デザイン、芸術系

June 08, 2014

100年の価値をデザインする

キーワード:
 奥山清行、デザイン、クリエイティビティ、日本人、ムーンショット
ワールドクラスで活躍するデザイナーである著者によるクリエイティビティ論。以下のような目次となっている。
  1. 第1章 世界で通用した「日本人としてのセンス」―僕はなぜフェラーリのデザイナーになれたのか?
  2. 第2章 「言葉の力」を発揮する―団体力のイタリア人、個人力の日本人
  3. 第3章 日本のものづくりの「殻」を破る
  4. 第4章 「ものづくり」の仕組みが変わった!―第二次産業革命時代にどう対応するか?
  5. 第5章 「本当に好きなもの」を作り、売る―プレミアム・コモディティを目指せ!
  6. 第6章 これからの一〇〇年をデザインする―新しい社会システムを作り上げる
  7. 終章 クリエイティブであり続けるために
(目次から抜粋)
著者はエンツォ・フェラーリをデザインした人で、GMやマセラティにも著属してデザインをやっていたり、その他にも秋田新幹線、ソファ、椅子、鉄瓶、最近ではヤンマーのトラクター、さらには都市計画などその対象は多岐にわたる。そんな世界で活躍されてきたデザイナーによって、クリエイティビティとはどういうことか?そして日本人である特性を活かして世界で勝負できるということが実体験などから示されている。

しばらく新書は全然読んでいなかったのだけど、書店でなんとなく見つけて読んでみた。かなり濃い内容で勉強になった。著者の本は以前以下のものを読んでいた。こちらは純粋にデザイナーとしての仕事論がメインなのだけど、本書は以下がメインテーマとなっている。
 もう一度言う。日本人には素晴らしいクリエイティビティの潜在力がある。それをフルに活かすには、まずは自分一人で世界に打って出ることである。それが、本書で僕が一番伝えたいと思っていることだ。
(pp.240)
まずクリエイティビティに対するイメージとして、先天的な才能であるという誤解があると著者は示す。実際は才能の差などはほとんどなく、必要なのは後天的なセンスと経験から得たスキルであり、さらには世の中を大局的に捉えるマクロな視点と課題の細部までを理解するミクロな視点を併せ持つことらしい。そして、目の前にある問題点や課題の根本的な原因を探り当て、その解決策を示すために必要なのがクリエイティビティであると。

簡単にまとめると誰でもできそうな感じはする。しかし、後天的なセンスと経験には相当の努力と修練とか時間がかかるのも確か。デザインコンセプトを決めるとき、「たくさんの中から選ぶからいいものが出てくる」という本質があるようで、そのため以下のように示されている。
 これは同じ世界を目指す後輩に向けてのメッセージだが、若いデザイナーは質を追うならひたすら数を出せと言いたい。頭を振り絞って考えて、その上で数を出すのだ。それだけでなく、労をいとわず体を動かせ。億劫がらずに現場に行け。手を動かせ。そこに答えがある。
(pp.33)
さらには量をこなすには体力がいるようだ。そして、プロは常に量をこなし、来るか来ないかわからないチャンスのために常に準備するからプロであるとある。なるほどなと。これらの仕事論の部分は、先ほど挙げた本に詳しいので、そっちをお勧め。

また、一般的に日本人は個人戦はダメだが、団体戦なら勝負になると思われているが、実際は逆であり団体力より個人力のほうが高く、世界で勝負して成功している人はみなそのような傾向があるようだ。そして個人として働いたほうが効率的であると。逆に団体力はイタリアのカーデザイナー集団のほうが高いと示されていて、それは会議での議論の仕方が根本的に日本とは違うからとあった。こういう部分は今までの自分の常識を覆されたようで、自分の中の視点が広がった。

著者が日本人としてフェラーリのデザイナーになれたのは、著者が自然と培ってきた日本の盆栽とか狭い建築様式の中に暮らしを表現したりするような「切り捨ての文化」をカーデザインに応用してシンプルであることを追求した結果らしい。そういう文化的な背景も強みになるようだ。

カーデザインで培ったデザインの経験値を家具に転換するところなどもスゴいなと思った。家具に使われている材料を工業デザインの経験から眺めてみると、材料費は妥当であるが、なんでこんなに価格が高いのか?を突き詰めていくと、中間マージンが大き過ぎて、そこにいろいろな業者が入って手数料をとっているかららしい。よって、大塚家具と組んで海外の製造現場と直結して従来の3分の2の価格で同様の品質のものが販売できるようになったらしい。

あとは都市計画までデザインが広がっているのがスゴい。3.11の東日本大震災の影響から災害に強い都市計画を考えた時に、人工的な高台を作って、その上にコンパクトな城塞都市のようものを作るというもので、それはフランスのモン・サン・ミッシェルのようなものになるようだ。さらに東京はより人口密度を高く、もっと立体的にすべきという主張があり、これはブレードランナーとかのようなサイバーパンクな街やフィフスエレメントの縦長に高層ビル群とか交通網が巡っているような近未来の街を想像してワクワクした。

そういえば、来年開業する北陸新幹線のE7系(新幹線E7系・W7系電車 - Wikipedia)も著者監修によるデザインらしい。著者のデザインした車とか家具はちょっと手が出せないけど、ちょうど実家の富山に帰るときに乗ることになり、著者のデザインを身近に感じられるので地味に楽しみだ。北陸新幹線の車中で他の著者の本も読みたいと思う。

ワールドクラスで仕事をするということはどういうことなのか?がとてもよく分かって、しかも著者独自の視点や経験も読んでいてとても面白い。こういう本はなかなかない。

英語に「ムーンショット」という言葉があるが、従来の意味は不可能に挑戦する馬鹿げたことだった。しかし、アポロ11号が月面に着陸した以降は、意味が変わり、著者によれば「不可能と思えても、夢を持ち続けて努力すれば、いつかは実現できる」と。そしてこの言葉が好きで、この言葉をプレゼントしたいと最後にあった。著者は大阪万博で近未来デザインの車を見た時に衝撃を受けて将来カーデザイナーになろうと決めたようだ。もしかしたら本書が、誰かにとっての「ムーンショット」になるべき可能性を秘めているような、そんな予感がした。




読むべき人:
  • すべてのデザイナーの人
  • 文化、日本人論が好きな人
  • 世界で勝負したい人
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January 19, 2014

[実践]小説教室

キーワード:
 根本昌夫、小説、小説家、読み方、世界
編集者による小説の書き方、読み方本。以下のような目次となっている。
  1. 第1章 小説とは何ですか?
  2. 第2章 書いてみよう
  3. 第3章 読んで深く味わおう
  4. 人はなぜ小説を書くのか―あとがきにかえて
  5. 巻末対談 角田光代×根本昌夫―ゆっくりと、信じたいものを書く
(目次から抜粋)
著者は『海燕』、『野生時代』の編集長を歴任し、小説教室の講座を開催し、新人賞を受賞する作家を読み出したり、島田雅彦、よしもとばなな、小川洋子、角田光代のデビューに立ち会ったらしい。そんな著者によって、小説の本質、小説の書き方、作家デビューの方法、そして小説の読み方、小説を書く意義などが示されている。

こういう小説の書き方指南本は、小説家デビューを目指す人だけが読むような感じではあるが、そうではない、一読者としても楽しめてかつ勉強になる部分が多い。とはいえ、やはり最初は小説家になるにはどうすればいいのか?というところが興味深く読めた。小説家になるには特異な体験よりも、何よりも「やる気」と「情熱」が必要で、どんなに仕事が忙しくても1日1時間は小説について考えられないとダメらしい。

また、小説家は破天荒なイメージがあるけど、一般的には常識人が多く、仕事ができて社会生活をちゃんとやっていける柔軟性がある人は、小説を書かせても一定水準のものを書けるらしい。そして、小説家を目指すなら、小説は当然たくさん読むべきで、特定のジャンルに偏ることなく、幅広く読むのがよいらしい。純文学志向の人はエンタメ系を、エンタメ志向の人は純文学を努めて読むとよいらしい。

一読者としてとても勉強になるのは、やはり小説の読み方の部分。著者曰く、いい小説には「構造」と「重要性」があるようだ。作品解説として村上春樹の『海辺のカフカ』が取り上げられており、村上春樹の小説が国境を越えて支持されているのは構造がしっかりしているかららしい。『海辺のカフカ』はもちろん読んだことはあるので、この著者の読み方はかなり勉強になった。漠然と物語の表面的な部分だけを追っていたのでは気づかないような内容だった。

あと、小説などの物語構造をしっかり把握できるようになると、もしかしたらシステム開発時に対象業務の構造を抑えてシステムに落とし込むとか、大規模で複雑な既存システムの構造を理解するのにも役に立つんではないかなと思った。

最後に小説を書くことの意義が箇条書きでまとめられているので、そこを引用しておこう。
  • 小説を自分で書いてみることで、小説を書くこと、そして読むことの面白さが各段に増してくる。
  • 小説を書いてみることで、過去のある一点から、自分の人生を生き直すことができる。
  • 小説を書くことで、新しい世界が開け、自分が世界そのものなんだ、世界と一体なんだという感覚に目覚めていく。
    (pp.239-240)
別にプロ作家を目指さなくても気軽に小説を書いてみればいいんじゃないかという感じがした。

小説の書き方を知っていること、実際に書いてみることで世の中に出版されている作品がどうスゴいのかがより感覚的に分かるのだろうね。それは、例えば映画のメイキング映像を見て、どうやって撮られているかを知ることで、より映画を注意深く見れるし、他にも絵画でもどういう技法で描かれているかが分かると、他の作品、作家、時代を比較してより深く鑑賞できるのと同じだなと思った。

小説家になりたい人、小説をより深く楽しみたい人にはおススメ。




読むべき人:
  • 小説家になりたい人
  • もっと深く小説を読みたい人
  • 自分の人生を生き直したい人
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October 23, 2011

人生を決めた15分 創造の1/10000

人生を決めた15分 創造の1/10000
人生を決めた15分 創造の1/10000

キーワード:
 奥山清行、デザイン、エンツォ、仕事論、達人
ワールドクラスで活躍するデザイナー、奥山氏のスケッチ入り仕事論。以下のような目次となっている。
  1. はじめに
  2. 第1章 迷ったら、やれ
  3. 第2章 やらないよりは、失敗しろ
  4. 第3章 好きなら、極めろ
  5. 第4章 想像力を味方にしろ
  6. 第5章 メッセージを伝えろ
  7. 第6章 ”闘議”から始めろ
  8. 第7章 信じればこそ
  9. 第8章 未来の顧客のために創造する
  10. 第9章 日本人の感性を知りつくせ
  11. 第10章 自分の心に聞け
  12. 解説 茂木健一郎
(目次から抜粋)
本書は、以前GIGAZINEの以下の記事を読み、アドレナリンでまくりでこれはすごい!!と思ってその直後にアマゾって買って読んでみた。本書は著者によって、これから世に出ようとしている若い人向けのメッセージが示されている。この本、スゴ本とは若干ベクトルが違うのだけど、本当に良い本。もう今すぐ迷わずアマぞっていい。それほど読んでいて感動しつつもワクワクしてくる本。

タイトルにある『15分』については、先ほどの記事の真ん中あたりにも示されているので、詳しくはその部分を読んでほしいが、簡単に示すと、切羽詰まった状況でエンツォフェラーリをデザインした時間となる。もちろん、その15分のために何年も前から徹底的にあれこれ試行錯誤があったからに間違いない。

さらに本書のタイトルとなっている、『創造の1 / 10000』については、はじめにから抜粋しておこう。
「創造の1 / 10000」はデザインを決定するまでに1万枚のデッサンを描くこと、あるいは100枚描ける人を100人集めること、つまりそれほど懸命に突き詰めて仕事をするという、僕の仕事をするという、僕の思いを込めている。「人生を決める15分」は偶然にやってくるのではなく「1 / 10000の創造」の中から必然的に生まれる。そんな意味を込め、このタイトルとした。本書を手に取った人たちが、自分のやりたいことを見つけ、才能を発揮するための材料として、僕の経験してきたこと、考えたことを役立ててくれるなら、これほど嬉しいことはない。
(pp.011)
著者は、コルベット、ポルシェ、フェラーリをデザインをしてきており、この快挙はデザイン界ではいまだに前例がないようだ。そして車だけではなく、列車、バイク、家具、メガネ、テーマパークといったあらゆるデザインまでに仕事が及んでいる。そんな著者の仕事論は、一見普通の経営者の自己啓発本のような内容と変わらない部分もあるが、ワールドクラスのデッサンとともに示されているので、とても説得力がある。

たくさん線を引きまくったので、本当は全部示しておきたいのだけど、それはさすがにダメなので、本当にこれは!!と思ったものだけを引用しておく。

強制されて好きになることがある』という節のイラストの解説部分から。
注文が来てからデザインをするのでは遅い。どんなプロジェクトにも常に準備ができていることが大切だ。来るか来ないかわからない仕事のためにアイディアを出すわけだから、無駄も覚悟の上だ。
(pp.045)
著者は仕事だけではなく、プライベートでも家だったりカフェだったり、旅行先でも常にスケッチブックを持ち歩いたりして描いているようだ。さらにときどきその辺にある紙ナプキンにまで描いていたりするらしい。そうして温めておいたデザインが、何年かしてからそれが基になって実現したりしているようだ。

これについては自分は反省しかない。今までどれだけ準備不足でプロジェクトに参画していたことか。もちろん完全には準備はできないかもしれないが、少なくとも心構え程度は必要だなと。さらには将来必要と思われる技術、業務知識をもっと貪欲に日頃から強化しておくべきだなと実感した。まぁ、最近唯一将来に備えられたのは英語力強化かな。英語が必要になるプロジェクトにアサインが決まってから勉強していては遅すぎるので。

次は『予想を上回る結果を出す』という節から。
過去の自分というライバルは、ある意味では最強の敵である。実力はほぼ等しく、持ち味も同じ。違いがあるとすれば、過去から現在に至る時間に自分が何を得てきたかだ。だからプロは怠けない。怠ければ、過去の自分に負けてしまうからだ。
(pp.099)
これはよく自分も考えるなぁ。一番努力していた時の自分と今はどちらがアグレッシブに攻めているか?とか。比較するべきは他人とではなく、やはり過去の自分であるのが一番かなと思う。あのころの自分と今の自分がどれだけ変わっているのか?を実感できるのが一番達成感とか充実感を得られるしね。

また、『ムダと思えることも必要』から以下の部分。
考えてみると、人生にはムダなことはない。その時は回り道やムダに思えても、後になれば必ずその経験が生きるものだ。理屈ではムダに見えても、興味が持てたり、やりたくてムズムズしたりした時は、やってみるべきだと思う。それが自分の可能性の幅を広げ、選択肢を増やすきっかけになることもあるのだから。
(pp.116)
著者はアメリカのGMで結果を出せずに、次にイタリアのピニンファリーナに移籍することが決まっていたが、その間に時間が空いて、何かしら稼がなくてはいけなくなった。そのとき、フリーランスのデザイナーとして、バットマンのバットカーやボストンの水族館、ラスベガスのカジノ、ホテルのインテリアといろいろ仕事をされたようだ。それらが貴重な経験となっていると示されている。

これはなるほどと思った。例えば自分にとっては専門分野とは違うジャンルの本を読んだり、さらにはこのような読書ブログをやっていることかな。直接は役に立たなくて、これでよいのかと思い悩んでいたことがあったけど、今ではこれらが間接的にものすごく役になっていると自信を持って言えるね。プログラミングに関して言えば、読解力がないとダメで、それは読書によって鍛えられたし、あとはブログ記事を見直す時にデバッグの訓練にもなるし、単純に記事更新による文書作成能力向上も設計書やマニュアル作成にかなり役立っているし。

一見ムダと思えることも、それをずっと継続し、違う側面から見てみると、それが仕事や他のことにもかなり活きてくるものだよ、と思えるようになったね。何でもかんでもムダを排除しすぎていたら、極論を言えば、自分の人生そのものがムダってことになる。DBで17号さんも『そのムダが楽しいんじゃないか』って言っているしねwww

最後に一番自分に強烈に響いた、『「負けるはずがない」と心に刻め』というものから。自分のすごく好きなことや大切にしていることに関しての著者の考えを以下に抜粋。
そういう場面での勝負、それはコンペでも何でもよいが、そこで大切なのは自分が日頃から打ち込んできたことを思い描き、「あれだけやったのだから、負けるはずがない」と自分で納得できることだ。僕の例で言えば、世界中のどんなデザイナーよりもたくさんの絵を描き、数多くのクレイモデルを削ってきた自負がある。「自分より多くクルマの絵を描いた人はいない。粘土をいじった回数も自分が一番多い」という事実があるからこそ「だから負けるわけがない」という自信に繋がってきた。
(中略)
そうすれば、たとえ状況が味方せずに、期待した結果が得られなくても、後悔することはない。好きなことが見つかるまでは、ふらふらしていても構わないが、いったん自分の好きなことを見つけたら、死ぬほど努力して、心の底から「負けたくない」と思うべきだ。アートセンター時代の僕がまさにそうで、好きなことのためにものすごく努力した。
好きなことを見つけたら全力集中。そして堂々と「自分は努力している」と人に語ろう。
(pp.075)
著者は間違いなくデザイン業界のワールドクラスの達人で、日頃から徹底的にスケッチをし、数十年に渡って軽く万単位の量をこなしているはず。それはもう『究極の鍛錬』によるものであることも疑いようもない。なので、このように世界中からオファーが来るほどの業績を出し続けているのだと思う。

そして、今の自分にはこの感覚が絶対的に足りない。今の自分に必要なのはこれだ。自分の専門分野でここまでの自信を抱けるほど努力しているか?と問われると、全然違う。達人プログラマーになるのだから、寝ても覚めても誰よりもコーディングしなくてはならないし、誰よりも技術本を読みこんでいるという状況にしておかなくてはならない。そういうことで、この部分にとても自分を突き動かされた。

各ページ見開きで完結するようになっていて、著者のデザインスケッチがたくさん載っている。これらを見られるだけでも、フェラーリなどのスーパーカー好きにはたまらない内容であると思う。そして、車以外のテーマパークなどのデザイン画も興味深い内容で、著者によると今後ビジネスそのもののデザインも手掛けていくとあった。

本書で取り上げられている工業製品のいくつかは著者の公式ページで見ることができる。本書はページ数としては150ページ程度なのだが、全頁カラーで写真もあったりで、雑誌の記事のようで、すごく読みやすい。短く区切ってあるので、通勤時間中に電車で読めるのもよい。価格は2500円なのだけど、これは全然高くない。ワールドクラスの一流のデザイナーの仕事論とスケッチ集がセットになっていると思えば安い。そして自分自身の将来の仕事や夢とか野望もデザインするきっかけになれば、1万円払っても安すぎる内容であると自信を持っておススメできる。

ワールドクラスで活躍するデザイナーである著者の本を読んでいて、これが世界的な仕事なのか!!と感嘆しつつもとてもワクワクした。読み進めるのが本当に惜しかった。そして自分の野望も再デザインされたと思う。

デザイン業界に関わらず、自分の仕事をワールドクラスレベルに仕立て上げたい人は必読!!僕は30歳ごろにまた読み返したいね。




人生を決めた15分 創造の1/10000
人生を決めた15分 創造の1/10000
著者:奥山 清行
販売元:武田ランダムハウスジャパン
(2008-05-24)
販売元:Amazon.co.jp

読むべき人:
  • フェラーリなどのスーパーカーが好きな人
  • 就職活動中の学生の人
  • ワールドクラスの仕事で活躍したい人
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December 20, 2008

青春ピカソ

青春ピカソ (新潮文庫)
青春ピカソ (新潮文庫)

キーワード:
 岡本太郎、ピカソ、芸術論、挑戦、散文詩
岡本太郎によるピカソを媒介とした芸術論。以下のような目次となっている。
  1. ピカソ発見
  2. ピカソへの挑戦
  3. ピカソ芸術の本質
  4. ピカソの作品
  5. 青春ピカソ
  6. ピカソとの対話
(目次から抜粋)
良い本には2種類ある。役に立つ本と、面白い本だ。これは間違いなく後者に当てはまる。

著者である岡本太郎は、18歳のときにパリに留学に行く。そして、留学から2年してある画商で、百号大のピカソの作品に出逢う。そして岡本太郎は生涯でたったの2回だけ、絵画の前で泣いた。圧倒的な美しさを描いたセザンヌの絵と、ピカソの絵だった。その時の様子を以下のように語っている。
 画面一帯にのびのびと走る幾多の細い線、太い線、その線の一つ一つが鋭い感覚に微妙な味を交えて、極めて端的にぐいぐいと胸をついて来る。思わず両拳を力いっぱい握った。胸があつくふくらむのを覚えると、私の眼には涙がにじみ出て来た。
 これだ!全身が叫んだ。――撃って来るもの、それは画面の色や線の魅力ばかりではない。その奥からたくましい芸術家の精神がビリビリとこちらの全身に伝わって来る。グンと一本の棒を呑み込まされたように絵の前で私は身動き出来なかった。
(pp.12)
これがピカソとの最初の出逢いだったようだ。この涙に至るまで、2年半の迷いがあったようだ。そして、その2年半の迷いを経ることで、ピカソの絵の前で泣くほど感激したようだ。さらに、その涙の理由を以下のように分析している。
 もう一度言ってみたい。私の流した涙は鑑賞者としての感動ではなかった。創作者として、同じ時代の悩みを悩み、たくましく正面からぶつかって進んで行く先達者の姿に全身を以て感激し、涙が眼からふき出たのである。
(pp.15-16)
ピカソの絵を目の前にしたとき、自分は泣くことはなかった。ピカソと共有しているものが何もないからだろう。

岡本太郎は、同じ芸術家として、ピカソを崇拝しつつも徹底的に挑戦して独自の芸術論を示している。それが端的に現れている部分を、若干長いが抜粋。
 われわれにとってもっとも偉大であり、太陽のごとき存在であればこそ、かえって神棚からひきずり下ろし、堂々と挑まなければならないのだ。神様ピカソをただほめ讃えるのは容易であり、また安全だ。外国の権威を讃えてわがもの顔に解説し、専売特許のごとく振舞うことは、単に口に糊をする便ばかりでなく、権威になるもっとも安易な方法である。マチスが来たといっては派手に感激し、また臆面もなくピカソの作品の前で忠誠ぶりを発揮し、「とても及びもつきません。」と頭を下げ、まったく己の立場などないようにしてみせるのが、かえってもっとも効果的な方法だとさえ考えられているようだ。自身の力で己を権威とするのではなく、公認された権威をかつぎまわり、その威光をかさに着て権威づらをする、このうんざりする気分の上に日本現代文化ののっぴきらない変態性が表れている。
 私は繰り返して言う。ピカソが今日われわれをゆり動かすもっとも巨大な存在であり、その一挙一動が直ちに、歓喜・絶望・不安である。ならばこそ、あえて彼に挑み否定去らなければならないのだ。
(pp.20-21)
これはなるほどと思った。これは自分自身にも言える。つまり、何かの専門家として生きていこうと思う場合、さらにはこのような書評ブログを続けていく上で、この考え方はとても参考になる。自分もまた、挑戦者として挑み続けるべきだと思った。

もう一箇所、どうしても引用しておきたい部分がある。『鑑賞と創造』という節タイトルの部分。『真の鑑賞とは同時に創るということでななければならない。』という主張のくだり。
 創ることは決してキャンバスに向かって筆をとり、絵の具を塗ることだけではない。それはまったく形式的で素朴な考え方だ。己の世界観に新しいホリゾンを打ち開くことが実はクリエートなのである。真に芸術作品に対した場合、鑑賞者は己の精神の中に何らかのセンセーションによって、新たに何ものかが加えられる。というよりもむしろ己の自身に己が加えるのであるが。精神は創造的昂揚によって一種のメタモルフォーゼを敢行する。だから芸術作品と対決する以前と以後の鑑賞者の世界観、平たくいえば物の観方自体が質的に飛躍するのである。つまり創造であって、そのような創造の場なしには芸術、並びに芸術鑑賞は成り立ち得ないのである。だからこそ観るということは同時に創ることなのだ。対する作品がきわめて先鋭であり強力である場合、それは挑戦というもっとも緊張した立場をとって可能となる。そしてもし作者以上積極的に対決を挑むならば、鑑賞者は何らかの形において創作家をのり越えるのである。つまりピカソ芸術は讃仰するばかりでは鑑賞自体が成り立たないのだ。
 彼の狂暴なまでに闘争的な作品にぶつかり、反復するエネルギーに驚倒し、打ちのめされ、反発し、嗟嘆し、嫌悪、歓喜する。そして彼の芸術、その強烈なドラマをマスターしなければならないのだ。これこそピカソをのり超える可能性であり、また真のピカソ鑑賞法なのである。その精神は創作者の立場とまったく同質である。以上の意味から読者は鑑賞者、創作者の区別を徹して、このピカソ論を読んでいただきたいと思う。
(pp.28-29)
この部分を読めるだけで、この本は買う価値がある。青の時代、バラ色の時代などの作品は、まだ分かりやすい。しかし、キュビスム作品やオルガとの結婚生活が破綻しているときの作品は、まったく理解できない。そういうときに、この鑑賞方法がきっと役に立つだろう。

最近、六本木にある国立新美術館、ミッドタウン内のサントリー美術館で開かれていたピカソ展に行ってきた。そしてピカソの絵と対自してきたが、まったく挑戦できていなかった。漠然とすごいものだという認識でしかなかった。また、模写であれば、自分でも描けるのではないかと思った。しかし、岡本太郎の言う、『ピカソの強烈なドラマをマスターするべき』、という部分は、なんとなくできはじめていたような気がする。

ピカソの絵は生涯で4,5万点もあるようだ。そのほんの一部を美術館で見てきたが、そのときに自分は、なるべくどういう意図でこのような絵を描こうと思ったのかを理解しようと努めて鑑賞してきた。そして、なぜ生涯にわたってこのような多数の作品を描くことになったのか?と考えたりもした。そして、この本を読んでいると、以下のようなピカソの発言が載っていた。
 皆が絵画を理解したがる。そのくせ、鳥の唄を理解したがりはしないのだ。人は夜とか、花とか、あたりにあるものを理解しようともしないで愛するではないか?ところが絵画については理解したいと欲する。芸術家は描かずにいられないから描くのであって、人々が説明なくして魅惑される他のいろいろなものなどより決して重要視される必要のない、ささやかな自然の要素である、という風に考えるべきだ。
(pp.44)
つまり、ピカソにとって絵を描くことは、自然なことで、特に目的や目標があって描くわけではないということだろう。そして、それは自分のこの書評ブログにも通じるものだと思った。本質的には、自分は何か目的があって読んでいるのではない。自分にとって、本を読むことが自然なことであり、そしてそこから感じたこと、思ったことを書かずにはいられないからこのように書いている。だから、3年近くも辞めたいとも思わずに書き続けてこられたのだと思う。

表紙の写真は岡本太郎とピカソの様子を写している。実際に岡本太郎がピカソのアトリエに行って、話を聞いたりした体験記的なものも示されている。同じ芸術家としてピカソと対面して書かれているピカソ論は、とても学ぶことが多い。ただ、岡本太郎にあえて挑むなら時代背景や、岡本太郎の留学時代の専攻が哲学、社会学、民俗学を学んでいたことから、やたらとペダンチックな印象を受ける。まぁ、そこがこの本の面白さでもあるが。

この本が400円前後の値段で手に入るのはすばらしい。本屋でふらふらと歩き回っていて見つけた本だが、掘り出し物だった。昭和28年に出版された本らしい。

他にも、岡本太郎、ピカソについて知りたい人は以下がお薦め。芸術と青春』は岡本太郎自身のエッセイで、『君はピカソを知っているか』は高校生でも読めるような、ピカソ全般について分かりやすくまとめられた本。

これで芸術鑑賞レベルがワンランク上がった気がする。そして、もっと挑戦し続けなければ。



青春ピカソ (新潮文庫)
青春ピカソ (新潮文庫)

読むべき人:
  • 岡本太郎、ピカソに関心がある人
  • 趣味が芸術鑑賞、美術館めぐりの人
  • 何かに挑戦し続けている人
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September 24, 2008

成功する名刺デザイン


成功する名刺デザイン

キーワード:
 長友啓典 / 野地秩嘉、名刺、デザイン、顔、哲学
グラフィックデザイナーによってかっこいい名刺のデザインとは何かが示されている本。以下のような目次となっている。
  1. 序章 福を呼び込む招福名刺
  2. 第1章 トモさんと名刺
  3. 第2章 名刺デザインを考える
  4. 第3章 発注者の気持ち
  5. 第4章 それぞれの名刺哲学
  6. 第5章 名刺で幸せになる
  7. 第6章 これからの名刺
(目次から抜粋)
著者である、長友氏は、グラフィックデザイナーとして飲食店や芸能人、経営者など多数の人の名刺を作ってきたようだ。そんな著者が手がけてきた名刺の写真とともに名刺のデザインや名刺の本質について示されている。

書店で検索して何気なく何も考えずに買ってみた。実際に読んでみると、セミナーなどで名刺交換をしたときに気を引くような名刺の作成方法のノウハウが載っているわけではない。そのため、直接なるほどと思って自分の個人名刺作成時に参考にした部分は少ない。しかし、名刺のデザインや名刺を持つ意味という思想的な部分は結構なるほどと思った。

直接なるほどと思った部分は、カッコいい名刺とカッコ悪い名刺の特徴が示されている。まず、カッコいい名刺とは、本人の名前の漢字の画数によって文字のデザインを変えるとよいらしい。曰く、『亀倉』のように画数の多い漢字でごつごつした立派な名前の人には、格調の高いデザインがよく、反対に『小谷』といったあっさりとした名前の人は、格調よりも軽やかな感じのデザインに仕上げるほうがいいようだ。また、著者が名刺交換したときに「カッコいいな」と感じたときは、面談した本人の印象がよかったという事実があるようだ。そのため、名刺交換時はにこやかに爽やかに振舞うことが肝要だと示されている。デザインだけでなく、本質は人を見られるということだろう。

カッコ悪い名刺の特徴として、以下が示されている。
  1. 情報が多すぎて整理されていない名刺
  2. 本人の写真や似顔絵が入った名刺
  3. 色の着いた名刺
  4. 流行遅れのデザインの名刺
1はなんとなく想像がつくと思う。名刺はチラシではないということを確認しろとあった。

2は、営業マンなどが会社から写真つきのものを持たされているのを見て、微妙としか言いようがないとあった。本人が恥ずかしがるような名刺を持たせる会社には将来性がないとばっさり切り捨てている。しかし、かっこ悪くても名刺入れに入ったときの印象の残り方は抜群なので、自分を印象付けたい場合は、写真は必須だと思う。また、写真にお金をかけて気合を入れていけば、渡すときに恥ずかしいという気はあんまりない。これは実体験。ちなみに写真は、伊勢丹写真室がお薦め。

3は、ピンクや薄い紫といった色つきの紙を用いてセンスのいいデザインを施すのはそうとう難しいようだ。そのため、色つきは使わないほうが無難で、まっとうな商売をしている人間に色の着いた紙の名刺は似合わないようだ。まっとうでない人は使っていいようだ。自分はまっとうな人間ではないのかなぁと思った。まぁ、本業の名刺ではないし、個人名刺だから多少まっとうでなくていいと思うことにしよう。

4は、書体、デザインにも流行があるので、昔はやったサイケデリック調のものをまだ持っているのはどうかと思うとあった。

そして、カッコ悪い名刺のまとめとして、以下のように示されている。
 こうした例がカッコ悪さの代表だが、要するに「何かが過剰」なのだ。センスの良さとは、情報を取捨選択して、シンプルに仕上げることだと私は思う。それはけっしてデザイナーだけが担当する仕事ではない。
 「名刺に何を記載するか」を決めるのは本人だと思う。名刺をデザイナーに依頼するならば、まず情報を整理することだ。
(pp.23)
これは自分で個人名刺をデザインするときにかなり参考になった。著者のデザインした名刺はどれも表に名前、肩書き、住所、メールアドレスのみといった情報で、スペースがかなりあり、シンプルなものが多い。名刺に情報を詰め込みすぎると、さすがにデザインとしてはどうかなと思ったので、なるべく表は情報を減らした。名刺そのものに自分自身のブランドイメージを託すので、そこはかなり気を使ったつもり。

ブログを宣伝する場合は、ブログ名刺を作ればいいとあった。表にはブログタイトルのみ、裏はURLアドレスやQRコードのみを載せておくというシンプルなつくりのものが示されていた。これはいいなと思った。ブログ名刺も作ってみようかな思った。一応自分の個人名刺は、ブログデザインをイメージしたものになっている。

著者曰く、デザインの最後に必要なことは気合を入れることらしい。以下その部分を抜粋。
 そうそう、デザインでいちばん大事なのは最後の最後ですな。出来上がった見本を口の前に持ってきて、ふーっと息と気合を吹きかける。やっぱり、なんかわからんねんけど、気合いを吹き込むのと吹き込まないのではぜんぜん違う。気合いを入れた名刺を使っている人は、間違いなく儲かってます(笑)。
(pp.60)
自分の場合は、デザインは自分でして、ネット経由で印刷を頼んだので、見本に気合いを入れることはできなかった。しかし、デザイン中はかなり気合いを入れたつもり。儲かってくれますかねぇ。

4章の名刺哲学では、名刺デザインを仕事にしているグラフィックアーティストやアートディレクターに名刺の本質のインタビューが載っている。一番なるほどなと思ったのは、岡本一宣氏のコメント。『企業と個人の名刺は、デザイン面でどう違う工夫をされるべきだと思いますか?』という質問に対しての答え。
 いい名刺っていうのは、もらった人がすごく気持ちがよくなるんですよ。これは企業でも個人でも、名刺を作るうえで重要なことです。でもノウハウというのはないですね。クリエイティブな作業だから、あくまで作る人のセンス。そしてあとは目的。
 (中略)
アーティストとか、個人でフリーランスの仕事をしている人の場合は名刺が「顔」になるから、その人の個性をどう出すか。文字を手書きにするとかね。
 どちらも、何を大きく伝えたいのか。それによるかな。
(pp.133)
これはすごくなるほど!!と思った。と同時に、自分の配った個人名刺はもらった人の気持ちによい影響を与えられたのだろうか?ということが気になってしょうがない。気持ちワル!!とか思われていたらと思うと・・・。また、個性をどう出すかということに関しては、自分の場合は、自分のイメージカラーである青をすごく意識した。これはブログデザインも同じ。また、名刺のデザインと自分のイメージが合致していればいいけど、ずれていたらだめだよなぁと思った。

グラフィックデザイナーの視点から、名刺一枚をどのようにデザインするべきか?よい名刺のデザインとはどのようなものか?が示されており、それらを学べてよかったと思う。自分を印象付けるノウハウの部分は少なかったけど、逆にこっちのようにデザインの視点からも名刺を考えることができてよかったと思う。

名刺デザインをどのようにするべきか?と少し考えている人はそれなりにヒントが得られるかもしれない。少なくとも、自分は個人名刺をデザインする前にこれを読んで、ヒントを得られた。

ちなみに、この本は、デザイン系の内容なので、どのカテゴリにも合致しないので、新カテゴリ『デザイン、芸術系』に設定。

あと、自分なりの名刺作成ノウハウのネタ記事は明日以降少しずつアップ予定。

読むべき人:
  • 名刺のデザインを考えている人
  • グラフィックデザイナーの人
  • 名刺デザインのサンプルを見たい人
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