随想、エッセイ

June 08, 2008

女子!?ごころ


眞鍋かをり・デビュー10周年記念エッセイ集 『女子!?ごころ』

キーワード:
 眞鍋かをり、エール、暗黒時代、語りエッセイ、経過報告書
才色兼備でブログの女王、眞鍋かをりさんのエッセイ。以下のような目次となっている。
  1. PROLOGUE
  2. CAPTER1 お仕事のハナシ
  3. CAPTER2 美容のハナシ
  4. CAPTER3 家族・友人のハナシ
  5. CAPTER4 恋愛のハナシ
  6. EPILOGUE
(目次から抜粋)
内容は、同年代の働く女子へエールを送りたいという思いをこめて、等身大の自分自身を語っているエッセイとなっている。自分で書いているというよりも、語ったことをライターにまとめてもらうような語りエッセイとなっている。ちなみに、表紙は眞鍋かをりさんが好きなワインをイメージしてたゆたう気持ちを表しているらしい。書店でこのたゆたう気持ち?に惹かれてなんとなく買ってみた。

内容は、グラビアアイドルとしてデビューするところから、日々の生活において美容で気をつけていること、好きなお酒のことや弟、妹といった家族、友人、過去の恋愛遍歴、そして現在の恋愛状況から結婚観まで幅広く語られている。その内容は、基本的に本当のことしか語っていないらしく、かといってすべてを曝け出しているわけでもないようだ。いきなり10周年記念エッセイで生々しいことばかりを載せてしまうと、最近眞鍋かをりさんを知った人が引いてしまうからとあった。なので、グラビアアイドル時代に辛かった体験などは、結構ぼかして示されている。

同年代の働く女子向けに書かれているので、同年代とは少し違う男子の自分が得るものがないということはまったくなく、参考になる部分とか、知らなかったこととか、単純におもしろいなと思うところが多かった。以下、簡単に列挙。
  • 公式HPをWordで自分で作っていた
  • グラビアの仕事は過去な肉体労働
  • 家で飲むときは打順を決めて飲む
  • 理想の男性像はこだわりが少ない人
  • 納豆、青汁、りんごハチミツヨーグルトは3種の神器
  • お風呂の設定温度は44度で汗をかく
まぁ、なんというか、普段読む本から得られないポイントばかり(笑)。HPを自分でWordで作っていたというのは、へーと思った。ネット初期のころだろうから、かなりhtmlタグを駆使して作られていたのだろうと思う。

家で飲むときに打順を決めているというのはおかしかった。1番バッターはブルーラベルか端麗グリーンラベルで、2番手は円熟、発泡酒、3番手でビール、4番手で地ビールとか。想像したらなんだかニヤニヤしてしまった。そんなこと考えて飲むのはおもしろそうだなと。

グラビアアイドル時代は、かなり過酷らしく精神的に辛かったときもあったようだ。芸能界というのは大変なところなんだなと思った。

大学時代にタレント業で忙しい日々の中、単位を取るために優先順位を決めて授業を選択し、完璧な時間割を作ってしっかり4年で卒業されているのは、すごいなぁと思った。きっと会社で働いていたとしても、バリバリ仕事ができる人なのだろうなと思った。

仕事に対する姿勢で、勉強になった部分があるので、その部分を抜粋。
 まったく何も知らない状態からスタートして、未熟さのために失敗したり、怒られたり。そういった中で学習して、でも、まだ思い通りにできることは少なくて。少しできるようになると、今度はさらに難しい課題が出てきて・・・・・。
 こういうプロセスって、どんな仕事でも同じじゃないですか。でも、最初の段階で諦めてしまったり、仕事の醍醐味を感じる段階へ辿り着く前に、なんの楽しみも感じることなく終わってしまうんですよね。
 そういう意味で、チクショーだとか、もっと褒められたいというところから、この時期、仕事に対するモチベーションが、ようやく出てきたのかなって思います。
(pp.62-63)
この時期とあるのは、大学を卒業して、芸能界に就職したという時期のことらしい。自分も仕事を頑張ろうと思った。

眞鍋かをりのここだけの話をいつも見ているけど、楽しそうな人だなと思っていた。この本読んで、ブログのままの部分もあるし、今まで知らなかった部分も知ることができたのでよかった。

芸能人のエッセイは今までほとんど読まなかったけど、読んでみるとよい気分転換になるなと思った。このエッセイも、いろんなことが書いてあるのでおもしろかったし、男子の自分が読んで、女子ごころが少しわかったような気がする。

読むべき人:
  • 眞鍋かをりのファンの人
  • 20代の女子の人
  • 女子ごごろを知りたい男子の人
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June 05, 2008

叡智の断片


叡智の断片

キーワード:
 池澤夏樹、引用句、ウィット、皮肉、名言
小説家である著者が、古今東西の偉人、有名人の名言を引用して綴っているエッセイ。少し多いが、目次を示しておく。
  1. 政治家たちよ!
  2. リッチマン、プアマン
  3. 映画について、主席に言うべき二、三のこと
  4. マルクス兄弟主義宣言
  5. TV!TV!
  6. 科学者を信用しよう
  7. 愛国心について
  8. 結婚の真実
  9. 旅に出よう
  10. 死について
  11. 酒飲みの言い訳
  12. 口腹の幸福
  13. 戦争ですよ
  14. 悪口は楽しい
  15. 言葉、言葉、言葉
  16. 成功の甘き香り
  17. 愛と嘆きの自動車
  18. 作家という奇人たち
  19. モンローマニア
  20. スコットランドの人と土地
  21. 恋の季節
  22. 老人たちよ
  23. 王さまは大変だ
  24. 組閣しましょ
  25. 看板に偽りあり
  26. 魅惑と疑惑のアメリカ
  27. お絵描きの時間
  28. 暖かいですね
  29. 罪と罰、犯人と警察官
  30. 嘘ばっか!
  31. 我が師の恩
  32. 自殺の誘惑
  33. ナウ・ユー・ハズ・ジャズ
  34. イギリス人は・・・・・・
  35. アメリカ人のお買い物
  36. あとがき
(目次から抜粋)
以上35のエッセイが示されている。タイトルだけでも、何が書いてあるのだろうかと好奇心と想像力をかきたてられる。実際中身も、ウィットに富んだものが多く、大変面白かった。本当に。

このエッセイは、『月間PLAYBOAY』の2005年1月号〜2007年11月号まで連載されたものに加筆修正を加えたものらしい。雑誌の前の方の二ページを埋めるコラムで、あるテーマついての引用を解説しながら紹介するという構成になっている。そして、なるべくユーモラスなものを取り上げているようだ。

引用がテーマの本だけに、普段の記事よりもかなり多めに引用してみる。引用の引用になってしまうが。

いきなりあとがきから一箇所。引用とは何かということが示されている部分。
 引用とは自分では思いつけないような気の利いた言葉を他人から借りることである。「たくさん引用を用意しておくと、自分でものを考えないで済むの」1とイギリスのミステリ作家ドロシー・セイヤーズは言った。その一方でで、引用とは「貧民が皇帝の紫衣に身を包む」2ようなものだと作家のキップリングは言った。所詮は借り着。孔雀の羽根を飾る鴉。ドロシー・セイヤーズだってそれを承知で皮肉を込めて言っているのだ。
(pp.220-221)
このような調子で、連載当時の世界情勢やある対象について著者のエッセイが示されている。「」の部分が著者が引用した部分であり、そのあとの数字は、引用の出展を示している。引用の出展の部分に原文が示されており、英語の言い回しの勉強にもなる。

以下、自分が面白いなと思ったものや、機転が利いた言い回し、これは使えると思ったを引用しておく。 『リッチマン、プアマン』から一箇所。
 しかし貧民がいくらからかっても金持ちは動じない。アメリカの大富豪ポール・ゲッティは、「金を数えられる間はまだ本当の金持ちではない」7と言ったとか。
(pp.19)
どれだけ金持ちなんだろうか?

『言葉、言葉、言葉』と、ハムレットがポローニアスに何を読んでいるかを聞かれたときに答えた台詞がタイトルになっているものから一部。
 どの言葉にも遠まわしな表現というものがある。はっきり言ってはいけないものをちょっとぼかして言う。先日から英語のぼかし語ばかり集めた辞書を読んでいて、これがなかなかおもしろい。
 食べ物=動物関係で拾ってみると、禁猟期に撃ってしまったキジのことは「フランスの鳩」と言ってごまかす。たぶん食卓に出したときにそう呼ぶのだろう。
(pp.98)
食卓でどこかの偉い貴族が、キジを目の前にして、真面目な顔をして「フランスの鳩」です、と言っているシーンを想像して、かなりワロタwww。一人でニヤニヤしてしまった。かなり苦しい言い訳で、言われた相手はどう答えるのだろうか?これを自分の仕事に当てはめると、システム開発プロジェクトで、システムが本番稼動後に変な挙動をするときにこう言うのだろうか?「それは仕様です」と。

『恋の季節』から。
 アメリカの漫画家リンダ・バリーがしみじみと言うのだ―「恋は巡航ミサイルのようにいきなりあなたを襲うの。『ダメ、今だけは困る』という時がまさに恋が始まるとき。逃げ道はない。恋は花火を仕込んだイタズラ葉巻なのに、人は喜んで火を点ける。」4
 自分の体験を重ねて、まったくそうだったなと思えるのが幸福な人であるかどうか。渦中にあって助けてくれ、という場合もある。喜びと苦しみがセットというところが運命は意地が悪い。
(pp.133)
なんとなく、なるほどなぁとしみじみ思った。

著者は、フランスに住んでいるようだ。その理由が以下。『作家という奇人たち』から。
 お国柄もあるかもしれない。ジェフリー・コットレルの説では「アメリカでは成功した作家だけが大事にされるが、フランスではすべての作家が大事にされる。イギリスではどんな作家も大事にされないし、オーストラリアでは作家とは何者であるかをまず説明しなければならない」8
(pp.115-116)
面白いなと思った。

著者が一番うまいと思った名言は以下。最初の連載の『政治家たちよ!』から。詠嘆なので、原文で。ゴルバチョフが言った言葉。
They say that Mitterrand has 100 lovers - one with Aids, but he doesn’t know which one; Bush has 100 bodyguards – one a terrorist, but he doesn’t know which one; Gorbachev has 100 economic advisers – one is smart, but he doesn’t know which one.
(pp.14)
訳や著者がなぜうまいと思ったのかは、しっかり示されているが、実際に読んで確認して欲しい。

名言が本当に多く出てくる。一つのテーマに10個ほど出てきて、どれも偉人はうまいことを言うものだなと思った。自分は名言とかがかなり好きなほうなので、このようなエッセイはニヤニヤしてしまうくらい面白かった。

雑誌の連載記事なので、1テーマの分量はそれほど多くない。けれど、著者の文体がとてもよい。余計なことを説明しすぎず、流れるような文章。真似したいくらいに。

表紙もいいんだよね。本棚にさりげなく飾っておいてもいいものだ。内容ももちろんよい。読むならば、じっくり読むべきだ。どこかのBarとかで、ウィスキーでも片手に『酒飲みの言い訳』でも読めばなお雰囲気が出てよい。

名言好きなら絶対満足する1冊。かならず自分にとっての一番の名言が載っているはず。自分も名言を語れるようになりたいものだ。

読むべき人:
  • 偉人、有名人の名言、格言が好きな人
  • ユーモアのセンスを磨きたい人
  • 教養を身につけたい人
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May 31, 2008

文章のみがき方


文章のみがき方

キーワード:
 辰濃和男、文章読本、引用、書き方、いい文章
朝日新聞で天声人語を担当していた著者による文章読本。以下のような目次となっている。
  1. I 基本的なことを、いくつか
  2. さあ、書こう
  3. 推敲する
  4. 文章修行のために
(目次から抜粋)
4部構成で、以上のような内容となるが、各章のタイトルには、より具体的なものが示さされている。また、以下にこの本の核になるまえがきの部分を抜粋。
 この本は、さまざまな方々の「文章論」や「作品」を読み、私がそこから学んだことを記したものです。作家だけではなく、画家や舞踏家の言葉もあります。「いい文章」を書くことを志す方が、本書の三十八の章を読み、一つでも二つでも、役に立つ主題を見つけてくだされば幸いです。
 いい文章の条件には、平明、正確、具体性、独自性、抑制、品格など、大切な要素がたくさんあります。どれ一つとっても、到達点が霞んでみえぬ、はるかな道を歩まなければなりません。
 同時に、私がいつも思うのはいい文章のいちばんの条件は、これこそ書きたい、これをこそ伝えたいという書き手の心の、静かな炎のようなものだということです。大切なのは、書きたいこと、伝えたいことをはっきりと心でつかむことです。そのとき、静かな炎は、必要な言葉を次々にあなたに贈ってくれるでしょう。
(pp.i-ii)
ここが1番重要だと思った。書きたいこと、伝えたいことを認識する必要があるようだ。

1章からは、章の最初に各作家などの作品や文章論の一部が引用され、そこからその文にどいういう特徴があるか、そしてそこから何を学べるのかということが著者の意見とともに示されている。各章はだいたい5ページ前後となっており、章の最後には、その章で引用した書籍などが参考文献として示されている。

以下勉強になった章タイトルを列挙しておく。
  • 書き抜く
  • 繰り返し読む
  • 乱読をたのしむ
  • 小さな発見を重ねる
  • 書きたいことを書く
  • 正直にさりげなく書く
  • わかりやすく書く
  • 単純・簡素に書く
  • 具体性を大切にして書く
  • 紋切り型を避ける
  • 流れを大切にする
  • 感受性を深める
  • 自分と向き合う
章タイトルだけで、大体内容が想像できるようになっている。

自分がブログを書くときには、どうしても書いたものを推敲してみると、わかりにくいなと思うことが多い。なので、わかりやすく書くという部分が勉強になった。わかりやすく書くには、以下のことに気をつけるとよいらしい。
  1. 自分がどうしても伝えたいこと、自分の思い、自分の考えをはっきりさせること。
  2. そのことを単純な文章で書いてみる。難しい言葉は使わない。
  3. 書いたものをだれかに読んでもらい、感想を聞かせてもらう。
  4. そのうちに、自分が自分の文章の読み手になり、自分の文章がわかりやすいかどうかを評価することができるようになる。
  5. 何回も書き直し、さらに書き直す。
(pp.89)
さすがにこのブログで書評記事を300以上書いてきたのだから、わかりやすいかそうでないかは判断できるようになった。自分でわかりにくいと思う文章は、1文を書くのに5分以上かかってしまう場合だ。そういう場合は、内容理解が甘いときだ。伝えたい内容が何かをはっきりしていないのも理由の一つだろう。

各章に大体3、4冊の引用が示されていて、それらを眺めるだけで他に読むべき本が見つかってよい。引用されている作家や芸術家は、よしもとばなな、鶴見俊輔、井上ひさし、村上春樹、夏目漱石、太宰治、三島由紀夫、瀬戸内寂聴、岡本太郎、田口ランディ、ポール・ゴーガンなど古今東西あらゆるところからになる。それらの引用を読むだけでかなり世界が広がった気がする。

内容もエッセイ的で、よい文章の書き方を読者に押し付けるようなところもなく、読みごごちがよい。文章を書くのは難しいなと思う反面、この書評ブログでもいいので、もっとたくさん書きたいとも思った。また、もっとうまく文章を書きたいと思った。

教養を身に付けるという側面からも、この文章読本を読む価値は十分にある。

読むべき人:
  • よい文章を書きたい人
  • ブログなどでわかりやすい文書を書きたい人
  • 作家が何を考えて文章を書いているか知りたい人
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May 12, 2008

傷つきやすくなった世界で


傷つきやすくなった世界で

キーワード:
 石田衣良、格差社会、R25、定点観測、エール
直木賞作家の社会や作家の日常について語られたエッセイ。リクルートの発行している無料雑誌、『R25』で連載中の「空は、今日も、青いか?」の2006年1月〜2008年2月までのものに加筆・修正をおこなったものらしい。勝ち組、格差社会、ネットカフェ難民などの新たな社会用語が作られていくナイーブな社会で、著者のエールのようなものが示されている内容となっている。特に印象に残ったもののタイトルを列挙。
  1. 「迷う」力の素晴らしさ
  2. ラブ・キャンペーン
  3. 「いやらしい」を表現しよう
  4. 植物化する男たち
  5. 恋したくない男たちの攻略法
  6. 仕事と生きがいのバランス
  7. 残業大国ニッポン
  8. エッセイって、なに?
  9. ハイヤーの趣味人
  10. 女子アナ的世界
  11. 傷つきやすくなった世界で
他にもいろいろインパクトのあるタイトルがあるのだけど、以上がタイトルのみならず内容も印象に残ったもの。それぞれを説明したいところだけど、それはよそう。あえて一つだけ示すとすれば、『ハイヤーの趣味人』だろう。以下印象に残った部分を抜粋。
「やはりお話がちゃんとできるというのが、大切なんです。クレームがくるのが一番困るんで。それを防ぐためには、あらかじめ会話で気もちをおとしておくのが、大切なんです。これは本を読んでいる運転手と読まない運転手では、はっきり差がつきます」
 なるほど、それはよくわかる。作中の人物の気もちになって、はらはらどきどき、泣いたり笑ったりの物語の世界をともに生きるのだ。感情移入の力と肝心の言葉の力が磨かれないはずがないのだった。それこそコミュニケーション力の基礎である。
(pp.168)
50代のハイヤーの運転手は空き時間に著者の作品や他の作家の小説をよく読んでいたようだ。そういうくだり。だから、自分ももっと小説を読むべきなのだと思った。自己啓発本の読みすぎを防ぐためにも、もっと文学作品を読んでコミュニケーション力を磨き、さらに内面の充実を図る必要がある。

示されている内容は、作家である著者のそのときそのとき起こっている社会現象について言及されているものもあるし、著者の作家としての仕事の側面から語られていることも多い。社会情勢について作家の一意見を得られることも参考にはなるが、自分としては作家という職業の人は普段何を考えてどんな生活をしているのかということが気になった。著者は結構テレビなどのメディア露出も多く、その関係からいろいろな業界の人と会うことも多いようだ。そういう世界を垣間見ることもできて面白いなと思った。

自分自身はR25世代になるんだろうけど、R25を電車で読んでいたら負けだと思う、と内心自分のインプット情報に対する差別化を意識しているが(別にR25が読む価値が無いものだとまでは思っていない)、このエッセイだけは今後も気になった。

表紙の写真がとても印象的で、惹かれるように買って読んでみた。なかなかよかった気がする。過去2年間の社会情勢を振り返ることもできて面白かった。著者の小説はまったく読んだことが無いので、何か読んでみようと思った。

傷つきやすくなった世界で、ほんの少し生きやすくするには、このようなエッセイが必要なのだ。

読むべき人:
  • 石田衣良が好きな人
  • 社会情勢について振り返りたい人
  • 日々の生活に生きにくさを感じている人
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May 06, 2008

養老訓


養老訓

キーワード:
 養老孟司、老人、人生論、考え方、仕方ない
70歳になった著者の、機嫌よく暮らすための考えが示されているエッセイ。以下のような内容となっている。
  1. 不機嫌なじいさんにならない
  2. 感覚的に生きる
  3. 夫婦は向かい合わないほうがいい
  4. 面白がって生きる
  5. 一本足で立たない
  6. こんな年寄りにはならないように
  7. 年金を考えない
  8. 決まりごとに束縛されない
  9. 人生は点線である
自分はまだ人生経験がほとんどないといっていいという年齢なので、著者が示していることの考えは、感覚的には分からない部分が結構ある。けれど、なるほどなぁと思う部分も多い。例えば、世の中は思い通りにならないのだから、もっと今の人は「仕方がない」と考えることを身に付けるべきといったことや、「幸せとはこういうものだ」と定義できるものは幸せではないといったことや、本は結論を書いてあるものではなく、自分で結論に辿り着くための道具であったり、余命を告知されたときなどは、人生について本気で考える機会を与えられたことになるので、それはありがたいことだと思うべきなど。なるほどと思った。

特になるほどと思ったのは、『仕事は「預かりもの」』という節の部分。
「仕事は自分のためにやっている」という考え方が能力主義、業績主義の根底にはあります。「自分に能力があるから、会社の業績を伸ばせたのだ」「会社の業績が伸びたのだから、自分が偉くなるのは当然だ」という考え方です。ここにはまず「自分」が先にあります。そのせいで世のため、人のためという気持ちがなくなるのです。
 しかし、仕事というのは世の中からの「預かりもの」です。歩いていたら道に穴が空いていた。危ないから埋める。たまたま自分が出くわした穴、それを埋めることが仕事なのです。
(pp.68)
著者によれば、仕事が世間のために必要だから存在していて、あくまで自分はその手伝いをしているという考えこそが一番大事だと示されている。なるほどなと思いつつ、少し反省した。仕事に自己実現ばかりを求めすぎるのもダメなんだろうね。世間にどれだけ役に立っているかということもしっかり考えなければならないんだろうね。

最近の著者の本は、著者自身が自分で書いているのではなく、口頭筆記になっている。なので会話文であるので、割と読みやすい。しかし、会話文であるので、話が少し右往左往している部分もあるが、一貫して主張はぶれてはいないと思う。

なんだか著者の本にはよく惹かれていろいろ読んでしまう。このブログではまだそれほど書評していないけど、このブログ以前にはそれなりに読んでいた。とにかく昆虫採集が好きで、どの本にも虫の話が出てくる。また、著者は漫画も読むし、ゲームもよくやるらしい。そういうところに惹かれるのかもしれない。

いろいろと参考になる部分もあったが、この本は自分が読むには少し早すぎたかなと思う。感覚的に分かるにはあと20年くらい時間が必要なんじゃないかなぁと思った。

読むべき人:
  • 楽に考えて生きたい人
  • 昆虫採集が好きな人
  • まっとうに年をとりたい人
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May 05, 2008

知的な大人へのヒント


知的な大人へのヒント―人を惹きつけるインテリジェンスとは

キーワード:
 林望、知的、インテリジェンス、生き方、自分磨き
リンボウ先生の普通の暮らしの中で、インテリに見えるようにするには何に気をつければよいかということが示されているエッセイ。以下のような内容となっている。
  1. なぜか人に好かれる話し方
  2. 心に染み入る手紙・メール文とは
  3. 味のある字の書き方
  4. さらさらと格好良い絵を描いてみる
  5. “いい写真を撮る”ちょっとした技術
  6. インテリアで居心地の良さをつくる
  7. もてなしを美しくするヒント
  8. 普段着でもおしゃれに見えるコツ
  9. 魅力ある表情には理由がある
  10. 美味しい料理をサクサクつくる
  11. 粋な料理屋が似合う大人のふるまい
  12. 百冊分にも勝る身になる読書術
  13. 人を惹きつけるインテリジェンス
  14. 好感を与えるマナーの磨き方
  15. 一流ホテルで気持ちよく過ごす
  16. 朝の二時間が心の余裕をつくる
  17. バランス感覚のあるお金の使い方
  18. 休日にはゆっくり考えてみよう
  19. 楽しい毎日になる小さな習慣
  20. 理想的な体を手に入れる
  21. 面白く語れるような旅に出る
  22. 魅力的な人は相談を受けやすい
  23. 「いい男といい女」の輝きを持つ
著者の日々の生活の中でのこだわりがよく示されている。例えば、インテリジェンスとは常に自分の行動に自覚を持っていることということから、読みやすいメールを出すには25文字程度で改行するとか、写真を撮るときは相手が知らないうちに撮るとか、料理屋では美味しいものは美味しそうに食べ、まずいものは残してさっさと店に出るとか、手持ちの現金は常に5万円以内にするなど幅広い。どれもそれなりの理由があり、なるほどと思う。何か難しいことが示されているわけではない。へー、そう考えればよいのかと思うことが多い。

いくつかなるほどと思う部分を抜粋。『百冊分にも勝る身になる読書術』の部分。
 読書といっても、何を読んでいるかが問題で、ただただ、そのときそのとき話題になっているベストセラー本ばかりを追っかけて読んでいるとしたら、きっとだんだん軽薄な顔になっていくと思います。
 そうではなくて、自分の内発的なもので読む本を選ぶことが大切で、他人が何をすすめようと、いま何が流行していようと、流行とか他人の言うことに流されないで、哲学なら哲学、文学なら文学、あるいは理工学なら理工学でもいい、何でもいいんですけど、自分の好きな分野のものを粛々と読んでいく。そして、それを自分の抽き出しの中にしまっていく。そうすれば蓄積された読書をきちんとやっている人はだんだん顔が良くなっていきますね。顔を良くする特効薬が主体性のある読書かもしれません。
(pp.120)
さらに多く読む必要はなく、縁のない本は放置しておいて良いらしい。そのときがきたら読むだろうと。そして読書というのはスローライフで、深く読んだ三冊は浅く読んだ百冊に優るということだと示されている。なるほどと思った。

学者とビジネスで成功した人が示す読書論は違いがあるなぁと思った。ビジネスで成功した人が示す本の読み方は、多読、速読、必要のない部分は読み飛ばし、常に新しい情報を取捨選択し勉強していくことを示している。読む本や薦めている本は大抵、ノンフィクションやビジネス書が多い。

一方著者のような学者や作家のような人が示す読書論は、スローリーディングでただ多く読むことは無意味であるとし、薦めている分野は思想書や文学作品、特に著者は源氏物語などの日本文学を薦めており、内面の充実を図るようなものが示されている。

自分はどちらの読み方をするべきかというと、結局両方なのだと思う。ビジネス書などはフォトリーディングで情報を取捨選択し、かといってビジネス書だけではだめなので文学作品をスローリーディングするといった使い分けが重要なのではないかと思った。なので、ビジネス書や自己啓発本だけを読み過ぎないようにしようと思った。

もう一箇所勉強になった部分を抜粋。『人を惹きつけるインテリジェンス』の部分。
 ともあれ、人生は短い、時間は限られている。そういう中でどうしたら効率よくいろいろな叡智を身につけられるか、また、それによってインテリらしく振る舞えるようになるだろうか。
 それには、ちょっと遠回りのようだけれども、何か一つ「自分のスペシャリティ」というものをきちんと身につけておくことが、結局のところ近道なんだろうと思います。それは本当に何でもいい。スペシャリティ、すなわち自分の専門分野というものを持つこと。
(中略)
つまり、そういう特化した能力を身につけるために努力すること、そこからいろんなことが見えてくるんです、ほんとうにいろんなことが。
(pp.131-132)
スペシャリティは日々の仕事のことでもよいので、そんなに難しく考えなくて良いとあった。専門分野で根をはり、ある程度極めたときから枝葉のように他の分野も学んでいくことができるとあった。そしてそのような人たちは、専門分野が違っても上のクラスの人であれば話が通じるものだと示されていて、なるほどなぁと思った。まずは自分の専門分野を極めるべきなのだろう。

エッセイなので、そんなに難しいことが書いてあるわけではないので読みやすい。インテリジェンスを身につけるには、日々の生活の中でちょっとしたことを意識していくことだと分かって勉強になった。

やはり、休日はこのようなエッセイを読むに限る。

読むべき人:
  • インテリジェンスを身につけたい人
  • 周りの人を惹きつけたい人
  • 生活習慣を変えたい人
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March 02, 2008

学校がアホらしいキミへ


学校がアホらしいキミへ

キーワード:
 日垣隆、人生論、学校、社会、追悼
作家、ジャーナリストである著者による、中学、高校生のための人生論。目次が多いので、自分が参考になったものを列挙する。
  • あきらめない生き方
  • 「自立」は正しい目標か
  • 才能の磨き方
  • たった二つの道
  • いい時代だよな
  • 一流の人になる
  • サラリーマンは安泰か
  • これでお別れ?
どの節も4,5ページで著者が中高生を相手に語りかけている内容となっている。

最初のほうは、学校がつまらない理由、先生もつまらない理由が示されている。学校は答えが決まっていることを学び、謎解きなどの解決に挑戦意欲を喚起させる構造的な面白さがないからだとある。先生がつまらないのは、先生はただのレッスンプロであり、未知の世界に挑戦する習慣がないので本質的につまらないとある。

自分自身を振り返ってみると、学校が面白かったことはなかった。特に勉強が嫌いだった。面白くなかったから。

いくつかためになった部分を抜粋。『「自立」は正しい目標か』という節に関して。
 老後に、詐欺のような年金と僅かな貯金と猫の額のような土地をもっていても誰も訪ねてこない「自立した人」と、短期間ならいつでも泊まりにいける知人や友人たちをもって「依存している人」と、どちらが楽しそうか。
 どれだけたくさんの人に気持ちよく依存して生きていけるようになるか。それが教育の目的とさえ言ってもいのではないか、と俺は思う。
(pp.20)
これは妙に納得したというか、頭をガツンとたたかれたような気になった。どちらかというと、人間関係を深く築かず孤独癖なのほうで、あまり人に頼らず、自立、独立がよいのだと思い込んでいた。けれど、最近それではだめなのかなと思い始めていたときに、この文章を読んだ。また、この部分を読んだ後、大学時代の友人たちと飲みに行ったとき、お互いの家を訪ねあえるのがいいというような話をしていたので、それはその通りなのかなと思った。

『才能の磨き方』という部分について。
 才能というのは、自惚れのことではない。個人がもつ「何かを作り上げる力」を、お金で買ってくれる人がたくさんいるかどうか。親や先生が褒めてくれたとか、地区大会で優勝したとか、そんなレベルで即座にプロとして食えるわけがない。
(pp.28)
そういうことらしい。だから平凡な人は大学にいったほうがよいらしい。しかし、負を転じて正にできるパワーの持ち主(とんでもない負けず嫌い)は、どのような選択肢でも構わないらしい。

『いい時代だよなあ』という部分について。
 本を通して、無数の先達が知恵をさずけてくれる。要するに、「自分の小ささ」を思い知らせてくれる。自分がいかにチッポケな人間か。それを自覚せざるをえない(ただし向上の仕方が学べる)のが読書という行為である。
(pp.49)
そして、最近の若者が本を読まなくなっているのが事実だとしたら、簡単な努力で人より抜きんでることができる、ということになるらしい。自分は本当に抜きん出ているのだろうか?と考えることもあるけど、抜きん出たいがために読むわけではない。

最後に一番納得した部分。『これでお別れ?』という部分について。
 勉強での落ち込みは、勉強で克服するしかない。大人たちも、仕事での落ち込みは、仕事で取り返すしかない。最愛の人がいなくなったら、最愛の人をつくるしかないのである。
 それ以外の選択は、すべて逃げである。逃げる(感傷旅行に出るとか、引きこもるとか、転職するとか)も確かに人間的な行為ではあるから、時々やってみるといい。だが、所詮「逃避」では問題の解決は図れない。
(pp.91-92)
これを読んで、自分はずっと逃避していたんだなぁ、ということがよく分かった。もう、逃げられないのだなと思った。

ページ数的には100ページもなく薄い。けれど、内容は濃い。たくさん線を引いた。そんな本。

本の最後の付録に、この本が書かれるきっかけとなった追悼文がある。これは著者の息子の同級生に向けて書かれた物である。これがこの本の全てを包括しているような気がする。

よい本だった。中高生はもちろん、これから就職を控えている大学生や、社会人になった人も日常を振り返って得るものが多いと思う。

読むべき人:
  • 学校はつまらないと思っている人
  • 仕事や趣味について考えたい人
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February 23, 2008

本棚


本棚

キーワード:
 ヒヨコ舎編、本棚、読書傾向、写真、身内
作家やライター、漫画家の本棚をのぞき見ている本。今回のぞかれた人は以下の人たち。
  • 穂村弘(歌人)
  • 山本幸久(作家)
  • 角田光代(作家)
  • 長崎訓子(イラストレーター)
  • みうらじゅん(イラストレーター・作家)
  • 喜国雅彦(漫画家)
  • 大森望(翻訳家・評論家)
  • 中島らも(作家 話し手・中島美代子)
  • 金原瑞人(翻訳家・法政大学教授)
  • 宇野亜喜良(イラストレーター)
  • 吉野朔実(漫画家)
  • 川上未映子(文筆歌手)
  • 山崎まどか(ライター)
  • 石田衣良(作家)
  • 桜庭一樹(作家)
1人6,7ページの分量で、著者と本棚の写真が載っており、さらに読書傾向などが語られている。みんな傾向が違っていて面白い。

自分が一番引かれた本棚そのものは、石田衣良氏のもの。広めの部屋の壁一面に白い正方形がいくつも並ぶ本棚になっている。本棚に並べられているものは、CDや写真集、文庫本、ハードカバーときれいに整理されている。これが結構自分の理想の本棚に近い。

逆に、一番本棚の中身に興味がわいたのは、サブカルの伝道師みたいなみうらじゅん氏。般若心経、仏像系の本、アイドル写真集、怪獣映画系の本、聖飢魔兇離侫.潺灰鵐セットなどなど幅が広い。この脈絡のなさみたいなのがよい。みうらじゅん氏の本の買い方も面白い。タイトルにグっときたものを買うらしい。例えば、『ふぐ調理師入門』とか『宝石入門』とか『イカ大百科』とか。そしてすぐには読まなくてもいいから、いつか必要なときがきて役に立つ日が来るのではないかと思って積読にしておくらしい。こういう本の買い方ができるのは結構うらやましいなぁと思うし、見習いたい。

今年の芥川賞受賞の美人文筆歌手、川上未映子氏が入っているのもポイント。この本の初版が今年の1月31日かつ、川上氏のプロフィールに芥川賞受賞と書いていないので、受賞前の内容なのだと思う。なぜ川上氏が載っているかというと、ヒヨコ舎の代表本が川上氏のものだからだろうと思う。

川上氏の本棚は上品な白いもので、哲学書や太宰作品集、昭和文学全集が並んでいる。読書傾向は、高校生になってから本格的に読み始められたようで、ヘッセやサルトル、ゲーテ、そして哲学系にはまっていったらしい。そして本棚の本は全員身内みたいなもので、捨てることがめったになく、少数精鋭という意識らしい。面白いなぁと思った。

人によって本棚の形態や本棚に並んでいる本が全然違うのが面白い。本棚を見ればその人が分かるというのも納得。また、子供のころに江戸川乱歩を読んでいた人が多かった。

100ページとページ数が少なめなので、気軽に読める。気になるのはタイトル。『本棚』と素っ気無な過ぎ。結構これで損をしているのではないか・・・。

この本を読んで、自分の理想とする本棚、もしくは書斎がどういうものなのかということが少し分かった気がする。自分の本棚はまだまだだなぁと思った。

読むべき人:
  • 本棚が好きな人
  • 積読派の人
  • 他人の読む本が気になる人
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ルノワールは無邪気に微笑む


ルノワールは無邪気に微笑む―芸術的発想のすすめ

キーワード:
 千住博、日本画家、芸術論、人生論、叫び
日本画家である著者の芸術論。芸術論といっても、難しいことが語られているわけではない。朝日新聞の読者に著者への質問を募集して、それに著者が真摯に答えるというような内容となっている。目次は以下のようになっている。
  1. 制作のこころ
  2. 教育のこころ
  3. 暮らしのこころ
  4. 経済のこころ
  5. 日本のこころ
  6. 芸術のこころ
自分は印象派のルノワールの絵が一番好きで、ルノワール+ルノワール展を見た後、会場近くの芸術系本屋でタイトルに惹かれて何気ない気持ちで買って読んでみた。これはかなりよかった。単純に芸術に対する意識が変わっただけでなく、読み物としても面白かった。以下に面白かった節タイトルを列挙。
  • うまくいかないのが人生
  • 絶対に発掘される才能
  • 展覧会で落選の日々
  • 飛行機のなかで年間30冊
  • 飢えて死んだ画家はいない
  • いかに「普通か」を問う芸術
  • 不健康と芸術は両立せず
  • ルノワールは無邪気に微笑む
線を引く部分が多かった。今回はちょっと多めに引用してみる。

まずは『絶対に発掘される才能』の部分。読者の質問は、スペシャリストとオタクはどこが違うのか?というもの。著者によれば、オタクとは仲間内だけの閉じられたネットワークのコミュニケーションで、わかるやつだけお互いをオタクと呼び合って情報交換したり褒めあうような人たちらしい。そしてそのようなオタクは芸術の世界にもいるらしい。しかし、芸術というのは分かるやつだけが分かればいいというものではないと。そして著者は芸術オタクにはならなかったと。以下印象に残った部分を抜粋。
 そのときの教訓ですが、たとえどんなに孤独感を味わっても「芸術は一人でやるもの」ということです。群れてはいけないのです。
 真にすぐれたスペシャリストの仕事ならば必ず大衆に理解されます。それには少しばかりの歳月がかかることはありますが、芸術の才能とは必ず発見されるものです。
(pp.85)
なるほどなと思った。真の芸術は大衆に理解されるべきものということらしい。

『展覧会で落選の日々』という節では、美大卒で芸術で食べていける人とそうでない人の分かれ目とは何か?という質問に対しての回答部分。ちょっと長めに抜粋。
 ではどこに差、というか違いがあったのか、と考えて見ますと、それは作品の差ではなく、打たれても打たれても舞台に立ち続けたかどうかだった、ということではないでしょうか。
 画家になりたいのなら、何としても舞台に上がり続けることです。つまりどんなに失意の連続だったとしても作品を公に発表し続けることです。発表という場数を踏めば踏むほど、舞台が大きければ大きいほど、とにかく少しずつでもよくなっていくものです。芸術とはコミュニケーションの一種ですから、こうやってひとの目に触れるなかで初めて見出されていくのです。
 私はいくつもの入試審査や展覧会の審査をやって来ましたが、才能は、人前に出されるかぎり、決して埋もれないものです。必ず見出されます。自分はそれでも見出されていない、と感じるひとは、おそくら出品する舞台が間違っているのです。
(pp.87)
なるほどなぁ、と感嘆した。

また、芸術とは何かが示されている部分がある。再三抜粋。
 芸術とは何かというと、イマジネーションをコミュニケーションしようとすることです。要するにわかりやすく言えば「オレの叫びを聞いてくれ」ということ。つまり叫び方にもうまいもへたもなく、肝心なのは相手に「叫び」を伝えたいという心の存在です。
(pp.89)
これは、なるほど!!そういうことだったのか!!と一人で納得してしまった。叫びなんだ。ということは、この書評ブログも芸術の範疇に入るという解釈でいいだろう。

タイトルになっている、『ルノワールは無邪気に微笑む』というのは最後の節。これは深い。これはあんまり紹介できないなぁ。紹介するのが惜しいくらいの内容。質問は、著者にとっての偉大な画家は誰かというもの。一番はもちろんルノワール。そしてこの節の内容を一言で要約するならば、『「何も伝えない」ための笑顔』ということらしい。この節を読んで、なぜ自分がルノワールの絵に強く惹きつけられるのかが分かった気がする。暖かさや安らぎ、癒しを感じさせてくれる作品が解説されていてとても勉強になった。

この本は芸術に関することだけが示されているわけではない。著者の若きころの話だったり、子育ての話だったり、仕事の仕方であったり、芸術にそれほど関心がない人が読んでも面白いものだと思う。また、何よりも著者の芸術観が全編で示されており、自分の芸術を見る目が養われたような気にさせてくれる。かなりの良書の部類に入ると思われる。

芸術を愛する人は必読!!

読むべき人:
  • 芸術に関心がある人
  • 芸術で生計を立てたい人
  • 叫びたいものがある人
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January 02, 2008

「人間嫌い」の言い分


「人間嫌い」の言い分

キーワード:
 長山靖生、人間嫌い、孤立、世界観、救い
人間嫌いな著者による、人間嫌いとはどういうことかを考察している本。内容は以下のようになっている。
  1. 人間嫌いの世界観
  2. 人間嫌いVS.つるみ系
  3. 人間嫌いの考えるモラル
  4. 友達がこわい
  5. 怒る理由、不機嫌の矛先
  6. 人間嫌いの喧嘩作法
  7. 縁遠くなる人々――かぐや姫症候群と「人間嫌い」
  8. 結婚しても孤独
  9. わがままの達人は美人になる
  10. 晩年に強い人間嫌い
人間嫌いとはどのような存在かを示している部分があるので、その部分を抜粋。
 世間一般の多数意見に異議を唱えたり、みんなが多数決で決めたことに従わない人々。とはいえ、声を大にして反対したり、裏に回って多数派工作をするわけでもなく、ただむすっとして従わない人。会社やご近所にも一人やふたりは必ずいるタイプ。それが本書の主人公である「人間嫌い」だ。
(pp.19)
実在の人物や物語で出てくる人間嫌いが多く紹介されている。『吾輩は猫である』の苦沙弥先生、著者曰く3大人間嫌いである、会津八一、内田百開、永井荷風などさまざまな人物が出てくる。

面白かったのはかぐや姫症候群と人間嫌いの関係で、かぐや姫症候群とは、かぐや姫が結婚相手に無理難題な条件を求めるように、一見結婚する気があるように思わせるが、年収1千万円で高学歴、高身長など高い理想を求めることで相手が見つからず、結婚できないという状態。そのようなかぐや姫症候群に陥っているのは、実は人間嫌いでありながら、世間の人間嫌いへの非難が刷り込まれているので、自身が人間嫌いであることを認められずにいるということが一因として考えられるようだ。これはなんとなくわかるような気がする。このような状態の人は、よくまわりにいい人がいないとか言うようだ。

人間嫌いとは、一般的に世間から非難の対象となったりし、人とつるむことで安住するようなつるみ系から攻撃されたりもする。けれど、人間嫌いでも結構楽しいことがあり、つるんでいる人たちは安全で保障されているわけではなく、自分を貫くという人間嫌いのほうが幸福かもしれないと示されている。他にも線を引いた部分を抜粋。
 人間はひとりでは生きられない。だが、それをいう前に、まず人間は自分自身というものをきちんと持たなければ、本当に生きたことにならない。人間嫌いとは、ほかでもない自分自身に帰属する生き方である。他人と本当に豊かな「関係」を結べるのは、妥協をせず、また他者にも妥協を強いない自分を持っている人間だけだ。
(pp.221)
非属の才能』とかなり似た主張が多い。非属の才能はどちらかというと、個人の内面に焦点を当てているのに対し、この本では人間嫌いを取り巻く環境に焦点が当てられている気がする。

自分は人間嫌いなのか?と思って読んでみたが、やっぱり安易に群れたり妥協したりできないんだなということを再認識し、今の自分を貫こうと思った。

2008年1冊目がこんな本。今年もよろしくお願いします・・・。

読むべき人:
  • 人間嫌いの人
  • 友達がいないことに対して負い目を感じる人
  • 明治時代の文学作品が好きな人
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December 23, 2007

非属の才能

非属の才能 (光文社新書 328)
非属の才能

キーワード:
 山田玲司、非属、孤高、才能、定置網
漫画家による、他者と同調することをよしとせず、人と違うことを推奨している本。内容は以下のようになっている。
  1. 誰のかなにも「プチ圭祐」がいる
  2. ブルース・リーになる試験はない
  3. 定置網にかかった人生でいいのか?
  4. 「変わり者」が群れを動かす
  5. 非属の扉をこじ開ける方法
  6. 独創性は孤立が作る
  7. 和をもって属さず
タイトルを見た瞬間に買わなければいけない本があり、これはまさにそれに該当する。内容の紹介を簡単にすることもできるが、この記事ではあえて、自分が特に印象に残った部分の抜粋を主として取り上げる。まず、非属の才能についての説明。
 絶対にその人でなければ表現できない、のちにその人そのものが新しいカテゴリーになってしまうような種類の才能。
 それこそが"非属の才能"である。
(pp.28)
他にも天才についての言及。
 天才の構成要素は、ちょっとした才能と大いなる努力、そして、群れの価値観に流されず、「自分という絶対的なブランド」を信じ続ける"自分力"なのかもしれない。
(pp.66)
定置網という表現がある。それは、マスコミや企業広告によってもたらされるサービスや価値観にどっぷり浸り、例えば、オリコンチャートを基にCDを買い、ベストセラーの棚だけを見て本を選び、クリスマスにはブランド物をプレゼントし、婚約指輪には給料の3ヶ月分といった思考停止状態の価値観に安住をしている状態のこと。それについての言及も抜粋。
しかし大半の人は、「ただなんとなく有名だから」といった漠然とした理由で定置網にはまり、そのなかでうさぎ跳びをしながら、出る杭に嫉妬している。
 ただ、そんな人ほど「真面目に一生懸命生きている」ように見えるから人生は恐ろしい。
 自分で考えたり、行動することを怠けているにもかかわらず、だ。
 そんな人が「俺だって朝から晩まで頑張っているんだ」なんて食ってかかってきても、肝心のところで怠け者なのだから、相手にしなくていいだろう。
(pp.86)
非属の扉をこじ開ける方法についての一方法について。
「興味ない」を禁句にして、とりあえず手当たり次第に興味を持ってみる。
 同じ作家の本ばかりずっと読むようなことはない。いつも新しい作家を試してみる。自分の好みと異なるジャンルの映画も見てみる。
 (中略)
 しかし、だからといって、同じようなものばかり読んでいたのでは、とんでもなく自分に合ったすばらしい作品があることも知らずに人生を終えてしまうことになりかねない。
(pp.154-155)
自分の才能についての部分。
 群れの空気より自分を信じて、人の評価を無視して自分なりの努力を重ねていけば、いずれ自分の隠れていた才能がなんであるかがわかるときがくるはずだ。
(pp.169)
引きこもりについての意見。
 むしろ僕は、引きこもりに走るような人間にこそ、非属の才能を開花させる可能性があると信じている。
(pp.174-175)
さて、引用が多めなので、以下自分の意見というか感想を。

人と同調することに違和感を感じている人たちは概して生きにくさを感じているもので、そのような人たちに援護射撃をしたかったからこの本を書いたと著者はあとがきで示している。自分自身に関して言えば、『準ひきこ森』見たいな状況だったから、とても気が楽になる。ただ、完全に準ひきこ森にならなかったのは、著者が示すような才能の開花への修行みたいなことをやっていたからだろうなというのがある。

客観的に見れば、主張の細部は極論じゃないかと思うような部分もある。しかし、これらの主張に統計的、科学的な正しさを求めるのではなく、一漫画家で非属の人間の主張として消化できるかどうかが重要だと思う。大学生の時の自分にこれを読ませてやりたいくらいだと思うほどの内容だったので、自分は全面的に支持する。

また、右のサイドバーのカテゴリの『学術系』と『随想、エッセイ』に見られるような、生きにくさの理由への回答を追及するような本に惹かれたり、他人とうまく同調できず引きこもり体質である自分は、この本によれば才能に溢れていることになる。やっぱりそうだったのか、とこの際だから自画自賛しておこう。問題は、うまく才能を開花させられるかどうかだが。しかし、この書評ブログを続けていれば大丈夫だろうという確信はある。

同じような内容の本で『「普通がいい」という病』というのがある。これは精神医学的な観点から、非属であることを解説しているので、『非属の才能』とあわせて読むとよいと思う。

この本を読んで気が楽になった。非属の生き方でいいんだよと言われた気がした。そして、自分はやはり定置網にかかった思考停止状態の存在になるのではなく、どこにも属せないという感覚を大切していきたいと思った。

読むべき人:
  • 「空気が読めない奴」と言われたことのあるあなた
  • まわりから浮いているあなた
  • 本当は行列なんかに並びたくないと思っているあなた
    (pp.1)
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December 15, 2007

「三十歳までなんか生きるな」と思っていた


「三十歳までなんか生きるな」と思っていた

キーワード:
 保坂和志、愚直、考える、自問自答、メメント・モリ
芥川賞作家によるただひたすら自問自答して結論のない話題を考えているエッセイ。内容は以下のようになっている。
  1. 「三十歳までなんか生きるな」と思っていた
  2. プー太郎が好きだ!
  3. 冷淡さの連鎖
  4. 自分がいなくなった後の世界
この本はやはり書評が難しいので、少しの引用と、それに対する感想程度の書評とする。

「三十歳までなんか生きるな」というのは、著者が大学進学をする前あたりに、年齢とともに自分の考えることが、十代の自分から軽蔑されるような人間になっていくことを恐れて、「三十歳までなんか生きるな」という言葉を紙に書いて壁に貼り付けようとしていたらしい。しかし、結局貼り付けることはせずに、貼らなかったためにいくらかの「やりそこなった」という気持ちとともにその言葉を持ち続けて、大学時代を通じて三十歳を単に「くだらない」と切り捨てていた十代の自分と対話を続けていたということらしい。

『「考えつづける」という意志』という節で、この本の核になると思われる部分がある。その部分を引用。
「それができるのは哲学者とか文学者のような特別な職業の人だけだ」なんてことを言って、考えることから逃げる人のことは私は知らない。世界と自分のことを考えずに仕事だけして何になるのか。そして最期になって、自分の死を前にしたときに、わかりやすく噛みくだかれた仏教の講話とかそれ以下の出来合いの言葉にすがっていたら、自分の人生にならないじゃないかと言いたい。
 世界と自分のことに答えなんかない。物事に答えがあると思うのは、未来を固定したものとして考える以上の単純化だ。大事なことには答えがなく、ただ考えるという行為や意志しかない。
(pp.32-33)
仕事だけに日々の生活を埋没させたくない。だから著者のように、考えるための時間やヒントとしてさまざまな本を読む必要がある。自分が書評ブログを続ける理由の本質的なものは、たぶんこれに近い。

他にも小説とはどういうことか、プー太郎の友達を持つことに誇りと持っていることや、フロイト、アニミズム、将棋の話と幅広く考えが示されている。どれも刺激的な内容で面白い。著者の小説はひとつも読んだことはないけど、このような良質のエッセイに惹かれるものがある。『途方に暮れて、人生論 』もお勧め。

考え続けることに意義がある。それがわかってよかった。

読むべき人:
  • 良質なエッセイを読みたい人
  • 日々の生活に追われている人
  • 考え続けていることがある人
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November 11, 2007

アマチュア論。

キーワード:
 勢古浩爾、アマチュア精神、プロ、誠実、生き方
プロ論ではなく、プロ以前の持つべき精神態度、アマチュア論が示されている本。以下のような内容となっている。
  1. みんな「プロ」になりたい?
  2. 生きる方法としてのアマチュア
  3. こんな「プロ」はいらない
  4. こんな素人もいらない
  5. こんなアマチュアになりたい
  6. これが負けないアマチュア的思考
  7. アマチュアは人間のゼネラリストである
アマチュアとは何かが示されている部分を抜粋。
けれど「プロ」と呼ばれなくても、仕事や人間関係や人生にたいしてつねにまっとうであろうとする人はいる。そのようなひとをわたしは人間としての「アマチュア」と呼ぶ。
(pp.3)
このアマチュア精神は、プロの下に位置し、対立したりする概念ではなく、自分の生き方が美しいか美しくないか、正当か不正かなど自分はどのように生きるのかを決定する個人的思考と示されている。そこには倫理観や責任感や誠実さを身に着けており、これらはプロのように一過性ではなく生涯にわたって通用する。そしてアマチュアであることは、まともなプロフェッショナルになるためにも必須の資質であると示されている。

このアマチュア論を示すきっかけになったのが、自称プロによるプロフェッショナルの低落に対する危惧らしい。要は、世間では金が全ての拝金主義が跋扈しており、そのためには消費者を騙したりするような悪徳企業が出現しており、そのようなエセプロになるよりは、まっとうな生き方を目指すアマチュアになったほうがよいと示されている。

プロフェッショナルとは何かと考えていたので、この考えはとても参考になった。また、アマチュア論の格言が26個示されている。いくつか共感したものを抜粋。
  • 自称プロにろくなプロなし。安易な他称のプロにもろくなプロはなし。
  • お題目ばかり立派で実体の不明な「プロ」を目指すより、人間としてのより良き「アマチュア」を目指すほうがいい。
  • 一流のプロフェッショナルはかならず見事なアマチュア精神を持っている。
  • 「プロ」に偽者の「プロ」はゴマンといる。だが、アマチュアに偽者はいない。アマチュアは本物ばかりである。
  • プロは人から評価されてはじめてプロである。
  • ホンモノの思考などない。自らの生き方をかけた覚悟の思考があるだけである。
  • より良きアマチュアになることができるなら、一個の人間としては申し分ない。
  • 自分の価値観を持つということは、自分だけの「意味」を持つことである。
  • ひとは金には感動しない。人間にしか感動しない。
  • 世間の言葉に従って安心を手に入れるよりも、自分で考えて間違うほうがいい。
3,4,5章は著者独自の毒舌が多いので適当に読み流してもいいと思う。後半はアマチュアを体得している人の具体例が示されており、参考になる。現代の人では、サッカーのキング・カズとか登山家の山野井氏など。とても参考になった。

プロを自称する前に、一度自分の行動規範としてのアマチュアを考える必要があるのではないかと思った。

読むべき人:
  • プロ論が好きな人
  • プロフェッショナルとは何かを考えた人
  • 誠実に生きたいと思う人
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September 23, 2007

ひとを愛することができない


ひとを愛することができない―マイナスのナルシスの告白

キーワード:
 中島義道、愛、自己愛、歪、哲学ホラー
カントが専門である哲学者による愛の考察、独白記。一般的に恋愛ができていると思っている普通の人が読んでも何も得ることがないどころか、嫌悪感さえいだくようなグロテスクな内容。では自分にとってはどうか?それはこの記事の最後で示すことにする。

内容は以下のようになっている。
  1. ひとを愛することは難しい
  2. 「ほんとうの愛」とは
  3. 愛に不可欠の条件
  4. 愛という暴力
  5. 愛という支配
  6. 愛という掟
  7. 自己愛という牢獄
  8. 私は私でしかない
副題にあるマイナスのナルシスが示されている部分がある。以下抜粋。
 病的な自己愛に身体のすみずみまで手のほどこしようのないほど侵され、そのあげく他人を自然に愛することができない男あるいは女を「マイナスのナルシス」と呼ぼう。
(pp.13)
このマイナスのナルシスの属性を持つ人間は、自然に他人と恋愛関係を築くことができず、愛されても応じすることができず、誰かを愛しそうになると不安を覚え、自分が愛されそうになると退却してしまうという苦しみを抱くことになる。そして著者は病的にこのナルシスが強く、結婚して妻子もいるが、愛することも愛されることもできないにいたる過程が著者の家族構成から紐解かれている。

なんでも著者の両親の関係が著者のナルシスを形成させていったようだ。父は大正生まれの知的エリートに部類するが、著者の母である妻を好きではいるが愛してはおらず、母の気持ちを機敏に感じ取ることができない淡々とした人間であり、母はその父に40年間も愛してほしいと訴えながら結局は愛されなかったがゆえに父に罵倒を繰り返す激情的な人間として幾度となく描写されている。そして著者はこのような環境から、ひとを愛することの能力の欠如の恐ろしさを学んだようだ。

第一章の最後に強烈な文が載っている。
 青い鳥のように、ただ一つの「ほんとうの愛」を追い求めることはやめよう。唯一の「ほんとうの愛」などない。ただ、さまざまな愛があるだけである。醜悪な愛、欺瞞的な愛、暴力的な愛、功利的な愛、愚かな愛、肉欲に支配される愛、相手に奴隷のように仕える愛・・・・・これらもみな風貌の異なった正真正銘の愛なのだ。
 「愛の讃歌」にひとまず背を向けよう。そして、愛の気圧が低くても生きていけるなら、いや希薄な大気のほうがずっと生きやすいのなら、そう生きよう。愛の幻想から解き放たれよう。そう思い込みたい。
 だが、そう自分を慰めようとしたとたんに、一つの声が響いてくる。
 なるほど、さまざまな愛がある。だが、自己愛だけは別だ。それは、断じて愛ではない。自分を相手よりはるかに愛するおまえは、ひとを愛せない人間なのだ!
(pp.43)
思わず激しく線を引いてしまった。

3章以降は徹底的に愛のマイナス面を実体験から考察している。著者の母のように愛されなかった人間は復讐心から自分を愛すべき人間を告発し、断罪することに執着するようだ。それは、愛することにより、理性を失い、相手を暴力的に苦しめるようだ。そしてその暴力がその矛先である相手を支配し、さらに厳しい掟が存在する。それらは、4,5章と続く。

6章で自己愛の苦しみについて著者が示している部分がある。以下長めに抜粋。
 私は、自己愛が崩壊しないかぎりでしか、他人を愛することはできない。このことに私は苦しむ。劣等感を抱いている。しかし、どうしても変えることができない。
 よって、私は他人から真剣に愛されたくない。私は誰も真剣に愛することはできないのだから、それにもかかわらず愛されてしまう(愛されていると感ずる)と、とても居心地が悪いのだ。突如四方を高い堀で取り囲まれたかのように、圧迫感がするのである。
 親の愛も姉妹の愛も、私をくだびれさせるものであった。妻から愛されていると感ずることも苦しいし、息子から愛されていると感じても鬱陶しい。
 まして、(男であろうと女であろうと)あかの他人から愛されているというわずかな証拠でも発見すると、私は窒息するのではないかと思うほど息苦しくなる。相手に相応のお返しをすることはできず、それができないことを自覚しているうちに、じわじわ相手の一方的な愛が私の身体に侵食してきて、私の身体のバランスを崩す。
 といって、逃げることもできない場合、きまって私は相手を激しく憎むようになる。
(pp.174-175)
これは当事者でないときっと他人に理解されない感覚であると思う。なぜこの部分に惹かれたのか?それは自分もまた、少なからず著者と似た性質を持つからに他ならない。かといって、他人を憎むほどではないが。

6章の最後のほうに載っている、「愛さず、愛されたくないが、愛されてしまうゲーム」の実体験が興味をそそった。なんでも著者のウィーン留学時代に何人もの日本人女性に求婚されたようだ。著者の本をよく読むが、意外な一面を見た気がする。ある意味うらやましいと思った反面、自分がその恋愛ゲームを楽しむことはできそうになく、そのゲームの結末に途方にくれるだろうと思った。

愛とは何かということに真摯に向き合っている本だと思う。内容はかなり濃い。そこらへんのくだらない私小説よりはるかに濃い。単純にグロテスクな愛憎劇を読むより面白いと思う。少なくとも自分にとっては必要な本だ。一般的に良書とはいえないかもしれないが。なぜならば、著者の考え方、人間性に少しも共感できない人にとってこの本は有害ですらある。しかし、少しでも著者に共感できるなら、この本はある意味救いになるだろうと思う。

読むべき人:
  • 他人を愛せないと思う人
  • 他人の好意を受け止められなくて苦しく思う人
  • 私小説のような濃いエッセイが読みたい人
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July 02, 2007

「ひとつ、村上さんでやってみるか」


「ひとつ、村上さんでやってみるか」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける490の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?

キーワード:
 村上春樹、メール、相談、質問、日常
人気作家、村上春樹が読者のメールによる質問に答えていたものが本になったもの。質疑応答事態は2006年3月8日〜6月8日に村上朝日堂に載ったものが基になっている。その数はタイトルにあるとおり490もある。些細な日常生活に関することから、音楽について、作家の本質について、恋愛についてなど幅広い。以下に面白かった質問を少し列挙。
  1. 才能とは何か?
  2. 女の子の条件
  3. 絶望について
  4. イギリスの全裸家事情報
  5. 脱会社員
  6. 19歳の地図とは?
  7. 手に入らないもの
かなり恣意的に列挙した。

人気作家が一体何を考えて生活しているのかということが分かって面白い。作品も好きだけど、この人のエッセイも面白くてよく読む。

読者の気軽な質問にはしゃれっ気を含めて回答し、深刻なものには深くかつ長く回答しているようで。中には自分と同じような疑問を持っている人もおり、その回答に共感を得たものもある。例えば、20前後で重い病気をわずらっている人に対する回答。
人生が不公平だというのは、逆に言えばそれだけ、しっかりがんばればほかの人にはできないことができる、ということでもあります。健闘を祈ります。
(pp.362)
なるほどね、と思った。

半年くらいかけて少しずつ読んだ。一気に読んでも面白くないので、細切れ時間を利用して少しずつ読むのがよいと思う。休日とかにでもね。これを読んでいるときが一番休日をリラックスできたような気がした。

読むべき人:
  • 村上春樹が好きな人
  • 軽いエッセイ読みたい人
  • いろいろ悩んでいる人
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June 24, 2007

若きサムライのために


若きサムライのために

キーワード:
 三島由紀夫、思想、サムライ、自衛隊論、対談
三島由紀夫が若い読者向けにつづったエッセイと自衛隊論、国家、天皇論などの対談をまとめた本。以下のような構成となっている。
  1. 若きサムライのための精神講和
  2. お茶漬けナショナリズム
  3. 東大を動物園にしろ
  4. 安保問題をどう考えたらよいか<対談>猪木正道
  5. 負けるが勝ち<対談>福田赳夫
  6. 文武両道と死の哲学<対談>福田恒存
精神講和の部分はいくつかのテーマに分かれており、肉体、信義、快楽、羞恥心、礼法、服装、文弱の徒、努力についてなど多岐にわたっている。多くが優美で高尚な文体となっているが、そうではなく砕けた文体のものも多い。

特に印象だった部分を若干長いが引用しておく。文弱の徒についての部分。
しかしほんとうの文学とはこういうものではない。私が文弱の徒に最も警戒を与えたいと思うのは、ほんとうの文学の与える危険である。ほんとうの文学は、人間というものがいかにおそろしい宿命に満ちたものであるかを、何ら歯に衣着せずにズバズバと見せてくれる。しかしそれを遊園地のお化け屋敷のみ見せもののように、人をおどかすおそろしいトリックで教えるのではなしに、世にも美しい文章や、心をとろかすような魅惑に満ちた描写を通して、この人生には何もなく人間性の底には救いがたい悪がひそんでいることを教えてくれるのである。そして文学はよいものであればあるほど人間は救われないということを丹念にしつこく教えてくれるのである。そして、もしその中に人生の目標を求めようとすれば、もう一つ先には宗教があるにち違いないのに、その宗教の領域まで橋渡しをしてくれないで、一番おそろしい崖っぷちへ連れていってくれて、そこで置きざりにしてくれるのが「よい文学」である。
(pp.90-91)
文学の恐ろしさがよく分かる。例えば、自分が影響を受けたものとしては、『地下室の手記』とか『罪と罰』がある。これらなんかは特に三島由紀夫が警告を与えているものに該当するのではないかと思う。文学作品の本質は楽しめればよいというものではなく、このように自分自身の内面を大きく変革してしまうものではないかと思う。三島由紀夫自身、このような側面に陥っていたとあり、ニヒリスト的に世間を嘲笑するような何か特別な存在になってしまっていたようだ。このような文学の毒から脱却するために、剣道をやって竹刀を振るだけでよかったと自身で語っている。そして最終的に人の毒に染まるのではなく、自分の体に生まれつきそのようなおそろしい毒を持った者だけが文学者としていくつかの作品を書いてゆけばいいのだとあった。深いなぁと思った。ここまで考えているから文学者になれたのだと思う。

対談の部分はほとんど思想的な側面が強い。自決する前の年、今から大体40年ほど前のものであるが、昔も変わらず自衛隊をどう捉えるか、そしてそれに伴って改憲すべきかどうかが語られている。面白いのは三島自身自衛隊に入隊したり、隊員に対して自論を述べたりしている。そういう側面からの自衛隊への考えは参考になった。まず、自衛隊を二分割すべきで、革命勢力に対しての国土防衛軍と、もう一つは国連警察予備軍で安保条約に忠実で海外派遣なども視野に入れるべきだと。これなんかは今振り返ってみると、自衛隊は軍隊ではないとか言っておきながらイラクにまで派遣してしまっている。この矛盾を解消できそうな面白い考えだなと思った。今の現状を三島由紀夫が見たらどう思うのかなとか想像しながら読んだ。

ところどころ結構過激な主張がある。そしてなんで自決したのかが分かる気がした。詳しい背景を知っているわけではないけど。

三島作品は『金閣寺』などしか読んだことがないので、著名作品は読もうと思った。『豊饒の海』とか買ったまま積読状態だが・・・。

70年代の時代背景や三島由紀夫の考え方が分かって面白かった。今読んでもまったく古くない。

読むべき人:
  • 三島由紀夫が好きな人
  • 高尚なエッセイが好きな人
  • 国粋主義的な人
Amazon.co.jpで『三島由紀夫』の他の本を見る


April 15, 2007

自分は死なないと思っているヒトへ―知の毒


自分は死なないと思っているヒトへ―知の毒

キーワード:
 養老孟司、自然、都市化、生老病死、意識
著者のいくつかの講演がまとまって本になったもの。主に世の中の都市生活に関して自然を排除した都市化が進んでいると論じている本。同じことを何度も繰り返して主張している印象がある。講演録だけに。

現代人は自分を死なないと思っている。それは徹底的に死を排除してきたからであるとある。昔は死ぬ場所はほとんど家だったが、今では病院が多いとある。それは日常生活から死を遠ざけてきたことにより、死が「現実」ではないことになったためだとある。そうなのかなと思った。

自然であるものを徹底的に排除した結果、今の都市がすべて人間の意識の上で管理されてできあがっているとある。だから、自然な存在のゴキブリが部屋にうろついていると徹底的に排除したくなるというようなことが書いてあった。

他にも生老病死が自然なことであるとあり、納得した。

語り口調で書かれているのでそこまで難しくはない。解剖学者らしい観点から死体は何も変わらないが、生きている人は常に変化していくなどなるほどなと思う部分が多かった。また著者の好きな虫の話もよく出てくる。

読むべき人:
  • 養老孟司が好きな人
  • 自然論が好きな人
  • 虫が好きな人
Amazon.co.jpで『養老孟司』の他の書籍を見る


March 02, 2007

物語の役割


物語の役割

キーワード:
 小川洋子、物語、小説の意味、エッセイ
博士の愛した数式』の著作のある小説家、小川洋子による物語の意味について語られている本。物語についてどこかで講演したものが基になっている。以下のような3部構成。
  1. 物語の役割
  2. 物語が生まれる現場
  3. 物語と私
第1部は『博士の愛した数式』が生まれるまでの過程が述べられている。まずは数学者の藤原正彦氏との出会いから始まり、そこから数学者、数学者を取り巻く人間関係に興味を持ったことがきっかけだったようだ。また、物語というものは何もフィクションだけではなく、生きていくうちに起こる出来事を自分なりに受け入れる形で物語を作っているのだとあった。

第2部では著者がどのように小説を書いているのかがよくわかる。まずテーマが先にあるのではなく、些細な物事、人や情景のイメージが先にあり、そこから物語が肉付けされていくようだ。また、小説を書くということは過去を表現することであるというようなことも主張されている。

第3部ではエッセイ的に幼少のころの読書体験などが述べられている。

講演が基になっているので読みやすい。著者がどのように小説を書いたりし、物語というものを捉えているのかがわかって面白かった。これを読むと、著者の小説を何か読みたくなってきた。まだ味読なので。

本当は結構引用したい部分が多かった。しかし、これは読んでからのお楽しみということで。

読むべき人:
  • 物語について考えたい人
  • 小説家志望の人
  • 『博士の愛した数式』が好きな人
Amazon.co.jpで『小川洋子』の他の本を見る


February 25, 2007

「狂い」のすすめ


「狂い」のすすめ

キーワード:
 ひろさちや、仏教、コラム、哲学、発想の転換
宗教評論家による生きにくい現代でうまく生きていくための考え方が書かれている本。以下のような内容となっている。
  1. 「狂い」のすすめ
  2. 人生は無意味
  3. 人間は孤独
  4. 「遊び」のすすめ
今の世の中は結構狂っているのだから、くそまじめに生きていても辛いだけなので、少し考え方を変えてみることで意図的に狂うことが必要だと説かれている。単なる天邪鬼的な発想なのかと思うが、妙に納得できる部分もある。

特に生き甲斐について語られている部分。著者はモームの『人間の絆』を読んだことをきっかけに人生は無意味であるということを理解したらしい。生き甲斐とは、世間から押し付けられるようなもので、それを安易に受け入れることは世間の奴隷になることだと。また人生においての危機についても語っている。以下その部分を抜粋。
 そして、大部分の人間は、世間から押し付けられた「生き甲斐」を後生大事に守っています。その結果、会社人間になり、仕事人間になり、奴隷根性丸出しで生きています。そして挙句の果ては世間に裏切られて、会社をリストラされ、あるいは病気になって働けなくなり、それを「人生の危機」だと言っては騒いでいます。おかしいですよ。それは奴隷が遭遇する「生活の危機」でしかないのです。本当の「人生の危機」は、あなたが世間から「生き甲斐」を押し付けられたときなんです。まさにそのとき、あなはた奴隷になったのであり、自由人としてのあなたは死んでしまったのです。それが、それこそが、本当の意味での「危機」だったのです。
(pp.62-63)
これをどこまで間に受けるべきか。確かに生き甲斐が大事だとよく言われる。自分もそれがほしいと思っていた。でも本当はどこかで違うのではないかと思い始めたときにここの部分を読んで妙に納得した。かなりニヒリズム的な発想だけど。

ほかにも人生に目的を持って生きるのは最悪だと主張されている。たまたま生きているのだからついでに生きればいいんじゃないかという考え。一貫して主張されていることは世間に従属するのではなく、主体性を確立して自由に生きよということだと思う。

仏教の専門家らしくいろいろな古典からの引用が多い。ほかにも自分が体験したことをもとに話を膨らませたりしてる。文章自体はわかりやすい。しかし、この仏教的な考え方が全ての人に受けいれられるとは思えない。自分にとっては妙に納得できた部分があったけど。

読むべき人:
  • 生きづらいと思っている人
  • 仏教に興味がある人
  • 自由に生きたい人
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February 04, 2007

適当論


適当論

キーワード:
 高田純次、和田秀樹、適当、行き方、考え方、思い込み
タレント高田純次の生き方を精神科医である和田秀樹氏が分析したりしている本。どちらかというと、和田秀樹が書いている部分が多い。そんな適当な本。『プロ論。3』に高田純次が載っていたので気になって買ってみた。

最初の章は和田秀樹と高田純次との対談になっている。子供のころ何になりたかったのかとか最近老化してきて下半身が元気がないとかそんな話。テレビと同じような物言いで、ときどき笑ってしまった。

2章では、高田純次という存在を和田秀樹が分析している。高田純次の信条や発言などを基に精神科医の立場からそのような考え方は有効であるというような内容。例えば、高田純次が「人生はバランスだね」というようなことを言っていることに対して和田秀樹が解説し、最後にチェックポイントとして『悪いことが起きたときに、くよくよせずにプラスマイナスゼロの発送を持つ=楽天的に考える(pp.79)』と示している。それらはなるほどなと思う。

3章は高田純次の生き方の十戒が示されている。以下に引用。
  1. 理想、目標は持つな
  2. 自惚れも自信のうち
  3. とにかくヨイショ
  4. カネは天下の回りもの
  5. バカになれ
  6. タダ飯タダ酒おおいに結構
  7. 言い逃れの達人になれ
  8. 浮気も本気も愛は愛
  9. 無計画を押し通せ
  10. 五時から男
普通とは違った楽に生きられる考え方なのかなと持った。

また、適当であるということはバランスを持って生きるということであると和田秀樹が解説している。また高田純次が物事がうまく行っていないときにどう考えているのかということが分かる部分がある。以下にそこの部分を抜粋。
カッコよく言えば、現実を否定せず肯定するということだ。だから、何でも面白げにやってきた。疫病神はいっこうにめげない自分を「張り合いのないやつ」と見限って、他のやつを探してどこかに行ってしまった。そうこうしているうちに、遠くから眺めていた福の神が「変なやつ」と顔を覗きに来た。そう考えている。
(pp.133)
ふーん、なるほどなとなと思った。要は、楽観的に考えろということだろう。

難しいことは何も書かれていない。さらっと読める。また、高田純次がどのように生きていたのかがよく分かった。サラリーマン生活もしていて、その後魔が差して劇団に入ってデビューしたようだ。高田純次の考え方は自分にない考えだったので、面白いなと思った。このように考えれば楽に生きられるのではないかと思った。

アマゾンでは評価が低い。全然本人が書いていないじゃないかとか期待はずれだとか。でも、本人からしてみればそんなにまじめに読んだらダメでしょうと思っているのだと思う。「適当論」というタイトルなのだから。

読むべき人:
  • 高田純次が好きな人
  • 楽な生き方をしたい人
  • まじめすぎる人
Amazon.co.jpで『高田純次』の他の本を見る


November 23, 2006

芸術と青春


芸術と青春

キーワード:
 岡本太郎、エッセイ、若かりしころ、青春時代、比較文化
芸術家、故岡本太郎のエッセイ。以下のような章になっている。
  1. 青春回顧
  2. 父母を憶う
  3. 女のモラル・性のモラル
解説は、みうらじゅんとなっている。

一番面白かったのは、青春回顧の部分。18歳くらいのときにパリに留学し、そこでのパリの雰囲気や出会った人たち、芸術についての自伝的な部分が面白い。特にパリジェンヌとの情事なども語られていて、けっこうプレイボーイ的な側面もあったようだ。むしろ、最後の章で性に関する部分で、もっと性的な部分を解放すべきであると主張しているから、なるほどなと思った。それを主張していた当時は今ほどそのように言いやすい時代ではなかっただろう。

また、太平洋戦争中は5年間軍隊生活を送っていたようだ。そこでの過酷な生活などが語られている。その当時、日本軍では銃は命がいくつあっても足りないほど貴重なもので、それを置き忘れてあわや死にかけそうになった話などいろいろ当時の様子が分かって面白い。

2章では、どのような家庭環境で育ったのかということがよく分かる。結構特殊な環境なのかなと思った。

岡本太郎の文体がとても硬質な感じがするが、それでいて上品な感じがする。決して読みにくいものではなく、すんなり浸透してくるような感じだ。また、読ませるような文体だと思う。情景描写もうまいと思う。

全体的に芸術に関することはあまり述べられていない。どちらかというと、パリと日本の文化比較のような主張が多い気がする。当時の日本人女性は結婚にスポイルされていてダメだとか、日本の落書きとパリの落書きは描かれているのもが違うといったことなど。それらは、よく観察されているような気がする。

『明日の神話』などの原画を見る機会があり、それで岡本太郎はどういう人なのかということが気になって読んでみた。『芸術は爆発だ』と言っていたことから、突飛なイメージがあったが、そうでもなく、冷静で分析的な面もあるような気がした。

読むべき人:
  • 岡本太郎について知りたい人
  • 大戦前後のパリや日本の様子が知りたい人
  • 上質なエッセイを読みたい人
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November 05, 2006

知ることより考えること


知ることより考えること

キーワード:
 池田晶子、哲学的エッセイ、ニヒリズム、傲慢、時事問題
哲学的な文章を書く文筆家による、世の中の事象に対してけちをつけている本。正直あまりよいとは思わなかった。

この本は、『週刊新潮』の連載コラム「人間自身」というものまとめたものらしい。そのため、一つの話題にだいたい3ページの内容となっている。扱っている内容は、世の中の政治、教育、科学、医療、格差社会、ライブドア事件などいろいろ。それらを哲学的に屁理屈を述べているような本。読んだあとに、何かためになるのもではない。

何が自分に合わないかというと、傲慢さがにじみ出ている文体。まるで世間の一般大衆を愚民とみなし、自分は高みの見物をしながらその愚民に警鐘を鳴らしていますよというような感じに受け止められなくもない。主張している内容が納得のいくものならまだしも、なんか違うようなというものがないでもない。

一貫して共通していることは、自分自身が存在していることの理由なんかない、そんなことは考えたところで答えはない。しかし、そのように考えることがとても重要だとある。それは確かにそうだけど、なんで世の中の事象に関して無理に哲学的に屁理屈を述べなければならないのかと思った。また、生死観に関してもなんだかニヒリズム的な印象を受ける。また衒学的な印象も。

しかし、まったく共感できないものでもなかった。品格に関する部分で、人間は不平等だということはあたりまえで、品格に関してもグレードがありますよという部分。そこはもっともだと思った。

なんとなくタイトルに惹かれて衝動買いしたけど、ちょっと期待はずれだった。

読むべき人:
  • 世の中を斜視している人
  • ニヒリスティックな人
  • 毒舌な文章が好きな人
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October 22, 2006

他人と深く関わらずに生きるには


他人と深く関わらずに生きるには

キーワード:
 池田清彦、人生訓、多様性、個人主義、毒舌、野垂れ死に
生物が専門の大学教授による、現代社会を生き抜くための人生訓。本のタイトルの説明部分を抜粋。
他人と深く関わらずに生きる、とは自分勝手に生きる、ということではない。自分も自由に生きるかわりに、他者の自由な生き方も最大限認めることに他ならない。
(pp.4-5)
二部構成になっていて、第一部では、他人と関わらずに生きるヒントが書かれている。以下にその一部を列挙。
  • 濃厚なつき合いはなるべくしない
  • 車もこないのに赤信号で待っている人はバカである
  • 心を込めないで働く
  • ボランティアはしない方がカッコいい
  • 他人を当てにしないで生きる
  • 自力で野垂れ死のう
特に人間関係に関して言えば、べたべたした関係よりも希薄な関係のようがよいという主張。友人関係でも相手をコントロールしないことが重要で、そんなにべたべたした関係でなくても自然と長く付き合っている存在が真の友人だと。なるほどと思った。この部分は結構共感できると思った。

他にもボランティアに関する部分。ボランティアをすることで迷惑をこうむる人がいる場合もあり、本当に自発的にしようと思わない限りやるべきではないという主張。自分自身もそうだと思う。

第二部では、第一部をもとにどうすればよいかということを社会システムの改善という側面から主張されている。提言されていることは以下の4つ。
  1. 消費財を買ったお金をサラリーマンを含めどんな人に対しても全額、必要経費として認めること。
  2. 国が働きたくても職がない人を臨時公務員として雇用すること。
  3. 金持ちの相続税を九割ぐらいにして、そのかわり生前十年間に使ったお金の半分を相続財産から控除できるようにすること。
  4. 消費税を二十〜三十パーセントにすること。
    (pp.7)
結構思い切った提言だと思う。確かに言われてみればよい側面が多いような気がするけど、実際にこれをやったら、どこかでしわ寄せが起こるのではないかと思う。こればっかりは、一つの意見として真に受けないようにしたほうがよい。

著者は生物系の専門なので、どちらかというと自然に従って生きるという考えがあるように思われる。たとえば、食べるのに困ったら、自給自足の生活をすればいいし、それでも無理なら野垂れ死にすればいいじゃないかとか。

ところどころ、これらの主張されていることを明言してたら、周りの人間からは嫌われるよなと思うことがないではない。言い過ぎなんじゃないかと思う部分もある。

それでも、他人と関わりたくないと本質的に思っている人間も金持ちも貧乏人も、天邪鬼も人間嫌いも、ヘンタイも多様性として認めることが重要で、その人たちもそれぞれそれなりに幸せに生きていけますよというヒントが示されているのかもしれない。少なくとも、タイトルに惹かれて読んでみた少数派の自分としては、少しはそう考えていいのかという安心感のようなものを得た。

読むべき人:
  • 他人と深くつき合いたくない人
  • 世間は欺瞞が多いと思う人
  • 自然体で生きていきたい人
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October 09, 2006

「ゆっくり」でいいんだよ


「ゆっくり」でいいんだよ

キーワード:
 辻信一、スローライフ、時間泥棒、環境、ナマケモノ
文化人類学者である著者によるスローライフ提言本。ちくまプリマー新書。若い読者向けの新書らしい。

2部構成になっていて、最初のほうは時間について。現代日本に限らず、世界ではビジネスや生活において早く効率的なことがよいこととされているが、結果的にそんなに忙しくてみな幸せになれるのか、という問いかけが環境や経済に関連して語られる。2部には、そこからスローライフの魅力をアマゾンのナマケモノやそこでの人の生活などから語られる。

著者は文化人類学者でもあり、環境運動家でもある。そういった側面からいろいろと語られている。例えば、車一つ取ってみると、車が毎年世界で何百万台も生産されるが、それによって、交通事故が増え、さらに車を走らせるために道路を作らなければならず、そのために環境が破壊され、さらに排気ガスにより大気汚染が起きる。その便利な車によって、移動時間などがどんどん少なくなっていき、時間を節約できるが、それによってさらに忙しい生活になってしまうというような感じ。このような生活に警鐘を鳴らすような内容となっている。

特になるほどと思ったのが、一見無駄だと思えるようなことに時間を費やすことで生きている価値があるんだというような主張。例えば、友人との語らい、家族との団欒、好きな人と過ごす時間など。そういったものがない生活は、いらいらして人間らしい生活ができなくなっていくようだ。また遊びが重要だということも主張されている。

そしてスローライフの提言のところでは、人が欲しがるものをどんどん手に入れていこうという足し算思考ではなく、本当に必要なもの以外はどんどん置いていくような引き算思考が重要だとある。それはつまり量より質を重視することで、それによって健康や自然環境にとってもよい結果をもたらすというような内容。

ところどころ結構考えさせられる。経済の発展のためには、忙しく働いて儲けることが重要である。しかし、それによって石油の争奪戦が起こり、戦争も仕方ないというようではおかしいのではないかと思えてくる。自分たちが生きている世界は、結構矛盾しているのではないかと思った。ミクロ的な側面からみればよいことかもしれないことが、マクロ的に俯瞰してみるとよくないことであったり。それが日々の生活の忙しさによって見えなくなってしまうんじゃないかと。

個人的には、あまりにも激しく忙しいのは嫌だなと思う。のんびり暮らしたいなというようなこともあって、このような本を読んでみた。

中学生くらいでも読める内容となっている。難しい学術的なことはあまり書いていない。ところどころイラストも入っている。環境や日々の暮らしを考えるのにはよい本かもしれない。ただ、この本を読んで環境のために車を排除しようというような安直な思考に傾倒しないでほしいとも思う。

個人的には時間に対する考え方が変ったような気がした。かならずしも『時は金なり』ではないんだと分かってよかった。

読むべき人:
  • 忙しい生活から脱却したい人
  • 環境に関心がある人
  • 時間や幸福について考えたい人
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September 17, 2006

生きて死ぬ私


生きて死ぬ私

キーワード:
 茂木健一郎、エッセイ、脳科学者、心脳問題、クオリア
最近テレビなどで露出も多い脳科学者、茂木健一郎氏のエッセイ。1998年に出版されたもの。絶版になっていたものが、最近ちくま文庫になって復活したようだ。

内容は、知的なエッセイ。内容がよく分かる部分を文庫版あとがきから抜粋。
『生きて死ぬ私』は、『脳とクオリア』のように硬質な論理を展開するのではなく、一人の人間としてこの世に生きることの切なさ、哀しみ、そして歓びを書き綴った本である。おそらく、『脳とクオリア』で論理的思考のマグマをとりあえずは噴出し終わって、人生のことについて考えたい気分になっていたのだろう。もちろん、脳科学の知見にもとづく考察も登場するが、中心的な関心はあくまでも一人称としての「私」の生き方にある。他では書いていないような個人的なエピソードを交えて、いわば、自分の「魂のふるえ」をそのまま文章に表現した作品となった。
(pp.226)
このようにかなり個人的なことが書いてある。例えば、著者が大学生だったころ、墓など建てるのは土地の無駄遣いだと母親に言ったら、母親は泣き崩れてしまったということや、著者が見る夢についての考察であったり、大学院での実験でウサギの解剖をしなければならないときに感じたことなど。そこでただいろいろ思ったと書いてあるわけではなく、科学者らしい考察もしっかり含まれている。

また、個人的なこと以外には、心とは脳にあるのかといったことや臨死体験、宗教の本質的な意味なども考察されている。

特になるほどと思ったのは、宗教の本質的な意味を文化、歴史的側面からではなく、心の問題として捉えているところで、仏陀、キリスト、マホメットのような宗教的天才は数千年に一人の頻度でしか出現しないといった部分。宗教が脳科学の立場から考察されているのは新鮮だった。

この本は『クオリア光臨』ほど難解ではなかった。かなり読みやすい内容となっている。難しい言い回しなどはほとんどない。またそのようなものがある場合は、読み仮名がしっかり入っている。

何気なく生きていると気づかないような視点がいろいろと述べられていて、なるほどと思うことが多かった。また、科学者らしく、常になぜ?と問い続けているように思われる。

ちなみに、Amazonでの評価は高い。

読むべき人:
  • 心の本質が知りたい人
  • 高尚なエッセイを読みたい人
  • 臨死体験をしたことがある人
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August 04, 2006

村上朝日堂はいかにして鍛えられたか


村上朝日堂はいかにして鍛えられたか

キーワード:
 村上春樹、安西水丸、エッセイ、おまけ、後日付記、身辺雑記
村上春樹のエッセイ。とぼけたイラストを描く安西水丸氏との共著。この本は、他の著者のエッセイと違い、かなり分厚い。344ページもある。

「週刊朝日」に1995年11月から1年1ヵ月連載されていたものが書籍になったもの。今回は、後日付記が載っている。つまり、連載中に書いたものに対する読者の意見に答えたり、補足説明的なものだったり。そこがなんだかよかった。

あいかわらず、著者はいろいろおかしなことを考えているようだ。共感できる部分が多く、もっともだと思うものがある。例えば、標語は意味がないとか。その内容を読んでから、街にある標語に目が行くようになった。確かに、まったく何の役にも立っていない気がする。

一番興味深く思ったものは、『傷つかなくなることについて』というもの。その部分を抜粋。
精神的に「傷つく能力」だって落ちてくる。これは確かだ。たとえば若いうちは、僕もけっこう頻繁に精神的に傷ついていた。ささやかな挫折で目の前が真っ暗になったり、誰かの一言が胸に刺さって足もとの地面が崩れ落ちるような思いをすることもあった。思い返してみると、それなりになかなか大変な日々であった。この文章を読んでいる若い方の中には、いま同じような辛い思いをなさっておられる方もいらっしゃるかもしれない。こんなことでは自分は、これからの人生を乗り越えていけるのだろうかと悩んでおられるかもしれない。でも大丈夫、それほど悩むことはない。歳をとれば、人間というものは一般的に、そんなにずたずたとは傷つかないようになるものなのだ。
(pp.128-129)
この部分は、病院で診察を待っているときに読んだ。自分自身、結構悩んでいたときだったから、へぇ、そんなものなのかと思って、気が楽になったような気がした。村上春樹もけっこう若いころは悩んだりしたんだなと思った。この部分だけでもかなり満足したので、買ってよかった。

他にも面白かったエッセイのタイトルを挙げておく。
  • 空中浮遊クラブ通信
  • 全裸家事主婦クラブ通信
  • 趣味としての翻訳
  • 長寿猫の秘密・寝言編
  • 引き出しの中の煩悩の犬
  • ペンネームをつけておくんだったよな、しかし
  • 日本マンション・ラブホテルの名前大賞が決まりました
  • 村上にもいろいろ苦労はあるのだ
ときおり妄想をかきたてるようなものから、著者の社会の事象に対する意見、また日常生活の瑣末なこと、切ない内容のものなどさまざま。本当にあのような文体の小説を書く人なのかな?と思ってしまう。なんだか別人のような気もする。

安西水丸氏の絵がなんだか一番しっくりくるような気がする。とぼけた感じの味のあるイラスト。これがないと村上春樹のエッセイを読んでいる気がしない。安西水丸という人がどういう人かよく分からなかった。しかし、『プロ論。』を何気なく読み返してみると、載っていた。なんでも、誰よりも絵を描くのが好きだったらしい。他にも若いころ何をしていたのか分かって面白い。

ページ数が多いし、1つのエッセイは5ページほどなので、隙間時間に読める。何かを待っているときなど。カフェで気楽に読むのもよいかもしれない。一日で一気に読むのはあまりお勧めしない。なんだかもったいない気がする。そんな本。

読むべき人:
  • 村上春樹の小説しか読んだことがない人
  • エッセイが好きな人
  • 日常の些細なことが気になって仕方ない人
Amazon.co.jpで『村上春樹』の他の作品を見る


July 30, 2006

孤独と不安のレッスン


孤独と不安のレッスン

キーワード:
 鴻上尚史、孤独、不安、対処法、考え方、ニセモノ、本当
劇作家である著者が孤独と不安の本質を考え、それにどう対処するかをエッセイ風に書いてある本。

基本的に孤独と不安というものからは一生逃れられない。そのため、それとどう対処していくかが重要なようだ。

孤独には、本当の孤独とニセモノの孤独がある。ニセモノの孤独とは、独りでいることが恥ずかしいと思う孤独で、本当の孤独とは、自分と対話することができる状態であり、そのときに人は成長すると主張されている。

また不安に関しては、前向きの不安と後ろ向きの不安があり、前向きの不安は生きるエネルギーになるが、後ろ向きの不安は逆にエネルギーを奪い、最悪自殺にいたらせるものとある。さらに、不安なのはしょうがないことで、自信を最終的に保障してくれる根拠などないと主張されている。

特になるほどと思った部分を引用しておく。
「若い頃に『孤独と不安』に耐えて、慣れておいた方がいいと僕が言っている理由はね、大人になっても『孤独と不安』は増えることはあっても減ることはないからなんだ。たぶん、年を取れば取るほど、『孤独と不安』は増していくんだ。だから、エネルギーのある若いうちに、『孤独と不安』に耐えて、慣れる練習、やりすごす練習、負けない練習をしておくことが、人生の智恵だと思ってるんだ。簡単に言えば、『もっとたくさんの孤独と不安がやってくるから、今のうちに練習しよう』ってことなんだ。その方が、大人になった時に、楽だからね。うんと乱暴な例え話だと、若いころに運動を一杯して、基礎体力をつけておいた方が、年を取っても楽だって言うだろ。あれと同じだね」
(pp.215)
会話調なのは、著者が早稲田大学で教えていいたときに、学生に説明しているという回想部分だから。この部分が、この本の核のような気がし、この部分のためにもこの本を買う価値はあると思う。あと、この引用部分の冒頭の『若い頃に』とあるのに、最後から2つ目の文には『若いころに』となっている。結構いい加減だな。そういうところは。

23のトピックが著者の体験などから語られている。それらの最後にレッスンのポイントとして箇条書きしてあるので、分かりやすい。

結構線を引く部分が多かった。著者もまた、孤独と不安に苦悩したのだろうと思った。また、今の自分にぴったりの本だと思った。

読むべき人:
  • 孤独感から脱却しなければと思っている人
  • 毎日不安が尽きない人
  • もっと楽に生きたい人
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July 21, 2006

苦しくても意味のある人生


苦しくても意味のある人生

キーワード:
 加藤諦三、人生論、意味への意志、フランクル、随想的
加藤諦三氏の著作。自己啓発本というよりは、随想的な人生論。序章にこの本について書かれている部分があるので、その部分を抜粋。
 この本では、人生において本当に満足するには何をどうしたらいいのかを考えた。そのためには、自分に生きる力を失わせた根源を突き止めることが必要なのである。
 フランクルは実存的欲求不満に悩んでいる人は、自分の実存的真空をどうやって埋めていいか分からないと言う。まさにこれは現代日本の私たちの有り様であろう。どうやって生きていいか分からないのである。この本では、その方法をできるだけ具体的に考えたつもりでいる。
 ただ、あまり深刻にならず、こんな生き方、考え方もあるのかという軽い気持ちで読んでもらっていい。大事なことは、それを知っていることだけで十分なのである。
 人は知っていれば、一度は試みる。それがやがて幸せにつながる。
(pp.26-27)
具体的な目次は、Amazonの商品説明を参考にして欲しい。よりよく生きるにはどうすればよいかといったことが主な内容となっている。以下は自分がなるほどと思った考え方。
  • 何かが起きることが生きている証し
  • 深い喜びは大きな悩みから湧いてくる
  • お金があっても人は悩む
  • 「本当の自分」とは理想の自分ではなく、今の自分のこと
  • 自分自身を受け入れる
  • これが自分の人生と受け止める
単純な自己啓発本ではないので、少し分かりにくいところもある。また、ヴィクトール・フランクル(Wikipediaへのリンク)の引用が多い。著者の人生観のようなものが濃く反映されている本だと思う。

説明のために、いろいろなたとえ話が出てくる。例えば、ある蟻がせっせと生きるために餌をとってきたりしているが、腐ったり、流されたりしている。そこへ家を失ったリスが泣きながら蟻に聞く。どうしてそんなにめげずにやっていけいるのかと。蟻は自分が生きるためにやるべきことをやっているだけだと答える。というような話など寓話的なものが多い。また、同じような主張が結構繰り返されているものもある。それだけ重要なことなのだろう。

なんとなくタイトルに惹かれて衝動買いした。単純な自己啓発本のような分かりやすさはないけど、少しずつ心身にしみこんでくるような内容だった。

読むべき人:
  • 人生が思い通りにいってない人
  • 本当の自分がどこかにある思っている人
  • 加藤諦三の本が好きな人
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June 28, 2006

村上ラヂオ


村上ラヂオ

キーワード:
 村上春樹、大橋歩、エッセイ、食べ物、身辺雑記、版画
村上春樹のエッセイ。1999年に一年間雑誌「anan」に連載されていたものが書籍になったもの。新潮文庫のほうで読了。

相変わらずおもしろいエッセイだと思った。今回は食べ物の話が多い。ドーナツ、りんご、食堂車、うなぎ、コロッケ、きんぴらなど。どれも食べ物そのものについての話ではなく、その食べ物に付随する出来事であったりこだわりだったりする。著者本人も認めているように、変なことに関心があるようで、そういう特性を持つから作家になるのだろうとも述べている。

他にも、物を擬人化して考えるのもおもしろい。例えば、体重計の話とかでは、著者が体重計になったとしたらどんな一生を送るのかとか考えたりしている。

また、外国の話も多く、いろいろなところに行っているのだなと思った。大抵街中を走っているようだ。

今回の挿絵は、大橋歩という人の版画が載っている。安西水丸氏のとぼけた感じとは違い、寂寥感を感じさせるものが多い。その版画が1つの話題に2つ入っていて、1つは1ページ丸ごと占めていて、もう1つは話題の終わりのページの左下に小さく載っている。

個人的に印象に残ったもののタイトルを挙げておく。
  • りんごの気持ち
  • 猫の自殺
  • かなり問題がある
  • 恋している人のように
  • さよならを言うことは
  • 円周率おじさん
疲れているときに、こういうエッセイを読むとよいかもしれない。例えば、休日の午後3時ごろ、外はしとしとと雨が降っていて、部屋の中でクラシックなりジャズを奏でながら片手にブランデーなりウィスキーなりを備えてゆっくりと読んでいく。そんな読み方がよく合う本。自分はまったくそうではない読み方をしたけど・・・・。

楽しんで読めた。村上春樹は、今ノーベル文学賞に近い作家といわれているので、気になるところで。

また、最近になって、自分は村上春樹の作品が好きなんだなという確信を得たような気がする。どうでもいいことだが。

読むべき人:
  • 村上春樹のエッセイのファン
  • 食べ物の話が好き
  • 人のこだわりを知るのが好き
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June 20, 2006

知に働けば蔵が建つ


知に働けば蔵が建つ

キーワード:
 内田樹、随想、ブログ、フランス現代思想、社会事象
フランス現代思想が専門の内田樹氏の著書。ブログ(内田樹の研究室)で綴られていたものが書籍になったらしい。そのため、何も金を払ってこの本を買わなくても、内容はほとんど読める。そんなことを知らずに買った。別にいいけど。

以下のような章立てになっている。
  1. 弱者が負け続ける「リスク社会」
  2. 記号の罠
  3. 武術的思考
  4. 問いの立て方を変える
  5. 交換の作法
1章はニート論などで、2章はブランド品を持つことはどういうことか、3章は、著者自身武道家らしくそこから身体論を含めていろいろあり、4章は、靖国問題、反日デモなどより日本の事象に関すること、5章は新聞ネタからいろいろ主張していることなどが書かれている。

文体は軽い感じがする。()を使っていろいろ少し言い訳がましい補足説明的な物も多い。フランス現代思想が専門なので、ニーチェとかオルテガ、フッサール、レビナス、レヴィ=ストロースなどいろいろ出てくるが、読めないこともない。

なるほどと思ったのが『宿命とは何か』というエッセイ。最初のほうに、ハウルの動く城などを例に、想像力の豊かさについて論じていて、想像力の豊かな人は、どのような人生を選んだ場合でも、多くの細部を具体的に想像する習慣からくる既視感を覚えるとある。そこでさらに印象的な部分を抜粋する。
 だから、当然にもその人は「想像した通りのことが私の人生において実現した」というふうに考える。
 ほんとうはそうではなくて、あまりにいろいろなことを縦横無尽に想像しすぎたせいで、何を経験しても「想像した通りのことが起きた」と感じてしまうような人間になってしまったというにすぎないのであるが、それでも、「自分の人生は何一つ思い通りにならなかった」と言い残して死んでゆく人間に比べて、どれほど幸福な人生であろう。
 強い想像力を備えた人は構造的に幸福な人である。
(pp.132)
勝手な解釈をすれば、よくないことを想像してしまい、それが本当になってしまっても、悲観する必要はないんじゃないかということか。よくないことも想像通りになったとしても、幸福だと思っておけということだと解釈しておこう。よくないことが最近起こりすぎているから・・・・。このエッセイの部分は、著者のブログを検索しても出てこなかったので、この部分のためだけにもこの本を買う価値があったと思う。

この著者の本を完全に理解するには、フランス現代思想が必須のような気がする。次は、『寝ながら学べる構造主義』でも読むか。

読むべき人:
  • 構造主義的な考え方が好き
  • 知的なエッセイが好き
  • 武道家の話が好き
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June 06, 2006

途方に暮れて、人生論


途方に暮れて、人生論

キーワード:
 保坂和志、エッセイ、生きにくさ、身辺雑記、哲学的
小説家、保坂和志氏のエッセイ。『風の旅人』という雑誌と「Web草思」というWebマガジンで連載されていたものが書籍になったもの。まだ連載は続いているようだ。

どういう内容なのかが分かりやすく書かれた部分があるので、若干長いがその部分を抜粋。
 生きるということは本当のところ、多数派のままではいられないということを痛感することで、要領のいい人たちから「ぐず」と言われるような遅さで考えつづけることでしか自分としての何かは実現させられない。拠り所となるのは、明るさや速さや確かさではなはなく、戸惑い途方に暮れている状態から逃げないことなのだ。
 だから、この本には生きるために便利な結論はひとつも書いていない。しかし安易に結論だけを求める気持ちがつまずきの因(もと)になるということは繰り返し書いている。生きることは考えることであり、考えることには結論なんかなくて、プロセスしかない。
 とにかく、今はおかしな時代なんだから生きにくいと感じない方がおかしい。生きにくいと感じている人の方が本当は人間として幸福なはずで、その人たちがへこんでいしまわないように、私は自分に似たその人たちのために書いた。
(pp.251-252)
人生論とタイトルにあるが、いかに生きるべきかということは書いていない。むしろ、著者の生活のなかで感じたことを基に話を膨らませて人生論に絡めていったような内容となっている。自分が感銘を受けたもののエッセイのタイトルを挙げてみる。
  • 「生きにくさ」という幸福
  • あの「不安」がいまを支えてくれる
  • 外の猫たちを見て「愛」について思う
  • 「死」を語るということ
  • 教養の力
  • カネのサイクルの外へ!!
といったもの。どれも、最初は身の回りの出来事を具体例として示して、さらにそこから抽象的な表現でその主題を語っている。そのため、なんだか現代文の入試問題に出てきそうな文体だった。また、著者の特徴として、相変わらず主題を導くために主張が右往左往しているような気がして、分かったような分からないような気になる。分かるときはなるほど!!とすぐに分かるんだけど・・・。

著者がどういう人かよく分かる。特に学生時代にどう過ごしていたのかというものでは、何もしないということを貫いてきたとある。それが著者の独特の小説につながっているようだ。まだ、小説は読んだことないので、気になってきた。読んでみようと思った。

小説家なのにとても哲学的なことを主張している。どうして小説家になって哲学者にならなかったのか?という疑問もわいてきてしまった。それでも、著者が小説家にならざるをえなかった理由がこの本を読むと分かるような気がする。

特に不安に関する主張や生きにくさはの部分でなるほどと思って、気が楽になった。読んでよかった。

良質なエッセイは、やはり面白い。それでいて、自分にしっかり染み込んでくるような気がする。

読むべき人:
 保坂和志のファン、生きにくさを感じている人、身辺雑記が好きな人、世の中のあらゆる現象からさまざまなことを考えたい人


June 04, 2006

苦難の乗り越え方


苦難の乗り越え方

キーワード:
 江原啓之、スピリチュアル、人生論、苦難、生きる
テレビなどで話題のスピリチュアルカウンセラー、江原啓之氏の著作。今の自分は苦難の状況なので、何か得られないかと思って読んでみた。

内容は以下のように3章立てになっている。
  1. 苦難をどうとらえるか
  2. 苦難の乗り越え方
  3. 逃げか卒業か
第一章では、生きているうちに訪れる生老病死などの苦難をどう受けとめるかが書いてる。例えば、『苦難は自分自身のたましいを鍛えるための方法である(pp.23)』であったり、『恐れるものがないということが実はいちばんの幸せである、と私はとらえています。(pp.33)』といったことが述べられている。

二章では生きているうちに起こりえる苦難、例えば、病、貧乏、恋愛、結婚、挫折、仕事などについて著者の考え方述べられている。

三章の卒業か逃げかというのは、苦難に対して逃げたか、それとも克服して卒業したのかということで、卒業が望ましいということ。そのためには自分自身をしっかり内観し、義務を果たしたかということらしい。そのときにノート内観法というもの有効で、ある出来事に対する自分自身の気持ちをノートに整理することである。これによって、自分自身を分析し、今後の生き方をよい方向にしていきましょうというもの。

著者はスピリチュアル、つまり霊的な資質を持ち、そのような視点から物事を語っているが、かならずしも受け入れられない内容ではなかった。主張していることは至極全うで突飛なことが主張されているわけではなく、著者がテレビで話すように語り掛けてくれているようで、そのように考えればよかったのかと目からうろこが落ちる気がした。こういう視点もあるんだなと思った。読了後には、気持ちがすごく楽になった。一言で言えば、いろんな執着を捨てることが重要なのではないかと思った。

読む前は、スピリチュアルという性質上、少しためらったが、読んでみてよかった。本を読むとき、偏見を捨てるということも重要だとわかった。また、スピリチュアルという性質上、この本の内容を誤読しないようによく考えなさいということも主張されていた。

あと、病気に関することで、腎臓が病んでいるのは、消化しきれない思いがあるということらしい。もしかしたらそうかもしれない。

この本は何度も読み返す必要があると思う。

読むべき人:
 苦難にもがき苦しんでいる人、スピリチュアルに興味がある人、生きていくうえでの考え方を変えたい人


May 30, 2006

自分と向き合う「知」の方法


自分と向き合う「知」の方法

キーワード:
 エッセイ、生命論、欲望論、性愛論
著者は、森岡正博という大学教授。さまざなばエッセイをまとめたものが本になったもの。

タイトルにある『自分と向き合う』というのは、『自分を棚上げしない』ということ。つまり、身の回りで起きる事象や問題に対して、自分をそこに含めずに考えるのではなく、では自分はどうなのか、自分はいままでどのようにすごしてきたのかというような、自分を含めて事象に対して考えていく姿勢が重要だということ。そういうったことが1章を費やして語られている。例えば、差別論が問題になったときに、一般化して考えるのではなく、自分自身それにたいしてどう振舞ってきたのかということを含めて自己を問い詰めながら差別論についても考えていくことが重要とある。

2章は欲望論で、主に環境問題についてで、世界中で温暖化がどうのこうのと問題視されているが、自分自身の普段の生活では暑い日のクーラーなしの生活は考えられず、そこで葛藤が生じる。その欲望から逃れられないことをどのように考えていくべきかが書かれている。

3章は性愛論である。主に男女間の相互不信やフェミニズム的なことが挙げられ、また男もそういうことをよく考えましょうといった内容。

4章は、生死、老い、宗教がテーマである。例えば、尊厳死を認めるならば自殺も認めるべきであるが、そこには矛盾が生じているといった内容。

1章が一番面白かった。後の章は、気軽に読めるテーマのもの多いが、そこまで面白いものでもなかった。何よりも新聞などで書かれた短いエッセイの寄せ集めという印象なので、一貫して主張されていることが分かりにくい。

特に3章では、この著者の『感じない男』のほうがよくまとまっていて面白い。『「知」の方法』の内容は10年前のものなので、『感じない男』のほうが最近のものでより洗練されている。特に女子高生に萌える理由などが書いてあってなるほどと思って読んだ。

この著者は自分を棚に上げないといっているだけあり、普通なら隠しておきたいような個人的なことも主張している。そこが共感を持てる部分だと思う。

また、1章で自分自身のために学ぶ動機として以下の二つが挙げられている。
  1. 自分の知の可能性を広げることで、自分が生き生きと生きたい
  2. 自分がかかえ込んでいる重い問題に対して、自分自身で決着を付けたい
    (pp.44)
これも共感できる。

読むべき人:
 世の中の事象に対するエッセイが好き、何のために学ぶのかということを考えたい、環境問題を考えるとき、自分の生活はどうか?ということに疑問を持つ人、研究意義がわからなくなってきた人


May 26, 2006

「これだけは、村上さんに言っておこう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける330の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?


「これだけは、村上さんに言っておこう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける330の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?

キーワード:
 村上春樹、Q&A、読者との交流、ホームページ、人生相談、ムック
村上朝日堂というホームページでの読者と村上春樹とのQ&Aのやり取りがムックになったもの。質問は330あり、台湾、韓国からの読者のものも掲載されている。それにしてもタイトルが長い・・・。

読者からの質問事項がバラエティに富んでいてとても面白い。いくつか列挙してみる。
  • 卒論が書けない
  • ワープロか手書きか
  • マックユーザの理由
  • 男性は恋人におごるべきか?
  • 作家がものを書く動機は?
  • 読書と音楽が趣味と答えるのは?
  • ジャズを聞くアドバイスがほしい
  • ジャズバーを開きたい
  • 知的な胸
  • 作品が「日本文学的」でないのはなぜ?
など。時にはまじめに答えるが、時には無責任に答えたりしている。特に、自分の作品を評論家のように語るようなことは一切していない。そういうポリシーというか、著者自身の性格、考え方がストレートに出ているので、面白いと思う。

中にはなんでそんなことを聞くんだという読者の質問もある。ほとんど人生相談みないなものとか。それはそれで、その答えがまたなるほどなるほどと思って線を引いてしまう。

あと、『カラマーゾフの兄弟』を映画化したととして、どのような配役がよいかといったことを挙げたりするのもはやっているようで。村上春樹自身、『カラマーゾフの兄弟』は最高の小説というようなことを述べているので、なるほどと思った。まだ未読なので気になるところで。

台湾、韓国からの読者の質問もあるが、これらはどちらかというと村上春樹ブームなどの現象に対する質問が多い。今では世界中に読まれるグローバルな作家であり、そういうことが海外読者の視点から意識させられる。

普通のエッセイとは違った、ストレートな考えがわかって面白かった。ホームページのほうはあまり見たことがなかったので、これから見てみるか。

読むべき人:
 村上春樹ファン、小説家が何を考えて小説を書いているか知りたい、人生相談ものが好き、Q&Aものを軽く読みたい


May 15, 2006

村上朝日堂はいほー!

村上朝日堂はいほー!

キーワード:
 村上春樹、エッセイ、愚痴、個人的なこと
村上春樹のエッセイ。3作目。1983年から1988年までに『ハイファッション』で連載されていたものなどが書籍になったもの。

基本的に前の2作とあまり変わらないが、少しだけ文体が変わっている。小説に出てくるほどまでの比喩ではないが、少し飾った文体が出てくる。どちらかというと愚痴っぽいものが多く、また、身近な人に焦点を当てたものが少なくなっている。

今回面白かったのは、著者は山羊座のA型で、占いは基本的に信じていないけど、雑誌とかにはよくないことが書いてあって割を食うということや、双子の女の子とパーティに出てみたいという欲求を持っていたりとか。

なかでも言われてみればなるほどと思ったのは、町中に溢れる標語つきの看板があって、それは全く意味のないものだという愚痴のような話。確かに、最もだと思って、笑いそうになった。「スピード出すな、死んでしまえばもうおしまい」とか。その話題の落ちも面白かった。

あと、自分もそう思うと共感できたところは、英語についての部分。著者は翻訳業をやっているからしゃべれると思われているがそうではないらしく、そこから英語について語っている。曰く、英会話教室に通っても無駄だと。また英語の早期教育についての疑問も挙げている。その部分を引用しておく。
普通の六歳の子供がどうしてバイリンガルにならなくちゃいけないのか僕には全然理解できない。日本語もちゃんとできない子供が表層的にちょこっとバイリンガルができてそこに何の意味があるのだろう?何度も言うようだけれど、才能かあるいは必要があれば、子供英会話教室に通わなくったって英会話は人生のどこかの段階でちゃんとできるようになる。大事なことはまず自分という人間がどういうものに興味があるのかを見定めることだろう。日本語の真の会話がそこから始まるのと同じように、英語の会話だってそこから始まる。(pp.138)
国家の品格の著者、藤原正彦氏と同じような主張である。昨今の教育改革に関する部分に通じるものがある。自分自身もこの意見に激しく同意する。

取り上げられている話題は瑣末なことなんだけど、それ分かる分かるという共感が得られるので楽しんで読めた。また、少し切ない内容もあった。『青春と呼ばれる心的状況の終わりについて』というものとか。こういう所感を広げて装飾していけば著者の小説の一場面になっていくのだなと思った。

読むべき人:
 エッセイが好き、山羊座A型の人、音楽の話が好き、瑣末な話題に共感できる、さまざまな地域の話が好き


May 08, 2006

村上朝日堂の逆襲


村上朝日堂の逆襲

キーワード:
 村上春樹、安西水丸、エッセイ、身辺雑記、生活、こただわり
小説家村上春樹のエッセイ。1985年4月から1986年4月まで週刊朝日に連載されていたもの。前作の『村上朝日堂』と似たような感じ。イラストレイターの安西水丸によるのほほんとした絵もしっかりある。ちょっと違うところは、1つの話題が4、5ページになっていることかな。

特に面白かった話題は、Fの鉛筆はセーラー服を着た女学生みたいだといわれたのをきっかけにFの鉛筆が妄想により使いづらくなったこと、学習についてという話題で、大学時代は何も学ばなかったこと(早稲田大学文学部に7年通ったらしい)やあまり若いときに勉強しすぎると「勉強ずれ」が起こるんじゃないかとか、人々はなぜ本を読まなくなったのかという考察など。日常のささいなことにこだわりをもっていたり、考えたりしているのがわかって面白い。

この本を読んでいると、村上春樹という人の素の人物像が分かる。あまり人付き合いが良くないようで、初対面の人とは話しづらい性質を持っていたり、人工的な高さに対する高所恐怖症だったり、日々それなりにストレスを感じることが何かあるといった具合に。勝手な推測だけど、エニアグラムは自分と同じType5なんじゃないかと思う。なんとなく共感できる部分が多いから。

こういう本は何も考えずに読めるから楽しいし、気楽だ。

読むべき人:
 村上春樹がどういう生活をしていたかしりたい、作家の仕事はどういうものか気になる、ビールなどの酒が好き、一人で街をぶらつく生活に憧れる


May 06, 2006

この国のけじめ


この国のけじめ

キーワード:
 藤原正彦、国家の品格、教養論、日本、武士道、教育論、身辺随想
国家の品格』の著者によるエッセイ。

内容は国家の品格と重複する部分がけっこうある。この本は国家の品格以後の出版となっているが、初出は新聞、雑誌の記事で、それらがまとまったものとなっている。そのため、講演内容を文書化したものと違って少し固めの文体となっている。また、扱っている内容が本書の中で繰り返している部分もあるし、論述内容が多岐にわたっている。

主な内容は、最初は日本を憂う気持ちから、市場原理主義、ゆとり教育の失敗、大戦中の敵国がいかに卑怯極まりないことを行って日本を貶めたなどといった、少し硬い内容となっている。最初のほうは、祖国愛と題した章にあるように国家単位の事象から次第に個人的なことに話が変わっていく。

個人的なことを語るエッセイがとても面白い。著者の自意識過剰といえるまでの自分は女性にモテるはずだという思い込みが随所に現れていて、失笑してしまう。そこまで言い切れるものなら、その人ならではのキャラクターなのだということがわかって面白い。ユーモアも忘れない著者の個人的な話は、親との関係などもあって、著者がどう生きて考えてきたのかがわかる。

なるほど、なるほどと思って線を引いた部分が二箇所ある。1つは小学校から英語教育を始めることの批判、そして国際人になるには高い教養が必須であるという部分のくだり。
伝達手段の英語をマスターし、かつ自らの内容を豊かにすることは、並みの日本人には不可能という辛い現実を、素直に国民に伝えねばならない。内容を豊かにするためには、読書を中心とした膨大な知的活動が必要であり、これが膨大な英語習得時間と、並みの人間にとって両立しないのである。うまく両立させられる日本人は、千人に一人もいないと考えてよい。(pp.72)
ここまではっきり言われればなるほどと納得がいく。自分が大学時代にそれなりに英語の勉強をしてもTOEICの点数が頭打ちになってしまったのはこれで言い訳できる・・・・。だって読書冊数を維持しながら英語の勉強まで完璧にやることは不可能だった・・・・。研究とかもあったし・・・。まぁ、逆にもう何年か辛抱して努力し続ければ、千人に一人以上の逸材になれるんじゃないかと思う。

また、著者の主催する読書ゼミの教養についての部分。
教養がどうしても必要なのは、長期的視野や大局観を得たいと思うときである。長期的視野や大局観を持つとは、時流に流されず、一旦自分を高みに置き、事象や物事を俯瞰しつつ考察するということである。このためには若いうちから「現状」を離れ大きな枠の中で人間や社会の本質に迫る、ということに慣れねばならない。そこで、時空を超える唯一の方法、すなわち読書により、古今東西の偉人賢人の声に耳を傾け、庶民の哀歓に心を振るわせる、ということが必要になる。このような読書の蓄積が教養である。(pp.114-115)
このように今まで読んできたどの教養論よりも簡潔的かつ的を射ている。

もちろん、国家の品格同様納得できない部分もそれなりにあるけどね。

この本を読んだ後は『武士道』を読みたくなる。また、日本の歴史、文化をしっかり学ぼうという気にさせてくれる。

エッセイは著者の考えなどがよくわかるので面白い。

読むべき人:
 国家の品格だけでは物足りない人、藤原正彦のファン、教養論が好き、小学校からの英語教育の是非に関心がある人、最近日本はだめになってきていると思う人、歴史好き、武士道が愛読書


April 30, 2006

村上朝日堂

村上朝日堂

キーワード:
 村上春樹、エッセイ、考え方、日常

残念ながら画像がない・・・。新潮文庫のほうで読んだ。

村上春樹のエッセイ。22年前(ちょうど自分が生まれた年)に書かれているので、その当時の村上春樹を取り巻く日常生活や考え方が分かる。例えばどういうアルバイトをしていたかや、引越しがやたらと好きとか、電車で切符を必ずなくすから耳に保管したいたとか、近所のうまい豆腐屋の話とか面白いネタがいっぱい。安西水丸という人のイラストがついていて、その適当さがまたいい味を出している。それぞれの話題が2ページで繰り広げられる。というのも、アルバイト雑誌か何かの連載だったらしい。

小説では圧倒的な比喩で少し気取った文が多いが、これは素朴というか、飾らない普通の文体である。そのギャップがまたなんともいえない。

このような生活を通していろいろなことを感じることから、ベストセラー作品が生まれるのかと思うと面白く読めた。著者の微妙なこだわりみたいなのもあって、人のそういう部分を知ることができるのは面白い。

気軽に読めるので気分転換にお勧め。

ここまで村上春樹を取り上げるのは、もちろん注目作家だから。作品も好きである程度読んだ。

読むべき人:
 村上春樹が普段どういう生活をしていたのか知りたい人、どんなこだわりがあるか知りたい人、短いエッセイが好き、人の日常を探るのが好き、イラストつきの本が好き


April 23, 2006

国家の品格


国家の品格

キーワード:
 数学者、日本、武士道、教養、歴史、自由、平等

数学者が著者。
最近新書で売れまくっている。100万部は売れたらしい。内容は日本はどうあるべきかということが著者の体験などから語られていく。講演内容を文書化したらしく、割と読みやすい。

大学教授なので、教養が深いと思われる。さまざまな歴史やアメリカなどの他国と比較しながら日本はどうあるべきかが語られている。たとえば、市場原理主義は野蛮であるとか、また、武士道精神を取り戻すべきであるとか。

正直、考え方が古いような気もしないでもない。しかし、面白かったのは、数学をやるには美しいことが分かる、つまり美的センスがないとだめだというような主張だった。その具体例として、インドの高卒の天才数学者ラマヌジャンが美しいところ住んでいたからとある。その道で飛びぬけるには美的センスが必要だということを医療、土木が専門の学者にも言ったらその通りだといわれたそうだ。それが面白かった。これはIT業界にも当てはまると考えられる。簡単に言えば美しいプログラムを書けるかどうか。そういったことから芸術鑑賞などが必要だし、日本は美しい土壌があるので他国に劣ることはないといった主張が多い。

また、教養を身につけなければ海外では相手にされないとったこともなるほどと思った。何でも、日本の文学作品のことを聞かれるそうだ。だから歴史とかも分かっていないとだめだとかあった。

売れているからなんとなく買って読んでみた。その通りだと思う部分もある反面、納得いかない部分も多い。

読むべき人:
 歴史が好き、教養論が好き、日本国についての現状はどうなのか知りたい、教育問題に関心がある、数学者の話はおもしろそう、ベストセラーには目がない


April 15, 2006

不安の力


不安の力

キーワード:
 不安、解消、随想、五木寛之、仏教

五木寛之が著者。不安とどのように付き合っていけばよいか著者の考えが書かれている。著者は小説家なので、何も心理学的なことが書いてあるわけではなく、人生経験からどのように不安に対処していけばよいかが主な内容。仏教的な引用、考えが多く、少し著者の独善的な考えのような感じがする。

内容は、著者がどのように不安と付き合ってきたか、自分が時代に取り残される不安、若さが失われていくことの不安、働く場所が見つからないことの不安、病気と死の影におびえる不安などといった章立てになっている。どれも著者の独自の考えが語られている。

どの章にも共通に語られていることは、不安は取り除くものでもなく、不安を悪とみなさずそれを受け入れてよりよく生きていこうというような内容となっている。そこまでの境地に達するにはそれなりの年齢を重ねないと無理なような気もする。

この本を読んだ理由は、自分は常に不安に覆われているから。そのため何か救済を求めて読んでみたが、何か不安解消の実用的なことが書いてあるわけではなく、人生をどのように生きるかというような内容となっている。そのためどこか大局的なことが書いてあるようだった。また、少し考え方が古い印象も受ける。しかし、長い目で見れば役に立つのかもしれない。

読むべき人:
 仏教の話が好き、人生論が好き、不安との付き合い方の例を知りたい、五木寛之のファンなど

記念すべき第一回目の読書記録からこのような本・・・。どんな記録になっていくのだろうか・・・。