間がかなりかかる傑作を悠長に読むのだから。時間的にも精神的にも余裕がないとまず無理だなと(ついでに値段的にも。また、図書館で借りたとしても、貸出期間2週間とかで読了は難しい)。

さらには1度読んだだけでは完全に頭に入ってこないので、また後で再読した時もきっと新鮮な状態で読めることだろう。また10年後に読み返したい1冊だな。そのときは、焼酎を手元に飲みながら、幻想的な物語と酒とを同時に陶酔したいものだ。



百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)
ガブリエル ガルシア=マルケス
新潮社
2006-12

読むべき人:
  • 幻想的な小説が読みたい人
  • 焼酎が好きな人
  • 贅沢な読書体験をしたい人
Amazon.co.jpで『ガブリエル ガルシア=マルケス』の他の作品を見る

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December 21, 2014

カウント・ゼロ

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キーワード:
 ウィリアム・ギブスン、SF、サイバーパンク、箱、伯爵
サイバーパンクSF小説。以下のようなあらすじとなっている。
新米ハッカーのボビイ、別名カウント・ゼロは、新しく手に入れた侵入ソフトの助けを借りて電脳空間に没入していた。だが、ふとしたミスから防禦プログラムの顎にとらえられ、意識を破壊されかけてしまった。その時、きらめくデータの虚空の彼方から、神秘的な少女の声がきこえてきた……!SF界の話題をさらった『ニューロマンサー』と同じ未来を舞台に、前作を上まわる衝撃的なヴィジョンを展開するギブスンの長篇第二作!
(カバーの裏から抜粋)
livedoorブログのAmazonリンクに書影がなかったから自分で撮って設定した。

『ニューロマンサー』がいろいろなSF作品に影響を与えたのは、SF好きな人にとって見れば語るほどのことでもない、常識的なものになっている。その『ニューロマンサー』をはじめとする<スプロール>3部作と言われる2作目が本書。『ニューロマンサー』の記事は以下。本作品では、『ニューロマンサー』とは別の人物が主人公となっている。主人公は3人いて、それぞれ章ごとに視点が変わる。

まずはタイトルにもなっている『カウント・ゼロ』のハンドルネームでハッキングの腕試しをしている新米ハッカーのボビイ。年齢は17歳ほどの少年で、ある日手に入れた侵入ソフトで電脳空間<サイバースペース>に没入<ジャックイン>して、映画データを盗み取ろうとしたところ、アイス(侵入対抗電子機器、攻殻機動隊の攻性防壁のイメージ)で自分の精神が破壊されそうになる。そしてマフィアのような組織に家を襲撃され、その仕事<ラン>を受けた人物たちに助けられる。

次の人物はターナーで、体躯のよい30歳くらいのフリーの傭兵。かつてインドで爆破されて肉体がバラバラになるが、バイオテクノロジーによって再生している。ある企業から別の企業に移籍をしたいという博士を安全に移送するための転職屋として、コブラのようなリヴォルバの銃を装備し、チームを指揮する。しかし、そこで博士の代わりにその娘と接触し、その娘と行動を共にしていく。

最後はマルリイ・クルシホワ。美術商で小さな画廊を営んでいたが、ある日肉体的には病で死んでいて、精神だけが電脳空間だけで存在する富豪で美術コレクターであるヨゼフ・ウィレクから、コラージュ作品のようなガラクタを詰めたような『箱』を探してくれと依頼される。その『箱』の作成者を巡って宇宙まで行く。

最後のほうまでそれぞれの人物が全く交差することなく、独立して物語が進む。それぞれの人物が電脳空間に常時没入しているという感じでもない。どちらかというと、電脳空間は物語での補助的な位置づけのように、現実世界でそれぞれの人物が動いていく。

Amazonのレビューには『電脳空間3部作の中ではいちばん詩的な作品だ』と評されている。なるほどなと思う。主人公たちを取り巻く周囲の些末な部分を含めた描写が細かく、個人的には三島由紀夫のような情景描写をSF風にしたような、そんな印象を受けた。

派手に爆発したり格闘するような部分は少ない。もちろんレールガンのようもので建物が吹っ飛ばされたり、レーザー光線で人の首が吹っ飛んだりする描写もあるが、それらは控えめ。サイバーパンク要素としては、デッキから伸びている電極を額に設定し、そこのコンソールをいじってマトリックスの世界にジャックインするし、精神だけの存在となった大富豪がサグラダファミリアを模した電脳空間で商取引をしたり、AIの暴走を監視するチューリングという組織があったり、耳の後ろのソケットにマイクロソフトと呼ばれるソフトを入れると飛行機の操縦が可能になったり、多言語の翻訳もできる。

あとは日立、富士通、東芝、朝日新聞、ソニー、千葉、東京、ヤクザなど日本的な固有名詞も多く出てきて、80年代のバブルのころに書かれたサイバーパンクのアクセントにもなっている。

『ニューロマンサー』は5年前に読んだのだけど、1日10ページほどしか読めず、読了に3ヵ月もかかった。しかもギブスンが示す電脳空間に自分の想像力が追い付いていかず、内容はあまり頭に入ってない。しかし、本作は割とすんなり読めた。もちろん、普通の小説、SF作品に比べて読みにくい部類だとは思う。それでも、1日数十ページは読めた。それでも、ちょっとでも気を抜くと独特の描写によって文章の森で迷子になってしまうようなことはよくあったけど。

本書は絶版になっている。たまたま近所の図書館に行ったら、3部作と『クローム襲撃』が置いてあったので借りて読んだ。これが絶版になっているのはもったいない。ぜひ復刊してほしいと思う。

サイバーパンクSFなんだけど、どこか純文学的でもあるような、そんな印象を受けた。また、それぞれの登場人物が最後には直接的にまたは間接的に交差する展開が面白かった。



ウィリアム・ギブスン
早川書房
1987-09

読むべき人:
  • サイバーパンクSFが好きな人
  • マトリックスが好きな人
  • 詩的な世界観を堪能したい人
Amazon.co.jpで『ウィリアム・ギブスン』の他の作品を見る

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December 16, 2014

酒仙

キーワード:
 南條竹則、酒、救世主、教養、阿頼耶識
ファンタジー小説。以下のようなあらすじとなっている。
酒星のしるしをおびた人間は、いずれその使命を果たすまで、酔って酔って酔いまくらなければならん――。こうして仙人に命を救われた暮葉左近は、酒飲み修行に明けくれる日々を送っていた。ところがある日、邪悪な<魔酒>を醸す三島業造が現れて……。古今東西の美酒珍味と、古典文学からの引用が満載された抱腹絶倒の「教養」小説。第5回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞。
(カバーの裏から抜粋)
スゴ本オフ『食とエロ』のテーマの時に頂いた小説。ちょうど2年前に参加したので、2年近くも積んでしまったようだ。

主人公の暮葉左近は江戸時代から続く豪商の家系に育った30歳で、その家系は酒豪でもあった。しかし、代を重ねるごとに没落していき、主人公はとうとう60億円もの負債を抱えて自分の人生にけりをつけようと風呂場に老酒をためて、そこで酒池肉林のごとく酒池をやって死にかける。そんな状況で仙人に助けられ、主人公の酒飲みの気質を見出されて、ひたすら酒を飲んで酒徳積んだ救世主になれと言われる。そして、そのために必要な聖杯と聖徳利を手に入れようとするが、魔酒を広めようとする三島業造と奮闘するという話。

独特の世界観で蓬莱山の仙人や妖怪、天使などいろいろな人間以外の人物がたくさん出てくる。主人公自身も千年に一度の聖酒変化という儀式で世の中に酒を満たし、至福が訪れるようにするための酒仙となっている。そして主人公の太鼓持ちのどぶ六とひたすら飲み歩いている。ファンタジーな登場人物、仙界などが出てくる反面、小岩の中華料理屋、浅草の泡盛屋、新橋のショットバーなど現実的なところが舞台にもなっているのが面白い。それぞれの店名が出てきて、調べてみると実在する(すでに閉店していたりするけど)ものもあったりする。

いろんな人間以外の登場人物が多数出てくるから、『千と千尋と神隠し』のようなジブリアニメで映像化したらはまるだろうなと思った。20歳以上の酒飲みの大人のためのアニメとして映像化してくれないかなと思った。

また、この作品で特筆すべきは漢詩からペルシアの歌など古今東西の酒にまつわる詩歌や酒のうんちくの引用が満載となっている点。それらの過剰とも思える引用が一見衒学的で酒の席でうんちくを垂れたがるおっさんのような嫌味がしそうだが、キャラの特性もあって不思議とそれがない。むしろ文化や歴史も含めていろいろと勉強になるなぁと思った。

ゴルゴダの丘で貼り付けになったイエスも酒仙だったとか、おとものどぶ六が「酒(しゅ)よ、酒よ、なぜ旦那をお見捨てになったのですか?」と言うセリフがあるが、それは解説によると新約聖書のイエスが死の直前に述べた言葉「主よ、主よ、なぜ私をお見捨てになったのですか」というのがネタらしい。このような教養的なパロディ要素も多くみられ、自身の教養レベルが高ければ高いほど楽しめる内容のようだ。もちろん、歴史や文化、宗教に疎い僕はそこまで気付かないのだけど。教養を深めた後に再読すればきっと面白さも増すはず。

目的達成のために、主人公はひたすら道中で老酒や琉球泡盛、葡萄酒、マティーニ、ウイスキー、日本酒などなどを飲みまくっている。そして回りからは気持ちいいくらいにいい飲みっぷりだ評されるほどである。そして読んでいると飲んでいるわけでもないのにほろ酔い気分になってくるから面白い。また、酒だけではなく、一緒に食べている中華料理などの描写もおいしそうで腹が減ってくる。

読んでいたら間違いなく何かしら酒を飲みたくなってくることは間違いない。本書を酒の肴に読むのもよいし、その独特の世界観の中での主人公の飲みっぷりに一緒に酔いしれるもよし。忘年会シーズン突入中ということもあり、すべての酒好きにおすすめのファンタジー「酒」教養小説!!



酒仙 (新潮文庫)
南條 竹則
新潮社
1996-09

読むべき人:
  • お酒が好きな人
  • 中華料理や中国文化に関心がある人
  • 自分の教養レベルを試してみたい人
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December 12, 2014

神々の山嶺

神々の山嶺〈上〉 (集英社文庫)神々の山嶺〈下〉 (集英社文庫)

キーワード:
 夢枕獏、山、エヴェレスト、人生、求道
山岳小説。以下のようなとあらすじとなっている。
カトマンドゥの裏街でカメラマン・深町は古いコダックを手に入れる。そのカメラはジョージ・マロリーがエヴェレスト初登頂に成功したかどうか、という登攀史上最大の謎を解く可能性を秘めていた。カメラの過去を追って、深町はその男と邂逅する。羽生丈二。伝説の孤高の単独登攀者。羽生がカトマンドゥで目指すものは?柴田錬三郎賞に輝いた山岳小説の新たなる古典!
(上巻のカバーの裏から抜粋)
その男、羽生丈二。伝説の単独登攀者にして、死なせたパートナーへの罪障感に苦しむ男。羽生が目指しているのは、前人未到のエヴェレスト南西壁冬期無酸素単独登頂だった。生物の生存を許さぬ8000メートルを越える高所での吐息も凍る登攀が開始される。人はなぜ、山に攀るのか?永遠のテーマに、いま答えが提示される。柴田錬三郎賞に輝いた山岳小説の新たなる古典!
(下巻のカバーの裏から抜粋)
昨年夏のスゴ本オフ『山』のテーマの時に紹介されていた。そのときから気になっており、以前西新宿のブックファーストのフェアでも取り上げられていたので、その時に買って積んでいた。そして最近読んでみた。読んでみたら評判通りのTheスゴ本!!って感じの圧巻の小説。

山に憑りつかれるように魅せられた男、そしてその山屋を追っていくうちにその男自身に惹きつけられる男の話。一言でいうなら、ルパン三世のテーマ曲にある『男には自分の世界がある』というような内容が書き表されている。

ネパール語でサガルマータ、チベット語でチョモランマ、英語でエベレスト(エベレスト - Wikipedia)。世界最高峰のこの山の絶壁部分の南西壁の冬季、無酸素、単独で登頂しようする伝説の日本人クライマー、羽生丈二。中卒で山に登り始めてから、山のために定職には就かず、人間関係も希薄で、誰もやったことがない登山に挑戦し続けている。山に金とか女とか目的などがあるわけではない。人生で山しかない羽生丈二には明言できるような登る理由もなく、それは何のために生きるのか?に転換されても答えはない。それでも最高峰の神の領域に足を踏み入れて、命がけで挑戦していく。

そしてその羽生丈二に出会ってしまって生き方を変えられたカメラマンの深町誠。最初はジョージ・マロリーのカメラを手に入れたことから羽生丈二と関わることになり、羽生丈二のこれまでを間接的に取材し、そしてエベレスト付近で羽生丈二と行動を共にすることで、ジョージ・マロリーが1924年にエベレストの登頂に成功したのかどうかのフィルムの情報を得るつもりが、次第にその本来の目的も忘れ、羽生丈二の生き様に惹きつけられ自分の中にどこか満たされず燻っていたものが焚き付けられていく。

この小説の何がスゴいのかというと、文章のリズム感だろうか。夢枕獏の作品はあまり読んだことがないが、短い文章で改行が多く、一見詩のような文体のようになっている。しかし、それが登山での足の歩み1歩、1歩を間接的に表現されているようにも思える。と同時に、それぞれの登場人物の登攀中の苦しみ、辛さ、葛藤、自問自答など極限状況の心情がダイレクトに読み手に流れ込んでくる。

そして、8000メートル級の世界ではどんなに高地トレーニングを積んでも高山病になり、酸素は薄く1歩の歩みで喘ぎ、テントの中でも寝ているだけで体力を消耗し、幻聴を聞いたり幻覚が見え始め、風速50メートルほどのジェットストリームによる風が襲い、上から石が降ってきて直撃すると致命傷になり、ほんの少しの気の緩みで滑落して死が待ち受けているマイナス25〜40度の過酷な世界にあたかも自分もそこにいるかのような感覚になってくる。そして文体もあるが、面白さも相まってページがどんどん進む。

やはり何もかもを捨てて自分の人生、生命をかけてまで挑戦したり果敢に何かを成し遂げようとうする人物に魅了される。『月と六ペンス』では画家ポール・ゴーギャンがモデルの主人公、ストリックランドが貧困に陥るがただ絵を描きたいのだと言って妻子など他のすべてを捨てて、絵に生涯を投じていた。それと同じように羽生丈二という男は山にすべてを賭けていた。入念な準備をし、エベレストを地道に調査し、8年がかりで50歳近い年齢で挑戦している。こういうものを読んでしまったら、なんとなくぼーっと過ぎていく毎日を送る自分に、このままでいいのか?こんな生き方をすべきじゃないのか!?と自分自身も深町のように焚き付けられてしまう。人によっては今後の人生観に影響が出そうなほどの内容となる気がする。ちょっと山に行(逝)ってくるという人がいてもおかしくないくらい、いろんな意味で危険な作品でもある。僕は行かないけど。

登山などほどんどやったこともないし、それほど関心がない僕でも楽しめてかつそれに命を懸けた男の生き方にも魅了された。
 それを成し遂げるには、その行為者が神に愛されねばならない。
(下巻 pp.132)




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December 06, 2014

窓際のスパイ

キーワード:
 ミック・ヘロン、スパイ、窓際、組織、落ちこぼれ
落ちこぼれスパイ小説。以下のようなあらすじとなっている。
〈泥沼の家〉と呼ばれるその部署は、英国情報部の最下層だ。不祥事を起こした部員はここに送り込まれ、飼い殺しにされるのだ。若き部員カートライトも訓練中のミスのせいでここに放り込まれ、連日ゴミ漁りのような仕事をさせられていた。もう俺に明日はないのか? ところが英国全土を揺るがす大事件で、状況は一変した。一か八か、返り咲きを賭けて〈泥沼の家〉が動き出す! 英国スパイ小説の伝統を継ぐ新シリーズ開幕!
(カバーの裏から抜粋)
主人公はイギリス国内のテロ対策などに対応する保安局、通称MI5に所属している。ある日昇進試験としてテロ犯を捕まえるという訓練中に致命的なミスを犯し、通称「泥沼の家」に左遷されて出世の道から外れ、事務処理などの些末な仕事をする日々を送っている。郊外にあるビルの1室の「泥沼の家」には同じように職務で失敗したものやアルコール中毒の人間など、「遅い馬」と呼ばれる落ちこぼれたちが集まっていた。

そんなときにパキスタン人の19歳の大学生が誘拐されてネット上に監禁されている動画が流される。その事件解決を独自にやろうと「泥沼の家」のメンバーが奮闘する!!というお話。

スパイというとジェームズ・ボンドのようにMI6所属で海外を飛び回ってテロ組織と対抗したり銃撃戦をしたり、ボンドガールとの情事があったりとスケールの大きなものを想像しがちだけど、これは全く逆。なぜなら主人公は30歳前で落ちこぼれて無能扱いされて、ロンドン市内だけの話にとどまっている。そんで「泥沼の家」でそこのボスからの指令の仕事もまたミスったりしている。それでも本人は自分は無能ではない、左遷されたのは何かの間違いだ!!と思いながら出世のメインストリームに返り咲くことを切望して悶々としているという状況。

舞台のスケールは狭く、派手さはあまりない。敵のイデオロギーみたいなものも特にないし、どちらかというと本部とわき道にそれた「泥沼の家」の内部対立のような組織小説?のような感じで読むと面白い。主人公が落ちこぼれで僕と年齢が近いというのも、個人的に共感できる部分。実際は無能ではない設定になっているが、本作ではあまり活躍しておらず、主人公の存在が薄いのだけど。

一般的なスパイ小説として読むとどこか物足りない。しかし、落ちこぼれた人間たちが一致団結して活躍する小説として読めば面白い。割と読みやすくページも結構すんなり進み、引き込まれるような感じなので。これがシリーズ化されてあと2作続くようなので、主人公の活躍は次の2作に期待したい。



窓際のスパイ (ハヤカワ文庫NV)
ミック・ヘロン
早川書房
2014-10-10

読むべき人:
  • スパイ小説が好きな人
  • 部署内の対立を経験している人
  • 落ちこぼれてしまった人
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November 21, 2014

旅のラゴス

キーワード:
 筒井康隆、旅、SF、超能力、人生
SF旅小説。以下のようなあらすじとなっている。
北から南へ、そして南から北へ。突然高度な文明を失った代償として、人びとが超能力を獲得しだした「この世界」で、ひたすら旅を続ける男ラゴス。集団転移、壁抜けなどの体験を繰り返し、二度も奴隷の身に落とされながら、生涯をかけて旅をするラゴスの目的は何か?異空間と異時間がクロスする不思議な物語世界に人間の一生と文明の消長をかっちりと構築した爽快な連作長編。
(カバーの裏から抜粋)
最近なぜかこの『旅のラゴス』が売れているという現象が発生しているようで、気になっていた。また、10月に神楽坂にできたスポット、la kaguに新潮文庫のすべてのタイトル約3000冊が売られており、そこで見つけて手に入れた。ちなみに、1ヵ月前ほどに西新宿のブックファーストで平積になっていた。フェアというほどでもなかったけど、一押しなのかね。

筒井康隆の作品はこれが初めてだった。別に敬遠していたわけでもなく、ただ何となく生きている作家は後回し、それよりも海外文学がいいかなと思って日本人作家の作品はあまり読んでなかったりする。特にSFというジャンルに関しては。

30歳くらいの男、ラゴスが主人公。重厚な表現が多い作品を読んでいたりすると、ラゴスの一人称で簡潔な表現による旅行記のような文体に最初は慣れなかった。そしていきなりある村で超能力によって集団転移をするというところから始まる。行先はシュミロッカ平原と聞きなれない場所、スカシウマ、ミドリウシなどの架空の動物が出てきて、どうやらこの世界は地球ではないように思える。

ラゴスは行く先々でいろいろな人と出会う。奴隷になったりしてその場所で何年も労働したりしなくてはならないこともあるが、ラゴスの人徳によって行先の人々に慕われてまた次の目的地に旅立っていく。そんな旅の話。

途中までは不思議な世界を傍観しているようであったけど、最後のほうになって、『あぁ、旅だ』、と思った。人生そのものが旅であるというようなテーマ性もあるのだけど、純粋に『旅』だと思った。目的地に至るまでのトラブルを含めた過程、移動すること、自分の知識、経験の枠を超えるような体験をすること、いろいろな他者に出会って、最後は自分自身を知る、というような旅。そんな印象を最後に抱いた。

個人的なことだけど、最近カンボジアのアンコールワットを巡る旅行に行ってきた。本書を読了してから旅立ったけど、改めて本書を振り返ると、感嘆と称賛を伴って『あぁ、旅だ』としか言えない。そこにはうまく言語化できないさまざまな含意が込められている、そんな境地。

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カンボジア旅行記を日記ブログに書いたので、暇な人はどうぞ。本書は『旅』のテーマそのものもよいのだけど、SF的な文明の盛衰なども描かれてワクワクした。読めばきっと旅に出たくなるはず。そしたら、思い切って行けるときに行っておこう。



旅のラゴス (新潮文庫)
筒井 康隆
新潮社
1994-03-01

読むべき人:
  • 旅が好きな人
  • 失われた文明に関心がある人
  • 自分の人生について考えたい人
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October 19, 2014

何かが道をやってくる

キーワード:
 レイ・ブラッドベリ、ファンタジー、ハロウィン、悪夢、時間
ファンタジー作品。以下のようなあらすじとなっている。
ある年の万聖節前夜、ジムとウィルの二人は13歳だった。そして彼らが一夜のうちに大人になり、もはや永久に子供でなくなってしまったのは、その10月のある週のことだった……。夜の町に訪れるカーニバル、その回転木馬の進行につれて、時間は現在から過去へ、過去から未来へと変わり、それと同時に魔女や恐竜が徘徊する悪夢のような世界が現れる。抒情詩人が贈る一大ファンタジー。
(カバーの裏から抜粋)
物語はある年の10月24日の真夜中の3時を過ぎたころから始まる。あらすじにある万聖節前夜というのは、ハロウィンのこと。家が近所同士のジムとウィルは、ある日やってきた見慣れないカーニバルの一団の一味が真夜中に回転木馬に乗っているのを目撃する。乗っていた人間は回転木馬が1周するごとに若返っていき、大人から12歳くらいの少年の姿に!!また鏡やガラスの見世物小屋に入ると、年老いた自分に出会ったりし、その世界に捉えられてしまう人が出てくる。カーニバルを率いるダーク、その仲間の盲目の魔女、一寸法師、骸骨男、その他奇妙な奴らはみな闇の住人だった!!少年二人とウィルの父親で54歳、図書館の管理人をしているチャールズがそいつら闇の住人に恐れつつも対峙する!!というお話。

読む前は何も予備知識がない状態だったから、ファンタジー、というのだからもっとほんわかした感じだと思っていた。ハロウィンがテーマだからもっと楽しい感じかと思っていたら、思ったよりもダークな内容だった。読んでいる途中はなんだか夢に出てきてうなされそうだなと思った。残虐なシーンとかはないけど、それでもチャールズが痛めつけられたり、ダークの蛇などの入れ墨がうごめいていたり、盲目の魔女が魂のに臭いを頼りに気球に乗ってきたりと不気味だが、図書館でチャールズとダーク、魔女などが対峙するシーンなどはハラハラしつつ読んだ。

主人公たちが13歳だから、その年齢くらいに読めば冒険譚のような感じで読めると思う。もちろん僕もそっちのほうを意識して読んでいたのだけど、注目すべきはウィルの父親のチャールズではないかとも思う。ある意味裏主人公的なポジション。妻と子供がいて、図書館の管理人をしているが、特にそれ以外にとりえもなく、なんとなく過去や若さに対する郷愁を抱いている。そして、回転木馬によって若返る闇の敵たちと対峙することで、もう一度その郷愁の根本を追体験しているような、そんな印象がした。だから、もうちょっと歳をとってから再読するとまた違った印象を受けるのだろうなと思った。

没頭できるシーンがあれば、そうでない部分もある。ブラッドベリ独特の描写もあって読ませるのだけど、続けて読み進めるのがしんどかった。そもそもフォントが小さいし、あとAmazonのレビューを見ているとどうも翻訳がよろしくないようだ。いまいち全編没頭しきれなかったのは、きっとそのせいだ!!ということにしておこう。

あとレイ・ブラッドベリの他の作品で読んだのは以下。日頃くたばれハロウィン!!、日本では流行らないんだよ!!(特に深い意味も体験もないけど)と思っている身としても、なかなか楽しめる作品だったw



何かが道をやってくる (創元SF文庫)
レイ・ブラッドベリ
東京創元社
1964-09-30

読むべき人:
  • ハロウィンが好きな人
  • 10代の少年の人
  • 60歳くらいの過去ばかり回想している人
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October 05, 2014

パラークシの記憶

キーワード:
 マイクル・コーニイ、SF、ミステリ、凍結、真相
SF小説。以下のようなあらすじとなっている。
冬の再訪も近い不穏な時代、村長の甥ハーディは、伝説の女性ブラウンアイズと同じ瞳の色の少女チャームと出会う。記憶遺伝子を持つこの星の人間は、罪の記憶が遺伝することを恐れ、犯罪はまず起きない。だが少年と少女は、背中を刺された男の死体を発見する…名作『ハローサマー、グッドバイ』の待望の続編。真相が今語られる
(カバーの裏から抜粋)
前作は『ハロー、サマーグッバイ』で、こちらは1975年に書かれたもので、それから時間がたって、1990年代に本書、続編が書かれたようだ。時代設定は前作から数百年は経っていると思われる惑星で、人型の異星人、スティルク人が住んでいて、地球人より少し小柄で、狩猟や漁業を営んで男性と女性が別の集落で暮らしている。一応モーター車などの機械文明も一部あるが、前作よりも少し衰退したような文明設定になっている。

そして人々はオブジェクト指向の親クラスを継承するクラスは親クラスのメンバを自由に参照できるように、先祖の記憶を生まれながら継承している。その記憶を見るために星夢といって意識的に先祖の記憶をさかのぼるように眠りについて、過去の経験値を受け継ぐ。そのため、本に頼ることもない。その記憶を一番さかのぼれるものが村長になるという風習が残っており、22世代前くらいが一番古い記憶になる、という設定になっている。

主人公は17歳の少年で、だんだん寒さが厳しくなり、食糧難になりかけている村にいるという状況で、殺人死体を発見してしまう。星夢により殺人など起きることのない文化なのに、それが発生してしまい、自分に嫌疑をかけられ追われつつ謎を解いていかなくてはいけない。そこで数世代前からやってきて居ついている地球人の力を借りつつ、真犯人も追いながら、迫りくる厳しい凍期にも対処しなくてはいけないというお話。

前作も読んだ場合は、前作とどちらが面白いかと比べたくはなる。しかし、個人的にはこれは、2作品で1セットの内容で比べる意味もないかなと。遅れて出版された上下巻のような位置づけ。なぜなら前作だけでは面白さが半減してしまうかもしれないから。つまり、前作だけを読むと、なんという悲劇!!と読み間違えてしまう可能性があった。僕は完全に読み間違えていた。インターネッツが発達していない時代、まして本作が出版されていない状況だったら、前作の真相はわからないままだったろう。

つまり、前作の結末の真相が描かれている。本作は去年(2013年)に河出文庫で出版されたようで、本当に出版されてよかったと思う。

本作では主人公と舞台設定が若干変わっている。前作の主人公たち、少年ドローヴと少女ブラウンアイズは神格化されて伝説の人物となっており、直接的には出てこない。でもそういう前作の登場人物がところどころ物語のキーとなるのがRPGの続編っぽい面白さの要素になっていて好きな展開。あと前作の二人は12歳くらいの少年少女なので、ほんわかとしているけど、こっちはソレナンテ・エ・ロゲ!?裏山けしからん!!ww(ソレナンテ・エ・ロゲ - アンサイクロペディア)な展開が多くて恋愛要素としては若干何とも言えない部分もある。

しかし、本作の全体像としては、訳者解説に以下のように示されている。
 前作巻頭の作者の言葉をアレンジして説明するなら、
これは恋愛小説であり、ミステリ小説であり、SF小説であり、さらにもっとほか多くのものでもある
(pp.521-522)
いろんな要素が描かれていて、楽しめた。個人的にはSF要素が一番よかったかな。

前作を読まなくても楽しめるような内容にはなっているけれど、絶対に読んだほうがいい。特に前作を読み終わった後、どういうことだってばよ!!Σ (゚Д゚;)ってなった後すぐにググらず本作を読み始めるのが吉。そしたらセットでそういうことだったのか!!と楽しめる内容になっている。

520ページ近くと前作よりもだいぶ長い物語になっており、途中若干中だるみしたりするが、300ページを超えたあたりから面白くなってくる。SF小説にありがちなよく分からない描写なども少なく、読みやすい。ロリンという人型の毛むくじゃらの生物がいたり、村の風習、星夢などの設定も面白く、その独特の世界観に没頭できるし、最後の結末、真相もひっくるめて楽しめた。



パラークシの記憶 (河出文庫)
マイクル・コーニイ
河出書房新社
2013-10-08

読むべき人:
  • ミステリ小説が好きな人
  • 続編RPGが好きな人
  • 独特の世界観に没頭したい人
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September 15, 2014

飢餓同盟

キーワード:
 安部公房、同盟、発電、革命、挫折
小説。以下のようなあらすじとなっている。
眠った魚のように山あいに沈む町花園。この雪にとざされた小地方都市で、疎外されたよそ者たちは、革命のための秘密結社“飢餓同盟”のもとに団結し、権力への夢を地熱発電の開発に託すが、彼らの計画は町長やボスたちにすっかり横取りされてしまう。それ自体一つの巨大な病棟のような町で、渦巻き、もろくも崩壊していった彼らの野望を追いながら滑稽なまでの生の狂気を描く。
(カバーの裏から抜粋)
夏になると思い出したように安部公房作品が読みたくなる。まだ未読の長編作品は本作品と『カンガルー・ノート』のみとなったので、こちらを先に読むことにした。

地方の町、花園はかつて温泉が出ていたのだけど、地震の影響で温泉が出なくなってさびれつつある。そこの主要産業であるキャラメル工場で働く花井という男は、尾骶骨あたりに尻尾のようなものが生えており、ひもじい様という神様を祭った茶屋で育ち、貧乏であったりよそ者など、何か満たされぬ者たちが集まるひもじい同盟を設立する。

あるとき、地下探査技師と名乗る織木がやってきて、服毒自殺を図り、その織木の遺書を読んだことから地熱発電で企業し、ひもじい同盟を飢餓同盟と改めてこの町、そして全国に革命を起こそうとする。

なんだかいろんな登場人物が出てきて、この町での派閥や思惑が安部公房独特の人物像、会話によってからみついていく、そんな作品。他の作品に比べてSF的な要素はあまりないのだけど、主人公が花井の境遇が不遇であり、育ててもらったが恨みを持つ人間に対して一泡吹かせてやろうという鬱屈した心情が描かれている。

安部公房の他の作品よりも没頭して読めなかったかな。それでも他の作品にも共通する閉塞感というか、翻弄される感じがよく描かれていて、読んでいる人間をどこか不安に陥れるような、そんな感じがする。

安部公房作品で、このブログで取り上げたのは以下。特に面白いのは、下2作品かな。このブログで取り上げていないのでは、鉄板の『砂の女』、『燃えつきた地図』、『他人の顔』なども。

不安と翻弄される非日常に没頭し、読了後に現実に自分に起こったことでなくてよかったと安堵(どの作品もハッピーエンドにならず、しばし後味の悪さは残るけど)したいなら安倍公房作品が断然いいなと思う。



飢餓同盟 (新潮文庫)
安部 公房
新潮社
2006-09

読むべき人:
  • 地方出身者の人
  • 不遇な境遇にある人
  • 常に何か満たされない境地の人
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September 07, 2014

ウルトラ・ダラー

キーワード:
 手嶋龍一、インテリジェンス、偽札、思惑、外交
インテリジェンス小説。以下のようなあらすじとなっている。
1968年、東京、若き彫刻職人が失踪した。それが全ての始まりだった。2002年、ダブリン、新種の偽百ドル札が発見される。巧緻を極めた紙幣は「ウルトラ・ダラー」と呼ばれることになった。英国情報部員スティーブン・ブラッドレーは、大いなる謎を追い、世界を駆けめぐる。ハイテク企業の罠、熾烈な諜報戦、そして日本外交の暗闇…。わが国に初めて誕生した、インテリジェンス小説。
(カバーの裏から抜粋)
かつて参加した『本好きが選んだ新潮文庫の160冊』の会のスゴ本オフでいただいた作品。もう2年も経っているのだなぁ。それだけ積んでしまったということで、そろそろよいころあいかと思って読んだ。

インテリジェンス小説というのは、簡単に言えばスパイが活躍する小説。スパイ、エージェントというと、イアン・フレミング原作の007シリーズが有名で、東西冷戦にからんだお話が多い(映画は全部見ているが、原作は一作品も読んだことはないけど)。本作の舞台の半分以上は現代の日本がお話で、北朝鮮が作成しているという精巧な偽ドル札を英国の秘密諜報員が追うというお話。

物語の詳細とかはネタバレするとだめなので、特に解説はしないけど、現実と虚構を織り交ぜた各国の置かれた状況、外交的な駆け引き、思惑などが偽ドル札から北朝鮮による拉致被害などにも絡んでいって、想像以上に展開していく物語の構成力はスゴいと思った。これは著者のような職業経験を持ちえないと絶対書けないだろうなと。

実在の人物、たとえば北朝鮮の金正男がディズニーランドに遊びに来るために偽造パスポートでやってきたというエピソードも入っていたりする(あと噂によると赤坂見附でよく飲んでいたとか聞いたことがある)。また、日本の外交官の登場人物もそれなりに近いモデルがいるのではないかなと思わせてくれて、物語りに深みを与えている。

しかし、ところどころに出てくるインテリジェンス的なやり取りとはあまり関係ない料亭での食事、英国人主人公のスティーブンが習っている篠笛、そしてその師匠の身にまとう着物、スティーブンの乗るクラシックカー、サンデーサイレンス産駒など競馬の話など、博学なネタが満載なのだけど、その頻度にどう?これ知っている?とオッサンに酒の席で薀蓄を垂れられているように感じて、若干鼻に着くのは否めない。

あとは物語の構成的なものは各国を舞台に飛び回るのがよいのだけど、特に主人公の人物像というのはあまりパッとしないというか、人物描写がよろしくないなと。Amazonのレビューにもあったけど、掘り下げがなく、ぼやけた人物像であんまり感情移入できる感じでもなかったかなと。他の人物も似たような感じ。

個人的には主人公スティーブンがオックスフォード大学の恩師と会っていろいろと会話するシーンで、インテリジェンスとは何かを教授が説いている部分がなるほどと思った。以下その部分を引用。
「あの河原の石ころを見たまえ、いくつ拾い集めたところで石ころは石ころにすぎん。だが、心眼を備えたインテリジェンス・オフィサーがひがな一日眺めていると、やがて石ころは異なる表情をみせ始める。そう、そのいくつかに特別な意味が宿っていることに気づく。そうした石だけをつなぎ合わせてみれば、アルファベットのXにも読み取れ、サンスクリット語の王にも読み取れ、漢字の大の字にも見えてくる。知性によって彫琢しぬいた情報。それこそ、われわれがインテリジェンスと呼ぶものの本質だ」
 雑多な情報のなかからインテリジェンスを選り分けて、国家の舵を握るものに提示してみせる―これこそが情報士官の責務だ。
(pp.73)
いろんなことにも応用できそうだなと思った。例えば株価予測について分析したりとか、お仕事で業務分析をする場合などにも。

最近読んだインテリジェンス小説は以下だな。これはジェフェリー・ディーヴァーが著者。こっちはエンタメ作品としてはハラハラさせてくれる感じで面白い。『ウルトラ・ダラー』はほとんどドンパチしたりするような派手さはないのだけど、国同士の思惑、次の一手が実際にあり得るかもしれない、と思わせてくれるところがスゴい感じで、面白かった。

同じ主人公、スティーブンが出てくる続編もあるらしい。こっちも暇なときに読んでみるか。

本作品は、小説として読むと若干微妙な部分があるけど、作り話のような半ノンフィクションな本として読むと面白いと思う。



ウルトラ・ダラー (新潮文庫)
手嶋 龍一
新潮社
2007-11-28

読むべき人:
  • インテリジェンス作品が好きな人
  • 北朝鮮の動向に関心がある人
  • 日本の置かれた状況を考えたい人
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August 31, 2014

あの日の僕らにさよなら

キーワード:
 平山瑞穂、青春、人生、分岐点、歩み
大人の青春小説。以下のような目次となっている。
桜川衛と都築祥子。共に17歳。互いに好意を抱きつつも、一歩踏み出せずにいた。ある夜、家族不在の桜川家を訪ねた祥子は偶然、衛の日記を目にする。綴られる愛情の重さにたじろいだ祥子。何も告げず逃げ帰り、その後一方的に衛を避け続け二人の関係は自然消滅に……。あれから11年。再会を果たした二人が出した答えとは――。交錯する運命を描く恋愛小説。『冥王星パーティ』改題。
(カバーの裏から抜粋)
なんとなく書店でタイトルとあらすじが気になって買って読んでみたらすごくよかった。個人的には好きな作品。

今日でもう8月は終わるけど、夏になると昔を回顧するように青春小説が読みたくなる。ときどき高校生くらいの時期を思い出してみたり、あの頃の自分と今の自分はどう変わってしまったのだろうか?とか、結局何も変わっていない自分がいるのかなとか、高校生のころ体験することのできなかった青春的なことを疑似体験してみたくて、青春小説を読むのだと思う。

本作品は、そんな高校2年生の青春小説でもあるし、それから11年経った28歳くらいの大人の青春小説でもある。つまり、高校生のころ、いろいろあったけど、それから11年経って再会してみて、結局どうだった?っていうのが本作品の大筋。それは青春小説的には割とありふれたテーマ設定なのだけど、それでも本作品は僕に合っていたなと思った。

主人公は桜川衛と都築祥子で、二人は別の高校に通うのだけど、ある日祥子の友達経由で衛に『フラニーとゾーイ』を借りることになって知り合う。そこで、二人は衛の家で本とか音楽の話をよくしていき距離が縮まっていくのだけど、衛が書いていた祥子に対する想いを書き綴った日記を見てしまい、それから疎遠になっていく。祥子はそのまま大学生となり、クラッシクギター部に入り、いろいろと経験していく。

2章までが祥子視点で進み、3章で28歳になった衛視点で物語は進む。高校生のころは人目が気になりすぎて自意識過剰気味で、夢は総理大臣と言っていたが、優秀な証券マンとなっており、さらにはモテるようになって複数の女関係まで築くまでになる。ある日、たまたま都築祥子をネットで検索した時に、祥子と思われる女のあられもない自撮り写真を目にしたことから、再会へとつながっていく。

祥子が衛の日記を読んでしまい、自分自身への気持ちに怖気づいたというのもよく分かるし、そんな日記を書き残してしまう衛も痛いほど共感できた(実際にそんな日記は書いたことはないのだけど)。そして、28歳になった衛の心情もおまいは俺か!!と思ってしまうほどだった。特にそのように感じた部分を一部抜粋。
「俺も、たいして変わらない。どこかで道を間違えてしまったような気がしてならないんだ。でもすでに、あまりに遠くまで歩いてきちゃったから、今さらどうしていいのかもわからない。引き返すっていったって、どこまで?引き返したところで、やり直しがきくのかなって」
(pp.327)
ほぼこんなことを僕もついつい考えがちになってしまう。高校生くらいのころから、自分なりに最適だと思う決断をしてきたはずだったのに、振り返ってみると欲しいものは何も手に入っておらず、肉体的にも病んでいるし、空虚でどこか満たされない境地で時間だけが進んで行って、昔のことばかり思い返している。本当にこの方向性でよかったんだろうか?とか、そして、あのとき、違う決断をしていたら、もしかしたら結婚もしていて、今とは違う生き方でもっと幸せだったのではなかろうか!?と。

客観的には過去を回想しても何も変わらないし、そんなの時間の無駄なのだけど、どうしても現状に満足できず、過去に後悔の念が残っていると、ふと考えてしまう。日曜日の夜とか特にね。そんなときにこの作品を読みながら主人公たちの境遇を疑似体験していくことで、なんだかそういう悔恨の情が浄化されていくような気がした。つまり、もう過去ばかり思い返してないで、これからの未来に目を向けて前向きに生きなくては、と気づかされた。だから、この作品は読んで本当によかった。なんだか自分のために書かれていたような、そんな気さえする。

小説を読むのは、娯楽的な側面もあるし、教養のためという側面もある。しかし、それだけが小説を読む意義ではなくて、この作品のように、自分の中にあるわだかまりを解消してくれたり、思いがけずに生きていくうえでの示唆を獲得できることがある。50冊に1冊くらい、そういう作品に出会うことがあって、読了後は言いようもない僥倖で満たされる。

400ページ近くあってなかなか長編なのだけど、とても読みやすく、主人公たちに共感して読めると思う。特に、高校生くらいのときにいろいろとあった人には。




読むべき人:
  • 30歳前後の人
  • 高校生くらいの青春小説が読みたい人
  • 前向きに生きていきたい人
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August 23, 2014

ハローサマー、グッドバイ

キーワード:
 マイクル・コーニイ、SF、青春、戦争、凍結
SF小説。以下のようなあらすじとなっている。
夏休暇をすごすため、政府高官の息子ドローヴは港町パラークシを訪れ、宿屋の少女ブラウンアイズと念願の再会をはたす。粘流が到来し、戦争の影がしだいに町を覆いゆくなか、愛を深める少年と少女。だが壮大な機密計画がふたりを分かつ…少年の忘れえぬひと夏を描いた、SF史上屈指の青春恋愛小説、待望の完全新訳版。
(カバーの裏から抜粋)
この作品については、何の予備知識も先入観も持たない状態で読み始めるのがおすすめ。よって、以下は読んでも読まなくてもよい。

舞台は地球ではないとある惑星で、地球の人間と同じような人たち、文化がある世界。そこで12歳くらいと思われる少年ドローヴは、毎年夏に港町で家族と過ごすことになっている。去年出会った美少女、ブラウンアイズに会うことを楽しみにしており、そこでさらにリボンという少女、さらにちょっと嫌な奴で同じく政府高官の息子のウルフたちと出会う。そんなひと夏の青春物語として始まる。

中盤までは微笑ましいというか、ほんわかした少年の青春小説っぽい雰囲気。そして次第に戦争の話が出てくるが、突然他国が攻め込んできて街を蹂躙するというほど戦争っぽくなく、なんだか抽象的な印象を受ける。SF的な要素としては、アイスゴブリンというような湖の水をすべて凍らせて人を捕食するようなやつや、ロリンという毛むくじゃらで人型だが、しゃべることはしないが、ある程度の知能があり人になつく生物、さらに馬のようなロックスという生物も出てきたりする。

単純な甘酸っぱい青春的なものなら別に地球が舞台でもよかったんじゃないかと思ったりして、終盤まで正直倦怠な感じだった。しかし、地球が舞台ではダメで、結末でΣ (゚Д゚;)ってなったwもうこれ以上は書けないし、ググるのもお勧めしない。読んでからのお楽しみだ。

本書は例によって西新宿のブックファーストのフェアで見つけて、なんとなく買って読んでみたらよかった。西新宿のブックファーストのフェアは当たりが多いなぁ。

本書の続編が去年あたりに出版されたようなので、そっちもチェックだな。夏はSF小説とか青春小説が読みたくなる。本書はそのいいとこどりで、そしてスゴ本だった。



ハローサマー、グッドバイ (河出文庫)
マイクル・コーニイ
河出書房新社
2008-07-04

読むべき人:
  • 夏っぽい作品が読みたい人
  • 青春小説が読みたい人
  • どんでん返しものが好きな人
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August 17, 2014

ミッキーマウスの憂鬱

キーワード:
 松岡圭祐、ディズニー、青春、舞台裏、仕事
夢の国、ディズニーランドが舞台の青春小説。以下のようなあらすじとなっている。
東京ディズニーランドでアルバイトすることになった21歳の若者。友情、トラブル、恋愛……。様々な出来事を通じ、裏方の意義や誇りに目覚めていく。秘密のベールに包まれた巨大テーマパークの〈バックステージ〉を描いた、史上初のディズニーランド青春成長小説。登場人物たちと一緒に働いている気分を味わってみて下さい。そこには、楽しく、爽快な青春のドラマがあるはずです。
(カバーの裏から抜粋)
冒頭からどうでもいい話なのだけど、先月の3連休に家族と25年ぶりにディズニーランドに行った。ディズニー、ふーんって感じだったのだけど、行ってみて夢と魔法の国にしっかり影響されてしまっているような自分がいる気がした。そして、新潮社の夏の文庫フェアにこの作品があったので、読んでみたわけだ。

主人公は準社員としてオリエンタルワールド(作中はこの企業名)が運営するディズニーランドに美装部としてなんとか採用される。そこでの仕事はキャストに着ぐるみを着付けしたり、壊れた部分を補正したりする。しかし、主人公はもっと華やかな仕事を想像していたらしく、仕事に不満を持っていたり、なんでも思ったことを口にしたり、他の部署の仕事に余計なことを言ったりし、空気の読めない若干痛い存在で、正社員からも疎まれたりする。キャストとして働く間にさまざまな事件が起きたりして、主人公がディズニーランドの舞台裏で3日奮闘するお話。

半分くらいまで主人公に共感するどころか、いらっとさせられるキャラ設定となっている。それはもちろん、作者による意図的なもので、キャラがしっかり立っていると言える。

そして、やはり世界観が実在のディズニーランドがモデルということもあって、一度でも行ったことがある人はその舞台を想像しやすいだろう。あと、舞台裏的な話としては、ウエスタンリバー鉄道の近くに見えにくいところにキャストが移動する道があり、鉄道の乗客から見えないように信号待ちする必要があるとか、クラブ33というVIPルームがあるとか。また、実際に存在しない部署、調査部といった設定も出てくる。そういう実在の設定と虚構の織り交ぜられた世界観などを読み解いていくのもディズニーファンなら楽しめると思う。

あとは、主人公を通して、夢と魔法の国を維持していく人たちの舞台裏についてのお仕事論的な小説としても読める。主人公はゲストとしてディズニーにあこがれを抱いたことがきっかけで働きたいと思い、そこからキャストの立場になるのだけど、そのキャストの苦労やキャスト同士の人間関係的な話など、いろいろと興味深く読めた。

さらには事件が発生したりして、それを主人公ともう一人準社員の少女と一緒に奮闘していくというのもよくて、思ったより没頭して楽しめた。ディズニーに行った後だからなおさらかな。

実際にディズニー行ったときに、キャストの人たちはいろいろと大変だろうなぁと思った。また、夢と魔法の国と言ってもいろいろとあるんだよねぇ。あと、ディズニー行ってから改めてこのCM見ると、ディズニーってまさにこんな感じだよなと思った。このCMが流れ始めたころは、なんだこのリア充的な世界観は!!と思っていたのだけどw



おっと、最後に一番大事なことを示しておこう。
この物語はフィクションです。
実在の団体名、個人名、事件とは全く関係ありません。
その為、実在しない名称、既に廃止された名称等が含まれています。
(pp.269)
作中にミッキーを演じる人が出てくるのだけど、もちろん、中の人などいない!!w

siro




読むべき人:
  • ディズニーランドが好きな人
  • キャストとして働いてみたい人
  • 自分の仕事について考えたい人
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August 09, 2014

天人五衰

キーワード:
 三島由紀夫、完結、人生、衰え、心々
豊饒の海シリーズ第四巻。以下のようなあらすじとなっている。
妻を亡くした老残の本多繁邦は清水港に赴き、そこで帝国信号通信社につとめる十六歳の少年安永透に出会った。彼の左の脇腹には三つの黒子が昴の星のようにはっきりと象嵌されていた。転生の神秘にとり憑かれた本多は、さっそく月光姫の転生を賭けて彼を養子に迎え、教育を始める……。存在の無残な虚構の前で逆転する<輪廻>の本質を劇的に描くライフワーク『豊饒の海』完結編。
(カバーの裏から抜粋)
第三巻があまりにも仏教思想的な話が多くて、物語中の本多の思考の渦に飲みこまれたような感覚であったけど、最終巻はそこまで観念的なことはあまり描かれていなかったように思える。結末を除いては。

第四巻で転生したとされる安永透は、中卒で両親を早くに亡くしており、静岡の清水港で船の行き来を港に連絡するという仕事をしていた。たまたま訪れた本多がその少年の本質を見抜き、養子に迎え入れる。安永透は美しく、またIQ150もある聡明な人物で、高校に遅れて入学するも、その後東大に進学している。

しかし、本多によるテーブルマナーやそこでの会話など上流階級のお作法を仕込まれていくうちに、安永透もまた本多の醜悪さを見抜き、しだいに本多に対して暴力的にも反発していく。

安永透は家のメイド3人を毎晩変えて過ごすという何ともやりたい放題なことをしており、本多は本多で安永透が転生の結果であれば20歳ごろに宿命的に死ぬことをかけていたのだが、実際は死ななかった。そして、本多は覗きの趣向から警察沙汰にもなり、老齢な醜態もさらしていく。

前三巻は転生した人物(一巻は大元となる松枝清顕)が主人公として焦点をあてられているのだけど、本作は安永透にあまり焦点があてられていない。全編を通して、物語の裏主人公は、転生を見守ることしかできない本多繁邦なのだなと思った。タイトルにもある天人五衰というのは、死の直前に現れる5つの兆しのことを示すらしい。やはり本多の視点を通して、三島由紀夫という男が最後に何を考えていたのかが垣間見えるような気がする。この作品は連載を1年早めて完結したようで、この原稿を書き終わってから自決に向かったようだ。だからある意味遺書的な内容でもある。

結末はあまり語れないのだけど、これまでの内容をすべて覆すようで、読んでいるときは三,四巻は蛇足的な感じがした。しかし、結末がこの転生の物語を収束させるためには必要な気もする。理屈ではいまいち腑に落ちない側面も残るが、そこは条理を超えたものを感じるしかないのだろう。

もう少し年老いた時に読めば納得できるのかもしれないなと思った。また、何とか全四巻、案外挫折することなく最後まで没頭して読めた。全四巻を通して一番面白いと思ったのは『奔馬』だな。これが一番三島由紀夫を体現しているような気がする。

18歳の夏休みに金閣寺を読んで挫折し、三島由紀夫の作品からずいぶんと遠ざかっていたが、挫折を克服できたような境地になった。




読むべき人:
  • 転生の物語が好きな人
  • 衰えを実感している人
  • 人生について考えたい人
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August 02, 2014

国道沿いのファミレス

キーワード:
 畑野智美、ファミレス、地方、人間関係、ダメ人間
2010年の小説すばる新人賞受賞作品、以下のようなあらすじとなっている。
佐藤善幸、外食チェーンの正社員。身に覚えのない女性問題が原因で左遷された先は、6年半一度も帰っていなかった故郷の町にある店舗だった。淡々と過ごそうとする善幸だが、癖のある同僚たち、女にだらしない父親、恋人の過去、親友の結婚問題など、面倒な人間関係とトラブルが次々に降りかかり…。ちょっとひねくれた25歳男子の日常と人生を書いた、第23回小説すばる新人賞受賞作。
(カバーの裏から抜粋)
夏だし、本屋で展開されている集英社のナツイチの中で、本書がなんとなく気になって買って読んでみた。地方郊外(おそらく山梨あたり)ファミレスで正社員として働く25歳の男が主人公で、そこのファミレスのバイト仲間、社員、自分の家族、友達たちの人間関係が描かれている。

なんだか登場人物にダメ人間が多く出てくる印象。どこか冷めた態度の主人公、主人公が交際している年上の貞操観念が欠落している女、そして愛人を作って常にその女のところに行っている主人公の父親。特にこの3人がダメ人間。それが何となく不快感を抱かせる。

また、なんだか読んでいて次第に苛々とさせらる作品であった。別に胸糞悪くなるような内容ではない。しかし、安易な展開というか登場人物の会話のやり取りに突っ込みたくなるような部分が若干ある。そういうのを意図的に狙っていたのであれば、なかなかスゴいと思うのだけど、どうもそうとも思えない。

300ページ近くあるのだけど、そこまでの尺にするほどの内容がありそうであんまりなかった印象。ファミレスという舞台もあんまり活きていないような。別にファミレスでなくてもよい気もした。そんな作品。

まぁ、もらった図書カードで買った本だから別にいいかな。暇で地方郊外でよくファミレスに行ったりする人は読んでみたらいいかも。あと実際にファミレスで働いているような人も。




読むべき人:
  • 地方で暮らしている人
  • 年上の女性に好かれる人
  • ダメ人間な人
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July 27, 2014

マルドゥック・ヴェロシティ〔新装版〕

マルドゥック・ヴェロシティ1〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA)マルドゥック・ヴェロシティ2〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA)マルドゥック・ヴェロシティ3〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA)
マルドゥック・ヴェロシティ1〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA) [文庫]
マルドゥック・ヴェロシティ2〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA) [文庫]
マルドゥック・ヴェロシティ3〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA) [文庫]

キーワード:
 冲方丁、SF、加速、爆心地、虚無
マルドゥック・スクランブルの前日譚。以下のようなあらすじとなっている。
戦地において友軍への誤爆という罪を犯した男―ディムズデイル=ボイルド。肉体改造のため軍研究所に収容された彼は、約束の地への墜落のビジョンに苛まれていた。そんなボイルドを救済したのは、知能を持つ万能兵器にして、無垢の良心たるネズミ・ウフコックだった。だが、やがて戦争は終結、彼らを“廃棄”するための部隊が研究所に迫っていた…『マルドゥック・スクランブル』以前を描く、虚無と良心の訣別の物語。
(1のカバーの裏から抜粋)
廃棄処分を免れたボイルドとウフコックは、“三博士”のひとりクリストファー教授の指揮の下、9名の仲間とともにマルドゥック市へ向かう。大規模な再開発計画を争点にした市長選に揺れる街で、新たな証人保護システム「マルドゥック・スクランブル‐09」の任務に従事するボイルドとウフコックたち。だが、都市政財界・法曹界までを巻き込む巨大な陰謀のなか、彼らを待ち受けていたのはあまりにも凄絶な運命だった―。
(2のカバーの裏から抜粋)
ギャングの世代間抗争に端を発した拷問殺人の背後には、闇の軍属カトル・カールの存在があった。ボイルドらの熾烈な戦いと捜査により保護拘束された女、ナタリアの証言が明らかにしたのは、労組対立を利用して権力拡大を狙うオクトーバー一族の影だった。ついに牙を剥いた都市システムによって、次々と命を落としていく09メンバーたち。そしてボイルドもまた、大いなる虚無へと加速しつつあった―暗黒と失墜の完結篇。
(3のカバーの裏から抜粋)
冲方氏によるマルドゥック・スクランブルのほうが先に発表されており、スクランブルでは15歳の少女の復讐の物語であった。そのときの敵、ディムズデイル・ボイルドが本作では主人公となっている。つまり、ルーン・バロットとウフコックが出会う前の、良心のまだあった敵ではないボイルドの物語。

クランチ文体―「=」、「/」を多用した短い文章。
クランチ文体―体現止めが多い/ジェイムズ・エルロイに影響/臨場感あふれる文体。
クランチ文体―独特のリズム/物語の加速装置/虚無をまとうボイルドのリズム。

主人公ボイルドは、元軍人で禁じられた重力制御技術を体内に持ち、あらゆる物理攻撃をそらし、壁や天井を走ることもできる。かつて麻薬漬けの状態で味方を爆撃するという罪を背負い、最強の白兵戦兵器であるネズミのウフコック、さらには同様の技術を持つ仲間たちと都市にはびこる犯罪を取り締まるO9メンバーとして活躍していく。しかし、次第に都市を巻き込む企業とギャング一族の陰謀に巻き込まれていき、いろいろなものを喪失していく。

明らかに前作と雰囲気も物語構成もテーマ性も文体のリズムも何もかもが異なっている。『ボイルド』の名の通り、ハードボイルド的で、コーチとよぶ警察の中間から事件解決の手ほどきを学び、徘徊者(ワンダー)として刑事のように事件解決に迫る。本格的なミステリ要素が強く、どちらかというとSFを媒体とした警察小説のようでもある。

もちろん、本作の魅力は事件解決、陰謀の謎が暴かれていくミステリ的な要素だけではない。あとがきに冲方氏が最初の執筆の動機として、「特殊な力を持った集団同士が戦い合う娯楽活劇」と示すように、さまざまな異能なキャラが出てくる。ボイルドの中間では、半不死のヤツ、盲目だがワイヤー武器と複数の目を持つ男、その相棒である話すこともできる不可視の軍用犬、顔面を意図した人間に変形できる男、声を操るヤツ、パチンコ玉のようなものを掃射する義手を持つ女がいる。

敵対する奴らは、カトル・カール=誘拐/暗殺/脅迫/拷問を得意とする13名のメンバーからなる半分アンドロイドのような狂ったやつら。全員が医療技術の心を持ち、金で雇われれば、ターゲットを四肢切断し、絶妙なところで命をつなぎとめて心身ともにこれ以上ないというくらいの苦痛をもたらす。人間的な容貌とは程遠く、トナカイ型、下半身が車輪のヤツ、噛みつきが得意で顔の半分が機械化している奴らなどなど、イカれっぷりの描写が半端ない。

そして、単純なミステリとは違うのは、圧倒的な戦闘描写があること。前作も同様に戦闘描写が自然と脳内に再現されるようであったが、今作はさらにその脳内映像化がより鮮明になっているような気がする。それは間違いなく独特のクランチ文体からなる文章のリズムによるもの。もちろん、最初は違和感があり、慣れるまでほんの少し時間がかかる。しかし、次第に自然とページがどんどん進む。それはまるで、重厚なモンスターマシンが徐々に加速度を付けて限界点を突破していくように。

前作よりもかなり残虐で暴力的になっている。拷問の結果の惨殺体やボイルドの大砲のような64口径の銃撃で血しぶきをあげて肉体を吹き飛ばしたり、最強の敵によって仲間がバラバラにされてしまったりとかなり血みどろになっている。マルドゥック・スクランブルは劇場アニメ化されたが、本作は暴力的過ぎてアニメ化するのに限度がある気がした。こちらを見た後にヴェロシティを読んだので、ボイルドのイメージがより具体性を持つことができた。

物語自体はあまり救いのないような、切ない感じだった。スクランブルの結末がプロローグとして始まり、100章から徐々にカウントダウンし、ボイルド自身の爆心地(グラウンドゼロ)に向けて加速度がつき、虚無へと誘われるボイルドの圧倒的な筆力による物語を堪能せよ!!

あと、マルドゥック・スクランブルはハリウッド映画化するとかしないとか。ところで、次回作「マルドゥック・アノニマス」はいつ発売になるのだろうか!?早川書房のTwitterアカウントによれば、今春(2014年)予定とつぶやいているのだけど、まだ発表されていないようだし。それまでは、『マルドゥック・フラグメンツ (ハヤカワ文庫 JA ウ 1-11) [文庫]』を読んで気長に待つか。





冲方 丁
早川書房
2012-08-23

読むべき人:
  • サイバーパンク的バトル作品が好きな人
  • ハードボイルド作品が読みたい人
  • 虚無へのカウントダウンを堪能したい人
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July 13, 2014

世界のすべての七月

キーワード:
 ティム・オブライエン、村上春樹、群像劇、短編、人生
ティム・オブライエンの小説。翻訳は村上春樹。以下のようなあらすじとなっている。
30年ぶりの同窓会に集う1969年卒業の男女。結婚して離婚してキャリアを積んで…。封印された記憶、古傷だらけの心と身体、見果てぬ夢と苦い笑いを抱いて再会した11人。ラヴ&ピースは遠い日のこと、挫折と幻滅を語りつつなおHappy Endingを求めて苦闘する同時代人のクロニクルを描き尽して鮮烈な感動を呼ぶ傑作長篇。
(カバーの裏から抜粋)
書店でなんとなくタイトルが気になって買った。ちょうど七月だったし、翻訳が村上春樹だったということもあって。ティム・オブライエンはこれが初めての作品だな。本書はもともと短編作品だったものをいくつかまとめて長編として出版されたものらしい。主な章タイトルとその登場人物、簡単なあらすじを示しておこう。
  • 1969年7月・・・デイヴィッド・トッド。元野球選手だがベトナム戦争へ行き、死にかけて足を失う。そこでラジオを通して不思議な声を聞き始め、マーラ・デンプシーとの結婚生活がよくない方向に向かうと示唆を得る。
  • 勝ち続け・・・エイミー・ロビンソン。弁護士。夫と行ったカジノで人生の運をすべてそこで使い果たすように勝ち続ける話。
  • リトル・ピープル・・・ジャン・ピュープナー。元ストリート劇団員。大学生の時に始めたお金のためのヌード写真ビジネスがいろいろとトラブルを巻き込む話。
  • 二人の夫と暮らすのは・・・スプーク・スピネリ。二軒の家、二人の夫を持つ。協議して弁護士の夫と哲学者の夫と二重生活を送る。しかし、その二人以外にも男が現れて・・・。
  • ウィニペグ・・・ビリー・マクマン。徴兵を忌避してカナダのウィニペグへ行くが、その当時付き合っていたドロシー・スタイヤーがついてきてくれるものと思っていたが、結局来てはくれない。
  • 聞くこと、聞こえること・・・ポーレット・ハズロ。女性牧師。ある老婆の家に夜間に侵入してしまい、職を失う。
  • ルーン・ポイント・・・エリー・アボット。結婚しているが、不倫中ででかけた海で、不倫相手が溺死してしまう。
  • 半分なくなった・・・ドロシー・スタイヤー。ビリー・マクマンの元恋人。乳癌を患い、半分切除していて、余命5年だという状況。
  • ノガーレス・・・カレン・バーンズ。退職者コミュニティーに勤務。51歳の時にウォーキングツアーを引率中に死亡。
  • 痩せすぎている・・・マーヴ・パーテル。モップビジネスで成功し、また驚異的なダイエットにも成功。そして、自分の美人秘書に自分は作家でもあるとウソをついたことから、生活が一転する。
  • うまくいかなかったこと・・・デイヴィッドとマーラーの結婚生活の話。結局二人は別れる。
他にも『1969年度卒業生』という章が何度か繰り返し出てきて、その舞台は2000年の7月7日の金曜日の夜からの、30年ぶりの大学での同窓会。1969年度卒業生なのに、2000年で30年ぶりなのは、30年目に同窓会を開催するのを忘れたため。そのため、2000年に30年ぶりの同窓会ということになる。そこでは、各章の人物がみな52歳として登場している。

52歳。人生の後半戦に差し掛かっている年代で、全員に共通するのは、人間関係や健康などがいろいろと問題を抱え込み、思うようにいかなかったという現実が描かれている。持病を患っていたり、望んだ人間関係が築けなかったり、離婚していたり、どこか満たされず、失敗と挫折が多かれ少なかれそれぞれの人物に内在する。しかし、同窓会を通して昔からのつながりの人間関係の中で、見失ってしまった自分自身をここで再確認して、これから立て直していこうという感じもする。

読むのが少し早すぎたのかなと思った。僕は30歳になったばかりだし。約20年後の50歳前後の時に、これを読むと自分自身のこととして受け入れられるのかもしれない。しかし、今の時期に読んでも、こういう未来にならないようにしようと危機意識を得られるのもいいか。

面白くなかったわけではない。むしろかなり没頭して読めた。それぞれが短編小説として独立しているので、そこだけでも面白い。それ以上に、全編を通してそれぞれの人間関係のつながり、葛藤、生きていくうえでの困難や折り合いをつけなくてはいけないことなどが村上春樹の読みやすい翻訳によって描かれていた。簡単に言えば、いろんな人生が描かれていた。

村上春樹は、このティム・オブライエンの作品が特に同世代作家として気になっており、アメリカでの評判はいまいちだけど、どうしてもこれを自分で翻訳したかったとあとがきに書いてあった。

52歳だけど、まだ完全に終わっていない、まだ先があるというような感じで物語が終わる。切なさも残るが、割と心地よい結末でもあった。作品を通して自分の人生を振り返ってみるのにいいかもしれない。



世界のすべての七月 (文春文庫)
ティム オブライエン
文藝春秋
2009-06-10

読むべき人:
  • 50歳前後の人
  • 同窓会というイベントが好きな人
  • 自分の人生について考えたい人
Amazon.co.jpで『ティム・オブライエン』の他の作品を見る

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July 06, 2014

人形つかい

キーワード:
 ロバート・A. ハインライン、SF、侵攻、ナメクジ、人間
ハインラインのSF小説。以下のようなあらすじとなっている。
アイオワ州に未確認飛行物体が着陸した。その調査におもむいた捜査官六名は行方不明になってしまった。そこで、秘密捜査官サムとその上司、そして赤毛の美人捜査官メアリは、真相究明のため現地に向かう。やがて、驚くべき事態が判明した。アイオワ州の住民のほとんどは、宇宙からやってきたナメクジ状の寄生生物にとりつかれていたのだ。人間を思いのままに操る恐るべき侵略者と戦うサムたちの活躍を描く、傑作冒険SF。
(カバーの裏から抜粋)
いつか読もうと思っていて、図書館で発見したので借りて読んだ。書かれたのは1951年と約60年前であるが、今読んでもまったく古びていなくて、そしてかなり面白く、楽しんで読めた。

舞台は2007年の7月12日のアメリカ(もう過去になってしまったね)で、主人公サムは秘密捜査官(エージェント)であり、上司に呼び出されて不時着したUFOの調査に向かう。そこで、UFOの周囲にいた人間の様子がどうやらおかしく、調査していくとナメクジ型の異星人に人格を乗っ取られていることが判明した!!ナメクジ野郎は自己分裂してどんどんアメリカの人間を支配していき、主人公が所属する特殊機関と軍、大統領を含めてアメリカ奪還を目指すというお話。

異星人侵略、寄生ものの古典的な位置づけらしい。ナメクジに支配された人間は、背中にとりつかれて、一応最低限の人間社会をそのまま維持し、意識はあるが、ナメクジを通して思考や行動を強制され、どんどんナメクジネットワークを広げられていく。ナメクジは人間だけではなく、必要あらば犬や猫、その他動物までに憑依して、支配者(マスター)としてそのホスト(宿主)を傀儡のように操る。

服を着ているとナメクジとりつかれているかどうかわからないので、アメリカ全土に大統領により<上半身裸計画>が発動される。それでも不十分なことが分かって、<日光浴計画>つまりほぼ全裸状態が発動されたりする。それでもアメリカの各州は次第に侵略されていき、アメリカ以外の衣服を簡単には脱がない国(イスラム圏とか)なども侵略されていく(なぜか日本に関しては、『日本人は平気で着衣を脱ぐせいで、助かった』と記述があり、いったいどういうことだ!?と思ったw今も昔もきっとそんなに人前では脱がないだろうw)。

ナメクジにどんどん侵略されていき、主人公も途中でとりつかれたりして危機が迫る。また、光線銃や空飛ぶ車、変装の特殊メイク、立体テレビなどもSFな要素がそれなりに出てくる。そして、誰がとりつかれているかの疑心暗鬼の様子、さらに侵略の危機をどうやって克服してナメクジ野郎たちを一掃するのか!?の攻防も面白く、なんだか上質なハリウッド映画を見ているような気になれた。ちなみに、個人的に異星人憑依系の映画で好きなのは、ロバート・ロドリゲス監督作品の『パラサイト』。『人形つかい』では、ナメクジの侵略の動機が憑依した人間の口から語られる部分があり、その部分を読んで、ナメクジは共産主義的なユートピアのメタファーなのだな!!と思って読んでいたら、解説に以下のように示されていた。
『人形つかい』を反共小説として読むのは簡単だし、ハインライン自身もそれを否定しなかったにちがいない。
 しかし、”ナメクジ”に乗っ取られた者と共産主義者とは、この作品では同一視されていない。はっきり別のものとして扱われている。そこに注意を払っておきたい。
 もし、”ナメクジ”が単純に共産主義のアレゴリーであれば、本書はベルリンの壁の崩壊やソビエト連邦の解体とともに過去の遺物と化していたことだろう。ソ連が存在する世界を描いていることで歴史的作品となっていることは間違いないが、ストーリーの本質は時代遅れになっていないのである。ハインラインが描いた「人間の心をもたない人間」の恐怖は、イデオロギーの異なる人間を排除する気持ちを超えた、さらに普遍的かつ根源的なものだった。
(pp.442-443)
なるほどなと思った。個人的には、ナメクジを機械に置き換えればマトリックスの世界かなと(じわじわ侵略されるという感じではないけど)。このように、ナメクジの侵略でいろんな読み方ができると思う。

ハインラインの作品は以下のものを読んだことがある。個人的には『人形つかい』が一番面白くかつ没頭して読めた。『月は無慈悲な夜の女王』はいまいち没入できず、『宇宙の戦士』はそれなりに面白いが途中説教くさい部分が多い。『夏への扉』は心地よい終わりでよいが、『人形つかい』ほどエンタメ性はそこまで高くないかなと。まぁ、人それぞれで評価はだいぶ変わると思うので、暇な人は全部読み比べて見たらいいかもね。他のハインライン作品なども。

難しい表現もあまりなく、主人公サムに割と心情を投射しやすく、没頭して読めるのでオススメ。



人形つかい (ハヤカワ文庫SF)
ロバート・A. ハインライン
早川書房
2005-12

読むべき人:
  • 異星人侵略ものが好きな人
  • マトリックスなど管理体制ものが好きな人
  • 人間の本質について考えてみたい人
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July 03, 2014

シップブレイカー

キーワード:
 パオロ・バチガルピ、船、解体、ジュブナイル、家族
ヤングアダルト向けSF小説。以下のようなあらすじとなっている。
石油資源が枯渇し、経済社会体制が激変、地球温暖化により気候変動が深刻化した近未来アメリカ。少年ネイラーは廃船から貴重な金属を回収するシップブレイカーとして日々の糧を得ていた。ある日ネイラーは、超弩級のハリケーンに蹂躙された後のビーチに、高速船が打ち上げられているのを発見する。船内には美しい黒髪と黒い目をした少女が横たわっていた……。『ねじまき少女』でSF界の頂点に立った新鋭が描く冒険SF。
(カバーの裏から抜粋)
本作品はローカス賞のYA長編部門を受賞しているらしい。YAはヤングアダルト、つまりティーン向けの作品らしい。

舞台は何年か未来のアメリカの海岸沿いのさびれた村で、地球温暖化で北極が溶けて海面上昇しており、都市の一部は水没している。その村では旧世代の動力源の石油で動いていた座礁している船を解体する作業員、つまりシップブレイカーたちが船から得た銅や鉄、ワイヤーなどを売って生活している。そこで15歳ほどの少年ネイラーは常に飢えており、体が大きくなるとシップブレイカーとして働けなくなり、また常に解体のノルマが課せられ、解体する船で危険な作業に従事している。

父親はドラッグ漬けで、ドラッグをキメているときはありえないほどの敏捷性を発揮し、誰も戦って勝てる者はいない。母親が死んでからネイラーは父親に常に殴られており、父親は自分の息子の命を何とも思っていなかったりする。村全体が貧しく、働けない場合、運がないヤツ、仲間を裏切ったヤツは死が近くなる。

そんなある日、村を大型のハリケーンが襲い、ハリケーンが去ったあと、普段解体する船とは別の新型の船が座礁しているのをネイラーは発見する。その船はどうやら金持ちの所有らしく、船員はほぼ死んでいるので、仲間と銀食器などの戦利品を物色していると、黒髪の美しい少女が一人生き残っており、その少女をとりあえず助けることにする。助けた少女は、北部の海運業者一族の娘であり、ネイラーはその娘を助けて報酬を得ようとするが、その娘を追っている一団がいることを告げられる、というお話。

ヤングアダルトというには割と主人公が置かれている境遇は過酷で、貧乏で文字もろくに読めず、父親から暴力を受けており、この村から一生抜け出せないでいる。15歳の主人公が殺人をせざるを得ない状況であったり、敵に襲われて痛めつけられたりする。そういう部分は、中学生には刺激が強いかも。高校生以上向けかな。

しかし、それなりに面白かった。割とすぐにページが進んでいき、主人公と囚われの少女の関係はどうなるのか!?という部分でぐいぐいと引き込み、そして船や海の独特の描写もすんなりイメージできて臨場感もあった。前作の『ねじまき少女』は読了済みで、『ねじまき少女』はかなり読みにくい作品であったが、本作はすんなり読める。また、『ねじまき少女』はところどころエログロな描写が出てくるけど、『シップブレイカー』は、ヤングアダルト向けなので、エロは皆無であるけど、ところどころ暴力的で血みどろな感じ。

物語としては、Boy meets Girlで『親方!空から女の子が!』のようなよくある構造w また、SF要素としては、石油が枯渇した世界であったり、『半人』と呼ばれる犬、虎、ハイエナ、人間の遺伝子を持つ人型で獣じみた奴らが出てきたりする。そいつらは知能も人間並みで普通にしゃべれるが、顔立ちは犬っぽく、獰猛でボディガードや戦闘向きで、主人に忠実な存在だったりする。あとは、車が走ってない道路には木々が生えていたり、ビルが水没した世界観である。しかし、アメリカのごく一部の世界の話で、世界観が案外広がっていなかった。

夏休みに読むには割と最適な作品かもしれない。何も考えずに、没頭できて、430ページほどあるけど、頑張れば1日で読めるかも。海とか船の描写が夏っぽいし、そしてSFだし、ジュブナイルだし。



シップブレイカー (ハヤカワ文庫SF)
パオロ・バチガルピ
早川書房
2012-08-23

読むべき人:
  • 夏休みっぽい作品を読みたい人
  • ジュブナイル的なSFが好きな人
  • 家族について考えたい人
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June 26, 2014

終りなき戦い

キーワード:
 ジョー・ホールドマン、SF、ベトナム戦争、ウラシマ効果、兵士
SFミリタリー作品。以下のようなあらすじとなっている。
画期的な新航法”コラプサー・ジャンプ”の発見により、人類の版図はいっきょに拡大した。だがその過程で、正体不明の異星人”トーラン”と遭遇、全面戦争に突入する!過酷な訓練を受け、殺人機械と化した兵士たちが、特殊戦闘スーツに身を固め辺境星域へと送り込まれるが、戦況は果てしなく泥沼化していく……俊英が壮絶なる星間戦争を迫真の筆致で描き、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞を受賞した傑作戦争SF!
(カバーの裏から抜粋)
本屋でたまたま気になって買ってみた。最近では西新宿のブックファーストのフェアで『今夜は、音を立てずに人を殺す八つの方法を教授する』というポップとともに紹介されている。本書はSFミリタリー作品で、著者はベトナム戦争に従軍した経験をもとにこの作品を書いたようだ。主人公マンデラは、知能指数150以上でとびぬけて健康かつ頑強な肉体を持つ精鋭であり、訓練惑星に行って戦闘スーツを着込んで訓練を受ける。その後二足歩行で二本の細い腕があるが、肩も首もないトーランと呼ばれる交戦中の異星人のいる惑星に送り込まれ、そいつらと戦うことになる。そいつらを撃破して戻ってくるころには、宇宙船が限りなく光速に近い速度で移動しているので、ウラシマ効果によって地球はもとにいた時から数百年たっているという状況になる。

戦闘描写は最初のほうと最後のほうが多いが、中盤はあまり戦闘描写はない。どちらかというと、中盤は戦争に従軍して生き続けるしか道がない主人公が描かれている。ただ生き残っただけで英雄扱いされて地球に戻り、その間に数百年経っているので、給料は天文学的な数値になっている。

しかし、半年ほどの休暇の後、有無を言わさずに次の戦地に送り込まれる。生き残った者が階級が上がるので、マンデラは二等兵から少佐まで出世していく。そして部隊に地球から送り込まれた部下たちは、地球の制度変化によってみな同性愛者ばかりだったりする。そんな状況で主人公は古参兵として文化も言語も微妙に違う彼らとともにトーラン討伐に向かい続ける。

主人公はどこか冷めた目で戦争に従軍しているような、そんな印象を受ける。周りの兵士は常に死に、たまたま自分が生き残っているのは運が良かっただけだと感じており、恋人と違う船に乗ってそれぞれの光速航行を行うと、もう会うこともなく数百年がたってどちらかは死別しているという状況。そしてトーランとの戦争の最初から最後まで、1143年間戦い続ける。そういう部分に著者のベトナム戦争体験が投影されているのだと思う。

中盤はなんだかダレるが、後半からまた面白くなってくる。そして、主人公の意思とは関係ないところで何百年も経った地球の環境、制度に翻弄されていくのもなんだか切なく感じる。

ミリタリーSF作品は以下もお勧め。本書は『宇宙の戦士』の影響があるとかないとか。それにしても、『共和国の戦士4』はいつ出版されるのだろう!?

ミリタリー作品を読みながら、自分の仕事を投射してみたりする。階級が上がっていき、部隊を率いて武功を上げていくような妄想をしながらwそんなこともあり、ときどき自分を鼓舞するためにSFミリタリー作品を読んだりする。

本書はSFミリタリー作品にしては読みやすい作品。



終りなき戦い (ハヤカワ文庫 SF (634))
ジョー・ホールドマン
早川書房
1985-10

読むべき人:
  • SFミリタリー作品が好きな人
  • 戦争について考えてみたい人
  • 自分を鼓舞して仕事したい人
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June 14, 2014

ザ・ロード

キーワード:
 コーマック・マッカーシー、道、旅、闇、火
アメリカ文学の巨匠によるSF小説。以下のようなあらすじとなっている。
空には暗雲がたれこめ、気温は下がりつづける。目前には、植物も死に絶え、降り積もる灰に覆われて廃墟と化した世界。そのなかを父と子は、南への道をたどる。掠奪や殺人をためらわない人間たちの手から逃れ、わずかに残った食物を探し、お互いのみを生きるよすがとして――。世界は本当に終わってしまったのか? 現代文学の巨匠が、荒れ果てた大陸を漂流する父子の旅路を描きあげた渾身の長篇。ピュリッツァー賞受賞作。
(カバーの裏から抜粋)
コーマック・マッカーシーの作品は、以前図書館で借りた『すべての美しい馬』というものを読んだことがある。この本を借りた時に、『ザ・ロード』のほうを積読していた。

本書は例によって、西新宿のブックファーストのフェアで買った(余談だけど、よいフェアを頻繁にやっていて、本当によく買わされる)。そのときは著名人がおすすめする100冊とかそういう題目で、小説家の冲方丁氏が『これは真に迫るものがある』とかなんとかコメントと共にオススメされていた。『マルドゥック・スクランブル [完全版] 』が面白かったし、信じて買ってみた。そのときはコーマック・マッカーシーの存在など特に何も知らずに。

物語の世界は近未来のアメリカのどこかで、その世界は核戦争か何かで世界が崩壊している。灰が降り積もり、日照時間も少なくなり、牛や鳥などその他の動物がどうやら絶滅しており、人も大勢死んでおり、文明も崩壊している。かつて栄えていた街は人影もなく廃墟と化し、食べ物のあまりなく、道路には散乱するゴミ、捨てられた車、そしてミイラ化した死体、焼けた死体などがところどころにある。そんな中、40歳くらいの『彼』と『彼』の子供で、10歳くらいの男の子が二人で寒さをしのぐために歩いて南を目指すというお話。

本書の内容は、冒頭の2行にすべて集約されていると言っても過言ではない。
 森の夜の闇と寒さの中で眼を醒ますと彼はいつも手を伸ばしてかたわらで眠る子供に触れた。夜は闇より暗く昼は日一日と灰色を濃くしていく。
(pp.7)
親子二人は常に暗い『』の中で眠り、道中も人目について襲われないように気配を殺し、安全が確保できたときだけたき火を囲んで野宿し、そこで少ない缶詰などの食料を分け合って食べる。昼間は雨や雪が降り、そして常に寒さで震え毛布にくるまって二人で温めあっている。そして、道中の捨てられた家にある缶詰やリンゴ園のリンゴなどを拾ったりして、食料を手に入れて生き延びていく。表面的な物語としては、それらだけが淡々と繰り返されていく話。

それだけの物語なのだけど、親子が置かれた絶望的な状況の中での会話が胸に迫るものがある。男の子は世界が崩壊した後に生まれており、健全だった世界を知らない。そして、道中で起こる出来事に対して無邪気に何気ない質問をパパにたびたびする。その質問に対して、常に自分たちが生き延びるために合理的に判断し、男の子を説得しつつ、かつ自分自身にも言い聞かせるように『彼』は答える。それがコーマック・マッカーシー独特の鉤括弧のない文体で繰り返されて、より物語の中で際立って見える。例えば、象徴的な以下の部分など。
話してごらん。
少年は道のほうへ眼をやった。
話してほしいんだ。怒らないから。
少年はかぶりを振った。
パパの顔を見るんだ。
少年は彼に顔を向けた。今まで泣いていたように見えた。
話してごらん。
ぼくたちは誰も食べないよね?
ああ。もちろんだ。
飢えてもだよね?
もう飢えてるじゃないか。
さっきは違うことをいったよ。
さっきは死なないっていったんだ。飢えてないとはいってない。
それでもやらないんだよね?
ああ。やらない。
どんなことがあっても。
(pp.147)
このように、食料がないので、人が襲われて食われてしまう。そのため、殺される可能性が高く、かつ飢えもあって、常に死の影が付きまとっている。そして道端には焼き殺された死体や首だけが切り取られて串刺しになったりしているような、残虐な結果の描写も多く、10歳くらいの子供にとっては極めて残酷で過酷な世界である。『彼』はそんな状況を見せないようにするが、子供はもう何度もそういう状況を見てしまい、結果的に精神的にも成長していく。

また、道行く老人や飢えた男に遭遇したとき、男の子は食料を分け与えようとする利他的な心も持つ。しかし、自分たちが生き延びるためにはそれをやってしまってはダメだとパパは常に子に言い聞かせるしかない。また、パパは常に拳銃を手放すことはなく、親子に危害を加えそうな人間は躊躇なく撃つ。もう片方の手には子供の手を握りながら。そして、もうどうにもならないときは、その拳銃を使うしかないとまで決めている・・・。

主人公二人は名前が出てこない。唯一名前がついた登場人物が出てくる。名前は『イーライ』で、90歳くらいで眼がもうあまり見えない老人。この名前を見たとき、以下の作品を思い出した。似たタイトルでかつ崩壊した世界が舞台で世界観も似ている。この物語の主人公の名前は『イーライ』。『ザ・ロード』の解説には、イーライは旧約聖書の預言者エリヤと関係があるのではないかという説が示されている。『ザ・ウォーカー』は、主人公が崩壊した世界である本を運ぶ物語。一方、『ザ・ロード』は親子が二人で象徴的な『』を運んでいる。ググったら『ザ・ウォーカー』がパクッたのではないかとあった。それくらい似たような内容。両方映画化されており、『ザ・ウォーカー』のほうは見た。内容はまずまずだけど、小説は断然、『ザ・ロード』に軍配が上がる。

コーマック・マッカーシー独特の文体で、情景が脳内に自然と描写される。しかし、『すべての美しい馬』のような美しい情景とは言えず、灰色と白、黒などモノトーンで色彩を失った世界で、読み進めるのがだんだんと辛くなってくる。そのため、精神的に沈んでいるときにはあまり読むべきではないかな。

僕は本書をどちらかというと男の子の視点で読んでいた。しかし、もし子供ができたら『彼』の視点で読むのだろうなと思った。絶望的な状況でも、常に善い人として『』に包まれた世界を生き延びていかなくてはいけない。それを示唆する親としての『彼』。そして、最後は切なすぎて泣いた。それでも読了後に不思議と勇気づけられるような、それくらいのスゴ本だった。



ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)
コーマック・マッカーシー
早川書房
2010-05-30

読むべき人:
  • SF作品が好きな人
  • 勇気づけられたい人
  • 最近親になった人
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May 24, 2014

アメリカの鱒釣り

キーワード:
 リチャード ブローティガン、鱒、クリーク、アメリカ、幻想
リチャード・ブローティガンの小説。以下のようなあらすじとなっている。
二つの墓地のあいだを墓場クリークが流れていた。いい鱒がたくさんいて、夏の日の葬送行列のようにゆるやかに流れていた。――涼やかで苦みのある笑いと、 神話めいた深い静けさ。街に、自然に、そして歴史のただなかに、失われた〈アメリカの鱒釣り〉の姿を探す47の物語。大仰さを一切遠ざけた軽やかなことば で、まったく新しいアメリカ文学を打ちたてたブローティガンの最高傑作。
(カバーの裏から抜粋)
この小説は、例によって西新宿のブックファーストのフェアで見つけた。確か次に読みたい1冊というような題目で置かれており、リチャード・ブローティガンという名前が気になって買った。以前、『愛のゆくえ』を読んでなかなか面白いと思い、自分に合っているような気がしたからだ。本作品、〈アメリカの鱒釣り〉についてあらすじとか、テーマ性とか、登場人物が何をどうしたといったことを語るのは容易ではない。そもそも、これは小説と言っていいのかさえ、判断に困るような作品であるからだ。形式上47のタイトルが付いた章ごとに分けられている。しかし、一貫性もストーリーのようなものもないように思われる。それはドリアの表面が分厚いチーズで覆われているようなものだ。

なんとなく重厚な作品を読むのに疲れていたというのもあって、本書を読むことにした。数ページ読んだ時点で、変な本だなと思った。しかし、20ページほど読み進めたあたりで、この本が感覚的に自分に合っている、好きだなという判断を早計にも下すことになった。若干品のない部分ではあるが、その部分を引用しておく。鱒釣りに出かけようとヒッチハイクの車を待っているところ。
 掘立小屋からちょっとのぼったところに屋外便所があった。扉がもぎとられそうな格好で開いていた。便所の内部が人間の顔のように露わになっていた。便所はこういっているようだった――「おれを建ててくれたやつはここで九千七百四十五回糞をしたが、もう死んでしまった。おれとしては、いまはもうだれにも使ってほしくないよ。いいやつだったぜ。ずいぶんと気を使って、おれを建ててくれたんだ。おれはいまは亡きおケツの記念碑さ。この便所には匿さなくちゃならんような秘密などないよ。だからこそ扉があいてるんじゃないか。糞をしたけりゃ、鹿みたいに、そこいらの茂みでやってくれよな」
「くたばりやがれ」と、わたしは便所にいってやった。
(pp.22)
我ながらずいぶんと品がないところに惹かれてしまったなと思った。
 便器は重ねられて、棚の上にあった。五基ずつ重ねて置いてあった。便器の上は天窓で、便器はそこからの光を受けて、『南海の禁断の真珠』とかいう映画にでも出てきそうな様子で輝いていた。
(pp.204)
というような、もう少し上品な部分に惹かれて好きだと確信できればよかったのだけど、いささかこの部分が出てくるのが遅すぎたのだ。

半分くらいは釣りをしていないような内容なのだが、〈アメリカの鱒釣り〉のタイトルのように、ちゃんと鱒を釣っている内容のものもある。『アロンゾ・ヘイゲンの鱒釣り日誌』という内容では、7年の間に22回鱒釣りに出かけているが、釣り旅1回につき釣りそこねた鱒平均数が10.8とあり、結局1度も釣れず〈アメリカの鱒釣り墓標銘〉として次のように書き記されている。『もうたくさんだ。釣りをはじめて はや七年 一度も鱒を釣りあげていない。 針にかかった鱒は残らず釣りそこねた。』とある。この『』の部分を変数として他の値を思い思いに代入したところを想像してみてほしい。ずいぶん悲惨な内容だと思わないかい!?と妙に共感を覚えるのであった。実に〈アメリカの鱒釣り〉的な内容である。

さて、内容とは関係ない、どうでもいい逸話ではあるのだが、本書をショルダーバックの中に入れて電車中で読んでいたりした。あるとき、一緒にバックに入れていたペットボトルの蓋がしっかりとしまっていなかったので、〈アメリカの鱒釣り〉は濡れてふやけてしまった。しかし、そのふやけ具合が、まさに水を得た魚のような感じだなと妙に納得していた。濡らしたものがコーラなど色付き飲料ではなく、フランス産のミネラルウォーター、『ボルヴィック』であったのが幸いでもあるが、〈アメリカの鱒釣り〉だったら『クリスタルガイザーなら完璧だったな』と言いそうだなと想像してみた。

〈アメリカの鱒釣り〉はきっと象徴でもあるのだけど、それをうまく説明するのは難しいし、それは文芸評論家とかアメリカ文学研究者の仕事であるから、何も僕がここでやることではない。そうそう、それでも、以下の部分がとても参考になるよ。
 ここで、わたしの人間的欲求を表現すれば、――わたしは、ずっと、マヨネーズという言葉でおわる本を書きたいと思っていた。
(pp.215)
まぁ、そういうことだ。

その他の重厚な文学っぽい作品が絵画でいうルノワールとかセザンヌ、モネなどの印象派みたいなものであれば、〈アメリカの鱒釣り〉は、マグリットやダリなどのシュルレアリスム絵画のようで、感覚的に見て楽しむような作品なんだ。考えずに感じて、独特の表現を楽しむというような作品だ。

そうそう、これだけは断言できることであるが、翻訳がまれにみるほど秀逸であり、それは数十ページ読めばおのずと分かる。解説の柴田元幸氏によれば、藤本和子の翻訳は、『翻訳史上の革命的事件』であり、この翻訳がなければ、村上春樹の翻訳、さらには作家村上春樹の作品でさえ考えられないとまで言わしめている。それほどの作品だ。

〈アメリカの鱒釣り〉というのは、ふと渋谷の交差点あたりでどこかで見たことがある人とすれ違い、あれはテレビに出ている人ではなかったか?と余韻と静かな反芻を起こさせるような、しかし確信をいまいち持てないでいる類のスゴ本なのだ。

世界中で200万部のベストセラーになったくらいだし、うっかり20冊くらいアマゾったところで何の支障もないだろう。そう、〈アメリカの鱒釣り〉ならね。



アメリカの鱒釣り (新潮文庫)
リチャード ブローティガン
新潮社
2005-07-28

読むべき人:
  • 鱒釣りが好きな人
  • 村上春樹作品が好きな人
  • 〈アメリカの鱒釣り〉を感じたい人
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