文学作品

May 04, 2014

暁の寺

キーワード:
 三島由紀夫、タイ、インド、阿頼耶識、思想
豊饒の海シリーズ第三巻。以下のようなあらすじとなっている。
<悲恋>と<自刃>に立ち会ってきた本多には、もはや若き力も無垢の情念も残されてはいなかった。彼はタイで、自分は日本人の生れ変りだ、自分の本当の故郷は日本だと訴える幼い姫に出会った……。認識の不毛に疲れた男と、純粋な肉体としての女との間に架けられた壮麗な猥雑の世界への橋――神秘思想とエロティシズムの迷宮で生の源泉を大胆に探る『豊饒の海』第三巻。
(カバーの裏から抜粋)
第三巻は第一部と二部に分かれている。一部は1941年から1945年という戦争まっただ中で、本多がタイで8歳になる月光姫、ジン・ジャンと出会う。ジン・ジャンは、勲の生まれ変わりであることを自覚しており、本多にお礼も言わずに自刃してしまったことに謝罪の気持ちも持ち合わせている。その幼いジン・ジャンの謁見の間に、インドのベレナスに旅行に行き、輪廻思想の見識を深める。

第二部は1947年で、本多は明治期に成立した法律に則り、土地所有権の弁護により30億円ほどの成功報酬を手に入れ、別荘を建てるまでの富裕層になる。18歳になったジン・ジャンと再開するが、ジン・ジャンは転生の記憶はすっかり失っており、本多はジン・ジャンに転生のあかしである清顕、勲の左の脇腹にあった三つのほくろがあるかどうかを確かめるために、別荘にプールを作り、さらには自分の書斎から隣室を覗けるようにのぞき穴まで準備している・・・。

第三巻の主人公は、間違いなく本多である。それまでは、清顕、勲の友人、助力する弁護人であったりし、転生する主人公を傍観するしかなかった存在だった。しかし、第三巻では、本多には妻もいるが、タイで見た神話の女神の彫像のような容貌になったジン・ジャンに魅了されていき、次第に恋慕の情がわき始める。純粋な恋愛感情とは異なった、耽溺するような感情。そういう初老の男の少女に対する思惑がエロティシズムとして描かれている反面、どこか理解できない部分があった。

また、第一部で本多の輪廻転生をめぐる思索が、仏教思想からギリシャ神話までにわたり、途中でよく分からなくなっていった。特に阿頼耶識などの唯識思想が数ページにわたって展開されている。詳細は、本作品についても触れられているので、以下を参照。『春の雪』、『奔馬』は若い主人公の純粋さと行動、それを取り巻く登場人物の思惑に魅了されたのだが、第三巻はそれらがあまりなく、よさがいまいち分からないまま読了した。前二巻は魅力的で鍵になる登場人物が多く出てきたが、本作品ではどこか軽薄な人物が多く、本多とジン・ジャン以外の人物が特に際立っているようなこともなかった。

また、初老の男にでもなると、少女に特別な(もちろん本多はジン・ジャンが清顕、勲の転生の結果であることを知っているから、特別視するのだけど)、純粋な恋愛感情とも異なるものを抱くのだろうか?と思った。

カバーの裏にある『エロティシズム』とあるが、そこまでのものは描かれていなかったようではあるが、以下の部分に出くわしたとき、思わず蛍光ペンで線を引いた。
知らないということが、そもそもエロティシズムの第一条件であるならば、エロティシズムの極致は、永遠の不可知にしかない筈だ。すなわち「死」に。
(pp.264)
僕は、この部分に三島由紀夫の思想の収斂を見た。

第三巻は、もう少し年齢を重ねてから読むと本質がわかるのかも知れないなと思った。




読むべき人:
  • タイ、インドに行ったことがある人
  • 仏教思想に関心がある人
  • 60歳くらいの初老の男
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April 23, 2014

奔馬

キーワード:
 三島由紀夫、思想、革命、陛下、幻想
豊饒の海シリーズ第二巻。以下のようなあらすじとなっている。
今や控訴院判事となった本多繁邦の前に、松枝清顕の生まれ変わりである飯沼勲があらわれる。「新風連史話」に心酔し、昭和の新風連を志す彼は、腐敗した政治・疲弊した社会を改革せんと蹶起を計画する。しかしその企ては密告によってあえなく潰える……。彼が目指し、青春の情熱を滾らせたものは幻に過ぎなかったのか?―若者の純粋な<行動>を描く『豊饒の海』第二巻。
(カバーの裏のあらすじから抜粋)
第一巻は『春の雪』で、大正期の貴族の若者たちの悲恋の物語であった。第二巻の『奔馬』の主人公は、飯沼勲という19歳ほどの剣道をやる少年である。父は『春の雪』の主人公、松枝清顕の教育係であった飯沼茂之である。松枝清顕の友であった本多は、清顕の最後の言葉『今、夢を見ていた。又、会うぜ。きっと会う。滝の下で』の通り、清顕の生まれ変わりである飯沼勲に出会う。しかし、勲は自分自身が清顕の転生の結果であることは知らず、昭和初期の日本の現状を憂い、同士を募り、革命を起こそうと企てる、というお話。

『春の雪』は、どちらかというと清顕の精神的な未熟さが要因で悲恋に向かうような、そんな印象を受けた。自分の確固たる信条というようなものもあまりなく、自分で自分の内面があまりよく分かっておらず、気づいた時には聡子は仏門に下り、二度と会うことなく清顕は病死する。そんなはかない物語。

しかし、清顕の生まれ変わりである勲は確固たる自分の信条、自分がやるべきことが19歳にして明確に分かっていて、ブレのない人物像として描かれている。日本の農村の凄惨な状況、政治の腐敗、財閥の亡国的行為を目の当たりにしているときに読んだ明治初期に刀で蹶起した若者たちが描かれている「新風連史話」に影響を受け、それを昭和初期でも再現しようとする。最後は、海の向こうに上ってくる日輪を臨み、松の木の下で自刃して自分の人生を締めくくることが理想として決心している。

そして、勲が清顕の生まれ変わりであることを確信した38歳になった清顕の友人であった本多は、たびたび勲の言動に戦慄しながらも、救えなかった清顕を投射しながら助力して見守っていく。

豊饒の海シリーズは、雑誌連載だったようだ。第二巻である『奔馬』の主人公は、事件後だからこそ自然と推測されるのだけど、主人公勲の日本を憂い、天皇を崇拝する姿勢、そして最後は自刃して自分の生涯を理想的に終えることは三島由紀夫自身の願望の表れであり、それを小説として描き落としたのだろか?と思わざるを得ない。この連載をリアルタイムで読んでいて、最後に三島自身の自刃を目の当たりにした人たちは、まさか本当に蹶起するとは!!と思ったのか、それとも、あぁ、やはりと思ったのだろうか?

勲の純粋さとは裏腹に父、茂之の経営する道場の成り立ち、勲に思いを寄せる鬼頭槇子などの勲を想い抜いた結果、勲に対する思惑が対照的に描かれている。終盤に差し掛かるにつれて、それぞれの行動理念が紐解かれ、それに魅了される。

不思議なもので、一見三島由紀夫の文体は読みづらい印象を受けるが、凡庸で退屈な小説にありがちな、物語の進捗を確かめるためにページ数をやたらと気にするということはなかった。確かに普段読まない日本語が描写に使われており、読み進めるのに時間がかかる。それでも、一文一文を自分の中に紡いでいくと、文章の心地よさと時折訪れる琴線に触れるような、戦慄にも似た感嘆の心境が得られるときがあった。

僕が語るまでもなく、三島由紀夫というのは天才だったのだなと思った。




読むべき人:
  • 日本を憂いている人
  • 日本を変えたいと思う若い人
  • 理想的な死に方のイメージがある人
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March 09, 2014

春の雪

キーワード:
 三島由紀夫、恋路、貴族、破滅、桃紅柳緑
三島由紀夫の遺作となった豊饒の海シリーズ第1巻。以下のようなあらすじとなっている。
維新の功臣を祖父にもつ侯爵家の若き嫡子松枝清顕と、伯爵家の美貌の令嬢綾倉聡子のついに結ばれることのない恋。矜り高い青年が、〈禁じられた恋〉に生命を賭して求めたものは何であったか?――大正初期の貴族社会を舞台に、破滅へと運命づけられた悲劇的な愛を優雅絢爛たる筆に描く。現世の営為を越えた混沌に誘われて展開する夢と転生の壮麗な物語『豊饒の海』第一巻。
(カバーの裏から抜粋)
豊饒の海はシリーズ全4巻までからなる作品である。この作品は確か、4年ほど前、まだ新宿三丁目のジュンク堂が残っているときにそこで買ったと思う。2chのまとめスレか何かで、絶対お勧め本のようなものとして挙げられていたのが気になって買った。しかし、それから4年間、読むことはなかった。

読まなかったのは全4巻という長さもあるが、何よりも、文豪、三島由紀夫という存在であったから。僕にはまだ読めないと思っていた。描かれている日本語、世界観が理解できないと。

僕は18歳の夏、大学1年生のとき、暇を持て余していたというのもあり、小説だ、文学を読むんだ!!と意気込んでいた時期があった。大学1年目の夏休みは特に働くでもなく、毎日文庫小説を1日1冊のペースで読んでいた。現存する作家の作品なら1日で読めたが、文学らしい文学はまだ読んでいなかったので、何か読もうと思った。

ちょうど実家に帰省中だったこともあり、母親の持っていた太陽の光を浴びすぎてきつね色に焼け焦げた『金閣寺』を読もうと思った。確かに最後までページをめくったことは覚えている。一応は読了できたが、何も頭に残っていない。つまり、文章の表層を追うのに精いっぱいで、何も読めなかった。そもそもまだ小説を読む経験値が少なかったので、独特の描写が脳内でイメージできておらず、登場人物の心情の機微が何一つわからなかった。ある意味挫折したのであった。

それから、三島由紀夫を筆頭とした日本文学を代表する作家の作品を自然と避けるようになった。きっと読めないし、面白くはないだろうなと。そして、結果的に今まで海外文学作品を多く読むようになっていった。

今年(2014年)の2月15日は東京をはじめ、大雪となって雪が積もった日だった。予定されていたイベントも中止になり、暇ができたこともあり、本棚の積読本を消化しようと思った。そこで普段東京で積もることのない雪を契機として、本書の『春の雪』を読み始めた。

大抵の小説は50ページほどで、作品の世界観や文体に慣れて面白いか面白くないかがわかり始めていく。しかし、この作品は50ページでは判断できなかった。100ページあたりまで読み進めた時に、意外にもページ数を気にせずそこまで読めていた自分に気づく。案外読めるものだと。そして、200ページを超えたあたりから、主人公清顕とその幼馴染であった聡子の住む予定調和の世界がだんだん揺らいでいき、これはスゴ本だという確信を抱き始める。

本書の舞台は大正初期の貴族社会ということもあり、普段見慣れない日本語、単語が頻出している。一読しただけでは、分かりにくい描写もある。しかし、2回、3回と同じ文を読み直すと腑に落ちるというか、運ばれてきた料理の香りがふわっと広がるように、情景や心情がイメージできた。

三島由紀夫の文体では、登場人物の心情が視覚的に描写されている。そしての描写は、自分の知らない日本語で書かれ、一級の絵画を見ているような気になる。たまたま昨日モネ展を見てきたというのもあるが、色彩豊かな印象派の作品を見ているような、そんな感覚に浸れた。

また、日本語の奥深さを味わった。このような日本語で書かれた作品は今まで読んだことがなかった。いつも翻訳された世界文学を読んでいたが、初めて日本文学のよさを実感できたのではないかと思った。これを日本語ネイティブとして読めるのは、ある意味幸せなことではないかと思えるほどに。

一昔前、少なくとも二十歳前後でこれを読んでもまず読めなかったし、登場人物の思惑、行動理念などに共感を得られなかっただろう。それが30歳になった今、自分自身の精神的成熟を伴って、やっと三島由紀夫が読めるようになったのだ!!という成長の喜びも得られた。

清顕と聡子、その他二人を取り巻く登場人物の心情の移り変わりの描写が圧倒的にスゴい作品。




読むべき人:
  • 20歳くらいの人
  • 美しい日本語の世界に浸りたい人
  • 叶わない恋愛をしている人
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February 23, 2014

タタール人の砂漠

キーワード:
 ディーノ・ブッツァーティ、砂漠、待つ、時間、人生
20世紀イタリアを代表する作家による小説。以下のようなあらすじとなっている。
辺境の砦でいつ来襲するともわからない敵を待ちながら、緊張と不安の中で青春を浪費する将校ジョヴァンニ・ドローゴ――。神秘的、幻想的な作風で、カフカの再来と称され、二十世紀の現代イタリア文学に独自の位置を占める作家ディーノ・ブッツァーティ(1906―72)の代表作にして、二十世紀幻想文学の世界的古典。
(カバーのそでから抜粋)
Dainさんのスゴ本経由でこの本の存在を知り、売り切れてしまう前に急いで書店で買った。若い人こそ読んで欲しいが、分からないかも。』と評されており、最近30歳になった自分にはどう感じるのだろうか?という部分を確認してみたいというのもあって読んだ。もう、30歳なのか?それともまだ30歳なのか?のどちらか。

読中、読了後に率直に感じたことは、やはりまだそこまで自分のこととしてリアルな絶望感のようなものはそんなにないなと思った。つまり、まだ30歳ではないか!?と安堵の気持ちもある。

しかし、自分の人生が失敗と敗北に終わり、何も起こらなかった、という失望とともにただ病んだまま、そして孤独にバッドエンドを迎える未来像を想像して恐ろしくなった。単調な日常の繰り返しに慣れてしまい、何かが起こることを期待しているままに人生の大切な時期をやり過ごしてしまい、主人公、ドローゴのように後悔とともに臨終を迎えてしまうような人生だけは全力で回避しなくては!!、という危機感のようなものが芽生えた。

物語の初めのほうの主人公は若く、タタール人が攻めてくるかもしれないという砂漠を監視する砦に勤務することになる。そこでは単調な何もない砂漠の監視、非番時のカードゲーム、たまに村に行って村娘に会いに行ったりなどの毎日の繰り返しだけの生活を続けるが、砦の兵士全員が期待している敵の襲来は待っていてもいっこうに起こらない。主人公は敵の襲来という幻想にとりつかれて、出られたはずの砦にずっと残り続けてじっと何年も待っているという状況。

物語の中で特に大きな事件があるわけではないのだけど、読みながら、もしかしたら本当に主人公の境遇のような、将来起こり得る自分の未来像を想像していくうちに、澄んだ水に落ちる一滴の墨汁が徐々に広がって灰色に滲んでいくように、自分の内面に少しずつ不安が侵食していく。

この物語の教訓的なものは、一言でいえば、『待つな、自ら動け』としか言いようがない。ただ毎日の単調な繰り返しを過ごし、何か自分から違う行動を働きかけたりしない限り、ある日突然仕事で成功したとか、どこかで運命的な出会いがあったとか、言葉で言い表せない絶景を見たとか、何かに心を強く動かされるような感動を味わったというようなことなどは、過去の自分の経験から鑑みても、まずない、ということだ。

だから受動的ではいけない、自分から能動的に行動していかなくては、本質的には自分の人生をよりよく生きたことにはならない、さもなくば、主人公と同じように失望とともに人生を無為に過ごすだけだ、ということになる。

20歳前後で読んだ場合は何も感じなかったかもしれない。30歳で読めたことを幸運ととらえて、40歳以上になって再読した時に絶望しないようにしたい。そして、また10年後に自分を試すんだ。能動的に生きたかどうかを。



タタール人の砂漠 (岩波文庫)
ブッツァーティ
岩波書店
2013-04-17

読むべき人:
  • 受動的な人
  • RPGが好きな人
  • 意義のある人生を送りたい人
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February 13, 2014

すべての美しい馬

キーワード:
 コーマック・マッカーシー、馬、メキシコ、旅、美
アメリカ人作家による青春小説。以下のようなあらすじとなっている。
1949年。祖父が死に、愛する牧場が人手に渡ることを知った16歳のジョン・グレイディ・コールは、自分の人生を選びとるために親友ロリンズと愛馬とともにメキシコへ越境した。この荒々しい土地でなら、牧場で馬とともに生きていくことができると考えたのだ。途中で年下の少年を一人、道連れに加え、三人は予想だにしない運命の渦中へと踏みこんでいく。至高の恋と苛烈な暴力を鮮烈に描き出す永遠のアメリカ青春小説の傑作。
(カバーの裏から抜粋)
本書は図書館で借りた。たまたま同著者の本を積読していただけで、特にコーマック・マッカーシーの本を以前に読んだことがあるわけでもなく、特に知っていたわけでもなかった。図書館で何か適当に借りようと文庫コーナーを眺めていたら、積読中の著者の本だなというただそれだけの理由で手に取ってみて、カバーの裏のあらすじを読んで、貸出期間中にまったく読了する気もなく借りた。他に3冊借りたのだけど、結局500ページもある本書のみを読了した。読んでよかった。きっとこの本に呼ばれて借りたんじゃないか?と思うほどだった。

あらすじには『青春小説』とあるが、青春小説というほどには甘酸っぱいものはなく、16歳の少年にとってはあまりにも過酷な物語ではないかと思った。

主人公のジョンは、ハイウェイがあって車も普通に走っている時代に、あてもなく友人と馬に乗って地元のテキサスからメキシコに向かう。道中でウサギを獲って食べたり、たき火を囲んで野宿もしたりする。そして途中で立派な馬に乗った14歳くらいの少年と出会い、その少年と少し行動を共にし、メキシコの牧場で馬の調教師、牧童として働き始める。

そこの牧場のオーナーの娘、17歳のアレハンドロに惹かれつつもいろいろと事件が起こり、主人公とその友人はメキシコの刑務所に入れられる。その刑務所特有の閉鎖的で暴力的な社会で生き延びるために戦わなくてはいけなかったりし、単純に少年が旅に出て成長するというような感じではない、よく言えばタフでハードボイルドな話。

主人公のジョンは、自分の家の境遇などもあったりして、どこか達観していて16歳の少年にしては大人びている印象を受ける。自分に起こったことを否定もせずに、当然のことだとどこか諦観にも似た境地で受け入れようとしている。対して相棒のロリンズは17歳で主人公よりも1歳年上なのだけど、割と短気でどちらかといえばやんちゃであまり深く考えずに直観的に行動するタイプで、主人公にいろいろと言ったりするが、それが主人公にとってよい刺激になってもいる。そんな二人の短い会話の連続がよかったりする。

読み始めて50ページくらいは、著者独特の文体に慣れるまで大変かと思う。一文がかなり長く、一般的に読点が入るようなところにそれがなかったり、会話も鉤括弧なしで示されている。登場人物の心情描写もあまりない。

しかし、風景、情景、そして馬の描写がスゴい。豊穣な言葉使い、比喩表現で、メキシコの牧草地、山脈、広がる青空、乾いた土ぼこりが立ち込めるメキシコの小さな街、そしてたてがみが揺れて汗ばむほどに躍動する馬たちが自然に脳内イメージできてしまう。一言でいえば、『美しい』、そんな文体。アメリカ文学でこんな豊かな表現に出会うとは思ってもいなかったから、良い意味で驚きだった。

なんとなく主人公が当てもなく旅立つことに共感を覚えた。いろいろあって、結局地元には留まってはいられない。しかし、行く当てが決まっていたり、目的が先にあるような冒険の旅に出るというのでもない。ただ、ここにはいられない、いたくはない、ここではない、どこかへ行かなくてはいけない、そして、馬だけが主人公の心のよりどころのような、そういう感覚に自分を投射しつつ共感できた。そしてこの物語は、特にハッピーエンドで終わっていないところが切ないというか、読後により心に残るような気がした。

この作品は本書から始まる『国境三部作』と呼ばれるものらしい。2作目の『越境 (ハヤカワepi文庫)』は別の主人公の話で3作目の『平原の町 (ハヤカワepi文庫)』は、本書と同じ主人公、ジョンが28歳になったときの物語らしい。ぜひこれらも読んでみたいな。

本書は馬が好きな人にはよい本だと思う。主人公の馬への愛情がよく表現されているし、一緒に馬に乗って旅をしている感覚にもなれる。そして、美しい世界に身をゆだねられる。



すべての美しい馬 (ハヤカワepi文庫)
コーマック マッカーシー
早川書房
2001-05

読むべき人:
  • 馬が好きな人
  • 圧倒的な文体を堪能したい人
  • ここではない、どこかを目指している人
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January 30, 2014

007 白紙委任状

キーワード:
 ジェフリー・ディーヴァー、007、テロ、ゴミ、使命感
ジェフリー・ディーヴァーによる新たなジェームズ・ボンドが活躍する小説。以下のようなあらすじとなっている。
20日金曜夜の計画を確認。当日の死傷者は数千に上る見込み。
イギリスの国益にも打撃が予想される。

 イギリス政府通信本部が傍受したEメール――それは大規模な攻撃計画が進行していることを告げていた。金曜まで6日。それまでに敵組織を特定し、計画を阻止しなくてはならない。
 緊急指令が発せられた。それを受けた男の名はジェームズ・ボンド、暗号名007。ミッション達成のためにはいかなる手段も容認する白紙委任状が彼に渡された。攻撃計画の鍵を握る謎の男アイリッシュマンを追ってボンドはセルビアに飛ぶが、精緻な計画と臨機応変の才を持つアイリッシュマンはボンドの手を逃れ続ける……
 セルビアからロンドン、ドバイ、南アフリカへ。決死の追撃の果てに明らかになる大胆不敵な陰謀の全貌とは?
(Amazonの商品の説明から抜粋)
007の大元の原作者はイアン・フレミングである。その作品をもとに一部映画化されており、現在まで007シリーズは全23作まで作られている。映画は初代ボンドのショーン・コネリーの『ドクター・ノオ』から23作目のダニエル・クレイグボンドの『スカイフォール』まで全部視聴済み。しかし、原作小説は一度も読んだことがなかった。

最近図書館に通うことにしたので、近所の徒歩15分ほどの図書館で本書を発見した。以前から本屋で見かけて気にはなっていたが、ハードカバーで高いなぁと思って特に買ったりしなかった。しかし、近所の小規模な図書館でこれを見つけた時に、これは!!と思って真っ先にこれを借りた。そしてなんとか貸し出し期限の2週間以内で読了できた。小説の中でも映画のようなジェームズ・ボンドが活躍していてかなりおもしろかった。ちなみに、この作品で文学作品カテゴリ100冊目となる。

著者のジェフェリー・ディーヴァーもあまり知らず、他の作品も読んだことはない。どうやら映画、『ボーン・コレクター』などの原作者らしい。イアン・フレミングのほうも読んだことがないので、単純に過去のジェームズ・ボンド像とどう違うのかはわからない。せいぜい映画から受ける印象とこの作品を読んだ印象の違いのみしか分からない。

この作品の舞台はアメリカの9.11テロが起こった後のiPhoneが存在する時代となる。この作品ではジェームズ・ボンドの所属はMI6ではなく、海外開発グループという組織の00セクションとなる。この組織は物語中に出てくるMI5やMI6など実在の英国の諜報機関とは違い、架空の組織となっている。ここに属するまでの逸話、Mとの出会い、なぜこの海外開発グループが存在するか?といった背景もしっかり描写されている。

そして、タイトルの『白紙委任状(carte blanche(仏語))』というのは、簡単に言えば、国外での捜査、調査権限を全面にジェームズ・ボンドに任せるというような内容。そのためには手段は問わず、というような感じだが、英国国内の諜報活動などはMI5などの管轄となって、行動が制限されるようだ。本書のジェームズ・ボンド像は、30代前半で体重78キロ、黒髪で右頬に8センチほどの傷痕がある。元海軍予備中佐階級で殺しのライセンス(00)を持つエージェントである。このボンド像はきっと映画の歴代ボンドの誰にも当てはまらない、新生ボンドとして脳内でイメージしながら読んだ。でもところどころダニエル・グレイグが近いかなと思ってイメージした。

愛車はベントレー・コンチネンタルGT、時計はロレックス、軍所属時は射撃の腕で表彰されるほどで、ロッククライミング、スキーが得意なスポーツで、語学の才能もあり、ロシア語は原文で読めて、毎日10キロのランニングを欠かさず、ワインにも詳しく、ドライビングテクニックは一流で、システマをベースとした格闘もでき、当然頭脳も優れており、さらには魅力的な女性とのウィットに富んだ会話で相手を惹きつける。

そんなジェームズ・ボンドが映画でも見ているように脳内で映像化されてくる。お決まりのウォッカマティーニの注文のセリフ『ステアではなくシェイクで(「Vodka Martini, Shaken, not stirred.)』といった部分やQによるiPhone型の盗聴器やのどスプレー?型の小型カメラなどのガジェットも出てくるし、当然ボンドカーも出てくるし、ボンドガールのような女性キャラも出てきて、ジェームズ・ボンドはセルビア、英国、ドバイ、アフリカと黒幕を探し出すために世界を飛び回り、銃撃、格闘シーンなどもしっかり描写されている。

映画だけに関しては、ダニエル・クレイグ以前の007作品はどう見てもコメディ調なスパイアクション映画なのだけど、それ以降の作品はよりシリアスな展開となっている。特に物語の深さがスカイフォールで現れていたと思う。つまり、なぜジェームズ・ボンドは007の使命を果たすのか!?という意識的な部分がより描かれていた。それがこの小説でも2段組み400ページ超の長さの間に描かれており、単純なエンタメ作品に終始していないのがよかった。

ついつい映画などを見ていると、トムフォードのスーツに身をまとい、オメガの時計、アストンマーチンのボンドカー、ウィットに富んだセリフ、ボンドガールとの駆け引きなど表面的なところにあこがれを抱き、ロールモデルはジェーム・ボンドだ!!とか意識してしまいがちになる(どうでもいい話だけど、『慰めの報酬』公開時にコラボとしてauからガンバレットモデルのフルチェンケータイがかつて発売され、それを買ったくらい意識してたww)。

しかし、特に本書を読んで、ジェームズ・ボンドが007としての使命を果たす意識などを学べた気がする。目的のためには速攻で敵の企業と取引できるニセの人物に成りすますために必要な知識を頭に叩き込んだり、格闘術や射撃の訓練も常に必要で、外国語も数か国は軽くできなくてはいけないし、仲間の力をうまく借りたり、そして命を懸けなくてはいけない。僕も仕事でそこまでの意識で取り組むべきなのだなと思った。そこまでやるから優秀なプロフェッショナルなのだなと。もちろん死なない程度にねw

長いけどすごく読みやすくて面白かった。図書館に返すのがもったいないくらい。買って読めばよかったなと思う。そして本棚に堂々と飾っておきたいと思える作品だった。



007 白紙委任状
ジェフリー・ディーヴァー
文藝春秋
2011-10-13

読むべき人:
  • 007が好きな人
  • ロールモデルはジェームズ・ボンドな人
  • プロフェッショナルになりたい人
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December 31, 2013

悪い娘の悪戯

キーワード:
 バルガス=リョサ、悪い娘、よい子、友情、愛
ペルー出身のノーベル文学賞作家による恋愛小説。あらすじの代わりに目次を示しておく。
  1. 第一章 チリからやってきた少女たち
  2. 第二章 孤高のゲリラ兵
  3. 第三章 スインギング・ロンドン、馬の肖像画家
  4. 第四章 シャトー・メグルのタルジュマン
  5. 第五章 声をなくした男の子
  6. 第六章 防波堤造りの名人、アルキメデス
  7. 第七章 ラバピエスのマルチェラ
(目次から抜粋)
先に結論を示しておこう。本当に面白くてかつ読後の心地よさは最高だった。稀有な作品で、今年読んだ中で断然No.1で、そして今まで読んだ小説の中でもベスト5には確実に入るだろう圧倒的なスゴ本だ!!

バルガス=リョサはペルー出身のノーベル文学賞作家で、今年『緑の家』を読んだ。『緑の家』は特殊な物語構造もあって、正直いまいち没頭できなかったし、わけが分からず消化不良に終わった。しかし、本作品は恋愛小説で、割と読みやすく、あらすじもそんなに難しくない。大雑把に単純化するなら、一人の男が15歳のときに出会った女に惚れて、一生その女を愛しながら裏切られ、苦しめられ、翻弄されていくというお話。ただそれだけの話なのだけど、圧倒的な物語の深さ、そして愛が描かれていた。

7章構成となっており、それぞれの時代と舞台が異なっている。1章は1950年代のペルー、主人公リカルドは15歳で、のちにニーニャ・マラ(スペイン語で『悪い娘』の意)の愛称を持つようになる少女、リリーと出会う。

2章は1960年代前半のパリで、カストロによるキューバ革命に触発されてペルーにも社会主義的な革命を起こそうとする友人が出てくる。そこで、かつて惚れた少女リリーが同志アルレッテと名前を変えた状態で主人公(30歳くらい)の前に現れる。

3章は1960年代の後半のロンドンで、主人公は35歳くらいとなっている。かつての同郷の友人がロンドンの競馬界で競走馬の画家として活躍するいっぽう、自分の元を離れ去ったあの女が上流階級の婦人の座に納まっている。また名前を変えて。

4章は1970年代の東京が舞台。またしても主人公リカルド(38歳)から去った女を追いかけて、通訳の仕事仲間を通して東京に向かう。4章のタイトルとなっているのは『シャトー・メグル』と呼ばれる名のラブホテルのことで、『タルジュマン』は古代アラブ語で”仲介者”という意味。かつての女は日本人になりすまし、ヤクザの愛人になっている。

5章は再びフランスはパリ。4章から約2年後。タイトルは、自分の家のアパートの隣人である、夫婦の養子がしゃべれない男の子を示す。もうかつての女を愛するのは辞めたと決意し、かかってくる電話も無視していたはずなのにまた出会ってしまう。偽造パスポートを持ち、身分が安定しない状態で。

6章は80年代初めのペルー。主人公は40代後半で、そこで魔術的な力で防波堤の設定場所を探り当てる老人と出会う。

7章は80年代半ばのスペインのラバピエスという都市で、主人公は54歳くらい。かつて愛した女は・・・・。

各章で何がどうなったかは、もちろん詳しくは書けない。各章で共通しているのは、主人公リカルドが一人の女に病気のように惚れているのだけど、『ニーニャ・マラ(スペイン語で「悪い女」の意)』という愛称で呼ばれるその女は決して主人公の愛の言葉にも本気で受け止めず、一度も主人公のことを『愛している』は言わず(しかし肉体関係は終始ある)、ある日突然主人公の目の前から姿を消して金のある上流階級の男に鞍替えしている。そのたびに主人公は深く傷つき、苦しみ、もう二度とあんな女など相手にするものか!!この対処法には通訳の仕事に没頭するしかないと忙しい日々を過ごす。そして忘れたころにまたふとそのニーニャ・マラに出会ってしまう。トラブルを引き連れて。

主人公はニーニャ・マラとは間逆で、夢はパリで平穏に暮らすことという、これといった野望もない平凡な男である。しかし、ニーニャ・マラへの愛は一生変わらず、一途で時折ニーニャ・マラに対してくさい愛の言葉をささやいてもいる。その言葉にまんざらでもないでもないニーニャ・マラは、主人公のことを『ニーニョ・ブエノ(スペイン語で「よい子ちゃん」)』の愛称で呼ぶ。何度もだまされて、裏切られるたびに、もう目を覚ませと自問自答し、愛情よりも憎しみが増していくが、それでも悪戯っぽい笑顔を持ち、濃いハチミツ色をしたからかうような瞳を持ち、東洋人の血が少し混じった、そして美しいニーニャ・マラを想い続ける主人公に胸を打たれる。

この作品のすごさはもちろんその主人公の一途な恋愛的な部分なのだけど、やはり各章の舞台と時代の描写がスゴいに尽きる。大体の都市は著者が実際に暮らしたことのある都市らしく、その時代の背景がリアルに描き出されている。特に著者の出身地のペルーに対する憂いのようなものは終始主人公のおじさんの視点を通して描かれているような気がした。この時代背景の描写の部分だけでも本当に秀逸で、勉強になる。実在の文化人、著名人、政治家の名前、文学作品や哲学書も随所にリアリティを伴って出てくる。

また、本作品のテーマは『愛』であることは間違いなく、同時に『友情』も描かれている。各章が独立した短編小説のような構成で、主人公とニーニャ・マラは変わらず出てくるが、それ以外の登場人物は主人公の友人として章ごとに異なって出現する。その友人たちは主人公を翻弄するニーニャ・マラとは違い、主人公の助けになってくれたりする。そういう視点を通して、各章が上質な短編小説のようにも読める。

政治不安定で軍部が政治を掌握しつつあるペルーから脱出するようにパリに移り住み、通訳、翻訳家として近隣諸国を飛びまわりつつ仕事をするが、どこかで自分はよそ者に過ぎないと思っており、友人とニーニャ・マラと出会いと別れを繰り返しながら15歳から60歳くらいまで年をとっていく。どこか孤独な根無し草のようで、狂った愛に走る主人公は果たして愚か者だろうか?それでも、一人の女を心底惚れぬいた男の一生は、ある意味幸せだったのではなかろうか?と思った。この作品には一人の男の愛の一生が描かれていた。

本書は誰かにお勧めされたものではなかった。たまたま今年の秋ごろに西新宿のブックファーストでラテンアメリカ文学フェアをやっているところで発見した。そのときに『緑の家』は読了済みで、バルガス=リョサの作品が他にも何冊か置いてあった。カバーの絵は『ユリシーズに杯を差し出すキルケ』という作品らしく、ハードカバーで400ページ超の分厚い作品だ。値段をみると2,800円で、買うのはかなり躊躇した。『緑の家』が分かりにくかったというのもあったので。

Amazonでの評価を確認し、タイトルと帯にあった『壮大なラブストーリー』の文句に惹かれて、背伸びし、自分を鼓舞するように買って積んでおいた。そして、年末年始の読書として世界観が広がるもの、人生を考えられるものを読みたいと思って、なんとなくこの作品を読み始めたら、当たりだった。いや、『当たり』という表現は的を射ていない。『僕は、本屋で光り輝く黄金を掘り当てたのだ』と。

Amazonの在庫は現在では残り2冊らしい。大型書店に行ってもこの作品は置いてある可能性は低い。初版は2012年と去年なのだけど、よほど海外文学、とりわけラテン文学に注力を入れている本棚を持つ書店に行かないと手に入らないかもしれない。もし見つけたら(もちろんAmazon経由でもいいのだけど)、すぐに買って積読することなく以下の一文から始まる物語を読んでほしい。
 今振り返っても、あんなにいかした極上の夏はなかったな。
(pp.6)
読み始めたらページがとまらなくなるだろう。そして徹夜するかもしれない。ラストシーンで感動のあまり涙を流す人もいるかもしれない(カフェで読んでいてからこらえたけど)。主人公ニーニョ・ブエノに自分を投射するもよし、ニーニャ・マラの悪女っぷりに翻弄されるもよし、とにかくこの本を読んでくれ!!と声高に勧めたい圧倒的なスゴ本だった。



悪い娘の悪戯
マリオ・バルガス=リョサ
作品社
2011-12-23

読むべき人:
  • 壮大な恋愛小説を読みたい人
  • 悪女の自覚のある人
  • 一人の女を思い続けている人
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December 19, 2013

塵に訊け!

キーワード:
 ジョン・ファンテ、作家、青春、熱量、黄金
アメリカ人作家、ジョン・ファンテの小説。

舞台はロサンジェルスで、主人公アルトゥーロ・パンディーニはイタリア系のアメリカ人でコロラド州からやってきて安ホテルに滞在して小説を書いている。パンディーニは20歳の女も知らない駆け出しの作家で、過去に一度短編「子犬が笑った」という犬が出てこない作品が文芸誌に載ったことがある。金もあまりない状態で、近くのカフェバーで出会ったメキシコ人のカミラという女に惚れるが、反発し合ったりする中で途中でカリフォルニアの大震災が起こったり、年上の老いはじめた女から見染められたりしつつもなんとか小説を書いて生計を立てているというお話。

主人公のパンディーニは惚れた女に電報で詩のラブレターを送ってみたり、そうかと思えば履いている靴をダメだししたり、自分の作品が載った雑誌を渡してみても破られたり、海で一緒に泳いだあと、うまくできなかったのだけど、あのときやろうと思えばやれたんだ!!と後悔とともに毒づいてみたりしているw

また、パンディーニの一人称によって、パンディーニの大げさなくらいの喜怒哀楽がよく分かる。書いている初めての小説が永遠の名作になるかもしれないと思い込んでいたり、契約が決まった後に鏡の前で拳をふって、諸君、偉大な作家を見てみろ!と言っていたりする。現実にそういう人が身近にいたら若干アレな人かと思われるのだけど、パンディーニ視点を通した間接的な経験から、不思議とそういう自分を信じぬいていくエネルギーのようなものを得た気がする。

まえがきに本作品の著者であるジョン・ファンテを敬愛するチャールズ・ブコウスキーという作家が『あとはこの本を読んでくれ!』と示している。特にその想いが語られている部分を引用しておこう。チャールズ・ブコウスキーが若いころ、作家になろうとして図書館で本を読み漁っていた時の部分。
 俺は大部屋を歩き回り、書架から本を引っ張り出して数行読み、数ページ読み、また戻した。
 そしてある日、俺はある本を取り出して開き、これは、と思った。立ったまましばらく読み続けた。それから、まるでゴミ溜めで黄金を見つけたように、その本を机まで持っていった。文章はページの上を軽快にうねり、流れていた。力のある行が次々と続いた。文章の中身そのものが、ページに形を与えていた。まるで、何かがそこに刻み出されているという感じだった。とうとう目の前に、感情を恐れない男が表れた。ユーモアと痛みが、素晴らしい簡潔さで表現されていた。俺にとって、この本の出だしは野蛮で強烈な奇跡だった。
(pp.4-5)
読みたくなったでしょう?僕は、読んでよかったよ。割と好きな作品だなと思った。また、主人公と同じ20歳くらいの人が読むともっと共感できると思う。

凄く面白いというタイプの作品ではないのだけど、どこか若さゆえの自分自身の過大評価と現実に置かれた状況のギャップに悩みつつも自分を誇示して何かになろうとする、そんなエネルギーが満ち溢れているような感じだった。

ジョン・ファンテの作品では、同じ主人公の『春まで待て、パンディーニ』というものがあるらしいが、まだ翻訳されていないようだ。これも気になるので、そのうち翻訳されるのを気長に待とう。



塵に訊け!
ジョン ファンテ
DHC
2002-10

読むべき人:
  • 20歳くらいの人
  • 精神的な若さを取り戻したい人
  • 小説家になりたい人
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November 30, 2013

さよなら、愛しい人

キーワード:
 レイモンド・チャンドラー、私立探偵、ハードボイルド、比喩、タフガイ
村上春樹訳のレイモンド・チャンドラーの作品。以下のようなあらすじとなっている。
刑務所から出所したばかりの大男へら鹿マロイは、八年前に別れた恋人ヴェルマを探して黒人街にやってきた。しかし女は見つからず激情に駆られたマロイは酒場で殺人を犯してしまう。現場に偶然居合わせた私立探偵フィリップ・マーロウは、行方をくらました大男を追って、ロサンジェルスの街を彷徨うが…。マロイの一途な愛は成就するのか?村上春樹の新訳で贈る、チャンドラーの傑作長篇。 『さらば愛しき女よ』改題。
(カバーの裏から抜粋)
村上春樹のエッセイによくタフガイの象徴として、本作品の主人公、フィリップ・マーロウが出てくる。なので、気になっていたので買って読んでみた。

あらすじは、カバーの裏にある通りなのだけど、なかなか事件が解明されていかないというか、主人公のフィリップ・マーロウは当初の殺人事件から全然違う別の仕事を進めて行ったりする。意図せず殺人を犯したマロイは冒頭に出てから、あまり出番がないし。しかし、本当にラスト50ページくらいで全然別の事件が収束して謎が解明するという感じがしてよかった。

この作品の良さ、面白さはストーリーそのものよりも、主人公、フィリップ・マーロウの魅力によるところが大きい。独り言が多かったりするし、シニカルな会話で相手をイラつかせたり、ギャングなどに殴られたり痛い目に合ったりするが、自分で自分をタフガイなんだと自己暗示をかけるように鼓舞し、危険を顧みず適地に単独で乗り込みつつ最後には辛抱強く事件を解決していく。僕もタフガイになりたいと思わせてくれる。

あとは、独特の比喩表現が多いなと思う。村上春樹の作品自体も特有の比喩があるが、それは間違いなくチャンドラー作品からの影響だろうなというのがよく分かる。なんだか大げさな表現にも思えるのだけど、それでも的を射ているというようなものがある。『八十五セントの夕食は、捨てられた郵便袋みたいな味がした。』とか。どんな味だろうか?と一瞬思案するけど、でもまずそうなのはよく分かる。

最後に村上春樹のあとがきが載っている。それによるとこの作品のフィリップ・マーロウは30歳前後のイメージ像らしい。ということは大体今の僕と同じ年齢ということになる。読んでいる途中は40歳くらいのダンディな感じをイメージしていたが、違ったようだ。僕は、とても主人公のように一人で金にもならず、そして危険を伴う仕事を地道に進めてはいけないだろうなと思った。

そして、村上春樹のあとがきに以下のように示されている。
チャンドラーの小説のある人生と、チャンドラーの小説のない人生とでは、確実にいろんなものごとが変わってくるはずだ。そう思いませんか?
(pp.477)
この作品を読了したので、チャンドラーの小説のある人生になりつつある。いろんな物事に翻弄されたりすることもあるけど、主人公、フィリップ・マーロウのようにタフガイであり続けたいと思った。

そのうち『ロング・グッドバイ』も読みたい。



さよなら、愛しい人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
レイモンド チャンドラー
早川書房
2011-06-05

読むべき人:
  • ハードボイルド小説が好きな人
  • 地道にものごとを進めるのが得意な人
  • タフガイになりたい人
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November 17, 2013

あのとき始まったことのすべて

キーワード:
 中村航、青春、修学旅行、中学、タッグ
青春小説。以下のような目次となっている。
社会人3年目、営業マンとして働く僕は、中学時代の同級生、石井さんと10年ぶりに再会した。奈良の東大寺を訪れた修学旅行や、複雑な気持ちを秘めて別れた卒業式。当時の面影を残す彼女を前に、楽しかった思い出が一気に甦る。そして新たに芽生えた思い…。しかし、一夜を共にした僕らに待っていたのは意外な結末だった―。きらきらと輝いていたあの頃を丹念に掬い上げた、切なくて甘酸っぱい最高純度のラブストーリー。
(カバーの裏から抜粋)
重厚で入り組んだ、非現実的な物語にどっぷりつかった後は、割と軽めの小説を読みたくなる。ということで、本書を読んでみた。でも、この作品の内容も僕にとっては非現実的なお話なのではあるが。

たまたま席が隣だった中学生の同級生と社会人3年目、25歳くらいに再開することになった。そこから二人の関係が始まるというお話。そして中学時代の修学旅行で一緒だった班のメンバーなども出てきて、中学時代の話もいろいろと出てきたり、社会人になって変わってしまった部分なども描かれている。読みやすく読後は爽やかな青春小説という感じだった。青春小説としてはありふれた話かもしれないが、安心して読める。

しかし、こんなのはフィクションに過ぎない!!と自分の中学時代を思い返してそのギャップに違和感ありまくりなのも何とも言えないなとも思った。読みながら中学生のころ何やってたんだっけ?とか、そもそも修学旅行はどこ行ったのだっけ?とか(この作品の舞台のように京都、金閣寺などにも行ったね)思い出した。でもまぁ、中学時代は別に暗黒時代でもなかったのだけど、それなりに面白かったし、友人なら何人かは今でも続いている。男だけだけどね!!w

過去回想型の青春小説って、なんだかいつまでも過去の栄光?を心のよりどころになっている部分がある気がする。社会人生活があまりうまくいってなくて、でも中、高校生時代はよかったなと回顧して、ふと昔の人たちに会いたくなったりするようなそんな感じ。それは別にそれでよいのだけど、やはり現在進行形の今を中、高時代よりも良いものにして生きたいなと思う。まぁ、中、高時代の『今』を大切にしてなかったらダメなのだけど・・・。

青春小説は、その主人公たちと同時代のときに読んでおくのが一番いいかもね。そうではない場合は、過去、現在、そしてこれからを考えるよいきっかけになるのかもしれない。

あと、同著者の作品は以下を読んだことがある。あのとき始まったことのすべて』のほうが個人的には好きだなと思った。



あのとき始まったことのすべて (角川文庫)
中村 航
角川書店(角川グループパブリッシング)
2012-06-22

読むべき人:
  • 社会人生活がうまくいってない人
  • 青春を疑似体験したい人
  • 中学時代の好きだった人をふと思い出す人
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November 03, 2013

都市と都市

キーワード:
 チャイナ・ミエヴィル、警察、都市、考古学、ブリーチ
SF小説。以下のようなあらすじとなっている。
ふたつの都市国家“ベジェル”と“ウル・コーマ”は、欧州において地理的にほぼ同じ位置を占めるモザイク状に組み合わさった特殊な領土を有していた。ベジェル警察のティアドール・ボルル警部補は、二国間で起こった不可解な殺人事件を追ううちに、封印された歴史に足を踏み入れていく…。ディック‐カフカ的異世界を構築し、ヒューゴー賞、世界幻想文学大賞をはじめ、SF/ファンタジイ主要各賞を独占した驚愕の小説。
(カバーの裏から抜粋)
本屋で帯付きで平積されていたのが気になっていた。その帯には『カズオ・イシグロ絶賛!!』と。あらすじを見ると、『ディック‐カフカ的異世界を構築し、ヒューゴー賞、世界幻想文学大賞をはじめ、SF/ファンタジイ主要各賞を独占した驚愕の小説。』とある。そして買った。スゴ本だった。

さわりだけほんの少し示しておこう。

舞台はバルカン半島にあると想定される架空の都市国家、べジェルとウル・コーマ。時代設定はiPod、スターバックスなどが存在する2010年前後。その2国はかつて分断され、2度ほど戦争があったらしいが、現在は友好関係を築いている。しかし、入り組んだ作りとなっている2都市の境界線上付近では、人々は相手国の人や建物を<見ない>ようにしなくてはいけない。もしそれをやってしまうと<ブリーチ>となる。許可された以外の場所で国境を超えることも<ブリーチ>となり、<ブリーチ>という2国間の超法規的で絶大な権力組織に捕らえられてしまう。

あるとき、べジェル側で若い女性の死体が発見された。その事件担当となった過激犯罪課のボルル警部補はその女性の死の真相を追うことになる。べジェル側で殺されたのか?その女性はいったいなぜ殺されたのか?事件の真相を少しずつ追うごとに2国間の歴史、統一をもくろむ集団たちの存在、2国間の間に存在するとされる寓話のさらなる都市の謎などが複雑に絡み合っていく。

表面上はSFではなくて、警察ミステリー小説なのだけど、この作品の何がスゴイかというと、架空の都市国家2つの緻密な設定、世界観としか言いようがない。2つの国の言語、べジェルはべジェル語、ウル・コーマはイリット語となっていたり、通貨も異なり、それぞれ身につけている服も異なる(着てよいものは規定されていて、それに違反すると<ブリーチ>)。考古学的な話も出てきて、2国間の分断前の遺跡からの出土品、<原形(ルート)>があるとか、さらには架空のアーティストやウル・コーマ風のお茶が出てきたりする。

そして、本作品のSF要素としての2国間の様子を表す<完全>な部分(相手国が見えない完全に自国の領土)、<異質>(完全に相手国の領土)、<クロスハッチ>(おそらく2国間の国境)、そしてどちらの領土とも確定していない<紛争地区>(括弧の説明は僕の解釈。どこにもそれらの説明が詳しく出てこないので。)があり、さらに<ブリーチ>という権力装置による2国間の監視がアクセントとなっている。

うまく言えないのだけど、舞台設定、そこでの2都市の文化、経済、政治もすべて架空なはずなのに、それが本当に存在するかのような細かい設定、描写が多く、SFであることを忘れるようなミステリー仕立ての作品となっている。さらに<ブリーチ>までもが本当にあり得るように思えてくる。そしてミステリーとしても犯人は誰でなぜ女性が殺されたのか?という謎がどんどん深まりつつ、2都市の構造、謎の権力組織<ブリーチ>も絡み合って続きが激しく気になっていく作品だった。

しかし、500ページ程の作品でページ数をあまり気にせずに読み進められる反面、集中して読めるのは1日3章、約60ページくらいでもある。舞台設定の描写が多く、その2都市間の舞台そのもの、つまり『都市』に関心がないと合わないかもしれない。また、Amazonのレビューにあるように、翻訳がよろしくないようだ。最初のほうはあまり気にならなかったのだけど、特にクライマックスあたりから会話の描写があれ?と思うような、一読しただけではよく分からない部分があったりする。最後の話は入り組んだ謎解明の部分なのだけど、純粋に日本語が変というか。

それでも久しぶりに続きが気になる!!っていう作品だった。こういうのは今まであまり読んだことがないほどで、スゴ本と断言してもいいだろう。ミステリー好きで特殊な都市の舞台設定、考古学、そしてディストピアSFによくある監視組織などが出てくる物語が好きな人は読んでおいて損はない。



都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)
チャイナ・ミエヴィル
早川書房
2011-12-20

読むべき人:
  • ミステリー作品が好きな人
  • 架空の緻密な舞台設定を楽しみたい人
  • 都市が好きな人
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October 20, 2013

幼年期の終り

キーワード:
 アーサー・C・クラーク、SF、人類、上帝、終末
アーサー・C・クラークのSF小説。以下のようなあらすじとなっている。
人類が宇宙に進出したその日、巨大宇宙船団が地球の空を覆った。やがて人々の頭の中に一つの言葉がこだまする――人類はもはや孤独ではない。それから50年、人類より遥かに高度の知能と技術を有するエイリアンは、その姿を現すことなく、平和裡に地球管理を行っていた。彼らの真の目的は?そして人類の未来は? 宇宙知性との遭遇によって新たな道を歩みだす人類の姿を、巨匠が詩情豊かに描きあげたSF史上屈指の名作
(カバーの裏から抜粋)
以前参加したスゴ本オフの『ハヤカワ』のテーマでこの作品を持ってこられる方が何人かいた。そして、その場ではSFオールタイムベストな名作と言われていたので、気になっていた。去年の5月開催だったのだね。もうそんなに時間が経つのか。ちなみに、僕が持っていたのは、以下の作品。アーサー・C・クラークの作品は読んだことがなかった。せいぜい大学生のころにキューブリックの『2001年宇宙の旅』を見たくらい。しかも映画DVDなどめったに買わないのに、なぜかマトリックスシリーズと一緒に買って置いてある。当時さっぱりよく分からないけど、きっとみんながスゴイと言っているからこの映画もスゴいのだろうという程度の感想しかなかったのだけど・・・。Amazonの書影はなぜか古いのしか選べなかったけど、新しいカバーで読んだ。

ネタバレするとよろしくないのであんまり詳しく書けない。というか何を書いても先入観を与えてしまって駄目な気がする。なので、何の予備知識なしで読むのがよいね。あと、いくら名作と言われていても、過剰に期待しすぎないほうがいいかもしれない。では、この作品が期待外れだったのかというと、決してそうではない。

400ページくらいの作品なのだけど、300ページを超えるまでは特に起伏もなく、ふーんという感じで読んでいた。しかし、300ページを超えたあたりから、物語は一気に壮大な話になっていって、結末を迎えて、達成感と悲壮感などが入り混じるような何とも言えない読後感となった。

画家ポール・ゴーギャンの作品に『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』という大きな絵がある。絵の内容は全然違うけど、このタイトルがこの小説のテーマにぴったりだなと思った。

人によってどこにどうスゴいと思うのかが微妙に変わってくるような気がする。今読んでもきっと色あせてない作品なので、SF作品が好きで未読なら読んでおいて損はない。



アーサー・C・クラーク
早川書房
1979-04

読むべき人:
  • SF作品が好きな人
  • 壮大な物語が読みたい人
  • 人類の未来について考えてみたい人
Amazon.co.jpで『アーサー・C・クラーク』の他の作品を見る

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September 01, 2013

夢を与える

キーワード:
 綿谷りさ、夢、芸能界、アイドル、信頼
綿谷りさの3作目の小説。以下のようなあらすじとなっている。
幼い頃からチャイルドモデルをしていた美しく健やかな少女・夕子。中学入学と同時に大手芸能事務所に入った夕子は、母親の念願どおり、ついにブレイクする。連ドラ、CM、CDデビュー…急速に人気が高まるなか、夕子は深夜番組で観た無名のダンサーに恋をする。だがそれは、悲劇の始まりだった。夕子の栄光と失墜の果てを描く、芥川賞受賞第一作。
(カバーの裏から抜粋)
去年文庫化されたこともあり、買って読んでみた。そして、この作品がこのブログでの700冊目となる。

綿谷りさは、僕と同学年なので、やはり同時代を生きる作家としてデビュー当初から注目の存在であった。高校2年生の7月ごろ、クラスメートから同学年の女の子が書いた作品が面白かったからおススメと『インストール』を受け取り、授業中に隠れて読んだという思い出がある。ちょうどそのころから2chにはまりつつあった身としては、面白い設定だなぁと思っていた。

そして、19歳のとき、『蹴りたい背中』で最年少芥川賞を受賞となった。わりと出版直後のちょうど10年前に読んだのを覚えている。そんで、2007年の本作品の出版後に、たまたま何も知らずにふらっと三省堂神保町店に行ってみたら、店内のアナウンスがあって、綿谷りさのサイン会があるとのこと。しかし、事前に整理券が必要らしいが、当然持ってはいなかった。まぁ、しょうがないよねと『夢を与える』を買おうとレジに持っていったら、店員さんにサイン本が買えると言われた。それでサイン会場の8階に行けとのこと。期待した。がらにもなく。ところが、扉の前の受付で整理券がないからだめだと拒絶された。で、結局何も買わなかったという、若干切ない思い出がある・・・。

前置きはこの辺にして、本題に入ろう。

この作品は23歳くらいに書かれたものらしい。『インストール』と『蹴りたい背中』とは全然印象が違ったというのが読了後の感想。23歳でここまで書けるものかと思った。長編で320ページ近くあるし、登場人物も明らかに多く出てきているし、一人称から三人称になっているので、作家としての成長のようなものを感じた。作品発表当時のインタビュー記事を見ると、芸能人としてCMに出たり、テレビの仕事をしたり、モデルを仕事にしている主人公像は、文壇のアイドルと称されていた著者の実体験から来ているのかと期待させるけど、どうやら違うらしい。ふーんと思った。

タイトルになっている『夢を与える』というのは、主人公である夕子は、アイドルとして『夢を与えられるようになりたい』と言っているものから来ている。しかし、以下のようにも語っている。
「でしょ。そう、”与える”っていう言葉が決定的におかしいんだと思う。お米は無理で夢だけが堂々と”与える”なんて高びしゃな言い方が許されてるなんて、どこかおかしい。大体この場合の”夢”って一体どういったものなのか、まだ分からない。いままで散々言ってきたけれど」
(pp.144)
夕子が望む夢と夕子を商品として扱う周りの大人たちの求めている夢のギャップが破滅の始まりとなっていく。芸能界ではありふれたようなスキャンダルなのだけど、最後4分の1あたりから徐々にどこまで堕ちていくのだろうか?と期待と不安が加速しつつページも進んでいった。そして結末は前2作にくらべて爽やかさなどあまりなく、アイドルとしての商品価値のなくなった主人公だけが残されて終わる。

本当の芸能界はどんな感じか分からないのだけど、幼少のころから普通の女の子のように学校生活を楽しむこともできず仕事漬けの毎日で、初めて好きになった人と付き合い始めたことがきっかけでここまで破滅になってしまうのも、なんだか切ないなと思った。それでも、人生10代ですべてが決まるわけでもないし、まだ他の世界でも生きていけるじゃないかとも思った。また、アイドル、芸能人として生きるのは大変なんだねとも思った。

個人的には前2作よりもこっちの作品のほうが面白いなと思った。読み始める前はあまり期待していなかったのだけど、意外にも後味のよろしくないバットエンドの作品も書けるのだなと思った。他にもいろいろと出版されているので、同時代を共有する作家として注目していきたいと思う。



夢を与える (河出文庫)
綿矢 りさ
河出書房新社
2012-10-05

読むべき人:
  • 芸能人になりたい人
  • 破滅の物語が読みたい人
  • 夢について考えたい人
Amazon.co.jpで『綿谷りさ』の他の作品を読む

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August 24, 2013

夜のピクニック

キーワード:
 恩田陸、夜、歩行、青春、今
恩田陸の小説。以下のようなあらすじとなっている。
高校生活最後を飾るイベント「歩行祭」。それは全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通すという、北高の伝統行事だった。甲田貴子は密かな誓いを胸に抱いて、歩行祭にのぞんだ。三年間、誰にも言えなかった秘密を清算するために――。学校生活の思い出や卒業後の夢など語らいつつ、親友たちと歩きながらも、貴子だけは、小さな賭けに胸を焦がしていた。本屋大賞を受賞した永遠の青春小説。
(カバーの裏から抜粋)
夏休みはやっぱり青春小説を読むに限る。ということで、新潮社のワタシの一行フェアで買ったこの本。以前から参加していたスゴ本オフでも何度か取り上げられていたので、読んでみることにした。

とてもよい読後感だった。と同時に、こんな青春は自分の人生には一度もなかったし、これからもまず起こらないだろうという絶望にも似た気持ちになった。

本作品でワタシの一行を寄せているのは女優の北川景子さん。いいね!を押したくなる部分を挙げられている。

舞台は高校3年生の主人公融(とおる)と貴子の二人を視点とした、歩行祭という秋に全校生徒が夜通し80kmも歩くというお話。夜歩くことで、普段あまり言えないことや、あまり話したことのない人同士でも距離が近くなり、それぞれの人間関係がそこで変化していく。

読了後は、あぁ、青春だなと思った。表面上はこれはただのデスマーチではないか!?wと思うのだけど、こういう不条理な伝統行事によって人間関係の結束ができて、思い出になるのかもしれない。作中の登場人物たちもそのように語っている。

歩行祭は「歩く会」として実際に著者の母校で行われている行事らしい。実際は70kmらしいが、作品の描写になかなかリアリティがあるなと思った。

登場人物たちがみなそれぞれ個性があって、こういう高校生活を送れたらなぁと思った。僕にはそんな青春なんかなかった。こんなのはフィクションだ!!畜生!!と憤慨してみるのだけど、残念ながら!?とてもよい青春小説だと思った。そして、夏に青春小説を読みたくなるのは、やはり体験できなかった空白を埋めるような代償行為なんだなと思った。

高校生の時、特に3年生となると、自分の進路とか人間関係でいろいろと思い悩むときだなと思う。自分のことを振り返ってみると、やっぱり人生のなかである程度方向性を決めるべき時で、かなり思い悩んでいたなと。受験勉強が手につかなくなるほどに・・・。と同時に、僕は主人公の融のように、早く卒業したいとばかり思っていた。そしたら、融の友人の忍の融への説教の部分にガツンとやられた。
あえて雑音をシャットアウトして、さっさと階段を上がりきりたい気持ちは痛いほど分かるけどさ。もちろん、おまえのそういうところ、俺は尊敬してる。だけどさ、雑音だって、おまえを作ってるんだよ。雑音はうるさいけど、やっぱ聞いておかなきゃなんない時だってあるんだよ。おまえにはノイズにしか聞こえないだろうけど、このノイズが聞こえるのって、今だけだから、あとからテープを巻き戻して聞こうと思った時にはもう聞こえない。おまえ、いつか絶対、あの時聞いておけばよかったって後悔する日が来ると思う。」
(pp.189)
そして後悔している自分がここにいる・・・。

高校生のときはいろいろと挫折と失敗が多くて、何もかもどうでもよくなったときがあった。もともと高校なんか通過点でしかないとか思っていて、その大切なノイズを完全にシャットアウトして今に至ってしまった。もし、この作品を高校3年生のときにリアルタイムに読んでいたのなら、多少は自分の人生が変わっていたのではないかと思った。それだけに、なぜこの作品に高校生の時に出会っていなかったのか!?と悔やまれるのだけど、自分が高校3年生のとき、2001年にはまだこの作品は存在しなかったのだし。

なので、高校生特有の悩みとかそういうのがある人は、絶対リアルタイムで読んでおくべきだなと思う。高校生のときに読まないと後悔するぞ!!と断言してもいい。もう、高校生はみんな読め!!ww




読むべき人:
  • 高校3年生の人
  • 歩くのが好きな人
  • 青春が何もなかった人
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August 17, 2013

密会

キーワード:
 安部公房、病院、交接、疎外、患者
安部公房の小説。以下のようなあらすじとなっている。
ある夏の未明、突然やって来た救急車が妻を連れ去った。男は妻を捜して病院に辿りつくが、彼の行動は逐一盗聴マイクによって監視されている……。二本のペニスを持つ馬人間、女秘書、溶骨症の少女、<仮面女>など奇怪な人物とのかかわりに困惑する男の姿を通じて、巨大な病院の迷路に息づく絶望的な愛と快楽の光景を描き、野心的構成で出口のない現代人の地獄を浮き彫りにする。
(カバーの裏から抜粋)
今は短い夏休みで(なんとか5日間は取得はできたが)、実家に帰省中である。大学生のころから、夏休みは無性に青春小説を読みたくなる。それと同時に、大学生のころに安部公房の作品をよく読んでいたことから、夏になると思い出したように読みたくなってくる。そして、未読のこの長編小説を読んだ。青春小説のような爽快さと読了後の心地よさは、残念ながら微塵もない。しかし、これはスゴ本だった。
弱者への愛には、いつも殺意がこめられている―
(pp.4)
こんな警句のような一文から物語は始まる。閉鎖した空間での、異様で、欲望にまみれて猥雑な、そして間接的なエロスがふんだんに盛り込まれた物語が。

32歳で身長176cm、体重59kgで(大体僕と似たような体型だ)、ジャンプシューズという、靴底がばねになっていて跳躍力が増すスポーツ用品の営業の仕事をしている。ある日の午前4時過ぎに、呼んだ覚えのない救急車がやって来て、妻を連れ去ってしまう。そして、男は妻を捜し出すと同時に、体が馬のような馬人間に男が盗聴によって監視されている状況を自分でノートに記録させる仕事を依頼する。

そして妻が連れ去られたと思われる病院にたどり着き、そこで妻を捜しつつ、盗聴されている病院全体の警備主任に就かされることになる。同時にその病院全体が色情にまみれた閉鎖空間である状況を徐々に理解していく・・・。

読んでいる途中から何ともいえない不気味さと異様さを感じてきて、なんだか見てはいけないものを見ているような気になってくる。しかし、さまざまな欲望を持つ多彩な登場人物の思惑があり、主人公はそれらに翻弄されるだけなのだけど、その先にいったい何が待ち受けているのか!?と続きがどんどん気になっていく(特に半分を過ぎたあたりから)。そして、ページをめくるスピードが徐々に加速し、迷路のような病院のシステム(建物の物理的なものと色情を管理、事業化するような仕組み)に読者もはまり込んでいくような感じだった。

馬人間というのは、あまり言及できないのだけど、人間だけど馬のような男で、インポテンツに悩まされている。そして、その秘書は試験管育ちで人間同士の関係感覚が完全に欠落しているが、主人公に好意を寄せている。そして、溶骨症という骨がとけて体が縮んでいく病気の13歳の少女は馬人間の慰みもので、その父親は警備主任で馬並みであり、さらに主人公の妻は・・・。このようないろいろな異様さをはらんだ登場人物たちが物語のアクセントになっている。

この作品のスゴさは、この異様さを形容する圧倒的な文体だなと思った。描写が詳細すぎると読むのが面倒になってきてスピードをつけられないのだけど、安部公房の文体は無駄がなく、あまりなじみのないような比喩表現でも不思議と脳内でその状況をイメージできてしまう。そしてだんだんとこの病院の全体像が少しずつ主人公の記録によって明かされていく物語構成もスゴいとしか言いようがない。

そして、直接的な交接行為の描写がないのだけど、のぞき穴とか少女と主人公の関係、馬人間の実験、病院での盗聴、そして最後の妻の描写がとてもエロスに満ちていて、読んでいてこれは18禁じゃないか!?とまで思ったw別に程度としてはそこまでエロいものでもないのだけど、たぶん一般的なものよりも幾分ベクトルが違うような気がして、これを10代で読んでしまうと、その人の人格形成に幾分影響を与えるような気がしないでもないww

安部公房の作品は、不気味で異様な、そして主人公が翻弄されていくような物語としては一級品だなと思う。そういう非日常で不安を誘う物語は、やはり時間と精神に余裕のある夏休み中にどっぷり浸かるに限る。他にもこのブログで取り上げた作品は以下となる。
『密会』は著者の医学部卒という経歴が存分に活かされていて、エロく、そして面白いスゴ本だった。



密会 (新潮文庫)
安部 公房
新潮社
1983-05

読むべき人:
  • 異様でエロスに満ちた作品を読みたい人
  • 夏休み中の人
  • 病院通いをしている人
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August 11, 2013

レインツリーの国

キーワード:
 有川浩、障害、関係、歓喜、言葉
恋愛もの小説。以下のようなあらすじとなっている。
きっかけは「忘れられない本」。そこから始まったメールの交換。共通の趣味を持つ二人が接近するのに、それほど時間はかからなかった。まして、ネット内時間は流れが速い。僕は、あっという間に、どうしても彼女に会いたいと思うようになっていた。だが、彼女はどうしても会えないと言う。かたくなに会うのを拒む彼女には、そう主張せざるを得ない、ある理由があった――。
(カバーの裏から抜粋)
毎年恒例の夏の文庫フェアが各社によっていろいろと展開されている。その中で、新潮社は『ワタシの一行』というものをやっている。西新宿のブックファーストでは、フェアの本をテーマごとにジャンル分けしていて、確か『恋愛』ジャンルにあったこの本を買った。ちなみに脚本家の岡田惠和氏による『ワタシの一行』は以下となる。岡田惠和氏の選んだ一行に魅かれて、この本を読むことに決めた。

主人公は社会人3年目くらいの20代半ばの男性、伸行。ある日自分が昔読んだライトノベルのラストの終り方に納得がいってなくて、他の人はそれをどう思っているのだろう?と気になってネットで検索する。そしたら20代半ばのひとみという名の女性が運営する『レインツリーの国』という読んだ本の感想が書かれているブログにたどり着く。伸行からメールを送り、そして、だんだん仲良くなっていくうちに、実際に会うことになる。しかし、ひとみには聴覚障害があることを伸行は知ることになって・・・。

あまり内容について言及するのはよろしくはないが、健聴者と聴覚障害者の関係が描かれている。正直はたから見ていると、めんどくさい関係だなと思う。いろいろと気を使ったり、気を使わせたり、障害者特有の『どうせ健常者には自分のことはわからないでしょ!!』といったコンプレックスのような心情描写が多くあった。僕も健康体ではないのでそういう部分に共感しつつも、伸行視点からのひとみへのツッコミもなるほど、そういう観点もあるのだなと思った。

あとがきには著者は別に障害そのものをテーマとして描きたかったわけではなく、以下のように示されている。
 私が書きたかったのは『障害者の話』ではなく、『恋の話』です。ただヒロインが聴覚のハンデを持っているだけの。
(pp.226)
なので、あまり斜めに考えずにメールのやり取りから始まる二人の恋愛模様を堪能するのがいいね。もちろん、聴覚障害者の描写も自分の知らないことだらけで勉強になる部分も多いし。

ひとみと同じような本の感想をブログに書いている身としては、こういうネットワーク越しから始まる関係がとてもいいなぁと思った。このブログを8年やっているけど、そういうのは残念ながらなかった(笑)。でも、間接的にブログ経由でリアルで知り合いになった人は、結構多かったりするね。

『ワタシの一行』フェアは、自分で投稿もできる。僕が選んだ部分は以下(投稿には100字制限があるのだけど、その前後もいいね!と思ったので、そこも含めて引用)。
 どうしてひとみの言葉がこれほど好きなのか分かった。
 彼女は――彼女たちは、耳が不自由な分だけ、言葉をとても大事にしているのだ。第一言語として自分たちに遺された言葉を。その言葉を大事に使って、真摯に理屈を組み立てる。
 だから伸行はひとみの言葉に魅かれるのだ。あれほど真摯に使われる言葉はまたとないからだ。自分と似ていて少し違う心地よさ――それは、ひとみが言葉の限りある愛おしさを知っているからだ。
 その言葉で大切な思い出の本を語られたら、魅かれない奴はいないだろう。
(pp.184)
ここが一番魅かれる部分だった。これはやはり、僕もひとみと同じように、本の感想を綴っているから。僕は別に聴覚障害があるわけでもないけど、それでも話すのは得意ではないし、書く方がどう考えても自分の伝えたいことが伝えられるような気がしている。だから、書き言葉はそれなりに意図的に選んでいる。

それでも、自分が書いている言葉にネットワーク越しのどこかの誰かを魅了するような言葉づかい、真摯さなどが果たしてあるのだろうか?とも考えた。もともと読者を意識していないし、自分だけの記録として始めたブログなのだけど、それでも、自分がよかったと思える本をもっと共有できたらいいなとも思った。

とても読みやすく、どろどろもしていないので、割と読後感はよかった。なんだかこういう小説を久しぶりに読んだ気がする。それまでは変な、というか、読みにくかったりやたらと人が死んだりするものが多かったので・・・。夏の文庫フェアにぴったりのテーマと爽快感のように思えた。そして、いつか素敵な女性からメールが来ないものかと淡い期待を抱かせてくれるのであった(笑)




読むべき人:
  • 夏っぽい本を読みたい人
  • 読書ブログを運営している人
  • 障害のある人
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August 10, 2013

緑の家

緑の家(上) (岩波文庫)緑の家(下) (岩波文庫)
緑の家(上) (岩波文庫) [文庫]
緑の家(下) (岩波文庫) [文庫]

キーワード:
 バルガス=リョサ、ペルー、アマゾン、構造、ジャングル
ペルー・アマゾンを舞台とした小説。今回はあえて、目次もあらすじも示さないことにする。岩波文庫で、あまりあらすじが載っていないということや、目次も単に1章とそっけないものでしか示されていないし、なによりも、この作品をあらすじで要約することはとても困難なことであるから。内容についても、どこまで示せるかわからない。

代わりにこの物語の出会いの話から示そう。

いつだったか、2,3年前に新宿の紀伊国屋本店の文庫本フェアのようなものがやっていた時があった。そのとき、この作品が目に留まった。岩波文庫にしては珍しい写真付きの表紙で、書店員さんのポップ書きがカバーに貼られていた。曰く、『さまざまなばらばらなエピソードが最後に収束していき、さながら漫画のワンピースのような作品』というようなことが書いてあったと思う。ほう、ワンピースかとその時は思ったのだけど、結局買わなかった。

そしてしばらく経ってから、たまたま別の書店(確か今はもうなくなってしまった松丸本舗)で本作品の著者であるバルガス=リョサの本を買った。バルガス=リョサの本を過去に読んだことがあるわけでもないし、そもそもどこの誰かもよく分かっていなかった。ノーベル文学賞を受賞しているんだねとWikipediaを見て知ったくらいであった。

その別の本を読む前に、1作品は小説を読んでおいた方がいいなと思ったし、何よりもワンピース的な物語というところに惹かれて買って読んでみた。

結論。読了までに1ヶ月半もかかったが、全容をはっきりと理解できなかった。

最初の20ページでこの物語の洗礼を受ける。1ページに改行が全くなく、誰が何を言っているのかも分かりにくい描写が続く。1文1文は別に難解ではない。ちゃんと読めばわかる。しかし、それがずっと続くと、読み手を拒むようでもある。

その20ページを超えると、すでに読者はジャングルに誘われている。確かにこの物語はアマゾンの奥地のジャングルを舞台としている部分があるが、舞台としてのジャングルではなく、この特殊な物語構造のジャングルにはまり込んでいる。どういうことかというと、あるシーンで2人が会話をしている部分があるが、次第に誰が何を言っているのかが分からなくなる。つまり、そこのシーンには2人しかいないはずが、もう2人ほど脈絡がなく出現する。注意深く読んでいくと、どうやら最初の2人の会話の直後に、回想シーンが盛り込まれているのに気づく。

普通は回想シーンなどは、回想部分が分かりやすく視覚的に示されているが、括弧で区切られている会話の次の行の会話が、引用のように段落を下げるでも空行があって区切りを示すでもなく、全く同じ記述で書かれている。そこに気付かないとまったく意味が分からなくなる。そしてアンセルモ、ボニファシア、ラリータ、フシーア、アキリーノ、リトゥーマなど大量に出てくる南米特有のなじみのない名前の登場人物たちのせいもあって、ますます訳が分からなくなる。さらにどうやら時系列も前後して錯綜しているらしいということが分かる。もっと言うと、ダメ押しの岩波文庫特有の読みづらいフォント!!

解説に以下のように示されている。
 数多くの人物が登場し、しかも四十年におよび年月の間に起こった出来事を語ったこの小説は、上に述べたような五つのストーリーが組み合わされて展開してゆくが、その際作者はそれぞれの物語を小さな断章に分割し、時系列を無視して並べ、さらに人物の内的独白まで織り込んでいるので、読みはじめた読者はおそらく戸惑いを覚えるだろう。しかし、読み進むうちに個々の断章がジグソー・パズルのピースのように徐々に組み上がって行き、少しずつ全体像が浮かび上がってくる。そして、読者はその中から広大なペルー・アマゾンを舞台に繰り広げられるさまざまな人間たちの姿と現実が浮かび上がってくるのを目のあたりにすることになると同時に、物語小説としての面白さも満喫するはずである。
(下巻 pp.480-481)
解説には五つの物語の概要が示されていて、最後にそれを読んで初めてそういう話だったのか〜と分かる感じで、読了後は完全にポルナレフの『あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!』状態であったww

今まで読んだ小説の中でもかなり読了まで苦労した作品で(他には『ニューロマンサー』、『魔の山』)、読み進めるのは楽ではない作品なのだけど、不思議と物語の行方に引き付けられて、挫折するほどではなかった。訳が分からない状態、物語の構造の中に遭難している状況を楽しめるような、そんな不思議な感覚。

僕は全く事前知識もないままに読み始めてしまったので、戸惑いと分けのわからなさで、ジグソー・パズルのように組み上がっていく感覚はあまり得られなかった。なので、この本はスゴ本の部類なのだろうけど、そのスゴさがいまいちピンと来ていないもどかしさのようなものが残る。だからまた最初から勢いをつけて読み返したほうがよいような気がする。さすがにすぐには読み返さないだろうけど・・・。

もし、この作品を事前知識なしの初見で全体像を把握できたのなら、きっと大規模なシステム関連図とかE-R図とかクラス図とか各種UML図などなど、いろいろなモデリング能力、全体把握能力がかなり優れていることの証明になるのではないかとも思った。そういう自分の全体像の把握能力を試すという観点から読んでみても面白いかもしれない。

上巻351ページ、下巻492ページの物語で、1ヵ月はジャングルにいる感覚を楽しめる、そんな特殊な作品。時間と気持ちに余裕がある人はぜひどうぞ。



緑の家(上) (岩波文庫)
M.バルガス=リョサ
岩波書店
2010-08-20

緑の家(下) (岩波文庫)
M.バルガス=リョサ
岩波書店
2010-08-20

読むべき人:
  • ラテン文学が好きな人
  • アマゾンに行ったことがある人
  • 物語のジャングルに迷い込みたい人
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June 23, 2013

月と六ペンス

月と六ペンス (新潮文庫)
月と六ペンス (新潮文庫) [文庫]

キーワード:
 サマセット・モーム、ゴーギャン、情熱、芸術家、故郷
サマセット・モームの画家ポール・ゴーギャンをモデルとした小説。以下のような目次となっている。
平凡な中年の株屋ストリックランドは、妻子を捨ててパリへ出、芸術的創造欲のために友人の愛妻を奪ったあげく、女を自殺させ、タヒチに逃れる。ここで彼は土地の女と同棲し、宿病と戦いながら人間の魂を根底からゆすぶる壮麗な大壁画を完成したのち、火を放つ。ゴーギャンの伝記に暗示を得て、芸術にとりつかれた天才の苦悩を描き、人間の通俗性の奥にある不可解性を追究した力作。
(カバーの裏から抜粋)
どういうわけか、割と絵が好きで美術館に行ったりする。単に東京で生活していると、有名な画家の作品展が開催されていたりするので、たびたび東京で生活し始めた当初から絵を見に行った。ポール・ゴーギャン展も2009年に開催されて、それにも行った。なので、ポール・ゴーギャンをモデルとしたこの作品は気になっていた。あとモームという作家でもあったので。

あらすじはwikipediaを参照したほうがはやいかもしれない。ポール・ゴーギャンをモデルとはしているけど、完全にゴーギャンの一生をそのままトレースしているわけでもないようだ。物語は作家である28歳くらいの『僕』によって語られる。イギリスで証券会社に勤めていたストリックランドという男が、絵が無性に描きたいのだと言って、妻子を捨てて絵を描き始める。ストリックランドは常に貧乏で食うものも困っており、仕事も長続きせず、周りには無関心で『僕』に対しても皮肉ったりしているが、絵だけを描ければ他には何もいらないというようである。そして3流画家のストルーヴの妻を結果的に自殺させることになり、タヒチに行って絵を描き続けて最後に大作を完成させて病死するいうお話。

すごく面白い!!というような作品でもないのだけど、それでも芸術に取りつかれた男の人生を通して、芸術とは?、芸術に一生を費やすということがどういうことなのか?が少しは分かったような気がする。そしてまた、人というものは予想外の行動に出たり、人間の本質的なものを理解するのはなかなか難しいのだなという『僕』の視点を通しても何となくわかった。

普通は小説の文中に線を引いたりはしないのだけど、これはと思うところがいくつかあったので、そこを紹介しておこう。一つは3流画家で自身の描く絵は全然よくはなく、人物像をとっても周りから嘲笑の的になりつつあるが、本物の作品を見ぬく目はだけは確かなストルーヴの芸術観。
「いいがい、美という、およそ世にも貴いものがだよ、まるで砂浜の石塊みたいに、ほんの通りすがりの誰彼にでも無造作に拾えるように、ころころ転がっているとでも思うのかい?美というものは、すばらしい、不思議なものなんだ。芸術家が、己の魂の苦しみを通して、世界の混沌の中から創り出すものんだな。だが、それで美が創り出されたからといって、それを知るということは、人間、誰にでもできるもんじゃない。美を認識するためには、芸術家の経験を、めいめい自分で繰返さなければならない。いわば芸術家が、一つのメロディーを歌って聞かせてくれる。それをもう一度僕らの心で聞こうというには、僕らに知識と感受性と想像力とが必要なんだ」
(pp.140-141)
特に最後の一文が腑に落ちたというか、なるほどなぁと思った。知識だけだと感覚的に感じることはできないし、その他の画家からどういう影響を受けてきたのかという経緯が分かったほうがより深く鑑賞できるし、さらに現物の絵を見ながら画家が何を思ってこの作品を描いていたのか?と想像するのも大事だということかなと。東京ライフを始めてたぶん4,000点ほどは絵を見てきたけど、最近やっと絵の見方が何となく分かってきたかなと思う。それでも、まだ自分の知識も感受性も想像力も完成されてはいないと思う。

あと一つは、ストリックランドがなぜ絵を描き続けてきたのかという根源的な部分となるところ。
「ちょうど僕がね、甲板洗いをやっているときだった。誰だか突然、ほうら、あれだと言ったやつがある。ふと顔を上げて見ると、この島影さ。僕は即座に思ったねえ、これだ、ここだ、僕が一生訪ね歩いていた場所は、とね。そのうちに近づいてみると、なんだか僕にははじめての場所だという気がどうしてもしない。僕はね、今でもこの島を歩いていると、故郷のような親しみを感じてくることがある。そうだ、たしかに僕は前にもこの島にいたことがあると、そう言いたくなるのだ」
(pp.354-355)
そういう原風景のような場所を求めてずっとストリックランドは描いていたのかもしれない。自分の生まれた場所とは違う、そういう魂の故郷みたいなものを感じたことはまだないのだけど、世界を旅するうちにそういう風景に出会うのかもしれない。でもなんとなく自分にとってのそういう場所はヨーロッパの中世的な街並みのような場所かもしれないなぁとテレビとかネット画像を見ているとそう感じる。実際には行ったことがないのだけどね。

あとは余談ではあるけど、ゴーギャン展で見た絵で感じたのは、単純な絵の技巧的なものよりも、赤や黄色、橙色などの独特の色使いによるエネルギーだなと思った。特にタヒチを舞台とした絵からは『情熱』という言葉がぴったりのものを感じた。単純に綺麗だなと感じるものとは別のものだなと思った。それは本書の最後に出てくるストリックランドの家の壁一面に描かれた絵のモデルになったと思われる『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』にも強く感じた。とても大きな絵で、畏怖とともに圧倒されるようなものだったね。

『月と六ペンス』というタイトルは作中には何も出てこないので、何のことか分からなかったけど、解説の最後にちゃんと以下のように説明があった。
 最後に、『月と六ペンス』という題名は、スタンダールの『赤と黒』のごとき象徴的意味を持つもので、「月」は、人間をある意味での狂気に導く芸術的創造情熱を指すものであり、「六ペンス」は、ストリックランドが弊履のごとくかなぐり捨てた、くだらない世俗的因襲、絆等を指したものであるらしい。
(pp.439-440)
これは勉強になった。月はいろいろと昔から人を魅了するらしいからね(あと今日はたまたまスーパームーンの日だね。雨で見れないけど・・・)。

読んでいるとタヒチに行きたくなってくる。そんで、こんなクルーズ船プランがあるっぽい。いつかこれに乗って『月と六ペンス』を読みつつタヒチ行きたいなぁ〜。たぶん50万円くらいかかると思うけど・・・。

この作品は、あまりゴーギャンの絵の先入観に縛られずに読んだほうがいいかもしれない。それでも、読み終わったら、機会があればタヒチには行けなくとも、ゴーギャンの絵は見たほうがいいかなと思った。

芸術家を突き動かす情念や、人は何をやっているときが一番幸せなのか?ということを考えさせられる作品だった。そしてなぜ人は絵を描くのか?という一つの側面を垣間見れた気がする。

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月と六ペンス (新潮文庫)
月と六ペンス (新潮文庫) [文庫]
著者:サマセット・モーム
出版:新潮社
(1959-09-29)

読むべき人:
  • タヒチに旅行に行く人
  • 原風景を求めて旅をしている人
  • 昔、絵を描きたかった人
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June 01, 2013

アンドロイドの夢の羊

アンドロイドの夢の羊 (ハヤカワ文庫SF)
アンドロイドの夢の羊 (ハヤカワ文庫SF) [新書]

キーワード:
 ジョン・スコルジー、SF、羊、宗教、ユーモア
SF小説。以下のようなあらすじとなっている。
地球‐ニドゥ族の貿易交渉の席上で事件がおきた。戦争につながりかねないこの問題の解決のため、ニドゥ族は代償として特別なある「羊」の調達を要求してくる。期限は一週間。凄腕ハッカーの元兵士クリークがこの羊探しを命じられるが、謎の宗教団体に追われ、反ニドゥ勢力の暗殺者に狙われるはめに。そして、ようやく見つけ出した羊の正体とは……。〈老人と宇宙〉シリーズ著者がP・K・ディックに捧げた冒険活劇SF。
(目次から抜粋)
本屋さんの小説の新刊コーナーで以前みつけたとき、このタイトルは!?とまず思った。そのときにはすぐに買わなくて、しばらくどうしようかと思案していた。しかし、やはりこのタイトルとあらすじが気になって、買って読んでみた。

あらすじを簡単に補足しよう。

トカゲのような異星人の二ドゥ族の大使が交渉の場で屁で暗殺されたところから物語が始まる。『屁』はタイピングミスではない。あの匂いのあるガスだ!!wそこからそのニドゥ族の補填の要求として、「アンドロイドの夢」という品種の羊を探してくることを地球政府に要求する。その羊がニドゥ族の覇権争いの儀式を完遂するために必要であるからだ。羊を受け渡せない場合は、圧倒的な軍事力を持つニドゥ族との戦争になり、地球の危機となる!!

主人公、ハリー・クリークは高校卒業時にはMITなどからスカウトが来るほどの凄腕ハッカーだが、ある犯罪の司法取引で軍隊に入隊する。そして除隊後、地球の各異星人の大使館に赴き、悪い知らせを運ぶ仕事に就いている。国務長官の友人から1週間で絶滅しかけているこの品種の羊を探し出してくれと頼まれて、その羊を追い求め、地球、ニドゥ族の惑星をまたいだ主人公の冒険活劇が始まる!!というお話。

この作品の元ネタのタイトルは、SF好きなら大体は知っているあの作品。しかし、本作ではオマージュとしてタイトルが付けられてはいるが、内容にはほとんど関係がない。羊の品種の説明で、「その昔、文学的な意味があった」というだけだ。本作の世界観は、地球以外にもさまざま種族の惑星が存在し、それらが大銀河連邦に所属している。そしてトカゲのようなニドゥ族や大型で人を捕食できる種族などいろいろとエイリアンが出てくる。そして、主人公が凄腕のハッカーということもあり、電脳空間の描写もそれなりに出てくる。

バトル要素もたくさん出てきて、あまり深い作品ではないのだけど、ハリウッド映画的なエンタメ要素としてはとても面白く思えた。また、登場人物たちのアメリカンなウィットに富んだ会話、屁で暗殺するというユーモアなどがいかにもな感じだった。きっと映画化すれば面白い作品だなと思った。

サイバーパンク的なSF作品にありがちな描写が脳内再生できないようなことはなく、割と読みやすくページがすんなりと進んでいく。560ページ近くの長編なのだけど(主人公は70ページ近くまで全く出てこない)、それほど長さを感じさせずにさくっと読了できると思う。それぞれの登場人物の思惑はちょっとだけ複雑かもしれないけど。

自分の好きな要素がたくさん出てきて、なんとなく買って当たりだったので満足。同著者の「老人と宇宙(そら)」シリーズも評価が割と高いらしいので、気になるので読んでみたい。

本作はハリウッド映画的なSF冒険活劇が好きな人にはお勧めだね。



アンドロイドの夢の羊 (ハヤカワ文庫SF)
アンドロイドの夢の羊 (ハヤカワ文庫SF) [新書]
著者:ジョン・スコルジー
出版:早川書房
(2012-10-04)

読むべき人:
  • SF冒険活劇が好きな人
  • 凄腕ハッカーに憧れている人
  • アンドロイドと羊に反応した人
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May 11, 2013

ガダラの豚

ガダラの豚 1 (集英社文庫)ガダラの豚 2 (集英社文庫)ガダラの豚 3 (集英社文庫)
ガダラの豚 1 (集英社文庫) [文庫]
ガダラの豚 2 (集英社文庫) [文庫]
ガダラの豚 3 (集英社文庫) [文庫]

キーワード:
 中島らも、超能力、呪術、アフリカ、家族
中島らもの冒険!?オカルト小説。3部構成で、1部だけあらすじを以下に抜粋。
アフリカにおける呪術医の研究でみごとな業績を示す民族学学者・大生部多一郎はテレビの人気タレント教授。彼の著書「呪術パワー・念で殺す」は超能力ブームにのってベストセラーになった。8年前に調査地の東アフリカで長女の志織が気球から落ちて死んで以来、大生部はアル中に。妻の逸美は神経を病み、奇跡が売りの新興宗教にのめり込む。大生部は奇術師のミラクルと共に逸美の奪還を企てるが…。
(第1部のカバーの裏から抜粋)
なぜ1部だけ抜粋したかというと、2部、3部は若干ネタバレしているから。それを見ないほうがより楽しめるのは間違いない。

この作品は西新宿のブックファーストで、読者が選ぶ名著フェアというようなところに置いてあったので買った。以前からこれは徹夜小説と称されているのを聞いていたというのもあったので。読んでみたら、なんじゃこりゃー!!と衝撃を受けつつすごく面白く感じた。1部読むだけでなんか疲弊して徹夜はできなかったけど、1巻ごとに1日で一気読みできた。それほど物語の怪しい世界観に飲みこまれていった。

内容を詳細に語ってもしょうがないので、簡単に各3部構成をハイライト的に示しておこう。

第1部は、超能力vsトリック対決!!そして新興宗教の胡散臭いトリックを暴け!!という内容。これだけだとふーんって感じなのだけど、なんだか著者が新興宗教の洗脳状況を見てきたかのような描写がとても面白く、かつ勉強になる(もちろん怪しい宗教に引っかからないようにするという正しい意味で)。

第2部は、アフリカの呪術師の村へ取材に行く冒険の旅!!そこには邪悪な呪術師が潜んでいた!!という内容。ここはアフリカに対する世界観とか先入観を覆される。参考文献が3部の最後に示されているのだけど、かなりアフリカの呪術とか民族学、寄生虫、食べ物などが調べられて書かれている。自分も乾いたケニアの大地にいるような感覚になってくる。

第3部がなんかぶっ飛んでいて、最初は東京を舞台としたサスペンス調なのだけど、最後はテレビ局内での危険が潜む冒険活劇、そしてラストバトルへ!!と言った感じ。3部だけはちょっと1部、2部と毛色が違う。でもここまできたらこまけぇこたぁいいんだよ!! (AA略)と最後のクライマックスまで手に汗握りつつ一気読みするのがよろしい。

1部は割と現実的な話でなるほどねぇと読めるのだけど、2部の後半から物語の異様さがじわじわと読者の心理に侵食していくように広がっていく。どこまでが説明がつくことで、どこまでが超常現象的なものなのか?と。その過程も含めて先が全く読めなくて、この先どうなるんだろうと物語に引き込まれっぱなしの状態になる。

個人的にはこれは漫画化したらいいんじゃないかと思っていたら、すでに微妙に漫画化されていたらしい。しかし、これは未完であまり質がよろしくないようだ。最近ジョジョの奇妙な冒険の第1部と第2部のカラー版をKindleで読んでいたということもあり、荒木飛呂彦氏のあの濃い画力で物語を描写されると迫力あるだろうなぁと思った。随所にゴゴゴゴという効果音とともに、異様な光景が繰り広げられるのがぴったりだなぁと。

文章は短く読みやすい。余計な比喩や情景描写も極力少な目で、会話がテンポよく進む。あとはいろんなキャラが出てきてそのキャラがとてもいい味を出しているんだよね。大生部はアル中だし。余談だけど、アル中の状況を知りたい人は同じく中島らも氏の以下の作品もあわせてどうぞ。 いろんな意味で畏怖の念を抱かざるを得ない作品だった。読んでおいて損はないよ。久しぶりに手に汗握ってページが止まらなくなる作品だったから。ということで、買う場合はかならず3巻セットでどうぞ。



中島らも『ガダラの豚』全3巻セット (集英社文庫)
中島らも『ガダラの豚』全3巻セット (集英社文庫) [文庫]
著者:中島 らも
出版:集英社
(2012-02-01)

読むべき人:
  • 呪術的なものが好きな人
  • アフリカに惹かれるものがある人
  • 問答無用で面白い作品を読みたい人
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April 29, 2013

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 [単行本]

キーワード:
 村上春樹、色、巡礼、冷たい海、駅
村上春樹の新刊。あらすじはあえて省略。読むなら何の予備知識なしで読んだほうがいい。でも、絶対面白い!!、読め!!と全面的にお勧めはできないタイプの作品。特に、村上春樹作品をあまり読んだことのない人にとっては。読みやすいタイプの作品だけどね。

このブログの熱心な読者にとって、僕が村上春樹の作品が好きなのは既知のことだと思われる。長編作品は一応すべて読んでいるけど、本書のように、割と発売直後に買って読んだのはこれが初めてだな。連休中に集中的に読んで、370ページもあるけれど、3日で読めた。それだけ没頭して読めたことは確か。

万人受けする作品ではないということは、Amazonのレビューにもいろいろと書かれている。超常現象的な存在、曖昧な結末、毎度完全に解き明かされない謎、いつの間にかいなくなってしまった登場人物のその後、過去の作品から繰り返し使われている夢と現実のモチーフなどなど。やれやれ、またその箪笥の引き出しの中身が使われるのか?と過去の作品を読んでいる読者はきっと思うだろう。デジャヴ感いっぱい。一ファンとして、そういう部分に関して新鮮味があまりなくて若干残念に思った。以下のような過去の作品ほど面白さはなかったし。しかし、この作品が僕にとって価値のない作品だったということではない。とても重要な作品だった。でもその前に、この作品に対して、自分が感じたことを示しておきたいと思う。

読んでいてとても気になったのは、過去の作品に比べて固有名詞がとても多く使われている気がしたこと。Google、facebook、Twitterとネットサービスやポルシェ、ベンツ、ゴルフ、レクサスなどの車(これは過去作品にもよく出てくるけど)、名古屋大学経済学部、愛知県立芸術大学工芸科、早稲田大学などの大学、スター・ウォーズ、ダイハードなどの映画などなど。過去の作品をすべてきっちり覚えているわけではないので、どれほど差があるかは正直完全に分からないけど、印象としては意図的に固有名詞が多く使われているような気がした。

しかし、色を持たないと思い込んでいる主人公の多崎つくるの勤め先は***鉄道株式会社とあり、出身大学も東京の工科大学とぼかされている。とても意図的に。自分自身の個性、色がないのだから、固定概念を持たせないようにぼかされているのだと思われる。たぶん。

あと、過去の作品と決定的に違うと思われるのは、主人公が『夜の冷たい海を一人で泳ぎ切れたかどうか』ではないのかなと思った。過去の作品の主人公は、泳いでいる途中のものが多かった気がする。でもこの作品は泳ぎ切った作品だ。夜の冷たい海の比喩は何なのかは読んで理解してほしいが、分かりやすく言い換えれば、主人公に救いがあったかどうか?かなと思う。過去の作品の主人公にはあまり救いがなかった気がする。でも、多崎つくるにはある気がする。確実にあったとは言えない結末だけど。

さらに、ある特定の読者を想定して書かれているような気がした。何の根拠もない感覚的なことなのだけど、個人的にそう感じた。そして、とりわけ面白い作品ではないのだけど、なんだか自分のために書かれているような物語のように思えた。そう感じる物語はそんなに多くはない。面白かった、すごく深い作品だと感じるものは多いけど、自分のこととしてとらえられる作品はほとんどない。だから、冒頭で自分にとって重要な作品と示した。以下思わず線を引いた部分を抜粋。
「そう。あなたは何かしらの問題を心に抱えている。それは自分で考えているより、もっと根の深いものかもしれない。でもあなたがその気になりさえすれば、きっと解決できる問題だと思うの。不具合が見つかった駅を修理するのと同じように。ただそのためには必要なデータを集め、正確な図面を引き、詳しい工程表を作らなくてはならない。なによりものごとの優先順位を明らかにしなくてはならない。」
(中略)
「あなたはナイーブな傷つきやすい少年としてではなく、一人の自立したプロフェッショナルとして、過去と正面から向き合わなくてはいけない。自分が見たいものを見るのではなく、見なくてはならないものを見るのよ。そうしないとあなたはその重い荷物を抱えたまま、これからの先の人生を送ることになる。」
(pp.106-107)
あなたはデバッグしなくてはいけないのよ』と言われたような気がした。なんとなく自分が漠然と考えていたことを物語の登場人物が示してくれるのは変な感じだなとも思ったけど、きっとこの部分が読めただけで本書を読んでよかったのだと思う。

新宿駅をいつも利用する人や鉄道全般が好きな人は興味深く読めるかもしれない。ただ、面白く読めるかどうかは、人それぞれ。どう感じるかも。



色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 [単行本]
著者:村上 春樹
出版:文藝春秋
(2013-04-12)

読むべき人:
  • 鉄道好きな人
  • 自分自身に個性がなく、からっぽだと思っている人
  • 何かしら内面に問題を抱えている人
Amazon.co.jpで『村上春樹』の他の作品を見る

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February 23, 2013

Gene Mapper

Gene Mapper (ジーン・マッパー)
Gene Mapper (ジーン・マッパー)

キーワード:
 藤井太洋、SF、バイオ、拡張現実、テロ
セルパブリッシングによって書かれたバイオSF小説。以下のようなあらすじとなっている。
“生命すら設計できるその日、何を信じて未来の扉を開けばいいのだろう”

農作物の多くがメーカー製の「蒸留作物」に置き換えられつつある2037年。作物の遺伝子をマークアップし、外観を設計するスタイルシート・デザイナー、林田のもとへ「ジャパニーズ・サラリーマン」を演じる黒川から調査依頼が入った。カンボジアへ納品したスーパーライス、SR-06に描いたロゴが崩れ始めたというのだ。原因はコーディングのミス?アップデートの失敗?それとも……

原因を探るため、林田は「キタムラ」と名乗る人物に誘われ、2014年に封鎖されたインターネットが生きている街、ホーチミンへ飛ぶ。フルスクラッチで作物を作れるほどの遺伝子工学、現実と見分けられないほどの拡張現実が当然のものとなった2037年。たゆまなく前進する科学技術は人類の繁栄を約束するのか?ハイスピード・ノベル「Gene Mapper」が問う。
(Amazonの内容紹介から抜粋)
本書は著者が表紙のデザインから執筆、広告まですべて一人で制作された電子書籍らしい。1月にauのWi-Fi + CellularモデルのiPad miniを購入し、kindleアプリを入れて電子書籍を読みたいと思っていたので、話題に上がっていて、かつキャンペーン価格で300円で買えたので読んでみた。初めての電子書籍での小説はこの作品となった。公式ページと著者インタビュー記事は以下。内容的なものはあまり深く書かないようにしておこう。というか、正直あんまり頭に入ってこなかった。初めての電子書籍ということもあったろうし、読みなれていないというのもあったかもしれない。途中から通勤電車中でも手軽に読めるようにスマフォのkindleアプリでも読んでいたというのもあったと思う。それでも、どうしても描写がイメージしずらかったというのが正直な印象。

時代設定が世界中のインターネットが崩壊した2037年の世界で、拡張現実(AR)が発展しており、自分の視界にさまざまなものがIT技術によって映し出せたり通信ができるような世界。そしてバイオテロをテーマとしているので、IT技術の要所の描写、テロに使われるバッタの遺伝子工学の説明などが多く出てくるが、それらの描写が詳細である分、専門用語が分かりにくかったりした。そして、その詳細にこだわり過ぎているような気もして、物語り全体の流れが停滞しているように思えてドライブ感が損なわれている気がした。あらすじにあるような「ハイスピード・ノベル」というのは、読者がよほどバイオとITの専門用語に詳しくないと得られない感覚だろうと思った。

あと、人物が3人ほど出てくるときに誰の会話なのかが微妙に分かりにくかったなぁと。そこは単に自分が集中して読めていなかったからだと思われるが。

さらに、インタビュー記事を読むと、校閲をやってないようで、それが原因で些末だけど表記の間違いと思われる部分があった。文脈上、データ容量の大きさを示すところで「二百GBGB(No.206)」とギガバイトのところが変だったり、「生データ(RAW)(No.247)」とRAWがルビになっているものと「RAW(生データ)(No.285)」と生データがルビになっているものがあり、表記が統一されていなかったり、英文が出てくるところで単語ごとのスペース区切りが微妙に一定ではなかったりと文章の品質が微妙だなと思った。

正直、そういうのは本書のテーマでもあるITシステム的に言うと、単体テストレベルのバグが混入しているようなもので、その状態で納品されるのはいかかがなものか?と僕も技術者であるのでそう思わないでもない。「Hello, World!!」と作品中にもプログラミング的な内容も出てくるので、割と関心を持って読める反面、コードレビューちゃんとやろうよとも思った。そういうのは全部一人でやることの限界なのだなと思った。

セルフパブリッシングという部分はチャレンジングで評価されるべきだと思うし、僕も今後期待しているが、一読者として純粋に物語を楽しむ身としては、どのように書かれているかは正直どうでもいい部分でもある。それは、システム、ソフトウェアがC#, Java, Ruby, PHPなどどんな言語で実装されていようが、一般的なユーザーにとっては、ちゃんとユーザーの望むものを実現してくれれば手段はどうでもいいというようなもので。セルフパブリッシングは、著者のメリットが大きい反面、読者にとってはメリットがあまりないのではないかと思ったりもした。別に揚げ足を取るようなことをここで書きたいのではないけどね。

バイオとITの融合がテーマで、『ねじまき少女』と『ニューロマンサー』のような世界観だった。こういうのは好きなので、それだけ期待が高くなり過ぎたというのもあった。もうちょっと長めになって描写がよくなればいいなぁと思う。あとせっかく電子書籍でやるなら専門用語の用語集とか巻末につければいいと思う。それだけ次回作に期待しているということで。



Gene Mapper (ジーン・マッパー)
Gene Mapper (ジーン・マッパー)
著者:Fujii Taiyo
販売元:Taiyo Lab
(2012-07-12)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • サイバーパンクが好きな人
  • 農業に関心がある人
  • プログラマーの人
Amazon.co.jpで『Fujii Taiyo』の他の本を見る

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December 25, 2012

シャンタラム

シャンタラム〈上〉 (新潮文庫)シャンタラム〈中〉 (新潮文庫)シャンタラム〈下〉 (新潮文庫)
シャンタラム〈上〉 (新潮文庫)
シャンタラム〈中〉 (新潮文庫)
シャンタラム〈下〉 (新潮文庫)

キーワード:
 グレゴリー・デイヴィッド ロバーツ、マフィア、哲学、愛、人生
最初に結論を示しておこう。これは今まで私が読んだ物語の中で確実にTOP3に入る強烈で圧倒的な物語だ!!!!!これほどの大作で夢中になって読み、そして衝撃を受けた作品は他に『罪と罰』、『カラマーゾフの兄弟』くらいしか思い浮かばない。

この圧倒的な衝撃作に関して、私が何か言及するというのは、やはり冗長で蛇足にしかならず、これからこの物語に没入する人に対して、よけいな先入観を植え付けてしまうことになりかねない。そして、作品そのものの価値を下げてしまうのではないかという危惧がある。なので、これ以下はもう何も読む必要はなく、今なら在庫があるAmazonで上、中、下巻まとめて買うのもよし、本屋で見つけてまとめて買って読むのがよい。そのときは、やはりカバーの裏のあらすじを読んではいけない。買ったらすぐにカバーを外して保管しておくか、長方形のポストイットを張り付けて封印するのがいい。私は後者の手段をとった。

以下、完全に蛇足的な所感。

本書はスゴ本のDainさん経由で知った。今年3月に開催された新潮文庫しばりのスゴ本オフで、『これより面白いのがあったら教えてくれ』と評されていて、とても気になっていた。(ちなみに、私は『砂の女』で参戦した。)そして11月くらいに電車で読んでいる人を見かけ、Dainさんの今年のスゴ本まとめ記事(この本がスゴい!2012)を読み、さらに読みたさが増していった。さらに新潮社の中の人曰く、絶版になるのが早いかもしれないので、Amazonに在庫がなくなると、リアル書店に存在するときに買っておいたほうがよい、ということで12月に入ってリアル書店で買った。

読了に2週間かかった。有給休暇中で1日2,3時間は読めたにもかかわらず。総ページ数は上、中、下巻合わせて1,844ページという大長編。大体1ページ読むのに1分の計算で、2,000分、約30時間ほどかけて読了したのだと思われる。今はVacation中で、時間と精神に余裕があるこの時期に読めて本当に良かった。これが仕事に集中しなくてはいけない時期に読んでいると、日中仕事どころじゃなくなるだろう。続きが気になりすぎて。もしくは、無理して徹夜で読み込み、次の日の仕事に支障が出たかもしれなかった。なので、読み始めるのなら、できれば時間と精神に余裕があるときがいい。

いくら蛇足的な所感をここに示すとしても、あらすじに関わることは何も言及しないようにしておきたい。ただ、この物語は、30年前のインドのボンベイ(1995年からムンバイという名称に変更になったらしい)が舞台となっており、上巻の最初の50ページを読み進めた時にはすでにそこに立っているような感覚になる。そして、主人公リン・シャンタラムとともににスラム街から始まる圧倒的な旅をするだろう。この物語には、貧困があり、高潔さがあり、真実、暴力、裏切り、家族、友、仲間、哀しみ、空虚、憎悪、嫉妬、憤怒、恐れ、苦悶、逃避、痛み、飢餓、熱量、戦争、生きること、赦し、哲学があり、そして愛があった!!

5部42章からなるこの物語にはありとあらゆる要素が凝縮されている。ページが進むごとにさまざまな感情をリアルに喚起させられる。主人公のリン・シャンタラムの視点を通して、さまざまなことを自分もまるでそこにいるかのように疑似体験する。この圧倒的なリアルさは、著者の実体験によるところが大きい。どこまでがフィクションで、どこまでが著者の実体験なのか。その曖昧な境界に読者は引きずり込まれる、というレベルではなく、そこに半ば強制的に物語の目撃者として立たされる。

1章を読み進めるたびにかなり疲労するので、徹夜はできなかった。そもそも徹夜できるような体質でもないのだが。しかし、その1章がとても濃い内容で、アドレナリンを放出しっぱなしになり、意識的に自分を物語からログアウトするというようなことをしないと、間違いなく一気読みしてしまうタイプの物語。私はどちらかというと、行ったことも見たこともないインドの世界観、そして主人公の心情描写を隅々までイメージしながら読んだので、一気には読み進められなかった。それでも、有給休暇中とはいえ1,800ページ超のこのような作品を、ここまでの短期間で読めたことはなかったが。

1章1章が短編作品を読んでいるように事件が起こり、主人公リン・シャンタラムの心情が圧倒的な筆力で描写されている。時には力強く、時には微細に。思わず線を引きたくなるような描写が多く、それらが自分の魂に食い込んでくるような感覚だった。そして、それは翻訳が神がかかっているからであろう。主人公はマラーティー語、ヒンディー語、英語を話し、他にも多様な人種からなる登場人物により、さまざまな言語が飛び交っている。それらを違和感なく強烈に読者に訴えかけてくるような日本語に訳されているのは、すばらしいとしか言いようがない。このような外国文学作品は、翻訳がダメだと全然物語にダイブできなくなるので。

もうこれ以上何を書いても冗長にしかならない。私は主人公、リン・シャンタラムを通して、この物語からあらゆることを学ぶことができた。これほど強烈で圧倒的な物語は、そうそう一生のうちに何度も読めるものではないだろう。読めば自分の世界観が根底から覆されるような衝撃。そして、あらゆるエネルギーに満ち溢れたボンベイのスラム街、マフィアの世界に誘われる。そう、私はここ2週間、30年前のボンベイに完全にトリップしていたのだった。



シャンタラム〈上〉 (新潮文庫)
シャンタラム〈上〉 (新潮文庫)
著者:グレゴリー・デイヴィッド ロバーツ
販売元:新潮社
(2011-10-28)
販売元:Amazon.co.jp

シャンタラム〈中〉 (新潮文庫)
シャンタラム〈中〉 (新潮文庫)
著者:グレゴリー・デイヴィッド ロバーツ
販売元:新潮社
(2011-10-28)
販売元:Amazon.co.jp

シャンタラム〈下〉 (新潮文庫)
シャンタラム〈下〉 (新潮文庫)
著者:グレゴリー・デイヴィッド ロバーツ
販売元:新潮社
(2011-10-28)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 圧倒的な物語を読みたい人
  • 強烈なインドの世界観にトリップしたい人
  • 生きることについて考えたい人
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December 11, 2012

城 (新潮文庫)
城 (新潮文庫)

キーワード:
 フランツ・カフカ、城、職業、疎外、迷路
カフカの長編作品。以下のようなあらすじとなっている。
測量師のKは深い雪の中に横たわる村に到着するが、仕事を依頼された城の伯爵家からは何の連絡もない。村での生活が始まると、村長に翻弄されたり、正体不明の助手をつけられたり、はては宿屋の酒場で働く女性と同棲する羽目に陥る。しかし、神秘的な“城”は外来者Kに対して永遠にその門を開こうとしない…。職業が人間の唯一の存在形式となった現代人の疎外された姿を抉り出す。
(カバーの裏から抜粋)
フランツ・カフカの長編作品なのだけど、これが未完の作品だと知らずに読んでしまった。未完なので、最後は微妙なところで終わっている。そもそもこの作品は、カフカの遺言により燃やしておいてくれと友人に頼んでおいたものを友人が『城』とタイトルをつけて出版したものらしい。あらすじをもう少し補足すると、Kは村にある城の役人から測量師として招聘されるのだが、村に訪れると城へ入ることを許可されない。その村の村長にどういうことかと問いただしに行くと、村では別に測量師など必要とはしておらず、どうやらいつもは完璧な仕事で捌かれる事務処理のほんの手違いから、Kが間違って招聘されてしまったようだと説明される。村にはKの測量師としての仕事はなく、宿屋などを転々とし、城に入るべく様々な人物のところへ自分の要求を通そうとするが、目的をなかなか達成することができずに翻弄されるというお話。

登場人物はみな何かしらの職業を持っている。宿屋の御上、役人の長官、その秘書、従僕、学校の教師、村長、長官の使者などなど。それらはみな村の住人であり、それぞれの職業を実践している。しかし、部外者の主人公Kだけが測量師としての仕事を何も実践できずにいる。小学校での小使の職を得るが、そこでの人間関係のために、その職もまともに勤めることができないでいる。そして、この村では財産も人間関係もほとんどない中、招聘された測量師であるという事実だけがKのアイデンティティとなっている。名前も意図的にKと記号になっているしね。

Kが村にやってきて、最初のほうに出会った役人の長官の使者バルナバス、そして役人専用の宿屋で見染めたフリーダという女がKにとっての頼りになる人物として描かれている。しかし、最後のほうは、それらの人物もいろいろと思惑があって、Kを利用しようとしているらしいということが、その人物の口からではなく、第3者から語られる。それがサスペンス的で、それぞれの思惑の意図は何か?どれが真実か?と思案させられる。しかし、その意図が分かる前に、結末を迎えてしまう。

Kは結局不条理にも村に招聘され、そこで何物でもない存在になってしまい、目の前の城には入ることもできず、何処にも行き場もなく、頼れる人物も少なく、その村にはまり込んでしまう。結局読者も同じように、この物語の結末を知ることができず、それぞれの登場人物の思惑の意図も分からず、何処にもやりようのない何とも言えない気持ちだけが読了後に残り、放置されたようになる。果たしてこの物語は面白かったのか?Kはこの後どうなってしまうのか?これまでの経緯を鑑みても、どうにも心地よい結末を迎えそうにはならないということだけは予感できる。

今はVacation中なので、なんとか1週間で読了できたのだけど、このような状況でなかったら最後まで読み通せなかったかもしれない。別に文章は読みずらいということはない。案外すんなり物語は進んでいくのだけど、何もKにとってよい方向性への進展がない。そして後半は特に登場人物の会話が長い。改行なしで数十ページも続く。そういう部分に耐えて最後までたどり着けるかどうかがポイントで、暇でなければそこまで行くのは割としんどいかもしれない。物語の起伏があまりないし、読了後のカタルシスのようなものもない。

この作品を好き好んで読む人は相当の暇人か文学好きではないかなと思う。僕はたまたま前に買って積読していたので、今のタイミングなら時間を気にせず読めたから最後まで読んだというのがある。未完であるということも知らなかったし。しかし、読了してよかったのかと問われると、う〜む、物語の内容も含めて、よくわからないよ、と答えるしかない。

Amazonにある装丁はちょっと古いものだけど、新版の装丁のほうが好きかな。そのどちらもカフカの顔写真が載っているけど、何とも陰鬱な感じで、不安を誘う表情だね。カフカの物語の内容を暗示するように。

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城 (新潮文庫)
城 (新潮文庫)
著者:フランツ・カフカ
販売元:新潮社
(1971-04)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 時間に余裕がある人
  • 袋小路にはまり込んでいる人
  • 自分の職業について考えてみたい人
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December 02, 2012

ダイナー

ダイナー (ポプラ文庫)
ダイナー (ポプラ文庫)

キーワード:
 平山夢明、食堂、殺し屋、ハンバーガー、生きる
バイオレンス小説。以下のような目次となっている。
ほんの出来心から携帯闇サイトのバイトに手を出したオオバカナコは、凄惨な拷問に遭遇したあげく、会員制のダイナーに使い捨てのウェイトレスとして売られてしまう。そこは、プロの殺し屋たちが束の間の憩いを求めて集う食堂だった―ある日突然落ちた、奈落でのお話。
(カバーの裏から抜粋)
次回のスゴ本オフのテーマは「食×エロ」である。そのためにテーマにあった本を選定する必要がある。しかし、「食」、「エロ」どちらもインパクトのある本を持ち合わせていなかった。そういうことをどこかで考えながら、西新宿のブックファーストの文庫新刊コーナーで、この分厚く弓湯気まで立ち込めているハンバーガーの装丁が目に入ってきた。

書店員さんの手書きポップには、「バイオレンス描写と性描写を乗り越えて最後まで読んでください。結末には不思議な感動があります!!」というようなことが書かれていた。それを信じて、そしてこのハンバーガーの装丁も気に入り、何よりも次回のスゴ本オフのテーマにぴったりのいいとこ取りの本だと思い、著者もよく知らずに買ってみた。これ1冊だけ会計をしたら、777円で当たりの予感がした。しかし、これはよくもわるくも騙された。

あらすじはそんなに深くない。30歳でわけありのオオバカナコは闇サイト経由で人の運び屋をやることになったが、ヤクザ組織につかまる。そして、いろいろ拷問を受けて、自分が埋められている途中に料理ができるからと命乞いをして、何とか助かるも、売られた場所は殺し屋たちだけが集まる会員制のダイナーだった。そこで元殺し屋のボンベロというコックのもとで、ウェイトレスとしてさまざまな殺し屋に料理を運んだり、料理の下ごしらえをしていくというお話。

これは強烈な作品だった。舞台はこのダイナー、ハンバーガーなどを出すアメリカ式の食堂だけなのだが、そこでいろんな殺し屋が出てきて、殺し屋同士のいざこざでそいつらがたくさん死んでいく。殺し屋のタイプもいろいろ。顔に傷がある男は爆殺専門、子供に肉体を改造した男は1発300万円もする化学製品を使ったり、普通にショットガンを持っている奴、ダイナーでは幼児退行をしているプロレスラーみたいな男、美女だがワイヤーで丸太を切るように惨殺する奴、毒蛇を使う女などなど。

死に方の描写も想像していると気持ち悪くなってくるくらい。液化爆薬を撃ち込まれて頭がスイカみたいに吹っ飛んだりする奴、ショットガンを咥えさせられて吹っ飛んだ奴、毒殺されて顔が変形してしまったり、首を切り落とされたり、猛犬に顔を噛みつかれている奴などなどともうお腹一杯って感じになってくる・・・。最初のほうは。

主人公のオオバカナコがやってくる前には、このダイナーには過去8人のウェイトレスが働いていたが、みな客である殺し屋に殺されて、壁の写真に飾られている。ここに来る殺し屋は「そいつが気に入らないから殺す奴もいれば、気に入ったから殺す奴もいる」とコックのボンベロが言う。売られてきたカナコの命が一番軽い場所で、一体カナコはいつどうやって殺されるのか?という異様な緊迫感が最後まである。

この殺し屋のために作られた食堂で出てくる料理は、殺し屋をおして「怪物だろ……奴は。奴は天才だろ」と言わしめる、ボンベロが作るハンバーガーとなる。まずはその調理過程の描写をみてみよう。
 ボンベロはパティを二枚、グリドルに載せるとフライ返しで軽く押し潰す。その合間にバンズに薄く蜂蜜を引き、バターを塗る。レタスやトマト、ピクルス、玉ネギなどをバンズに載せ、ドレッシングを掛ける。パティが焼きあがると厚くカットしたチーズをグリドルの上に一枚載せる。あっと言う間にチーズは液化し、周囲に流れ出す。胃がキュッとなるような香ばしい脂の匂いが立ち込める。それをフライ返しで掬うと準備万端のバンズに載せ、さらにその上にチーズを何枚も重ねた。熱々のパティが重ねたそばからチーズを溶かしていく。やがてパティと共にレタスやトマトなどの具材もチーズのコーディングで大方、隠れてしまった。物凄く贅沢なチーズの使い方だ。皿の上にまでとトロトロのチーズが溢れ出していた。
(pp.103)
ボンベロ特性の「メルティ・リッチ」のできあがり。そしてそれを注文した殺し屋に薦められて食べる、オオバカナコの描写は以下。
 わたしは串を取り、両手でバンズを掴み上げると口を思い切り開いて、真ん中のパティのあるところ目がけ、顔を突っ込んだ。なんだか嬉しくて、こんな気持ちになったのは子どもの頃、積もりたての雪に顔を埋めた時、以来だった。口の中にバンズの甘みが広がり、コクと旨味が舌と喉を圧倒した。あまりのおいしさに髪の毛が逆立った。
(pp.105)
こういう描写が惨殺な描写と交互にやってきて、しまいには後半になるにつれて空腹感が勝ってくる。そして読みながら無性に食いたくなる。マクドナルドやモスバーガーのようなチェーン店にあるようなものではなく、チーズやアボガドなど具がたっぷりでパティが分厚くて、高級路線の(゚д゚)ウマーなハンバーガーを!!!w

ということで、読み終える前に、facebookの友達経由で教えてもらったクア・アイナのアボガドチーズバーガーセット(1,500円)をかぶりついた!!!!

DSC00573

もともと高級路線のハンバーガーを全く食べたことがなかったし、食いたい気持ちが最高潮に達していたので、オオバカナコのように貪った。これはこれで貴重な体験だった。冒頭でよくもわるくも騙されたというのは、よろしくないほうは、性描写などほんとどどこにも出てこなかったこと。著者のあとがきを読むと、どうやらこの作品は文庫化にあたって相当書き直しされたようだ。結末までの過程が違うらしい。書店員さんはちゃんと文庫版を読んでなかったということになる。

よろしかった点は、直感で買ったが、やはり当たりだったということ。感動したかは分からないけど、面白かった。そしてfacebook経由でいろんなハンバーガーのお薦めを得られたことか。あと、映画みたいな作品で、何かに似ているなぁと思ったら、クエンティン・タランティーノのバイオレンス作品みたいな感じだった。やたらと人が血みどろになってグロく死ぬような、あんな感じ。

500ページ以上の作品なのだけど、2章まで読み終わるころには、暴力描写に慣れてハンバーガーを無性に食いたくなり、気づけば最後まで一気読みしているだろう。高級バーガーとともにかぶりつけ!!



ダイナー (ポプラ文庫)
ダイナー (ポプラ文庫)
著者:平山 夢明
販売元:ポプラ社
(2012-10-05)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • ハンバーガーが好きな人
  • クエンティン・タランティーノ作品が好きな人
  • 食べることは生きることについて考えたい人
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November 25, 2012

料理人

料理人 (ハヤカワ文庫 NV 11)
料理人 (ハヤカワ文庫 NV 11)

キーワード:
 ハリー・クレッシング、料理、食指、欲望、支配
ハリー・クレッシングという作家の作品。以下のようなあらすじとなっている。
平和な田舎町コブに、自転車に乗ってどこからともなく現れた料理人コンラッド。町の半分を所有するヒル家にコックとして雇われた彼は、舌もとろけるような料理を次々と作り出した。 しかし、やがて奇妙なことが起きた。 コンラッドの素晴らしい料理を食べ続けるうちに、肥満していた者は痩せはじめ、痩せていた者は太りはじめたのだ・・・・・。 悪魔的な名コックが巻き起こす奇想天外な大騒動を描くブラック・ユーモアの会心作。
(カバーの裏から抜粋)
作者のハリー・クレッシングという人は、誰なのか素性が分かっていないらしい。著名な作家が覆面で書いたのか、それともまったく無名の作家なのか。ネットでググった限りだと、ロアルド・ダールだという噂があるようだ。とはいえ、著者が誰であるか、そもそもこの物語はどういうものか?という先入観を全く入れずに読んだほうがいい。

なので、以下ネタバレしない程度に本書について書いておくことにしよう。

簡単にあらすじを説明しておくと、コンラッドという料理人は、2メートル近くもある長身だが、細身でやややせ気味である。鷲鼻で瞳は黒く、どこか冷淡な印象さえ抱かせる。そのコンラッドは、ヒル家という田舎町の屋敷にコックとして雇われることになる。街に着くなり、肉屋、魚屋、八百屋に行っては食材の品質にケチをつけ、もっと上等なものをよこせと言ったりする高飛車な客となった。

そしてコックとしてヒル家で働き始める。古今東西のあらゆる料理本を持ってきており、独自のレシピもある。そして腕は間違いなく一流であり、田舎町コブとは違う都会のシティの一流の富豪の友人などがいたりする。ヒル家に料理をもてなしつつ、そこで一緒に働く執事、家政婦、使用人、ヒル家の双子の兄妹、ヒル夫妻、そしてヒル家の近くのヴェイル家を料理で虜にしていく。

主人公のコンラッドという男は冷淡で他人を見下しているような印象さえ抱かせる。どこか冷酷な部分も持ち合わせており、ヴェイル家のコックを憤慨させつつ自分と対峙するように仕向け、そして飲み屋でそのコックの手に包丁を突き刺したりする。かと言えば、ヒル家の人間には割と常識ある態度で接したり、最高の料理を日々提供し、ヒル夫人、その夫、そして徐々にコンラッドから料理を学ぶヒル家の長男ハロルドに対してさまざまなことに対して的確なアドバイスをしていく。

読み進めていくうちに、コンラッドという男が計り知れない存在だと分かっていく。と同時に、違和感が湧いてくる。おかしい、役に立たない人間や愚鈍な人間に対してはとことん冷酷な態度を示すが、ヒル家を取り巻く人間に対しては料理というもてなしをしつつ、至極まっとうな言動をとっている。その二面性がどこか危ういというか、この先このヒル家はどうなるのか?そして、一体この男は何を考えているのか!?と。

ある程度読み進めていくと、それとなく分かる。コンラッドの料理を食べていくうちに、ヒル家の人間は痩せていき、ヴェイル家の人間は太りつつある。これは…、なるほど、そういうことかと勘の良い読者は気づく。しかし、登場人物内で唯一分かっているのは、的確な診断ができず、疎ましい存在だとコンラッドに印象付けられた、ヴェイル家の専属の医者だけであった。

もうこれ以上はネタバレになるので、あまり書けない。あとちょっと書いておくと、料理でコンラッドを取り巻く人も街もすべて思いのままに操っている。まさに究極の人心掌握術だなと。そしてそれは遅行性の毒のように徐々に浸透していく感じで、コンラッドという男は恐ろしい奴だなと思った。用意周到で頭も切れる、そして料理の腕は超一流ときている。そんな男を取り巻くこの物語がとても面白かった。読了後にニヤリとしてしまうような感じだった。

一ヶ所だけコンラッドがヒル家の人間に対して語っている部分でなるほどと思った部分があるので、そこを引用しておこう。
あなただって、自分の家の食卓の特別料理を町中のコックが作れるとしたらいい気持しないでしょう?その晩の自分の家でしている食事は他のどの家のものとも違う、そう思えてこそ本当に愉快なんですよ。それによって、同じ食卓にいる人たちは特別な経験を分け合っているということになり、お互いの気持が結ばれ、楽しい雰囲気がかもしだされているのです―そう思いませんか?
(pp.78)
一人で食事をしながら味わうのもいい。けれど、誰かと一緒においしいものを食べるのもまた、特別な経験を共有していることなんだなと気づかされた。

通勤電車の帰り道に読んでいたのだけど、料理の描写が多くて、自然と腹が減ってくる。そして洋風の料理を食べたくなってくる。これは間違いない。自然とおいしいものを食いに行きたくなるので、食費を抑えようと努力している人は読まないほうがいい(笑)。間違いなく、ちょっと高めのレストランに行きたくなるので。

Amazonの画像は新版なのだけど、自分は旧版のほうで読んだ。カバーイラストも旧版のほうがコンラッドのイメージにぴったり。Amazonのレビューを読むと、旧訳のほうがコンラッドのユーモアが効いているということだし。

cook

この作品を読めば、食指を動かされることは間違いない。そして、『料理』について考えるだろう。



料理人 (ハヤカワ文庫 NV 11)
料理人 (ハヤカワ文庫 NV 11)
著者:ハリー・クレッシング
販売元:早川書房
(1972-02)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 料理が好きな人
  • 食べることが好きな人
  • 人心掌握術に関心がある人
Amazon.co.jpで『ハリー・クレッシング』の他の作品を見る

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November 18, 2012

高い城の男

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)
高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

キーワード:
 フィリップ・K・ディック、日本、ナチス、工芸品、易
フィリップ・K・ディックのSF小説。以下のようなあらすじとなっている。
アメリカ美術工芸品商会を経営するロバート・チルダンは、通商代表部の田上信輔に平身低頭して商品の説明をしていた。ここ、サンフランシスコは、現在日本の勢力下にある。第二次大戦が枢軸国側の勝利に終わり、いまや日本とドイツの二大国家が世界を支配しているのだ--。第二次大戦の勝敗が逆転した世界を舞台に、現実と虚構との微妙なバランスを緻密な構成と迫真の筆致で書きあげた、1963年度ヒューゴー賞受賞の最高傑作。
(カバーの裏から抜粋)
舞台は1960年代で、日本とドイツが連合国に勝利し、日本とドイツがアメリカを支配下に置いている、という世界。ドイツは火星や金星など宇宙開発に進出しているが、日本はまだ宇宙に進出していない。そんな中、ドイツの首相が変わるという状況になった。このような仮想状況下で、たくさんの登場人物の思惑が織り成す群像劇が描かれている。

なんというか、この作品をうまく解説することもできないので、細かいことはもうAmazonのレビューを見たほうがいいかもしれない。個人的にはあんまりおもしろいとは思えなかった。割とすんなりとページが進んでいくのだけどね。

登場人物の視点が章ごとにころころ変わる。最初は、アメリカ人の古い美術工芸品を売るロバート・チルダンかと思われたが、そのチルダンに偽物を掴ませることになったユダヤ人のフランクに変わったと思うと、今度はそのフランクの妻、ジュリアナが出てくる。かと言えば、チルダンの取引相手の日本人の田上にも視点が変わる。さらにドイツのスパイのバイネスも登場する。

これは、表面上は主人公が不在の作品ともいえる。共通するのは、みな何か迷ったり、行動指針を決定するときに『易経』に頼っているということだ。占いの結果、卦によっていいことが起こるだろうとか、このままでは破滅だと決めつけたりする。それぞれがあまり自分で意思決定をしていない。そして、解説によると、この無生物である『易経』こそが真の主人公というようなことが書いてあった。

あとは、『高い城』の存在と『イナゴ身重く横たわる』という本の関係がある。タイトルにもなっている『高い城』というのはある小説家の住まいの通称で、その小説家が書いた、発禁にもなっている『イナゴ身重く横たわる』という作品がでてくる。この作品内では、ドイツと日本が連合国側に負けた状況が描かれている。その現実と虚構の世界の反転がこの作品の重要な要素となるようだ。

この作品が書かれた時代背景などを念頭に置いて読むと、より理解が深まっておもしろく感じるのかもしれない。正直、最後のところでこの物語の何か謎解きが行われるのかと期待していたけど、あまりなかった。いろんな登場人物の群像劇を楽しむ作品なのだろう。現実と虚構の歴史認識を持ちながら。

個人的にはカバーのデザインが好きだな。アンドロイドもね。ディック作品はどうも自分には合わないのかもしれないが、『流れよわが涙、と警官は言った』も気になるのでそのうち読むことにしよう。



高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)
高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)
著者:フィリップ・K・ディック
販売元:早川書房
(1984-07-31)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 歴史改変SF小説が好きな人
  • 群像劇が好きな人
  • 易経に関心がある人
Amazon.co.jpで『フィリップ・K.ディック』の他の作品を見る

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November 04, 2012

マルドゥック・スクランブル [完全版]

マルドゥック・スクランブル The 1st Compression 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)マルドゥック・スクランブル The 2nd Combustion 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)マルドゥック・スクランブル The 3rd Exhaust 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)
マルドゥック・スクランブル The 1st Compression 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)
マルドゥック・スクランブル The 2nd Combustion 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)
マルドゥック・スクランブル The 3rd Exhaust 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)

キーワード:
 冲方丁、サイバーパンク、復讐、卵、価値
冲方丁氏のサイバーパンクSF小説の完全版。以下のようなあらすじとなっている。
なぜ私なの?―賭博師シェルの奸計により少女娼婦バロットは爆炎にのまれた。瀕死の彼女を救ったのは、委任事件担当官にして万能兵器のネズミ、ウフコックだった。法的に禁止された科学技術の使用が許可されるスクランブル-09。この緊急法令により蘇ったバロットはシェルの犯罪を追うが、そこに敵の担当官ボイルドが立ち塞がる。それはかつてウフコックを濫用し、殺戮の限りを尽くした男だった。代表作の完全改稿版、始動!
(「圧縮」のカバーの裏から抜粋)
少女は戦うことを選択した。―人工皮膚をまとい、高度な電子干渉能力を得て再生したバロットにとって、ボイルドが放った5人の襲撃者も敵ではなかった。ウフコックが変身した銃を手に、驚異的な空間認識力と正確無比な射撃で次々に相手を仕留めていくバロット。しかしその表情には強大な力への陶酔があった。やがて濫用されたウフコックが彼女の手から乖離した刹那、ボイルドの圧倒的な銃撃が眼前に迫る。緊迫の第2巻!
(「燃焼」のカバーの裏から抜粋)
それでも、この世界で生きる―バロットは壮絶な闘いを経て、科学技術発祥の地“楽園”を訪れ、シェルの犯罪を裏付けるデータが、カジノに保管された4つの100万ドルチップ内にあることを知る。チップを合法的に入手すべく、ポーカー、ルーレットを制してゆくバロット。ウフコックの奪還を渇望するボイルドという虚無が迫るなか、彼女は自らの存在証明をかけて、最後の勝負ブラックジャックに挑む。喪失と再生の完結篇。
(「排気」のカバーの裏から抜粋)
初めに結論を一言で示しておこう。これはスゴ本!!以下読まなくてもいいから、全3巻、買って読め〜!!!!!ww

本書は、第1回目の早川書房しばりのスゴ本オフで存在を知った。そのときは、なんだか面白そうなSFだなという認識でしかなかった。それから半年ほど気になっていて、たまたま手持ちに本がなくて、新幹線の移動をしなくてはいけないという状況の時に、リスク回避のために1巻だけ買って読んだ。しかし、それは完全に失敗だった。一気読みして激しく続きが気になりだし、2巻購入までに悶々と過ごす羽目になってしまったので。

前置きはこれくらいにして、内容に入ろう。この物語は、虐げられていた少女の復讐の物語である。あまりよろしくないというか、崩壊した家庭環境で育った、主人公のルーン・バロット(15歳)は、家から出て施設で暮らしていた。しかし、そこでも性的虐待などの被害を受け、その施設を抜けて少女娼婦として暮らしていた。ある日賭博師シェルに買いこまれていたが、女を殺してその灰からダイヤモンドに変えて自分のものにするという、狂った性質からバロットは爆殺されそうになる。

瀕死の重傷の状態から、委任事件担当官のドクターとウフコックにより、軍事利用されていた超科学で周囲の状態を皮膚感覚で知覚できる人工皮膚を手に入れる。そしてあらゆる電子機器に干渉して操作(スナーク)できるような特殊能力を手に入れる。少女は委任事件担当官のドクターとウフコックと共に賭博師シェルを取り巻く犯罪、事件を自ら解決するためにさまざまな敵と対峙していくことになる、というお話。

この作品は自分の好きな要素がたくさん入っている。まず、戦闘美少女という要素。戦う少女の作品には、ナウシカとかエヴァとかまどか☆マギカとかいろいろあり、それらが好きなので、15歳の少女が自分の置かれた状況を受け入れて、次第に自分の意志で戦っていくというのがよかった。バロット自身は何の因果か、かなり目を背けたくなるような生い立ちで、とても普通の世界ではない状況にある。そこからだんだん戦闘能力的にも精神的にも強くなっていくのがよかった。

次は、サイバーパンク的要素。正直あまり日本のSF作家は全然読んだことがなかった。だからこの作品を読み始める前は躊躇していた。しかし、これは和製サイバーパンクとしてはあり!!だと思った。

サイバーパンク的と言っても、ニューロマンサー、マトリックス、攻殻機動隊のような電脳空間のやり取りはほとんどない。どちらかというと、高度に発達した軍事科学技術による個人戦闘の攻防がすごかった。その代表格が、ウフコックという存在。カバー表紙にある、金色のネズミが最強の白兵戦兵器となる。ネズミが兵器だと!?と思うのも普通の感覚であるが、このネズミは人間並み以上の知能を持ち、生態兵器として変身(ターン)し、あらゆる物体、銃火器、バロットの身を守る防御スーツになる。しかも、銃の場合は弾丸は無制限ときている。そのネズミのウフコックを巡って、バロットと元相棒のボイルドという巨躯の男と激しい死闘を繰り広げる。

敵も軍事兵器を身体に装備している。重力を操る能力。それで弾丸をはじいたり、壁や天井を自在に歩き回ることもできる。そして3つ目の要素ともなるが、その戦闘シーンが激しく臨場感あふれるものとなっている。自然と脳内に映像化される。これは完全版という著者の筆力によるものだろう。凡庸な作品だと、描写が脳内で再生されにくいのだけど、これは違う。もう映画を見ているようで、自分の脳を操作(スナーク)して映像を見せられているような感覚になる。(余談だけど、読んでいる途中で、夢の中にウフコックが出てきたw緑色だったけど。)

あとは、要素というか、賭博師シェルに勝つためには、シェルの経営するカジノでルーレット、ポーカー、ブラックジャックで勝って行かなくてはならないのだが、そのカジノの部分がとても面白い。ルーレットはなんとなくルールは分かる。どこに玉が落ちるかどうかを賭けるだけなのだし。しかし、ポーカー、ブラックジャックはルールを知らないとどういう状況か分かりにくい。僕はポーカーはせいぜいドラクエのカジノレベルのルールしか知らないし、ブラックジャックは全然知らなかった。それでもカジノ側のディーラーとバロット、ウフコックの超能力を駆使して攻防するシーンはルールを知らなくてもすごいことが起こっているんだなということがよく分かる。もう、これはすげぇ!!というのが率直な感想。

カジノでポーカーやブラックジャックをやりたくなってくるような、そんなスゴさ。もともと、007が好きだったり、ロバート・ハリス氏の本にもポーカーの話が出てきたりして関心があったり、しかも自分が見た夢でポーカーを教えてくれと誰かに頼んでいた状況もありw、この本でもポーカー、ブラックジャックが出てきたので、本書を読みつつポーカー、ブラックジャックを始めるべき時だという天啓なのだ!!と勝手に解釈したww

他にも、バロットに立ちふさがるいろんな敵が出てくるのだけど、やられ役のやつらでも、そこに至るまでの背景的な部分もしっかり書き込まれているのがよかった。目や髪、胸部、陰部などそれぞれ殺した人間のパーツをコレクションして、自分の体に移植して愛でるような狂った軍人上がりの敵たち。自分の記憶を取り出して外部記憶として保存している賭博師シェル、バロットと同じように軍事兵器を身にまとい、同じ化け物同士として共感しているボイルドなどなど。それらの立ちはだかる敵たちの出自などが描かれていて、物語に深みを演出している。敵をちゃんと描ける作品は映画でも小説でも良作だね。

最後の要素として、『なぜ私なの?』というテーマ性だ。全3巻を通して、なぜ自分が殺されるような状況になってしまったのか?、なぜ私が戦わなくてはならないのか?、そういう問が含まれている。それが単純なエンタメ作品に終わっていない、この作品が一線を画する大きな要素となる。そして、死闘の末に迎える結末はどこか切なさとやりきれなさが残る。

先日の早川書房 X 東京創元社スゴ本オフで、この『マルドゥック・スクランブル』を紹介したら、Dainさん曰く、スクランブル以前のお話の『マルドゥック・ヴェロシティ』のほうが面白いとのこと。ヴェロシティも読まなくてはだな。ちなみに、僕はこのスゴ本オフで他にも以下の本を紹介した。『マルドゥック・スクランブル』をリスク回避のために、1巻だけ買うということはするべきじゃない!!なぜ3巻を一気に買わなくてはならないかというと、間違いなく続きを買っておかないと後悔するから。この本は徹夜本だよ。いつも1時間あたり何ページ進んでいるかを気にするのだけど、それを気にしている余裕もなく気づいたら数百ページ進んでいる。読み始めたらページが止まらなくなるという稀有な経験をするだろう。そんな作品はめったにない。この作品を知らなかったことを悔やむくらい、そしてなぜもっと早く読んでいなかったのか!!と思うほどに面白い作品。Theスゴ本!!

なので、全3巻をまとめて買って読めぇ!!!!www



マルドゥック・スクランブル The 1st Compression 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)
マルドゥック・スクランブル The 1st Compression 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)
著者:冲方 丁
販売元:早川書房
(2010-10-08)
販売元:Amazon.co.jp

マルドゥック・スクランブル The 2nd Combustion 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)
マルドゥック・スクランブル The 2nd Combustion 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)
著者:冲方 丁
販売元:早川書房
(2010-10-08)
販売元:Amazon.co.jp

マルドゥック・スクランブル The 3rd Exhaust 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)
マルドゥック・スクランブル The 3rd Exhaust 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)
著者:冲方 丁
販売元:早川書房
(2010-10-08)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • サイバーパンク作品が好きな人
  • 徹夜するほど面白いSF小説を読みたい人
  • 自分自身の有用性を見出したい人
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October 06, 2012

愛のゆくえ

愛のゆくえ (ハヤカワepi文庫)
愛のゆくえ (ハヤカワepi文庫)

キーワード:
 リチャード ブローティガン、図書館、美女、中絶、引きこもり
リチャード ブローティガンの小説。以下のようなあらすじとなっている。
ここは人々が一番大切な思いを綴った本だけを保管する珍しい図書館。住み込み館員の私は、もう三年も外に出ていない。そんな私がある夜やって来た完璧すぎる容姿に悩む美女と恋に落ちた。そして彼女の妊娠をきっかけに思わぬ遠出をするはめになる。歩くだけで羨望と嫉妬の視線を集める彼女は行く先々で騒動を起こしてゆく。ようやく旅を終えた私たちの前には新しい世界が開けていた…不器用な男女の風変わりな恋物語。
(カバーの裏から抜粋)
本書は紀伊国屋の『ほんのまくら』フェアで手に入れた。そのカバー表紙は以下だ。

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『ほんのまくら』フェアは、このように最初の1行目が表紙のカバーとなっていて、タイトルと著者名が隠されている。1行目でピンと来るものを選ぶという変わったフェアで、『図書館』というキーワードに惹かれて買ってみた。この作品自体の存在はなんとなく知っていた。このタイトルと表紙ではあまり買う気はしなかったかもしれない。しかし、読んでみるとこれはこれで面白かった。

主人公は31歳の男で、アメリカの小さ目で古い図書館に住み込みで働いている。その図書館は、普通の図書館と違い、街の人が自分で書いた本が持ち込まれる。持ち込まれた本はノートに記録され、持ち込んだ人が自由に自分の本を本棚に置くことができる。そしてそれらの本がある程度たまると、どこか別の洞窟に大切に保管される。その役目(主人公で35人目か36人目)を24時間対応で担っているのが主人公となる。

持ち込まれる本、持ち込む人は実にさまざま。5年間ホテルで暮らしつつ『ホテルの部屋で、ロウソクを使って花を育てること』を書いた老婆、絵だけで描かれて言葉は1つもない5歳の著者による『ぼくの三輪車』、オートバイ狂の著者による『革の衣服と人類の歴史』、50歳の著者だが、17歳の時に書いてからずっと出版されることを望んでいた、『愛はいつも美しい』、ドストエフスキーの小説の中に出てくる献立の料理本らしい『台所のドストエフスキー』、1ポンドのベーコンのようで、フライにしていいのか棚に置いていいのか分からない若い婦人によって持ち込まれた『ベーコンの死』などなど。

ある日、もうすぐ20歳になる女によって本が持ち込まれる。その女の顔は完璧に美しく、脆そうな感じだが、体つきはそれとは別にプレイボーイに出てくるような官能的な肉体を持っている。そしてそのことが彼女の苦悩となり、持ち込んだ本が自分の体について書いた本となる。曰く『わたしは自分の体が憎いんです。わたしには大きすぎます。だれかほかの人の体なんです。わたしんじゃない』という。そんな女、ヴァイダと主人公は図書館で暮らし始め、やがてヴァイダが妊娠して、メキシコまで中絶しに行くというお話。

主人公とヴァイダの間にあまり感情の起伏がないように感じるし、なんだか淡々としている。堕胎に対して罪悪感というか、後ろめたさもあまり感じていないようだし。その反面、洞窟で本を保管する役目を持つ40歳くらいの髭でいつも半袖の男、フォスターは豪快で嫌ななことは嫌だとはっきり言ったりするし、ヴァイダを見て『こいつは驚いた、すごい別嬪さんだ!こん畜生、ここへ来てよかったぜ!』と言ったりするタイプで、主人公とは対照的だ。

主人公は3年ぶりくらいに図書館を出て、ヴァイダとメキシコに行くのだけど、その間にすれ違う人々はヴァイダに対しておかしな反応になる。特に男はみなヴァイダに反応する。主人公がトイレに行っている間に3人ほどに口説かれていたり、カフェに入って主人公との会話中に笑い出すと、その笑い声で近くの21歳くらいの青年が体中にコーヒーをこぼしてしまったり、4歳の少年は、すれ違っただけで首から上が動かなくなって、ヴァイダから目をそらそうともしなかったり。反面女からはヴァイダを見るなりとたんに嫉妬深い態度を示し、妬みでヒステリーを起こしそうだったりもする。

それが13歳くらいからずっと続いていて、こんなの耐えられないわと言っていたヴァイダ。しかし、主人公と一緒にいることでそれを徐々に克服しているようだ。

街を歩いているとついつい美女に目が引かれて見とれてしまうことがあるが、そういう人にとってはこのように感じられるのだろう・・・。反省というか少し気を付けようと思ったが、それはオスの本能的なものなのでどうにもならないと言ってみたりw

本書に共感できるタイプの人は2種類いるはず。一つは先ほど示したヴァイダのように圧倒的な美女の視点からの部分と(あるある、本当にうんざりだわ!!と共感できるかも)、もう一つは図書館に引きこもっていて、図書館の仕事が自分の人生のすべてだというような主人公の視点。僕の場合は間違いなく後者。そもそも美女じゃないし!?、何よりも図書館というところに強くひかれ、『図書館』とタイトルに持つこのようなブログをやっているのだし。

周りを翻弄するほどの圧倒的な美女と図書館に暮らしている引きこもり男の物語。不思議な感じな物語だった。二人の間にはあまり感情のやり取りがなさそうな感じだけど、お互い一緒にいるのが自然のように思われる。短い文章でテンポよく進み、2,3ページごとに節タイトルのようなものが挿入されている。不思議とページが進んでいく。

本書はハーレークインロマンス的なタイトルと表紙で大分損をしているように思われる。そもそも原題は『THE ABORTION: An Historical Romance 1966』で忠実に訳すなら『妊娠中絶―歴史的ロマンス1966年』となるし。なぜ『愛のゆくえ』となったのか少し理解に苦しむ。そもそもこの物語に愛はあったのか?単に僕が読み取れなかっただけなのかもしれないのだけど。

でも不思議と読後感は心地よく、自分の直感で選んだ本に間違いはなかった。



愛のゆくえ (ハヤカワepi文庫)
愛のゆくえ (ハヤカワepi文庫)
著者:リチャード ブローティガン
販売元:早川書房
(2002-08)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 図書館が好きな人
  • 周りを翻弄するほどに圧倒的な美女の人
  • 引きこもり体質の人
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September 12, 2012

共和国の戦士 3: クローン同盟

共和国の戦士 3: クローン同盟 (ハヤカワ文庫SF)
共和国の戦士 3: クローン同盟 (ハヤカワ文庫SF)

キーワード:
 スティーヴン・L. ケント、クローン、宇宙、戦争、聖書
SFミリタリー小説第3弾。以下のようなあらすじとなっている。
惑星フリーマンを飛び立ったウェイソン・ハリスとレイ・フリーマンは、なんとか転送ステーションにたどり着いた。そこに設置された産業用転送エンジンを取り外し、輸送機に無理やり取り付けることで、共和国星域に帰還しようと試みたのだが…。やがて思いもよらぬ方法で地球へと帰還できた最強クローン兵士ハリスは、ボイド型クローンのSEALsと通常クローンの海兵隊との連合軍を率いて、強大な敵に立ち向かうことに!
(カバーの裏から抜粋)
本作は6作のシリーズものらしく、すでに本作の第3弾まで発売されている。本作の原題は『THE CLONE ALLIANCE』となる。これは、主人公ウェイソン・ハリスが以前戦ったことのある、ボイド型クローンという偵察や諜報工作を得意とするSEALs所属のクローンと共闘するからつけられたタイトルと思われる。

第3作目も第2作目と同様に戦闘の描写は少な目で、前半戦は転送ステーションが破壊されて、宇宙で孤立していた主人公たちが徐々に行動範囲を広げて行く部分に焦点があてられている。最初のほうは、日本人の末裔のヤマシロが率いる艦隊に拾われて、地球に戻ったり、そこから敵対するモガト一派にどう対抗していくかということが描写されている。

そして艦隊の残骸でのボイド型クローンとの作戦行動中に敵のシールドの秘密を発見したり、偵察として一人敵地に送り込んだりする。そこでの新キャラで、40代半ばの中年なのだけど、いつまでも一等兵クラスの戦士がでてくる。そいつは素行不良で気に入らない上官に対して悪態をついたりする。しかし、射撃の腕は一流で戦場では冗談を言いつつも的確に行動して生き延びている。そういうキャラがいて場を盛り上げていた。

主人公ウェイソン・ハリスは最強のクローン、リベレーターというタイプで、その中の最後の1人となる。機密文書を閲覧できるように大佐クラスまで上げられていたのだが、軍から無許可離脱などがあり、復帰するときには上級曹長までに降格となっている。しかし、自身に一番合う階級は一等兵というような感じなので、上級曹長というクラスがちょうどよいと思っている。そして、常に戦場の最前線で戦うことを求めているというようなタイプ。軍用クローンだけに。

主人公が敵地、モガト一派2億人が暮らす惑星へ潜入するが、そこでは地球などでは見られない頑強なシールドが建物に張り巡らされている。さらに有毒なガスから建物、食料、燃料までを精製する技術まで獲得している。そういう未来的な描写もわくわくした。

本作で重要なテーマが聖書となる。もともと地球にあった聖書とは別の、モガト一派が地球から独立を信念として作った『宇宙における人類の真の居場所―モーガン・アトキンズ信条集』、通称 "宇宙聖書" がキーとなる。もともと信仰心の薄い主人公がそれを読み解いていくうちに、信仰について思案し始める。そして、戦場でこの聖書に書かれていた『宇宙天使』という存在にも遭遇する!!

聖書の描写が豊富なのは、著者が宣教師をやっていたからだろう。そこからSFとミリタリー、聖書などの要素がミックスされて、本作は起承転結の『転』の部分に差し掛かったところで終わる。実に続きが気になる終わり方だった。これから敵の全容が判明し、そしてこの戦争の佳境を迎えるはず。

本作も470ページ近くと割と分厚いが、2週間ほどで読了できる。難しい描写もあまりないし、途中の政治的な話は若干かったるい部分もあるが、戦闘シーンなどは緊張しながら読める。

第4作目はまだ日本では未発売で、いつ発売なのか気になる。今年の春ごろかと思っていたら、まだのようだ。秋かな。それまでは他の作品を読んで心待ちにしよう。



共和国の戦士 3: クローン同盟 (ハヤカワ文庫SF)
共和国の戦士 3: クローン同盟 (ハヤカワ文庫SF)
著者:スティーヴン・L. ケント
販売元:早川書房
(2011-09-09)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • ミリタリー作品が好きな人
  • 自分の居場所は戦場だと思っている人
  • 聖書に関心がある人
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August 11, 2012

日の名残り

日の名残り (ハヤカワepi文庫)
日の名残り (ハヤカワepi文庫)

キーワード:
 カズオ・イシグロ、執事、品格、夕方、人生
カズオ・イシグロの小説。以下のようなあらすじとなっている。
品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。
(カバーの裏から抜粋)
カズオ・イシグロのこの作品を読み始めるとき、私の中には若干の躊躇がありました。というのも、今の時期と同じようなちょうど数年前の夏ごろに『わたしを離さないで』を読んでみて、あまり良さが分からなかったからでした。『わたしを離さないで』は、特殊な環境下に置かれた少年少女の暮らしが静謐に描かれており、よく言えば静かに心に残る作品、わるく言えば起伏もなく退屈な作品という印象がありました。実際、世界観と心情描写に没入することができず、1年近くかかって読み終えました。そういったこともあり、カズオ・イシグロの作品、というだけで退屈な作品なのではないかと少し気構えていたことを告白せねばなりません。しかし、読了後、それは全くの杞憂に終わりました。

物語について言及する前に、本書を入手した経緯について示しておいた方がよいでしょう。本書は5月ごろに開催されたハヤカワ縛りのスゴ本オフで獲得しました。評者の方曰く、『ゆったりと物語が進むので、時間があるときに読んで人生を振り返るにはよい』というようなことを言われていたと思います。そのとき、物語そのものにはあまり惹かれなかったのですが、『人生を振り返る』という部分に引っかかり、最後のじゃんけんによる争奪戦で見事勝利し、本書を手に入れました。しかし、実際に読み始めたのは5つ目のプロジェクトに参画してしばらくたってからのことでした。7月くらいから読み始めましたが、ちょうど基本設計フェーズ時で、割と残業も多かったと思います。時間があるときに読んだほがよい、というアドバイスにまったく従えませんでしたが、どこかで忙しい日常からの逃避、気休めを目的として読み始めたのだと思います。

さて、徐々に物語について私が感じたことなどに触れていきたいと思います。

主人公、ミスター・スティーブンスはイギリスの貴族、ダーリントン卿に仕えていた執事であります。広いお屋敷で複数人いる執事たちを統括する立場にあり、正確で仕事に抜かりはなく、執事の仕事の理想も持ち合わせている一流の仕事人であることは間違いありません。同世代の執事仲間たちと「偉大な執事」は誰かと議論したりし、一流の執事には『品格』が重要であるというような持論もあります。一ヶ所だけスティーブンスの執事という仕事への高いプロ意識が読み取れる部分を引用しておきましょう。
しかし、私が申し上げたいのは、時間がたつにつれ、その種の事例がある動かしがたい事実を象徴するようになるということです。その事実とは、私が国家の大事のまっただなかで執事を務めることができた、いえ、努める特権を与えられたということです。私には、凡庸な雇主に仕え、それでよしとしている執事には決して知りえない、特別の満足を味わう権利がありましょう。それは、私の努力が歴史の流れにわずかながら貢献をしたと、そう胸を張って言える満足です。
(pp.198)
1930年代は世界大戦の真っただ中であり、スティーブンスが仕事をしているダーリントン・ホールでは世界情勢の行く末を左右する重要な会議などが行われておりました。そこでの仕事ぶりから自分の仕事への自負や勝利も感じているようでした。

中盤は特にスティーブンスの職業観、プロ意識に対して見習うことが多いと思いました。今年一年、仕事に対する自分の意識を一つ高めるという目標を設定していただけに、思いがけずこのような高い職業観に触れられることはとても勉強になりました。例えば、自分自身のSEという仕事の理想像を考えてみたり、一流のSEであるためには日々何を意識しているべきか、はてはSEとしての仕事が世の中にどれほどの影響を与えるのかを考えるよいきっかけになりました。

物語の後半に進むにつれて、この作品に抱く印象は大きく変わりました。それは決して面白くない、納得がいかない展開になったということではなく、私個人が深く省察すべき部分がスティーブンスの職業人的な部分ではなく、その生き方のほうではないかと。

つまり、こういえるのではないでしょうか。プロ執事の職業人としてのスティーブンスは見習うべきところが多いが、一人の男の人生としてはいかがなものかと。もちろんスティーブンスは『品格』を語るような高い倫理観も持つ人格的に優れた人物だとは思われます。しかし、同僚であったミス・ケントン氏への鈍感さと一人の人間として決断しないまま流れに身を任せて雇主に仕えてきた、人生そのものにはあまり共感はできませんでした。

それは同時に私個人の生き方そのものを考えるようにと、それとなく静かに訴えてくるようでもありました。この終盤の話はあまり言及しすぎるとこれから読む楽しみがそがれるので、深く追求しませんが、一ヶ所だけ心に強く訴えかけてくるような部分があったので、そこを引用しておきましょう。
あのときああすれば人生の方向が変わっていたかもしれない―そう思うことはありましょう。しかし、それをいつまで思い悩んでいても意味のないことです。私どものような人間は何か真に価値あるもののために微力を尽くそうと願い、それを試みるだけで十分であるような気がいたします。そのような試みに人生の多くを犠牲にする覚悟があり、その覚悟を実践したとすれば、結果はどうあれ、そのこと自体がみずからに誇りと満足を覚えてよい十分な理由となりましょう。
(pp.351-352)
ついつい過去を振り返って、自分が選ばなかった道に思いをはせて、こっちを選ばなかったら今よりももっとよかったのではなかろうか?とときどき思ったりもします。それはきっと現状で何か満たされないものがあるからでしょう。しかし、スティーブンスの言う通りなのかもしれません。いつまでも思い悩んでいてもしょうがなく、これからを後悔しないように生きるべきなのでしょう。

終盤では、スティーブンスと60歳くらいの男との会話で、1日で一番いいのはゆっくりできる夕方だと示されておりました。この1日を人生の暗喩なのではないかと捉えると、人生を楽しむのはゆっくりできる晩年なのかもしれません。しかし、私にはまだ夕暮れを楽しむには若すぎるといってよいでしょう。私の時間はまだ午前中くらいのはずで、夕方になってそれまでの時間を後悔とともに回顧しなくてもよいように生きていきたいと思いました。

本書の読了後は、静かに感動した気持ちと自分の人生を顧みての後悔の念と、さらには前向きに生きて行きたいというような様々な感情が入り混じった状態でした。このような読後感をもたらせしてくれる作品はあまり多くはありません。そして、凡庸な作品にはまず線を引いたりしませんが、随所に思わず線を引いてしまうほどに訴えかけてくる部分がありました。

自分の嗜好だけではまず読まなかったであろう作品であり、スゴ本オフを通してこのような感動と人生の気づきを得られたことに感謝せざるを得ません。本書は表紙の通り、夏の夕暮れ時に読み終われるのがいいでしょう。

結局この作品への印象、評価はこのようにまとめてもよいのではないでしょうか。きっと10年、20年後にまた読み返したくなるような静かに心に残る作品、すなわち、紛うこと無きスゴ本であったと。



日の名残り (ハヤカワepi文庫)
日の名残り (ハヤカワepi文庫)
著者:カズオ イシグロ
販売元:早川書房
(2001-05)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 夏休み中の人
  • 高い職業意識を獲得したい人
  • 自分の人生を振り返りたい人
Amazon.co.jpで『カズオ・イシグロ』の他の作品を見る

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May 06, 2012

今夜、すベてのバーで

今夜、すベてのバーで (講談社文庫)
今夜、すベてのバーで (講談社文庫)

キーワード:
 中島らも、アル中、肝硬変、バー、欠落
中島らも氏の小説。以下のようなあらすじとなっている。
薄紫の香腺液の結晶を、澄んだ水に落とす。甘酸っぱく、すがすがしい香りがひろがり、それを一口ふくむと、口の中で冷たい玉がはじけるような…。アルコールにとりつかれた男・小島容が往き来する、幻覚の世界と妙に覚めた日常そして周囲の個性的な人々を描いた傑作長篇小説。吉川英治文学新人賞受賞作。
(カバーの裏から抜粋)
中島らも氏のことはあんまりよく知らなかった。自分が大学生のころ、階段から転げ落ちて、そのまま亡くなられた人、という認識しかなかった。そもそも本業がなんなのか知らなかったし。Wikipediaを見てみると、パンクな感じで激しい一生を送られたようだ。本書は、どこかでタイトルに惹かれて買って積読状態だった。確かその当時、Bar巡りをしようと思っていたから。今も新宿三丁目を開拓しているけどね。

実際に読んでみたら、タイトルから想像していたものとは全然違った。いろんなお酒が出てきて、Barのうんちくとか粋な飲み方?とかそういうのが出てくるのかと思っていたら、アル中の話だった。

あらすじは簡単。酒飲みの35歳の男、小島が、アルコール中毒を自覚しつつもなかなか断酒できず、ほぼ肝硬変の状態のところで病院に担ぎ込まれてそのまま入院する。そこで医者の赤川、小島の友人の妹であり、小島の事務所の社員である天童子さやか、そして病院の入院患者たちとの関係が描かれている。

病院で入院している話で、妙にリアルな描写が多い。同じ病室で高齢のおじいさんが頭をぶつけて血だらけになったり、17歳くらいの演劇に関心がある少年がいたり、さらに病院食の描写とかトイレの蓄尿の描写とか。やはりというか、巻末に載っている山田風太郎氏との対談で、35歳の時に病院担ぎ込まれた経験があり、ほとんど実話だと語っている。なるどなぁと。実体験じゃないとここまでリアリティのあるものは描けないだろうね。

僕も入院したことがあるから、病院での入院生活というのがよく分かる。主人公、著者のように酒を飲みすぎて肝硬変になったわけではなく、腎臓が悪くなってだけど。相部屋だとまぁ、いろんな人がいて、テレビがうるさかったり、やたら話しかけてくる人とかね。著者はその周りの患者が面白くて、日記をつけていたらしい。僕は精神的にストレスになるから途中で個室にしてもらったけど。

主人公は肝生検という針のようなものを刺し、肝臓の細胞を採取するというものをやることになる。自分は腎生検をやったことがある。手術というほどではないけど、局部麻酔をしつつも、長い針で刺されるときは結構な痛みがあって、はぅあ!!って感じww一瞬だけど痛い。そうやって採取した細胞をいろいろ細かく検査する。そういう描写も、臓器は違うけれど、やったやったって感じで共感できた。

ただ、主人公の肝硬変の原因はアルコール中毒によって、毎日ろくに食べ物を食べずに、ウイスキーなどの強い酒ばかり飲んでいる生活を送っていたのが原因とはっきりわかっているが、僕の場合は医者に原因不明と言われて、ふむ、それは仕方ないなという感じでもある。

本書を読んでいると、やたらとアルコール中毒の人の生活とかアルコール中毒になる原因などに詳しくなれる。巻末に各種参考文献が示されているように、かなり専門書を基に描かれているようだ。そして久里浜式アルコール症スクリーニングテストというアルコール依存症をチェックできるテストがそのまま載っていたりする。主人公の小島は12.5点と重症。
自分もやってみたら、−6.1と全く正常の部類に入った。お酒は好きなほうだけど、かといってもともと強くもないし、腎臓が悪いのにそんなにたくさん飲めるわけもないので。最近は2杯で十分楽しく酔える。

アル中的な話ばかりに焦点を当ててしまったけど、主人公を取り巻く人間関係模様もちゃんと描かれていて、読み終わった後にある種の心地よさみたいなものを得られたと思う。読んでいる途中は、酒の飲みすぎは危険だなぁと思わされるのだけど。

一ヶ所何となく線を引いてしまった部分を引用。担当医の赤川と小島のやり取りで、小島の会話から始まるところ。
「だから、アル中ってのは、内臓とかそういうことももちろんネックなんだろうけど、もっとこう、何ていうか、内的な問題だと思うんですよ。なぜ、飲む人間と飲まずにすませられる人間がいるのかっていう。それがわかれば、ずいぶんとちがうと思うんですが」
「あんたはどう思うんだね」
「飲む人間は、どっちかが欠けてるんですよ。自分か、自分が向かい合っている世界か。そのどちらかか両方かに欠落してるものがあるんだ。それを埋めるパテを選びまちがったのがアル中なんですよ」
「そんなものは甘ったれた寝言だ」
「甘ったれてるのはわかってるんですが、だからあまり人に言うことじゃないとも思いますが、事実にはちがいないんです」
「欠けていない人間がこの世のどこにいる」
「それはそうです」
「痛みや苦しみのない人間がいたら、ここへ連れてこい。脳を手術してやる」
(pp.228-229)
ここが特に印象に残った。自分の中の欠落部分に思いめぐらしつつも、別にそれを埋めるものは酒ではなかったのだなと。

酒好きな人は一度は読んでみたほうがいいかもしれない。自分がアルコール中毒じゃないかと確認するのにもよいし、純粋にこれを読みながら酔うのにもね。

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タイトルのように、Barで読んでみたりもした。写真はザクロビールと。
お酒はほどほどに楽しむのがいいよ。



今夜、すベてのバーで (講談社文庫)
今夜、すベてのバーで (講談社文庫)
著者:中島 らも
販売元:講談社
(1994-03-04)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • お酒が好きな人
  • お酒の失敗が多い人
  • 自分の中に欠落したものがある人
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May 03, 2012

老人と海

老人と海 (新潮文庫)
老人と海 (新潮文庫)

キーワード:
 ヘミングウェイ、漁、カジキマグロ、サメ、死闘
ヘミングウェイの作品。以下のようなあらすじとなっている。
キューバの老漁夫サンチャゴは、長い不漁にもめげず、小舟に乗り、たった一人で出漁する。残りわずかな餌に想像を絶する巨大なカジキマグロがかかった。4日にわたる死闘ののち老人は勝ったが、帰途サメに襲われ、舟にくくりつけた獲物はみるみる食いちぎられてゆく…。徹底した外面描写を用い、大魚を相手に雄々しく闘う老人の姿を通して自然の厳粛さと人間の勇気を謳う名作。
(カバーの裏から抜粋)
ヘミングウェイの作品は読んだことがなかった。ずっと積読にしていたのだけど、最近になって読んでみた。あらすじは、引用した部分でもう十分なほど。85歳のサンチャゴは孫の少年と漁に何度か行ったりしていた。しかし、不漁が85日ほど続いて、老人は一人小舟を出して、大物を狙いに行く。大きなカジキマグロを引っ掛けられるが、そこからカジキマグロとの死闘、そしてそれを仕留めて船の横に括り付けた後に、サメとの死闘が始まる。

老人は海の上で一人孤独に漁をしている。孫と漁に出なくなってから、大声で何でも思ったことを言うようになった。鳥にはなしかけたり、シイラが近くにいることを発見したり、死闘を繰り広げるカジキマグロに話しかけたり。釣り上げた小ぶりのマグロやシイラ、トビウオを食べて体力の回復しなくては、とか。

4日間の死闘を繰り広げるのだけど、その描写が鮮明にイメージできるような感じだった。文章も読みやすく、難しいことは書いていない。カジキマグロとの死闘で手を痛めたり、カジキマグロが飛び跳ねたり、なんとかカジキマグロをモリで仕留めたり。今度は、それを狙うサメたちとの死闘で、モリで顔面を刺したり、オールでたたきつけたりと臨場感あふれる描写だった。

本編もよいのだけど、訳者によるアメリカ文学の解説もまた勉強になった。アメリカ文学がなぜヨーロッパ文学に比べて浅いのかということから、この作品がその底の浅さを打破するような作品である理由などが解説されている。それは文学論のようでもあり、なるほどと思った。あんまりアメリカ文学を読んだことがなかったのでなおさら。

ページ数も150ページなので、勢いで読める。ただ、この作品は読む場所が重要な気がする。舞台はキューバで、メキシコ湾に向かって漁に行くので、なるべく海の近く、漁港がいいかもしれない。そんなに大きな漁港ではなく、ちょっとさびれているのがいいかもしれない。かといって、日本海のように暗雲が立ち込めて陰鬱な気分になるようなところはダメだな。できれば太陽が熱く照っているような海がいい。

ということで、僕は先週初めての海外旅行としてニューカレドニアに行ったときに、青い海辺のアメデ島のビーチで海を眺めながら読んでいた。

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ここまで青い南の島の海だとちょっと雰囲気は違うと思うけど。しかも実際に読了したのは帰りの飛行機の中で。

ちなみに、ニューカレドニア旅行記を日記ブログに書いているので、暇の人はどうぞ。この物語に出てくるシイラという魚をどうやら旅行中(3日目の夕食)に食べていたようだ。現地ではマヒマヒというらしい。

海の見えるカフェバーみたいなところで、ビールでも飲みつつシーフードをつまみながら読むのが、贅沢なこの作品の楽しみ方かもしれないね。



老人と海 (新潮文庫)
老人と海 (新潮文庫)
著者:ヘミングウェイ
販売元:新潮社
(2003-05)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 魚介類が好きな人
  • 海が見えるところに旅行しようと思っている人
  • 死闘を繰り広げている人
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March 06, 2012

月は無慈悲な夜の女王

月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 1748)
月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 1748)

キーワード:
 ロバート・A・ハインライン、革命、月、戦争、政治
ハインラインの古典SF小説。以下のようなあらすじとなっている。
2076年7月4日、圧政に苦しむ月世界植民地は、地球政府に対し独立を宣言した!流刑地として、また資源豊かな植民地として、月は地球から一方的に搾取されつづけてきた。革命の先頭に立ったのはコンピュータ技術者マニーと、自意識を持つ巨大コンピュータのマイク。だが、一隻の宇宙船も、一発のミサイルも持たぬ月世界人が、強大な地球に立ち向かうためには…ヒューゴー賞受賞に輝くハインライン渾身の傑作SF巨篇。
(カバーの裏から抜粋)
今年は、SF作品を重点的に読んでいこうと思っていた。SFの古典的なものもちゃんと押さえておきたいと思い、巨匠ロバート・A・ハインラインのこの『月は無慈悲な夜の女王』を読んでみた。率直な感想を示せば、正直あまり世界観に没入できず、楽しめなかった。

あらすじなどはWikipediaにまかせよう。マイクと呼ばれる人工知能搭載のスパコンが全編を通して物語の鍵を握っている。主人公マニーは、片腕が義手のコンピュータ技師で、マイクと友達関係でもある。一コンピュータ技師であった月世界の住民のマニーは、やがて革命に巻き込まれて、月世界を独立に導いていく立場となっていく。

スパコンのマイクと主人公マニーは、月世界の電話回線を通して情報をやり取りしている。マニーが電話でMYCROFTXXXの番号をプッシュすると、月世界のどこでもマイクを呼び出すことができる。電話でプッシュするというのが、インターネットが発達した現代からしてみると違和感があるが、この作品が書かれたのは、まだインターネットの前身であるARPA NETが作られた1969年より以前の1965年だからである。なので、現在では光ファイバが当たり前となって、一般的なSFもののネットワーク像とは若干違っているが、ADSL網を利用しているのだと考えるとイメージしやすいかもしれない。

また、地球を攻撃するために月の岩石を地球に向けて射出する弾道計算のプログラミングの描写も出てくる。そのときもやはりこの時代に書かれた背景的なものが影響しており、プログラミングを『パンチする』となっている。昔のメインフレームなどはパンチカードにプログラミングしていたので、そのような描写となっているのだろう。さらには、物語中では弾道計算プログラムを紙に印刷したら数メートルにもなったともある。

このような時代背景的な部分を、一プログラマの視点から鑑賞するのもなかなか趣があってよいかもしれない。しかし、どうしても古典SF的な作品であることを考慮しても、世界観に没頭できなかった。なんというか、19世紀以前のヨーロッパを舞台とした古典文学作品を読んでいるような感覚になった。SF小説と言えど、内容的にはそんなに難しい描写はなく、一文一文はちゃんと理解できるのだけど、数ページを集中して読み続けることがなかなかできなかった。

何となく昔の翻訳っぽい文体で、どうしても古臭さというか、リズム感がおかしく感じた。単に自分自身がそのような翻訳に慣れていないからというのもあるのだけど。また、通勤時間中に主に読んでいたこともあって、1日で読み進められるページが多くて20ページくらいとなり、より長大な物語がつぎはぎになっていき、あらすじの細かいところがおろそかになっていった。

そういうこともあって、この物語のテーマ性や面白さをあまり理解できずに、最後まで読み終えることだけに注力してしまった。680ページもあるからね。読み始めたのが1月半ばくらいからだから、読了まで約2ヶ月程度かかったことになる。もっと集中して読み込めば、この世界観を面白く鑑賞できたのかもしれないが。

ハインラインの作品は『夏への扉』と『宇宙の戦士』も読んだことがあるが、『夏への扉』は読みやすくてかつ分かりやすかった。まだ3作品しか読んでいないから、ハインラインが自分と相性のよい作家かどうかの判断は保留かな。あと、最近タイムリーに以下のSF特集記事があった。『月は無慈悲な夜の女王』もちゃんと含まれている。個人的には『スノウ・クラッシュ』と『所有せざる人々』が気になる。

SF小説は読了まで若干しんどいけど、読み応えがあるし、自分のイメージ力を醸成できると思うのでおすすめ。



月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 1748)
月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 1748)
著者:ロバート・A. ハインライン
販売元:早川書房
(2010-03-15)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 人工知能系の作品が好きな人
  • プログラマの人
  • 戦争がテーマのSF作品を読みたい人
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January 07, 2012

闇の左手

闇の左手 (ハヤカワ文庫 SF (252))
闇の左手 (ハヤカワ文庫 SF (252))

キーワード:
 アーシュラ・K・ル・グィン、冬、SF、対立、調和
ヒューゴー賞を5度、ネビュラ賞を6度受賞した作家によるSF小説。以下のようなあらすじとなっている。
遥かなる過去に放棄された人類の植民地、雪と氷に閉ざされた惑星ゲセン。「冬」と呼ばれているこの惑星では、人類の末路が全銀河に類をみない特異な両性具有の社会を形成していた。この星と外交関係をひらくべくやってきた人類の同盟エクーメンの使節ゲンリー・アイは、まずカルハイド王国を訪れる。だが、異世界での交渉は遅々として進まない。やがて、彼は奇怪な陰謀の渦中へと……ヒューゴー、ネビュラ両受賞の傑作
(カバーの裏から抜粋)
去年の秋ごろからSF小説を読み込んでいこうと思っていた。ジュンク堂や紀伊国屋などの大型書店のSFコーナーを見て回ったりして、面白そうなものを探していた。しかし、本書はそこでは発掘されなかった。この作品を見つけたのは、松丸本舗の『本集』のSFコーナーだった。著者を全く知らず、最初はタイトルに惹かれて手に取ってみた。あらすじを見ても心躍るような冒険譚ではなさそうだったけど、松丸本舗にあるのだから外れはないだろうと思って買ってみたら、その通りだった。

著者は、『ゲド戦記』の原作者でもあるようだ。そんなことも知らず、かつ女性だとも知らずこの作品を読んだ。

カバーの裏のあらすじだけでは、本書の概要はいまいち分かりづらいので、解説の一部を引用。
 極寒の惑星ゲセンでは太古にハイン人による遺伝子実験がおこなわれた結果、住人はすべて両性具有だった。極秘の現地調査がおこなわれたのち、エクーメンからの使節として、ゲンリー・アイが単身ゲセンにおりたつ。アイはまず、カルハイド王国をおとずれるが、文化の厚い壁にはばまれて思うにまかせない。つづいておとずれたゲセンのもうひとつの大国、オルゴレインでも政略にまきこまれたアイは、追放されたカルハイドの元宰相エストラーベンとともに、生命の気配ひとつない真冬の大雪原を横断する無謀な脱出行に旅立った……。
(pp.370)
ゲンリー・アイは長身の黒人で、男性である。しかし、ゲセンの人々は両性具有であり、一生を通して父親にも母親にもなれる。ケメルと呼ばれる発情期に相手を見つけて生殖し、子供をもうける。そのため、父親的な立場だったものが後で子を産み、母親になったりする。

ゲセンの人々は中性的な顔立ちで、身長は高くなく、筋力もそこまではないが、マイナス50度の世界の極寒でたいした暖房がなくても耐えられるように進化している。そんな惑星に、エクーメンという銀河の連合体の使節として一人で宇宙船にやってきたゲンリー・アイは、ゲセンがエクーメンの同盟となって、知識、文化、政治的にも調和をもたらしたいと思っている。しかし、ゲンリー・アイが唯一頼れるがそこまで好きではない、首相の立場にあるエストラーベンは国王の側近の陰謀によって王国を追放される。

ゲンリー・アイは隣の国にオルゴレインに行って同盟の糸口を探すが、そこで逮捕されて刑務所に投獄されてしまう。その後、追放されてやってきたエストラーベンとともに脱獄し、カルハイド王国とオルゴレインの対立を鎮静化し、さらにはこのゲセン全体のためにもゲンリー・アイの宇宙船から通信をして、ゲンリーの仲間たちを呼び寄せることが重要であると理解する。そのためにつかまらないように、2人で80日ほどかけてソリとテント、食料を持ち、マイナス50度の大雪原を800マイルも横断するというお話。

単純なエンターテイメント的な要素としてのSF小説として読むと、肩透かしを食うかもしれない。まず、かなり読み進めるのがしんどいタイプの作品である。惑星冬の寒く厳しく、独自の政治的、生態的な描写が淡々と続く。

また、「シフグレソル」といった、ゲセンの文明全般における社会的権威に関する翻訳不能な原理のような用語や、民話的、宗教的な描写も多く、それらの概念を理解して読み進めていくのもしんどい。また会話も割と抽象的で単調な感じがする。全体的に起伏があまりなく、天候的な変化があまりない真っ白な大雪原に漂っているような感覚。逆にそれが本書の魅力でもあり、この作品の特徴なのだろう。

闇の左手』とは光のことである。その部分に関して、ゲセンの民話的な歌をエストラーベンが口ずさんでいる部分を抜粋。
光は暗闇の左手(ゆんで)
暗闇は光の右手(めて)。
二つはひとつ、生と死と、
ともに横たわり、
さながらにケメルの伴侶、
さながらに合わせし双手、
さながらに因-果のごと。
(pp.282-283)
ここがとても印象的。この後のゲンリー・アイとの会話でも、エストラーベンは、「われわれも二元論者だ」と言っている。

本書全体の印象は、表面的には二元論的な印象を与える。しかし、単純な二項対立に収まらない、光と闇の調和のようなもの、つまり大雪原を2人で苦労しながら横断する過程で、お互いを深く知り、認め合いながら異星人としてのゲンリー・アイを受け入れること、そして対立中のカルハイド王国とオルゴレイン、さらにはゲセンとエクーメンの関係の変化を暗に示しているのだろう。それが単純なエンターテイメント的な要素だけのSF小説と違う、この作品の深さである。

関係の変化、受け入れることが本作品のテーマなのかなと思った。やはり本書のカバーイラストのように、2人で食料を節約しながらソリを引き、極寒の大雪原を渡っているところがとても印象的。お互いをあまり信頼していない状況から、男でも女でもないエストラーベンと異星人かつ男であるゲンリー・アイの友情みたいなものが芽生えていく過程がよかった。

寒そうな描写満載なので、冬に読むのがおすすめかな。本書を読みかけの途中で地元に帰った時、雪の中をわざわざ1時間歩いてみたりして、より寒さの描写のリアルさを得ようとしたりもした。

一気に読み進められるような作品ではないけど、その分いろんな読み方、考え方ができる、優れた思考実験としてのSF小説だと思う。

冬が終わる前に、ぜひ読んでみたらよいと思う。



闇の左手 (ハヤカワ文庫 SF (252))
闇の左手 (ハヤカワ文庫 SF (252))
著者:アーシュラ・K・ル・グィン
販売元:早川書房
(1978-09)
販売元:Amazon.co.jp
読むべき人:
  • 二元論者の人
  • 男と女といった性別について考えてみたい人
  • 何かを受け入れようとしている人
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December 14, 2011

共和国の戦士2 ―星間大戦勃発―

共和国の戦士〈2〉星間大戦勃発 (ハヤカワ文庫SF)
共和国の戦士〈2〉星間大戦勃発 (ハヤカワ文庫SF)

キーワード:
 スティーヴン・L・ケント、SF、脱走兵、諜報、勃発
アメリカで人気を獲得したSF戦争小説第2弾。以下のようなあらすじとなっている。
共和国で唯一生き残った最強のクローン兵士、ウェイソン・ハリスは、自らの創造者であるクライバー海軍元帥の密命をおび、反共和国主義者アトキンズ一派の行方を追っていた。テロリストの有力な情報を得たハリスは、軍首脳部の会議が行なわれているゴラン乾ドックへと向かう。共和国に反旗をひるがえした4つの渦状腕が構成する「国家連合」への対応策が討議された会議の終了後、ハリスの目前で、信じられない事態が……!?
(カバーの裏から抜粋)
アメリカでは2006年に共和国の戦士シリーズが刊行され、そこで人気を得て、全6作が発表されているようだ。今作は2作目で、原題は『ROGUE CLONE』となり、訳者曰く、あえて訳すなら”野良クローン”となる。

1作目は以下で取り上げた。1作目はハリス2等兵が一気に少尉まで昇進する。クローンはせいぜい軍曹クラスまでしか出世できないのだが、戦績が認められて昇進し、ある惑星での戦いがそのまま映画化されたりする。しかし、最強でもはや主人公しか存在しないリベレーターというクローン、ハリスは別の惑星の作戦行動中に戦死したことになっている。そこから海兵隊を無断脱退し、海軍元帥の直属のフリーな存在になり、元帥の護衛にあたっているが・・・。

2巻はどちらかというと主人公の戦闘描写や戦争シーンが少なく、元帥とその他の共和国内での政治的な争いに焦点があてられている。共和国内にはスパイがいて、各宙域で独立を宣言した共和国と対立する国家連合軍、モガト教徒が同盟を組み、共和国との対立が激化するまでが描かれている。

あまりネタバレすると読む面白さがなくなってしまうので、内容的なことにはあまり触れないでおこう。その代り、本作の面白さを簡単に示しておきたいと思う。

まず主人公が最強の殺人兵器クローンというのが特別な感じでよいかな。戦闘状況や自身が危機的状況になると、エンドルフィンとアドレナリンが過剰に分泌され、常人や普通のクローンよりも心身ともに平常心を保ちやすくなっており、より戦闘向きに設計されている。そして、通常のクローンが神経プログラミングにより、自分自身がクローンであることを知ると致死反応が出て死ぬのに対して、リベレーターはそれがない。

しかし、共和国に忠誠を誓い、死ぬまで共和国のために戦うことをプログラミングされている。本作ではハリスは共和国の海兵隊からフリーな立場になったり、共和国の危機的状況から、プログラミングされている自分の任務や特性が徐々に揺らいでいき葛藤が増えていく。そして、本作を通して『クローンには魂はあるか?』がハリスのテーマとなっている。そういう内面描写が描かれているのが1作目と違ってよかったと思う。

あとは主人公が信頼を置いているフリーの黒人傭兵がより描写されている。基本的に寡黙で感情もあまり表に出さず、ユーモアもあまり理解しないが、身長は2メートル超、体躯もよく凄腕の殺し屋である。本作では入植惑星に家族がいるため、その家族を助けるためにハリスの力を借りたりする。そういう重要人物の出自が分かってよかった。

あとは、日本人の末裔が出てくることか。ヤマシロという名の知事で、エゼル・クリという日本人の末裔だけが住んでいる惑星の代表者で、ヤマシロの持つ軍は高度な技術力を持つ技術軍団として描かれている。しかし、同盟のモガト教徒一派には技術支援をするだけで、基本的に戦闘はしないとうポリシーで戦線に参画している。こういう設定も面白かった。

訳者曰く、本作はアメリカ南北戦争史を下敷きに描かれているようだ。それらが敵対勢力などの力関係に表れているようだ。とはいえ、本作は戦争ものとしてはそこまで深くはないが、エンターテイメント性が高く、約530ページを2週間以内で読めるほどぐいぐいと引き込まれていく。ハードなSF小説に比べてだいぶ読みやすい。戦闘描写やSFっぽい用語も何となく想像できるものが多く、あまり難しくない。

現在は3作目の『クローン同盟』まで出版されているようだ。7ヶ月に1作出版されているようなので、3作目が9月出版であるから、4作目は大体2012年4月ごろか。3作目もきっと一気にページが進んでしまうので、4作目発売前後に読むことにしようかな。

読み始めたら一気読みできること間違いなし!!最強のクローン兵、ハリス大佐の活躍はいかに!!



共和国の戦士〈2〉星間大戦勃発 (ハヤカワ文庫SF)
共和国の戦士〈2〉星間大戦勃発 (ハヤカワ文庫SF)
著者:スティーヴン・L・ケント
販売元:早川書房
(2011-02-05)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 特殊部隊に憧れている人
  • 出世したいと思っている人
  • 農業をやるよりも前線で戦いたいと思う人
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December 04, 2011

ブックストアは危険がいっぱい

ブックストアは危険がいっぱい (角川文庫)
ブックストアは危険がいっぱい (角川文庫)

キーワード:
 リシェル・ミード、ロマンス、悪魔、契約、復讐
全米で25万部の大ヒットパラノーマルロマンスシリーズ第1弾。以下のようなあらすじとなっている。
エメラルド・シティ・ブックス&カフェは居心地のいいブックストア。一見普通の店ですが、一つだけ変わったところがありました。それは、書店員がサキュバス・夢魔だということです。男性を虜にして魂を奪う夢魔は、たとえ本当に愛している相手でも、キスしただけで命を奪ってしまう危険な存在。これじゃ、恋愛なんてできやしない!ジョージナの不幸な恋愛体質の行方は?全米で大人気のパラノーマルロマンスがついに登場!
(カバーの裏から抜粋)
本書は松丸本舗の『本人(ほんびと)』コーナーでたまたま発見して、タイトルに惹かれて買って読んでみた。正直まったく期待してなかったけど、意外に面白かった。ジャンルはパラノーマルロマンスというらしく、ファンタジー的な要素をもつ恋愛小説のことらしい。主人公、ジョージナはイモータルという不死の下級悪魔のサキュバス。シアトルの書店で働きながら、人間に紛れて暮らしている。ジョージナの使命は、男どもの精気を吸収し、堕落させること。ある日、好きな作家のセス・モーテンセンが自分の書店のサイン会に訪れることになり、そこで出会って徐々にセスに惹かれていく。その時と同時に、自分の不都合さをごまかし、デートの約束を取り付けるためだけに、たまたま書店にいた客ローマンにも惹かれていく。けれど、本気になってはダメ。本気で結ばれる相手は精気を吸い付くし、死に至らしめてしまうわ、さぁ、どうしましょう!?

このような単純なロマンスかと思いきや、実はそうではないのがこの作品の面白さ。主人公の住むシアトルには悪魔族、イモータル仲間が複数いる。ヴァンパイアやインプ、主人公の上司的なデーモン、さらには上級天使まで。あるとき、セスたちに惹かれているところに仲間のヴァンパイアが何者かに殺される。不死であるイモータルを殺せるのはヴァンパイアハンターの能力を持つ人間だけのはず!?さらに犠牲者が増え、一体誰が何の目的で仲間のイモータルを襲っているのか?それを突き止めるべく、主人公が危険を顧みず奮闘する!!、というミステリーっぽい要素もある。

ロマンスもののアメリカンドラマっぽいステレオタイプ的な登場人物が出てきて、その人たちが繰り広げる会話がかったるくて、中盤まで惰性で読んでいた。基本的に仕事で疲労した通勤帰りの電車の中でしか読まないし、あまり頭を使わなくてもよいものを読みたかったから。約400ページの作品なのだけど、半分の200ページを超えたあたりから、おや?と思わせるような展開となる。そこから結構予想外の展開になって、ふむ、なかなか面白いではないかと思った。

あまりネタバレしてもダメなのだけど、主人公は最初からサキュバスに生まれているわけではなく、元人間で、二千年前、普通にリーサという名で結婚もしていた。しかし、あるとき出来心で浮気してしまい、そこから夫の記憶からも消え去りたいと願い、インプにそそのかされ、契約によってサキュバスに生まれ変わり、不死の能力を得る。しかし、サキュバスの使命を果たしつつも、決して精神的な深い部分では結ばれることはなく、『誰か愛する人がほしい。』とずっと思い続けている。そういう主人公の背景的な部分があって、なんだか感情移入できた。

あと悪魔とか天使とかそれぞれがたくさん出てくるのがよかった。それらの設定とかも。例えば、主人公はサキュバスで、シェイプシフトという変身能力で、服も含めて姿を変えることができる。また、上司であるデーモン、ジェロームがなぜか上級天使、カーターと仲が良かったり、天使の真の姿は畏怖を覚えるほどに美しくかつ直視できないほどまばゆく、人間がまともに見ると死ぬとか。さらに天使は嘘を見破ることができたり、テレポートできたりとかも。

1ヶ所だけなるほどと思う描写があった。よれよれの身なりをしていて、あまり感情を表に出さない、主人公にとってはとっつきにくい天使の以下のセリフ。
「完璧な愛なんてめったにないさ」カーターが指摘した。「人間たちは愛はそういうものじゃなきゃいけないと勘違いしている。愛を完璧にするのは、不完全さなのさ」
(中略)
「いつだって希望はあるさ」カーターはさらにきっぱりと繰り返した。威厳のある口調だったので、わたしは驚いた。「希望を持つに値しない者なんていないんだよ」
(pp.389-390)
村上春樹的なセリフだなぁとか思いつつ、含蓄のある言葉だとも思った。ここを読めただけでも良かったのだと思う。

本作で一応完結しているが、訳者あとがきを見ると、どうやら全5部作の第1作目らしい。2作目は、『ブックストアでくちづけを』となる。うーむ、それを知らずに買ってしまったので、松丸本舗のようなブックストアは本当に危険だ(笑)。続編を買い続けなくてはいけないのだから。

パラノーマルロマンスものは初めて読んだけど、ハーレークインみたいな感じかと思ってたら結構違ったかな。いや、そもそもハーレークインはまともに読んだことないけど(笑)。先入観を持って本選びをしていると、世界が狭まったままだなと思った。たまには全然読まないジャンルもいいかもしれないと思った。

天使とか悪魔とかが出てくるのが好きな人には面白く読めると思う。



ブックストアは危険がいっぱい (角川文庫)
ブックストアは危険がいっぱい (角川文庫)
著者:リシェル・ミード
販売元:角川書店(角川グループパブリッシング)
(2010-11-25)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 天使や悪魔とかが好きな人
  • ブックストアが大好きな人
  • 結ばれない感情を抱いている人
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October 29, 2011

パルムの僧院

パルムの僧院 (上) (新潮文庫)パルムの僧院 (下) (新潮文庫)
パルムの僧院 (上) (新潮文庫)
パルムの僧院 (下) (新潮文庫)

キーワード:
 スタンダール、イタリア、貴族、政治、恋情
スタンダールの文学作品。以下のようなあらすじとなっている。
イタリアの大貴族デル・ドンゴ家の次男ファブリスは”幸福の追求”に生命を賭ける情熱的な青年である。ナポレオンを崇敬してウァテルローの戦場に駆けつけ、恋のために殺人を犯して投獄され、獄中で牢獄の長官の娘クレリア・コンチと激しい恋におちる……。小公国の専制君主制度とその裏に展開される政治的陰謀を克明に描き、痛烈な諷刺的批判を加えるリアリズム文学の傑作である。
(上巻のカバーの裏から抜粋)
叔母のサンセヴェリーナ公爵夫人やその愛人で公国の宰相モスカ伯爵、クレリアらの助けでファブリスは脱獄に成功した。だが愛する人への想いに駆られ、自ら 牢獄へ戻る。やがて政争の果てに新大公が誕生、放免されたファブリスは聖職者となるが……。恋に、政治に、宮廷に生きる人々の情熱的な姿を鮮やかに描き、ル ネサンス期のイタリアを愛したスタンダールの晩年を代表する名作。
(下巻のカバーの裏から抜粋)
新潮文庫で、上巻359ページ、下巻435ページと文庫本としてはそこまで長編ではないが、6月ごろから読み始めてようやく今日読み終えた。4ヵ月ほどかかったことになる。それほど時間がかかった。

内容に関してはほぼ以下の記事で網羅されている。まぁ、最後はネタバレしているけど、ここを読めば大分物語の流れがよくわかる。というか、この記事を改めて読むと、なるほど、こういう物語だったのかと改めて分かった。それほど読んでいて、誰が何をしてどうなったのか?がよく分からなくなっていったので・・・。

また内容の解説的な部分は、下巻の訳者である大岡昇平氏の以下の部分が参考になる。
『パルムの僧院』もこれらの作品の執筆の着想を得、書かれた。正確にいうなら、口述された。それは一八三八年十一月四日から十二月二十六日まで、五十三日という驚くべき速さで、この間スタンダールはコーマルタン街八番地(マドレーヌ寺院付近)五階の部屋に閉じこもりきりで、この大作を口述したのである。
 すでに五十五歳、視力は衰え、健康も脅かされていた。スタンダールはこの作品の中に、彼の生涯で愛したもののすべてを盛り込んだ。イタリア、ナポレオン、恋愛、音楽、絵画―すべては戦争と警察と革命の影に浸されている。幼年時代の思い出、保護的女性に対する憧れ、一八一八―二〇年のミラノでのマチルドへの恋―マチルド・デンボウスキーは夏をコモ湖の南デジオで過ごした―が、グリアンタの生まれの若い主人公ファブリスの恋と冒険に一挙結晶したのであった。それは霊感と即興の尽きることのない連続で、五十三日の文学的奇蹟を生んだのであった。
(下巻 pp.430-431)
これが口述というのは初めて知った。よくもこんなものを全て口述できるものだなぁと。クレリアの控え目なファブリスへの恋情とかもスタンダールの口から語られたのかと想像すると変な感じだ(笑)。ファブリスは10代のうちはナポレオンに憧れて戦争に行くけど、結局は何も成果を出すこともなく帰ってくる。そのうちナポリに留学し、20歳を超えてから色気づいてくる。そして、道化役者のジレッチという男に切りかかられて、正当防衛としてその男をナイフで殺してしまう。

いろいろあって逮捕され、ファルネーゼ塔に収監される。ここらへんのクレリア・コンチとの恋愛模様がこの作品の見どころかなと思った。ファブリスは塔の窓から反対側の建物にいるクレリアと紙に一文字ずつ書いた交信をしてお互いの中を深めていく。その間にファブリスの叔母であるジーナに脱獄を勧められているが、この牢獄から出ることでクレリアを見ることができなくなるのなら、この場所から抜けたくない、この場所が一番の幸福の場であるとまで言っている。

毒殺されそうになったりで、結局脱獄するが、そのあといろいろとジーナの計らいによって、ファブリスが無罪となって主席大司教補佐となるが、クレリアは別の侯爵の婦人となってしまう。クレリアはファブリスを見ないことを聖母マリアに誓い、ファブリスを遠ざけようとしつつも、ファブリスのことが気にかかっている。そういう政略結婚的な部分がある中で、ファブリスを思い慕わずを得ない部分が何とも言えないなぁと思った。

今の時代はそういう政略結婚的な部分がないので、そういう制約条件とかがある中で想う人がいるというのはなんだか切ないものだなぁと思った。

ファブリスの一生の物語なのだけど、情熱的で感情的な部分もあり、その情動に終始常に突き動かされている感じがした。そしてクレリアはいけません、いけませんと言いながらもファブリスに惹かれている部分があって、もどかしい気もした。でもまぁ、自分の立場(父が牢獄の監督者)とかを考えなくては生きていけないのだから、それはそれでしょうがないねぇと同情もするね。

28章構成なのだけど、1日1章読むのもしんどかった。通勤時間の帰りの15分だけで読んでいたので、4ヵ月もかかった。独特の言い回しや年代が割と古いということや、耳慣れない名前の登場人物が多数出てきて、それぞれの思惑で長いセリフを言いたい放題言っているので、ちょっとでも気を抜くと字面を追っているだけで内容が全く頭に入ってこないことが多かった。なので、かなり集中して読む必要がある。

ところどころスタンダールが神の視点から、『わが主人公ファブリスは』といった表記もあったり、1行で突然年月が過ぎていることが示されていたりしてなんだか普通の文学作品を読んでいるような感じではなかった。

また、最後の章は早足で終結に向かっている感じがした。もうちょっと引き伸ばしてもよいか、ファブリスが無罪になり、クレリアが別の侯爵と結婚したあたりで終わっていたら違和感がなかったような気もする。

本作品は、いわゆる古典名作になるのだけど、そこまで面白い!!とまでは思えなかった。まぁ、もっと集中して全容が1回で把握できていたら違ったかもしれない。しかし、ファブリスの情熱的な行動に惹かれるものがあったのは確か。そういう風に生きられたらいいなぁとも思ったりする。

上下巻合わせて約1,000円で、数ヶ月は楽しめるかもしれない作品。無駄を排除し、徹底的に効率化、または速読が推奨される現代において、この作品を少しずつ長い時間をかけて読む意義は、情熱的な主人公ファブリス・デル・ドンゴの特性を自分に取り込み、さらに自分の人生についても考えることかもしれない。ここまで情熱に突き動かされて激しく愛せるだろうか?と思案したりとかね。

スタンダールの墓碑銘は、『ミラノ人アッリゴ・ベイレ 生きた、書いた、愛した』だってね。



パルムの僧院 (上) (新潮文庫)パルムの僧院 (上) (新潮文庫)
著者:スタンダール
販売元:新潮社
(1984-01)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • なかなか読み終わらない作品を読みたい人
  • 政略結婚をさせられそうになっている人
  • 激しい恋情を鑑賞したい人
Amazon.co.jpで『スタンダール』の他の作品を見る

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October 22, 2011

ねじまき少女

ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)
ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)
ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)

キーワード:
 パオロ・バチガルピ、SF、タイ、アンドロイド、カルマ
2009年のSF賞を総なめにした作品。以下のようなあらすじとなっている。
石油が枯渇し、エネルギー構造が激変した近未来のバンコク。遺伝子組替動物を使役させエネルギーを取り出す工場を経営するアンダースン・レイクは、ある日、市場で奇妙な外見と芳醇な味を持つ果物ンガウを手にする。ンガウの調査を始めたアンダースンは、ある夜、クラブで踊る少女型アンドロイドのエミコに出会う。彼とねじまき少女エミコとの出会いは、世界の運命を大きく変えていった。主要SF賞を総なめにした鮮烈作。
(上巻のカバーの裏から抜粋)
聖なる都市バンコクは、環境省の白シャツ隊隊長ジェイディーの失脚後、一触即発の状態にあった。カロリー企業に対する王国最後の砦〈種子バンク〉を管理する環境省と、カロリー企業との協調路線をとる通産省の利害は激しく対立していた。そして、新人類の都へと旅立つことを夢見るエミコが、その想いのあまり取った行動により、首都は未曾有の危機に陥っていった。新たな世界観を提示し、絶賛を浴びた新鋭によるエコSF
(下巻のカバーの裏から抜粋)
読むのしんどかったけど、読了したらこれは結構面白い!!と思えた作品だった。めっちゃ面白い!!絶対買い!!とまでは言えないかもだけど。

作品概要の説明は面倒なのでもう大御所の弾さんのところに外注(笑)。主要な登場人物が5人出てきて、そいつらが水没しかかっている近未来のタイ王国を舞台にそれぞれの思惑で行動していく。

下巻に訳者による登場人物の紹介が軽く示されているけど、それをまるまる抜粋するのも微妙なので、読了後の自分の勝手な印象から5人を示してみたいと思う。
  • アンダースン・レイク―外国人で工場を経営していて、ホク・センをこき使っている。物語の1行目から登場するけど、全体を通して影が薄いので主人公っぽい感じがしない。秘密任務を担っているらしいけど、最後のほうになるまでさっぱりわからなかった。エミコの実質的な主人となる。
  • タン・ホク・セン―中国系難民老人でアンダースンにこき使われているが、アンダースンの工場にある金庫の中身を常に狙っている。狡猾で用意周到なイメージで、実に抜け目ない。マレーシアで豪商だったが、家族が虐殺されたりとあまりよい人生ではない。一緒に工場で働いていた13歳の少女、マイに割と心酔。
  • エミコ―表紙にもなっている遺伝子操作されて生まれた新人類と呼ばれるアンドロイド。陶器のような肌にするために毛穴が少なく、活動しすぎると体温上昇によってオーバーヒートしてしまうので、常に水で冷やす必要がある。日本製で、京都にいたころは源道という老人の秘書として仕えていたが、タイで捨てられる。多言語を操れたりとかなり有能な働き手ではあるが、娼館で虐げられながら生き延びている。
  • ジェイディー・ロジャナスクチャイ―バンコクの虎の異名をもつ環境省の隊長。正義感が強いイメージでタイ王国に忠誠を誓っている感じ。後にバラバラに殺害されるが、霊となって部下のカニヤにまとわりついている。なんだかシェイクスピアのハムレットとかに出てきそうな幽霊のイメージ。
  • カニヤ・ティラティワット―ジェイディーの女性部下だが、ジェイディーの死後に隊長の座を引き継ぐ。下巻の物語をどんどんひっぱって、だんだんと虎になっていくイメージ。一番葛藤とか心理描画が描かれていたような気もする。自分の中では裏主人公。
他にも細かい登場人物がたくさん出てくるのだけど、正直人大杉!!って感じで、上巻を読み進めるのがかなり大変だった。

まず世界観を把握するのが大変だった。タイの街や中国人、タイ人の独特の名前になじみがなく、登場人物を想像しづらかった。さらには、漢字のルビにタイ語のカタカナ表記がたくさん出てきて、脳内をかき乱される感じがした。逆にその微妙な分からなさが引き合いに出される『ニューロマンサー』のように、この作品を特徴づけるようでもある。あと全編を通して細かい設定、カロリーマンとか蔓延する瘤病とか、環境省が保管する種子などやそれぞれの登場人物の思惑が説明不足なまま進む。さらに1章ごとに人物の視点が変わっていくから、なおさら誰がどこで何を意図して行動していくのか?があまりにもわかりづらくて、上巻読了までに若干挫折しそうになる。上巻読了までに3週間以上も時間がかかった。夜に仕事に帰ってきてから疲れている状態で読んでいて、寝落ちしたことが何度もあったけど、それは読みづらさも影響があったと思う。

しかし、下巻に入って一気にページが進んだ。それぞれの思惑からタイ王国を舞台に対立している勢力がぶつかり合っていく。それがなんだか先の読めない展開で、割と意外性に満ちていたと思う。断片的な登場人物たちが、最後に一つの舞台に集約されていくような感じだった。

読了後、これはなかなかの作品だなと思って感嘆してアマゾンレビューを確認すると、賛否両論な感じだった。まぁ、確かに冷静に振り返ってみると、細かい部分は気になるなぁと思ったりする。結局北にあると言われるエミコのようなねじまきたちが住む世界がちゃんとあったのかとか、何の説明もなく霊となって普通にカニヤと会話しているジェイディーの存在とか、日本人の描写とかね。そもそもこの作品の主人公は誰だ?とか。

でもこの作品は細かい部分には目をつぶって勢いで読んでいくとよいかもしれない。とにかく上巻をさくっと読み終わらないと下巻の面白さにたどり着けなくなる可能性があるので。

エミコが娼館でおもちゃのように扱われていたり、タイ市街戦などの描写もあったりで、ところどころでエログロだったりする。SFっぽさは確かに薄めなのだけど、そういう部分は割と強烈かもしれない。そういうのに耐性があまりない人は読まないほうがいいかもしれない。

タイ王国を舞台とした権力争い、遺伝子ハック、ディスク型殺傷兵器、蔓延する疫病、近未来なのに人力車が走る雑踏、ぜんまい動力、市街戦、宗教的な要素、日本製のねじまきなどなどいろんな要素が詰め込まれた世界観とか構成力はよかったかなと思った。物語そのものは面白いかはちょっとわからないけど、それでも読了後に何か強く残るものがあったのは確か。

あと、どうでもいいことだけど、社会人になって最初のプロジェクトの上司にタイ人がいたことを思い出した。日本語ペラペラで、お世話になったなぁと。また、それしか自分とタイの関連性はないのだなということを実感した。

近未来のタイの独特の世界観を味わいたい人はぜひ。



ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)
ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)
著者:パオロ・バチガルピ
販売元:早川書房
(2011-05-20)
販売元:Amazon.co.jp

ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)
ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)
著者:パオロ・バチガルピ
販売元:早川書房
(2011-05-20)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • タイに旅行に行ったことがある人
  • 日本製美少女アンドロイドが好きな人
  • アジアンなSF作品の世界観に没頭したい人
Amazon.co.jpで『パオロ・バチガルピ』の他の作品を見る

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September 14, 2011

共和国の戦士

共和国の戦士 (ハヤカワ文庫SF)
共和国の戦士 (ハヤカワ文庫SF)

キーワード:
 スティーヴン・L・ケント、SF、海兵隊、クローン、出世
ミリタリーSF作品。以下のようなあらすじとなっている。
26世紀、人類は統( U)合政体(A)のもとに統一され、銀河系各地に進出していた。UAは合衆国憲法とプラトンの『国家』を基本として成立し、民主的な制度と同時に“戦士階級”を有している。ただし戦士階級に属する者は基本的にすべて同一のクローンであった。両親の事故死により、“孤児院”でクローンたちと共に育てられたハリスは、卒院後、二等兵として砂漠惑星ゴビに配属されるが、そこで全銀河を巻きこむ怖るべき陰謀の渦中に……!?
(カバーの裏から抜粋)
本書はアメリカで『THE CLONE REPUBLIC』というタイトルで2006年に発表されたようだ。日本では2010年に本書が出版されているようだ。なんとなく最近SF作品を読み込んでいこうと思って、本屋でジャケ買いした。タイトルも『宇宙の戦士』っぽくてよかったし。1巻完結だと思ってたら、どうやら6部作で、本作は序章に過ぎなかった!!軽く500ページは超えるのに。

この世界では地球はアメリカベースの国家が世界を統一し、銀河系にさまざまな惑星があり、各惑星が独立国家的な役割を果たしている。戦争には量産されたクローン兵が主に参画している。クローンは出世できてもせいぜい軍曹レベルで、自然生まれでないと士官クラス以上になれない。

またクローンには神経プログラミングが施され、自分自身がクローンであることに気付かない。みな同じような顔立ちだが、クローンたち自身は自分たちの顔が違って見え、また自分自身がクローンであることに気付くと死んでしまうように設計されている。

そんな世界で辺境の砂漠の惑星ゴビに配属されてた新兵のハリスは、そこで軍から離反した将軍、クロウリーを追うことになる。そこからハリスの成長物語が始まる!!

500ページ超だったけど、1週間程度で読み終えられた。ハードなSFではなく、エンタメ系要素が強いミリタリーものだった。巨大艦隊が出てきたり、ワープ施設があったり、クローンの設定などがあったり。あと、日本人の末裔が多く住んでいる惑星が出てきたりする。その惑星名は「エゼル・クリ」というものだけど、「シンニッポン」に名称変更しようと住民が主張していたり。

SF的な要素としては、ヘルメットにあるメガネ型のバイザーというもので音声コマンドを実行して夜間モード、感熱モードにしたりして敵を認知したり、音波を飛ばして地下の空洞を調査できるようになっていたりする。あとは艦隊にはシールド機能がついていたりなどなど。

主人公ハリスは2等兵からスタートするのだけど、3ヶ月でいきなり伍長クラスに出世する。そういう軍隊の階級を自分の所属組織に当てはめてみると、大体このクラスかなぁとか想像するのが面白かった。伍長クラスはプロジェクトのチームリーダークラスかなとか。

あと、軍隊組織が現行のアメリカ軍を踏襲しているようで、それによると海軍と海兵隊は全然別組織であることが分かってへーと思った。海軍がネイビー、海兵隊がマリーンらしい。そんでアメリカでは海兵隊は陸、海、空軍と同列に独立しているようだ。物語の主人公は自分が海兵隊所属であることをよく強調していた。

主人公の成長によって、階級が上がっていくのを現実の自分自身に投射してみたりしながら読むと面白い。自分も仕事で戦果を上げて出世したいなぁとか。まぁ現実的にはまだまだ一等兵クラスなので、前線部隊に送られて必死にお仕事するのだけどねぇ。まぁ、最近はちょっとぬるま湯で、たるんできているのでまた修行というか、地道に訓練しませんとね。

現在本シリーズは最近になって3巻目が発売された状況となる。まだ2巻すら買ってないし、1巻ではこれからというところで終わっているので、かなり続きが気になる。

ミリタリーSF物はあまり読まないから結構新鮮で面白かった。



共和国の戦士 (ハヤカワ文庫SF)
共和国の戦士 (ハヤカワ文庫SF)
著者:スティーヴン・L・ケント
販売元:早川書房
(2010-05-30)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • ミリタリー物が好きな人
  • クローンなどが出てくるSFが好きな人
  • 一等兵クラスで将来出世したい人
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August 31, 2011

サマー/タイム/トラベラー

サマー/タイム/トラベラー 1(ハヤカワ文庫 JA)サマー/タイム/トラベラー2 (ハヤカワ文庫JA)
サマー/タイム/トラベラー1 (ハヤカワ文庫JA)
サマー/タイム/トラベラー2 (ハヤカワ文庫JA)

キーワード:
 新城カズマ、ジュヴナイル、SF、TT、未来
生年不詳作家による青春SF小説。以下のようなあらすじとなっている。
あの奇妙な夏、未来に見放されたぼくらの町・辺里で、幼馴染みの悠有は初めて時空を跳んだ―たった3秒だけ未来へ。「お山」のお嬢様学校に幽閉された響子 の号令一下、コージンと涼とぼく、そして悠有の高校生5人組は、「時空間跳躍少女開発プロジェクト」を開始した。無数の時間SFを分析し、県道での跳躍実 験に夢中になったあの夏―けれど、それが悠有と過ごす最後の夏になろうとは、ぼくには知るよしもなかった。
(1巻のカバーの裏から抜粋)
“プロジェクト”を通して、自分の時空間跳躍能力に目覚めていく悠有。いっぽう、辺里の町では不穏な出来事が進行していた。続発する放火事件と、悠有に届 けられる謎の脅迫状―「モウ オマエニ 未来ハ ナイ」。涼、コージン、饗子それぞれの想いが交錯するなか、いつしかぼくは微かな不安に囚われていた―悠有はなぜ過去へ跳ばないのだろう?そして花火大会 の夜、彼女はぼくの前から姿を消した…。全2巻完結。
(2巻のカバーの裏から抜粋)
夏になるとSF小説か青春小説を読みたくなる、というようなことをTwitterでつぶやいていたら、この本をお薦めされた。ということで、夏が終わってしまう前に、読んでみた。

読了後の率直な感想は、面白かった!!1,2巻合計600ページちょいを平日仕事をはさんでも大体4日で読み終えられた。普通はこの分量であれば、2週間くらいかかるのだけどね。

テーマは、『時をかける少女』のようなタイムトラベルものであり、16歳の高校1年生の青春小説でもあり、若干ミステリっぽいところもある。舞台は辺里市という架空の街で、そこでたくさん事件が起こって、スーパー高校生5人の「時空間跳躍少女開発プロジェクト」の暑い夏が繰り広げられていく。

スーパー高校生5人を簡単に紹介しておこう。
  • 卓人(タクト)・・・偏差値70ほどの県で1番の高校に通うIQの高い高校生。子どものころから多言語教育を受けて、現在では英語、ラテン語を読める。ラテン語の要領でスペイン語版ボルヘスの短編集を読み、年間150冊は読書をする秀才。どこかシニカルで、頭が良いだけでは事件にうまく対応できないことを知る。悠有とは幼馴染で母と生き別れた父がいる。
  • 悠有(ゆう)・・・タクトと幼馴染で旅好きなおばさんが経営する喫茶店、「夏への扉」に住んでいる。ある日マラソン大会のゴール付近で世界をすべて置いていくような3秒先の世界に跳躍する能力が発動してしまう。割と天然タイプで何でも素直に受け入れる性格で、他のスーパー高校生よりも普通な感じ。少なくとも衒学的な議論にはあまり参加しない。タクトに受験技術を叩き込まれて同じ高校に通う。
  • 響子・・・タクトと悠有とは別の寄宿生のお嬢様高校に通う才女。一族が創設した学校に通っていて、この街から出ることを許されていない。そのため、お金にもならないようなさまざまな「プロジェクト」を考案しては仲間を巻き込んでいる。また、「倶楽部」を運営し、その参加者を街中でカメラやマイクで監視、記録している。響子語録、もしくは警句の「アエリスムス」がネット上で話題。街に出られないことから跳躍できる悠有に特別な思いいれがある。性格はツンデレ系。いや、デレはなかったか・・・。ちなみに、理想の恋人像はラスコーリニコフ。
  • ・・・街を仕切っているような名家の医者の息子。背の高いかっこいい人で、サッカー部と陸上部と理科学部の物理班とコンピュータ班をかけもちしているすごいやつ。性格は割りと温和だが、いつも響子の尻にしかれている。ハッキングが得意で街の政治的な腐敗を突き詰めている。また、医学部志望だが独自の宇宙論もよく語って、2ヶ月に1つシステム手帳を消費する。
  • コージン・・・タクトとは同級生ではあるが、幼いころの病気のため、2年ほど年齢が先輩にあたる。地元のヤクザをボコったとかスタンガン装備の工業高校の連中に襲われるけどすべて返り討ちにしたりとか、中学時代は寝てばかりでもいつも高得点だったとかいろいろと噂が耐えない街の有名人。あまり表には出さないが、かなり頭もよい。しかし、年上からか一歩引いた感じで他のメンバーの議論を客観的に見て、本質を一言示すタイプ。性格は義理人情的。
そんなこんなで「ありえそうもない」設定のキャラ5人組が悠有の時間跳躍能力をきっかけにひと夏を駆け巡る。

みんなそれぞれキャラの特性があって、頭がよくて、高校1年生の夏休みを必死に過ごしている感じがした。それぞれがディレッタント的、そして衒学的に自論を好き放題に語っている。宇宙論であったり、サリンジャーのライ麦畑を独自の解釈で訳すとか。まずは悠有の時間跳躍能力を調査するために、時間旅行系のフィクション作品を徹底的に洗い出し、それをマトリックスに分類したりしている。

そこでさまざまなSF小説や映画がたくさん示される。それを見ると、読者のSF度をうまい具合に刺激される。ほうほう、その作品が出るのかとか、そんな作品知らないとかいろいろ。悠有の喫茶店、兼住居も「夏への扉」という名前だし、そこで飼われている猫の名前なんて「ピート、もしくはペトロニウス/ジェニィ/ク・メル/チェシャ/ハミイー/アプロ」といろいろと呼ばれている始末だしね。この作品は定番だね。あとはところどころに他の作品の固有名詞やセリフが出てきたりする。ホビット荘とかアナキンとかゴーストがそうささやく、とか「猿の惑星」の解釈とか。もちろんお決まりの時間旅行映画の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」もちゃんと出てくる。読みながら出てくる作品一覧を作れば面白いのではないかと思ってたら、ちゃんと作っている人がいた。まぁ、ここのリストの5分の1も鑑賞してないねぇ。

そんな感じで、最初の50ページくらいまでは、漫画的なキャラの個性に戸惑い、鼻につく感じがするが、慣れてくると自分自身が少し頭がよくなった気分にさせてくれる。そしてどんどん物語の勢いに引き込まれていって、7月はじめから9月半ばまでの2ヶ月間の、決して広くない街にたくさんの要素が詰め込まれたひと夏が描写されている。

時間跳躍能力によって、タクトをはじめ周りの世界を置いていって未来に行ってしまう悠有に対して、911テロの後の2003年の舞台にいるタクトは未来に関して以下のように言っている。
「どうせ何もないぜ。未来なんか」
(中略)
「ろくなもんじゃない」
(中略)
「悲惨な事故とか、戦争とか、原発事故とか。そんなのばっかりでさ。地球温暖化と氷河期とが襲ってきて、もう大変。円もドルも暴落しちゃって。で、その後で年金が大崩壊する。あと、関東大震災パート2な。これは間違いない。東京には住まないのが懸命だね、絶対。
(2巻 pp.289-290)
2011年の現在、このセリフの半分は現実のものとなっている状態だね。中東のジャスミン革命が起きたり、それに連鎖してエジプトでデモが起きたり、911テロの首謀者が死んだり、東日本大震災が起きて津波で街が流されて、そんで今も原発問題が依然残っているし。そんなこんなで最近は超円高でドルがやばいって噂だしねぇ。タクトの予言的中って感じだね。ちなみに、この作品が書かれたのは2005年となる。

そして、悲観するタクトに悠有がほんとに?と問う。
 うそに決まっているだろ、悠有。未来はあるよ。たとえ、ろくなもんじゃなくても。そこには火星もある。星を渡る船もある。たくさんの悲惨とほんの少しの幸福、失敗した都市と綺麗な公園、汚れた海と深い夜空がある。
 ぼくらは押し流されてゆく、可能性という名の圧力によって。悠有は、ほんのちょっとだけ先回りをするだけなんだ。ぼくらはたぶん、何者かになる。コージンも、響子も、涼さえも。ぼくは?さて、それは分からない。でも、きっと何かになろうとするだろう。
(2巻 pp.291)
主人公のタクトは、大学進学に向けてこの街の何もかもを置いて東京に行くことを恐れている。その先に何もない未来が待ち受けているのでないかっていう不安があったりで。自分とは逆だなぁと思った。

地元には人も仕事も、可能性も未来もないと思って高校卒業後、飛び出した。anywhere but here(ここ以外の何処かへ)といった感じで。あれからもう10年近く経って、自分が求めていた未来が手に入ったのか!?と思い悩むときもある。何者かになれたのだろうか?とか、本当に地元は何もなかったのか?って。そんなことをこの作品を読みながら考えた。

物語の結末は結構賛否両論があるかもしれない。そこまで引っ張っておいて、そんな感じかよって思わせられるかもしれない。また、ところどころ、著者の知識レベルというか、ありあえない高校生たちの思考回路に置いていかれそうになることもあるし、SF作品の解釈など細かいところに突っ込みを入れたくなるかもしれない。けれど青春小説として、細かいことを気にせずに一気に勢いで読めばいいんではないかと思う。

ちなみに、以下に著者のインタビュー記事がある。恋愛要素とか思春期特有の内面的な葛藤があまりないかもしれないけど、爽快感抜群で夏を疑似体験するにはとても良い作品だと思う。なんとか8月31日のぎりぎり暦の上での夏が終わる前に読めてよかった。SFと青春小説という二つの要素のいいとこどりで、自分の読書欲を存分に満たしてくれた。

まだまだ暑い日が続くかもしれないけど、僕の中でいろんな意味で夏が終わった気がした。まだ夏を終わらせたくない場合は、この作品の世界観にどっぷりつかって、タイムトラベラーになることだね。



サマー/タイム/トラベラー (1)  ハヤカワ文庫 JA (745)
サマー/タイム/トラベラー (1) ハヤカワ文庫 JA (745)
著者:新城 カズマ
販売元:早川書房
(2005-06-16)
販売元:Amazon.co.jp

サマー/タイム/トラベラー2 (ハヤカワ文庫JA)
サマー/タイム/トラベラー2 (ハヤカワ文庫JA)
著者:新城 カズマ
販売元:早川書房
(2005-07-21)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • SF作品が好きな人
  • 暑い夏の青春小説を読みたい人
  • 未来について衒学的に考えてみたい人
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August 21, 2011

僕の好きな人が、よく眠れますように

僕の好きな人が、よく眠れますように (角川文庫)
僕の好きな人が、よく眠れますように (角川文庫)

キーワード:
 中村航、大学院生、不倫、バカップル、すきま
中村航という作家の大学院生の不倫恋愛小説。カバーの裏からあらすじを抜粋。
「こんなに人を好きになったのは生まれて初めて」。東京の理系大学で研究を続ける大学院生の僕の前に、運命の人が現れた。春、北海道からゲスト研究員でやって来た斉藤恵―めぐ。だが直後の懇親会で、彼女はある事情から誰ともつきあえないことを知る。やがて日夜研究を続けて一緒に過ごすうちに、僕はめぐへの思いを募らせ、遂に許されない関係に踏み出してしまった。お互いに幸福と不安を噛みしめる2人の恋の行方は。
(カバーの裏から抜粋)
この記事タイトルを見たとき、君はきっと言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。でも、これは僕のことではないんだ。小説のタイトルなんだ。僕自身も帰省中に地元の大型書店でまんまとタイトルに釣られて買って読んでみたんだ。あらすじは、一言で示すとこうだ。4月に大学院2年生になった「僕」の元に、北海道から既婚の大学院1年生のめぐがやってくる。春にあった懇親会のその日から惹かれあって、「僕」のほうから抑えきれない気持ちから好きだと言ってしまう。それから、お互いを確かめ合うように1年中好きだと言い合っている。これから待ち受けている現実に目を背けるようにも。

正直なんでこの作品がAmazonで評価が高いのか感覚的に分からなかった。恋愛小説だからダメなのか、それとも単にこの作品に合わなかったからだろうか、もしくは、不倫がテーマで現実離れしていて、もっと現実を見ようよと突っ込みたくなったからだろうか?

でもお互いはたから見ればバカップルのように好き好きと言い合えるのはある意味羨ましくも思うけど、めぐが北海道に残してきた夫のことはどうするのだろうと激しく気になった。夫の立場ないなぁと思った。ほとんど空気みたいな扱いだったし。夫とのやり取りの末、これからのふたりの関係に決着をつけて欲しかったのだけど、そこまでの描写はなく物語が終わっている。

あまりこの作品に共感できなかったので、僕は恋愛小説を読むことすら向いていないのではないかと不安になってしまった。もうちょっと若いときに読めば違ったのかもしれないけどね。でも主人公の「僕」とめぐの会話のやりとりはなんだかほほえましい感じがした。

ここ1週間は夏休みだというのに、若干風邪気味で毎日眠りながら咳き込んでいた。わき腹が筋肉痛かつとても浅い眠りで、うなされてもいた。
 ―僕の好きな人が、よく眠れますように。いつの日も、これからもどんなことがあっても、健やかに眠れますように。
(pp.220)
今日はよく眠れるといいなぁ。そんなこんなで短い夏休みは今日で終わり。もっといろいろ読書したかったのだけど、全然思うように読めず。そして、また明日から現実的な仕事へ。



僕の好きな人が、よく眠れますように (角川文庫)
僕の好きな人が、よく眠れますように (角川文庫)
著者:中村 航
販売元:角川書店(角川グループパブリッシング)
(2011-01-25)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 恋愛中の人
  • 自分の感受性を試してみたい人
  • 現実的に生きていきたい人
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August 19, 2011

第四間氷期

第四間氷期 (新潮文庫)
第四間氷期 (新潮文庫)

キーワード:
 安部公房、未来、予言、SF、断絶
幻想的作家の異色SF作品。以下のようなあらすじとなっている。
現在にとって未来とは何か?文明の行きつく先にあらわれる未来は天国か地獄か?万能の電子頭脳に平凡な中年男の未来を予言させようとしたことに端を発して事態は急転直下、つぎつぎと意外な方向へ展開してゆき、やがて機械は人類の苛酷な未来を語りだすのであった…。薔薇色の未来を盲信して現在に安住しているものを痛烈に告発し、衝撃へと投げやる異色のSF長編。
(カバーの裏から抜粋)
この作品は実に面白かった。久しぶりに純粋に物語に没頭して、読了後になんとも言えない達成感と著者の作品特有の後味の悪さみたいなものを体感した。約50年ほど前に書かれた作品なのだけど、よくも半世紀前にここまでのものを書けるものだなと感嘆した。

この作品は自分の想像の斜め上を行く、ぶっ飛んだ内容であり、ネタばれすると面白さが半減してしまう。まぁ、ネタばれというほどのどんでん返しがあるわけではないのだけど、カバーの裏のあらすじ程度の予備知識だけで先入観なしで読んだほうが確実に面白い。最初はSF系サスペンスなのだと思っていたら、最後は全然違った。

主人公は妻子持ちの40代の政府系研究所の研究員で、肩書きはプログラマーである。扱う対象は今で言うところのスパコンのシュミレーターである。予言機械、モスクワ1号。それが対象の名前。この予言機械に雇用状況や次期総選挙の予想など政治に影響が出ないような予言のテストをすることになった。そこで偶然街で見かけた男の未来を予言させることになるが、その男が何者かに殺され、さらにその情婦までも死に至る。

主人公とその助手は死んだ男の肉体を手にいれ、その肉体の情報を予言機械に読み取らせ、人格を予言機械の中で再生することに成功し、そこから事件の真相を追うことになる。自分たちに嫌疑がかけられるのを逃れるために奔走している間、どこからともなく脅迫電話がかかり、主人公は殺し屋に狙われ、妊娠3週目の妻が何者かの組織によって堕胎させられる。主人公は、その鍵が別の研究所で進められている水棲犬にあると助手にほのめかされ、それを見に行く。

次第に自分自身が作り出した予言機械の描き出す未来に主人公は翻弄され、最後はまったく予想もしない展開になっていった。

この作品のテーマ性などはAmazonのレビューを見れば何となく分かると思う。自分はあまりこの作品のテーマ性をうまくここでは書けないので、この作品に似たものを示しておくことにする。

最初はサイバーパンク的なものだなと思った。徐々に攻殻機動隊を想起した。サスペンス要素が強く、どんどん続きが気になって物語を読み進めていくと、今度は手塚治虫的なSF作品を思い出した。どの作品かはあえて示さないけど、なんだか似たものを感じた。

見たこともない世界観をまるで見てきたかのように書かれている文章力は抜群なのではないかと思う。医学部卒で数学的なものにも造詣がある著者なので、生物の変態状況や予言機械の変数や函数(本文中の表記に習った)などの入出力的なもの割とイメージしやすく描かれている。その文体が実に精緻で、主人公が翻弄されていく心理描写もすばらしい。

物語を読む意義として、不条理な出来事が起こったときの対処法を学ぶという側面もあるが、このようなSF作品を読むことで、自分の発想力を飛躍させるということも期待できるのではないかと思う。特にプログラミングなど、ただの仕様をコードに落とすだけの作業ではなく、アート的に、もしくはまったく新しいサービスを展開させるにはこのような発想の飛躍を日ごろから鍛えておくのが良いのではないかと思う。その発想力を鍛えるのが優れていてかつ自分の想像力をはるかに超えるSF作品なのではないかと思う。

主人公は日本でも数えるほどしかいないプログラマーでプログラミングについて以下のように示している。
 プログラミングとは、要するに質的な現実を、量的な現実に還元してやる操作である―
(pp.159)
また、安部公房作品で過去に取り上げたものは以下となる。18歳のときに『砂の女 (新潮文庫)』を読んでからというもの、安部公房作品が好きで定期的に読みたくなってくる。大体それが夏だったりする。

夏休みに異次元に誘ってくれるSF小説を読みたかった。本作品はその要求を存分に満たしてくれた。本当に面白い。間違いなく今まで読んだ安部公房作品のベスト3に入る作品だと自信を持って言える。300ページほどの分量だが、たぶん一気に読めると思う。



第四間氷期 (新潮文庫)
第四間氷期 (新潮文庫)
著者:安部 公房
販売元:新潮社
(1970-11)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • プログラマーの人
  • 未来とは何か?を考えたい人
  • 自分の想像力を試して見たい人
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August 14, 2011

ザ・ウォーカー

ザ・ウォーカー (角川文庫)
ザ・ウォーカー (角川文庫)

キーワード:
  ゲイリー・ウィッタ、運び屋、ディストピア、SF、兵器
映画原作のディストピア系SF作品。あらすじは以下。
最終戦争により人類は滅び、焼けただれた大地が残った。その荒地を進む生存者が1人。名はイーライ。人間社会復興の鍵となる“本”を守り、西へと運ぶ使命を背負った男。やはり“本”の価値を知り探していた、無慈悲な支配者カーネギーが行く手に立ちふさがったとき、イーライの闘争本能に火がつき、すさまじい戦いがはじまる。“本”とは何か?そして、人類の未来はどうなるのか。
(カバーの裏から抜粋)
本書は先月末に新宿駅南口の紀伊国屋書店の『本』フェアでたまたま見つけたものだった。カバーと裏のあらすじを読んで面白そうだったので買ってみた。2010年に公開された映画の小説なのだけど、こういうSF映画が好きなのにまったく未チェックで、何の先入観も予備知識もなく読んだ。主演はデンゼル・ワシントン、敵役はゲイリー・オールドマンのようだ。これはよさそうな配役だなと読了後に映画ページを見て思った。

また、タイムリーにこんなスレが更新されていたので、若干ネタバレありで(笑)。作品の世界観は最後の審判以降の荒廃した世界。つまり世界の全面戦争により人類の大半が死滅し、さらにはオゾンホールの破壊により紫外線が増大し、死の大地と化した。それから約30年後の世界。人々は文字も読めなくなり、略奪が頻繁に発生しているような世界で、マチェット(山刀)とショットガンを背負ったサングラスの黒人がある本を西に運んでいる。

世界観で一番分かりやすいのが、北斗の拳のようにヒャッハーとか言っているようなやつらが出てくる感じのものwwもう主人公が襲われるシーンとかまんま黒尽くめのモヒカン男たちを想像してしまうwwそしてある街を支配している50代の男、カーネギーが手下を従えて、ある本を探していた。その本は兵器ともなる力を秘めた本。

その本は戦争の原因となり、焚書対象として焼き払われ、世界で1冊だけとなった。しかし、人々を支配し、世界を意のままに操れるほどの神の力を秘めており、カーネギーはそれを兵器として利用し、第二のバビロニアを築こうとたくらんでいた。

この本、あえて何なのかは言明しないけど、世界中で一番読まれているもので、流通数は約4000億冊で、みんな知っているあの本(世界史か倫理で必ず習うから)。自分はまともに読んだことはないけど。世界が破滅した後、スーパーマーケットの店員だった黒人の男、イーライが声に導かれてこの本を西へと運ぶことになり、ギャングに追われながら使命を果たすというお話。

まぁ、突っ込むべきところは、4000億冊もの本がこの世に1冊だけになるというのはいくらなんでも設定に無理があるようなと思った。焚書しても、必ずレジスタンス的なやつらが、『表向き世界からなくなってはいるけど、われわれが極秘にコピーを保管していた!!』とかそういう展開があるはず。それに絶対生き残った人個人がそれぞれ隠し持ったりするでしょう。それくらいかな。

あとは、ギャングのボスのバビロニアの復活の野望がいまいちピンとこなかったな。その本がもつパワーをもっと実感させてほしかったな。ある一定条件を満たして、その本を読みながら呪文を唱えると海の水が二つに割れるとかね。そういう描写が何もなかったから、ギャングのボスは単なる本の収集家みたいな小物に成り下がってしまう。むしろ、統制によって人々を導くとか言っているからもしかしていいやつ!?とか思ったり。

映画原作だからついつい辛口になってしまうな。割と好きな世界観、設定だけになおさら。やはり本関係のSF作品なら以下でしょうね。これは断然面白い。夏休みに読みたいSF作品だね。

本書は映画を基にした小説なので、難しい描写はなく、情景がイメージしやすい。なのでさくさくとテンポよくページが進む。集中してちょっと速めに読めば3時間くらいで読了できるのではないかと思う。250ページくらいだし。

iPodやスターバックス、ケンタッキーといった固有名詞も出てくる世界観で、主人公は山刀で敵をなぎ倒していき、旅の仲間として黒髪ロングの魅力的な二十歳の娘も出てくる。アクションも派手な感じ。映画DVDも見たくなってきた。ところどころ描写が削られているようだけど。

夏はSFを楽しみたいと思っていたので、手軽に鑑賞できてよかった。ちなみに、今は夏休みで21日まで休み。今のうちに更新をできるだけしておきたい。



ザ・ウォーカー (角川文庫)
ザ・ウォーカー (角川文庫)
販売元:角川書店(角川グループパブリッシング)
(2010-05-25)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • ディストピアSF作品が好きな人
  • 北斗の拳が好きな人
  • 本の持つパワーを信じている人
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July 03, 2011

きみの行く道

きみの行く道
きみの行く道

キーワード:
 ドクター・スース、絵本、道、人生、一歩
ドクター・スースという絵本作家の作品。目次は特にないので、本書との出会いについて示しておこう。

この本は、以前参加したスゴ本オフで頂いたもの。そのときのテーマが『元気をもらった本』というもので、そのときにあみだくじで引き当てた。本書は以下の文からスタートする。
おめでとう。
今日という日は、きみのためにある。
外の世界にむかって
きみは、いま、出ていこうとしてるんです。
(pp.5)
本書は明確なストーリーがあるわけではない。主人公に何か問題があって、その問題を解決して、最後にめでたしめでたしと終わる起承転結な物語でもない。あえて言うなら、この作品の主人公は、読者である『きみ』だからね。

自分の道を歩むとき、常に順風満帆で進めるわけではない。時には迷ったり、障害にぶち当たったり、スランプに陥ったり、あまり居るべきではない場所にたどり着いたり。一人ぼっちだったり、妖怪ハッケンクラックが出てきたりもするかもしれない。

それでも、ひるまずに歩み続けよう。そうすれば、98と3/4パーセントの保証で成功するよ!!と著者は示している。

とてもよいタイミングで読めたなぁと思った。元気が出てくるし、それ以上に勇気付けられた気がした。

今までの人生を振り返ってみると、僕は迷い、思い悩みながら日々生きてきた。どこに属していても、ここは本当の自分の行くべき道ではない、もっと他にあるんだと常に模索してきた。そして今に至り、2011年の後半戦に突入しつつある今、また自分の進むべき方向性をきっちり決めなくてはいけない時期にさしかかっている。

そのような進むべき道を決めるとき、そして一歩を踏み出すときに本書のようなほんの少し後押しがあるのとないのではやはり全然違うのだと思う。特にこれはと思った部分を以下に抜粋。
迷うだろうけど、迷ってとうぜん。
きみはもうわかっているでしょう。
進むにつれて、きみは、へんてこな連中のあいだに迷いこむ。
だから、足を踏み出すときは
一足一足、まちがいなく、頭をはたらかせて。
おぼえといてほしいのは
人生ってのは、いつもつなわたりだってこと。
わすれちゃいけないのは
かしこく、すばやく、ぬけめなくってこと。
もっとたいせつなのは、ぜったいに
右足のつもりで
左足を出したりしちゃいけないってことですよ。
(pp.45)
迷いのない人生はない。ずっと迷いながら生きてきたけど、そう思っていいのではないか?と本書を読んで思った。それが現在進行形で人生を深く味わっているという証拠なんだよ、と思っておくことにした。

しかし、迷っているときは歩みを止めてしまいたくなるときがあるんだよね。どこに進んでいけばよいか分からない、先は真っ暗、何が待ち受けているか分からない、そして疲労とともに途方に暮れる。まぁ、そういうときは休めばいいよ。でもずっと留まっていることはできないのだと分かってくる。

そしてまた一歩一歩、歩き出せる。迷いつつも、どこに向かっているのか分からなくても、歩みを止めない限り、必ず何かしら道は開けてくるんだって最近実感してきた。そんなときに、本書のような存在があれば、迷いつつも恐れずに一歩を踏み出せる。

本書は頂いていてからしばらく積読状態にしていた。そして、ある日、たまたま家でトム・ハンクス主演の「ターミナル」のDVDを見ていた。そしたら何か見たことのある表紙の本を主人公が持っているなぁと思って、よく見たらこの絵本だった!!主人公が空港の本屋で、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ演じる美人フライト・アテンダントと話をしているシーンで、主人公が右手に持っていた。本書についての言及は何もないけど、行き場所を失った主人公が行く道を求めていることを暗喩しているのかなと思った。

この読書ブログのヘッダ部分に『道に迷ったら、先人の智慧を借りればいいと思うよ。』と示している。まさにこの絵本がそのキャッチフレーズを体現しているような本ではなかろうか。

人生の節目に何度も読み返したい1冊。プレゼントにもどうぞ。



きみの行く道
きみの行く道
著者:ドクター・スース
販売元:河出書房新社
(2008-03)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 道に迷っている人
  • 日々思い悩んで過ごしている人
  • 決意を新たに一歩踏み出そうとしている人
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May 12, 2011

勝負の終り

勝負の終り - ベルガリアード物語 5 (ハヤカワ文庫FT)
勝負の終り - ベルガリアード物語 5 (ハヤカワ文庫FT)

キーワード:
 デイヴィッド・エディングス、ベルガリアード物語、最終決戦、神、王者
ファンタジー小説、ベルガリアード物語の第5巻目にして、物語の完結巻となる。以下のようなあらすじとなる。
かつての皿洗いの少年ガリオンは今や正統なリヴァ王の後継者として“珠”に認められ、西の諸王国に君臨することになった。王女セ・ネドラとも婚約し、人々に祝福されていたかれだが、ある夜、人知れず邪神が統べる東の国々へと旅立つ。それは、“予言”に定められた対決に挑むためであった。かれの身を案じるセ・ネドラが西の諸王国の連合軍を指揮し、戦争が始まった。神々をも巻きこんで、ふたつの運命がついに激突する。
(カバーの裏から抜粋)
とうとう長大な物語を読み終えた。読了後はなんとも言えない達成感のようなものを覚えた。久しぶりに心躍る物語の世界に没頭できた。

リヴァ王として、そして予言に示される「光の子」として、暗黒の神、トラク討伐に向かうガリオン。14歳のときにファルドー農園を旅立ってから2年以上の時が経過しており、それまでにさまざまな人物の助けを借りて、いよいよ眠りから目覚めつつある、世界を混沌へと導く暗黒の神が待ち受ける、黒い雲で覆われて光の届かない荒廃した街へと潜入する。

目覚めた暗黒の神がふるう漆黒の剣、クトレク・ゴルと光の子が持つ、隕石で鍛え上げられた青く光るリヴァ王の剣がぶつかり合うとき、二つの予言によって導かれてきた世界の運命が決着を迎える!!勝負の行方はいかに!!!!

本当に長い長い物語だった。5分冊で総ページ数は2,724ページ!!ここまで長い物語は今まで読んだことがなかった。しかし、この長さが、このファンタジー物語を濃く深いものにするには必要だったのだと思う。

それぞれの登場人物にはちゃんと結末までの役割がふられている。例えば、表向きは軽業師にして詐欺師、実態は王子でありながら諜報員としてガリオンたちと行動を共にする、シルク。シルクは予言の通りに【案内人】の役割を果たす。特にウィットと毒を含んだ会話を得意とし、道中の物語にスパイスのような味付けをする。

【恐ろしい熊】としてガリオンの守護者である巨漢の戦士バラク。バラクは豪快な戦士であり、ガリオンの身に危険が迫るとき、本当に熊に変身して敵をなぎ倒していく。

ガリオンの妻となるツンデレ少女、【世界の女王】セ・ネドラ。今回はセ・ネドラが使命感に目覚めて、最終決戦に向けて諸外国の軍隊を先導する役割を果たす。

そして、物語の初めから鍵となるガリオンのおばである女魔術師ポルガラ、ポルガラの父、ガリオンの祖父にあたる【愛される永遠なる者】、魔術師ベルガラス。この2人の独特の個性が物語りを彩っている。

これらすべての登場人物は、予言に導かれてガリオンを導く。そう、ダイの大冒険っぽく示せば、『すべての戦いを勇者のためにせよ!! 』と言うことになる。

その他の人物は以下を参照するとよい。この作品を読み進めながら、登場人物について忘れてしまったら、ここを参考にすればよいと思う。

このようにベルガリアード物語の魅力は多彩な登場人物によるところが大きいが、面白さの要素はそれだけではない。最終決戦に向かうまでの、それぞれの人物の内面描写的な部分もしっかり描かれているのも鍵となる。

運命を受け入れられないまま旅を続けていたガリオンだが、次第にことの重大さを受け入れつつ、使命感に目覚め、不安と恐怖心を抱きながら暗黒の神の討伐に向かう。また、王女から女王への使命に目覚めたセ・ネドラが軍を率いる過程で、ガリオンと同じく情緒不安になりがならも決断を下していかなければいけない描写などなど。

最初に第1巻の『予言の守護者』を読んだのは3年ほど前だった。それから大分間が空いて、東日本大震災後に読みかけの第2巻から再度読み始めた。おかけでよい現実逃避となったし、そして濃く深い自分の好きな設定、世界観に思う存分浸ることができた。長大な物語だったけど、最後のほうになるに連れて一気にページが進んだ。早く結末まで一気にたどり着きたい、けれどこの物語が終わってしまうのがとても寂しくなる矛盾がページをめくるごとに忍び寄ってくる。しかし、ベルガリアード物語はついに完結を迎えた。

Belgariad

もうこの世界に没頭し続けることはできないのだろうか!?

否!!まだまだ続きがある!!!『マロリオン物語(全5巻)』、『魔術師ベルガラス(全3巻)』、『魔術師ポルガラ(全3巻)』が残っている!!まだしばらくは現実逃避!?いや、濃密で心躍るファンタジーの世界に没入できる!!さすがに今年読み始めるか分からないけど(笑)。

ベルガリアード物語だけに関して言えば、一気読みしなければ半年は世界観に浸れると思う。しかし、物語が展開するに連れてどうしても加速度がついていくのは避けられない。それほどの物語だからね。

一つだけアドバイスをするなら、登場人物や国、神々が多く出てくるから、なるべく途中で他の物語や本を読んだりしないで、短い期間で読むのがよい。あぁ、結局一気読みを薦めていることになるか(笑)。

運命に翻弄されつつも、使命感に目覚めて戦いに挑むという物語がとてもよかった。それを見習いつつ、自分自身の物語でそろそろ使命感に目覚めつつあるので、それをどこかで体現したいね。



勝負の終り - ベルガリアード物語 5 (ハヤカワ文庫FT)
勝負の終り - ベルガリアード物語 5 (ハヤカワ文庫FT)
著者:デイヴィッド・エディングス
早川書房(2005-06-23)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • 濃密で心躍るファンタジー小説を読みたい人
  • RPGばかりやりこんでいた人
  • 自分自身の物語を彩りあるものにしたい人
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May 04, 2011

魔術師の城塞

魔術師の城塞 - ベルガリアード物語〈4〉 (ハヤカワ文庫FT)
魔術師の城塞 - ベルガリアード物語〈4〉 (ハヤカワ文庫FT)

キーワード:
 デイヴィッド・エディングス、ベルガリアード物語、王、戦争、使命
ベルガリアード物語の4巻目。以下のようなあらすじとなっている。
高僧クトゥーチクとの戦いのすえ、ガリオンとベルガラス一行はついに“珠”を邪神のしもべの手から奪還することに成功した。“珠”を本来あるべき“リヴァ の広間”に安置すれば、旅は終わり、かつてのような農園での暮らしに戻れるのではと期待したガリオン。だが“珠”がかれを歓迎する喜びの歌は鳴りやまず、 「運命」の一語だけを話す不思議な少年を介して、“予言”はガリオンをさらに壮大な宿命へといざなうのだった…。
(カバーのから抜粋)
ベルガリアード物語の概要は毎度のことWikipediaを参照。4巻目では、主人公ガリオンが使命を背負う巻となる。以下若干ネタばれありなので注意。

ファルドー農園の皿洗いの主人公が、魔術師として覚醒し、さらには西方の大君主、つまりは王、ベルガリオンとなる。そして、徐々に予言の成就にむけて、自分自身の運命を受け入れつつある。リヴァ王ベルガリオンだけが操れるリヴァ王の剣とともに、邪神トラク討伐への宿命を背負った旅に出なければいけない。

普通の平凡な存在と思われた主人公が実は王族で、世界を救う運命を握っているというよくあるファンタジーRPGものの王道の元ネタとなるような設定だと思う。ドラクエシリーズは、よくこの主人公が王族であるのを好んで使われている。イメージとしては主人公が竜神族の子孫で王族のドラクエ8が近いかな。もしくはドラクエ6でライフゴッドの村人かと思われていたが、実はレイドック王子であった主人公とか。そんなイメージ。

この巻をダイジェスト的に示すと、以下のようになるかな。
  • 魔術師ベルガラスのMP0!?
  • 皿洗いの田舎少年がベルガリオン王へ
  • セ・ネドラ王女のツンデレっぷり
  • 邪神トラクを打ち破るための伝説の剣、リヴァ王の剣の再生
  • 生まれ育ったファルドー農園との別れ
  • 城塞での慣れない王の仕事っぷり
  • セ・ネドラ王女との婚約
  • 邪神トラク討伐への旅
  • 超絶美魔術師、ポルおばさんのヒステリックご乱心で雷鳴轟く
  • セ・ネドラ王女の鎧作り
  • セ・ネドラ女王の国政参加
  • 最終決戦に向けての合戦準備へ
4巻目は605ページもあるのだけど、約2週間で読み終えることができた。4巻からより物語の核心に迫っていく感じで、次の展開はどうなるのだろうとどんどん引き込まれていった。

また最後のほうはセ・ネドラ王女に焦点が当てられており、ただの王女から西方を統べる女王へと使命感が芽生え、最終決戦に向けて軍を集める上で、兵の士気を高める役目を果たしていく。そういう成長が描かれているのがとてもよかった。王道合戦もの漫画によく出てくるパターンで、よりセ・ネドラが魅力的に描かれている。

何よりも、ドラクエとかでデジャヴ感のある設定が盛りだくさんなので、とても楽しめた。なので、ドラクエのサントラをBGMにこの物語を読み進めると、より世界観に没入できるかもしれない。ガリオンが王となった城塞のシーンとか王族がたくさんでくるので、ドラクエ5とかの城の音楽がぴったり合う。

いよいよ次の第5巻目、『勝負の終わり』が最終巻となる。なんとか黄金週間中に読了したい。クライマックスまで一気に読み進められるだろう。



魔術師の城塞 - ベルガリアード物語〈4〉 (ハヤカワ文庫FT)
魔術師の城塞 - ベルガリアード物語〈4〉 (ハヤカワ文庫FT)
著者:デイヴィッド・エディングス
早川書房(2005-05-25)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • ドラクエ8が好きな人
  • 歴史合戦物漫画が好きな人
  • 王族の末裔じゃないかと秘かに思っている人(笑)
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April 17, 2011

竜神の高僧

竜神の高僧 - ベルガリアード物語〈3〉 (ハヤカワ文庫FT)
竜神の高僧 - ベルガリアード物語〈3〉 (ハヤカワ文庫FT)

キーワード:
 デイヴィッド エディングス、ベルガリアード物語、魔術師、決闘
ベルガリアード物語の第3巻。以下のようなあらすじとなっている。
仇敵チャンダーと対峙したガリオンは「燃えろ!」の言葉とともにその恐るべき力を目覚めさせた。しかしそれは、制御できなければみずからをも滅ぼしかねない危険な力であった…。心の内に住まう声が明かす、重大な使命にとまどうガリオン。一方「珠」をめぐる一行の旅は、亡霊の国マラゴー、魔術師ベルガラスの育った「谷」、洞窟の民ウルゴの聖地プロルグを経て、ついに邪神トラクの高僧が待つクトル・マーゴスに至る!
(カバーの裏から抜粋)
ベルガリアード物語の概要はWikipediaを参照。震災後に2巻の途中から読み進めて、本書である3巻目は大体1ヶ月で読了することができた。

3巻に入ると、主人公ガリオンの魔術師としての能力がより使われるようになる。といっても、ガリオンはまだ能力の概要や習得方法を把握しておらず、まだまだ使いこなせないでいる。そこで、ポルおばさん(4000年以上生きている超絶美女(笑))の補助をするために能力を使っているという感じ。ポルおばさんの母親の魂を召喚したり、敵の監視の目から逃れるためにシールドをはったりなどなど。

冒険の舞台は吹雪く山中であったり、硫黄の吹き出る砂塵であったり、地下洞窟、敵の高僧がいる街だったりとさまざまになっている。出てくる敵も、馬のようだが牙が鋭いやつから、トロールのように巨大だが人語をしゃべる怪物、魔術師であったり。また、地底人で石壁をすり抜ける能力を持つレルグという仲間も加わる。

どうやらこの物語の世界では、魔術師と魔法使いは別物らしい。主人公の祖父にあたる魔術師ベルガラス曰く、魔法使いは魔術師の侮蔑した呼称らしく、主に悪徳なやつをそう呼ぶらしい。この巻のタイトルは『竜神の高僧』であるが、「竜神の魔法使い」という意味でもあり、最後に魔術師ベルガラスと魔法使いのバトルがある。そのシーンはなんだか、スター・ウォーズのダース・シディアスとヨーダのフォースバトルみたいな感じをイメージした(笑)

1,2巻は物語に入り込むのにすごく時間がかかったが、3巻はどんどん読み進められたと思う。そこまで難しい描写もなく、どんどん続きが気になった。とはいえ、まだガリオンが守られつつ冒険しているので、ガリオンの能力がいかんなく発揮される今後の展開が気になる!!

あと、ベルガリアード物語でググッたら以下の様なサイトがwwwやる夫シリーズは割りと好きだし、1巻の内容とか忘れてしまっているし、一旦復習しておきたいので、自分もあとでじっくり鑑賞しようwww

先日5周年記念の記事でWizard宣言をして、IT技術本をメインに読むと示したのだけど、まぁ、Wizardはどういうものかを確認するという意味もこめて、このファンタジー小説を読んだ、ということにしておこう(笑)。なので、まだしばらくはIT技術本一本にはならないと思う。移行期間ということで。



竜神の高僧 - ベルガリアード物語〈3〉 (ハヤカワ文庫FT)
竜神の高僧 - ベルガリアード物語〈3〉 (ハヤカワ文庫FT)
著者:デイヴィッド エディングス
販売元:早川書房
(2005-04-21)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • ベルガリアード物語に関心がある人
  • 魔術師を目指す人
  • やる夫ベルガリアード物語が面白いと思った人
Amazon.co,jpで『デイヴィッド・エディングス』の他の本を見る

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March 27, 2011

蛇神の女王

蛇神の女王 - ベルガリアード物語〈2〉 (ハヤカワ文庫FT)
蛇神の女王 - ベルガリアード物語〈2〉 (ハヤカワ文庫FT)

キーワード:
 デイヴィッド・エディングス、ベルガリアード物語、王女、復讐、覚醒
ファンタジーSF小説、全5巻からなるベルガリアード物語の第2巻目。以下のようなあらすじとなっている。
強大な力を宿す宝石「珠」が奪われた!邪神トラクの腹心の弟子、魔術師ゼダーの仕業だ。「珠」がトラクに渡れば、世界が混沌に支配されてしまうのは必至。少年ガリオンはゼダーを追って、魔術師ベルガラスとポルガラに連れられ光の「予言」を実現する旅に出た。軽業師シルク、巨漢バラクなど信頼する仲間を得て、一行は西の諸王国を遍歴する…しかし、ゼダーがめぐらせたさまざまな奸計がついにガリオンを窮地に陥れる!
(カバーの裏から抜粋)
ベルガリアード物語の詳細については以下のWikipediaの記事を参照。1巻の『予言の守護者』は3年ほど前に読了していた。どうでもいいことだが、『賢者の図書館-予言の守護者』っていう文字列にどうしようもない中二病的な妄想を掻き立てられる魅力があるような気がする(笑)。自分のブログタイトルのことなんだけどね。

予言の守護者』から3年経って、『蛇神の女王』を最近になって読み始めたわけではない。確か2年ほど前には読み始めていたと思う。とはいえ、2巻だけでページ数が570もあるし、いまいち描写に入り込めなかったり他の本が気になったり、TOEIC修行で読み進める機会がだいぶなくなってしまった。いつしか読みかけ本を格納しておくダンボール箱に放置されてしまっていた。

震災後、あまりにもテレビやネットから受け取る負の情報を断ち切って、自分自身は普通の生活に戻すために、なるべく楽しい読書をしようと思って本書の続きを読み始めた。TOEIC後に何か長大な物語を読みたいというのもあったし。

物語の内容としては、一言でいうと、過保護に扱われていた主人公の少年が自分の持つ特殊能力に目覚めていくところが見所だった。魔術師としての能力に覚醒しつつある部分が多く描写されている。主人公、ガリオンが持つ能力を自分でコントロールできずにいろいろと苦悩する描写もある。

また、主人公の心に語りかけ、主人公の内に存在するもう一人の描写も多くなってきて、いよいよ物語が起承転結の『転』に向かうところで2巻が終わる感じだった。

表紙の赤髪の女の子は、トルネドラの王女で主人公、ガリオンと同じくらいの年、14,15歳で、好きで王女になっているわけでもなく、退屈な日々から抜け出すために王宮から逃走し、ガリオン一味と行動をともにしている。しかし、王女にはガリオンたちの旅の目的を果たすための宿命を背負っていたりする。

4000年以上も生き続けている主人公のおばさん(最高の魔術師)、ポルガラの魔術も前巻に比べて炸裂している印象も受けた。また神の召喚といった描写もあり、巻の後半になるにつれてだんだんと続きが気になってページが進むスピードが早くなっていった気がする。

1巻、2巻と読む時間が大分空いてしまって、多様な登場人物の状況を掴むのが若干難しく感じたが、そこは著者によって登場人物の魅力ある描写が多く書かれているので、なんとか把握することができた。

なるべく他の本とか途中に読まずに一気に読むのがよいかもしれない。しばらくはこのベルガリアード物語をメインに読書しようかな。ということで、第3巻『竜神の高僧』へ。



蛇神の女王 - ベルガリアード物語〈2〉 (ハヤカワ文庫FT)
蛇神の女王 - ベルガリアード物語〈2〉 (ハヤカワ文庫FT)
著者:デイヴィッド・エディングス
販売元:早川書房
(2005-03-24)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • ファンタジー小説が好きな人
  • 現実逃避して物語に没頭したい人
  • 秘められた自分の能力に覚醒しつつある人
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December 29, 2010

火星年代記

火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)
火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)

キーワード:
 レイ・ブラッドベリ、SF、火星、移住、風刺
アメリカのSF作家による26編のオムニバス形式の作品。目次兼年表は以下のようになっている。
  1. 一九九九年一月 ロケットの夏
  2. 一九九九年二月 イラ
  3. 一九九九年八月 夏の夜
  4. 一九九九年八月 地球の人々
  5. 二〇〇〇年三月 納税者
  6. 二〇〇〇年四月 第三探検隊
  7. 二〇〇一年六月 月は今でも明るいが
  8. 二〇〇一年八月 移住者たち
  9. 二〇〇一年十二月 緑の朝
  10. 二〇〇二年二月 いなご
  11. 二〇〇二年八月 夜の邂逅
  12. 二〇〇二年十月 岸
  13. 二〇〇三年二月 とかくするうちに
  14. 二〇〇三年四月 音楽家たち
  15. 二〇〇三年六月 空のあなたへの道
  16. 二〇〇四-〇五年 名前をつける
  17. 二〇〇五年四月 第二のアッシャー邸
  18. 二〇〇五年八月 年老いた人たち
  19. 二〇〇五年九月 火星の人
  20. 二〇〇五年十一月 鞄店
  21. 二〇〇五年十一月 オフ・シーズン
  22. 二〇〇五年十一月 地球を見守る人たち
  23. 二〇〇五年十二月 沈黙の町
  24. 二〇二六年四月 長の年月
  25. 二〇二六年八月 優しく雨ぞ降りしきる
  26. 二〇二六年十月 百万年ピクニック
(目次から抜粋)
著者のレイ・ブラッドベリについてはWikipediaを参照。26篇のオムニバス形式なので、登場人物はころころと変わる。最初のほうは火星人に焦点が当てられて、その後地球からやってきた探検隊に変わり、さらには徐々に地球から移住してきた地球人に焦点が当てられていく。

26編はそれぞれ独立しているようではあるが、本書全体を通して見ると、年代ごとの出来事はしっかり引き継がれた設定となっている。なので、最初から順番に読んだほうがよいと思われる。

面白かったのは『地球の人々』かな。地球からの第二探検隊が火星に到着し、火星人に自分たちが地球に来たことを伝える。しかし、期待していたような歓迎的な態度が火星人にはなく、家事で忙しい火星人に相手にされない。そこで別の火星人に会うように言われて、連れて行かれたところは、精神病院だった!!という話。

他にも『月は今でも明るいが』では、地球からの探検隊が火星に到着し、一人の隊員が火星人の残した文化(火星人は地球人がもたらした水疱瘡で死滅した)、書物に触れるうちに、火星に来て、地球のものを持ち込むべきではなかったとして、仲間の乗組員をどんどん殺していくものも面白かった。

さらには、『火星の人』もよかった。地球から移住してきた老夫婦のもとに、死んだ息子が現れ、その息子と生活をともにしていたが、行方不明になる。探しに行くと息子だったものは、別の家族の死別した妻、夫、子供になっており、老夫婦のもとに戻ることはできないと告げた。それらは地球人の会いたい人の姿になる火星人だった、という話。

全編を通して、地球人が移住してきたころから、火星人が死滅していき、ついには絶滅する。さらに地球では核戦争が勃発し、地球からの交信も途絶える。それをきっかけに火星に移住してきた地球人が地球に帰ることにより、火星には人がほとんどいなくなっていく。

解説を読むと地球人の移住によって、文明批判的な風刺が示されているようだ。あまりそういうことは考えずに、それぞれの短編を読んだ。

それぞれの長さはまちまちで、長いものは数十ページだが、登場人物も出てくることなく1ページで状況を説明して終わりというものもある。

旧版で読んだが、新版だと時代設定が2030年からになるようだ。さらには収録内容も若干違っているようだ。新版のほうが表紙がかっこいい。

火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)
著者:レイ ブラッドベリ
早川書房(2010-07-10)
販売元:Amazon.co.jp

最近ハヤカワ文庫は表紙が一新されていて、積読状態だったものがかっこいいものに変わっていると、何とも言えない気持ちになってくる。

SFっぽい想像しにくい描写もあまりなく、読みやすいと思われる。また、同著者の以下の作品もお勧め。読書の本質を教えてくれる。



火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)
火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)
著者:レイ・ブラッドベリ
早川書房(1976-03-14)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • SF作品が好きな人
  • 火星にあこがれている人
  • 火星人はいると思っている人
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