評論関連

January 24, 2008

評論家入門―清貧でもいいから物書きになりたい人に


評論家入門―清貧でもいいから物書きになりたい人に

キーワード:
 小谷野敦、評論、評論家、文筆家業、自伝
評論とは何か、文筆家業で生きていくことの困難さが書かれている本。何ヶ月ぶりかに、『評論』カテゴリの更新となる。内容は以下の通り。
  1. 評論とは何か―「学問」との違い
  2. 基本的な事柄とよくある過ち
  3. 評論をどう読むか
  4. 『日本近代文学の起源』を読む
  5. 評論家修行
  6. 論争の愉しみと苦しみ
  7. エッセイストのすすめ、清貧のすすめ
まず、1章の評論とは何かという部分は、単純にとても勉強になった。評論と学術論文は違うらしい。評論にも論証が必要で、学問的なものが8割り、はみ出し部分が2割という比率で構成され、そのはみ出し部分にアカデミズムの世界で言えないことを言うというのが評論の基本姿勢だと示されていた。

本書の中盤は、著者の独自視点による他の研究者や評論家の著作をダメだししたりしている。扱われている対象は、自分がまったく読んだことのないものばかり。例えば、『風土』、『文明の生態士観』、『「甘え」の構造』、『共同幻想論』、『谷崎文学と肯定の欲望』などなど他にもたくさん。

評論家修行では、評論家になるにはパーティーに出ていても真っ先に帰って寸暇を惜しんで読書をしろとあった。まぁ、そうだろうなと思った。

後半は、著者が小説家志望から大学院時代に評論に目覚め、そして教員になるまでにいかに原稿を書いてきたか、そして本が出るまで長い時間がかかったといった苦節的な自伝になっている。大変なんだなと思った。

そしてこれからの時代は、文章で生計を立てるならエッセイがよいらしい。エッセイストを目指したとしても、決して金持ちになれるとか、芸能人と親しくなれるとか考えてはいけないとあった。物書きの仕事は、孤独で余計な人間関係から解放される代わりに、鬱々たる気分になることも多く、執筆依頼がないと将来の見通しも立たないような不安な生活をすることになるようだ。

それでも著者がこの本を書いたのは、著者自信が読み書きが好きで、そういうことが好きな人も基本的に好きだからとあった。

なんだか、全体を通して振り返ってみると、いろんなことが書かれている。ある部分では本当に濃い内容になっている。人によっては受け付けないだろうなと思う部分もある。けれど自分はこういう本になぜか惹かれてしまう。著者のほかの本も気になったので読んでみようかなと思った。

いつか自分も文筆家業をと思ったりするので、いろいろと参考になった。

読むべき人:
  • 評論とは何かということを知りたい人
  • 文系的なものが好きな人
  • 文筆家業をしたい人
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June 09, 2006

村上春樹論 『海辺のカフカ』を精読する


村上春樹論 『海辺のカフカ』を精読する

キーワード:
 村上春樹、評論、批判、構造、タブー、オイディプス、政治的
海辺のカフカ』の批判本。どういう立場から批判しているのかといったことが分かる部分を抜粋。
しかし、この『海辺のカフカ』が外国でもベストセラーになっている状況を、「いよいよ日本文学が世界に認められた」「世界に通用する普遍的な日本の小説がようやくあらわれた」と手放しでよろこんでいいのでしょうか。私はそのような立場をとることはできません。むしろ、『海辺のカフカ』が受け入れられた国々は、二〇〇一年「九・一一」以後、ある共通した社会的な精神的病理が広がっており、それに対する<救い><救済><癒し>をもたらす商品として『海辺のカフカ』が消費されており、そのことを<善きこと>として受け入れるわけにはいかない、というのが本書を貫く立場です。
(pp.14)
つまり、この『海辺のカフカ』で暗に示されていることに警鐘を鳴らしている。

この本の構成は以下のようになっている。
  1. 『海辺のカフカ』とオイディプス神話
  2. 甲村図書館と書物の迷宮
  3. カフカ少年はなぜ夏目漱石を読むのか
  4. ナカタさんと戦争の記憶
具体的な内容は、多く説明しないようにしておく。なぜなら、激しく違和感を覚えたというか、あまり面白くないし、読む気が失せていく内容だったから。

基本的に、この書評ブログでは本のよいところを示していきたいが、これはちょっと・・・、という感じなので、今回は毒舌ぎみで。

まず、結局この本で著者は何を示したかったのかがいまいちよく分からない。『海辺のカフカ』には『親殺し』、『近親相姦』、『強姦』という3大タブーをしかたのないこととして受け入れてしまう雰囲気があることをオイディプス神話などを基に長々と解説している。それは分かるのだけど、この本の最後の部分で、現実世界の歴史、政治的な話までに絡めていく意図が分からない。なぜ、フィクションの世界だけで批評すればよいもをわざわざ現実世界に絡めて批評しなければならないのか?と思った。個人的には、ただのフィクションに著者が示すような歴史認識を変えるほどの効力はないだろうと思う。

そもそもこれは政治の本なんじゃないかと思えてくる。何も村上春樹の『海辺のカフカ』を題材としなくてもよかったんじゃないかと思う。

また、フィクションである文学作品をこのように解体するように解説していくことに何の価値があるのかということも疑問に思った。村上春樹自身、評論家と作者は領域が違うということ語っている。そのため、作品を受け手がどのように読むのも自由であるという姿勢である。

しかし、この本を読んでから『海辺のカフカ』を読んでしまうと、この本に主張されているように読まなければいけない気になってくる。読了後に<救い><救済><癒し>をもとめて何が悪いんだろうと思った。例え著者の主張するようにそれはよくない傾向だとしても、読者には誤読する権利はあると思う。自分自身は読了後そのように感じなかったけど。かといって『海辺のカフカ』はつまらない作品だとは思わなかったが。

そもそも、<救い><救済><癒し>が、政治、歴史認識に大きく影響を与えてしまう可能性があるという前提がおかしいような気もする。ここは文学作品の評論の難しいところだとも思う。ある方向性で解釈したとしても、それが真理なのかははいつまでたっても分からない。作品の著者に聞いたところで(特に村上春樹の場合)、絶対に真意を示すことはないだろうから。

まだ、いろいろあるけど、面倒だからここまで。あと、読むのが苦痛になってきてところどころすっ飛ばして読んだから、精読していないので誤読しているかもしれない。また、かなり主観的な感想ということで。

買うときに迷ったんだよな・・・。買って損した・・・。世の中には価値のない本もあるものだということが分かった。また、著者が村上春樹の作品を解体すればするほど、作品がつまらなくなっていくような気がするということが分かった。

村上春樹自身この本を読むことはないだろうけど、この本を読んだとしたらきっとこう言うだろう。

「やれやれ」

また、『村上春樹の隣には三島由紀夫がいつもいる。』という本は面白くてよかったんだけど。もう、このような解体本は読むのやめようかな・・・。

読むべきでない人:
  • 『海辺のカフカ』をまだ読んでいない人
  • フィクションはフィクションとして扱われるべきだと思う人
  • 作品を一つ一つの部品のように解体することに価値を見出せない人



May 12, 2006

クオリア降臨


クオリア降臨

キーワード:
 クオリア、文学評論、脳科学、引用、博覧強記、教養
著者は、最近話題の脳科学者、茂木健一郎氏。

内容は文学界に連載されていた文学評論。評論方法は、印象批評とは違い、著者の読書体験、または経験知から始まる文学の科学的な評論である。そのため、あらゆる分野からの引用があり、それを根拠に自分の体験からの主張を展開させるというようなものである。

正直、今の自分には難解すぎた。以前に、著者の『「脳」整理法』や『脳と創造性 「この私」というクオリアへ』を読んで、知的刺激を受けてまたいろいろ著者の本を読みたいと思ったのでこれを手にとって見た。しかし、内容はあまりにも一般向けではないくらいに難しく感じた。より言い回し、文体が高尚になっていた。なによりも、著者の主張を裏付けるための比喩的引用があまりにも多岐にわたり、著者の教養としての総合知を見せ付けられる。そのため、どうしても章ごとの主題がつかみにくかった。せいぜい自分はこの本の3分の1も理解していない。理解するにはあと5年はかかりそうな気がしてくる。

この本はあまりにも書評しづらい。どういう内容か詳しく知りたい場合は、リンク先をたどってレビューでも見たほうがいいかもしれない。

もう少し自分の教養レベルが総合的に高くなったら、もう一度この本に挑戦してみようかと思う。そうすれば、きっと理解できるのかもしれない。

なんだか現代文の入試問題に使われそうな内容だった。

また、著者のブログもある。茂木健一郎 クオリア日記

読むべき人:
 茂木健一郎の著作は抑えておきたい、一味違った文学評論を味わいたい、自分の教養レベルを試してみたい、夏目漱石の作品を読破している


April 26, 2006

村上春樹の隣には三島由紀夫がいつもいる。


村上春樹の隣には三島由紀夫がいつもいる。

キーワード:
 村上春樹、三島由紀夫、太宰治、評論、文学作品、比較批評

この本は、村上春樹の文学作品を解体した評論書である。なぜ三島由紀夫が取り上げられているかというと、村上春樹は三島由紀夫に挑戦し続けた作家であることを実証しようとしているから。もちろん、村上春樹自身そのようなことをどこかで言ったり、書いていたりしていたわけではない。著者独自の視点から、村上春樹作品のテーマや物語構造を解説している。

村上春樹の作品はポップな文体で、音楽、料理などが多く登場し軽いイメージがあるが、それは表面的なものに過ぎず、本質的なテーマは綿密に練り上げられたものが隠れているというもの。普通に読んでいたら分からないようなことがこの本で解説されているので面白い。しかし、それは著者の思い込み、誤読じゃないのかと思う箇所もないでもないが、ひとつの見方として参考になる。例えば、村上春樹処女作品『風の歌を聴け』の冒頭の文は、過去の作家への挑戦状のようなものであるとか。その挑戦相手が、三島由紀夫ではないかとあり、三島作品と村上作品の物語の構造を対比させながら解説している。

村上春樹の解説対象作品は、『風の歌を聴け』、『羊をめぐる冒険』、『ダンス・ダンス・ダンス』、『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』、『ノルウェイの森』など。特にノルウェイの森の解説は、ノルウェイの森はよくわからん恋愛小説だと思っている人にはよいかもしれない。

なんだか大学受験用の国語の参考書みたいな内容だった。文学作品の深いテーマを探るという観点から見ると面白い。もちろん、自分なりに作品の意味づけを行うことも重要だと思うが。

新書にしては分厚く300ページもある。著者自身書ききれない部分などがあったとあるので、次回作も出るんじゃないかと思う。

久しぶりに興奮して読んだ本。そうだったのか!!と納得させられる部分が多かった。純粋に知的好奇心を受けた。

読むべき人:
 村上春樹の作品はいまいち理解できない人、国語の参考書の解説が好き、物語の構造に興味がある、三島由紀夫、太宰治などの作品が好き、文学作品の本質の見方が知りたい