書評総数(日付順)

September 02, 2015

鍵のかかった部屋

キーワード:
 ポール・オースター、ニューヨーク、失踪、作家、自己喪失
ニューヨーク3部作3作目。以下のようなあらすじとなっている。
美しい妻と傑作小説の原稿を残して失踪した友を追う「僕」の中で何かが壊れていく……。
緊張感あふれるストーリー展開と深い人間洞察が開く新しい小説世界。高橋源一郎氏が激賞する、現代アメリカで最もエキサイティングな作家オースターの<ニューヨーク三部作>をしめくくる傑作。
(カバーの裏から抜粋)
3連続でニューヨーク3部作を読んだ。

あらすじを補足すると、主人公の「僕」と友人のファンショーは子供のころから家が隣同士で友人関係であった。ファンショーはハーバード大学に進学するも中退し、その後タンカー船員などになって各地を放浪しながら作家になり、「僕」とも次第に疎遠になっていた。「僕」は新進気鋭の批評家になっていたところ、ファンショーの妻、ソフィーからファンショーが失踪したという手紙が届く。

表面上はやはり他のニューヨーク3部作の1作目『ガラスの街』,2作目『幽霊たち』のように探偵小説風になっている。ファンショーの生い立ちを振り返りながら、ファンショーの行方を追っていく過程が。しかし、主人公はファンショーの捨てたもの、妻子、作家としての名声などを引き継ぐように得ていくが、ファンショーについて追えば追うほどファンショーとは自分が考え出した幻影にすぎないのではないかと疑念さえ抱き始める。そして、自分自身が揺らいでいく。

そしてこの物語も主人公の視点は誰なんだ?と引っかかるところが出てくる。例えば以下の部分を読むと。
 しかし、その結末だけは僕にとってもはっきりしている。それは忘れていない。これは幸いなことだと思っている。なぜなら、この物語全体が、結末において起こったことに収斂しているからだ。その結末がもしも僕の内側に残っていなかったら、僕はこの本を書きはじめることもできなかっただろう。この本の前に出た二冊の本についても同じことが言える。『ガラスの街』、『幽霊たち』、そしてこの本、三つの物語は究極的にはみな同じ物語なのだ。
(pp.182)
ここはあとがきでもなく、作中の内面描写部分で、文脈上ここでの「僕」は主人公になる。しかし、どう考えてもここは神の視点でのポール・オースターのように突如口出ししているようにも思える。表面上通りに受け取れば、この作品の主人公が前作の『ガラスの街』、『幽霊たち』を書いたことになる。

また、ファンショーの妻が失踪した夫を捜索するために雇った私立探偵のクインという男が出てくるが、これは『ガラスの街』の主人公と同じ名前である。そして、『ガラスの街』でクインが依頼を受けた男、ピーター・スティルマンも出てきて、本作の主人公の「僕」がフランスで出会う。そんな何気ない演出もあって、ニューヨーク3部作のそれぞれの関係性にいろいろな想像の余地が与えられる。それぞれの作品の世界観が入れ子構造になっているのか?などなど。

3部作に一貫しているのは、表面の探偵小説風であることと、主人公が翻弄されて自身のアイデンティティーが揺らいでいくところだ。そして、時折著者の独白のように作家として物語を書くということはどういうことか?という描写もところどころにちりばめられている。さらに、結末直前まではどうなるんだ!?と盛り上がるのだけど、結末が分かったような分からないような、微妙な感じで置いていかれる側面も・・・。

ポール・オースターの作品を継続して読んでみたが、好きな作家というか、自分に合う作家であることを認識できた。ポール・オースターの作品は暇を見つけて全部読みたいと思った。また、アメリカ文学は多様性に満ちて奥が深いとも思った。




読むべき人:
  • 探偵小説が好きな人
  • アイデンティティーについて考えたい人
  • 物語を書くとはどういうことか考えたい人
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August 09, 2015

幽霊たち

キーワード:
 ポール・オースター、ニューヨーク、探偵、作家、前衛
ニューヨーク3部作の2作目。以下のようなあらすじとなっている。
私立探偵ブルーは奇妙な依頼を受けた。変装した男ホワイトから、ブラックを見張るように、と。真向いの部屋から、ブルーは見張り続ける。だが、ブラックの日常に何の変化もない。彼は、ただ毎日何かを書き、読んでいるだけなのだ。ブルーは空想の世界に彷徨う。ブラックの正体やホワイトの目的を推理して。次第に、不安と焦燥と疑惑に駆られるブルー…。’80年代アメリカ文学の代表的作品!
(カバーの裏から抜粋)
ニューヨーク3部作の1作目が、以下の作品であった。別に1作目の完全続編というわけでもない。舞台がニューヨークであることと、主人公のアイデンティティーが次第に揺らいでいく部分以外は、まったく別物であると言っていい。

主人公はブルーという私立探偵で、かつてブラウンに師事して探偵のイロハを覚えた。ある日ホワイトという男に、ブラックという男を監視して週1回報告書を書いてくれと依頼される。実に簡単な仕事だと引き受け、ブラックのアパートの道路の反対側の部屋からブラックを逐一監視する。しかし、ブラックがやっていることは何かを書き物して、読書をして、ときどき街に出かけるだけで、事件らしいことが何も起こらず、次第に疑心に駆られていく・・・。

象徴的にこの物語を示すなら、DB管理システムにおけるデッドロック状態みたいなものだ(勘の良い人ならなかばネタバレしてしまうような例えだが・・・)。しかし、主人公のブルーだけが自分が何をやっているのかがはっきりと分かっていない。確かにブラックを監視しているが、ブラックは何者かもわかっていない。ブルーを紐づけるブラックを監視すること、という仕事の意義も見失われていき、自分が「誰でもない人間」になっていく過程が不安を掻き立てられた。

訳者あとがきには、『オースターは、カフカ、ベケット、安倍公房といった作家たちと比較されてきた』とある。あぁ、なるほどと思った。安倍公房的だなと思った。前作の『ガラスの街』は『燃えつきた地図 (新潮文庫) [文庫]』のようだし、『幽霊たち』は若干『他人の顔 (新潮文庫) [文庫]』に近い。共通するのは、自身の存在が揺らいでいき、不安にさせられる点。安倍公房が好きな作家なので、ポール・オースターもこの系統なのかと分かって満足した。

そういえば、以前TOEIC対策のために英語リーディングを強化しようと、以下の洋書で本作を読もうと試みたのだった。結局ブルーがブラックを監視し始めたところで止まって、本棚に置いておいたのにどこかに消えてしまった。幽霊みたいに(本作の「幽霊」は全く別の象徴なのだけどね)。


新潮文庫のほうは130ページと少ないし、訳も読みやすいのですぐに読めると思う。特に最後のほうはペースが速まる。しかし、分かったような、分からなかったようなもやもやしたものが読後に残る。よって、またいつか再読だ。



幽霊たち (新潮文庫)
ポール・オースター
新潮社
1995-03-01

読むべき人:
  • 探偵小説が好きな人
  • 安倍公房が好きな人
  • 不安になる小説が読みたい人
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August 01, 2015

ガラスの街

キーワード:
 ポール・オースター、探偵、ニューヨーク、作家、迷子
ニューヨークを舞台とした小説。以下のようなあらすじとなっている。
「そもそものはじまりは間違い電話だった」。深夜の電話をきっかけに主人公は私立探偵になり、ニューヨークの街の迷路へ入りこんでゆく。探偵小説を思わせる構成と透明感あふれる音楽的な文章、そして意表をつく鮮やかな物語展開―。この作品で一躍脚光を浴びた現代アメリカ文学の旗手の記念すべき小説第一作。オースター翻訳の第一人者・柴田元幸氏による新訳、待望の文庫化!
(カバーの裏から抜粋)
まとめスレのおすすめ小説として、ポール・オースターのニューヨーク3部作が示されていたので、試に買って読んでみた。本作品が3部作の第1作目。

主人公は元ミステリー作家のクインという男。ある日夜中にかかってきた間違い電話に出ると、「ポール・オースター探偵事務所ですか?」という内容だった。何度かその間違い電話に出るうちに、クインはその探偵に成りすまして、電話の主の元を訪れる。電話の主はピーター・スティルマンで、幼少のころに父親に監禁されていたという話を聞く。そしてその父親がニューヨークに帰ってくるらしいので、父親を監視してほしいという依頼を興味本位から受けて、主人公はニューヨークの街を闊歩する依頼主の父親を尾行しはじめる。

主人公は依頼主の父親に気づかれないように尾行して、後筋をメモしていくとアルファベットのように見て取れることを発見したり、いつどこで何をしているかを逐一観察し、父親の素性を知ろうとしていく過程が探偵小説っぽい内容である。しかし、終盤に向けて探偵小説ではなくなっていく。次第に主人公が翻弄されていき、ニューヨークの都市に埋没していく。自分がやっていた探偵真似事が何の成果も見いだせないままに。

"ポール・オースター"という登場人物が出てくる。間違い電話の話題の人物であるが、実際には作家として妻も子供もいる。クインが実際に会ってその境遇に羨望のまなざしを抱くほどクインと対照的である。物語の視点は、クインの1人称でもなく、作中の"ポール・オースター"でもなく、別の誰かであることが最後に分かる。また、訳者あとがきには作者のポール・オースターは妻と出会えていなかったらどうなっていたかを思い描こうとして書いたとある。結局、"ポール・オースター"は現在の自分、クインはバッドエンドに向かう自分を描写したのだろうと想像できる。もちろん、他にもいろんな読み方はできるが。

この作品は特に文章に惹きつけられる。
 ニューヨークは尽きることのない空間、無限の歩みから成る一個の迷路だった。どれだけ遠くまで歩いても、どれだけ街並みや通りを詳しく知るようになっても、彼はつねに迷子になったような思いに囚われた。街のなかで迷子になったというだけでなく、自分のなかでも迷子になったような思いがしたのである。
(pp.6)
訳者の柴田元幸氏もこの部分を引用して、『圧倒的に惹きつけられたのは、その透明感あふれる文章である』と示している。海外文学は、文章が自分に合う、合わないがはっきりわかるが、ポール・オースターの文章は違和感もなくすんなり入り込んでいけた。もちろん、そうなるような秀逸な翻訳によるところも大きい。

ポール・オースターの作品は以下の青春小説を読んだことがある。これも読みやすく、なかなかよかった。

『ガラスの街』は、主人公が不条理に翻弄されて都市に埋没していくのが割と好きな内容だなと思った。



ガラスの街 (新潮文庫)
ポール オースター
新潮社
2013-08-28

読むべき人:
  • ミステリー小説が好きな人
  • ニューヨークに行ったことがある人
  • 埋没した感覚を味わいたい人
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July 05, 2015

ファイト・クラブ

キーワード:
 チャック・パラニューク、ルール、スープ、男、人生
映画原作の小説。以下のようなあらすじとなっている。
おれを力いっぱい殴ってくれ、とタイラーは言った。事の始まりはぼくの慢性不眠症だ。ちっぽけな仕事と欲しくもない家具の収集に人生を奪われかけていたからだ。ぼくらはファイト・クラブで体を殴り合い、命の痛みを確かめる。タイラーは社会に倦んだ男たちを集め、全米に広がる組織はやがて巨大な騒乱計画へと驀進する―人が生きることの病いを高らかに哄笑し、アメリカ中を熱狂させた二十世紀最強のカルト・ロマンス。
(カバーの裏から抜粋)
この作品はしばらく絶版だったらしい。最近になって本書の新版が出版されたようだ。

毎週レンタルDVDの配送が届き、追われるように映画を見ている身としては、エドワード・ノートン、ブラッド・ピット主演の映画はもちろん見ている。確か大学生のころ、例によって2chの映画スレとかでお勧め作品をあさっていて、この作品がよいということで見てみると、結末で軽い衝撃を受けた。その当時は結末の意外性に驚嘆したが、本書は結末を知っているだけに、そのような衝撃はもちろんない。

しかし、である。読み進めるうちにボディーブローを受けた後でじわじわとそれが効いてくるような、そんな読後感が残った(もちろん、本書みたいに実際に殴り合いのファイトでボディーブローを受けたことなんかないのだけど)。

毎朝決まった時間に目覚ましで起こされ、ホームからいつか落ちるのではないかと思うような激混みのラッシュ時の新宿駅から山手線に乗り、オフィスでスペックの低いPCでよく分からない客先ルールに従いつつ仕事をこなし、もっと速く仕事をしろ、そしてミスはするなと鞭で打たれながら残業生活が長く続いて疲弊し、これは自分の望んだ生活だろうか?と悶々と考えていた日々の僕にぴったりの作品であった。

本書を読んで突きつけられるのは、自分の人生をちゃんと生きているのか!?ということ。他人の作ったルールに従属して生きていないで、自分の作ったルールで生きろ!!と。しかし、自分の作ったルールに囚われてもいけないと。

ファイト・クラブ規則
  1. ファイト・クラブについて口にしてはならない。
  2. ファイト・クラブについて口にしてはならない。
  3. ファイトは一対一。
  4. 一度に一ファイト。
  5. シャツと靴は脱いで闘う。
  6. ファイトに時間制限はなし。
  7. 今夜初めてファイト・クラブに参加した者は、かならずファイトしなければならない。
 ぼくは自分のちっぽけな人生に脱出口を探していた。使い切りバターと窮屈な飛行機の座席の役割からなんとか脱出したかった。
(pp.249)
そういうことだ。

映画を見ていないなら、絶対この小説から入るのがよい。映像はおまけ。もちろんエドワード・ノートンの演技が神がかっていて(個人的にはエドワード・ノートンが出演する映画はどれも良作が多い気がする)、映像としては衝撃を受けるのだけど、小説の方がより本質を突きつけられる気がする。自分の人生についての。

そして、読了後は何か変わるのかもしれない。あと、高級レストランのスープに気をつけろ!!!w



ファイト・クラブ〔新版〕 (ハヤカワ文庫NV)
チャック・パラニューク
早川書房
2015-04-08

読むべき人:
  • 不眠症の人
  • 男性
  • 自分の人生を生きたい人
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May 16, 2015

重力が衰えるとき

キーワード:
 ジョージ・アレック・エフィンジャー、サイバーパンク、イスラム、ボンド、重力
サイバーパンクSFハードボイルド作品。以下のようなあらすじとなっている。
アラブの犯罪都市ブーダイーンで探偵仕事を営むマリードは、ある日ロシア人の男から行方不明の息子の捜索を依頼される。だがその矢先、依頼人が目の前で殺されてしまった! しかもなじみの性転換娼婦の失踪をきっかけに、周囲では続々と不穏な事件が。街の顔役の圧力、脳を改造した正体不明の敵……マリードは今日もクスリ片手に街を疾走する。近未来イスラム世界で展開するサイバーパンクSF×ハードボイルドミステリ。
(カバーの裏から抜粋)
年齢30歳くらいのマリードは、街を支配するパパと呼ばれるマフィアのボスの配下に入ることを避け、独立した探偵業を営んでいた。ブーダイーンという街は性転換者があふれ、脳を改造し、モディ:人格モジュールを差し込むことによって過去に実在した偉人の人格、架空の物語の主人公の人格を身に付け、さらにダディ:能力アドオンモジュールによって外国語を瞬時に話したりすることができる未来。

そこで次々と主人公マリードを取り巻く人物が残虐に殺されていく。どうやら敵はジェームズ・ボンドのモディを使った冷徹な殺し屋らしい!!マリードとジェームズ・ボンドの攻防が始まる!!というお話。

敵の通称ジェームズ・ボンド、というのは説明するまでもなくイアン・フレミング原作の007の主人公で、この時代ではもう紙の本はあまり流通しておらず、ジェームズ・ボンドの作品も過去の遺物として扱われている。敵はこれを使ってウォッカ・マティーニを飲み、イギリスのために戦う存在ではなく、完全に殺しの能力を獲得するためだけにボンドになりきっている。しかも心臓をえぐって死体のそばに置くなど、残虐で異常性も持ち合わせている。いつも正義のジェームズ・ボンド視点の作品ばかり見ているから、敵役なのはなんだか新鮮な感じがした。

敵はジェームズ・ボンドのモディを使う殺人者、ということしか分かっていない状況から、誰が何のために殺していくのか?という過程が分かっていくのが警察ミステリっぽく面白かった。そこにサイバーパンク的な要素、脳内麻薬を仕込んだり、ニードルガンという武器やモディ売り場、モディ、アドオンをつけることでマトリックスのように能力拡張ができる仕組みなどがアクセントになっている。ただネットワーク空間の描写などコンピュータ的なのはほとんどない。主人公は電話を腰に付けているけど、今のようなスマフォのような感じでもなさそうだった。

あとはブーダイーンというイスラム世界がさらに独特の雰囲気を醸し出していた。マフィアのボス的なやつと会うときは常に本題に入る前に儀式的にコーヒーを何杯も飲み、「あなたにアッラーのご加護がありますように」と相手を祝福する言葉を掲げたりする。暑く砂埃が舞う、そして退廃的な街をイメージしていた。

ニューロマンサーのような分かりにくさはほとんどなく、さくさくとページが進んで読みやすい。サイバーパンク的な要素は控えめで、どちらかと言うと、フィリップ・マーロウのようにタフでどこかユーモアを忘れない主人公によるハードボイルドミステリ作品だった。割と熱中して読めた。でも、結末はどこか切ない。

言ってみれば、アラブの近未来が舞台で、ジェームズ・ボンドとフィリップ・マーロウが対決するような物語にどっぷりつかりたい人にはお勧めだ。



重力が衰えるとき (ハヤカワ文庫SF)
ジョージ・アレック・エフィンジャー
早川書房
1989-09-15

読むべき人:
  • サイバーパンク作品が好きな人
  • 007作品が好きな人
  • フィリップ・マーロウ作品が好きな人
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May 02, 2015

荒木飛呂彦の漫画術

キーワード:
 荒木飛呂彦、漫画術、ジョジョ、王道、黄金の道
人気漫画家による王道漫画の描き方本。以下のような目次となっている。
  1. はじめに
  2. 第一章 導入の描き方
  3. 第二章 押さえておきたい漫画の「基本四大構造」
  4. 第三章 キャラクターの作り方
  5. 第四章 ストーリーの作り方
  6. 第五章 絵がすべてを表現する
  7. 第六章 漫画の「世界観」とは何か
  8. 第七章 全ての要素は「テーマ」につながる
  9. 実践編その1 漫画が出来るまで
  10. 実践編その2 短編の描き方
  11. おわりに
(目次から抜粋)
ジョジョの奇妙な冒険』が好きであれば、著者の荒木飛呂彦の説明は不要だろう。もちろん僕も第1部1巻から第8部の最新巻までは一通り紙のコミックで読んでいる(漫画喫茶でとかだけど)。僕が中学生くらいのときは第4部が連載中で、濃くスピード感がない絵であまり面白くはないと思っていて、ジャンプを読むときも読んでないことがあった。しかし、大学生くらいになって再度1巻から読んでみたら面白いなと評価を改めた。2部までの波紋による肉弾戦も好きだけど、3部以降のスタンドバトルや魅力的な敵キャラ(吉良吉影とかカーズとかいろいろ)なども出てきて、割と好きな漫画だ。ちなみに一番好きなのは『冒険』という意味では3部、『奇妙な』という意味では4部だ。

映画が好きで、よく映画DVDを見ると、特典映像に監督によるシーンの解説とかが入っていたりして割と面白かったりする。どういう風に撮影されていて、何を意図してこのシーン、このセリフを役者に言わせているのかなどがわかるので。本書は、荒木先生による30年にわたる漫画家歴によって、漫画家を目指す人のために王道漫画のハウツウーを示したものであり、基本的に漫画家を目指す人のための本であるが、一漫画読者にとっては、映画の制作過程の舞台裏解説の漫画版のような本でもある。

漫画は絵だけがうまければいいってものではなく、キャラ、世界観やストーリー、テーマの各要素(これを基本四大構造と示されている)が綿密に絡み合っていないと漫画として面白くないというようなことが示されている。そして先生はこれを相当考えたり分析しながら漫画を設計(制作過程としては、アイディアノート→スケッチブック→シナリオ→ネーム→原稿となるらしい)されているのだなと思った。コマ割りとかキャラの服装、言動、表情、1話の構成など、相当いろいろと読者に面白く読んでもらえるように考えられているというのがよく分かった。漫画はなんとなく才能がすべてで感覚的に描かれるようなイメージがあったけど、割と地道な知的作業なんだなと思った。

ジョジョの魅力は各キャラの性格や言動、信条(例えば5部のブチャラティはマフィアの一員だが麻薬を忌避していたり、4部の吉良吉影の能力がありながら目立たないように平凡な生活を送っていたり、岸辺露伴の原動力が好奇心だったり)が作りこまれているからだなぁと思って読んでいた。これはキャラづくりには履歴書をベースにして、さらに将来の夢、恐怖、幼少期の精神的体験など60項目に渡る身上調査書を作るかららしい。へーと思った。

あとは第3部など世界を旅するようなものだし、5部はイタリアが舞台で実在のところもよく描写されていて、外国に行った気になるなと思っていた。そこは世界観の作りこみ時に入念なリサーチを事前にしてから、実際に現地に行って取材によるものらしい。さすがプロ漫画家だからそこまでやるのだなと思った。

痛いニュース(ノ∀`) : 【画像】 荒木飛呂彦(54)、顔写真による年齢判定サイトで27歳という数字を叩き出す - ライブドアブログ

最近のタイムリーネタで、また若返っているとか、若さの秘訣は石仮面をかぶったからとか、さすが波紋の使い手だとかいろいろと諸説が噂されるのだけどw、個人的には若さの秘訣は、本書に示されている「アイディアは尽きない」という部分が関連しているのではないかと思う。以下該当箇所の引用。
「アイディアは尽きないんですか?」と聞かれることもありますが、アイディアが尽きるというより、自分の興味が尽きるからアイディアがなくなるのだと思います。よいアイディアは、自分の人生や生活に密着しているのですから、興味がなくなってしまえば生まれなくなるのです。
 逆に、常に何かに興味を持つことができて、周囲の出来事に素直に反応できるアンテナを持ち続けられるのであれば、「アイディアが尽きる」ということはないはずです。
(pp.229)
よく新しいことや身の回りの出来事に興味や関心を失っていくと老化の兆候のように考えられるから、逆にそういう関心を常に持っていると少なくとも精神的には若く保たれるのではないかと思った。しかし、個人的には若さの秘訣は、世界観を作りこむ取材過程などで、当然のように波紋をマスターしている説を支持したいww

本書を読んでから漫画の読み方が変わるだろうなと思う。最近はKindleでジョジョのカラー版の5部まで買って読んでいるのだけど(ちなみにカラー版おすすめ。ジョジョの奇妙な冒険 第1部 カラー版 1 (ジャンプコミックスDIGITAL))、漠然とストーリーを追う読み方から、作者の意図を読み解きながら分析的に読むようになる気がした。漫画好きな読者にとってはそういう本。漫画家になる人には、教科書のような本。漫画を描かない人、またジョジョをあまり知らない人が読んでもいろいろと面白いと思う。




読むべき人:
  • 王道漫画家になりたい人
  • 漫画を読むのが好きな人
  • 先生の若さの秘訣を知りたい人w
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April 26, 2015

読書で賢く生きる。

キーワード:
 中川 淳一郎/漆原 直行/山本 一郎、読書論、自己啓発、コンテクスト、人生論
賢く生きるための読書論。以下のような目次となっている。
  1. はじめに 
  2. 第1章 ネット時代こそ本を読むとトクをする。 中川淳一郎 
  3. 第2章 捨てるべきビジネス書、読むべきビジネス書 中川淳一郎/漆原直行/山本一郎
  4. 第3章 駄本を見極め、古典を読破する技術 漆原直行
  5. 第4章 ビジネス書業界の呆れた舞台裏 中川淳一郎/漆原直行/山本一郎
  6. 第5章 人生に役立てるコンテクスト読書法 山本一郎
  7. 第6章 そもそも人はなぜ本を読むのか? 中川淳一郎/漆原直行/山本一郎
(目次から抜粋)
自己啓発書のようなビジネス書は、原典となる本がかならずあり、その内容を著者が改めて焼き直しているような内容のものだったり、明らかに読者をカモのように搾取して儲けることだけしか考えられてない駄本が多いので、そういう本から距離を置いて、もっと賢い読書をしてより良く生きましょうという内容。3者それぞれの読書遍歴や読書論、読み方、お勧め本がとても勉強になる。

著者3人の主催する阿佐ヶ谷ロフトAでやっている『ビジネス書ぶった斬りナイト』に以前行ったことがある。こじんまりとしたイベントスペースで、3人が壇上でビールを飲みながらネットでの話題や最近のビジネス書の傾向について言いたい放題言ってたり、お勧めのビジネス書が示されたりしていた。観客はビールとかつまみを飲み食いしながら爆笑しながら楽しめるイベントだった。著者3人とも別に面識はないけど、ぶった斬りナイトで一方的に生の3人を見たことがあり、そのライブ感が本書にも反映されていると思う。ところどころ出てくる(笑)という部分に共感してニヤニヤしながら読んだりもできて面白かった。

自己啓発書を筆頭としたビジネス書を多く読んだり、それを取り巻くセミナーイベントなどに参加したりと、実際に僕もどっぷりつかっていたので、あるあるwwという感じで読んでいた。いかに自分がカモられていたのかと改めて反省するばかりで。このブログの右の『ビジネス書、自己啓発』カテゴリはある意味自分の黒歴史みたいなものでwこの部分に関しては、本書の著者の1人である漆原氏の以下の本についていろいろと書いてある。ゴミみたいな自己啓発書をどれだけ読んだとしても、自分の血肉にはならずに、著者と出版社を儲けさせるだけのカモにしかならず、都市鉱山じゃあるまいし、そこから金が生まれることもない。仕事だけに関して言えば、安易な本に頼るのではなくて、目の前の仕事に集中して自分の頭で考えて、創意工夫してこなしていくべきで。そして自分一人の力でどうにもならない場合は、同期や上司など身近な人から知恵を借りていくのが一番確実だね。特に20代前半くらいまでの人はね。

まぁ、どっぶり浸かってから、やはりなんか変だなと思いつつ、いろいろと考えたり、他の本を読んだりして、結果的にもっと良書を読んでいくべきだなと20代終盤までに気づいて、今に至る。

あと山本氏の以下のコメントになるほどなぁと思った。
山本 あらゆる知識と技術は、人間がどうより良く――賢く合理的に生きるかということのためにあるわけです。知識は「より良い生を享受し、いかにあなたは死ぬべきか」ということを教えてくれるもの。進学、就職、結婚、出産、親の介護、自分の老い、そして死に支度。すべてのライフイベントがそうじゃない?
(pp.291)
僕が読書をこのブログを書き続けているのも、モテたいからとかアフィリエイト料(゚д゚)ウマーとか(月1万円も儲からないぞ!!w)、そういう低俗な理由だけではなく、根本的にはより良く生きるために尽きる。読書ブログをネットに更新するということは、自己顕示欲を示すようなものだし、そしてそこには誤読もあったり醜態や恥をさらしているような側面もある。しかし、それ以上に良い本を読んで、考えて、書き続けるという行為に自分の人生がより良い方向に向かう、と信じているからに他ならない。なので、9年目に突入したこのブログも、そう簡単には辞めることはないのだなと、改めて本書を通して思った。

本書は3人のそれぞれのキャラが全面的に出されており、それぞれ異なる視点からビジネス書、自己啓発書、読書を論じている。ネタっぽい話題も多く、それがまた面白い。そして3人に共通するのは、みな真摯的に読書について考えられているのだなぁと思った。似たような自己啓発書を何冊も読んでカモられるよりも、本書を読んだ後、良書を読み続けていくほうがよいに決まっている。そしてよりよく生きましょう。



読書で賢く生きる。 (ベスト新書)
中川 淳一郎、漆原 直行、山本 一郎
ベストセラーズ
2015-04-09

読むべき人:
  • 自己啓発書ばかり読んでいる人
  • 次に読むべき本を探している人
  • より良く生きたい人
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April 09, 2015

甘美なる作戦

キーワード:
 イアン・マキューアン、スパイ、冷戦、小説家、ラブレター
英国スパイ小説。以下のようなあらすじとなっている。
英国国教会主教の娘として生まれたセリーナは、ケンブリッジ大学の数学科に進むが、成績はいまひとつ。大好きな小説を読みふける学生時代を過ごし、やがて恋仲になった教授に導かれるように、諜報機関に入所する。当初は地味な事務仕事を担当していた彼女に、ある日意外な指令が下る。スウィート・トゥース作戦―文化工作のために作家を支援するというのが彼女の任務だった。素姓を偽って作家に接近した彼女は、いつしか彼と愛し合うようになる。だが、ついに彼女の正体が露見する日が訪れた―。諜報機関をめぐる実在の出来事や、著者自身の過去の作品をも織り込みながら展開する、ユニークで野心的な恋愛小説。
(本書のそでから抜粋)
007を筆頭としたスパイもの映画が好きで、小説もいろいろと開拓していこうと思っていた。この前読んだ『BRUTUSの読書入門』で角田光代が本書を読んでいるとあって、気になるので買ってみた。買う前はイアン・マキューアンの作品は未読だったわけで、たまたま図書館に同著者のスパイ小説を発見し、そちらを先に読んでいた。こちらはエログロな感じだったが、本書は幸いにもグロい描写はまったくなかった。

本書の主人公のセリーナは金髪の美しい女性でMI5所属であるが、オフィスで書類整理や調べものをする給料も少ない下級事務職員であり、特にスパイとしての才能や経験があるわけでもない。たまたま文学好きであったことから、反共産党的な作品を書いている作家の文化工作のためのSweet Tooth作戦に抜擢され、創作資金の援助対象の同世代の作家、トムと出会い、恋におちるが、自身がMI5所属のスパイである身分は隠さなくてはいけないという状況になるというお話。

スパイ小説というと、ジェームズ・ボンドのようにMI6所属で海外を飛び回り、格闘、銃撃戦、カーチェイスなどのアクションや敵との相手を皮肉った駆け引きの会話、裏切り、黒幕の正体がわかるまでのサスペンス要素などが盛り込まれたエンタメ作品のようなものをイメージしがちである。しかし、本作の主人公はMI5所属(MI6は外務省管轄で主に海外で作戦を実行する組織だが、MI5は英国国内の治安維持を目的とした情報機関)であるが、大企業の一般職のような仕事についており、Sweet Toothの作戦も地味な文化支援なので、一般的にイメージしがちなスパイ活動とは程遠い。

イアン・マキューアンの文体は、一文一文は気取った比喩表現もないが、同じシーンの描写が若干冗長に感じられる。そしてスパイものにありがちなサスペンスやアクションもほぼ皆無で、美しいセリーナとトムの情事も繰り返し描写されて、少し辟易しているところに、トムの習作ともいえる短編がメタフィクションとしていくつか提示され、それに対して品評を行うセリーナがあり、一向に物語の山場が見えてこない。二人に対しての感情移入もあまりできず、そのため1日1章以上夢中に読み進めることもできなかったので、後半に入るにつれて気の抜けた炭酸飲料のような退屈なスパイ小説ではずれ作品だと思っていた。最終章を読むまでは。

22章構成からなる本書であるが、最終章、その最後の数ページを読み終えたとき、Sweet Tooth(直訳すると「甘党」で原題にもなっている)作戦の意味が分かり、そしてこの作品の書き出しをもう一度読み返してみた後、上質なスイーツを食べたときのように口元が緩み、心地よい余韻がしばらく残った。また、Sweet Toothを『甘美なる作戦』(「甘美」の意味はここを参照)と訳されているのも秀逸だと思った。

また、本書に出てくるメタフィクションとしての短編作品はイアン・マキューアン自身の未発表作品や既刊作品が取り込まれているらしい。そしてセリーナと恋仲になる作家であるトムの視点での小説の作成過程、思考状態、小説論などもとても興味深く読めるし、70年代の東西冷戦下の世界情勢、イギリスの置かれた状況などもスパイ作品らしく読めてよい。

最後の最後がとても印象的で、読んでよかったと思った。男性作家による主人公、セリーナとトムの関係(スパイと小説家という立場を除いたとしても)の描写はなんだか現実味がない気もする。女性がこの作品を読んで、僕と同じように心地よい読後感が得られるのだろうか?と思ったので、誰かためしに読んでみてほしい。

一気に読み進められるような作品ではないのだけど、がんばって最後まで読み切ってほしい。読み切った暁には、甘美で心地よい余韻を得られるはずだから。そして、また今度暇なときに読み返してみようと思う作品だった。



甘美なる作戦 (新潮クレスト・ブックス)
イアン マキューアン
新潮社
2014-09-30

読むべき人:
  • 恋愛小説が好きな人
  • 小説家志望の人
  • 心地よい余韻に浸りたい人
Amazon.co.jpで『イアン・マキューアン』の他の作品を見る。

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April 05, 2015

計画と無計画のあいだ

キーワード:
 三島邦弘、ミシマ社、出版、一冊入魂、仕事
自由が丘にある出版社ができるまでの奮闘記的なエッセイ。以下のような目次となっている。
  1. 1それでも会社は回っている
  2. 2 始まりは突然に
  3. 3 自由が丘のほがらかな出版社、誕生
  4. 4 凸凹メンバー集まる
  5. 5 手売りですが、なにか。
  6. 6 世界初!?仕掛け屋チーム
  7. 7 この無法者たち!
  8. 8 野生の感覚を磨くのだ
  9. 9 原点回帰ってなんだろう?
  10. 10 一冊入魂!
  11. 11 計画と無計画のあいだ
(目次から抜粋)
西新宿のブックファーストのフェアで「新入社員に読んでほしい本」というのがあって、そこで置いてあったのが目に止まり、買って読んだ。ミシマ社の創業者である三島氏のことは、以下の本で読んだことがあった。本書は著者の三島氏が、2003年の28歳のとき天啓のように出版社を作ろうと思い立ち、勤めていた出版社をボーナス支給直前で辞めて、何の事業計画もない状態で出版事業をスタートして、Excelの使い方もよくわからない、決算って何?という状況でなんとか本を出版しつつ今に至るまでの奮闘記が面白く示されている。本があまり売れなくなって、昨今の出版事業は斜陽産業なので、出版社の中の人も出版だけはやめておけと言ったりするような状況で、新たに出版社を作るというのは、チャレンジングなことだと思う。しかも、ほぼ無計画。しかし、無計画ながらも事業の核になる理念は明確に本書で示されている。「血の通った本をつくり、しっかりと読者に届けたい」+「ひとつひとつの活動が、未来の出版を築く一歩でありたい」=「未来に開かれた出版社を自分で作る」という理念があり、100年後の出版の未来まで考えられているようだ。

そのため、「直取引営業」で取次を介さずに直接書店に卸したり、手書きのミシマ社通信を書店に置いてもらったり、読者はがきを手書きにしたりして、普通の大手出版社と異なる独自性がある。実際にミシマ社の本を買ったことがあり、ミシマ社通信は手作り感があって本を作っている人が見えるようでよかった。ちなみに、ミシマ社の本は以下のものを読んだことがある。特に『街場の文体論』が面白かった。

また、この本はすごく熱量がこもっている本だと思った。著者が出版の思いを熱く語っている感じで、それが著者の熱量をこもったままの本を提供するというのに通じている。変な話だけど、そういう本は書店で表紙を見ただけで直感的にわかるようになる気がする。何冊も買って読んでいると経験則的に。

あとなんだか無計画でも理念や強い想いがあれば、何とかやっていけるのだなと思った。もちろん、読んでいるとベンチャービジネスの大変な過程を見ているようで、自分がそんなことできるかというと、無理だろうと思うけど。でも特に以下の部分になるほどと思った。28歳でボーナス直前で勤めている会社を辞めることについての部分。
 だが、そんなこともみな、百も承知の上での行動だった。きっと、ほんの少しでも計画的な人間であればそうはしなかったろうと思う。
 けれどぼくは一切後悔していない。むしろ逆だ。
 あのとき、自分に嘘をついていたら、と思うとぞっとする。ずっと自分のなかで湧きあがる感情に対して感覚を鈍らせたまま生きる人間になっていたかもしれない。
 いま、この瞬間、どうしても動かなければいけない。そういうときが人生のうちに必ずある。
 その瞬間、理屈や理性、計画的判断といったものを超えて動くことができるかどうか。
(pp.242-243)
まさに今僕もそんな境地のような気がして、かなり参考になったし、感化された。まぁ、自分の方向性がどうなるかはわからないけど、それでも日々考え中で。

出版にかかわる人、出版社に就職したいと思う人はみんな読んだほうがいいし、本好きな人も読んだほうがいい。またベンチャービジネスの試行錯誤の状況も読んでいて面白いし、出版事業を通して仕事、自分の働き方も考えるきっかけになってよい。あと、人生、自分の方向性に迷っている人も読めば何か得られるかもしれない。




読むべき人:
  • 出版事業にかかわる人
  • 本好きな人
  • 自分の仕事について考えたい人
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March 01, 2015

イノセント

キーワード:
 イアン・マキューアン、スパイ、トンネル、ドイツ、黄金作戦
イギリスの小説家によるスパイ恋愛小説。以下のようなあらすじとなっている。
終戦後のベルリン。世間知らずの英国人青年技師レナードは、戦争の傷跡がまだなまなましいこの街に足を踏み入れた時、自分の人生が大きく変わろうとしているのを感じた。だが、行く手に待ち受ける恐怖までは予測できなかった。レナードが来たのは、英米情報部の対ソ連共同作戦、トンネルを掘って東側基地の通信を盗聴する〈黄金作戦〉に参加するためだったが、美しいドイツ人女性マリアと出会い、うぶなレナードは激しい恋におちる―運命を知らずに。注目の作家の、エスピオナージュ仕立ての話題作。
(Amazonの商品説明から抜粋)
例によって近所の図書館で借りた。最初になんでこれを借りたのかは忘れた。確か著者のことも知らずに適当に取って本のそで部分に書いてあった各新聞の講評にスパイものと示してあったからだったはず。1回目に借りた時は、他の本を優先して読了したので最初の1行だけ読んで結局読めなかった。2回目に借りたのは、去年あたりに同著者のスパイ小説が発売されて、気になっていたので先にこちらの本を読了しておきたかった。ちなみに本書は絶版らしいので、書店ではたぶん手に入らないはず。舞台は1955年のアメリカ占領地区の西ドイツ。主人公はイギリスから派遣された通信省に勤めていたメガネをかけた25歳の青年である。実際にあった黄金作戦に参画するために、アメリカ陸軍のグラスという男の下、トンネル内のソ連の通信を傍受する仕事に就く。ある日、グラスたちとある酒場に行ったときに、30歳になる美しいドイツ人女性、マリアに見初められて、女を知らなかったレナードは次第に愛欲におぼれていき、やがてマリアの元夫とのトラブルに巻き込まれていく・・・。上質な小説だなと思った。描写がすっと頭に入ってくる。難しい表現はあまりない。主人公の目を通した情景や風景、心情が映像を見ているように脳内再生される。

地下のトンネルに入る前の最初は150台のテープレコーダーを箱から取り出してそれらを点検する仕事をする。淡々とこなし、終わったらマリアの部屋に行って情事にふける。時々二人で出かけてサイクリングに行ったり、踊ったり、流行りの曲に耳を傾けたりする。そしてトンネルに入るようになり、次第にソ連の通信を傍受する任務に就く。あるとき年上のマリアに対して乱暴な態度を取ったことから二人の関係に隙間ができ、関係が次第にすれ違っていくのが何とも言えない感じがした。

英国スパイ小説といっても、007のように派手な感じではない。銃撃戦などは皆無である。またMI6は少しだけ話題に上がるけど、特別そこの所属の登場人物が出てくるわけではない。CIAに関しても偉い人物が話の中で出てくるだけ。主人公に至っては別に軍所属でもない。それでも、最後は東西分裂しているドイツを交えた戦争なんだと思わせる展開で、だんだんとハラハラとさせられる。

そして想定外にエログロだった。その描写も脳内で自然と映像が思い浮かぶから困る。割とグロ中尉な作品。訳者あとがきによると、この著者の作品の傾向は割とグロテスクなのが多いようで、他の作品を読むのをどうしようかと若干躊躇する。一部の章だけなのだけどね。

しかし、読み終わってから、レナードとマリアの関係にどこか何とも言えない同情の気持ちと爽やかにも似た心地よさが残って、割と読んでよかった作品だと思った。ちなみにタイトルの英単語の意味は以下で、訳者によればそれぞれを包含しているらしい。映画化して脚本がよかったらきっと面白いだろうなと思って読んでいたら、実際に著者が脚本担当で以下のタイトルで映画化されているようだ。気になるので見てみよう。



イノセント (Hayakawa Novels)
イアン マキューアン
早川書房
1992-09

読むべき人:
  • スパイ小説が好きな人
  • 官能的な作品が好きな人
  • 忘れられない人がいる人
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February 15, 2015

こうしてお前は彼女にフラれる

キーワード:
 ジュノ・ディアス、ドミニカ、浮気、愛、半減期
ドミニカ系作家の短編集。9作品が載っている。著者は『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』のジュノ・ディアス。9編の作品の主な主人公は、『オスカー・ワオ』の親友で物語の多くの語り手であったモテ男、ユニオールとなる。そのユニオールが高校生くらいから常に誰かしら恋人がいるのに、他の女と浮気をして、最大同時に50人まで数をこなし、各タイトルごとに彼女が変わり、そして結局うまくいかずに彼女にフラれるというお話(正確には1タイトルは主人公がユニオールではないけれど)。

ユニオールは割と頭脳明晰で、14歳にして『ダールグレン』(この前本屋でSF作品特集でこの作品を見かけたが、この本単体でMASTERキートンに出てきたネクタイで本を縛って投擲武器にできるような分厚く威圧感のある、漆黒のハードカバー作品)を読んでおり兄のラファは常に女を部屋に連れ込んでユニオールの隣でやっている。そんで父親も愛人を連れ込む癖があり、母親は兄のラファを溺愛しているが、弟のユニオールはついでに世話をしなくてはいけないという程度の存在でしかない。兄や父親のようにはならないと思いながらも、半ば崩壊した家庭で育ったことにより、自身も頭でわかっていてもどこかでばれることを期待しているように浮気を繰り返してしまう。家系の呪いのように。

兄がガンで死亡したり、父親が失踪し、ユニオールはハーバード大学で教鞭をとるようになるなどいろいろと著者のこれまでの人生がネタになっている部分もある。実際は著者の兄は白血病で亡くなっており、父親は失踪、マサチューセッツ工科大学で教えている。著者の自伝的な内容なのかと思うが、前著の主人公『オスカー・ワオ』の要素もあるので、ほんの一部の設定だけなのだろうと思う。モテまくって浮気をしてばれるという経験を経てみないことには本当のところはわからないのだけどね。

一番切なくも感情移入できるのは『ミス・ロラ』というタイトルのもの。これは前著『オスカー・ワオ』の姉であるロラとの関係のことと思われる(オスカーについては全編を通して一度も出てこないが)。兄の死後、16歳の高校生の時に別の女と付き合っている状況でロラと出会い、どこかでロラのことが気になっているが、恋人の存在がそれを邪魔している。結局会えなくなって、どこかでロラのことを思い出している。起伏もあまりなく、淡々と一人称で語られているが、少し切ない読後感が残る。別に浮気の部分には全編を通してあまり共感はできないのだけど。

訳者は著者が来日した時にどうして浮気について書くのか、下北沢のB&Bで開催された東京国際文芸フェスティバルの場で直接訪ねてみたようだ。その答えが以下となる。
 きちんと親密さを感じて育むことができない、という男性たちについて語る、これ以上の方法はないからですよ。浮気とは親密さを避けるためのものなんです。ちゃんと感じたがらない、人とつながりたがらない、相手のことを想像したがらない男たちを示すための、話にして面白い、ものすごくあからさまな方法なんですね。
(pp.231-232)
なるほど、と実体験から共感できるものが何もないが、おそらくそうだろう。個人的には浮気というのは、自分がいかにモテる存在であるかというのを誇示するための結果ではなく、満たされないものを埋めようとした結果のどこか精神疾患に近いものだと理解している。

本書は『オスカー・ワオ』のようにオタク的要素がちりばめられたようなマジックリアリズムではない。物語中に出てくる小説作品などは、『ダールグレン』の他に『ニューロマンサー』くらいだった。内容としてもリアリズム的な作品で、ぶっ飛んだ神のような存在は出てこない。短編なので、タイトルごとに読み進められる。そして共感できる部分もあれば、できない部分にふと遭遇する。

本書も新潮クレストブックで、図書館で借りた。今日が返却期限なので今から返してくる。




読むべき人:
  • 浮気ばかりしている男性
  • 浮気男に翻弄されている女性
  • 愛について考えたい人
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February 08, 2015

タイガーズ・ワイフ

キーワード:
 テア・オブレヒト、トラ、祖父、戦争、死
幻想的な小説。以下のようなあらすじとなっている。
紛争の繰り返される土地で苦闘する若き女医のもとに、祖父が亡くなったという知らせが届く。やはり医師だった祖父は、病を隠して家を離れ、辺境の小さな町で人生を終えたのだという。祖父は何を求めて旅をしていたのか?答えを探す彼女の前に現れた二つの物語―自分は死なないと嘯き、祖父に賭けを挑んだ“不死身の男”の話、そして爆撃された動物園から抜け出したトラと心を通わせ、“トラの嫁”と呼ばれたろうあの少女の話。事実とも幻想ともつかない二つの物語は、語られることのなかった祖父の人生を浮き彫りにしていく―。史上最年少でオレンジ賞を受賞した若きセルビア系女性作家による、驚異のデビュー長篇。全米図書賞最終候補作。
(そでから抜粋。)
今年は図書館で世界文学を主に借りて読もうと思っていた。なので、また近所の徒歩15分ほどの一見しょぼい図書館に行って、ふらふらとアメリカ文学コーナーを眺めていた。そしたら本書のタイトルが目に付いた。直訳すると『トラの嫁』。ほう、と興味をまずそそられた。次に表紙のイラストに惹かれ、著者が1985年生まれで僕より年下の女性であり、最後にあらすじを読んで幻想的な感じがしたので、何の前提知識もなく借りて読んでみた。

舞台はバルカン半島のある国(著者の出自から今はもうすでにない旧ユーゴスラビア国と推測される)で、主人公は22歳ほどの女医、ナタリアである。同じく友人である女医のゾラとともに隣国のある村の孤児院での予防接種のボランディアに出かけた途中に、祖母から祖父の死を知らされる。かつて祖父から聞かされていた幻想的な話、死にたくても死ねない『不死身の男』と祖父との長い関係、祖父の生まれ故郷のガリーナ村で遠くの動物園から脱走してきたトラが村の少女に懐き、その少女『トラの嫁』と9歳ほどの祖父との関係、また祖父が死んだ地でのナタリアの聞き込みにより、祖父の人生、そしてバルカン半島の紛争状況が多層的に判明していく。

最初のほうに感じたのは、描写が繊細、緻密でスゴいなと。慣れるまでは冗長な気もするが、次第にそれが著者独特の文体、リズムとなってなじんでくる。そしたら幻想的なお話もリアリティを伴って、まるで自分もそこにいてその光景を見ているような感覚にもなる。どうしても著者が25歳で本書を書いた(しかも400項近くの長編デビュー作!!)というバイアスがかかって、高評価になりがちだが、それでも読了後には年齢の先入観をとっぱらってもこれはスゴいと思った。そしてその静謐な文体を損なうこともなく、違和感なく読める翻訳もまたスゴい。

次は物語構成もよい。『不死身の男』と『トラの嫁』の話は直交していない。それでも祖父と祖父を取り巻く当時の人間たち、例えばガリーナ村での『トラの嫁』のかつての夫で弦楽器演奏家だったが肉屋となったルカ、ルカを懐疑的に見ていた不細工だが村民から信頼を得ている薬屋、またトラを狩るためにやってきたクマ狩りのプロフェッショナルであるダリーシャなどなどが、それぞれの生い立ちやそこに至るまでのエピソードが人物像に肉付けされ、祖父の生きてきた世界が間接的につながっていき、次第に明らかになっていく。物語の視点もそれに伴って、現代のナタリアの視点から幼い祖父の視点(祖父の回顧)であったり、各主要人物の視点に章ごとに移り変わっていく。

やはり文体も構成力も25歳のデビュー作でここまで書けるものか!?と感嘆させられるのは間違いない。謝辞に2年ほど執筆していたとあるから、23歳くらいから書き始めているようだ。ものすごい才能としか言いようがない。著者自身、セルビアからカイロ、そしてアメリカに移住してきた経緯があって、このような作品が書けたのだろうと思うが、それにしてもスゴい。16歳でUCLAに入学、20歳でコーネル大学大学院創作科に入学しているから才女であることは間違いない。なんというか、世界は広い!!と実感した。

テーマとしては、死者と向き合うこと、というようなものがあったと思う。それが『不死身の男』の死神のような、そして死者をあちら側に弔うような義務、儀式、宗教的で超自然的な形で描写されていた。死は突然に訪れて、残されたこちら側の人たちは、遺品やかつての当事者のエピソードからその人が語らなかった物語を人づてで追って別の側面を知る、と言う部分があるのだと思う。もちろん、今生きている人だってすべて人に語りたいことばかりではないという側面もあるけどね。語りたくないこと、語れないことはたくさんある。

また、トラやクマやトキ、オオカミ、キツネなどいろいろな動物も出てきて、それが幻想性をより増している。

伝承や口承によるエピソードが重層的に示されており、訳者あとがきには『マジックリアリズムの系譜に連なる現代の作家であることは間違いない』と示されている。読了後に言われて改めて、なるほど、そうだなと思った。読んでいるときはそこまで意識がなかったけど。一つ前に読んだ『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』は典型的なマジックリアリズム作品だったけど。現代アメリカ文学は依然としてマジックリアリズムが流行なのかな。

読んでいる途中はめちゃくちゃ面白いという作品ではない。ただ静謐で繊細、緻密で不思議で幻想的な読後感が残り、もう1回最初から読んで正確に物語構成を把握したいと思わされるような、そんなタイプのスゴ本だったと思う。それにしても図書館で適当に選んだ本がスゴ本であるというのは、ハンター×ハンターのヨークシンシティで『凝』によって掘り出し物を探し当てるような感覚だなと思ったwこれまでの経験値によって、タイトルやあらすじから直観的にスゴ本の匂いがわかるのかもしれない。

ちなみに、読了までに結構時間がかかるので、買って読むのをお勧めする。新潮クレストブックはページの手触りもよいし、フォントもとても読みやすく、上質な小説を読んでいると実感できるし。表紙のイラストもよいのが多い。本書は幻想的で動物がたくさん出てきて、戦争や死について考えたい人にはお勧めの作品。




読むべき人:
  • 幻想的な作品が読みたい人
  • 動物が好きな人
  • 死について考えてみたい人
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January 24, 2015

オスカー・ワオの短く凄まじい人生

キーワード:
 ジュノ・ディアス、呪い、ドミニカ、オタク、サファ
ドミニカ系アメリカ人による小説。以下のようなあらすじとなっている。
オスカーはファンタジー小説やロールプレイング・ゲームに夢中のオタク青年。心優しいロマンチストだが、女の子にはまったくモテない。不甲斐ない息子の行く末を心配した母親は彼を祖国ドミニカへ送り込み、彼は自分の一族が「フク」と呼ばれるカリブの呪いに囚われていることを知る。独裁者トルヒーヨの政権下で虐殺された祖父、禁じられた恋によって国を追われた母、母との確執から家をとびだした姉。それぞれにフクをめぐる物語があった―。英語とスペイン語、マジックリアリズムとオタク文化が激突する、全く新しいアメリカ文学の声。ピュリツァー賞、全米批評家協会賞をダブル受賞、英米で100万部のベストセラーとなった傑作長篇。
(そでから抜粋)
今年最初の本はこの作品。いつもは遅くとも10日以内に更新していたが、今年はだいぶ遅くなった。

本書はBRUTUSの読書入門で訳者によって世界文学のページで紹介されていた。そこで『ドミニカ共和国生まれで日本のポップカルチャー好きなアメリカ在住の作家が書いたドミニカ共和国とアメリカが舞台の本(pp.036)』と示されていた。さっそく行きつけの大型書店で探したらなかった。そこで訳者の21世紀の世界文学30冊を読むをちょっと立ち読みしたら本書が紹介されていて、『読まずに死ぬと後悔するほどの傑作』というようなことが書いてあったので、ぜひ読まなくては!!と思った。近所の図書館で検索してみたら、置いてあったので借りて2週間の貸し出し期限で読了した。

主人公はドミニカ生まれで、太っていて不細工で、ファンタジー小説やSF映画、テーブルトークRPG、アメコミなどが大好きなナードよりなオタクである。さっぱりモテなくて、暴走気味に女性に近づくときに好きなSF作品などを話題として相手のことをまったく考えずに話し、そしてキモがられて拒絶されている。また、SFやファンタジー小説を書くのがライフワークとなっている。名前の由来はオスカー・ワイルドのもじりとなっている。

オスカーの家系はアフリカを発祥としたとされる凶運の『フク』と呼ばれる呪いに翻弄される。物語は最初は1974-1984年のオスカーの幼少期に唯一モテた話から始まり、1982-1985年のオスカーの姉、ロラの視点に変わり、思春期のボーイフレンドとの関係、母親との確執が示されている。また1955-1962年にはオスカー、ロラの母親の思春期時代にモテまくった話、そしてギャングと恋におち次第に暴力的に虐げられる話が続く。さらには1944-1946年にはオスカー、ロラの祖父であり、医者で裕福なアベラードが当時ドミニカを支配していた独裁者、ラファエル・トルヒーヨから自分の妻と娘をいかに守るか奮闘しながら、最後には転落する様子が描かれている。

ところどこにオスカー視点(といいつつ語り手はたまに神の視点での著者であったり、大体はオスカーの大学時代に知り合った友人、ユニオールの語り)に移り、オスカーの一生が友人関係やオスカーのうまくいかなかった恋路から自殺未遂をしたり他者の暴力によって負傷したりするエピソードが独特の語り口調で示される。

この作品の何がスゴいのかというと、物語を脚色したり比喩のアクセントとしてSF、ファンタジー小説(特に『指輪物語』が頻出)やアメコミ作品(『ウォッチメン』、『ファンタスティック・フォー』などマーベル系)や映画(『猿の惑星、『マトリックス』、『ゴースト/ニューヨークの幻』など)、カードゲーム(該当箇所を探すのが面倒だから省略w)、アメリカのテレビドラマ(これも多すぎるしマイナーなのばかりなので省略)、日本のアニメ(『宇宙戦艦ヤマト』、『キャプテンハーロック』、『超時空要塞マクロス』、『AKIRA』)やゲーム(オスカーがプレイする『スト2』やドミニカの辺境で不毛な地域を例えるために『聖剣伝説』シリーズに出てくる「ガラスの砂漠」まで!!)などの固有名詞が頻出し、そのすべてに訳者注が示されている!!これはよくここまで調べたなぁと思った。きっと自分の好きな作品が必ず2,3個は出てくることは間違いない。また、作者のジュノ・ディアズはどれだけオタクなんだ!!と感嘆させられる。

オタク的なポップカルチャーが特徴的であるが、ドミニカで1940〜1960年ごろにトルヒーヨによる独裁、恐怖政治の状況が示されており、勉強になったというか、こんな悲惨な世界があるのかと思った。秘密警察によって住民たちは監視されており、トルヒーヨを嘲笑しただけで数時間後には広場で死体となっていたり、国の女はすべて自分のものだと言わんばかりにやりたい放題で、気に入らないやつを投獄してそいつの土地や家や経営する店などを徴収したりする。ドミニカはそんな悲惨で暗黒な歴史があったのだなと、自分の知らなかった世界を垣間見た。

いわゆるマジックリアリズム的な手法の代表作であるラテンアメリカ文学の『百年の孤独』のような感じでもあるが、そこまでぶっ飛んだ感じでもない。とはいえ、呪いやその対照的な祈り、『サファ(冒頭でマコンドで大事な言葉だったと出てくる)』という概念も出てきたり、神のような存在である黄金のマングースが出てきたり、不吉な予感の象徴のようなサルバドール・ダリの絵に出てくるような顔のない男が出てきたりもする。また『百年の孤独』のようにページがまったく進まないということはない。むしろ著者独自の語り口調でスピードをつけて一気読みできる部類(でも激しく続きが気になる!!、という展開でもない)。

訳者があとがきで『ここまで新しくて面白い、というのは尋常なことではない。その点で、本書の登場は二十一世紀のアメリカ文学における一つの事件である。 (pp.407)』と示されている。読了後の率直な感想を示せば、めちゃくちゃ面白い!!!絶対読まなくては損だ!!とまでは思わなかった。それでも、一家3代に渡る物語の構造が重厚だがマジックリアリズムのポップバージョンのようでもあり、主にドミニカという舞台、物語の進行を半ば無視して別の話を展開する著者によるかなり多い原注などもあって今まで読んだことのないタイプの作品だと思った。

また、なによりもまったくモテなくても2次元に逃避せずに3次元の女性に向かってがんばるオスカーに共感できたし、僕も頑張ろうと不思議と勇気づけられた気がした。結末はちょっぴり切ないけれど。

以前からアメリカ(大陸)文学は面白い作品が多く、スゴい!!と思っていたが、この作品によってまたそれを裏付けられた。そういった意味では、この作品は十分スゴ本の部類に入ると言ってもよいだろう。




読むべき人:
  • ドミニカを舞台とした作品を読みたい人
  • アニメやゲーム、映画などが好きなオタクな人
  • まったくモテない人
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December 27, 2014

独習Javaサーバサイド編 第2版

キーワード:
 山田祥寛、Java、JSP、MVC、JSTL
JSP、サーブレットの独習本。以下のような目次となっている。
  1. 第1章 イントロダクション
  2. 第2章 JSP(JavaServer Pages)の基本
  3. 第3章 リクエスト情報
  4. 第4章 データベース連携
  5. 第5章 JSTL(JSP Standard Tag Library)
  6. 第6章 サーブレット&JavaBeans
  7. 第7章 デプロイメントディスクリプタ(基本編)
  8. 第8章 デプロイメントディスクリプタ(応用編)
  9. 第9章 JSP&サーブレットで利用可能なライブラリ
  10. 第10章 セキュリティ対策
(目次から抜粋)
本書で技術本カテゴリのちょうど100冊目!!

今年こそJavaを習得して、仕事でもJavaの開発プロジェクトにアサインされたいと思っていた。なぜなら、Java案件の需要がかなりあるし、C#はたまたま自社ではもう取り扱って行かない言語になっていくことが決まっていったので。今までVBA、.NET、C#とやって来ていたので、そろそろJavaを本格的に学習しようと思って本書を手に取ってみた。

最初のイントロダクションの章ではTomcat、MySQLのインストール方法などもキャプチャ付きで示されている。また、JSPの基本、リクエスト情報の章ではPOST、GETの違いなど初歩的な部分から説明されていてわかりやすい。

自分がJSP、サーブレットを最初に学習したのは2006年の入社後の研修時で、そのときに学んだきりで使用することもなかったので、ほとんど忘れてしまっていた。またその時から時間も経っているのでJSPのバージョンも変わり、Javaコーディングに精通していないデザイナ的な人もJSPページを作成しやすいアクションタグのJSTLなども追加されているので、これは知らなかった。各章図説入りでかなり分かりやすい説明だと思う。ダメな技術本は日本語の説明がおかしかったりするが、これはすんなり頭に入ってきた。また、各章の途中に随時練習問題があったり、章末に理解度チェック問題がある。それらをやっていくことで理解が深まるはず。

書店でJSP、サーブレットの本をいくつか見比べてみたけど、本書が一番最新バージョンかつ網羅性があり、入門的な内容だった。実際に読んでみると、分かりやすく、特に躓くようなところもなかったかな。実際にサンプルを打ち込んではなく、読んだだけなのだけど。Javaの基本を習得しており、JSP、サーブレットなどWeb系の基礎を習得したい場合は本書が最適と思われるのでおお勧め。

Kindle版もあるようなので、通勤電車で読みたい人はそっちを購入するのがよいと思われる。僕は大型の紙の本を買って学習したのだけど。

来年こそJava案件をやりたい。




読むべき人:
  • JSP、サーブレットを学習したい人
  • アクションタグについて知りたい人
  • JavaのWebアプリケーションの仕組みを勉強したい人
Amazon.co.jpで『JSP/サーブレット』の他の本を見る

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December 25, 2014

ニュークリア・エイジ

キーワード:
 ティム・オブライエン、核、戦争、不安、総合小説
アメリカ文学作品。以下のようなあらすじとなっている。
元チアリーダーの過激派で「筋肉のあるモナリザ」のサラ、ナイスガイのラファティー、200ポンドのティナに爆弾狂のオリー、そしてシェルターを掘り続ける「僕」…’60年代の夢と挫折を背負いつつ、核の時代をサヴァイヴする、激しく哀しい青春群像。かれらはどこへいくのか?フルパワーで描き尽くされた「魂の総合小説」。
(カバーの裏から抜粋)
舞台は1958年から1995年までのアメリカ。主人公ウィリアムは1995年時点で49歳。詩で自分を表現する元フライトアテンダントの妻、ボビと12歳になる娘、メリンダがいる。ウィリアムは核弾頭によってもたらせられる終末を恐れており、妻と娘を守り、自分自身の信じるもののために家の庭に穴を掘り続けている。しかし、妻と娘にはまったく理解されず、気が狂っていると思われている。

1958年の章は、ウィリアムが12歳のところからスタートする。その当時から最後の審判がやってくることを確信し、家の地下室に手製のシェルターを作成している。そして高校生あたりになっても、その傾向は変わらず、結果的に両親に精神科通いを進められるが、自分はいたって正常であり、友達も意図してあまり作らず、常に終末に備えていると担当医に告げる。そして、大学では『爆弾は存在する』と一人で紙をもって活動し始めたところから、元チアリーダーで魅力的なサラ、肉体派のナイスガイ、ラフティー、爆弾狂のオリー、その友達の200ポンドのティナが仲間に加わる。

物語としては、とりわけ面白いわけではない。主人公のパラノイア的な言動が多く、妄想のような心情描写も長く、読み続けていると疲弊するというか、どこか辟易としてくる。また、主人公を愛している、追いかけられたいのと言っている割には、どこか満たされないものを抱えて主人公を翻弄するような典型的な女、サラにもあまり感情移入できない。さらに、60年代アメリカを代表するような政治家、軍事関係者、ロックバンドなどの訳注を参照しなくては分からない固有名詞が頻出している。

しかし、東西冷戦、キューバ危機、泥沼化していくベトナム戦争、核弾頭をいくつも全米の基地に抱え込んでいて、いつそれらが発射されるかわからない60年代から70年代のアメリカの置かれた不安な情勢が主人公を通して描かれていた。パラノイア的に自分が掘っている『穴』に掘れよと催促され続ける主人公。狂っているのは、主人公なのか、それともその主人公を取り巻く世界なのか!?そういうこともいろいろと考えさせられる。

著者はベトナム戦争に歩兵として参戦しているらしい。また、『世界のすべての七月』にもベトナム戦争に従軍して人生がよくない方向に変えられた人物が出てくる。本作の主人公はベトナム戦争への徴兵を忌避し、国外逃亡している。そういう部分もあって、著者自身の全編ベトナム戦争など戦争や紛争に対する恨みつらみが込められているようでもあった。翻訳は村上春樹で、村上春樹自身の文体と著者の物語が相互作用しているような気がする。おなじみの「やれやれ」も多く出てくる。村上春樹の作品を読んでいるような気にさえする。また、村上春樹は訳者あとがきで『それぞれの読者に対して異なった捉えかたを要求する小説である』と示している。そして以下のようにも示している。
僕はこの小説を読み終えたあとで、誰かとすごく話しあいたかった。そしてもし誰とも話あえないのなら、(中略)何かすがるべき言葉が、空白を埋めてくれるべき言葉がほしかった。
(pp.650)
よって、読了後に空白をもたらす作品であると。そのため、この作品を『現代の総合小説』と呼びたいとあった。

語り合いたいとまではいかないけど(語る場も特にないし、だからここに書くしかない)、主人公のようにずっと自分や家族を脅かす存在に対する不安に決定打を打ち出せないまま生きながら、自分自身のよりどころとなるものを獲得しようと奮闘し続きながらもがいている部分に共感できたし、他の作品に比べてここに何か書き落としておきたいという気にさせられた。

60〜70年代のアメリカの情勢、空気感が村上春樹のコメント付きの詳しい訳注もあって、よくわかった。と同時に、普段の生活で覆い隠されている自分自身に内在する不安とか飢餓感、恐れているものを掘り起こされるような、そんな作品でもあった。



ニュークリア・エイジ (文春文庫)
ティム オブライエン
文藝春秋
1994-05-10

読むべき人:
  • 戦争小説を読みたい人
  • 60年代以降のアメリカの情勢を知りたい人
  • 何かに恐れを抱きながら生きている人
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December 24, 2014

百年の孤独

キーワード:
 ガルシア=マルケス、幻想、歴史、孤独、陶酔
ノーベル賞作家による幻想小説。

本書について書こうとすると、一筋縄とはいかない。本書の解説担当者も、一体どういう「解説」が可能なのか、途方に暮れると示している。なので、まずは同名の焼酎から語ることにする。

焼酎の「百年の孤独」は、宮崎県の酒造メーカー、黒木本店によって生産されており、店主が本作品に惚れ込んで名前を付けたらしい。いわゆるプレミアム焼酎の分類で、定価2,900円ほどのものが定価で購入することは難しく、ネット上の販売価格を見ると大体8,000円前後となっている。居酒屋などで飲もうとすると、1杯800〜1,000円ほどになる。

アルコール度数が40度でウイスキーのような洋酒に近いといろいろと書かれている。実際に居酒屋で2回ほど飲んだことがある(直近だとこれを読んでいる途中に1回)が、個人的にはズブロッカの癖のある草っぽさを緩和したような味で焼酎っぽくはなく、ウォッカが好きなので個人的には好きな味だった。

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ちなみに、この焼酎を定価で購入する方法がある。以下にまとめられたページがあるので参考に。飲みの席などで『百年の孤独』がメニューにあった時に、これはノーベル賞作家であるガルシア=マルケス(今年2014年に逝去)が書いた同名の小説が元ネタなんだよと、薀蓄を語るときが来るかもしれない。そんな時のために、備忘録もかねて書いておこう。この作品を一言で説明すると、コロンビアに架空の都市『マコンド』が作られて、そこでブエンティア家が100年にわたって世代を重ねながら、様々な事件やイベントが発生し、最後にはマコンドが消滅するまでのお話。

もちろん、改行がほとんどなく、びっしりと書き込まれた480ページ近くの重厚な作品を一言で示すのは無理がある。100年の間に、マコンドができた当初の様子、そこで幽霊が出てきたり、雨が3年間やまなかったり、物体を動かす超能力を持つ人間がいたり、大食い競争をやったり、鉄道が近くで敷かれたり、革命のようは戦争が起こったり、美しい少女に見とれて足を滑らせて死んだ人間がいたり、いろいろと情事もたくさん発生している。それらのエピソードを挙げていくときりがない。

しかも、ホセ・アルカディオ・ブエンディアをはじめとして、アルカディオ、アウレリャノなど世代間で名前を継承しているので、誰が誰だかわからなくなってくる。心情描写もあまりなく、途中の数々のエピソードや長い文章で、改行がない状況が続くと、自分自身がこの物語に埋没していくような、そんな不思議な体験をする。読んでいてもよくも悪くもまったく内容が頭に入ってこないこともときどきあるが、振り返ってみると、確かに自分もそこにいてぼんやりと神の視点でマコンドの様子を俯瞰的にずっと見ていた、そんな感覚が確かに残る。

この作品を最初に読んだのは今から10年ほど前の大学生のころだった。大学の図書館に置いてあって、確か2chの文学スレか何かを見てから、この作品の存在を知り、試に読んでみることにした。そのときは、大学の図書館で少しずつ読んでいたのだけど、その本は2段組みでフォントが小さく、今ほど読書経験が多くなかったので、まったく頭に入ってこず、強烈な睡眠薬のようでもあった。それでも精神修行だと思って、表面の字面だけを追って、最後数十ページと言うところで、結局挫折した。

それから社会人になって、改訳版が出版されているのを書店で見かけて買って、5年近く積んでいた。そしてようやく今年の夏ごろから少しずつ読んでみた。やはり読みやすいとは言い難い小説で、1日で物語の区切りとなる20ページぐらいずつしか読めなかった。読んでいても、途中で自分が物語に置いてかれ、10年前と同じように睡魔に襲われることもしばしば。それでもなんとか最後まで読了できた。内容の詳細についてはあまり頭に残っていないのだけど。

それでも、この作品を読むというのはとても贅沢な行為なんだと思った。ネットが発達し、読みやすくて短いネット、スマフォ的な文章がインスタントに好んで消費され、人々が読書をしなくなったと特集番組が放送されるような時代に、こんなに読了するまでに時間がかなりかかる傑作を悠長に読むのだから。時間的にも精神的にも余裕がないとまず無理だなと(ついでに値段的にも。また、図書館で借りたとしても、貸出期間2週間とかで読了は難しい)。

さらには1度読んだだけでは完全に頭に入ってこないので、また後で再読した時もきっと新鮮な状態で読めることだろう。また10年後に読み返したい1冊だな。そのときは、焼酎を手元に飲みながら、幻想的な物語と酒とを同時に陶酔したいものだ。



百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)
ガブリエル ガルシア=マルケス
新潮社
2006-12

読むべき人:
  • 幻想的な小説が読みたい人
  • 焼酎が好きな人
  • 贅沢な読書体験をしたい人
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December 21, 2014

カウント・ゼロ

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キーワード:
 ウィリアム・ギブスン、SF、サイバーパンク、箱、伯爵
サイバーパンクSF小説。以下のようなあらすじとなっている。
新米ハッカーのボビイ、別名カウント・ゼロは、新しく手に入れた侵入ソフトの助けを借りて電脳空間に没入していた。だが、ふとしたミスから防禦プログラムの顎にとらえられ、意識を破壊されかけてしまった。その時、きらめくデータの虚空の彼方から、神秘的な少女の声がきこえてきた……!SF界の話題をさらった『ニューロマンサー』と同じ未来を舞台に、前作を上まわる衝撃的なヴィジョンを展開するギブスンの長篇第二作!
(カバーの裏から抜粋)
livedoorブログのAmazonリンクに書影がなかったから自分で撮って設定した。

『ニューロマンサー』がいろいろなSF作品に影響を与えたのは、SF好きな人にとって見れば語るほどのことでもない、常識的なものになっている。その『ニューロマンサー』をはじめとする<スプロール>3部作と言われる2作目が本書。『ニューロマンサー』の記事は以下。本作品では、『ニューロマンサー』とは別の人物が主人公となっている。主人公は3人いて、それぞれ章ごとに視点が変わる。

まずはタイトルにもなっている『カウント・ゼロ』のハンドルネームでハッキングの腕試しをしている新米ハッカーのボビイ。年齢は17歳ほどの少年で、ある日手に入れた侵入ソフトで電脳空間<サイバースペース>に没入<ジャックイン>して、映画データを盗み取ろうとしたところ、アイス(侵入対抗電子機器、攻殻機動隊の攻性防壁のイメージ)で自分の精神が破壊されそうになる。そしてマフィアのような組織に家を襲撃され、その仕事<ラン>を受けた人物たちに助けられる。

次の人物はターナーで、体躯のよい30歳くらいのフリーの傭兵。かつてインドで爆破されて肉体がバラバラになるが、バイオテクノロジーによって再生している。ある企業から別の企業に移籍をしたいという博士を安全に移送するための転職屋として、コブラのようなリヴォルバの銃を装備し、チームを指揮する。しかし、そこで博士の代わりにその娘と接触し、その娘と行動を共にしていく。

最後はマルリイ・クルシホワ。美術商で小さな画廊を営んでいたが、ある日肉体的には病で死んでいて、精神だけが電脳空間だけで存在する富豪で美術コレクターであるヨゼフ・ウィレクから、コラージュ作品のようなガラクタを詰めたような『箱』を探してくれと依頼される。その『箱』の作成者を巡って宇宙まで行く。

最後のほうまでそれぞれの人物が全く交差することなく、独立して物語が進む。それぞれの人物が電脳空間に常時没入しているという感じでもない。どちらかというと、電脳空間は物語での補助的な位置づけのように、現実世界でそれぞれの人物が動いていく。

Amazonのレビューには『電脳空間3部作の中ではいちばん詩的な作品だ』と評されている。なるほどなと思う。主人公たちを取り巻く周囲の些末な部分を含めた描写が細かく、個人的には三島由紀夫のような情景描写をSF風にしたような、そんな印象を受けた。

派手に爆発したり格闘するような部分は少ない。もちろんレールガンのようもので建物が吹っ飛ばされたり、レーザー光線で人の首が吹っ飛んだりする描写もあるが、それらは控えめ。サイバーパンク要素としては、デッキから伸びている電極を額に設定し、そこのコンソールをいじってマトリックスの世界にジャックインするし、精神だけの存在となった大富豪がサグラダファミリアを模した電脳空間で商取引をしたり、AIの暴走を監視するチューリングという組織があったり、耳の後ろのソケットにマイクロソフトと呼ばれるソフトを入れると飛行機の操縦が可能になったり、多言語の翻訳もできる。

あとは日立、富士通、東芝、朝日新聞、ソニー、千葉、東京、ヤクザなど日本的な固有名詞も多く出てきて、80年代のバブルのころに書かれたサイバーパンクのアクセントにもなっている。

『ニューロマンサー』は5年前に読んだのだけど、1日10ページほどしか読めず、読了に3ヵ月もかかった。しかもギブスンが示す電脳空間に自分の想像力が追い付いていかず、内容はあまり頭に入ってない。しかし、本作は割とすんなり読めた。もちろん、普通の小説、SF作品に比べて読みにくい部類だとは思う。それでも、1日数十ページは読めた。それでも、ちょっとでも気を抜くと独特の描写によって文章の森で迷子になってしまうようなことはよくあったけど。

本書は絶版になっている。たまたま近所の図書館に行ったら、3部作と『クローム襲撃』が置いてあったので借りて読んだ。これが絶版になっているのはもったいない。ぜひ復刊してほしいと思う。

サイバーパンクSFなんだけど、どこか純文学的でもあるような、そんな印象を受けた。また、それぞれの登場人物が最後には直接的にまたは間接的に交差する展開が面白かった。



ウィリアム・ギブスン
早川書房
1987-09

読むべき人:
  • サイバーパンクSFが好きな人
  • マトリックスが好きな人
  • 詩的な世界観を堪能したい人
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December 16, 2014

酒仙

キーワード:
 南條竹則、酒、救世主、教養、阿頼耶識
ファンタジー小説。以下のようなあらすじとなっている。
酒星のしるしをおびた人間は、いずれその使命を果たすまで、酔って酔って酔いまくらなければならん――。こうして仙人に命を救われた暮葉左近は、酒飲み修行に明けくれる日々を送っていた。ところがある日、邪悪な<魔酒>を醸す三島業造が現れて……。古今東西の美酒珍味と、古典文学からの引用が満載された抱腹絶倒の「教養」小説。第5回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞。
(カバーの裏から抜粋)
スゴ本オフ『食とエロ』のテーマの時に頂いた小説。ちょうど2年前に参加したので、2年近くも積んでしまったようだ。

主人公の暮葉左近は江戸時代から続く豪商の家系に育った30歳で、その家系は酒豪でもあった。しかし、代を重ねるごとに没落していき、主人公はとうとう60億円もの負債を抱えて自分の人生にけりをつけようと風呂場に老酒をためて、そこで酒池肉林のごとく酒池をやって死にかける。そんな状況で仙人に助けられ、主人公の酒飲みの気質を見出されて、ひたすら酒を飲んで酒徳積んだ救世主になれと言われる。そして、そのために必要な聖杯と聖徳利を手に入れようとするが、魔酒を広めようとする三島業造と奮闘するという話。

独特の世界観で蓬莱山の仙人や妖怪、天使などいろいろな人間以外の人物がたくさん出てくる。主人公自身も千年に一度の聖酒変化という儀式で世の中に酒を満たし、至福が訪れるようにするための酒仙となっている。そして主人公の太鼓持ちのどぶ六とひたすら飲み歩いている。ファンタジーな登場人物、仙界などが出てくる反面、小岩の中華料理屋、浅草の泡盛屋、新橋のショットバーなど現実的なところが舞台にもなっているのが面白い。それぞれの店名が出てきて、調べてみると実在する(すでに閉店していたりするけど)ものもあったりする。

いろんな人間以外の登場人物が多数出てくるから、『千と千尋と神隠し』のようなジブリアニメで映像化したらはまるだろうなと思った。20歳以上の酒飲みの大人のためのアニメとして映像化してくれないかなと思った。

また、この作品で特筆すべきは漢詩からペルシアの歌など古今東西の酒にまつわる詩歌や酒のうんちくの引用が満載となっている点。それらの過剰とも思える引用が一見衒学的で酒の席でうんちくを垂れたがるおっさんのような嫌味がしそうだが、キャラの特性もあって不思議とそれがない。むしろ文化や歴史も含めていろいろと勉強になるなぁと思った。

ゴルゴダの丘で貼り付けになったイエスも酒仙だったとか、おとものどぶ六が「酒(しゅ)よ、酒よ、なぜ旦那をお見捨てになったのですか?」と言うセリフがあるが、それは解説によると新約聖書のイエスが死の直前に述べた言葉「主よ、主よ、なぜ私をお見捨てになったのですか」というのがネタらしい。このような教養的なパロディ要素も多くみられ、自身の教養レベルが高ければ高いほど楽しめる内容のようだ。もちろん、歴史や文化、宗教に疎い僕はそこまで気付かないのだけど。教養を深めた後に再読すればきっと面白さも増すはず。

目的達成のために、主人公はひたすら道中で老酒や琉球泡盛、葡萄酒、マティーニ、ウイスキー、日本酒などなどを飲みまくっている。そして回りからは気持ちいいくらいにいい飲みっぷりだ評されるほどである。そして読んでいると飲んでいるわけでもないのにほろ酔い気分になってくるから面白い。また、酒だけではなく、一緒に食べている中華料理などの描写もおいしそうで腹が減ってくる。

読んでいたら間違いなく何かしら酒を飲みたくなってくることは間違いない。本書を酒の肴に読むのもよいし、その独特の世界観の中での主人公の飲みっぷりに一緒に酔いしれるもよし。忘年会シーズン突入中ということもあり、すべての酒好きにおすすめのファンタジー「酒」教養小説!!



酒仙 (新潮文庫)
南條 竹則
新潮社
1996-09

読むべき人:
  • お酒が好きな人
  • 中華料理や中国文化に関心がある人
  • 自分の教養レベルを試してみたい人
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December 12, 2014

神々の山嶺

神々の山嶺〈上〉 (集英社文庫)神々の山嶺〈下〉 (集英社文庫)

キーワード:
 夢枕獏、山、エヴェレスト、人生、求道
山岳小説。以下のようなとあらすじとなっている。
カトマンドゥの裏街でカメラマン・深町は古いコダックを手に入れる。そのカメラはジョージ・マロリーがエヴェレスト初登頂に成功したかどうか、という登攀史上最大の謎を解く可能性を秘めていた。カメラの過去を追って、深町はその男と邂逅する。羽生丈二。伝説の孤高の単独登攀者。羽生がカトマンドゥで目指すものは?柴田錬三郎賞に輝いた山岳小説の新たなる古典!
(上巻のカバーの裏から抜粋)
その男、羽生丈二。伝説の単独登攀者にして、死なせたパートナーへの罪障感に苦しむ男。羽生が目指しているのは、前人未到のエヴェレスト南西壁冬期無酸素単独登頂だった。生物の生存を許さぬ8000メートルを越える高所での吐息も凍る登攀が開始される。人はなぜ、山に攀るのか?永遠のテーマに、いま答えが提示される。柴田錬三郎賞に輝いた山岳小説の新たなる古典!
(下巻のカバーの裏から抜粋)
昨年夏のスゴ本オフ『山』のテーマの時に紹介されていた。そのときから気になっており、以前西新宿のブックファーストのフェアでも取り上げられていたので、その時に買って積んでいた。そして最近読んでみた。読んでみたら評判通りのTheスゴ本!!って感じの圧巻の小説。

山に憑りつかれるように魅せられた男、そしてその山屋を追っていくうちにその男自身に惹きつけられる男の話。一言でいうなら、ルパン三世のテーマ曲にある『男には自分の世界がある』というような内容が書き表されている。

ネパール語でサガルマータ、チベット語でチョモランマ、英語でエベレスト(エベレスト - Wikipedia)。世界最高峰のこの山の絶壁部分の南西壁の冬季、無酸素、単独で登頂しようする伝説の日本人クライマー、羽生丈二。中卒で山に登り始めてから、山のために定職には就かず、人間関係も希薄で、誰もやったことがない登山に挑戦し続けている。山に金とか女とか目的などがあるわけではない。人生で山しかない羽生丈二には明言できるような登る理由もなく、それは何のために生きるのか?に転換されても答えはない。それでも最高峰の神の領域に足を踏み入れて、命がけで挑戦していく。

そしてその羽生丈二に出会ってしまって生き方を変えられたカメラマンの深町誠。最初はジョージ・マロリーのカメラを手に入れたことから羽生丈二と関わることになり、羽生丈二のこれまでを間接的に取材し、そしてエベレスト付近で羽生丈二と行動を共にすることで、ジョージ・マロリーが1924年にエベレストの登頂に成功したのかどうかのフィルムの情報を得るつもりが、次第にその本来の目的も忘れ、羽生丈二の生き様に惹きつけられ自分の中にどこか満たされず燻っていたものが焚き付けられていく。

この小説の何がスゴいのかというと、文章のリズム感だろうか。夢枕獏の作品はあまり読んだことがないが、短い文章で改行が多く、一見詩のような文体のようになっている。しかし、それが登山での足の歩み1歩、1歩を間接的に表現されているようにも思える。と同時に、それぞれの登場人物の登攀中の苦しみ、辛さ、葛藤、自問自答など極限状況の心情がダイレクトに読み手に流れ込んでくる。

そして、8000メートル級の世界ではどんなに高地トレーニングを積んでも高山病になり、酸素は薄く1歩の歩みで喘ぎ、テントの中でも寝ているだけで体力を消耗し、幻聴を聞いたり幻覚が見え始め、風速50メートルほどのジェットストリームによる風が襲い、上から石が降ってきて直撃すると致命傷になり、ほんの少しの気の緩みで滑落して死が待ち受けているマイナス25〜40度の過酷な世界にあたかも自分もそこにいるかのような感覚になってくる。そして文体もあるが、面白さも相まってページがどんどん進む。

やはり何もかもを捨てて自分の人生、生命をかけてまで挑戦したり果敢に何かを成し遂げようとうする人物に魅了される。『月と六ペンス』では画家ポール・ゴーギャンがモデルの主人公、ストリックランドが貧困に陥るがただ絵を描きたいのだと言って妻子など他のすべてを捨てて、絵に生涯を投じていた。それと同じように羽生丈二という男は山にすべてを賭けていた。入念な準備をし、エベレストを地道に調査し、8年がかりで50歳近い年齢で挑戦している。こういうものを読んでしまったら、なんとなくぼーっと過ぎていく毎日を送る自分に、このままでいいのか?こんな生き方をすべきじゃないのか!?と自分自身も深町のように焚き付けられてしまう。人によっては今後の人生観に影響が出そうなほどの内容となる気がする。ちょっと山に行(逝)ってくるという人がいてもおかしくないくらい、いろんな意味で危険な作品でもある。僕は行かないけど。

登山などほどんどやったこともないし、それほど関心がない僕でも楽しめてかつそれに命を懸けた男の生き方にも魅了された。
 それを成し遂げるには、その行為者が神に愛されねばならない。
(下巻 pp.132)




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December 06, 2014

窓際のスパイ

キーワード:
 ミック・ヘロン、スパイ、窓際、組織、落ちこぼれ
落ちこぼれスパイ小説。以下のようなあらすじとなっている。
〈泥沼の家〉と呼ばれるその部署は、英国情報部の最下層だ。不祥事を起こした部員はここに送り込まれ、飼い殺しにされるのだ。若き部員カートライトも訓練中のミスのせいでここに放り込まれ、連日ゴミ漁りのような仕事をさせられていた。もう俺に明日はないのか? ところが英国全土を揺るがす大事件で、状況は一変した。一か八か、返り咲きを賭けて〈泥沼の家〉が動き出す! 英国スパイ小説の伝統を継ぐ新シリーズ開幕!
(カバーの裏から抜粋)
主人公はイギリス国内のテロ対策などに対応する保安局、通称MI5に所属している。ある日昇進試験としてテロ犯を捕まえるという訓練中に致命的なミスを犯し、通称「泥沼の家」に左遷されて出世の道から外れ、事務処理などの些末な仕事をする日々を送っている。郊外にあるビルの1室の「泥沼の家」には同じように職務で失敗したものやアルコール中毒の人間など、「遅い馬」と呼ばれる落ちこぼれたちが集まっていた。

そんなときにパキスタン人の19歳の大学生が誘拐されてネット上に監禁されている動画が流される。その事件解決を独自にやろうと「泥沼の家」のメンバーが奮闘する!!というお話。

スパイというとジェームズ・ボンドのようにMI6所属で海外を飛び回ってテロ組織と対抗したり銃撃戦をしたり、ボンドガールとの情事があったりとスケールの大きなものを想像しがちだけど、これは全く逆。なぜなら主人公は30歳前で落ちこぼれて無能扱いされて、ロンドン市内だけの話にとどまっている。そんで「泥沼の家」でそこのボスからの指令の仕事もまたミスったりしている。それでも本人は自分は無能ではない、左遷されたのは何かの間違いだ!!と思いながら出世のメインストリームに返り咲くことを切望して悶々としているという状況。

舞台のスケールは狭く、派手さはあまりない。敵のイデオロギーみたいなものも特にないし、どちらかというと本部とわき道にそれた「泥沼の家」の内部対立のような組織小説?のような感じで読むと面白い。主人公が落ちこぼれで僕と年齢が近いというのも、個人的に共感できる部分。実際は無能ではない設定になっているが、本作ではあまり活躍しておらず、主人公の存在が薄いのだけど。

一般的なスパイ小説として読むとどこか物足りない。しかし、落ちこぼれた人間たちが一致団結して活躍する小説として読めば面白い。割と読みやすくページも結構すんなり進み、引き込まれるような感じなので。これがシリーズ化されてあと2作続くようなので、主人公の活躍は次の2作に期待したい。



窓際のスパイ (ハヤカワ文庫NV)
ミック・ヘロン
早川書房
2014-10-10

読むべき人:
  • スパイ小説が好きな人
  • 部署内の対立を経験している人
  • 落ちこぼれてしまった人
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November 21, 2014

旅のラゴス

キーワード:
 筒井康隆、旅、SF、超能力、人生
SF旅小説。以下のようなあらすじとなっている。
北から南へ、そして南から北へ。突然高度な文明を失った代償として、人びとが超能力を獲得しだした「この世界」で、ひたすら旅を続ける男ラゴス。集団転移、壁抜けなどの体験を繰り返し、二度も奴隷の身に落とされながら、生涯をかけて旅をするラゴスの目的は何か?異空間と異時間がクロスする不思議な物語世界に人間の一生と文明の消長をかっちりと構築した爽快な連作長編。
(カバーの裏から抜粋)
最近なぜかこの『旅のラゴス』が売れているという現象が発生しているようで、気になっていた。また、10月に神楽坂にできたスポット、la kaguに新潮文庫のすべてのタイトル約3000冊が売られており、そこで見つけて手に入れた。ちなみに、1ヵ月前ほどに西新宿のブックファーストで平積になっていた。フェアというほどでもなかったけど、一押しなのかね。

筒井康隆の作品はこれが初めてだった。別に敬遠していたわけでもなく、ただ何となく生きている作家は後回し、それよりも海外文学がいいかなと思って日本人作家の作品はあまり読んでなかったりする。特にSFというジャンルに関しては。

30歳くらいの男、ラゴスが主人公。重厚な表現が多い作品を読んでいたりすると、ラゴスの一人称で簡潔な表現による旅行記のような文体に最初は慣れなかった。そしていきなりある村で超能力によって集団転移をするというところから始まる。行先はシュミロッカ平原と聞きなれない場所、スカシウマ、ミドリウシなどの架空の動物が出てきて、どうやらこの世界は地球ではないように思える。

ラゴスは行く先々でいろいろな人と出会う。奴隷になったりしてその場所で何年も労働したりしなくてはならないこともあるが、ラゴスの人徳によって行先の人々に慕われてまた次の目的地に旅立っていく。そんな旅の話。

途中までは不思議な世界を傍観しているようであったけど、最後のほうになって、『あぁ、旅だ』、と思った。人生そのものが旅であるというようなテーマ性もあるのだけど、純粋に『旅』だと思った。目的地に至るまでのトラブルを含めた過程、移動すること、自分の知識、経験の枠を超えるような体験をすること、いろいろな他者に出会って、最後は自分自身を知る、というような旅。そんな印象を最後に抱いた。

個人的なことだけど、最近カンボジアのアンコールワットを巡る旅行に行ってきた。本書を読了してから旅立ったけど、改めて本書を振り返ると、感嘆と称賛を伴って『あぁ、旅だ』としか言えない。そこにはうまく言語化できないさまざまな含意が込められている、そんな境地。

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カンボジア旅行記を日記ブログに書いたので、暇な人はどうぞ。本書は『旅』のテーマそのものもよいのだけど、SF的な文明の盛衰なども描かれてワクワクした。読めばきっと旅に出たくなるはず。そしたら、思い切って行けるときに行っておこう。



旅のラゴス (新潮文庫)
筒井 康隆
新潮社
1994-03-01

読むべき人:
  • 旅が好きな人
  • 失われた文明に関心がある人
  • 自分の人生について考えたい人
Amazon.co.jpで『筒井康隆』の他の作品を見る

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November 16, 2014

旅行者の朝食

キーワード:
 米原万里、ロシア、小咄、旅、食い気
ロシア語通訳者による食エッセイ。以下のような内容となっている。
「ツバキ姫」との異名をとる著者(水分なしでもパサパサのサンドイッチをあっという間に食べられるという特技のために)が、古今東西、おもにロシアのヘンテコな食べ物について薀蓄を傾けるグルメ・エッセイ集。「生きるために食べるのではなく、食べるためにこそ生きる」をモットーに美味珍味を探索する。解説・東海林さだお
(カバーの裏から抜粋)
この本は2年前の『旅』がテーマのスゴ本オフでいただいたもの。ずいぶん放置していたし、そろそろ『旅』な気分だったり何かエッセイを読みたいと思っていた。個人的にはこれは『旅』よりも『食』的な印象を強く受けた。

著者の米原万里のことは正直何も知らなかった。著者紹介には元ロシア語会議通訳、作家とだけある。他にどんな本を書いていて、どういう経験をされているのかもしらずに読んでみたら面白かった。さすがスゴ本。2006年に逝去されているようだ。残念。

面白かったエッセイのタイトルを列挙しておこう。
  • ウォトカをめぐる二つの謎
  • 旅行者の朝食
  • キャビアをめぐる虚実
  • 夕食は敵にやれ!
  • シベリアの鮨
  • キッチンの法則
  • 食い気と色気は共存するか
『ウォトカをめぐる二つの謎』では、ウォトカを最も美味しく飲める理想的なアルコール比は39度でも41度でもない、40度である、と発見したのは化学元素の周期律を発見した化学者メンデレーエフであると、自著に書いたらいろいろと情報の出所に問い合わせがあったとか。実際はガセネタだったらしいけど、そこに至るまで、ロシアのウォトカ事情、歴史がいろいろと分かって面白い。

本書のタイトルにもなっている『旅行者の朝食』というのは、ネタバレするから詳細は示さないけど、普通の旅行中の朝食のことではなく、そこにはロシア人が何度聞いても笑い転げる小咄(フォークロア)がネタになっていて、ロシア人の友人に「何なのよ、『旅行者の朝食』って!?」と問い詰めるが、「クックックックッ」と笑いをかみ殺すような反応が返ってくるようだ。これはなかなか面白いエピソードだと思った。ここもロシア人の気質などが窺い知れる。ここは読んで確認がよろしい。

『キッチンの法則』では面白い法則がいくつか示されている。「料理上手は掃除下手、掃除上手は料理下手」という古今東西を貫く法則があるらしい。ほうほうと思いつつも、僕はどっちが上手が下手かも判断不能だが。他にも「台所器具の価格とその使用頻度は反比例する」とか「キッチンが立派になればなるほど、料理は粗末になる」、「料理を作るのにかけた時間とそれを平らげるのにかかる時間は反比例する」とか「一生懸命作った料理ほど客には評価されない」など著者独自の視点もある。料理をよくする人ならうんうん、と賛同するのではないかしら。

著者はどちらかというと「生きるために食べる」のではなく「食べるために生きる」と自認するほど食に関心が高いようで、個人的には激しく同意と思う。学生時代以前は好きなものを好きなだけ食えるほどのお金も食の範囲もないのだから、そんなに食に関心が向かないのだけど、ある程度の食経験が増えてくると、「食べるために生きる」という感覚が芽生えてくるなと。といいつつも、持病のせいで食事制限しなくてはいけない身なので、好きなものを好きなだけ食うということは依然としてできないのだけど。

著者の語り口がとても面白くて読ませられる。料理に関する挿絵や写真など皆無なのだけど、ロシアの見たことも聞いたこともないお菓子や料理が脳内で勝手に想像されて激しく食いたさをそそられる。よって『旅』的なテーマとして海外旅行中に読むのは絶対お勧めしないな。絶対後悔する。激しく腹が減ってしまうし、現地の食に満足できない場合は特に。僕は通勤の行きに読んでいたけど、それでも食指を動かされて朝から腹が減ってしまった。

気軽に読めるエッセイであまりなじみのないロシアのことも面白く分かるし、食に関する知見もいろいろと広まるのでお勧め。



旅行者の朝食 (文春文庫)
米原 万里
文藝春秋
2004-10

読むべき人:
  • 気軽なエッセイを読みたい人
  • ロシア事情に詳しくなりたい人
  • 食べるために生きている人
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October 25, 2014

投資家が「お金」よりも大切にしていること

キーワード:
 藤野英人、投資、企業、世の中、未来
ファンドマネージャーによるお金について考えている本、以下のような目次となっている。
  1. 第1章 日本人は、お金が大好きで、ハゲタカで、不真面目
  2. 第2章 日本をダメにする「清貧の思想」
  3. 第3章 人は、ただ生きているだけで価値がある
  4. 第4章 世の中に「虚業」なんてひとつもない
  5. 第5章 あなたは、自分の人生をかけて社会に投資している、ひとりの「投資家」だ
(目次から抜粋)
最近は小説ばかりだったので、少し違ったジャンルで軽めに読めるものをと思っていた。また、書店でずっと本書が気になっていたし、帯に『インベスターZ』のお勧め本として紹介されていたので買った。『インベスターZ』はドラゴン桜の著者による株式投資漫画で、チェックしている漫画だ。株式投資の概念などが学べるのでお勧め。

さて、本書の著者は野村證券、JPモルガン、ゴールドマン・サックス系の資産運用会社を経て、レオス・キャピタルワークスを創業して23年間で5700人の社長に取材を重ねて着た投資のプロである。そんな著者によって、一般的なお金の概念や経済、投資の本質、世の中の企業のあり方についてわかりやすく示されている。前半部分は日本人一般のお金に対する考え方が示されている。曰く、大半は金儲けは悪だと思っており、アメリカでは収入の多寡にかかわらず寄付する人が76%なのに対して日本人は36%(そのうち家計に占める寄付額は0.08%、2500円)ほどでしかなく、自分のお金や現金を守ることしか考えておらず、さらに他人を全く信用せず、新興国に対して短期でしか投資しないので日本人こそハゲタカであると。

結局日本人はお金しか信じておらず、何もお金について考えていないとバッサリ切り捨てている。

前半はふーんって感じで読んでいたけど、後半になるにつれてなるほど、勉強になるなと思うことが多かった。4章の『世の中に「虚業」なんてひとつもない』では、ITや金融、コンサルティング会社のビジネスは「虚業」であると言い切る人は「無知」をさらけ出していると言い切っている。つまり、提供する商品なりサービスがあり、それを受け入れてるお客さんがいる限りその仕事や会社に価値があるのだと。それに関わる血の通った人間のいることを想像できず、社会や経済のことも何も理解できていないのだと。

僕は(コンサルよりの)IT業界に身を置いているので、さすがに自分の仕事が虚業だなんて思っていないが、金融業界に対しては偏った先入観などがあったことは認めざるを得ない。特にリーマンショックのからくりを解説する映画『インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実 [DVD]』を見た後は、某GSなどの投資銀行などはみん自分たちが儲けることしか考えておらず、世の中に不景気をもたらした諸悪の根源じゃないか!!と思っていたのだが。まぁ、いろんな側面があるんだなということが分かってよかった。

著者の考える投資の目的は「世の中を良くして、明るい未来をつくること」とある。そして、投資について以下のように言及されている。
 少し青臭く聞こえるかもしれませんが、明るい未来をつくること以外に、投資の目的はありません。
 会社やビジネスに投資(株式投資・不動産投資など)することは「直接的に、世の中を良くすること」であるし、自己投資も「間接的に、自分を通して世の中を良くすること」だと考えています。
 当然、消費をすることも投資であれば、選挙で一票を入れることも投資です。
(pp.202)
なるほどと思った。

他にも真面目な会社しか長期的に利益を上げられないなどの著者独自の視点があるので、とても勉強になる。その辺は実際に株式投資をやっていくうえでかなり参考になる視点だと思う。そこは読んで確認してほしい。

本書はこれからの日本を担う10代、20代の人に読んでほしいとあるので、かなり読みやすい。あとは本書執筆のきっかけになったのは、著者が講師をしている明治大学の「ベンチャーファイナンス論」によって、ある学生が新たな視点を得られたことによるらしい。へーっと思った。そのような講義が受けられる学生が羨ましいとも思った。

就職活動中の人や社会人になりたての人にはとても良い内容だと思う。特に学生時代なんかは、世の中にある企業などは完全にイメージ先行で判断を下しがちであるし、それぞれの企業のビジネスの本質的な部分に対する視座が確立されていないようなものだからね。読んでおいて損はない一冊かなと。あとは実際に株式投資する人なども読んだらいいと思う。




読むべき人:
  • 就職活動中の学生の人
  • 株式投資をやっている人
  • 世の中を良くしていきたいと思っている人
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October 19, 2014

何かが道をやってくる

キーワード:
 レイ・ブラッドベリ、ファンタジー、ハロウィン、悪夢、時間
ファンタジー作品。以下のようなあらすじとなっている。
ある年の万聖節前夜、ジムとウィルの二人は13歳だった。そして彼らが一夜のうちに大人になり、もはや永久に子供でなくなってしまったのは、その10月のある週のことだった……。夜の町に訪れるカーニバル、その回転木馬の進行につれて、時間は現在から過去へ、過去から未来へと変わり、それと同時に魔女や恐竜が徘徊する悪夢のような世界が現れる。抒情詩人が贈る一大ファンタジー。
(カバーの裏から抜粋)
物語はある年の10月24日の真夜中の3時を過ぎたころから始まる。あらすじにある万聖節前夜というのは、ハロウィンのこと。家が近所同士のジムとウィルは、ある日やってきた見慣れないカーニバルの一団の一味が真夜中に回転木馬に乗っているのを目撃する。乗っていた人間は回転木馬が1周するごとに若返っていき、大人から12歳くらいの少年の姿に!!また鏡やガラスの見世物小屋に入ると、年老いた自分に出会ったりし、その世界に捉えられてしまう人が出てくる。カーニバルを率いるダーク、その仲間の盲目の魔女、一寸法師、骸骨男、その他奇妙な奴らはみな闇の住人だった!!少年二人とウィルの父親で54歳、図書館の管理人をしているチャールズがそいつら闇の住人に恐れつつも対峙する!!というお話。

読む前は何も予備知識がない状態だったから、ファンタジー、というのだからもっとほんわかした感じだと思っていた。ハロウィンがテーマだからもっと楽しい感じかと思っていたら、思ったよりもダークな内容だった。読んでいる途中はなんだか夢に出てきてうなされそうだなと思った。残虐なシーンとかはないけど、それでもチャールズが痛めつけられたり、ダークの蛇などの入れ墨がうごめいていたり、盲目の魔女が魂のに臭いを頼りに気球に乗ってきたりと不気味だが、図書館でチャールズとダーク、魔女などが対峙するシーンなどはハラハラしつつ読んだ。

主人公たちが13歳だから、その年齢くらいに読めば冒険譚のような感じで読めると思う。もちろん僕もそっちのほうを意識して読んでいたのだけど、注目すべきはウィルの父親のチャールズではないかとも思う。ある意味裏主人公的なポジション。妻と子供がいて、図書館の管理人をしているが、特にそれ以外にとりえもなく、なんとなく過去や若さに対する郷愁を抱いている。そして、回転木馬によって若返る闇の敵たちと対峙することで、もう一度その郷愁の根本を追体験しているような、そんな印象がした。だから、もうちょっと歳をとってから再読するとまた違った印象を受けるのだろうなと思った。

没頭できるシーンがあれば、そうでない部分もある。ブラッドベリ独特の描写もあって読ませるのだけど、続けて読み進めるのがしんどかった。そもそもフォントが小さいし、あとAmazonのレビューを見ているとどうも翻訳がよろしくないようだ。いまいち全編没頭しきれなかったのは、きっとそのせいだ!!ということにしておこう。

あとレイ・ブラッドベリの他の作品で読んだのは以下。日頃くたばれハロウィン!!、日本では流行らないんだよ!!(特に深い意味も体験もないけど)と思っている身としても、なかなか楽しめる作品だったw



何かが道をやってくる (創元SF文庫)
レイ・ブラッドベリ
東京創元社
1964-09-30

読むべき人:
  • ハロウィンが好きな人
  • 10代の少年の人
  • 60歳くらいの過去ばかり回想している人
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October 05, 2014

パラークシの記憶

キーワード:
 マイクル・コーニイ、SF、ミステリ、凍結、真相
SF小説。以下のようなあらすじとなっている。
冬の再訪も近い不穏な時代、村長の甥ハーディは、伝説の女性ブラウンアイズと同じ瞳の色の少女チャームと出会う。記憶遺伝子を持つこの星の人間は、罪の記憶が遺伝することを恐れ、犯罪はまず起きない。だが少年と少女は、背中を刺された男の死体を発見する…名作『ハローサマー、グッドバイ』の待望の続編。真相が今語られる
(カバーの裏から抜粋)
前作は『ハロー、サマーグッバイ』で、こちらは1975年に書かれたもので、それから時間がたって、1990年代に本書、続編が書かれたようだ。時代設定は前作から数百年は経っていると思われる惑星で、人型の異星人、スティルク人が住んでいて、地球人より少し小柄で、狩猟や漁業を営んで男性と女性が別の集落で暮らしている。一応モーター車などの機械文明も一部あるが、前作よりも少し衰退したような文明設定になっている。

そして人々はオブジェクト指向の親クラスを継承するクラスは親クラスのメンバを自由に参照できるように、先祖の記憶を生まれながら継承している。その記憶を見るために星夢といって意識的に先祖の記憶をさかのぼるように眠りについて、過去の経験値を受け継ぐ。そのため、本に頼ることもない。その記憶を一番さかのぼれるものが村長になるという風習が残っており、22世代前くらいが一番古い記憶になる、という設定になっている。

主人公は17歳の少年で、だんだん寒さが厳しくなり、食糧難になりかけている村にいるという状況で、殺人死体を発見してしまう。星夢により殺人など起きることのない文化なのに、それが発生してしまい、自分に嫌疑をかけられ追われつつ謎を解いていかなくてはいけない。そこで数世代前からやってきて居ついている地球人の力を借りつつ、真犯人も追いながら、迫りくる厳しい凍期にも対処しなくてはいけないというお話。

前作も読んだ場合は、前作とどちらが面白いかと比べたくはなる。しかし、個人的にはこれは、2作品で1セットの内容で比べる意味もないかなと。遅れて出版された上下巻のような位置づけ。なぜなら前作だけでは面白さが半減してしまうかもしれないから。つまり、前作だけを読むと、なんという悲劇!!と読み間違えてしまう可能性があった。僕は完全に読み間違えていた。インターネッツが発達していない時代、まして本作が出版されていない状況だったら、前作の真相はわからないままだったろう。

つまり、前作の結末の真相が描かれている。本作は去年(2013年)に河出文庫で出版されたようで、本当に出版されてよかったと思う。

本作では主人公と舞台設定が若干変わっている。前作の主人公たち、少年ドローヴと少女ブラウンアイズは神格化されて伝説の人物となっており、直接的には出てこない。でもそういう前作の登場人物がところどころ物語のキーとなるのがRPGの続編っぽい面白さの要素になっていて好きな展開。あと前作の二人は12歳くらいの少年少女なので、ほんわかとしているけど、こっちはソレナンテ・エ・ロゲ!?裏山けしからん!!ww(ソレナンテ・エ・ロゲ - アンサイクロペディア)な展開が多くて恋愛要素としては若干何とも言えない部分もある。

しかし、本作の全体像としては、訳者解説に以下のように示されている。
 前作巻頭の作者の言葉をアレンジして説明するなら、
これは恋愛小説であり、ミステリ小説であり、SF小説であり、さらにもっとほか多くのものでもある
(pp.521-522)
いろんな要素が描かれていて、楽しめた。個人的にはSF要素が一番よかったかな。

前作を読まなくても楽しめるような内容にはなっているけれど、絶対に読んだほうがいい。特に前作を読み終わった後、どういうことだってばよ!!Σ (゚Д゚;)ってなった後すぐにググらず本作を読み始めるのが吉。そしたらセットでそういうことだったのか!!と楽しめる内容になっている。

520ページ近くと前作よりもだいぶ長い物語になっており、途中若干中だるみしたりするが、300ページを超えたあたりから面白くなってくる。SF小説にありがちなよく分からない描写なども少なく、読みやすい。ロリンという人型の毛むくじゃらの生物がいたり、村の風習、星夢などの設定も面白く、その独特の世界観に没頭できるし、最後の結末、真相もひっくるめて楽しめた。



パラークシの記憶 (河出文庫)
マイクル・コーニイ
河出書房新社
2013-10-08

読むべき人:
  • ミステリ小説が好きな人
  • 続編RPGが好きな人
  • 独特の世界観に没頭したい人
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September 15, 2014

飢餓同盟

キーワード:
 安部公房、同盟、発電、革命、挫折
小説。以下のようなあらすじとなっている。
眠った魚のように山あいに沈む町花園。この雪にとざされた小地方都市で、疎外されたよそ者たちは、革命のための秘密結社“飢餓同盟”のもとに団結し、権力への夢を地熱発電の開発に託すが、彼らの計画は町長やボスたちにすっかり横取りされてしまう。それ自体一つの巨大な病棟のような町で、渦巻き、もろくも崩壊していった彼らの野望を追いながら滑稽なまでの生の狂気を描く。
(カバーの裏から抜粋)
夏になると思い出したように安部公房作品が読みたくなる。まだ未読の長編作品は本作品と『カンガルー・ノート』のみとなったので、こちらを先に読むことにした。

地方の町、花園はかつて温泉が出ていたのだけど、地震の影響で温泉が出なくなってさびれつつある。そこの主要産業であるキャラメル工場で働く花井という男は、尾骶骨あたりに尻尾のようなものが生えており、ひもじい様という神様を祭った茶屋で育ち、貧乏であったりよそ者など、何か満たされぬ者たちが集まるひもじい同盟を設立する。

あるとき、地下探査技師と名乗る織木がやってきて、服毒自殺を図り、その織木の遺書を読んだことから地熱発電で企業し、ひもじい同盟を飢餓同盟と改めてこの町、そして全国に革命を起こそうとする。

なんだかいろんな登場人物が出てきて、この町での派閥や思惑が安部公房独特の人物像、会話によってからみついていく、そんな作品。他の作品に比べてSF的な要素はあまりないのだけど、主人公が花井の境遇が不遇であり、育ててもらったが恨みを持つ人間に対して一泡吹かせてやろうという鬱屈した心情が描かれている。

安部公房の他の作品よりも没頭して読めなかったかな。それでも他の作品にも共通する閉塞感というか、翻弄される感じがよく描かれていて、読んでいる人間をどこか不安に陥れるような、そんな感じがする。

安部公房作品で、このブログで取り上げたのは以下。特に面白いのは、下2作品かな。このブログで取り上げていないのでは、鉄板の『砂の女』、『燃えつきた地図』、『他人の顔』なども。

不安と翻弄される非日常に没頭し、読了後に現実に自分に起こったことでなくてよかったと安堵(どの作品もハッピーエンドにならず、しばし後味の悪さは残るけど)したいなら安倍公房作品が断然いいなと思う。



飢餓同盟 (新潮文庫)
安部 公房
新潮社
2006-09

読むべき人:
  • 地方出身者の人
  • 不遇な境遇にある人
  • 常に何か満たされない境地の人
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September 07, 2014

ウルトラ・ダラー

キーワード:
 手嶋龍一、インテリジェンス、偽札、思惑、外交
インテリジェンス小説。以下のようなあらすじとなっている。
1968年、東京、若き彫刻職人が失踪した。それが全ての始まりだった。2002年、ダブリン、新種の偽百ドル札が発見される。巧緻を極めた紙幣は「ウルトラ・ダラー」と呼ばれることになった。英国情報部員スティーブン・ブラッドレーは、大いなる謎を追い、世界を駆けめぐる。ハイテク企業の罠、熾烈な諜報戦、そして日本外交の暗闇…。わが国に初めて誕生した、インテリジェンス小説。
(カバーの裏から抜粋)
かつて参加した『本好きが選んだ新潮文庫の160冊』の会のスゴ本オフでいただいた作品。もう2年も経っているのだなぁ。それだけ積んでしまったということで、そろそろよいころあいかと思って読んだ。

インテリジェンス小説というのは、簡単に言えばスパイが活躍する小説。スパイ、エージェントというと、イアン・フレミング原作の007シリーズが有名で、東西冷戦にからんだお話が多い(映画は全部見ているが、原作は一作品も読んだことはないけど)。本作の舞台の半分以上は現代の日本がお話で、北朝鮮が作成しているという精巧な偽ドル札を英国の秘密諜報員が追うというお話。

物語の詳細とかはネタバレするとだめなので、特に解説はしないけど、現実と虚構を織り交ぜた各国の置かれた状況、外交的な駆け引き、思惑などが偽ドル札から北朝鮮による拉致被害などにも絡んでいって、想像以上に展開していく物語の構成力はスゴいと思った。これは著者のような職業経験を持ちえないと絶対書けないだろうなと。

実在の人物、たとえば北朝鮮の金正男がディズニーランドに遊びに来るために偽造パスポートでやってきたというエピソードも入っていたりする(あと噂によると赤坂見附でよく飲んでいたとか聞いたことがある)。また、日本の外交官の登場人物もそれなりに近いモデルがいるのではないかなと思わせてくれて、物語りに深みを与えている。

しかし、ところどころに出てくるインテリジェンス的なやり取りとはあまり関係ない料亭での食事、英国人主人公のスティーブンが習っている篠笛、そしてその師匠の身にまとう着物、スティーブンの乗るクラシックカー、サンデーサイレンス産駒など競馬の話など、博学なネタが満載なのだけど、その頻度にどう?これ知っている?とオッサンに酒の席で薀蓄を垂れられているように感じて、若干鼻に着くのは否めない。

あとは物語の構成的なものは各国を舞台に飛び回るのがよいのだけど、特に主人公の人物像というのはあまりパッとしないというか、人物描写がよろしくないなと。Amazonのレビューにもあったけど、掘り下げがなく、ぼやけた人物像であんまり感情移入できる感じでもなかったかなと。他の人物も似たような感じ。

個人的には主人公スティーブンがオックスフォード大学の恩師と会っていろいろと会話するシーンで、インテリジェンスとは何かを教授が説いている部分がなるほどと思った。以下その部分を引用。
「あの河原の石ころを見たまえ、いくつ拾い集めたところで石ころは石ころにすぎん。だが、心眼を備えたインテリジェンス・オフィサーがひがな一日眺めていると、やがて石ころは異なる表情をみせ始める。そう、そのいくつかに特別な意味が宿っていることに気づく。そうした石だけをつなぎ合わせてみれば、アルファベットのXにも読み取れ、サンスクリット語の王にも読み取れ、漢字の大の字にも見えてくる。知性によって彫琢しぬいた情報。それこそ、われわれがインテリジェンスと呼ぶものの本質だ」
 雑多な情報のなかからインテリジェンスを選り分けて、国家の舵を握るものに提示してみせる―これこそが情報士官の責務だ。
(pp.73)
いろんなことにも応用できそうだなと思った。例えば株価予測について分析したりとか、お仕事で業務分析をする場合などにも。

最近読んだインテリジェンス小説は以下だな。これはジェフェリー・ディーヴァーが著者。こっちはエンタメ作品としてはハラハラさせてくれる感じで面白い。『ウルトラ・ダラー』はほとんどドンパチしたりするような派手さはないのだけど、国同士の思惑、次の一手が実際にあり得るかもしれない、と思わせてくれるところがスゴい感じで、面白かった。

同じ主人公、スティーブンが出てくる続編もあるらしい。こっちも暇なときに読んでみるか。

本作品は、小説として読むと若干微妙な部分があるけど、作り話のような半ノンフィクションな本として読むと面白いと思う。



ウルトラ・ダラー (新潮文庫)
手嶋 龍一
新潮社
2007-11-28

読むべき人:
  • インテリジェンス作品が好きな人
  • 北朝鮮の動向に関心がある人
  • 日本の置かれた状況を考えたい人
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August 31, 2014

あの日の僕らにさよなら

キーワード:
 平山瑞穂、青春、人生、分岐点、歩み
大人の青春小説。以下のような目次となっている。
桜川衛と都築祥子。共に17歳。互いに好意を抱きつつも、一歩踏み出せずにいた。ある夜、家族不在の桜川家を訪ねた祥子は偶然、衛の日記を目にする。綴られる愛情の重さにたじろいだ祥子。何も告げず逃げ帰り、その後一方的に衛を避け続け二人の関係は自然消滅に……。あれから11年。再会を果たした二人が出した答えとは――。交錯する運命を描く恋愛小説。『冥王星パーティ』改題。
(カバーの裏から抜粋)
なんとなく書店でタイトルとあらすじが気になって買って読んでみたらすごくよかった。個人的には好きな作品。

今日でもう8月は終わるけど、夏になると昔を回顧するように青春小説が読みたくなる。ときどき高校生くらいの時期を思い出してみたり、あの頃の自分と今の自分はどう変わってしまったのだろうか?とか、結局何も変わっていない自分がいるのかなとか、高校生のころ体験することのできなかった青春的なことを疑似体験してみたくて、青春小説を読むのだと思う。

本作品は、そんな高校2年生の青春小説でもあるし、それから11年経った28歳くらいの大人の青春小説でもある。つまり、高校生のころ、いろいろあったけど、それから11年経って再会してみて、結局どうだった?っていうのが本作品の大筋。それは青春小説的には割とありふれたテーマ設定なのだけど、それでも本作品は僕に合っていたなと思った。

主人公は桜川衛と都築祥子で、二人は別の高校に通うのだけど、ある日祥子の友達経由で衛に『フラニーとゾーイ』を借りることになって知り合う。そこで、二人は衛の家で本とか音楽の話をよくしていき距離が縮まっていくのだけど、衛が書いていた祥子に対する想いを書き綴った日記を見てしまい、それから疎遠になっていく。祥子はそのまま大学生となり、クラッシクギター部に入り、いろいろと経験していく。

2章までが祥子視点で進み、3章で28歳になった衛視点で物語は進む。高校生のころは人目が気になりすぎて自意識過剰気味で、夢は総理大臣と言っていたが、優秀な証券マンとなっており、さらにはモテるようになって複数の女関係まで築くまでになる。ある日、たまたま都築祥子をネットで検索した時に、祥子と思われる女のあられもない自撮り写真を目にしたことから、再会へとつながっていく。

祥子が衛の日記を読んでしまい、自分自身への気持ちに怖気づいたというのもよく分かるし、そんな日記を書き残してしまう衛も痛いほど共感できた(実際にそんな日記は書いたことはないのだけど)。そして、28歳になった衛の心情もおまいは俺か!!と思ってしまうほどだった。特にそのように感じた部分を一部抜粋。
「俺も、たいして変わらない。どこかで道を間違えてしまったような気がしてならないんだ。でもすでに、あまりに遠くまで歩いてきちゃったから、今さらどうしていいのかもわからない。引き返すっていったって、どこまで?引き返したところで、やり直しがきくのかなって」
(pp.327)
ほぼこんなことを僕もついつい考えがちになってしまう。高校生くらいのころから、自分なりに最適だと思う決断をしてきたはずだったのに、振り返ってみると欲しいものは何も手に入っておらず、肉体的にも病んでいるし、空虚でどこか満たされない境地で時間だけが進んで行って、昔のことばかり思い返している。本当にこの方向性でよかったんだろうか?とか、そして、あのとき、違う決断をしていたら、もしかしたら結婚もしていて、今とは違う生き方でもっと幸せだったのではなかろうか!?と。

客観的には過去を回想しても何も変わらないし、そんなの時間の無駄なのだけど、どうしても現状に満足できず、過去に後悔の念が残っていると、ふと考えてしまう。日曜日の夜とか特にね。そんなときにこの作品を読みながら主人公たちの境遇を疑似体験していくことで、なんだかそういう悔恨の情が浄化されていくような気がした。つまり、もう過去ばかり思い返してないで、これからの未来に目を向けて前向きに生きなくては、と気づかされた。だから、この作品は読んで本当によかった。なんだか自分のために書かれていたような、そんな気さえする。

小説を読むのは、娯楽的な側面もあるし、教養のためという側面もある。しかし、それだけが小説を読む意義ではなくて、この作品のように、自分の中にあるわだかまりを解消してくれたり、思いがけずに生きていくうえでの示唆を獲得できることがある。50冊に1冊くらい、そういう作品に出会うことがあって、読了後は言いようもない僥倖で満たされる。

400ページ近くあってなかなか長編なのだけど、とても読みやすく、主人公たちに共感して読めると思う。特に、高校生くらいのときにいろいろとあった人には。




読むべき人:
  • 30歳前後の人
  • 高校生くらいの青春小説が読みたい人
  • 前向きに生きていきたい人
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August 23, 2014

ハローサマー、グッドバイ

キーワード:
 マイクル・コーニイ、SF、青春、戦争、凍結
SF小説。以下のようなあらすじとなっている。
夏休暇をすごすため、政府高官の息子ドローヴは港町パラークシを訪れ、宿屋の少女ブラウンアイズと念願の再会をはたす。粘流が到来し、戦争の影がしだいに町を覆いゆくなか、愛を深める少年と少女。だが壮大な機密計画がふたりを分かつ…少年の忘れえぬひと夏を描いた、SF史上屈指の青春恋愛小説、待望の完全新訳版。
(カバーの裏から抜粋)
この作品については、何の予備知識も先入観も持たない状態で読み始めるのがおすすめ。よって、以下は読んでも読まなくてもよい。

舞台は地球ではないとある惑星で、地球の人間と同じような人たち、文化がある世界。そこで12歳くらいと思われる少年ドローヴは、毎年夏に港町で家族と過ごすことになっている。去年出会った美少女、ブラウンアイズに会うことを楽しみにしており、そこでさらにリボンという少女、さらにちょっと嫌な奴で同じく政府高官の息子のウルフたちと出会う。そんなひと夏の青春物語として始まる。

中盤までは微笑ましいというか、ほんわかした少年の青春小説っぽい雰囲気。そして次第に戦争の話が出てくるが、突然他国が攻め込んできて街を蹂躙するというほど戦争っぽくなく、なんだか抽象的な印象を受ける。SF的な要素としては、アイスゴブリンというような湖の水をすべて凍らせて人を捕食するようなやつや、ロリンという毛むくじゃらで人型だが、しゃべることはしないが、ある程度の知能があり人になつく生物、さらに馬のようなロックスという生物も出てきたりする。

単純な甘酸っぱい青春的なものなら別に地球が舞台でもよかったんじゃないかと思ったりして、終盤まで正直倦怠な感じだった。しかし、地球が舞台ではダメで、結末でΣ (゚Д゚;)ってなったwもうこれ以上は書けないし、ググるのもお勧めしない。読んでからのお楽しみだ。

本書は例によって西新宿のブックファーストのフェアで見つけて、なんとなく買って読んでみたらよかった。西新宿のブックファーストのフェアは当たりが多いなぁ。

本書の続編が去年あたりに出版されたようなので、そっちもチェックだな。夏はSF小説とか青春小説が読みたくなる。本書はそのいいとこどりで、そしてスゴ本だった。



ハローサマー、グッドバイ (河出文庫)
マイクル・コーニイ
河出書房新社
2008-07-04

読むべき人:
  • 夏っぽい作品が読みたい人
  • 青春小説が読みたい人
  • どんでん返しものが好きな人
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August 17, 2014

ミッキーマウスの憂鬱

キーワード:
 松岡圭祐、ディズニー、青春、舞台裏、仕事
夢の国、ディズニーランドが舞台の青春小説。以下のようなあらすじとなっている。
東京ディズニーランドでアルバイトすることになった21歳の若者。友情、トラブル、恋愛……。様々な出来事を通じ、裏方の意義や誇りに目覚めていく。秘密のベールに包まれた巨大テーマパークの〈バックステージ〉を描いた、史上初のディズニーランド青春成長小説。登場人物たちと一緒に働いている気分を味わってみて下さい。そこには、楽しく、爽快な青春のドラマがあるはずです。
(カバーの裏から抜粋)
冒頭からどうでもいい話なのだけど、先月の3連休に家族と25年ぶりにディズニーランドに行った。ディズニー、ふーんって感じだったのだけど、行ってみて夢と魔法の国にしっかり影響されてしまっているような自分がいる気がした。そして、新潮社の夏の文庫フェアにこの作品があったので、読んでみたわけだ。

主人公は準社員としてオリエンタルワールド(作中はこの企業名)が運営するディズニーランドに美装部としてなんとか採用される。そこでの仕事はキャストに着ぐるみを着付けしたり、壊れた部分を補正したりする。しかし、主人公はもっと華やかな仕事を想像していたらしく、仕事に不満を持っていたり、なんでも思ったことを口にしたり、他の部署の仕事に余計なことを言ったりし、空気の読めない若干痛い存在で、正社員からも疎まれたりする。キャストとして働く間にさまざまな事件が起きたりして、主人公がディズニーランドの舞台裏で3日奮闘するお話。

半分くらいまで主人公に共感するどころか、いらっとさせられるキャラ設定となっている。それはもちろん、作者による意図的なもので、キャラがしっかり立っていると言える。

そして、やはり世界観が実在のディズニーランドがモデルということもあって、一度でも行ったことがある人はその舞台を想像しやすいだろう。あと、舞台裏的な話としては、ウエスタンリバー鉄道の近くに見えにくいところにキャストが移動する道があり、鉄道の乗客から見えないように信号待ちする必要があるとか、クラブ33というVIPルームがあるとか。また、実際に存在しない部署、調査部といった設定も出てくる。そういう実在の設定と虚構の織り交ぜられた世界観などを読み解いていくのもディズニーファンなら楽しめると思う。

あとは、主人公を通して、夢と魔法の国を維持していく人たちの舞台裏についてのお仕事論的な小説としても読める。主人公はゲストとしてディズニーにあこがれを抱いたことがきっかけで働きたいと思い、そこからキャストの立場になるのだけど、そのキャストの苦労やキャスト同士の人間関係的な話など、いろいろと興味深く読めた。

さらには事件が発生したりして、それを主人公ともう一人準社員の少女と一緒に奮闘していくというのもよくて、思ったより没頭して楽しめた。ディズニーに行った後だからなおさらかな。

実際にディズニー行ったときに、キャストの人たちはいろいろと大変だろうなぁと思った。また、夢と魔法の国と言ってもいろいろとあるんだよねぇ。あと、ディズニー行ってから改めてこのCM見ると、ディズニーってまさにこんな感じだよなと思った。このCMが流れ始めたころは、なんだこのリア充的な世界観は!!と思っていたのだけどw



おっと、最後に一番大事なことを示しておこう。
この物語はフィクションです。
実在の団体名、個人名、事件とは全く関係ありません。
その為、実在しない名称、既に廃止された名称等が含まれています。
(pp.269)
作中にミッキーを演じる人が出てくるのだけど、もちろん、中の人などいない!!w

siro




読むべき人:
  • ディズニーランドが好きな人
  • キャストとして働いてみたい人
  • 自分の仕事について考えたい人
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August 09, 2014

天人五衰

キーワード:
 三島由紀夫、完結、人生、衰え、心々
豊饒の海シリーズ第四巻。以下のようなあらすじとなっている。
妻を亡くした老残の本多繁邦は清水港に赴き、そこで帝国信号通信社につとめる十六歳の少年安永透に出会った。彼の左の脇腹には三つの黒子が昴の星のようにはっきりと象嵌されていた。転生の神秘にとり憑かれた本多は、さっそく月光姫の転生を賭けて彼を養子に迎え、教育を始める……。存在の無残な虚構の前で逆転する<輪廻>の本質を劇的に描くライフワーク『豊饒の海』完結編。
(カバーの裏から抜粋)
第三巻があまりにも仏教思想的な話が多くて、物語中の本多の思考の渦に飲みこまれたような感覚であったけど、最終巻はそこまで観念的なことはあまり描かれていなかったように思える。結末を除いては。

第四巻で転生したとされる安永透は、中卒で両親を早くに亡くしており、静岡の清水港で船の行き来を港に連絡するという仕事をしていた。たまたま訪れた本多がその少年の本質を見抜き、養子に迎え入れる。安永透は美しく、またIQ150もある聡明な人物で、高校に遅れて入学するも、その後東大に進学している。

しかし、本多によるテーブルマナーやそこでの会話など上流階級のお作法を仕込まれていくうちに、安永透もまた本多の醜悪さを見抜き、しだいに本多に対して暴力的にも反発していく。

安永透は家のメイド3人を毎晩変えて過ごすという何ともやりたい放題なことをしており、本多は本多で安永透が転生の結果であれば20歳ごろに宿命的に死ぬことをかけていたのだが、実際は死ななかった。そして、本多は覗きの趣向から警察沙汰にもなり、老齢な醜態もさらしていく。

前三巻は転生した人物(一巻は大元となる松枝清顕)が主人公として焦点をあてられているのだけど、本作は安永透にあまり焦点があてられていない。全編を通して、物語の裏主人公は、転生を見守ることしかできない本多繁邦なのだなと思った。タイトルにもある天人五衰というのは、死の直前に現れる5つの兆しのことを示すらしい。やはり本多の視点を通して、三島由紀夫という男が最後に何を考えていたのかが垣間見えるような気がする。この作品は連載を1年早めて完結したようで、この原稿を書き終わってから自決に向かったようだ。だからある意味遺書的な内容でもある。

結末はあまり語れないのだけど、これまでの内容をすべて覆すようで、読んでいるときは三,四巻は蛇足的な感じがした。しかし、結末がこの転生の物語を収束させるためには必要な気もする。理屈ではいまいち腑に落ちない側面も残るが、そこは条理を超えたものを感じるしかないのだろう。

もう少し年老いた時に読めば納得できるのかもしれないなと思った。また、何とか全四巻、案外挫折することなく最後まで没頭して読めた。全四巻を通して一番面白いと思ったのは『奔馬』だな。これが一番三島由紀夫を体現しているような気がする。

18歳の夏休みに金閣寺を読んで挫折し、三島由紀夫の作品からずいぶんと遠ざかっていたが、挫折を克服できたような境地になった。




読むべき人:
  • 転生の物語が好きな人
  • 衰えを実感している人
  • 人生について考えたい人
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August 02, 2014

国道沿いのファミレス

キーワード:
 畑野智美、ファミレス、地方、人間関係、ダメ人間
2010年の小説すばる新人賞受賞作品、以下のようなあらすじとなっている。
佐藤善幸、外食チェーンの正社員。身に覚えのない女性問題が原因で左遷された先は、6年半一度も帰っていなかった故郷の町にある店舗だった。淡々と過ごそうとする善幸だが、癖のある同僚たち、女にだらしない父親、恋人の過去、親友の結婚問題など、面倒な人間関係とトラブルが次々に降りかかり…。ちょっとひねくれた25歳男子の日常と人生を書いた、第23回小説すばる新人賞受賞作。
(カバーの裏から抜粋)
夏だし、本屋で展開されている集英社のナツイチの中で、本書がなんとなく気になって買って読んでみた。地方郊外(おそらく山梨あたり)ファミレスで正社員として働く25歳の男が主人公で、そこのファミレスのバイト仲間、社員、自分の家族、友達たちの人間関係が描かれている。

なんだか登場人物にダメ人間が多く出てくる印象。どこか冷めた態度の主人公、主人公が交際している年上の貞操観念が欠落している女、そして愛人を作って常にその女のところに行っている主人公の父親。特にこの3人がダメ人間。それが何となく不快感を抱かせる。

また、なんだか読んでいて次第に苛々とさせらる作品であった。別に胸糞悪くなるような内容ではない。しかし、安易な展開というか登場人物の会話のやり取りに突っ込みたくなるような部分が若干ある。そういうのを意図的に狙っていたのであれば、なかなかスゴいと思うのだけど、どうもそうとも思えない。

300ページ近くあるのだけど、そこまでの尺にするほどの内容がありそうであんまりなかった印象。ファミレスという舞台もあんまり活きていないような。別にファミレスでなくてもよい気もした。そんな作品。

まぁ、もらった図書カードで買った本だから別にいいかな。暇で地方郊外でよくファミレスに行ったりする人は読んでみたらいいかも。あと実際にファミレスで働いているような人も。




読むべき人:
  • 地方で暮らしている人
  • 年上の女性に好かれる人
  • ダメ人間な人
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July 27, 2014

マルドゥック・ヴェロシティ〔新装版〕

マルドゥック・ヴェロシティ1〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA)マルドゥック・ヴェロシティ2〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA)マルドゥック・ヴェロシティ3〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA)
マルドゥック・ヴェロシティ1〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA) [文庫]
マルドゥック・ヴェロシティ2〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA) [文庫]
マルドゥック・ヴェロシティ3〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA) [文庫]

キーワード:
 冲方丁、SF、加速、爆心地、虚無
マルドゥック・スクランブルの前日譚。以下のようなあらすじとなっている。
戦地において友軍への誤爆という罪を犯した男―ディムズデイル=ボイルド。肉体改造のため軍研究所に収容された彼は、約束の地への墜落のビジョンに苛まれていた。そんなボイルドを救済したのは、知能を持つ万能兵器にして、無垢の良心たるネズミ・ウフコックだった。だが、やがて戦争は終結、彼らを“廃棄”するための部隊が研究所に迫っていた…『マルドゥック・スクランブル』以前を描く、虚無と良心の訣別の物語。
(1のカバーの裏から抜粋)
廃棄処分を免れたボイルドとウフコックは、“三博士”のひとりクリストファー教授の指揮の下、9名の仲間とともにマルドゥック市へ向かう。大規模な再開発計画を争点にした市長選に揺れる街で、新たな証人保護システム「マルドゥック・スクランブル‐09」の任務に従事するボイルドとウフコックたち。だが、都市政財界・法曹界までを巻き込む巨大な陰謀のなか、彼らを待ち受けていたのはあまりにも凄絶な運命だった―。
(2のカバーの裏から抜粋)
ギャングの世代間抗争に端を発した拷問殺人の背後には、闇の軍属カトル・カールの存在があった。ボイルドらの熾烈な戦いと捜査により保護拘束された女、ナタリアの証言が明らかにしたのは、労組対立を利用して権力拡大を狙うオクトーバー一族の影だった。ついに牙を剥いた都市システムによって、次々と命を落としていく09メンバーたち。そしてボイルドもまた、大いなる虚無へと加速しつつあった―暗黒と失墜の完結篇。
(3のカバーの裏から抜粋)
冲方氏によるマルドゥック・スクランブルのほうが先に発表されており、スクランブルでは15歳の少女の復讐の物語であった。そのときの敵、ディムズデイル・ボイルドが本作では主人公となっている。つまり、ルーン・バロットとウフコックが出会う前の、良心のまだあった敵ではないボイルドの物語。

クランチ文体―「=」、「/」を多用した短い文章。
クランチ文体―体現止めが多い/ジェイムズ・エルロイに影響/臨場感あふれる文体。
クランチ文体―独特のリズム/物語の加速装置/虚無をまとうボイルドのリズム。

主人公ボイルドは、元軍人で禁じられた重力制御技術を体内に持ち、あらゆる物理攻撃をそらし、壁や天井を走ることもできる。かつて麻薬漬けの状態で味方を爆撃するという罪を背負い、最強の白兵戦兵器であるネズミのウフコック、さらには同様の技術を持つ仲間たちと都市にはびこる犯罪を取り締まるO9メンバーとして活躍していく。しかし、次第に都市を巻き込む企業とギャング一族の陰謀に巻き込まれていき、いろいろなものを喪失していく。

明らかに前作と雰囲気も物語構成もテーマ性も文体のリズムも何もかもが異なっている。『ボイルド』の名の通り、ハードボイルド的で、コーチとよぶ警察の中間から事件解決の手ほどきを学び、徘徊者(ワンダー)として刑事のように事件解決に迫る。本格的なミステリ要素が強く、どちらかというとSFを媒体とした警察小説のようでもある。

もちろん、本作の魅力は事件解決、陰謀の謎が暴かれていくミステリ的な要素だけではない。あとがきに冲方氏が最初の執筆の動機として、「特殊な力を持った集団同士が戦い合う娯楽活劇」と示すように、さまざまな異能なキャラが出てくる。ボイルドの中間では、半不死のヤツ、盲目だがワイヤー武器と複数の目を持つ男、その相棒である話すこともできる不可視の軍用犬、顔面を意図した人間に変形できる男、声を操るヤツ、パチンコ玉のようなものを掃射する義手を持つ女がいる。

敵対する奴らは、カトル・カール=誘拐/暗殺/脅迫/拷問を得意とする13名のメンバーからなる半分アンドロイドのような狂ったやつら。全員が医療技術の心を持ち、金で雇われれば、ターゲットを四肢切断し、絶妙なところで命をつなぎとめて心身ともにこれ以上ないというくらいの苦痛をもたらす。人間的な容貌とは程遠く、トナカイ型、下半身が車輪のヤツ、噛みつきが得意で顔の半分が機械化している奴らなどなど、イカれっぷりの描写が半端ない。

そして、単純なミステリとは違うのは、圧倒的な戦闘描写があること。前作も同様に戦闘描写が自然と脳内に再現されるようであったが、今作はさらにその脳内映像化がより鮮明になっているような気がする。それは間違いなく独特のクランチ文体からなる文章のリズムによるもの。もちろん、最初は違和感があり、慣れるまでほんの少し時間がかかる。しかし、次第に自然とページがどんどん進む。それはまるで、重厚なモンスターマシンが徐々に加速度を付けて限界点を突破していくように。

前作よりもかなり残虐で暴力的になっている。拷問の結果の惨殺体やボイルドの大砲のような64口径の銃撃で血しぶきをあげて肉体を吹き飛ばしたり、最強の敵によって仲間がバラバラにされてしまったりとかなり血みどろになっている。マルドゥック・スクランブルは劇場アニメ化されたが、本作は暴力的過ぎてアニメ化するのに限度がある気がした。こちらを見た後にヴェロシティを読んだので、ボイルドのイメージがより具体性を持つことができた。

物語自体はあまり救いのないような、切ない感じだった。スクランブルの結末がプロローグとして始まり、100章から徐々にカウントダウンし、ボイルド自身の爆心地(グラウンドゼロ)に向けて加速度がつき、虚無へと誘われるボイルドの圧倒的な筆力による物語を堪能せよ!!

あと、マルドゥック・スクランブルはハリウッド映画化するとかしないとか。ところで、次回作「マルドゥック・アノニマス」はいつ発売になるのだろうか!?早川書房のTwitterアカウントによれば、今春(2014年)予定とつぶやいているのだけど、まだ発表されていないようだし。それまでは、『マルドゥック・フラグメンツ (ハヤカワ文庫 JA ウ 1-11) [文庫]』を読んで気長に待つか。





冲方 丁
早川書房
2012-08-23

読むべき人:
  • サイバーパンク的バトル作品が好きな人
  • ハードボイルド作品が読みたい人
  • 虚無へのカウントダウンを堪能したい人
Amazon.co.jpで『冲方丁』の他の作品を見る

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July 26, 2014

システム設計の謎を解く

キーワード:
 高安厚思、システム、設計、アーキテクチャ、指南書
システム設計の指南書。以下のような目次となっている。
  1. 序章 本書の構成と概要
  2. 第1章 設計の謎
  3. 第2章 設計へのインプット~要件定義行程の概要~
  4. 第3章 設計する前にやるべきこと~共通設計~
  5. 第4章 アプリケーション設計としてやるべき作業
  6. 第5章 アーキテクチャ設計としてやるべきこと
  7. 第6章 本書の知識を現場で活用するために
(目次から抜粋)
本書の概要がまえがきに示されているので、そこから抜粋。
 本書は、著者の豊富な現場経験と幅広いソフトウェア工学の知識に基づき、「設計」というシステム構築の要諦を体系的かつ実践的に習得させることを目的に記された指南書である。
(pp.iii)
あまり経験がない場合、システム開発における「設計」というと、いったい何をどうすれば設計したことになるのか?というのが感覚的にわからなかったりする。画面設計、DB設計、IF設計、帳票設計などなど、その中身もいろいろとある。本書は「Webシステムを利用した基幹業務系システム」を例に各種設計の具体的なサンプルが示されている。

書店に行ってもシステム設計の具体的なサンプルが示されていたり、何をどうやって設計すればよいのかを示した良書があまり見当たらなかったりする。そもそも「設計」にフォーカスした書籍もそんなに多くない。まったく、設計の本がないわけではないが、あってもあまり使えないものだったり、サンプルの例が古すぎたりする。しかし、これはかなり実践的にそのまま使える本。

例えば、画面項目設計では、ID、項目名称、ラベル、部品種類、型、桁、フォーマットなどなど定義すべき項目の一覧が示されている。さらにその項目の一覧から設計サンプルが示されている。これを元に設計書にそのまま利用できるくらい。もちろん、これから自分の仕事の対象のシステムにそのまま利用できない部分もあるが、各設計で気をつけなくてはいけないことなども示されている。

さすがにそれなりに設計経験があるので、何をどう設計すべきかは感覚的にわかっている。それでも、改めて一通り示されている内容を読んでみると、やったことない部分などもあるし、復習にもなったと思う。

ただ、『決済』と『決裁』の漢字の誤記の部分が全体的に何か所かあり、それは業務系SEにとっては間違えてはいけない漢字なのだけどなと。校正があまいなと思う。よく間違えがちな漢字だけど、どっちがどっちの意味かはちゃんと覚えておきましょう。

初めて設計する場合は、このようなサンプル的な本がとても役に立つと思われる。2,3年目くらいのときに読みたかったなぁと思う。また、以下の本と合わせて読んでおけばより設計の知見が深まるはず。本書は2,3年目くらいに読みたかったなぁと思った。もちろん、必要に応じて読み返して読むに値する本。暗記するくらい読んでもいいかもしれない。




読むべき人:
  • はじめて設計をする人
  • Webシステムの開発者の人
  • 強いSEになりたい人
Amazon.co.jpで『設計』の他の本を見る

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July 23, 2014

Head First Java 第2版

キーワード:
 Kathy Sierra, Bert Bates、Head First、図解、Java
オライリーのHead FirstシリーズのJava学習本。内容の概要、目次、サンプルなどがちゃんとオライリーのページにあるので、そちらを参照。商品説明が他の出版社よりも多くてわかりやすいのでとてもよいのだけど、正誤表が完全ではないので注意。ここに示されている正誤表は全体の間違いの3割くらいしかカバーされていないような印象。完全版の正誤表は出なさそうなので、第3版が出版されるの待ちか。

オライリーのHead Firstシリーズは脳が効率よく学習できるようにイラストや図解、写真が豊富に示されている。どうでもいいガチョウとか赤ん坊とか犬とかエイリアンなどなど。それらによって認知能力が高まるらしいという研究結果に基づいて作られているようだ。そのため、680ページ近くあるが、他の技術本に比べてかなり楽しんで学習できる。

今年の目標はJavaだ!!と思って本書をなんとか最後までやり遂げた。本書を買ったのはちょうど入社したての頃の8年前で、ずっと積読状態だったww4割くらいまでやって結局仕事でJavaを使うようなPJTに行かなかったので、読まずじまいだったのだけど、割と時間のあるタイミングだったので学習できた。保留事項を一つ完了にできた気分。

本書の初版が2006年で、扱われているJavaのバージョンが5.0で、まだSunの時代。今ではOracle傘下になっており、バージョンもだいぶ先まで行っているので若干注意が必要かも。それでも基礎的なことは十分学べる印象。ただ、ServletやJSPなどのサーバサイド部分はほとんど触れてないので、それらは別で学習するしかない。

手書きで本書に書き込んだりちゃんと自分で考えようというコンセプトなので、割と忠実にそれにしたがってやった。章の最後のエクササイズなども自分でやってみた。また、プログラミング言語学習は読むだけでは学習効率が悪いので、ちゃんとサンプルプログラムをほぼEclipseで打ち込んで実行してみた。時間はかかるけど、しっかり習得しようと思うなら、読むだけではなく写経のように一応自分でタイプするのがいいかな。

本書の大きな欠点は、間違い、誤記が頻出していること。自分で正誤表を作ろうかと思ったけど多くて面倒になってやめた。むしろ間違い探しのエクササイズだと思ってやるのがいいかも。誤記でその解説内容が全く意味不明という部分はなかったけどね。

本書は基本的な部分だけの解説がメインで、Javaのすべては網羅されていないので(バージョンも古いし)、本書の対象範囲外は他の本で補完する必要がある。Javaの本はいろいろあるのだけど、これが最初の1冊としては最適かもしれない。もちろん、分厚いし自分で考えて手を動かす必要があるので、しっかりやろうと思うと2,3か月はかかるかな。それでも、微妙な他の本をたくさん買って分からないままよりはいいと思う。

Javaの基礎を習得したので次のPJTはJavaかな!?と若干期待していたのだけど、次もC#案件だった件wwまぁ、前回からの延長ということでいいのだけど、今後C#(.NET)案件にはアサインされなさそうなので、いずれJavaをしっかりできるようになる必要がある。あと、一応Javaの基礎を習得したので、今年の目標はほぼ達成したことにしよう!!(これだけじゃ足りません)ww




読むべき人:
  • プログラミングをしてみたいと思ったことがある人
  • Javaを学びたい人
  • 楽しく勉強したい人
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July 13, 2014

世界のすべての七月

キーワード:
 ティム・オブライエン、村上春樹、群像劇、短編、人生
ティム・オブライエンの小説。翻訳は村上春樹。以下のようなあらすじとなっている。
30年ぶりの同窓会に集う1969年卒業の男女。結婚して離婚してキャリアを積んで…。封印された記憶、古傷だらけの心と身体、見果てぬ夢と苦い笑いを抱いて再会した11人。ラヴ&ピースは遠い日のこと、挫折と幻滅を語りつつなおHappy Endingを求めて苦闘する同時代人のクロニクルを描き尽して鮮烈な感動を呼ぶ傑作長篇。
(カバーの裏から抜粋)
書店でなんとなくタイトルが気になって買った。ちょうど七月だったし、翻訳が村上春樹だったということもあって。ティム・オブライエンはこれが初めての作品だな。本書はもともと短編作品だったものをいくつかまとめて長編として出版されたものらしい。主な章タイトルとその登場人物、簡単なあらすじを示しておこう。
  • 1969年7月・・・デイヴィッド・トッド。元野球選手だがベトナム戦争へ行き、死にかけて足を失う。そこでラジオを通して不思議な声を聞き始め、マーラ・デンプシーとの結婚生活がよくない方向に向かうと示唆を得る。
  • 勝ち続け・・・エイミー・ロビンソン。弁護士。夫と行ったカジノで人生の運をすべてそこで使い果たすように勝ち続ける話。
  • リトル・ピープル・・・ジャン・ピュープナー。元ストリート劇団員。大学生の時に始めたお金のためのヌード写真ビジネスがいろいろとトラブルを巻き込む話。
  • 二人の夫と暮らすのは・・・スプーク・スピネリ。二軒の家、二人の夫を持つ。協議して弁護士の夫と哲学者の夫と二重生活を送る。しかし、その二人以外にも男が現れて・・・。
  • ウィニペグ・・・ビリー・マクマン。徴兵を忌避してカナダのウィニペグへ行くが、その当時付き合っていたドロシー・スタイヤーがついてきてくれるものと思っていたが、結局来てはくれない。
  • 聞くこと、聞こえること・・・ポーレット・ハズロ。女性牧師。ある老婆の家に夜間に侵入してしまい、職を失う。
  • ルーン・ポイント・・・エリー・アボット。結婚しているが、不倫中ででかけた海で、不倫相手が溺死してしまう。
  • 半分なくなった・・・ドロシー・スタイヤー。ビリー・マクマンの元恋人。乳癌を患い、半分切除していて、余命5年だという状況。
  • ノガーレス・・・カレン・バーンズ。退職者コミュニティーに勤務。51歳の時にウォーキングツアーを引率中に死亡。
  • 痩せすぎている・・・マーヴ・パーテル。モップビジネスで成功し、また驚異的なダイエットにも成功。そして、自分の美人秘書に自分は作家でもあるとウソをついたことから、生活が一転する。
  • うまくいかなかったこと・・・デイヴィッドとマーラーの結婚生活の話。結局二人は別れる。
他にも『1969年度卒業生』という章が何度か繰り返し出てきて、その舞台は2000年の7月7日の金曜日の夜からの、30年ぶりの大学での同窓会。1969年度卒業生なのに、2000年で30年ぶりなのは、30年目に同窓会を開催するのを忘れたため。そのため、2000年に30年ぶりの同窓会ということになる。そこでは、各章の人物がみな52歳として登場している。

52歳。人生の後半戦に差し掛かっている年代で、全員に共通するのは、人間関係や健康などがいろいろと問題を抱え込み、思うようにいかなかったという現実が描かれている。持病を患っていたり、望んだ人間関係が築けなかったり、離婚していたり、どこか満たされず、失敗と挫折が多かれ少なかれそれぞれの人物に内在する。しかし、同窓会を通して昔からのつながりの人間関係の中で、見失ってしまった自分自身をここで再確認して、これから立て直していこうという感じもする。

読むのが少し早すぎたのかなと思った。僕は30歳になったばかりだし。約20年後の50歳前後の時に、これを読むと自分自身のこととして受け入れられるのかもしれない。しかし、今の時期に読んでも、こういう未来にならないようにしようと危機意識を得られるのもいいか。

面白くなかったわけではない。むしろかなり没頭して読めた。それぞれが短編小説として独立しているので、そこだけでも面白い。それ以上に、全編を通してそれぞれの人間関係のつながり、葛藤、生きていくうえでの困難や折り合いをつけなくてはいけないことなどが村上春樹の読みやすい翻訳によって描かれていた。簡単に言えば、いろんな人生が描かれていた。

村上春樹は、このティム・オブライエンの作品が特に同世代作家として気になっており、アメリカでの評判はいまいちだけど、どうしてもこれを自分で翻訳したかったとあとがきに書いてあった。

52歳だけど、まだ完全に終わっていない、まだ先があるというような感じで物語が終わる。切なさも残るが、割と心地よい結末でもあった。作品を通して自分の人生を振り返ってみるのにいいかもしれない。



世界のすべての七月 (文春文庫)
ティム オブライエン
文藝春秋
2009-06-10

読むべき人:
  • 50歳前後の人
  • 同窓会というイベントが好きな人
  • 自分の人生について考えたい人
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July 09, 2014

ソフトウエア開発55の真実と10のウソ

キーワード:
 ロバート・L・グラス、ソフトウェア、研究、真実、ウソ、銀の弾丸
ソフトウェア開発における真実が55、ウソが10個示されている本。本書の内容が大まかにわかる目次が出版社のページにあったので、そちらを参照。著者は企業に所属する技術者、または大学での研究者としてソフトウェア工学の世界に45年以上(本書出版は2002年なので、現在では60年近く!?)携わってきており、書籍を25冊、論文を75本書いているようだ。そんな著者によって、ソフトウェア開発における一般的に知られている真実、またはまったく知られていない真実、そしてウソを各種文献、論文をもとに列挙している本となる。

各種の真実、ウソの構成として、最初に概要を述べ、次にその反論を示している。最後に真実の情報源が論文や各種文献として示されている。

本書は以下の本で、『初級』レベルより上に進むために開発者が読むべき本として取り上げられていたので、読んでみた。CODE COMPLETEにもつながる内容が多く示されていたなと思う。

さて、前述のリンク先の目次をざっと眺めてみると、聞いたことがある、経験則的にわかっているというものも多いと思う。例えば、『真実3:遅れているプロジェクトに人を追加すると、もっと遅れる。』は、ソフトウェア工学をちゃんと勉強した人なら当然知っている、ブルックスの法則だね。本書に示されているように、この真実を根本から否定する人はほとんどいないとある。まぁ、そうだよねと。人員投下で何とかなったためしがない。表面上スケジュールに間に合ったとしても、コスト面では赤字になったりとかね・・・・。

そして次は『真実8:プロジェクトが大失敗する原因には二つある。一つは見積もりミスだ』を見てみよう。本書によれば、見積もりの大部分は非現実的で単なる希望に過ぎず、21世紀になっても、適切な見積もり手段がないと示さされている。これはもう自分のタスクでも正確に見積もるのが難しいと実感するのに、大規模見積もりとなると、不正確にならざるを得ない。あとは、競争入札で勝つために無謀な見積もりになっていたり・・・。さらには、見積もり手法としてファンクションポイント法や他の開発プロジェクトを参考にするというのがまったく有効でないということもいろいろと示されていて、そうだよねとうなずくばかり。

さらに『真実10:見積もりは、上層部かマーケティングが実施する場合がほとんどだ。実際にプログラムを開発したり、開発プロジェクトの直接のマネジャが見積もることはない。結局、適切な人が見積もっていないのだ。』はみんな実感しているだろう。やっぱりプログラミングや開発経験のない人が提案して全体の開発スケジュールを決めるのはダメだよね。そんでいざPJTが開始になって、デスマーチ確実で下っ端は死ぬ!!!!wwということになりかねない。

保守のカテゴリでは『真実41:保守には、ソフトウエアのコストの40〜80%(平均60%)がかかる。従って、ソフトウエア・ライフサイクルの最重要フェーズである』とある。これは、ソフトウェア技術者がよく忘れる真実の代表として挙げられている。なので、ソフトウェアサイクルで最も重要なフェーズとして示されている。

そして、『真実45:優れたソフトウエア・エンジニアリングに沿ってプログラムを開発すると、保守は減らず、かえって増える』は、最大級の意外性で、これはどういうことだってばよ!?wとなった。その部分の理由を以下に引用。
新技法で開発したシステムは、何度も変更を繰り返すため、保守期間が長くなる。このシステムは、構造がきれいなのでエンハンスが容易であり、それゆえ、何度も変更を繰り返すのだ。
(pp.199)
保守というのは、『問題』として扱うのではなく、すでに出来上がったソフトウェアの改善に導く『解法』であるという考えにつながるようだ(真実43 保守は解法であり、問題ではない。)。

また、真実21に関して、著者が本書でこれだけは覚えておいてほしいという部分があるので、そこを引用しておこう。
この本を読んで、すべて忘れてもよいが、次のことだけは、覚えていてほしい。「対象となる問題の複雑度が25%増加するたびに、ソフトウェアによる解法の複雑度は100%上昇する」。また、この問題を一挙に解決する「銀の弾丸」はないことも、記憶してほしい。ソフトウェアが複雑なのは、ソフトウェアの性格なのである。
(pp.98-99)
そして、さらに、真実31(ソフトウエア開発のライフサイクルで、不良除去に最も時間がかかる。)に関して、以下の部分も引用しておこう。
この真実は、本書で繰り返し述べている「圧倒的な真実」、すなわち、「ソフトウェアを開発することは、きわめて難しく、エラーが入り込みやすい」ということの一部である。希望や革新的技術や銀の弾丸では、この真実を変えられない。
(pp.147)
本書を読めば読むほど(そして自分の過去の経験からも)、『どんなに頑張ってもあなたはバグのない完璧なソフトウェアを作り上げることはできない』という絶望にまみれた真実を突きつけられるのであった!!(なんかもう転職して職業を根本から変えたくなってくるね!!w('A`))

2,3ページで1つのトピックなので割と読みやすい。自分の経験則と照らし合わせて、あるある!!と共感する部分も多いし、はて、それは本当に正しいと言えるのだろうか!?と思うものもある。本書の知識を実際の現場で有効活用できればいいのだけどね。

本書はすでに絶版になっているようだ。もしかしたら大型書店で売れ残っているかもしれない。ソフトウェア開発、システム開発の仕事をしている人、ソフトウェア工学を学ぶ学生、そして研究者の人も中古でもいいから買って読んでおいて損はない。



ソフトウエア開発 55の真実と10のウソ
ロバート・L・グラス
日経BP出版センター
2004-04-08

読むべき人:
  • ソフトウェア開発者の人
  • ソフトウェア工学を研究している人
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July 06, 2014

人形つかい

キーワード:
 ロバート・A. ハインライン、SF、侵攻、ナメクジ、人間
ハインラインのSF小説。以下のようなあらすじとなっている。
アイオワ州に未確認飛行物体が着陸した。その調査におもむいた捜査官六名は行方不明になってしまった。そこで、秘密捜査官サムとその上司、そして赤毛の美人捜査官メアリは、真相究明のため現地に向かう。やがて、驚くべき事態が判明した。アイオワ州の住民のほとんどは、宇宙からやってきたナメクジ状の寄生生物にとりつかれていたのだ。人間を思いのままに操る恐るべき侵略者と戦うサムたちの活躍を描く、傑作冒険SF。
(カバーの裏から抜粋)
いつか読もうと思っていて、図書館で発見したので借りて読んだ。書かれたのは1951年と約60年前であるが、今読んでもまったく古びていなくて、そしてかなり面白く、楽しんで読めた。

舞台は2007年の7月12日のアメリカ(もう過去になってしまったね)で、主人公サムは秘密捜査官(エージェント)であり、上司に呼び出されて不時着したUFOの調査に向かう。そこで、UFOの周囲にいた人間の様子がどうやらおかしく、調査していくとナメクジ型の異星人に人格を乗っ取られていることが判明した!!ナメクジ野郎は自己分裂してどんどんアメリカの人間を支配していき、主人公が所属する特殊機関と軍、大統領を含めてアメリカ奪還を目指すというお話。

異星人侵略、寄生ものの古典的な位置づけらしい。ナメクジに支配された人間は、背中にとりつかれて、一応最低限の人間社会をそのまま維持し、意識はあるが、ナメクジを通して思考や行動を強制され、どんどんナメクジネットワークを広げられていく。ナメクジは人間だけではなく、必要あらば犬や猫、その他動物までに憑依して、支配者(マスター)としてそのホスト(宿主)を傀儡のように操る。

服を着ているとナメクジとりつかれているかどうかわからないので、アメリカ全土に大統領により<上半身裸計画>が発動される。それでも不十分なことが分かって、<日光浴計画>つまりほぼ全裸状態が発動されたりする。それでもアメリカの各州は次第に侵略されていき、アメリカ以外の衣服を簡単には脱がない国(イスラム圏とか)なども侵略されていく(なぜか日本に関しては、『日本人は平気で着衣を脱ぐせいで、助かった』と記述があり、いったいどういうことだ!?と思ったw今も昔もきっとそんなに人前では脱がないだろうw)。

ナメクジにどんどん侵略されていき、主人公も途中でとりつかれたりして危機が迫る。また、光線銃や空飛ぶ車、変装の特殊メイク、立体テレビなどもSFな要素がそれなりに出てくる。そして、誰がとりつかれているかの疑心暗鬼の様子、さらに侵略の危機をどうやって克服してナメクジ野郎たちを一掃するのか!?の攻防も面白く、なんだか上質なハリウッド映画を見ているような気になれた。ちなみに、個人的に異星人憑依系の映画で好きなのは、ロバート・ロドリゲス監督作品の『パラサイト』。『人形つかい』では、ナメクジの侵略の動機が憑依した人間の口から語られる部分があり、その部分を読んで、ナメクジは共産主義的なユートピアのメタファーなのだな!!と思って読んでいたら、解説に以下のように示されていた。
『人形つかい』を反共小説として読むのは簡単だし、ハインライン自身もそれを否定しなかったにちがいない。
 しかし、”ナメクジ”に乗っ取られた者と共産主義者とは、この作品では同一視されていない。はっきり別のものとして扱われている。そこに注意を払っておきたい。
 もし、”ナメクジ”が単純に共産主義のアレゴリーであれば、本書はベルリンの壁の崩壊やソビエト連邦の解体とともに過去の遺物と化していたことだろう。ソ連が存在する世界を描いていることで歴史的作品となっていることは間違いないが、ストーリーの本質は時代遅れになっていないのである。ハインラインが描いた「人間の心をもたない人間」の恐怖は、イデオロギーの異なる人間を排除する気持ちを超えた、さらに普遍的かつ根源的なものだった。
(pp.442-443)
なるほどなと思った。個人的には、ナメクジを機械に置き換えればマトリックスの世界かなと(じわじわ侵略されるという感じではないけど)。このように、ナメクジの侵略でいろんな読み方ができると思う。

ハインラインの作品は以下のものを読んだことがある。個人的には『人形つかい』が一番面白くかつ没頭して読めた。『月は無慈悲な夜の女王』はいまいち没入できず、『宇宙の戦士』はそれなりに面白いが途中説教くさい部分が多い。『夏への扉』は心地よい終わりでよいが、『人形つかい』ほどエンタメ性はそこまで高くないかなと。まぁ、人それぞれで評価はだいぶ変わると思うので、暇な人は全部読み比べて見たらいいかもね。他のハインライン作品なども。

難しい表現もあまりなく、主人公サムに割と心情を投射しやすく、没頭して読めるのでオススメ。



人形つかい (ハヤカワ文庫SF)
ロバート・A. ハインライン
早川書房
2005-12

読むべき人:
  • 異星人侵略ものが好きな人
  • マトリックスなど管理体制ものが好きな人
  • 人間の本質について考えてみたい人
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July 03, 2014

シップブレイカー

キーワード:
 パオロ・バチガルピ、船、解体、ジュブナイル、家族
ヤングアダルト向けSF小説。以下のようなあらすじとなっている。
石油資源が枯渇し、経済社会体制が激変、地球温暖化により気候変動が深刻化した近未来アメリカ。少年ネイラーは廃船から貴重な金属を回収するシップブレイカーとして日々の糧を得ていた。ある日ネイラーは、超弩級のハリケーンに蹂躙された後のビーチに、高速船が打ち上げられているのを発見する。船内には美しい黒髪と黒い目をした少女が横たわっていた……。『ねじまき少女』でSF界の頂点に立った新鋭が描く冒険SF。
(カバーの裏から抜粋)
本作品はローカス賞のYA長編部門を受賞しているらしい。YAはヤングアダルト、つまりティーン向けの作品らしい。

舞台は何年か未来のアメリカの海岸沿いのさびれた村で、地球温暖化で北極が溶けて海面上昇しており、都市の一部は水没している。その村では旧世代の動力源の石油で動いていた座礁している船を解体する作業員、つまりシップブレイカーたちが船から得た銅や鉄、ワイヤーなどを売って生活している。そこで15歳ほどの少年ネイラーは常に飢えており、体が大きくなるとシップブレイカーとして働けなくなり、また常に解体のノルマが課せられ、解体する船で危険な作業に従事している。

父親はドラッグ漬けで、ドラッグをキメているときはありえないほどの敏捷性を発揮し、誰も戦って勝てる者はいない。母親が死んでからネイラーは父親に常に殴られており、父親は自分の息子の命を何とも思っていなかったりする。村全体が貧しく、働けない場合、運がないヤツ、仲間を裏切ったヤツは死が近くなる。

そんなある日、村を大型のハリケーンが襲い、ハリケーンが去ったあと、普段解体する船とは別の新型の船が座礁しているのをネイラーは発見する。その船はどうやら金持ちの所有らしく、船員はほぼ死んでいるので、仲間と銀食器などの戦利品を物色していると、黒髪の美しい少女が一人生き残っており、その少女をとりあえず助けることにする。助けた少女は、北部の海運業者一族の娘であり、ネイラーはその娘を助けて報酬を得ようとするが、その娘を追っている一団がいることを告げられる、というお話。

ヤングアダルトというには割と主人公が置かれている境遇は過酷で、貧乏で文字もろくに読めず、父親から暴力を受けており、この村から一生抜け出せないでいる。15歳の主人公が殺人をせざるを得ない状況であったり、敵に襲われて痛めつけられたりする。そういう部分は、中学生には刺激が強いかも。高校生以上向けかな。

しかし、それなりに面白かった。割とすぐにページが進んでいき、主人公と囚われの少女の関係はどうなるのか!?という部分でぐいぐいと引き込み、そして船や海の独特の描写もすんなりイメージできて臨場感もあった。前作の『ねじまき少女』は読了済みで、『ねじまき少女』はかなり読みにくい作品であったが、本作はすんなり読める。また、『ねじまき少女』はところどころエログロな描写が出てくるけど、『シップブレイカー』は、ヤングアダルト向けなので、エロは皆無であるけど、ところどころ暴力的で血みどろな感じ。

物語としては、Boy meets Girlで『親方!空から女の子が!』のようなよくある構造w また、SF要素としては、石油が枯渇した世界であったり、『半人』と呼ばれる犬、虎、ハイエナ、人間の遺伝子を持つ人型で獣じみた奴らが出てきたりする。そいつらは知能も人間並みで普通にしゃべれるが、顔立ちは犬っぽく、獰猛でボディガードや戦闘向きで、主人に忠実な存在だったりする。あとは、車が走ってない道路には木々が生えていたり、ビルが水没した世界観である。しかし、アメリカのごく一部の世界の話で、世界観が案外広がっていなかった。

夏休みに読むには割と最適な作品かもしれない。何も考えずに、没頭できて、430ページほどあるけど、頑張れば1日で読めるかも。海とか船の描写が夏っぽいし、そしてSFだし、ジュブナイルだし。



シップブレイカー (ハヤカワ文庫SF)
パオロ・バチガルピ
早川書房
2012-08-23

読むべき人:
  • 夏休みっぽい作品を読みたい人
  • ジュブナイル的なSFが好きな人
  • 家族について考えたい人
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June 26, 2014

終りなき戦い

キーワード:
 ジョー・ホールドマン、SF、ベトナム戦争、ウラシマ効果、兵士
SFミリタリー作品。以下のようなあらすじとなっている。
画期的な新航法”コラプサー・ジャンプ”の発見により、人類の版図はいっきょに拡大した。だがその過程で、正体不明の異星人”トーラン”と遭遇、全面戦争に突入する!過酷な訓練を受け、殺人機械と化した兵士たちが、特殊戦闘スーツに身を固め辺境星域へと送り込まれるが、戦況は果てしなく泥沼化していく……俊英が壮絶なる星間戦争を迫真の筆致で描き、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞を受賞した傑作戦争SF!
(カバーの裏から抜粋)
本屋でたまたま気になって買ってみた。最近では西新宿のブックファーストのフェアで『今夜は、音を立てずに人を殺す八つの方法を教授する』というポップとともに紹介されている。本書はSFミリタリー作品で、著者はベトナム戦争に従軍した経験をもとにこの作品を書いたようだ。主人公マンデラは、知能指数150以上でとびぬけて健康かつ頑強な肉体を持つ精鋭であり、訓練惑星に行って戦闘スーツを着込んで訓練を受ける。その後二足歩行で二本の細い腕があるが、肩も首もないトーランと呼ばれる交戦中の異星人のいる惑星に送り込まれ、そいつらと戦うことになる。そいつらを撃破して戻ってくるころには、宇宙船が限りなく光速に近い速度で移動しているので、ウラシマ効果によって地球はもとにいた時から数百年たっているという状況になる。

戦闘描写は最初のほうと最後のほうが多いが、中盤はあまり戦闘描写はない。どちらかというと、中盤は戦争に従軍して生き続けるしか道がない主人公が描かれている。ただ生き残っただけで英雄扱いされて地球に戻り、その間に数百年経っているので、給料は天文学的な数値になっている。

しかし、半年ほどの休暇の後、有無を言わさずに次の戦地に送り込まれる。生き残った者が階級が上がるので、マンデラは二等兵から少佐まで出世していく。そして部隊に地球から送り込まれた部下たちは、地球の制度変化によってみな同性愛者ばかりだったりする。そんな状況で主人公は古参兵として文化も言語も微妙に違う彼らとともにトーラン討伐に向かい続ける。

主人公はどこか冷めた目で戦争に従軍しているような、そんな印象を受ける。周りの兵士は常に死に、たまたま自分が生き残っているのは運が良かっただけだと感じており、恋人と違う船に乗ってそれぞれの光速航行を行うと、もう会うこともなく数百年がたってどちらかは死別しているという状況。そしてトーランとの戦争の最初から最後まで、1143年間戦い続ける。そういう部分に著者のベトナム戦争体験が投影されているのだと思う。

中盤はなんだかダレるが、後半からまた面白くなってくる。そして、主人公の意思とは関係ないところで何百年も経った地球の環境、制度に翻弄されていくのもなんだか切なく感じる。

ミリタリーSF作品は以下もお勧め。本書は『宇宙の戦士』の影響があるとかないとか。それにしても、『共和国の戦士4』はいつ出版されるのだろう!?

ミリタリー作品を読みながら、自分の仕事を投射してみたりする。階級が上がっていき、部隊を率いて武功を上げていくような妄想をしながらwそんなこともあり、ときどき自分を鼓舞するためにSFミリタリー作品を読んだりする。

本書はSFミリタリー作品にしては読みやすい作品。



終りなき戦い (ハヤカワ文庫 SF (634))
ジョー・ホールドマン
早川書房
1985-10

読むべき人:
  • SFミリタリー作品が好きな人
  • 戦争について考えてみたい人
  • 自分を鼓舞して仕事したい人
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June 24, 2014

臆病者のための億万長者入門

キーワード:
 橘玲、資産運用、株、不動産、金融リテラシー
作家による保守的な資産運用指南書。以下のような目次となっている。
  1. 第1章 資産運用を始める前に知っておきたい大切なこと
  2. 第2章 「金融の常識」にダマされないために
  3. 第3章 臆病者のための株式投資法
  4. 第4章 為替の不思議を理解する
  5. 第5章 「マイホーム」という不動産投資
  6. 第6章 アベノミクスと日本の未来
  7. 終章 ゆっくり考えることのできるひとだけが資産運用に成功する
(目次から抜粋)
国勢調査によると日本では全世帯の約5%(20世帯に1世帯)が資産1億円を保有するミリオネアらしく、そんな日本にいるのだから、「誰でも億万長者になれる」可能性がある。ただし、アクティブに投資して短気で収益を上げるのではなく、かなり保守的に20年以上の年月をかけて保有する資産を増やすようなやり方で。その基本的な考え方が、株、不動産、保険、為替などの観点から、さらにアベノミクスまでに広げられて分かりやすく解説されている。

本書は以下の本の続編的な位置づけらしい。こっちは株式投資に焦点があてられている。これを読んだのが大体6年前で、そのときは結局株をやらないという結論に至った。それから6年たって、そろそろ金融的な知識もある程度ついたし、真面目に資産運用を考えようと思っていて、株も始めたちょうど良いタイミングで本書が売られていたので買った。買って読んでよかった。これから大きく損をするようなことは回避できたはずなので。

まずはお金持ちになるための方法が以下の3つとして示されている。
  1. 収入を増やす
  2. 支出を減らす
  3. 資産を上手に運用する
これらを「お金持ちの方程式」としてあらわすと以下のようになるらしい。

総資産 = 収入 – 支出 + (資産 × 運用利回り)

そして以下のように示されている。
 収入を増やすもっとも確実な方法は「勤労」だ。支出を減らすには「倹約」をこころがければいい。上手な資産運用とはいたずらに浮利を追うことではなく、いかがわしい金融商品にだまされず、将来の経済的な変動に備えてリスクを管理した確実な運用をする「賢い投資家」になることだ。
(pp.22)
つまり金融リテラシーをちゃんと身に付けるということが重要であるようだ。なので、宝くじを買うような人は金融リテラシーがないと言っていい。なぜなら、期待値(確率)の計算ができず、他人を儲けさせるためにお金を出しているのだから。つまり、宝くじというのは『愚か者に課せられた税金』と呼ばれるようだ。まぁ、賢者と名乗っているくらいだから宝くじなんか買ったことありませんよとwwそれでも本書のあとがきでは、宝くじを買ってくれる愚か者がもたらす収益によって、公共事業や社会保障に使われてみんなに還元されているから感謝しようと示されていて、なるほどと思った。

さらに保険は宝くじより割の悪いギャンブルであるとあり、加入者は生命保険から「安心」を手に入れる代償として、高い経費を負担している。そのため、別の方法で安心が確保できれば、無駄な保険は真っ先に解約すべきとある。詳細は本書でご確認を。これを機会に自分の毎月払っている年金積立型の保険の見直しも検討しよう。

最近株を始めたこともあって、3章がとても勉強になった。経済学的には「株価は確率的にしか予想できない」ので、絶対上がる株価など特定不可能であるので、個別銘柄を選択するよりも世界の株式市場をまるごと買ってしまうのが合理的と。つまり、世界株ETF、具体的には東証の「上場インデックスファンド世界株式(1554)」を買うのがよいと。これは実践してみようと思う。

あとは不動産投資の部分がとても勉強になった。『「マイホームと賃貸、どちらが得か」に決着をつける』という節タイトルが示されている。結論だけ簡単に示すと、ローンを組んで得られる住居は、同じだけ借金して株式に投資して得た利回りを賃貸に当てはめれば、同じような家に住める可能性があるということ。つまり、家計のバランスシートから考えると、マイホームの購入というのはレバレッジをかけた不動産投資で、それは株式の信用取引やFXと変わらないらしい。そして所有の場合は、震災や隣人がカルト団体だったり、地価が暴落したりするというリスクをすべて自分で負わなければならないということになる。ここも詳細は本書を一読することをお勧めする。

ということで、僕は、マイホームはローンを組んで買うという選択肢を完全に捨てることにした。(そもそも持病のせいでローン審査に必要な団体信用生命保険に入れないかもしれず、ローン組めない可能性大だし・・・)まぁ、賃貸でいいよ。気軽に転々とできるほうがいいし、ローン払い続けられるほど働き続けられるかもわからないのだし、個人的にはマイホーム購入というのは株よりもギャンブルじみた話だなと。

最後に資産運用の4つの原則を引用しておこう。
  • 1. 確実に儲かる話はあなたのところには絶対来ない
  • 2. 誰も他人のお金のことを真剣に考えたりしない
  • 3. 誰も本当のことを教えてはくれない
  • 4. 自分の資産は自分で守るしかない
なので、うまい話、つまり「金融機関が熱心に勧誘するウマそうな話」などはすべて無視するべきとあった。『臆病者』とタイトルについているのは、このように保守的になって時間をかけて資産を築いていこうという意図が込められているようだ。

著者の本をたくさん読んでいるなら読む必要がなさそうだけど、あまり読んだことない人、資産運用を真面目に考えている人は絶対読んだほうがいい。どこまで本当かは自分で考えなくてはいけないのだけどね。




読むべき人:
  • 資産運用を考えている人
  • マイホーム購入を検討している人
  • 金融リテラシーを身に付けたい人
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June 14, 2014

ザ・ロード

キーワード:
 コーマック・マッカーシー、道、旅、闇、火
アメリカ文学の巨匠によるSF小説。以下のようなあらすじとなっている。
空には暗雲がたれこめ、気温は下がりつづける。目前には、植物も死に絶え、降り積もる灰に覆われて廃墟と化した世界。そのなかを父と子は、南への道をたどる。掠奪や殺人をためらわない人間たちの手から逃れ、わずかに残った食物を探し、お互いのみを生きるよすがとして――。世界は本当に終わってしまったのか? 現代文学の巨匠が、荒れ果てた大陸を漂流する父子の旅路を描きあげた渾身の長篇。ピュリッツァー賞受賞作。
(カバーの裏から抜粋)
コーマック・マッカーシーの作品は、以前図書館で借りた『すべての美しい馬』というものを読んだことがある。この本を借りた時に、『ザ・ロード』のほうを積読していた。

本書は例によって、西新宿のブックファーストのフェアで買った(余談だけど、よいフェアを頻繁にやっていて、本当によく買わされる)。そのときは著名人がおすすめする100冊とかそういう題目で、小説家の冲方丁氏が『これは真に迫るものがある』とかなんとかコメントと共にオススメされていた。『マルドゥック・スクランブル [完全版] 』が面白かったし、信じて買ってみた。そのときはコーマック・マッカーシーの存在など特に何も知らずに。

物語の世界は近未来のアメリカのどこかで、その世界は核戦争か何かで世界が崩壊している。灰が降り積もり、日照時間も少なくなり、牛や鳥などその他の動物がどうやら絶滅しており、人も大勢死んでおり、文明も崩壊している。かつて栄えていた街は人影もなく廃墟と化し、食べ物のあまりなく、道路には散乱するゴミ、捨てられた車、そしてミイラ化した死体、焼けた死体などがところどころにある。そんな中、40歳くらいの『彼』と『彼』の子供で、10歳くらいの男の子が二人で寒さをしのぐために歩いて南を目指すというお話。

本書の内容は、冒頭の2行にすべて集約されていると言っても過言ではない。
 森の夜の闇と寒さの中で眼を醒ますと彼はいつも手を伸ばしてかたわらで眠る子供に触れた。夜は闇より暗く昼は日一日と灰色を濃くしていく。
(pp.7)
親子二人は常に暗い『』の中で眠り、道中も人目について襲われないように気配を殺し、安全が確保できたときだけたき火を囲んで野宿し、そこで少ない缶詰などの食料を分け合って食べる。昼間は雨や雪が降り、そして常に寒さで震え毛布にくるまって二人で温めあっている。そして、道中の捨てられた家にある缶詰やリンゴ園のリンゴなどを拾ったりして、食料を手に入れて生き延びていく。表面的な物語としては、それらだけが淡々と繰り返されていく話。

それだけの物語なのだけど、親子が置かれた絶望的な状況の中での会話が胸に迫るものがある。男の子は世界が崩壊した後に生まれており、健全だった世界を知らない。そして、道中で起こる出来事に対して無邪気に何気ない質問をパパにたびたびする。その質問に対して、常に自分たちが生き延びるために合理的に判断し、男の子を説得しつつ、かつ自分自身にも言い聞かせるように『彼』は答える。それがコーマック・マッカーシー独特の鉤括弧のない文体で繰り返されて、より物語の中で際立って見える。例えば、象徴的な以下の部分など。
話してごらん。
少年は道のほうへ眼をやった。
話してほしいんだ。怒らないから。
少年はかぶりを振った。
パパの顔を見るんだ。
少年は彼に顔を向けた。今まで泣いていたように見えた。
話してごらん。
ぼくたちは誰も食べないよね?
ああ。もちろんだ。
飢えてもだよね?
もう飢えてるじゃないか。
さっきは違うことをいったよ。
さっきは死なないっていったんだ。飢えてないとはいってない。
それでもやらないんだよね?
ああ。やらない。
どんなことがあっても。
(pp.147)
このように、食料がないので、人が襲われて食われてしまう。そのため、殺される可能性が高く、かつ飢えもあって、常に死の影が付きまとっている。そして道端には焼き殺された死体や首だけが切り取られて串刺しになったりしているような、残虐な結果の描写も多く、10歳くらいの子供にとっては極めて残酷で過酷な世界である。『彼』はそんな状況を見せないようにするが、子供はもう何度もそういう状況を見てしまい、結果的に精神的にも成長していく。

また、道行く老人や飢えた男に遭遇したとき、男の子は食料を分け与えようとする利他的な心も持つ。しかし、自分たちが生き延びるためにはそれをやってしまってはダメだとパパは常に子に言い聞かせるしかない。また、パパは常に拳銃を手放すことはなく、親子に危害を加えそうな人間は躊躇なく撃つ。もう片方の手には子供の手を握りながら。そして、もうどうにもならないときは、その拳銃を使うしかないとまで決めている・・・。

主人公二人は名前が出てこない。唯一名前がついた登場人物が出てくる。名前は『イーライ』で、90歳くらいで眼がもうあまり見えない老人。この名前を見たとき、以下の作品を思い出した。似たタイトルでかつ崩壊した世界が舞台で世界観も似ている。この物語の主人公の名前は『イーライ』。『ザ・ロード』の解説には、イーライは旧約聖書の預言者エリヤと関係があるのではないかという説が示されている。『ザ・ウォーカー』は、主人公が崩壊した世界である本を運ぶ物語。一方、『ザ・ロード』は親子が二人で象徴的な『』を運んでいる。ググったら『ザ・ウォーカー』がパクッたのではないかとあった。それくらい似たような内容。両方映画化されており、『ザ・ウォーカー』のほうは見た。内容はまずまずだけど、小説は断然、『ザ・ロード』に軍配が上がる。

コーマック・マッカーシー独特の文体で、情景が脳内に自然と描写される。しかし、『すべての美しい馬』のような美しい情景とは言えず、灰色と白、黒などモノトーンで色彩を失った世界で、読み進めるのがだんだんと辛くなってくる。そのため、精神的に沈んでいるときにはあまり読むべきではないかな。

僕は本書をどちらかというと男の子の視点で読んでいた。しかし、もし子供ができたら『彼』の視点で読むのだろうなと思った。絶望的な状況でも、常に善い人として『』に包まれた世界を生き延びていかなくてはいけない。それを示唆する親としての『彼』。そして、最後は切なすぎて泣いた。それでも読了後に不思議と勇気づけられるような、それくらいのスゴ本だった。



ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)
コーマック・マッカーシー
早川書房
2010-05-30

読むべき人:
  • SF作品が好きな人
  • 勇気づけられたい人
  • 最近親になった人
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June 12, 2014

スタバ株は1月に買え!

キーワード:
 夕凪、株、イベント投資、スタバ、資産運用
株によるイベント投資の入門書。以下のような目次となっている。
  1. 第1章 30万円で始めた株で1億円を達成!
  2. 第2章 株で儲ける仕組みは花屋に学べ!―イベント投資のキホン
  3. 第3章 スタバ株は1月に買え!―実践株主優待投資
  4. 第4章 株を始める前に知っておきたいこと―数字が示す儲けのヒント
  5. 第5章 プロの土俵にあがるな!―個人投資家9つの心得
  6. 第6章 専業投資家への道―千里の道も一歩から
(目次から抜粋)
なんとなく本屋で目に留まったので買った。普段週2でスターバックスに通い詰めているし、一応スタバの株をほんの少しだけ持っており、気になったので買って読んでみた。

本書ではイベント投資というものが分かりやすく解説されている。イベント投資というのは、株主優待の権利確定日付近とかある銘柄が東証2部から1部に移るとき、または株主総会時期、機関投資家が買うタイミングなどあるイベント(出来事)に影響されて、株式市場の需給動向への影響によって株価が上下する時期を狙うことと示されている。

本書のタイトルにあるように、スタバ株を1月に買え!というのは、1月最初の営業日の寄り付きに購入し、そのまま保有して3月23日を経過した最初の営業日の大引けに売却する条件を2014年も含めて過去10年実践したところ、過去1度も負けたことがないらしい。この3月23日というのは株主優待の優待券利付最終日の大体3営業日前で、この時期までに株価が上がるので、そこを狙って事前に買って売れ!ということらしい。

株主優待狙いで株価上昇を見込むのは、そこまで目新しい方法ではないのだけど、ほとんど株素人な自分には参考になった。このイベント投資を確立することで、30万円くらいから大体年利40%以上で10年で1億円近くまで資産を増やせたらしい。

ほかにもいろいろとねらい目が分からいやすく示されているが、株経験があまりない自分にとって一番参考になったのは、過去10年の日経平均の推移のグラフが示されている部分。大体3ヵ月ごとに変動の特徴があるようだ。ちょうど今6月は株主総会時期と年度末決算が経過して安堵感が出てくるのもあって、6月後半にかけては株価が上がる傾向にあるようだ。元ネタが少ない自分にとっては、いつごろまでに元ネタを準備して勝負をかければよいかが分かってよかった。

あとは個人投資家9つの心得が載っていたので、引用しておく。
  • 心得1 プロと勝負したら確実に負ける!
  • 心得2 株式は少数派が勝つ!
  • 心得3 プロの予想の逆を行け!
  • 心得4 アナリストの推奨株は買うな!
  • 心得5 相場に「絶対」はありえない!
  • 心得6 バブルを怖がるな、一緒に踊れ!
  • 心得7 普通ほど怖いものはない!
  • 心得8 損切りを褒めろ!
  • 心得9 チャンスは何度もやってくる!
それぞれの詳細については買って読んでみることをお勧めする。

株の本は入門書からファンダメンタル分析とかテクニカル分析とか専門的なものも含めてたくさんあるし、それらをそこまで読んでいるわけでもましてや株経験も浅いので、本書がどれほど正確で役に立つかは正直よく分からない。しかし、これなら自分も真似できそうだなと思ったので、読んでみてよかったかな。

余談だけど、30歳を迎えるにあたって真面目に資産運用を考えようと思っていたところで。そして今年からNISA開始なので、昨年末から勢いで申し込んで株デビューした。でも実際にNISAには冒頭で示したスタバ株をS株で2株だけ突っ込んで放置している。NISAは損益通算ができないし、そもそも元手がそんなにない状態なのであんまりメリットがないなと思って今は10万円くらいから(無駄遣いが多いから余剰金ないし!!w)特定口座で相場を見ながら売買の経験値を積んでいる状況。来年は本書の通りに上がるか試してみたいな。あとは株主優待でいつかスタバでドヤ顔して会計したいw

あとドラゴン桜の著者の人の株漫画も面白いのでお勧め。ということで、しばらく資産運用のお勉強をする予定と。




読むべき人:
  • スターバックスが好きな人
  • 株で資産運用をしたい人
  • 南の島で悠々自適に過ごしたい人
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June 08, 2014

100年の価値をデザインする

キーワード:
 奥山清行、デザイン、クリエイティビティ、日本人、ムーンショット
ワールドクラスで活躍するデザイナーである著者によるクリエイティビティ論。以下のような目次となっている。
  1. 第1章 世界で通用した「日本人としてのセンス」―僕はなぜフェラーリのデザイナーになれたのか?
  2. 第2章 「言葉の力」を発揮する―団体力のイタリア人、個人力の日本人
  3. 第3章 日本のものづくりの「殻」を破る
  4. 第4章 「ものづくり」の仕組みが変わった!―第二次産業革命時代にどう対応するか?
  5. 第5章 「本当に好きなもの」を作り、売る―プレミアム・コモディティを目指せ!
  6. 第6章 これからの一〇〇年をデザインする―新しい社会システムを作り上げる
  7. 終章 クリエイティブであり続けるために
(目次から抜粋)
著者はエンツォ・フェラーリをデザインした人で、GMやマセラティにも著属してデザインをやっていたり、その他にも秋田新幹線、ソファ、椅子、鉄瓶、最近ではヤンマーのトラクター、さらには都市計画などその対象は多岐にわたる。そんな世界で活躍されてきたデザイナーによって、クリエイティビティとはどういうことか?そして日本人である特性を活かして世界で勝負できるということが実体験などから示されている。

しばらく新書は全然読んでいなかったのだけど、書店でなんとなく見つけて読んでみた。かなり濃い内容で勉強になった。著者の本は以前以下のものを読んでいた。こちらは純粋にデザイナーとしての仕事論がメインなのだけど、本書は以下がメインテーマとなっている。
 もう一度言う。日本人には素晴らしいクリエイティビティの潜在力がある。それをフルに活かすには、まずは自分一人で世界に打って出ることである。それが、本書で僕が一番伝えたいと思っていることだ。
(pp.240)
まずクリエイティビティに対するイメージとして、先天的な才能であるという誤解があると著者は示す。実際は才能の差などはほとんどなく、必要なのは後天的なセンスと経験から得たスキルであり、さらには世の中を大局的に捉えるマクロな視点と課題の細部までを理解するミクロな視点を併せ持つことらしい。そして、目の前にある問題点や課題の根本的な原因を探り当て、その解決策を示すために必要なのがクリエイティビティであると。

簡単にまとめると誰でもできそうな感じはする。しかし、後天的なセンスと経験には相当の努力と修練とか時間がかかるのも確か。デザインコンセプトを決めるとき、「たくさんの中から選ぶからいいものが出てくる」という本質があるようで、そのため以下のように示されている。
 これは同じ世界を目指す後輩に向けてのメッセージだが、若いデザイナーは質を追うならひたすら数を出せと言いたい。頭を振り絞って考えて、その上で数を出すのだ。それだけでなく、労をいとわず体を動かせ。億劫がらずに現場に行け。手を動かせ。そこに答えがある。
(pp.33)
さらには量をこなすには体力がいるようだ。そして、プロは常に量をこなし、来るか来ないかわからないチャンスのために常に準備するからプロであるとある。なるほどなと。これらの仕事論の部分は、先ほど挙げた本に詳しいので、そっちをお勧め。

また、一般的に日本人は個人戦はダメだが、団体戦なら勝負になると思われているが、実際は逆であり団体力より個人力のほうが高く、世界で勝負して成功している人はみなそのような傾向があるようだ。そして個人として働いたほうが効率的であると。逆に団体力はイタリアのカーデザイナー集団のほうが高いと示されていて、それは会議での議論の仕方が根本的に日本とは違うからとあった。こういう部分は今までの自分の常識を覆されたようで、自分の中の視点が広がった。

著者が日本人としてフェラーリのデザイナーになれたのは、著者が自然と培ってきた日本の盆栽とか狭い建築様式の中に暮らしを表現したりするような「切り捨ての文化」をカーデザインに応用してシンプルであることを追求した結果らしい。そういう文化的な背景も強みになるようだ。

カーデザインで培ったデザインの経験値を家具に転換するところなどもスゴいなと思った。家具に使われている材料を工業デザインの経験から眺めてみると、材料費は妥当であるが、なんでこんなに価格が高いのか?を突き詰めていくと、中間マージンが大き過ぎて、そこにいろいろな業者が入って手数料をとっているかららしい。よって、大塚家具と組んで海外の製造現場と直結して従来の3分の2の価格で同様の品質のものが販売できるようになったらしい。

あとは都市計画までデザインが広がっているのがスゴい。3.11の東日本大震災の影響から災害に強い都市計画を考えた時に、人工的な高台を作って、その上にコンパクトな城塞都市のようものを作るというもので、それはフランスのモン・サン・ミッシェルのようなものになるようだ。さらに東京はより人口密度を高く、もっと立体的にすべきという主張があり、これはブレードランナーとかのようなサイバーパンクな街やフィフスエレメントの縦長に高層ビル群とか交通網が巡っているような近未来の街を想像してワクワクした。

そういえば、来年開業する北陸新幹線のE7系(新幹線E7系・W7系電車 - Wikipedia)も著者監修によるデザインらしい。著者のデザインした車とか家具はちょっと手が出せないけど、ちょうど実家の富山に帰るときに乗ることになり、著者のデザインを身近に感じられるので地味に楽しみだ。北陸新幹線の車中で他の著者の本も読みたいと思う。

ワールドクラスで仕事をするということはどういうことなのか?がとてもよく分かって、しかも著者独自の視点や経験も読んでいてとても面白い。こういう本はなかなかない。

英語に「ムーンショット」という言葉があるが、従来の意味は不可能に挑戦する馬鹿げたことだった。しかし、アポロ11号が月面に着陸した以降は、意味が変わり、著者によれば「不可能と思えても、夢を持ち続けて努力すれば、いつかは実現できる」と。そしてこの言葉が好きで、この言葉をプレゼントしたいと最後にあった。著者は大阪万博で近未来デザインの車を見た時に衝撃を受けて将来カーデザイナーになろうと決めたようだ。もしかしたら本書が、誰かにとっての「ムーンショット」になるべき可能性を秘めているような、そんな予感がした。




読むべき人:
  • すべてのデザイナーの人
  • 文化、日本人論が好きな人
  • 世界で勝負したい人
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May 31, 2014

人生って、大人になってからがやたら長い

キーワード:
 きたみりゅうじ、コミックエッセイ、大人、仕事、人生
人生についてのコミックエッセイ。以下のような目次となっている。
  1. 第1章 30歳ってすごく大人だと思ってた。
  2. 第2章 仕事をがんばることが大人だと思ってた。
  3. 第3章 正解を知ってることが大人だと思ってた。
  4. 第4章 自分はもう少し大人だと思ってた。
  5. 第5章 少しずつ、「大人であろう」と思っている。
(目次から抜粋)
著者はフリーのイラストレーターであるが、最初は普通に就職し、プログラマとして働いていたようだ。その間に1回転職し、その会社が清算されて別会社に入るということを経験されたらしい。会社員としてのかたわら、副業でイラストレーターとしての仕事もこなしていた29歳くらいのときに、まだ自分の道を決めかねていたが、30歳を迎えるときにイラストレーターとして生きていくことを決め、会社を辞められたようだ。

著者は29歳になった年に、『なんかぜんぜん大人になってないんだけど』と気づいたらしい。それが1章のタイトルになっている。そして、著者曰く、『30歳になるころには、もっといろんなものが見えていると思っていたけど』と。

本書は書店のIT技術書コーナーでたまたま目に入って、1章のタイトルに惹かれて買って読んでみた。30歳になったばかりのころだったので、その昔、たとえば中学生のころに思い描いていた30歳像と現状の自分にえらくギャップがあるなと改めて思った。そんで著者と同じように、『30歳ってすごく大人だと思ってた』と思っていたが、現状ではいまだに週刊少年ジャンプを買って読んでいるし、その他にも漫画も読みまくり(ゲームはやらなくなった)、精神年齢もあんまり大人になっていないなと。そんな自分の現状も重ねて読んだ。

本書で示されていることは、割とありふれた出来事かもしれない。結婚したり、家を買ったり、子供が生まれたり、家族のために保険に入ったり、妻の家族との死別など。唯一特殊なのは、会社などで雇われではない、フリーのイラストレーターで仕事をされているという部分。それ以外は、誰でも経験していきそうな、もしくは経験されているものだ。

しかし、そのありふれた出来事は、自分にとってすべて未経験なので、先を生きている先輩の経験談としてとても勉強になった。30歳になってから、どうやって生きていくべきか?と以前もよく考えていたが、最近特に考えるようになっていたので。

例えば、結婚して家庭を持つと、もはや自分だけの生活ではないし、家族のためにお金を稼がないといけないし、子が結婚して巣立つのを見届けるまで死ねない!!とか、なるほどなぁと思った。婚活婚活と言っていろいろと言動しているけれど、そういう具体的な将来像までまったく思い描けていないよなと。そんで、今までほとんど貯金もしてなかったし、家を買うとなるとローンとか頭金と考えないといけないが、そんな金ないしなと。なんというか、もっと現実的に考えなくてはダメじゃないか!?と思った。

あとは会社員ではなく、イラストレーターとしてのお仕事の状況も勉強になった。独立してフリーで仕事をすると、仕事がないとか予定が何もないと恐ろしい状況であるようだ。そんで、仕事をたくさん引き受けて、時間当たりの効率化をはかり、たくさん稼ごうと思っていたけど、だんだん仕事が嫌になってきたりして、頑張った結果が「壊れて終わり」だとダメだよなと気づかれたらしい。それが2章の『仕事をがんばることが大人だと思ってた。』になる。

独立してフリーで生きていくのは大変そうだなと思った。かといって、会社員は会社員でそれなりに大変なのだけど、きっとそれはベクトルの違いだ。

以前から人生ってなんだ?どうやって生きていくんだ?とずっと考えていた。このブログも結局はそれを考えるためのきっかけのためにあったりする。そうやってずっと10年近く考えてきたのだけど、考えているだけでもダメだよなと。もちろん何も考えないよりはいい。それでも現在進行形で生きているという現実に目を向けて、やるべきこと、やりたいことを淡々とこなしていくしかないのかなと思った。

30歳という年齢は、自分のできること、できないこと、得意なこと、向いていること、やりたいことがなんとなく経験的にわかってくるころだろうなと。大学生くらいのころはそういう経験が圧倒的に足りないから客観視できなかったりするしね。そうやって経験してみて、ではこれからどうしようか?とやはり考える時期で。個人的には持病もあるし、ずっと今の仕事、会社員として働くのはしんどいから、なんとかそれ以外の方向で模索していくしかないのかなと思ったりもする。

そして、野望とか夢に良くも悪くも諦めも重要で、今まで保留にしてきたこと(どこで誰とどうやって生きていくかといったことなど)も少しずつ確定していかなくてはいけないんだろうなと。そうやって現実と理想の折り合いをつけていく頃が30歳なんだなと。

そんなことなどを、著者のコミックエッセイを読みながら考えた。今のままじゃダメじゃん、という側面もあれば、でも案外なんとかなるんじゃない!?とも思った。

コミカルに描かれている絵だし、ありふれた出来事なんだけど、著者の等身大の心情が描かれている気がする。きっと良い人なんだろうなと著者の人柄も感じさせられる。漫画として読んでも面白しい、何よりも自分のこれからの生き方について気軽に考えられたのがよかった。もちろん考えながら、地道に行動もしていかないとだけどね。




読むべき人:
  • 30歳くらいの人
  • フリーで生きていきたい人
  • 人生について考えたい人
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May 28, 2014

「思考」を育てる100の講義

キーワード:
 森博嗣、エッセイ、講義、人生論、持論
小説家による短編エッセイ集。以下のような目次となっている。
  1. 1限目 未来を考え、現在に生きる「人生」論
  2. 2限目 思考の盲点をつくらない「知識」論
  3. 3限目 なまった理性を研ぎすます「感情」論
  4. 4限目 疑問から本質に近づく「表現」論
  5. 5限目 客観的思考を手にする「社会」論
  6. 補論 思考に「遊び」をつくる森教授の視界
(目次から抜粋)
書店で大和書房フェアというのがあって、平積みになってたから買ってみた。たまには読みやすいエッセイで気分転換もかねて。

最初に1行のタイトルを100個考えて、それに対して2ページごとに著者の普段考えていること、過去の経験とか世の中のことに対しての持論を展開している。100個すべては挙げられないので、特に面白かったものをいくつかタイトルだけ列挙。
  • 6 ときどき、自分は何を作り出しているか、と考えてみよう。
  • 8 芸術家というのは、過去の仕事に価値が生じる職業だ。
  • 13 よく燃えるものは、早く消える。くすぶっているものは、長く燃えている。
  • 14 知識が災いすることは、知識が幸いを招くのとほぼ同じくらいの頻度。
  • 22 上手くいかないときには、必ず理由がある。それが現実というものだ。
  • 39 自信をみなぎらせる技術者は信頼できない。
  • 43 たとえば、今一番欲しいものは、三トンくらいの土である。
  • 49 なにごとも経験、というが、経験は効率が悪すぎる。
  • 73 小説を読むことが趣味だ、と言えるほど、文芸はマイナになった。
  • 84 仕事をしないことがいかに健康的かわかった。
  • 96 給料というのは、お小遣い感覚だった。
タイトルがそのままその章の結論のような内容となっている。もちろん、タイトルだけでは何のことかわからないものも多いけど。

著者の本、作品は過去に1つしか読んだことがない。ミステリー作品などもまったく読んだことはない。そんな感じなので、割とニュートラルに本書を読んだのだけど、著者の思考は割と人と変わった部分があるのかなと思った。それが普段考えたこともないような内容で、なかなか面白かった。

例えば、『30 他人の感情的評価に影響されることで、大勢が自由を失っている。』では、Amazonなどのネットレビューに関しての内容で、買おうと思っていたものの評価を見てしまい、買えなくなってしまう場合がある。その場合は、それを買おうと思っていた人にとっては、買いたいものを買えなくなったので不幸なことだとある。そして、最後に以下のように示されている。
 僕の小説の書評で、「前作を読んでいないと面白さは半減だ」と書いている人がけっこういるが、その書評を読まずに作品を読んだら、楽しみは倍増だろう。これを書いた人は、自分が前作を読んでいたから面白かった、と分析しているようだが、前作を読んだために、もっと面白い部分を見逃している。他者との出会いだって、大人になってからいきなり相手を知るのだ。過去の履歴を知らなければ、人を好きになれないものだろうか?
(pp.077)
これは考えたこともなかったな。アニメとか映画、小説のシリーズものなどはたいていは順番通りに鑑賞したい派であって、いきなり途中の巻から読んだり見たりはしないな。もしくは、割と独立しているけど、前作の続編の位置づけというものなら読まなくてもいいかもしれない。そいうとき、前作に出てきたキャラとかエピソードが不明で、面白くないのではないか?と思ってしまうので。

しかし、作品の作り手側としては、そうならないように書いているのかもしれないし、知らないほうがもしかしたら先入観なく、違う部分に面白さを感じられるのかもしれないなと。それが人間関係にまで展開されていて、言われて納得だなと。好きになれば、その人の過去、生い立ちなどを知りたいと思うけど、好きになるきっかけとしての『過去』はあまり関係ないだろうなと。

また、反対に僕も同意だなと思う部分も示しておこう。『14 知識が災いすることは、知識が幸いを招くのとほぼ同じくらいの頻度。』から。
 どんな本を読んでも、僕はなにか得られる。本を読んで、何も得られないということはありえない。得られないのは、自分で耳を塞ぎ、心を閉ざしているからだろう。
(pp.043)
さらに、読む時間に見合った得られるものの多寡があるから、損をすることもあるが、それでも得をしたいから素直な気持ちで読みたいとあった。まぁ、そうだよねと。絵本でも漫画でも軽いビジネス書なども得られるものは何かしらある。駄本だって反面教師的に学ぶことはできる。ということをたまに忘れがちなので、僕も素直でありたいと思う。なので、よほどダメな本とか内容が明らかに間違っていると断言できない限りは、このブログで酷評するようなことはない。

他の小説作品も読みたいと思ったけど、それ以上に著者の変わった考えのエッセイをもっと読んでみたいなと思った。見開き2ページごとに話題が変わっていくので、電車通勤とか細切れ読書に向いていて、気分転換に気軽に読める本だった。




読むべき人:
  • 森博嗣のファンの人
  • モノづくりが好きな人
  • 小説家が何を考えているか知りたい人
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May 24, 2014

アメリカの鱒釣り

キーワード:
 リチャード ブローティガン、鱒、クリーク、アメリカ、幻想
リチャード・ブローティガンの小説。以下のようなあらすじとなっている。
二つの墓地のあいだを墓場クリークが流れていた。いい鱒がたくさんいて、夏の日の葬送行列のようにゆるやかに流れていた。――涼やかで苦みのある笑いと、 神話めいた深い静けさ。街に、自然に、そして歴史のただなかに、失われた〈アメリカの鱒釣り〉の姿を探す47の物語。大仰さを一切遠ざけた軽やかなことば で、まったく新しいアメリカ文学を打ちたてたブローティガンの最高傑作。
(カバーの裏から抜粋)
この小説は、例によって西新宿のブックファーストのフェアで見つけた。確か次に読みたい1冊というような題目で置かれており、リチャード・ブローティガンという名前が気になって買った。以前、『愛のゆくえ』を読んでなかなか面白いと思い、自分に合っているような気がしたからだ。本作品、〈アメリカの鱒釣り〉についてあらすじとか、テーマ性とか、登場人物が何をどうしたといったことを語るのは容易ではない。そもそも、これは小説と言っていいのかさえ、判断に困るような作品であるからだ。形式上47のタイトルが付いた章ごとに分けられている。しかし、一貫性もストーリーのようなものもないように思われる。それはドリアの表面が分厚いチーズで覆われているようなものだ。

なんとなく重厚な作品を読むのに疲れていたというのもあって、本書を読むことにした。数ページ読んだ時点で、変な本だなと思った。しかし、20ページほど読み進めたあたりで、この本が感覚的に自分に合っている、好きだなという判断を早計にも下すことになった。若干品のない部分ではあるが、その部分を引用しておく。鱒釣りに出かけようとヒッチハイクの車を待っているところ。
 掘立小屋からちょっとのぼったところに屋外便所があった。扉がもぎとられそうな格好で開いていた。便所の内部が人間の顔のように露わになっていた。便所はこういっているようだった――「おれを建ててくれたやつはここで九千七百四十五回糞をしたが、もう死んでしまった。おれとしては、いまはもうだれにも使ってほしくないよ。いいやつだったぜ。ずいぶんと気を使って、おれを建ててくれたんだ。おれはいまは亡きおケツの記念碑さ。この便所には匿さなくちゃならんような秘密などないよ。だからこそ扉があいてるんじゃないか。糞をしたけりゃ、鹿みたいに、そこいらの茂みでやってくれよな」
「くたばりやがれ」と、わたしは便所にいってやった。
(pp.22)
我ながらずいぶんと品がないところに惹かれてしまったなと思った。
 便器は重ねられて、棚の上にあった。五基ずつ重ねて置いてあった。便器の上は天窓で、便器はそこからの光を受けて、『南海の禁断の真珠』とかいう映画にでも出てきそうな様子で輝いていた。
(pp.204)
というような、もう少し上品な部分に惹かれて好きだと確信できればよかったのだけど、いささかこの部分が出てくるのが遅すぎたのだ。

半分くらいは釣りをしていないような内容なのだが、〈アメリカの鱒釣り〉のタイトルのように、ちゃんと鱒を釣っている内容のものもある。『アロンゾ・ヘイゲンの鱒釣り日誌』という内容では、7年の間に22回鱒釣りに出かけているが、釣り旅1回につき釣りそこねた鱒平均数が10.8とあり、結局1度も釣れず〈アメリカの鱒釣り墓標銘〉として次のように書き記されている。『もうたくさんだ。釣りをはじめて はや七年 一度も鱒を釣りあげていない。 針にかかった鱒は残らず釣りそこねた。』とある。この『』の部分を変数として他の値を思い思いに代入したところを想像してみてほしい。ずいぶん悲惨な内容だと思わないかい!?と妙に共感を覚えるのであった。実に〈アメリカの鱒釣り〉的な内容である。

さて、内容とは関係ない、どうでもいい逸話ではあるのだが、本書をショルダーバックの中に入れて電車中で読んでいたりした。あるとき、一緒にバックに入れていたペットボトルの蓋がしっかりとしまっていなかったので、〈アメリカの鱒釣り〉は濡れてふやけてしまった。しかし、そのふやけ具合が、まさに水を得た魚のような感じだなと妙に納得していた。濡らしたものがコーラなど色付き飲料ではなく、フランス産のミネラルウォーター、『ボルヴィック』であったのが幸いでもあるが、〈アメリカの鱒釣り〉だったら『クリスタルガイザーなら完璧だったな』と言いそうだなと想像してみた。

〈アメリカの鱒釣り〉はきっと象徴でもあるのだけど、それをうまく説明するのは難しいし、それは文芸評論家とかアメリカ文学研究者の仕事であるから、何も僕がここでやることではない。そうそう、それでも、以下の部分がとても参考になるよ。
 ここで、わたしの人間的欲求を表現すれば、――わたしは、ずっと、マヨネーズという言葉でおわる本を書きたいと思っていた。
(pp.215)
まぁ、そういうことだ。

その他の重厚な文学っぽい作品が絵画でいうルノワールとかセザンヌ、モネなどの印象派みたいなものであれば、〈アメリカの鱒釣り〉は、マグリットやダリなどのシュルレアリスム絵画のようで、感覚的に見て楽しむような作品なんだ。考えずに感じて、独特の表現を楽しむというような作品だ。

そうそう、これだけは断言できることであるが、翻訳がまれにみるほど秀逸であり、それは数十ページ読めばおのずと分かる。解説の柴田元幸氏によれば、藤本和子の翻訳は、『翻訳史上の革命的事件』であり、この翻訳がなければ、村上春樹の翻訳、さらには作家村上春樹の作品でさえ考えられないとまで言わしめている。それほどの作品だ。

〈アメリカの鱒釣り〉というのは、ふと渋谷の交差点あたりでどこかで見たことがある人とすれ違い、あれはテレビに出ている人ではなかったか?と余韻と静かな反芻を起こさせるような、しかし確信をいまいち持てないでいる類のスゴ本なのだ。

世界中で200万部のベストセラーになったくらいだし、うっかり20冊くらいアマゾったところで何の支障もないだろう。そう、〈アメリカの鱒釣り〉ならね。



アメリカの鱒釣り (新潮文庫)
リチャード ブローティガン
新潮社
2005-07-28

読むべき人:
  • 鱒釣りが好きな人
  • 村上春樹作品が好きな人
  • 〈アメリカの鱒釣り〉を感じたい人
Amazon.co.jpで『リチャード ブローティガン』の他の作品を見る

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May 18, 2014

申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。

キーワード:
 カレン・フェラン、コンサル、戦略系、ビジネス、人
経営コンサルタントによる懺悔録のようなコンサルティングビジネスの実情を暴いた本。以下のような目次となっている。
  1. はじめに 御社をつぶしたのは私です
  2. Introduction 大手ファームは無意味なことばかりさせている
  3. 第1章 「戦略計画」は何の役にも立たない
  4. 第2章 「最適化プロセス」は机上の空論
  5. 第3章 「数値目標」が組織を振り回す
  6. 第4章 「業績管理システム」で士気はガタ落ち
  7. 第5章 「マネジメントモデル」なんていらない
  8. 第6章 「人材開発プログラム」には絶対に参加するな
  9. 第7章 「リーダーシップ開発」で食べている人たち
  10. 第8章 「ベストプラクティス」は“奇跡"のダイエット食品
(目次から抜粋)
著者は米国で戦略系と言われるようなコンサルティングファームや事業会社を経て、30年のコンサルティング経験がある人で、その過去のコンサルティングで、結果的に会社をつぶしてしまうようなこともあったとある。要約すると、大体は以下のようなエピソードになる。

いわゆる優秀な大学を卒業した入社1,2年目で何もビジネス経験やクライアント先の業務知識、実務経験のないコンサルタントがビジネスプロセスリエンジニアリングのために派遣されたとしよう。そのコンサルタントがやることは現場の分析ではなく、過去誰かが開発したフレームワークや経営理論、ベストプラクティスなどを上司から使うように命令され、それに沿って改善案の提案をしたりする。しかし、実際はその提案では何の効果もなく、結果的にクライアントの業績は悪化し、買収されたりつぶれたりしてしまった!!というようなことが著者の経験からもあったようだ。

だからそういう定規杓子なフレームワークなどを使ったり、スプレッドシート上の数値を弄繰り回して分析したような気になっていたり、誰も後で読まないようなドキュメントを量産したり、難しいカタカナのコンサル用語を駆使してないで、ビジネスの本質は人材、つまり人そのものなのだから、もっと人に向き合って行きましょうと著者は示している。以下その部分が端的に示されている部分を抜粋。
 さて、ここで目的をはっきりさせておきたい。本書の要点は従来のビジネスの常識の誤りを暴くことであり、まちがっても与するものではない。私の提案は、役に立たない経営理論に頼るのはもうやめて、代わりにどうするかということだ。ともかく大事なのは、モデルや理論などは捨て置いて、みんなで腹を割って話し合うことに尽きる。対話や人間関係の改善がビジネスに利益をもたらすことを研究によって証明したわけではないが、真偽の判断は読者に委ねよう。
(pp.28)
僕は一応ファームと言われるような組織に身を置いている。とはいっても、ロール(役職)としてはコンサルタントではなく、技術者よりのITコンサルタントでもないSEである。それでも、今までMgrなど組織の上の人たちはどちらかというとコンサルタントが多かったし、企業文化などからなんとなくコンサルタントの仕事は経験則的に分かっている(それでもいわゆる戦略系の仕事はそこまで分からないけれど)。

なので、本書で示されている部分にあるあるある!!!!!!禿同!!!!!wwwと思うような部分がかなり多くて、共感できた。例えば、コンサルタントがいろいろと分析して戦略をクライアントに提示し、そのあと実働はやらずに去っていくと、残るのは75ページなど長くて誰も読まないパワーポイントの報告書だけが残っていたり(しかもあとから振り替ってみるとどう見ても絵に描いた餅だよなと思うようなものもあったり・・・)。

他にもコンサル企業の社員は上位何%からAとかランク付けされ、しかも評価の要因はその人の能力によるものよりもプロジェクトの環境(またはその人の得意分野かどうか)や景気の影響であったりするのに、上司の偏見に左右もされたりし、正しい評価とはなっていないと示されている。そして一度ダメなやつのレッテルを貼られるとそれを覆すのは難しくなるともある。これもあぁ、そうだよね・・・とかなり実感する。(しかし、半分は上司に恵まれるとか、儲かっているプロジェクトであるとか、自分の得意分野、やりたいことができるといった環境要因、つまり『運』であるかもしれないけど、もう半分はちゃんと自分の実力の反映の結果であったりするからね。自戒を込めて。)

共感できる部分もあるけど、やはりファームなど中の人の経験があると、本当に本書で示されていることがすべて真か?と言われると、違和感を覚える部分はやはりある。一番気になるのは、そんなにみんなコンサルタントは杓子定規に教科書通りの戦略を立案し、お客さんと対話していないのか?という部分かな。もちろんすべてのコンサルタントがそうだとは示されていない。けれど、著者の経験上、そういうことが多かったとある。でも僕の知る限りで言えば、みんなちゃんとお客さんに向き合って対話しているような気もする。日本に複数拠点ある工場を一人で歩き回って、そこの人たちの話を聞いてきて、最適な改善案をまとめ上げたとかいう伝説的な人!?もいたとか酒の席などで聞かされたりもしたので。

もちろん、結果的に絵に描いた餅で、赤字になって火を噴くプロジェクトも中にはある(いわゆる案件をとってくるような提案書をプロジェクトの中盤あたりで見てみたりすると、こんな机上の空論なスケジュール間でできるわけねぇだろ( ゚Д゚)ゴルァ!!と憤りたくなることもときには無きにしも非ずw)。

あとは、過去20世紀のアメリカでのコンサルティングビジネスではこういう傾向があったかもしれないけど、現在進行形の日本ではどうだろうか?とも思う。アメリカと日本での商習慣や企業文化も違うし、現状はもうそんなことはあまりないのではないかなと。もし、コンサルタントが入ることで会社がつぶれまくっていたら、コンサル企業自体も自然と淘汰されるはずだし(もちろん、吸収合併などはよくある)。

もうさすがにクライアントになるような大企業は、コンサルタントが入ればすぐに業績が上がったりするようなことは経験則的にないということは分かってきているので、盲信はしていないだろうとも思うし。結局自分たちのビジネスなのだから、自分たちで回していかなくてはというのも肌身て感じているはず(そして、コンサルタントたちの中には、提案だけして実働はやらないことにもどかしさや違和感を覚えて、事業会社に転職していく人も周りを見ていて多いと感じる)。

そして、本書を読んで一番感じたのは、われわれコンサル会社の存在意義は何だろうか!?と突きつけられたような気がした。それはSEでも同じ。単純に人月いくらでシステムを作って売ることが最終目標なのか?いや、そうではなく、お客様の業績向上になるようなものを提供しなくてはいけないなと、改めて考えさせられた。

本書は過去アメリカのコンサルティングビジネスの失敗事例集として読み、こうならないためにはどうするべきか?を意識して読むのがいいなと思った。あとは、巻末のコンサルタントが役に立つとき、役に立たないときの表や危険なコンサルタントの見抜き方も役に立つ。また、翻訳書としても違和感もなくとても読みやすいし、あまり難しい専門用語は使われていないので、気軽に読める。

コンサルを使うような事業会社の人は、コンサルに頼り切らずに自分たちのビジネスなんだから最後は自分たちで考え抜いていくという視点が役に立つし、コンサル会社の中の人たちにとっては、ちゃんとお客様と対話して企業価値を高めることを意識しているか?を考えるよいきっかけになる本だなと思った。



申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。
カレン・フェラン
大和書房
2014-03-26

読むべき人:
  • コンサルタントになろうと思っている人
  • 事業会社でコンサルを使おうかと思っている人
  • ビジネスの本質は人だと思っている人
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May 04, 2014

暁の寺

キーワード:
 三島由紀夫、タイ、インド、阿頼耶識、思想
豊饒の海シリーズ第三巻。以下のようなあらすじとなっている。
<悲恋>と<自刃>に立ち会ってきた本多には、もはや若き力も無垢の情念も残されてはいなかった。彼はタイで、自分は日本人の生れ変りだ、自分の本当の故郷は日本だと訴える幼い姫に出会った……。認識の不毛に疲れた男と、純粋な肉体としての女との間に架けられた壮麗な猥雑の世界への橋――神秘思想とエロティシズムの迷宮で生の源泉を大胆に探る『豊饒の海』第三巻。
(カバーの裏から抜粋)
第三巻は第一部と二部に分かれている。一部は1941年から1945年という戦争まっただ中で、本多がタイで8歳になる月光姫、ジン・ジャンと出会う。ジン・ジャンは、勲の生まれ変わりであることを自覚しており、本多にお礼も言わずに自刃してしまったことに謝罪の気持ちも持ち合わせている。その幼いジン・ジャンの謁見の間に、インドのベレナスに旅行に行き、輪廻思想の見識を深める。

第二部は1947年で、本多は明治期に成立した法律に則り、土地所有権の弁護により30億円ほどの成功報酬を手に入れ、別荘を建てるまでの富裕層になる。18歳になったジン・ジャンと再開するが、ジン・ジャンは転生の記憶はすっかり失っており、本多はジン・ジャンに転生のあかしである清顕、勲の左の脇腹にあった三つのほくろがあるかどうかを確かめるために、別荘にプールを作り、さらには自分の書斎から隣室を覗けるようにのぞき穴まで準備している・・・。

第三巻の主人公は、間違いなく本多である。それまでは、清顕、勲の友人、助力する弁護人であったりし、転生する主人公を傍観するしかなかった存在だった。しかし、第三巻では、本多には妻もいるが、タイで見た神話の女神の彫像のような容貌になったジン・ジャンに魅了されていき、次第に恋慕の情がわき始める。純粋な恋愛感情とは異なった、耽溺するような感情。そういう初老の男の少女に対する思惑がエロティシズムとして描かれている反面、どこか理解できない部分があった。

また、第一部で本多の輪廻転生をめぐる思索が、仏教思想からギリシャ神話までにわたり、途中でよく分からなくなっていった。特に阿頼耶識などの唯識思想が数ページにわたって展開されている。詳細は、本作品についても触れられているので、以下を参照。『春の雪』、『奔馬』は若い主人公の純粋さと行動、それを取り巻く登場人物の思惑に魅了されたのだが、第三巻はそれらがあまりなく、よさがいまいち分からないまま読了した。前二巻は魅力的で鍵になる登場人物が多く出てきたが、本作品ではどこか軽薄な人物が多く、本多とジン・ジャン以外の人物が特に際立っているようなこともなかった。

また、初老の男にでもなると、少女に特別な(もちろん本多はジン・ジャンが清顕、勲の転生の結果であることを知っているから、特別視するのだけど)、純粋な恋愛感情とも異なるものを抱くのだろうか?と思った。

カバーの裏にある『エロティシズム』とあるが、そこまでのものは描かれていなかったようではあるが、以下の部分に出くわしたとき、思わず蛍光ペンで線を引いた。
知らないということが、そもそもエロティシズムの第一条件であるならば、エロティシズムの極致は、永遠の不可知にしかない筈だ。すなわち「死」に。
(pp.264)
僕は、この部分に三島由紀夫の思想の収斂を見た。

第三巻は、もう少し年齢を重ねてから読むと本質がわかるのかも知れないなと思った。




読むべき人:
  • タイ、インドに行ったことがある人
  • 仏教思想に関心がある人
  • 60歳くらいの初老の男
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April 29, 2014

仕事に必要なことはすべて映画で学べる

キーワード:
 押井守、映画、仕事、勝敗、教養
映画監督である押井守による映画論と仕事論。以下のような目次となっている。
  1. 【プロローグ】映画は会社員が見るべき最良の教科書
  2. 【1】飛べ! フェニックス
    聞かれていないことには答えるな! ――美しい敗北は無意味
  3. 【2】マネーボール
    経験と勘で語る人間は信用するな ――ブラッド・ピットの優先順位
  4. 【3】頭上の敵機
    部下を殺すか、自分が毀れるか ――中間管理職残酷物語
  5. 【4】機動警察パトレイバー2 the Movie
    使えない部下を働かせる究極の手 ――選択肢は与えない
  6. 【5】裏切りのサーカス
    「やりたいこと」は「飽きないこと」 ――ナンバー2ほど心地よい
  7. 【6】プライベート・ライアン
    サボタージュこそサラリーマンの最終兵器 ――スピルバーグの詐術
  8. 【7】田園に死す
    できる大人ほど自分の過去をねつ造している ――気合いが入ったデタラメ
  9. 【8】007 スカイフォール
    「親父に一生ついて行く」は使い捨てへの第一歩 ――“お母さん"に愛されたい
  10. 【9】ロンゲスト・ヤード
    囚人が問う「勝てるチーム」の絶対条件 ――魂の自由を獲得せよ
  11. 【対談】押井守×梅澤高明(A・T・カーニー日本代表)
    自己実現は社会との関わりでしか達成できない
  12. 【エピローグ】教養の幅は「虚構」でこそ広がる
(目次から抜粋)
映画監督である著者は、会社員として組織で働いたことはないのだけど、映画監督として組織マネジメントについて考えてきており、そこから独自の「勝敗論」を見出すにいたったようだ。そして、軍隊でも映画つくりでも企業における組織にでも、勝敗論やそこでのふるまい方の本質は変わらず、映画を通してそれを示そうという本。
 この本では、勝敗についての持論を踏まえつつ、実際の映画を通してビジネスパーソンが企業社会を生き抜くうえで参考になる考え方や振る舞いを紹介していこうと思います。優れた映画ほど人間や社会の本質に迫る教訓がある。それを紐解いていこうということです。
(pp.011)
本書では映画監督として何を意識して作っているのか、そしてどのように他の映画作品を見ているのかがとても興味深く示されている。また、挙げられている映画は、目次の通りで、自身の監督作である『機動警察パトレイバー2 the Movie』なども含まれているが、どちらかというと古い映画が取り上げられており、そこで組織の中でいかに自己実現をするか?なども示されている。ちなみに、目次に挙げられている作品で、僕が見たことあるのは『007 スカイフォール』のみだ。押井守の作品では、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』、『イノセンス』、『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』、『アヴァロン』などだ。

たとえば、『機動警察パトレイバー2 the Movie』は、中間管理職の映画であると示している。隊長である後藤は、特に何も期待されていない課に所属しており、それは高校の世界と同じだとしている。そして、その高校の教師のような隊長として後藤を位置づけ、ダメな部下(生徒)たちを先導していかに自分のテーマ、『警察官としての正義を実現する』をやるかを描いているようだ。

著者によれば、中間管理職というのは、「自分のテーマの実現のために他人を動かす」、それを体現する存在と示されている。そして、後藤は部下に命令をしないが、退路を断ったうえで選択の自由を提示している。そしたら部下はやる気になるらしい。さらに、黒澤明の「生きる」とパトレイバー2の本質的なテーマは同じらしい。へーと思った。

また『007 スカイフォール』はカインとアベルの物語であり、Mはボンドたちエージェントにとっての母親であって、敵のシルヴァはかつてエージェントとして働いていたのだけど、自分が捨てられてしまうが、ボンドは受け入れられた、畜生!!という母親と兄弟の話らしい。もう少し文芸的に示すと、母親に受け入れられなかった息子と受け入れられた息子の話らしい。

さらにジェーム・ボンドというのは、身分は契約社員なのに自分から抜けられず、一方的に切り捨てられる可能性もあり、命の危険性ももちろんあるので世界一理不尽な仕打ちをうけている社員であり、冷静に考えたら、007というはブラック企業そのものだと示されているwなるほどと思った。

映画を見る意義としてなるほどと特に思った部分を以下に抜粋しておく。
 気の利いた映画というのは、こういうふうに、シチュエーションやエピソード、セリフなどにさまざまなピースがはめ込まれています。それをもれなくすくい取って見るには、映画の相当な経験値が必要でしょう。それに対応するだけの引き出しが自分の中にないと、無関心に通り過ぎるだけですから。
(中略)
 単に感動して終わるだけであれば、映画の値打ちなんてたいしたものじゃありません。感動以上のものが、映画にはある。それが、人生の判断の引き出しを増やしてくれるということです。ひとりの人生の総量はたかが知れていますから、フィクションを含めなければ自分の人生の引き出しは増えません。
(pp.080-081)
だから、フィクションには現実以上に価値がある、とも示されている。さらにあとがきにも以下のように示されている。
 人間がその生涯を通じて獲得できる「経験」など、所詮は限られたものに過ぎません。人生は短く、経験することも出会うことも、それを通じて獲得できる「人間に関する教養」も限られています。だからこそ他人の経験を自分の「経験」として繰り込んでいくことが必要なのであり、そしてそのためにこそ「虚構」という形式は存在します。
(pp.291)
組織を動かすための必要十分条件はこの「人間に関する教養」であり、そのために映画を見るべきだと。そして、この「人間に関する教養」を効率よく獲得するには、クラシックな映画を見るとよいらしい。

この虚構を取り込むというのは、何も映画だけではなく、小説、漫画などでも同じだなと言える。人が集まって出来上がる組織で仕事をするうえで、この「人間に関する教養」は必須だなと思う。ある程度の職位以上に出世しようと思ったら、特に。能力があって仕事だけができても、人徳やこういう処世術のような教養がなければ上がれないのだろうなと思う。なので、これからも地道に映画をたくさん見ていこうと思った。

社会人になってから8年くらいで約300本は映画を見ているのだけど、まだまだ著者の示すような「人間に関する教養」としての見方が確立できていないなと思った。大学生くらいまでのころは、単に派手なアクションとか爆発シーンがあって興奮していれば面白い映画だと思っていたのだけど、ある程度の年齢を重ねて、さらに人の心情の機敏が描かれたものを見ていくうちに、だんだん映画の鑑賞の仕方も変わってきたなとは思う。

ちなみに、今年映画館で観た映画で一番は、『アナと雪の女王』もよかったけど、『LIFE!』かな。

また、押井守の著作は以下もお勧め。本書は押井守作品が好きな人に限らず、映画好きな人はぜひ読んだほうがいい。映画の見方も分かってくるから。




読むべき人:
  • 押井守監督作品が好きな人
  • 映画の見方を勉強したい人
  • 中間管理職で働く意義を見失っている人
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